緩慢刀物語 風神章・微意 後篇-3



「ゆ~すごいすご~い」
「どんなお菓子もこれ一つですっごい菓子剣に早変わりみょん!」
 あれから時間も経ち、みょんも積極的にあやしているおかげでスワコはすっかり笑顔を取り戻した。
いま、みょんは菓子剣の制作過程を教えているらしく、スワコは興味しんしんに目を見開いてそれを楽しんでいた。
「あう~まるでお母さんのわっかみたい!」
「鉄輪かみょん……神の供物で作ったものでござるからな」
 新しく出来た菓子剣と菓子を刀に変えるための槌をしまい、みょんはふと外を見る。
もうそろそろあの二人も狩りから帰ってきてもおかしくない時間だ。辺りも少しづつ暗くなっておりみょんは二人のことが心配になった。
「まさか叫び声も出す暇もなく……うう、そう消極的になっちゃいけないみょん」
「あう~みなちゃんはたぶん……だいじょうぶだよ」
「そんな根拠がどこに……いや、神様の言うことを信じることにするでござる」
 ゆっくりの形をしているとはいえスワコは神様、きっと何かを感じ取ってこのように言ってるに違いない。
とりあえずみょんは縁側の方へ行き二人の帰宅を待ち始めた。
「……………………………かなた殿~~~~~!みなえ殿~~~~~~~!」
 胸(?)からわき立つ不安を取り除くためにみょんは二人の名前を呼ぶ。
叫びは夕闇の空にに響くが、山彦さえも無く辺りはしいんと静まり返りみょんはまた深いため息をついた。
「なんか嫌になるでござるよ……」
 守ると言ったのにこんな形で約束破りなんかしたくない。
不安と悔恨に押しつぶされそうになりながらもみょんはひたすらにあの二人の無事を祈った。
「……………………お~い、みょんさぁん」
「!!この声は……」
 間違いない、明らかに間の抜けていて意味もなく明るく可愛らしい声は彼方のものだ。
彼方の生存を確認できてみょんはほっと胸(?)を撫で下ろし、鳥居へと出迎えに行こうとした。
「かなた殿~大丈夫だったでござるか~」
「あ、みょんさんだ、いやぁ大猟だよ大猟!やったねパパ!明日は本塁打だ!」
「…なんでそんなに元気なんですか」
 この声からすると美苗も一応無事だったようでみょんは二人を温かく迎え入れようと鳥居の外へ出て二人と相まみえる。
だが、みょんは二人のその姿を見て愕然とした。
「………かなた殿……みなえ殿……その怪我は」
「一応大丈夫だよ、あんな妖怪と戦いながらの狩りはこりごりだけどね」
 背中に猪を背負うなど元気なことは元気だったが、顔一面に血が固まっており、あの糊が固まったような服もズタボロに引き裂かれていた。
どうしてそんなに元気なのだ。みょんは先ほどの美苗の言葉と全く同じことを思ってしまった。
「あう~みなちゃん!!大丈夫!?」
「…す、スワコ様…こわかったああああああ!!」
 美苗も彼方ほどではないが至るところに傷を負っており、慌てて駆け寄ってきたスワコに抱きついて思い切り泣き始めてしまった。
あれだけスワコが幼く見えたのに今では美苗の方がもっと幼く見える。それほど彼女はやっぱり人間で、やっぱり少女なのであった。
「……妖怪どもに襲われたのでござるか」
「命からがらだったよ、二度と行きたくないし、二度と行かせたくない」
 狩ってきた猪を境内の中に入れ、彼方は顔に付いていた血をべりべりと剥がす。
その目つきはいつもと違って非常に鋭く、自分が美苗を危険なところに連れていったことに後悔があると同時に何かを決意を胸に秘めているように見えた。


「ここは、理想郷じゃない。こんなところ人が住む所じゃない!」



                 円剣「胴夏」『神柱の墓場』神刀「建御」



 月が昇り、二人の狩りによって今日は豪華な夕食が皆の前に配られた。
焼いた猪肉、山菜の山、色取り取りの果実、小麦粉を適当に焼いた西洋風の何か。狩りで手に入れたものをすべてつぎ込んだ夢のような食事。
 栄養の面では今までの不足分を取り返せるだろう。だがそれだけで、これからの空腹や健康について全く保証できるものではなかった。
「神様、お願いがあります」
 食事の最中、彼方は突然箸を置きタツミナに向かって畏まった態度で頭を下げる。
今まで気楽な子という印象を持っていたタツミナは驚いたが、すぐに自分も箸を置いて彼方に応えるようにそれなりに体勢を整えた。
