※この作品はれみりゃとお兄さんシリーズの世界観です
※死んでしまうゆっくりがいます
※捕食種設定があります
※鬱注意です
※この作品はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません
苦手な方は申し訳ありませんが、ゆっくりお引き返しください。
この作品を読まなくても、れみりゃとお兄さんシリーズの他の作品を読むことに支障はありません。
このシリーズの世界観を気に入っていただけた方にだけ読んでいただきたいと思います。
尚、この作品の主役はれみりゃとお兄さんシリーズのお姉さんです。
本当に良いですか?
れみりゃとお兄さんの出会い(裏)
時刻は午前8時25分。
始業時間は…午前8時30分。
現在位置は…職場から徒歩10分程度の場所。
故に、私は必死に職場へ向かって走っている。
私は昔から朝が苦手だった。
もう私も新人ではない。
遅刻をしてしまっては後輩に示しが付かない。
目指していた目的物が見えてくる。
左腕に付けている腕時計を見る。
時刻は…午前8時28分。
何とか間に合ったようだ。
私は慌てて職場へ駆け込む。
「はぁ…はぁ…お、おはよう…ございます…」
「あんた…朝から楽しそうなダイエットしてるわねぇ…」
上司からの嫌味も慣れたものだ。
…慣れるのもどうかとは自分でも思うが。
「もう始業時間よ。早く準備しなさい」
「は、はい…」
市民の方々に無様な姿を見せる訳にはいかない。
疲労の色が出てるであろう顔を引き締め、私は自分の机に向かう。
「あの~…すみません…」
「あ、はい、いかがなさいましたか!?」
今日も今日とて市民の方々の対応をする。
私の職場は市役所の市民相談課であった。
見た目は初老の老婆と言ったところか。
腰は曲がっており、杖を持っている。
「あの~ですね~…」
老婆がゆっくりと話し始める。
その速度は亀のように遅い。
しかし、こんなとこでイライラしていては、市役所の職員など務まらない。
常に笑顔でいなくてはいけないのだ。
「昨日の~…話…なんですけど~…」
といっても、新人時代はイライラしたこともあった。
さすがに今では慣れてきたが。
公務員と民間企業の最大の違いは、お客様を選べないというところが最大の違いだ。
民間企業は、金を持っていない人間は相手にする必要がない。
しかし、公務員は誰に対しても良い意味でも悪い意味でも、平等に接しなければならない。
だから私達は誰に対しても笑顔で接しなければいけないのだ。
「台所にですね~…」
といっても、この老婆の話し方は、私が今まで接してきた方よりも群を抜いて進みが遅い人だった。
イライラしそうになるのをぐっと我慢する。
顔にそれが出るだけでもダメだ。
張り付いた笑顔でもいい。
何とか自分を保たないと。
「ゆっくりが出たんですよ~…」
またか。
またゆっくりか。
私は老婆の口からその言葉が出ると同時に、心の中だけで溜息をつく。
勿論、表情に出してはいけない。
ゆっくり…最近、この日本に出没する生物の総称だ。
見た目は人間の生首にしか見えない。
それが自由に跳ねまわるので、見る人によっては不気味にしか見えないそうだ。
私は可愛いと思うのだが。
増え続けたゆっくりは、当然のように人間社会にも顔を出すようになった。
中には、この老婆の家のように、家の中にまで侵入するゆっくりまで存在する。
ゆっくりの目的は、自身をゆっくりさせる為だろう。
そこには悪意は存在しない…と、私は思っている。
悪意が存在しなければ何をやっても良いと言う訳ではないが…。
「だから~…ゆっくりを~…駆除してほしいんですよ~…」
これだ。
ゆっくりは、一般の人間にとっては害虫に等しい。
確かに自分の家に侵入されたとなれば、恐ろしいものがあるのはわかる。
しかし、駆除…つまり、ゆっくりの命を奪ってしまえ、この老婆はそう言っているのだ。
それはやりすぎではないだろうか。
何度も思ったことがある。
ゆっくりの駆除と言うのは最近非常に多い。
私の仕事は市役所の職員なのか、ゆっくりの駆除要員なのかわからなくなってくる程だ。
しかし、私は断るわけにはいかない。
「はい、では…本日中にお伺いいたします。ご住所とご希望の時間があれば教えていただけますか?」
私は張り付いた笑顔のまま返事をする。
必要事項をメモし終わると、老婆は満足そうにその場を去っていった。
「ふぅ…」
私は憂鬱になり、思わず溜息をついてしまう。
ゆっくりによる被害は当然の如く、今の老婆だけの話ではない。
畑に侵入されて野菜を奪われた者、ゆっくりによって交通事故にも遭った者も沢山いるそうだ。
国レベルでも、地方レベルでもゆっくりの処遇について連日のように話されているらしい。
増え続けるゆっくり対策をどうするか。
そして、ゆっくりを野生動物と捉えるか、それとも妖精と捉えるか、はたまた不気味な妖怪と捉えるか、といったところか。
何故安易に野生動物にしないのかというと、ゆっくりの最大の特徴として、人間の言葉を喋るところにある。
ゆっくりは『ゆっくりしていってね!』と言わずにいられない存在のようで、ゆっくりが多く出没する場所を歩いていると、どこからともなくその声も沢山聞こえてくる。
『あれは安らぎを運んでくれる妖精だ!無暗に命を奪ってはいけない!』
『何を言っている?あんなのただの不気味な妖怪だろう?全く気持ち悪い…。ゆっくりを保護する必要などない!』
『言葉を話そうとも、野生動物のカテゴリーに入れることは問題ないと思うのだが?』
といったことを学者の間、そして政治家の間でも話されているらしい。
それ自体には興味はないが…ゆっくり対策がその争いによって遅れていることは事実だ。
動物愛護法という法律がある。
簡単に言えば、動物の虐待や無暗に生命を奪うことを防止する、という法律だ。
動物を虐待することで禁固刑に処することもある。
極論を言う者もいるが、概ね悪い法律ではないと私は思う。
話をゆっくりに戻すが、ゆっくりはこの動物愛護法によって未だ保護されていない。
原因は、上述の通りゆっくりをどのカテゴリーに含めるかで争いがあるからだ。
動物愛護法が保護するのは哺乳類・鳥類・爬虫類にも限定されている。
ゆっくりは哺乳類なのか?
動物愛護法で保護されるべき生き物のカテゴリーに含まれるのか?
それを断定できる者など未だ誰もいない。
ゆっくりは未だに未知の生物でしかないからだ。
ゆっくりが動物愛護法によって保護されていない…。
つまり、現在では道を跳ねているだけのゆっくりを虐待しようが法に触れることはない、ということだ。
学校の帰りの通学路でゆっくりを虐める小学生、中学生というのは珍しい光景ではない。
大人でさえもそのような行為に走ることがあるのだ。
だったら子供のそのような行為を止めることは厳しいだろう。
彼らにとっては、ゆっくりというものは道を歩く饅頭でしかない。
ゆっくりの中身が血液ではなく餡子ということもあるという未知な生物ということも、彼らから罪悪感というものを奪っていったのだろう。
私はそのような行為を見ることは好きではない。
子供がゆっくりを虐めていたら、真っ先に止めに行く。
私は、ゆっくりは悪い生物ではないと思うからだ。
しかし、そう思う人間ははっきり言って多くはない。
『ゆっくりを虐めることの何が悪いの?』
これが一般人の認識であることは私も認めなければいけない。
腹立たしいことではあるが。
生命を無暗に奪って悪くない訳があるか。
しかし、その声が世間に届くことは未だにない。
やはり法律で行動を制限しなければいけないのだろう。
私はゆっくり等よりも邪悪そうに見える政治家という生き物を全く信用してはいないが。
考えるだけ考えたら却って憂鬱になってしまった。
最近溜息が増える。
…あの老婆の家には午前9時30分に着くようにしなければいけない。
左腕の腕時計を見ると、今は午前8時40分。
そろそろ準備を始めなければ。
…何の準備かって?
当然、ゆっくりの駆除の準備だ。
やりたくないことではあるが、私がやらねばならない。
仕事と割り切ってやらなければいけない。
「すみませ~ん、私はこれからゆっくりの駆除に行ってきますね」
「はいはい、いってらっしゃい」
上司に一言声をかけ、私はその場を離れる。
この職場でも、ゆっくりは駆除されて当然と思われているところがある。
私にはその風潮は受け入れ難かった。
私は庁舎内を歩く。
憂鬱ではあるが、市民の方々も庁舎内を普通に歩いている。
ならば笑顔のままでいるしかない。
恐らく張り付いた笑顔となっているだろうが。
私は目的地に到着する。
ここは私がこの庁舎内でも唯一気に入っている場所。
昼休みには必ずここに顔を出すようにしている。
その所為で私は変人扱いされているところもあるそうだが。
まあ、そんなことをいちいち気にしても仕方ないだろう。
「れみりゃ~、入るよ~?」
私は一言声をかけ、目的地に続くドアを開ける。
そこには、大きな檻がある。
その檻の中には、ピンク色の帽子に洋服、背中には黒い翼が付いている生物がいる。
「う~」
丸々と太った胴付きゆっくりのれみりゃがいた。
「れみりゃ~!元気だった~?」
私はれみりゃに笑顔で話しかける。
先程の張り付いたような笑顔ではなく、本当の笑顔が出来ていると思う。
私はれみりゃが好きだったからだ。
何故好きなのかと言われると…最初は放っておけないという義務感から接し始めた。
いつの間にか愛着が湧いてしまったのだろう。
見た目が可愛いというのも私的にグッドだ。
「う~」
れみりゃがいつもの無表情のまま、その深紅の瞳で私を見ていた。
このれみりゃは笑うことがない。
いつも無表情。
さらに、ゆっくりの特徴である人間の言葉を話すことはない。
上司によると、捕まえてきた当初は「さくや~」と人間の言葉を話したらしいが、今ではすっかり話さなくなってしまったそうだ。
この胴付きゆっくりのれみりゃは、私がこの職場に勤める前からこの庁舎の檻の中で暮らしていた。
だから、私はこのれみりゃが笑顔で、言葉を話す姿を見たことはない。
私のことを好きでいてくれるかもわからない。
それでも私はれみりゃが好きだった。
ちなみに、胴付きゆっくりというのは、その名の通り胴体が付いているゆっくりのことだ。
その存在は稀で、外ではなかなか見ることはできない。
この胴付きゆっくりの存在により、さらにゆっくりの処遇に争いが起きた。
胴付きゆっくりは、見方によっては人間にも見えなくもないからだ。
『胴付きゆっくりは人間と姿が酷似している!!ならば、彼らにも人権というものが与えられるべきではないのか!?』
という声も少数だがあるらしい。
それはさすがに私も無理があるような気はする。
ゆっくりはゆっくり、人間は人間なのだから。
「う~」
れみりゃは『う~』と鳴き声を上げるだけ。
食事も購買の残り物の菓子パンをを与えられるくらい。
だから、私は昼休みになる度にれみりゃに差し入れに行っていた。
…その所為でれみりゃは少々太ってしまったかもしれないが。
色々な物をあげてみたが、一番のお気に入りはプリンのようだ。
プリンを食べる時の勢いは、その他の物の比ではない。
だから私はプリンを多めに届けるようにしていた。
…別に、今の私はここに遊びに来たわけではない。
ゆっくりの駆除をする為にはれみりゃの力が必要なのだ。
「れみりゃ、またお仕事があるの。付いてきてくれる?」
「う~」
私は檻の鍵を開け扉を開けると、れみりゃはゆっくりのそのそしながら扉から出てくる。
その見た目は人間の肥満児に近い。
その姿を見ると、胴付きゆっくりを人間と捉える考え方があるのはわからなくもない。
「じゃあ、れみりゃ、行きましょう」
「う~」
れみりゃは返事をして私の後を付いてくる。
私の言うことは理解してくれている。
嫌われていないと思いたいところだ。
私とれみりゃは庁舎内を歩く。
その中には、嫌悪の視線を浴びせてくる輩もいる。
しかし、そんなことを気にしても仕方ない。
私はれみりゃが好きなのだから。
私とれみりゃは庁舎外へ出て公用車に乗る。
れみりゃを助手席に乗せた後に私は運転席に乗る。
運転はあまり好きではないが、これも仕方ないことだ。
「う~」
れみりゃの鳴き声をバックに、私は車にエンジンを掛けるべく、鍵を差し込んだ。
老婆の家はそう遠くない場所にあった。
目的地に到着し、私とれみりゃは車を降りる。
老婆の家と思われる家のインターホンを押す。
「う~」
れみりゃは落ち着かないようだ。
何だかそわそわしている。
あんな粗末な檻でも長くいると落ち着けるようになってしまうのだろうか。
やがて先程の老婆が玄関のドアの隙間から顔を出す。
その表情は、ようやく来たか、といったところだろうか。
「すみません、市役所の者です。ゆっくりの駆除に参りました」
「う~」
「すみませんが~…台所の方にいらしてくれますか~…」
私とれみりゃは老婆の案内で台所まで通された。
「「「ゆっくりしていってね!」」」
そこには黒髪のゆっくりが三匹ほど。
元気に跳ねまわっている。
大きめのサイズが一匹に小さめのサイズが二匹。
親子なのかもしれない。
「早くお願いしますよ~…」
「わかりました。れみりゃ、お願い」
「う~」
私はいつものようにれみりゃに指示を出す。
そして、れみりゃはのそのそと動き出す。
ゆっくり達はれみりゃの姿を見て慌てだす。
「「「れ、れみりゃだあああああああああああ!!!!!!」」」
「う~」
れみりゃは無表情のまま近くにいた小さめのゆっくりを両手で持ち上げ、そのまま口の中に入れる。
ゆっくりは悲鳴を上げる間もなく、れみりゃの栄養となってしまった。
「お、おちびちゃああああああああん!!!」
大きめのサイズのゆっくりが悲鳴を上げる。
やはり親子だったようだ。
「う~」
残りの2匹もれみりゃの口の中へ。
れみりゃは無表情のまま、ゆっくりを口の中に詰め込む。
「ゆああああ!!!!」
「もっと…ゆっくり…したかった…」
いやだ。
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。
これが嫌なのだ。
ゆっくり達の悲鳴が。断末魔が。
他の職員はこのゆっくり駆除を「どうせあのゆっくりに餌をやってるだけだろ」と言うだけだが、私はそうは思わない。
れみりゃに指示を出しているのは私なのだから。
れみりゃにあのゆっくりたちをたべろといっているのはわたしなのだから。
わたしが…ワタシガ…。
「あの~…」
しまった。
こんなところで呆然としている訳にもいかない。
ここは他人の家なのだ。
「あ、終わったようです」
「そうですね~本当にありがとうございました~」
「いえいえ、また何かありましたら市役所の方へ相談にいらしてください」
張り付いた笑顔のまま老婆にテンプレ通りの挨拶をして、れみりゃを連れて私は老婆の家を出る。
危なかった。
慣れたはずだったのに。
もう少しで泣き叫んでしまうところだったかもしれない。
「う~」
れみりゃの顔を見ると、相変わらず無表情であるが、いつもよりは満足げに見える。
私の気のせいかもしれないが。
れみりゃの主食は甘味だ。
そして、ゆっくりの中身は餡子を初めとする甘味だ。
その習性を利用したゆっくりの駆除のやり方という訳だ。
ゆっくりを潰してしまうと床や道路が汚れるということで、この方法が用いられるようになったらしい。
ゆっくりの生命を何だと思っているのだ、と怒鳴りたくなるところではあるが。
実際に駆除をれみりゃにやらせている私が言えたことではないのだろう。
「ふぅ…」
今日だけで何度目か分からない溜息をつく。
れみりゃを利用したゆっくりの駆除。
これは許されることなのだろうか。
その場でゆっくりを逃がしてやりたいところだが、市民の目の前でそんなことをする訳にもいかない。
そうすれば、またいつ家に侵入されるのか、という不安を市民は背負っていかなければいけない。
その場は回収だけをして帰り道で逃がすという方法を用いたこともあったが、素早いゆっくりを傷つけずに捕まえることは意外と難しい。
ゆっくりの中身が餡子だということも厳しいところだ。
下手を打ってