【2010・11年冬企画】何も鳴かない夜

 【12月25日】


 ―――彼女は、夕暮れ時にこのホテルに到着した。

 玄関先での二人(人間とゆっくりキスメ)の挨拶がまるで合っていない。
 人間の方は「いらっしゃいませ」と言おうとしていたのに、少し遅れてトーンを高く「ゆっくりしていってね!!!」
と言って遮った。
 名物と言われる霧は出ておらず、西日を浴びたホテルは一瞬妙に荘厳に思えたが、実際に寄ってみると想像以上に
歴史を感じる。
 元々外国人用に建てられたのだろう。ホテルは他にも町の中心にあったが、端に建てられたこのホテルが、殆ど
そのままに残り、一番の存在感を放っている。
 背後の街並みとは明らかに異質な、巨大な赤い洋館。

 「腹減ったな……」

 受付は二列できていて、ゆっくりぱるすぃの担当と、普通の人間女性の担当とがあったので、人間の方を選んだのだが、
進み具合は同じだった。
 ぱるすぃが早いのか、人間が遅すぎるのか……

 「904号室となります」

 鍵を渡されたときは普通だった。しかし、隣のぱるすぃ従業員は・・・・・
 部屋の番号を聞いて ( 0 )ililili( 0 ) となっていて非常に怖い。
 何をにおわせている……?

 「ゆっくりしていってね………」

 去り際に、これは癖となっているのか、人間の従業員も言っている。
 基本的に皆気持ちよく言ってくれるが、ぱるすぃのは少し怖かった。らしいといえばらしかもしれない。

 「お運びしまーす」

 と、鞄に何かの先端が当たる。下を見るとベルボーイであろうゆっくりおりんが、手押し車を引いてニヤニヤ笑いながら
こちらを見ていた。
 折角なので車に鞄を置いて運んでもらったが、何だかその車は変な感触がした。
 分厚い布団の上に荷物を置いた気がしたのだった

 部屋に向かう途中――――ゆっくりあや(きめぇ丸じゃない奴)を口説いているゆっくりまりさを見た。
 あやの方もいかにも満更ではない表情
 その掛け合いが、もの凄く彼女を悲しくさせた

 ( ―――何だい、これ見よがしに)

 部屋につくと、おりんは遠くから男性に呼び止められ―――そのまま姿を消した。
 ――――それにしても素晴らしいホテルだ。
 豪華絢爛とは言えないが、確かなセンスで選び抜かれ調度品達。
 温かみを感じさせてくれる年季
 ゆっくり相手も考えているのだろう、非常にゆったりとした余裕を感じるインテリア


 彼女自身には、場違いに思える。


 自室に入っても、あまりゆっくりした気持ちにはならなかった。
 臆病にも、割かし安い方の部屋を予約していたが彼女が今まで宿泊したどの施設よりも豪華だった。
 今の家賃を2倍以上は払わなければ、こうした場所には住めないだろう。
 掃除の行き届いた床と壁
 埃一つもないカーテンや寝具。
 センスの良い調度品や家具の角度や配置も、全て計算され工夫を凝らしたものなのだろう。空調も心地よい。
 ――こんなにゆっくりできる場所は、そうはあるまい。
 それだけに、落ち着かなかった。
 息苦しいほどではないが、とにかく慣れない。
 全身が際限なくうずもれていくように柔らかいベットに横たわった。疲れていたが、眠くはならない。
 昼と夜の境界にあったが、外はもう夜だ。
 壁をふと見ると、異常なほど不釣り合いな古い日本絵画がこっそり掛けてあった。
 ゆっくりすいかの絵だった。
 達筆で何かが書かれてる。


 ―――過ぎる年月を幾つ経たことか
 ―――いずれ人にも忘れ去られて
 ―――幽かに残る幻は いつか見た萃夢想


 無性に飲まずにはいられなくった。
 彼女は思わず一人ごちた。


 「一発無駄に当てちゃったなあ……」


 一階にもBarがあったので、そちらへ行く事に。
 途中―――まだあのあやと、まりさを見た


 「―――……… 爆ぜろ」


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 「だからってこんなものまではいりません…………!」


 ―――903号室にて
 ゆっくり星が一人でむせび泣いている。
 確かに、このホテルには長い間滞在している。
 あとどれだけいるのか解らないが、一月の末まではこの生活が続くだろう。
 中の下といった部屋だが、十分満足しているし、いつの間にか自分の家の様な気さえしていたことは否めない。
 そういう訳で、宿泊当初は自重していた通販に手を出してしまった。
 便利さに魅かれたが――――やはりこれは無駄遣いをするなという天からの啓示か。

 「誰か助けてください!」

 誰も来ない中、心行くまで泣いてから、ようやく目の前の現実を直視することにする。



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 ゆっくりヤマメのメエドさんが、文句も言わずに運んできてくれた。

 「く、クリスマスに楽しみたかっただけなのに………」

 後悔先に立たず。
 量のためか、結局当時に来てしまうことになったのはまだいい。
 現物が届き、ちょっと大きめの箱が部屋をしばらく占領するくらいには予想していた。
 これでは本当に生活もままならない

 「これ、実は組み立て式なんでしょうか………?」

 改めて確認しようと、注文したWEBページを開こうにも、パソコンを起動できない。
―――机の上のノートパソコンにまで、段ボールに囲まれたどり着けないから。
 仕方がないから、地道に段ボールを開けて中身を確認しようにも、開けられない。
―――カッターが手元にもなく、段ボールに囲まれ探せないから。

 「どうすればいいんですか!クリスマスなのに!!」



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 バーテンダーはゆっくりゆうぎだった。
 クリスマスという事で、サンタの帽子を被っていた。これはまだいい。
 店内の赤と緑の内装や飾りつけもまあいい。
 で――――サービスにと、チョコレートドリンクとか、ケーキの一切れとかそうしたものが
出てくる事くらいは期待していた。

 「サービスです。 七面鳥のローストでえー ございやす」

 それも結構大きい………
 夕食前にここに来たのだが、居酒屋のお通しなんてレベルじゃない。
 これで夕飯は要らないくらいだ。
 どこで作っているのか………
 実際においしそうではあったが、脇に寄せて彼女はただ酒だけをチビチビと飲み続けた。
 よく見ると、このBarにも、ゆっくりすいかの絵が掛けられている。
 廊下でも見たし、エレベーターの前にも飾ってあった。
 流石に、全ての宿泊施設にこの絵があるとは限らないが…………
 それも、同じ絵は一つもない。
 作者はそれぞれ違うはずだが、何か色々セリフが書かれている。

 (気になるわね………)

 彼女は別にゆっくりすいかに殊更興味があった訳ではないが、セリフの一つ一つには、何か
彼女の心に響くものがあったので、出来る限り他の絵も見てみたいと思っていた。


 ―――ただ強くあり
 ―――人の生きる世を儚み


 「あのすいかの絵って、そこら中にありますが、何かの意味があるんですか?」
 「いや、多分ありませんさね」

 ゆうぎバーテンダーはそっけなく答えた。
 従業員のはずだが、こんなBarの一角では、そうした事には精通しないのか興味も湧かないのか。
 割とゆっくりは好奇心旺盛な連中だと思っていたが………
 と、ぼそりと隣で声が聞こえた

 「魔除だよ!!!」

 カウンターに、ゆっくりこいしが座って一杯飲んでいる。
 従業員ではなく、客だろうと思うが、本当にいる事に気が付かなかったほど、この場になじんでいる。住んで
いる、というより、そ れこそこのホテルに置かれ続けた調度品の様に。
 何を知っているのだろう。
 やたら美味しそうなチーズの盛り合わせなんかを持って。
 更に、皿をスライドさせて彼女に渡したものがあったが、何かと思ったら七面鳥だった。

 「私からのおごりです」

 それはサービスでくれる奴じゃないかー と思ったが、パセリの付け合せがあったり、妙なソースがかかって
いたりと、正規のメニューらしい。 しかしどちらかというとチーズの盛り合わせの方がおいしそうに見えた。

 「あ、ありがとうございます」

 一応礼は言う。
 こいしはゆっくりらしく存外小さく、椅子も段ボールを一つ台にしないとカウンターに届かない様だった。
 先程の一言が気になる。

 「魔除けとは?」
 「……………」
 「ねえ」
 「ここは、境界の上に建ってるホテルでしょ?」

 あれはキャッチフレーズの一つなのかもしれないと思っていたが………

 「あ、実はフリーライターをやっておりまして」

 名刺を差し出す。
 まあ知られてはいない名前だろうが、色々興味をそそられ質問したいこともできたので、これだと少し話しやすい
かもしれない。

 「さっきからたくさんかかっている絵とか、このホテルの歴史や雰囲気、ちょっと気になることがありまして」
 「………」
 「もし詳しいようでしたら、お話できませんか?」

 まあ―――仕事には直接つながらないだろうけれど…



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 「私は何でこんな所にいるんでしょう………」

 レストランで食事をとる気にはなれなかった。
 罪悪感から、エレベーター脇の自動販売機で、パンと板チョコを買ってモソモソと星は食事をとり続けた。
 ルームサービスなどもっての外。
 お金はあるのだが――――

 「ん……… ルームサービス……」

 あれは、何も食事を運んでもらうだけではないはず。
 「最高級のおもてなし」を謳っているのだ。
 となれば………

 真下の部屋で、ベットや何か、家具を大きく動かす音が聞こえる。
 こんな日に、こんな時間に何だろう? 


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 そう言えば、ゆっくりゆうぎのモデルは、非常に強い鬼だと言われる。
 黙々とカウンター越しのゆうぎは、グラスを磨いたり戸棚を整理する一つ一つの動作の前に、何かしら酒を少しずつ
飲んでいる。
 ―――缶ビールとか。
 職業柄、許される行為なのか?

 「そんなに強くもなくて、人間を実際に殺して食べたりしない程度の魔物が悪さできないようにするんだよ!!!」
 「―――低レベルの魔を? その、例えば本当にもっと強い悪魔はどうするんです?」
 「ほっとくんじゃない? 三下が出しゃばるな って事だろうし」
 「それって何かおかしくないですか?」
 「ゴホゴホッ!!!」

 彼女の隣で、他の客が思い切りむせている。
 とても不釣り合いなサングラスをかけた女で――――― 一目見て「ゆっくりこがさに似ている」と思った。髪型や
その色もさることながら、紫色の、何やら茄子の様な唐傘を脇に置いていたのだった。
 彼女の質問に対し、こいしは初めて目を細めて答える。

 「だって鬼は人間の天敵だよ!!!」
 「ああ」

 まあ、実際ゆっくりすいかやゆっくりゆうぎが何か悪事を殊更しでかすゆっくりという意味ではなし。

 「じゃあ、本当にそんな悪魔が来る事があるんですか?」

 その、鬼とか

 「鬼は鬼でも、『吸血鬼』の一行が定期的に紛れ込んで泊まりに来てるって噂があるよ」

 宿泊客の中に、というのは少し怖い。
 「鬼」というと、元々人間の悪霊とかそうした意味が強い文字だそうで、あの角の生えたパワータイプのモンスターとは
少し違う存在だ。彼女は例えば、そこらの家具や壁のスキマに煙の様に、亡霊の様に潜み、隙あらば人間やゆっくりを捕まえて
どこかへ連れて行く(その後どうするは不明)イメージを働かせていた。
 人間に偽装しているとなると―――――

 「ほ、他にはそうした話はありませんか?」
 「何かそういう事に興味があるの?」
 「いえ、仕事柄…………」

 そうしたテーマでの文章はよく書いている。
 しかしだ………

 「そんな事は、もう起こらないよ。多分」
 「実際に経験したいわけじゃありませんよ」
 「本物の鬼は、もう忘れられてしまったからね!!! 人間に愛想も尽かせるよ!!!」
 「忘れてはいないけど……」
 「こんなクリスマスなんて行事に被れてるようじゃ、退治なんてできないだろうけどね!」
 「それは怖い」
 「怖くなんかないよ。不思議な事なんて、奇跡なんて何一つ起こるはずないよ」



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 「……何ですか、これ?」
 「え………え………?」

 段ボールは結局切開することになった。
 今が本当にぎりぎりの大きさなので、下手に傾けると電燈に当たる。
 メエドのやまめさんは、近くを歩いていたゆっくりうつほまで手伝ってくれた。

 ―――信じられないほど分厚い段ボールだ。

 手持ちの普通のカッターでは切れなかった。
 あまりにも進まず、二人は応援を呼び、刃物を持ってくると言って一端出て行った。
 切開した部分から、中身が少し見えた


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│   __,,.. -‐''"´  ,'  .|:::::::|/    \| ,riiニヽ/6!:::::!  .| |  i´つソ_)   ......│
│-=ニ..,,,__o_oノ|  |   /:::/;ハ,riiニヽ .   " r‐'|::::ハ  ! !   |__ノ `7   ...│
└──────────────────────────────┘



 外では、男性が二人を大声で呼び止めている。



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 「―――古いホテルだから、何か色々言い伝えがあると思ったんだけどなあ……」

 ―――異様にアルコールの強い酒だ。
 それ程飲んだ訳でも無いのに、もう酔ってきた。
 隣のこがさ似の女は、眠りこけそうになっている。
 彼女は、早くもゾンザイな口のきき方になっていた。飲んでいるはずなのに、こいしだけが全く切り取られたように
何も変わらない。

 「何、そんな話、仕事のネタになるの?」
 「多少は……」
 「ライターだっけ? 有名なの?」
 「一回だけ。 儲かった。 オカルト系のコーナーで。でも………」


 鬼の様に、忘れられてしまったのだ。

 オカルトや超常現象、都市伝説ブームという奴は、ある程度の周期を伴ってやって来るらしい。もういい加減に大人に
なってそうしたものを信じなくなった者が増えて、その流行は終わりを告げるが、その次に「何が流行ったか」を知らない
世代がターゲットとなって、多少趣向を変えたネタがまた噂されるようになる。
 彼女は、その波に一度乗った。
 小金も蓄えられた。
 一発当てた、と言っていい。
 ―――それが、いつまでも続かない事に気づくいたのは、波が引いた後だった。
 忘れられるというのは、存在をある意味否定されるに等しい。
 出版社側からの態度がまさにそれだ。

 「へえ、無職でこんなホテルに泊まるなんて随分な身の上だこと」

 そういうこいしは、何者なのだろう

 「いや、最後に贅沢しようと思って。実際お金はかなりたまってるんですよ」

 それで、値段もそこそこに手ごろで、ちょっと古めの伝説のあるホテルならば、と思ってやってきたのだが……

 「大体そんなおかしな事や、刺激的なことなんてそうそう起こるものじゃないよ!!!。それをこんなホテルに
  期待しちゃう男の人って……」
 「いや、私は女です。それに期待はしていないですが………」



 将来は不安だ。
 結局ここに年末最後の羽伸ばしに来たのも、こんな話の蒐集に凝っているのも、現実逃避か


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 「……自業自得ですか……」

 いつまで経っても、やまめさんもうつほさんも帰ってこない。
 電話をしても、誰も出ない。
 フロントに行くと、何故かロビーの電気が消えていて、客一人いなくなっている。
 こんなことは今までなかったのに

 「私が悪いんです。こんなもの頼んだりするから……………」

 クリスマスが憎い! などと毒を吐いたりはしない。
 泣きながら、段ボールを睨む。


 ―――ホテルでの生活は楽しかった。


 ナズーリンもひじりも、船長も雲山もいなかったが、ホテルの人達は皆いい人ばかりだった。
こんなにいい思いをして大丈夫なのかと思った事さえあった。
 いつもなら、こんな事はありえない。
 皆協力して助けてくれるはず。
 冗談抜きで良いサービスのホテルなのに。

 「やっぱり不相応な楽しみだったんでしょうか……?」

 それにしても、下の階が騒がしい


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 「何か怖いことが起こる気がして……」
 「たいしたことないと思うよー」
 「そうですよ!!!」

 隣のこがさ似の女の更に横に、ゆっくりようむが座っていた。外して置けばいいのに、重そうなギターケースを
背負ったまま飲んでいる。

 「そんなに特別なことなんて一生のうちに入りません!」
 「見たところ、ギターやってるみたいだけど……」
 「それが何だっていうんですか? ロックバンドは生活も波瀾万丈じゃなければいけないっていうんですか?」

 ロックバンドが職業か
 それだけでそこそこ波瀾万丈になりそうなものだが………

 「人生なんて、何もないもんですよ」

 目が赤い。

 「私の母は、ゆっくりゆゆこなんですが、何でもうーぱっくに乗せられて、朝方届けられたんだそうです」
 「…………」
 「その母――――私の祖母にあたるゆっくりようむも、同じくうーぱっくに乗って生まれてきたそうで、母も祖母も、
  昔人間にひどい目にあわされて子供ができない状態になっていた矢先に、親子2代にわたって起きた奇跡
  だといっていました。だから、私も祖母の生まれ変わりなんじゃないかと、中学にあがった頃に教えて
  いただいたんですが……」
 「はあ」
 「そんな数奇な家系? に生まれた所で、別に数奇な一生を送ったわけではありません」

 大体、お祖母ちゃんはまだ生きてるし……… と遠い目でいっぱいあおった。
 返す言葉が無い―――というか、状況をうまく飲み込めない。

 「そんなのまだいい方だよ!!!」

 更にようむの横には、少し年を取ったらしい、ゆっくりにとりが山盛りのきゅうりとチーズの盛り合わせを食べていた。
 今しがた来たらしい。
 今更だが、ここはBarにしては料理が出過ぎる。

 「私は働きに働いて、ゆかり社長やその天狗な奴等や鬼な奴らにこき使われ続けて来て、結局あと2か月の命という事が
  昨日わかったんだよ!!!」
 「「「「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 」」」」
 「まだ未来のある君達が、『人生なんて何もない』 だの 『何か怖い事が起こる気がする』 だの情けない!」

 こがさ似の女が、グラスを持って席を立っていた。
 彼女とこいしもグラスと皿を持って立ち上がった。
 ようむも座ったまま、手を伸ばす。
 無言で4人は老にとりと交互にグラスを合わせた。

 「鶏肉食べるでしょ?」
 「いや、きゅうりだけでいいよ……」

 しばらくしんねりむっつりと飲んでいく内に、細々とようむが怪談話を始めた。
 いつしか、Barは怖い話大会が始まっていた。
 しかし皆心底怖がっていた訳ではない。


 不思議なことなんて起こりっこないのだ。
 奇跡など、クリスマスにも起きない。
 彼女も、にとりも解り切っていたし、ようむに至っては口に出してそう言った。


 「そしたら……… その岩山は、人間の顔をしていたんです!!!」
 「きゃーこわーい……」
 「うわー寒イボ立ってきたー」
 「次は私が怖がらせてあげますね!」
 「よし、こがさ似のお姉ちゃん、頼むわ」
 「ええと、最後にビックリするオチですからね……」
 「それ最初に言うなよ!!!」

 ひとしきりネタを話し、元々寒い冬、冷え切った心も更に寒くなった

 「やっぱり、そんな日常に期待し過ぎるべきじゃないのかなー」
 「その何もない日常を、このホテルで楽しめばいい」
 「『ホテルとは、人生の縮図』ね」
 「でも、ここって『非日常』の塊よね」
 「……………」
 「そんな、いつもと違う生活が190近くも重なるんだから、何が起こってもおかしくないと思うんだけど」
 「そういえば、霧が出る時には何かが起こるって言いますよね」
 「最近は、夜中にはかなりの頻度で出るけど、そんな怪異は聞かないけどね!」
 「そんな事より、途中でいちゃつきまくってた あやとまりさの方が怪異だわ」
 「見た見た」
 「ああ、いましたねえ」
 「むかつくよね、あれ」

 改めてつぶやく

 「―――爆ぜろ」

 こいしは、ホテルに実際に伝わっているという逸話を本当に話してくれた。



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 「……そういえば」

 他の部屋をちらりと見たり、色々な場所へ行ったが、どの部屋にも鬼の絵がある。

 しかし、この部屋には、無い。

 更に注意深く見ると――――床が何か不自然だ。
 あきらかに壁などとは年季が違い、割と最近作り直された気がするのだ。

 薄い。

 何より、真下の部屋の喧騒が聞こえてしまう。


 「「う、うわあああああああああああああ」」


 ゆっくり二人分の悲鳴が聞こえた気がしたが、ゆっくりがこうした声を出すことは
よくある話だ。


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   ――― 泊まりに来る吸血鬼の貴族
   ――― 「儀式」がやりやすい部屋がある
   ――― 信じられないほど天井と床がもろい部屋がある
   ――― 泊まっただけで運勢が極端に変わる事がある
   ――― 神隠し
   ――― 「何か」に出会ったとか
   ――― 「何か」が部屋で起こったとか
   ――― 地下室か、屋上か、このホテルは目に見えない「何か巨大なもの」を飼育してるとか
   ――― クリスマスには、必ず気が狂う人間の客がいる
   ――― 実は、ホテル全体が巨大ロボに変形して戦うことができる
       (去年4月に起きた倒壊事故以来その技術は封印されているという説もある)


 「『いわくつきの日』なんて、365日いつでもそうよ」
 「案外、宿泊客全員に何かが起こってたりして」

 こがさ似の女は興味津々といった様子

 「――――宿泊客全員ねえ」
 「まあ、でもそんなに変なことはおこらないよー」
 「そうかな………」
 「長く滞在してるけど、そんな変なことは起こらなかったよ?」
 「いや、でもさっきから色々な話聞いてたら、やっぱり先の将来何か怖い事が起こるような……」
 「だからあ、作り話だって」
 「別に病気じゃないんでしょ?」
 「『怖いこと』なんてそんなに簡単に起こらないよ」

 いや、これから先の実生活の話だが………
 すると、こがさ似の女は、寂しそうな顔で会釈だけして出て行った。
 気が付くと、こいしもいない。
 もっといればいいのに

 「やっぱり現実見なきゃなあ」
 「そうそう」
 「おばけなんてなーいさ♪ ってね」
 「良いホテルだし」
 「クリスマスなんてさ」

 だから、このホテルの話ではなく――― 
 と、その時だった。

 「お嬢さんがた」

 3人とも酔っていた。
 明るい話題ではなくとも、酔いは回るのだ。 むしろ辛い事から逃れたいために余計に………
 だから、皆まともな状態ではなかった。
 にこやかに店に入ってきたのは――――――


 「「「あら、イケメン♪」」」
 「私の部屋まで付き合ってもらえませんか? 上等なストリチナヤもありますぞ」
 「「「はーいv」」」


 髭の紳士の目に宿った、狂気に気が付かなかったのだ。



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 「おや、気が付かないうちに随分暖かく……」


 下の階が何やらうるささに流石に苛立ち始めた頃だった。
 どうやら、下の床(向こうにとっては天井)は、相当薄い部分があるらしい。
 これはかなり恐ろしい事なのでは………

 とにかく雪崩れる様に喧騒がこの部屋にまで響いてくるのだ。
 その熱気も伝わってくる。

 「まあ、うらやましくもありますが………」

 ―――と、その熱が、気持ちの問題ではなく、本当に熱量として部屋に閉じ込められている
事に、星は気づき始めた。


 そして――――段ボールの中身が、膨張を始めた。


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 「「「こ、怖いいいいい!!!!」」」


 部屋から出ようとしたが、全くよくわからない力で外から抑えられ、開ける事ができない。


 暖かなキャンドルの明り
 咽かえるバニラの香り
 上等なストリナヤと、真っ赤なワイン
 綺麗な樅の飾り
 可愛い人間の幼児を象られた人形の数々
 魔方陣
 猿轡された、ゆっくりヤマメのメエドさん
 猿轡された、ゆっくりおりんのベルボーイ
 猿轡された、ゆっくりうつほの清掃係

 その中央で、分厚い本を持って厳かに何かを唱える紳士

 「いやー 行き届いたホテルだ。鶏も猫も蜘蛛もそこらには落ちていない。おかげで代用を
  見つけるのに手間がかかってしまったよ」
 「わ、私たちはあのその無関係で……………」
 「ああ、この儀式には普通にゆっくり2匹がいるんだ。誰でもいい」
 「私は人間ですが………」
 「言い忘れた。人間にも一人見ててもらわらないと、『あの方』を召喚できない」



 ―――何でこんなことが起こるのだ
 ただ飲んでただけなのに。
 別にそこまで非日常求めなくてもいいよね? と話していたところだったのに。


 単なる冗談だと思いたい。
 今の所拘束されているだけだし、ドアが開かないのは外で誰かが抑えているとも考えられる。
 しかし、魔方陣の中央の上、天井すれすれの所で青白い何とも形容しがたい炎が浮遊しているので、
これは言い訳ができまい。

 「く、クリスマスだっていうのに…………」
 「ふん。クリスマスなんて西洋の白豚どもの邪教に染まりおった軽佻浮薄な女め。大和魂は、大和撫子はどこへ行ったんだ」

 ―――お前のやってる儀式だって西洋式だろ! と言いたかったが歯の根がかみ合わない

 そうこうしている内に――――
 早―――
 天井から粉が軽く降り始めた。
 そして、何か黒くて丸い物が、メリメリという音とともに視界に入った。


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 熱は更に強まり、ついに段ボールは破裂した。
 星はもう泣く間もなく匍匐したが、ドアが何故か開かない。
 外側から強い力で返されているようで、まるで凶悪な何者かがこの部屋、いやそれを超えた広い範囲を包み込んでいる様に
ひしひしと感じる。
 諦め、扉があり個室となっている風呂場へ駈け込んで、鍵を締めた。


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 丸い物が見えたのは一瞬。
 彼女は強烈に思い出した。
 あれを見たのは幼稚園の時だけ。
 おばあちゃんが作ってくれたのだ。
 以来、作る機会はいくらでもあったのに、何故か触れる事さえなかった。


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 素材は解らない。
 多分ビニールではなかったのだろう。
 しかし―――――部屋を覆い尽くすほどに肥大化した人形は、何故か熱を加えられている方面に向けて―――


 大量のポップコーンを解き放っていった。

 その時間、実に30秒


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 「あ………」
 「すごく良い匂い………」

 トウモロコシと、バターと油と――――出来立ての揚げ物の様な香ばしさが、先程まで儀式を行っていた部屋に
充満している。
 ただし、匂いのもとは下から―――――

 「ポップコーンが強いの?天井と床が弱いの?」
 「どっちもじゃない?」

 天井から降り注いだポップコーンは、床を貫通して下の部屋を埋め尽くした様だ。

 「あの男が呼び出したかった物ってポップコーンだったの?」
 「――――そうじゃないみたいだけど……」

 ぽっかりと開いた天井からは、号泣しているゆっくり星が見えた。
 そして―――ややあって、ポップコーンに埋め尽くされた部屋から、そこに泊まっていたであろうゆっくり二人が、
無言で顔を出す。


 ―――それはあの、ゆっくりまりさと、ゆっくりあやであった。


 3人は、ようやく笑顔を取り戻した。


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 よく探すと、こんな説明用紙が見つかったのだが


┌─────────────────────┐
│            ノノ                .....│
│        .y´⌒ヾ、⌒゛ー-´:く≦         ......│
│       ,,'::::::::::::::::::::::;::::';:::';:::;:ヾヘ         ......│
│      i::!:::::;:::::::::';:::::::';::::',:::)::)::::;ス          .│
│      !::ソ:::;ノメ;;,、:::ソ::ンノヾ;':::':::::::::;ノ)       .....│
│   __  l::ノ」::::ノゝ、 ヾノ / ヌェ:'::::::::ハ       .....│
│  (O.) いイ   \| ,riiニヽ/.レ;:::::::::::}       .....│
│  ノ 、ヽ  リ::| riiニヽ .   "   ノ:::::::::j        ...│
│<__,ノ,ヘ、ゝノ',"  、_  ‐'   .イ::::::::ノ        ....│
│  (ヾ、:::::::::::::ヽ、       ,ノ:::::::ノ>'´`ヽ     ..│
│  ノ ,`ー-≧:;;;;>ー--─<;;<r-<⌒~>  7     .│
│<__ノ(O) ̄ , <::::l:::}_`只´_{:::l::::>、-、\ \/    ....│
│    7 .⊂ゞ`"7:::::'ァノヽr':::::ヘ"〃⊃> '7        │
│    Z_ノ`ー/⌒ヽ::::::::::::::::7⌒ヽ`ヽ \/        │
│        |   .|>──<|.   |< 7        .....│
│        ヽ___ノ      ヽ___ノ `′         .│
└─────────────────────┘


 これ以外何も書かれていない。


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 「最初は、本当に何か悪魔だか何だかが出てくるんじゃないか思ったわね」
 「そんなもの、出てくる訳ないじゃない」
 「ただの頭のおかしいおじさんよお」
 「大丈夫大丈夫。何もおかしなことなんて起こってない!」
 「何も召喚されてなんかいない!」

 まりさとあやと協力を救出して、清潔な箱一杯に、異様なほど美味しいポップコーンを持って少女達は夜のグランドホテルを
歩く。にとりの部屋で一杯飲みながら食べるつもりだ。

 薄暗い廊下。
 外には霧が出ていた。

 心なしか赤く見える。

 ふと、彼女は思い出した。


 救出された、やまめとおりんは、部屋の番号を見てから、こう呻いていたのだ。



 ――――「今年もか」――――



 こいしの言っていた、このホテルの伝説の内、二つが脳をよぎったがすぐ消えた。
 あの宙に浮いていた火は何だったのかとか、何故扉が開かなかったのかとか、そんなことはもうどうでもよく思えていた。
 ポップコーンを一齧りすると、先ほどの嫉妬から出た醜い心からの笑みではなく、彼女達は心から笑えた。





                            了



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「お腹が空きました………」


 ポッカリと開いた床の穴からは、食欲増進効果が半端ではなさそうなポップコーンが!


「おお、なんておいしそうな………!」


 その時、彼女の全身を、何かが押さえつけた。
 ―――毛並だけ見ると、それは、彼女にもなじみ深い、寅の様にも見えたのだが…………

 恐ろしい力と共に、甲高いのか低いのかわからない、どす黒い声が聞こえた。



 ―――― 時間がかかってしまったが ……… 私を呼び出したのは、 お前か?  ―――――



 背後の闇の中には。

 顔が猿(猫?)・胴体が狸(鳥?)・手足が寅で、尻尾が蛇になっている巨大な獣がいたのであった。

  • 場面転換が多くて一回読んだ時にはわからない部分が多かったけど、2回目読んだらいろいろ繋がって楽しめた
    まだ伏線っぽいのが残ってるけどこれは後発のSSで解決するのか、それとも過去の作品で出てきたネタなのか… -- 名無しさん (2010-12-25 21:37:42)
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最終更新:2010年12月25日 21:37