「頼られるのはいいことだ。私にできることならやってやるぞ」
「……美苗さんを……連れていってもいいですか」
「……………………………」
 きっと箸を持っていたままであったらタツミナは呆然として落としてしまっていたであろう。
だが、しっかりとした態度を取っていたタツミナは彼方のその言葉の意味を瞬時に理解してしまった。
「かなた殿……みょんはそんな子に育てた覚えはないみょん。スワコ殿は変な性癖とか持たないようにするでござる」
「あ~う~わかった」
「そこ!バカな勘違いしない!」
 傍のゆっくり二人に叱責して彼方は再びタツミナと向かい合う。
けれどタツミナは何かの感情を堪えているような表情をしていたため少し慄いてしまった。
「……そう言うことは美苗の両親にでも頼め、私はこの子の保護者では……」
「ふざけるな、私は一応聞いてあげてるんだよ、本当なら神様の意見なんて聞かずに連れ出すつもりだった!」
「…彼方さん!なんでそんなこと言うんですか!」
 美苗はすぐに彼方を制しようとするが彼方は当の本人である美苗の言葉すら無視して話を続けた。
「正直言うよ、ここにいたら美苗さんは絶対に死ぬ!飢えて死ぬか食われて死ぬかのどっちかだ!
 何が理想郷だ幻想郷だ!人間が住む場所じゃない!こんな所に美苗さんを置いて行けるものか!!」
「…ですが!!私がここにいなければこの二人は……」
「なんでそんなに献身的になれるんだ!!自分の命を何故考えない!自分の命がそんなに嫌いかああ!!」
 仕舞いに彼方は立ち上がって感情をとにかく爆発させる。
能天気な彼方だって美苗の気持ちは十分に理解できているはず。けれど彼女は例え利己的と言われようと自分の気持ちを優先したかったのだ。
 タツミナは彼方の言葉を聞きただ俯いて沈黙を続けていて、美苗はそのタツミナの代わりのように彼方の意見に真っ向から反論していた。
「…彼方さん!!!私にこの二人を見捨てろというんですか!!!そんなおぞましいことがなぜできるんです!
 もし二人を見捨てて逃げだしたりなんかしたら……きっと私は耐えられない!!
 …いやだいやだ!!二人を、二人を助けてあげたい!」
「その言葉こっちにも言わせてもらうよ!!!美苗さんはここにいたら死んじゃうんだよ!?
 それなのに見捨てていけるはずがない!!私たちだって耐えられない!!!」
「二人とも!!そんな……そんな」
「…「答えも出せないくせに首を突っ込むなぁぁ!!!」」
 二人の怒号にみょんは何もできずシュンとしてしまう。
それを宥めるようにスワコはみょんの頭を撫でる。もうこの場の力の調和は完全に崩壊していた。
「とにかく連れていく!!!意見なんか聞くものか!!お母さん達が待ってるでしょう!!」
「…で、でも、いやだ、置いて行くなんてそんな悲しいこと、いやだいやだいやだ!!わるいひとじゃないのに……こんな、こんな
 こんないやなはなしないよおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
「…………」
 救われない話、だ。
スワコに頭をなでられ、二人の少女の純真な想いがぶつかり合う様を見てみょんはつくづくそう思った。
「………おい、小娘」
「みなえさんがしんだらどっちみちふたりしんじゃうじゃないか!ならみなえさんだけでもいきていなくちゃ!」
「…そういういのちをくらべるようなことははずべきことです!えげつないです!きらいです!」
「貴様ら!!!!!!いったい誰と話しているつもりだああああああああ!!!!」
 だが誰にも止められないと思っていた女同士の喧嘩は神の一喝によって遮られた。
二人は互いの髪を掴みながら、同時にゆっくりとタツミナの方を向く。
「神に頼みごとをした思ったら目の前で痴話喧嘩か!罰当たりにもほどがあるぞ!!」
「…タツミ様!でも……これは私の……」
「人の会話に口出すな!!そんなことさえ分からんのか!」
「………」
 タツミナに一方的に押さえつけられてしまい、美苗は物寂しそうな顔で彼方の髪から手を放し元の場所へととぼとぼと戻る。
彼方はまだ興奮が抜けきっていないようであったが、肩で息をしながら再び神前に座った。
「……で、美苗を連れていくか、と言う話だったな」
「そうだよ」
「……………………好きにしろい」
 あまりにも淡泊にタツミナはそう呟き、この場にいる誰もが驚きのあまり息をのんだ。
自分の首を確実に切り落とすほどの言葉を何故そうつまらなさそうに吐けるのか。それは誰にも分からない。
「……なんで?」
「無理やりにでも連れていくと言った人が何を言うんだ。私だって……これ以上私のせいで誰かを殺したくないのさ」
「……これ以上?」
「二人は知らないんだったな……私はこの子の母親を殺したのさ!」
 タツミナはスワコを指さしてそう叫ぶが、スワコはそれを否定するように首(?)を振る。
けれどタツミナは語る、自分の罪を、自分の愚かさを。
「美苗、こんな神に哀れみをかける必要はない。村へ帰るんだな。おまえにも家族がいるだろう…」
「…………そんな……そんな………」
「………ちゃんと帰る準備はしておけよ……下手したら怪我じゃ済まないからな」
 そう言ってタツミナは全員に背を向け、ぐびりと酒を仰いだ。
美苗は自己が喪失したように俯きスワコがそれを宥める。みょんと彼方はそんな美苗とタツミナを見て複雑な気分を味わった。
 楽しいはずの夕食は沈黙のまま終わりを迎え、全員がなんとも寂しい夜を過ごしたのであった。




「あーたーらしーい!あーさがきた!!希望の朝だーーー!!!こうこんな世界とはおさらばじゃーーーー!!!」
「だからなんでそんなに元気なんだみょん……」
「…」
 深い夜も明け日も昇ってきた朝方。彼方、みょん、美苗の三人は鳥居の前でこの世界から脱出するための準備を始めていた。
しかし美苗は当然というべきか二人のことが気になるようで度々物悲しげな顔をして社の方を振り返っていた。
「美苗さん、一応神様のお墨付き貰ったんだから……我慢していこうよ」
「…なんでタツミ様はあんなことを……」
 救いたい人、助けたい人がいたからこそ、美苗は意地でも梃子でもこの社から出るつもりはなかった。
しかし、その救いたい人が命にかかわることのはずなのに自分を突き放した。理由が分からない。ただ困惑するしかなかったのだ。
「刀良し!残弾良し!美苗さん矢の準備は?」
「……すみません。彼方さん……ちょっと社の方に行ってきます!!」
「あ、ちょっと!!!美苗さん!!」
「…話をするだけです!ちゃんと戻ってきます!」
 そう念を押して美苗はタツミナの住む右の社へと駆けていく。
どうしても知りたかったのだ。自分の命を犠牲にしてまで美苗の脱出を優先したタツミナの考え、気持ちというものを。
「…タツミ様!」
「なんだ?別れのあいさつは先ほどしたと思ったが…」
「…なぜ、ですか?私がいなくなったらタツミ様は死んでしまうのですよ」
 美苗の質問にタツミナは口も開こうとせずた居間の空気は沈黙と共に張りつめていく。
どちらかが行動を起こさない限り状況は全く動かないだろう。だが二人はこの緊迫した空気に折れることなく相手が行動を起こすまで待ち続けていた。
「ふああ、あ~う~おはようおと~さん、みなちゃん」
 こんな空気の中、外の方からスワコが寝ぼけ眼で社に入ってきて美苗はタツミナに威圧を与えるのをやめてスワコに話しかけた。
「…あ、スワコ様…申し訳ありません。見捨てるようなことになってしまって……」
「あう~~べつにいいよ…よーむさんやかなたちゃんから聞いたんだよ……ここにいたらみなちゃんお母さんのようになっちゃうって」
「………………………二人ともごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!!」
 見捨てることをお許しください、裏切ることをお許しください、逃げだすことをお許しください。
いくら頭を下げても悔やみきれず、美苗は目に涙を浮かべタツミナに理由を聞くのさえ忘れてそのまま社から出ようとした。
「おい、美苗」
「…何でしょうか……タツミ様」
「スワコを連れていけ」
 淡々にそう言ってタツミナは近寄ってきたスワコを両手で優しく掴みそのまま美苗に向かってぽおんと放り投げた。
スワコは無事に美苗の胸に着地し美苗の手で抱きかかえられる。美苗は突然の行為に訳が分からないままタツミナの方を向いた。
「…た、タツミ様?」
「守矢国の方へ連れていけば何の問題も無いだろう。よろしく頼むよ」
「…でも、スワコ様がいないとタツミ様は…」
「あれだけ喚いていたのに躊躇するな!助けたいんだろう!」
 神の威厳たっぷりの一喝で美苗は言葉を失ってしまいそのまま俯いてしまう。
しかしこのことについて何も話していなかったのか、スワコは非常に困惑した表情で子供のように叫んだ。
「いやだよおとうさん!スワコはおとうさんといっしょにいたいよ!」
「甘えるな、お前も生まれてからもう何十年だ。何時までも子供のつもりでいるんじゃない!」
「あ、あう……でもこまったときはお父さんにまもってもらえって……」
「……分からないのか?このままいれば三人ともこの世界で果てるだろう。でも実質動けないのは私一人だけなんだ。
 慈悲とか依存心でこの私に付き合う必要はない。果てるのは私一人で十分だ、だからさっさと……………………………………」
 そう言いかけて、タツミナは何か思い立ったように言葉を止める。
不審に思って美苗は近寄ろうとしたがタツミナは顔を俯かせながら手を突き出し美苗が近寄るのを拒絶した。
「………さ、さっさと行ってくれ。あの二人も待っているだろう?」
「…タツミ様?様子が変ですよ」
「関係ない、考え事しているだけだ。だから……ずっと一人にさせてくれ……」
 俯いた顔からぽとりと雫が落ち、タツミナはもう片方の手で顔を抑える。
美苗は何も言わずコクリと頷き、泣き喚くスワコを抱えながら踵を返し社から出た。


「…ありがとうございました。タツミ様。このご恩はきっと忘れません」
 今生の別れを告げ美苗とスワコは二人が待つ鳥居まで駆けていき、この社にはただ一人タツミナだけが残される。
四人が完全にこの神社の領域から出たのを確認するとタツミナは虚ろなまま力なく立ち上がった。
「……私は……どうしてこんなことに気が付かなかったんだ…」
 タツミナは涙で顔を濡らしながらもあの時の後悔の表情がよみがえり、突然気でも狂ったかのように真後ろの神棚を壊し始めたのだ。
「何故同じことが、シノコにも言えなかったんだッッッッ!!!!!!!!!!」
 動けないのは自分一人。果てるのは一人で充分。慈悲と依存心で付き合う必要はない。
その言葉さえ言っていればシノコは助かったかもしれないのにどうしてそんなことが言えなかったのだろう。
 タツミナは神棚を粉々に打ち砕いた後膝をつき蹲って、叫びをあげずただただ悲痛の表情を浮かべて泣き始めた。
「……シノコもシノコだ……この世界から出ることなんて造作もないことのはずなのにッッ……」
 愛していたから?一緒にいたかったから?そんなバカなとタツミナは自分の意見を否定する。
いくらシノコでもあんな暴言を吐き人の心を裏切った自分を愛し続けるはずがない。愛される権利がないのだ。
「……では、何故だ?」
 あいつの性格から鑑みるに恐らく同情の類だろう。
しかし同情ごときで命を落としたりするものなのか、分からない。自分にはもう失った人の気持ちなんて分からない。
「……………………嫌われてるだろうな……しかもこんな男に自分の愛娘を育てられて……
 でもあの子は行ってしまったよ、生き延びるために。これで安心だろう…………」
 涙は止まらないが気分は落ち着きタツミナは神棚のがれきの上に寝転がった。
長い一生に比べれば短い時間だったけど愉快で良い奴らだったとタツミナは四人のことを思い返す。
「美苗は優しい子だった。こんな私のために本気で命を賭けてくれるなんて嬉しいにもほどがあるぞ。
 彼方……私にたてついたりしたがそれだけ芯がまっすぐだったということだ。見てて清々しい。
 あのゆっくりみょん……あまり会話はしなかったがあのゆっくり特有の眼に秘められて想い……只者じゃなかったな
 そしてスワコ……いつまでも甘えん坊だったな……最後の最後で『お父さんに守ってもらいたい』って………」
 とそこでタツミナは自分の記憶が何か違うことに気が付く。たしか実際は『お父さんにまもってもらえ』と言っていたはずだ。
それは誰がスワコに言っていたのか、そんなの言うまでもない。彼女の母親であるシノコしかいなかった。
「……シノコがそう言ったのか……なぜ私に託すんだ。何故こんな、こんな私に……っ」
 あんな暴言を吐かれていたのにもかかわらず、シノコはタツミナのことを愛娘を託すほどずっと信じ、愛し続けていた。
そんなものはタツミナの推測にすぎない。けれどタツミナはその想いをどうしても捨てきれず、神として生きてから初めて大声で泣いた。
「うっうっ………シノコォォォォ!!!俺を信じ続けたせいで命まで落として……それなのに俺は!俺は!スワコを、いや娘を見守ることさえできない!!
 くそぉぉぉ!!!こんな鎖さえなければ!砕けろよ!千切れろよ!!ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
 手に血を滲ませても、爪がはげようとしても鎖は依然強固に形を保ち続ける。
シノコの最後の願いだけは絶対に叶えたい。その想いだけを心に宿しこの世界に神の叫びが響き渡った。




 この世界には道は無い。目の前には鬱蒼とした森が広がっているだけである。
四人はこの神域から出ようと道無き森をかきわけ、守矢側に繋がる西へ一直線に向かっているのであった。
「今なにか聞こえたような…」
「何が出てくるか分からないから気を付けるでござるよ」
 今のところ四人は何も遭遇していないが恐らくいつかはあの妖怪たちが襲ってくるだろう。
その時のために四人は歩いている間もできるだけ気を抜かないように武器を片手に携えながら慎重に進んでいた。
「…風が……?」
「あれ?なんか開けた場所があるよ」
 今までずっと森が続いていたのに何の予兆も脈絡もなく突然四人の前方に平原が見えたのだ。
あからさまに変だと全員が思いその平原から離れて進もうとしたが、突然暴風とも思える風が吹き荒れ四人はその平原へと引き込まれてしまった。
「う、うああ!」
「この風は!まさか!!」
 こんな森の中で暴風なんて起こるはずがない、そしてこの奇々怪々な現象をみょんと彼方は一度経験している。
体を地面に擦られながら平原の真ん中まで吹き飛ばされてしまったがみょんと彼方はすぐに立ち上がり空へと武器を構えた。
「で、出てきやがれ!怪奇鳥人間!」
「だから烏天狗だっての!このがきゃあ!」
 その言葉と共に四人の真上から烏天狗が嘴をつきたてて落下してきた。
重力と己の加速を足し合わせているためか気付いた時には避ける暇もなく危機一髪かのように思われたが、
彼方が咄嗟に鞘を振りかぶったおかげで機動が逸れなんとか直撃だけは免れることが出来た。
「ぐぎぃぃ!」
 烏天狗は地面に直撃する直前に翼を広げて方向転換し再び空の方向へと戻っていった。
「こんな場所まで用意して……本気でこっちを狩るつもりでござるな」
「ははは、こっちには目と耳がいい奴がいる。お前達がここから出るのもお見通し」
「……すぐ近くにいるでござるな」
 この烏天狗は真上から四人を襲ってきた。つまり四人を風で吹き飛ばした張本人が四人の真後ろにいるはずなのである。
烏天狗はカカカと不敵に笑うと突然周りに向かって大声で鳴き声を上げた。
「真後ろと上に気を付けるでござる!」
「わ、分かった!美苗ちゃんも武器用意して!」
「…はい!スワコ様!私にしっかり掴ってくださいね!」
 みょん、彼方、美苗の三人は互いの背中が合わさるようにして周りを警戒する。
すると今までみょん達が来た方向から木々をかき分けて白毛の天狗が颯爽と現れたのであった。
「きたか!白狼天狗!」
「ええきましたとも!」
「二人くらいなら造作もないみょん!」
 ほんの少し安心してみょん達は緊張を解くが、他の方向からも何かが迫ってきているのを聞いて冷や汗を垂らした。
「二人だけと……誰が言った?」
 森の中から巨大な蜘蛛、子蜘蛛を纏った女性、そして最初に会った生首が現れ、合計五体の妖怪がこの平原に出揃った。
「グズモモ……久しぶりの獲物…だ」
「ふぅん、ゆっくりはともかく女の子は可愛いじゃなあい」
「また会ったなぁ……」
「ふん、総力戦だ!」
 じりじりと妖怪たちは追い詰めるようにみょん達ににじり寄り、いつしか四人は妖怪たちに囲まれる形となってしまった。
「そして、我らが御大将のおでましだぁ!」
「なにぃ!?」
 この状況でも危険だというのにまだ大将格が出てないというのか。
先ほどみょん達を襲った突風がこの平原に再び吹き荒れ、木の葉が舞い散る。そして風が止んだと思ったら木の葉の影から巨大な天狗が姿を現した。
赤い肌に長い鼻、身体的要素からおそらくタツミナが語った過去話に出てきたあの大天狗だろう。
 大天狗は意地の悪い笑顔を浮かべながら慇懃無礼としか思えないほど丁寧に頭を下げた。
「どうも初めましてェここいらの妖怪どもを取り締まってる大天狗と申します。いやァ困るんですよね、勝手に出てもらっちゃあ……」
「あぁん?てめえらの意見なんて関係ねぇよ。さっさとどっかけどっかいけ!」
 大天狗の妙な威圧さえ気にせず、彼方は怯えた様子もなく威勢よく啖呵を切る。
それが癇に障ったのか大天狗は途端に笑顔を消し憤慨の表情を浮かべて四人を睨みつけた。
「……小娘が……昨日は私達の同胞を二人ほどぶちのめしやがって……絶対にぶち殺してやる!」
「へ~ん、今日はつおいつお~いみょんさんが付いてるからね!負けたりするもんか!」
「みょん?そのちびっこいゆっくりがか?」
 妖怪どもはみょんを指さして爆笑する。
この小娘はこんなちんけなゆっくりを頼りにしているのか、頭でも湧いているんじゃないかと誰もが思っている。
しかし同時に誰もが知らない、このみょんは相当な実力を持つことを。
「さあさあ!かかってこい!!このみょんさんが相手するぞ!」
「人任せかみょん……」
「そんなに言うなら……かかってきてやるぜええ!!!」
 それほど思慮が深くないのか白狼天狗は真っ先に刀を構えて四人の方へと突撃していく。
それに対してみょんは羊羹剣を白狼天狗に向けて構え、ぶつかる瞬間に羊羹剣を振りおろした。
「■■流!影縫殺し!!」
「!!!!!」
 白狼天狗はみょんとすれ違いそのまま空へと戻っていく。
しかしみょんには傷一つなく、逆に白狼天狗の肩から二寸程度(約6㎝)であったが抉ったかのような傷が出来、そこからぱっくりと肉と血が零れていた。
「あ、あ、な、なんじゃごりゃあああああ!!!」
「ゆっくりが鍛えた羊羹剣!斬れぬものはほとんど!しかし突くのは何ら問題なし!みょん」
「……嘘だろ」
 白狼天狗だってそれなりに刀の使い手だった、がまさかそれを単なるゆっくりがあんなちんけな刀で対抗できるとは思わなかった。
天狗になっていた(ここでは調子に乗っていたという意味)妖怪たちも流石に焦燥感を覚え徐々に戦闘態勢に入っていく。
「ええい!数では……ええい何故我ら妖怪がこのような連中に数で張り合わなければならないのだ!全員かかれーー!」
 その号令と共に四方の妖怪たちは一斉に四人へ向かって襲いかかる。
土蜘蛛は這いずり、絡新婦は子蜘蛛を投げつけ、釣瓶落としは振り子のようにして勢いをつけながら牙をむく。
三人はそれぞれに妖怪どもの攻撃から身をかわすが、上空の三体までにはあまり気が回らず上方からの攻撃を許してしまった。
「秘儀!木の葉舞切り!」
「うぎゃん!!」
 烏天狗によって操られた木の葉が彼方の素肌を傷つける。
巻きついてこようとする子蜘蛛を蹴散らし彼方は烏天狗に攻撃しようとしたが上空の烏天狗まで攻撃は届かなかった。
「ち、ちくしょう!降りてきやがれ!うわっ!また子蜘蛛だ!」
「誰が降りるものか!喰らえ!」
「…私が撃ちます!」
 美苗は目の前に迫る釣瓶落としを矢筒で薙ぎ払い、すぐさま弓を引き絞り上空の天狗達に向かって矢を放つ。
しかし途中で釣瓶落としの体当たりを受けてしまい狙いが逸れて矢は全て当たることなく地面に落ちていった。
「ふん。対空できるのはお前だけだな、皆その女を中心に攻めろ!」
「…な、そんな!!」
 その号令と共に空の天狗、地の妖怪たちは狙いを美苗一人に定め攻撃していく。
まず真っ先に烏天狗の木の葉切りが美苗の衣服と皮膚をズタズタに切り刻んでいった。
「…うぎゃううう」
「美苗さん!やろうこっちくんな!」
 地上の妖怪どもは彼方とみょんの二人で抑えていたがどうやっても攻撃が届かない上空の天狗に対しては何もすることが出来なかった。
「あ、あ~う~」
「…す、スワコ様!」
 さらに悪いことに献身の心が強すぎる美苗の意識はスワコの方へと向いてしまい、自分の方が傷ついているというのにスワコを庇うようにその場で蹲ってしまう。
それを見た烏天狗は白狼天狗から刀を借り、その刀を美苗に向けて投げつけようとした。
「しねい!!」
「…!!!」
 せめてスワコ様だけでも守りたい。そう思いつつも恐怖で激しく体を震わせるがいつまでたっても攻撃は来ず美苗は空を見上げる。
そこには今まで通り三体の天狗がいたが、いましがた美苗に刀を投げつけようとした烏天狗の手首と翼に、鉄輪が物の見事に突き刺さっていたのだ。
「……あれは?」
「ふぅ、間に合ったみょん!」
 みょんの片もみ上げには見たことのない奇怪な刀が握られている。
まるで輪投げの棒のような形状をしていてそこには今烏天狗に刺さっている鉄輪と同じ鉄輪が一つ収まっていた。
「あ、あう……それは……」
「みなえ殿が作ったどうなつを菓子剣の命を吹き込んだもの!名を円剣『胴夏』と言う!!!」
「みょ、みょんさん……いつの間に……」
「二人が狩りに行ってるときみょん。注連縄と鉄輪!二つの神の象徴を集めた剣に!払えぬ邪悪はほとんど無い!!」
「ぐ、ぐおおお!」
 偶像にも力は宿るというようにこの胴夏にも神の力はわずかながら宿っているらしく烏天狗の傷口がどんどん煙を上げて蒸発していく。
このままでは手が千切れ落ちると判断した烏天狗はすぐさま鉄輪を外し投げ捨てるが、その鉄輪は胴夏の芯のもとへと戻っていった。
「対空もこれでバッチリみょん。さあ!かかってくる奴はいねぇかでござる!!」
「こ、このおおお!!」
「させっかよ!」
 一番の危険と感じ釣瓶落としはすぐさまみょんに向かって牙を突き立てるがその直前に彼方に掴まれそのまま地面にたたきつけられる。
そして片足で何回も踏みつけ彼方は覇剣を鞘に収まったまま思いっきり振り回した。
「みょんさん!地上は私に任せて!遠慮なく空の鳥人間どもをぶちのめしてやれい!」
「アイアラサー!みょん!」
「…二人とも……ありがとうございます」
「美苗ちゃんも立ち上がれたら攻撃してね!」
 彼方は二体の蜘蛛を釣瓶落としを踏みつけながら牽制し、みょんは胴夏で空の天狗達に牽制する。
美苗もなんとか立ち上がり場はみょん達に有利になりつつあったが、この状況に大天狗は憤慨し赤い顔をもっと赤くして激昂した。
「ええい!このちんけな生首め……許しておけんぞ!!」
「大天狗様!そんな我々だけでも…」
「所詮寄せ集めか!ええい、私がもうってでる!」
 そう言うと大天狗は団扇を取り出し野球のように振りかぶり一気に空を仰ぐ。
すると先ほど以上の突風が辺りに巻き起こり、敵味方問わず体勢を保つことが出来ずに転倒してしまった。
「ぎゃぐうう!」
「ふはははは!さあ今が好機だ!やってしまえい!」
 この突風によって優勢な状況だったのが一気に白紙に戻ってしまう。
彼方はすぐさま立ち上がろうとしたが先に立ち上がっていた土蜘蛛に載られて馬乗りのような状況になってしまった。
「フシュルルル……生で食うのもいいかなぁ?」
「や、やめろ!!あぶべべべ!」
 退けようとしても重量差と八本の足の前では歯が立たず彼方は至近距離からの糸を満遍なく顔に喰らってしまう。
一応呼吸だけは出来たが視界がほとんど遮られてしまい先ほどとは打って変わって危機的状況に陥ってしまった。
「…か、彼方さん!いま助けます」
「きしゃあああああ!!!」
「…な、きゃああああ!!」
 転んだ状態ながらも美苗は咄嗟に弓を水平に構えて彼方に載っている土蜘蛛を狙おうとしたが後方に気が回らず足を釣瓶落としに噛まれてしまう。
美苗もこの戦国の世を生きる乙女であり今まで何度も傷を負ったことがあるが、このような抉りこむ痛みには全く慣れておらず痛みで気を失いそうになった。
「…あ、あ、ああああああ!!!」
「みなえ殿!かなた殿!今助け……ぬおっ!」
「ふふふ、あんたの相手は私達よ」
「大人しくして貰おうじゃねぇか……」
 このみょんは只者ではないと考えたのかみょんに対しては烏天狗と絡新婦の二体が一気に襲いかかる。
みょんはすぐさま胴夏を投げようとしたが一歩遅く木の葉と蜘蛛の糸が一気に巻きつき身動き取れない状態になってしまった。
「おい!白狼!いつまで大人しくしてるつもりだ!さっさとこっちに来い!」
「あ、ああ!くそう!さっきはよくもやってくれたな!」
 白狼天狗は先ほどのお返しと言うようにみょんを一気に蹴りつける。
得意の弾力で気絶はしなかったが彼方達から距離を放されてしまい一人で三体を相手することとなった。
「く、くそおおおおおお!!!かなた殿ぉぉぉ!みなえ殿ぉぉ!!」 
「やべぇぇぇ!!!食われる!マジ食われる!!!」
「ギジャアアアアア!!!」
 何とか勘を頼りに紙一重で土蜘蛛の噛みつきを回避し続ける彼方であったが、土蜘蛛の毒臭に思わず顔をそらした隙を狙われて耳をほんの少しかじられてしまう。
痛みに堪えながらやけになって頭突きして少しは怯ませることが出来たが体勢までは変わらず、未だ不利の状況のままでいた。
「…あ、が、あ……」
「ああ、うめぇ、乙女の生き血まじうめぇ」
 釣瓶落としの牙は美苗の足を貫通し美苗は極度の痛みに意識が切れかかってしまう。
彼方もみょんも動けない今、何かしら行動を起こさなければ美苗の命はあっという間に狩り取られてしまう。しかし美苗には何かするだけの気力を振り絞ることが出来なかった。
「…………う、うぅ」
「気絶したかぁ?それじゃまずはらわたから……」
「ゆっくりやめてね!!!」
 美苗の足から牙を外し釣瓶落としは腸をえぐろうと美苗の上に載るがその前にスワコが立ちはだかる。
体全体が震えているがその目に宿る意思は揺るぎないもので、勇ましく体当たりを繰り出し釣瓶落としを美苗の体の上から叩き落とした。
「あ、あ~う~!!美苗ちゃんには!い、いっぽもふれさせない!」
「このぉ……威勢のいいガキゆっくりだな……」
 釣瓶落としは突き飛ばされたにもかかわらず不敵にニヤニヤ笑いながらじぃっとスワコと睨みあう。
自分も神様だからきっとなんとかなるとスワコは構えていたが、釣瓶落としは急に襲いかかりその希望はあっけなく打ち崩された。
「ゆきゃああん!」
「けけけけけけ!!!!前は遅れを取ったが本来ゆっくりのような偽物ごときにやられる俺じゃねぇんだよ!!おらおら!!」
 釣瓶落としは牙を突き立ててスワコの体を見る見るうちに傷つけていく。
神と言っても所詮誰にも知られていない孤独で生まれたばかりの神、今のスワコの力ではでは到底妖怪にさえも叶うはずがなかった。
「あ、あう!!いだあああい!!」
「てめぇみたいなちんちくりんには用はねぇんだよ!さっさと死ねい!」
「うわあああああああああん!!」
 退けることは絶望的であったがスワコは絶対に美苗の上から立ち退かなかった。
命を賭けて自分達を救おうとした人を見捨てられない。その想いが幼いスワコの心にもあったのだ。
けれど泣いた、痛みに堪え切れず泣いた。そして、叫んだ。
「たすけてえええええ!!!おとうさああああああああああああああああああああああああああああん!!!!」


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最終更新:2010年12月15日 22:30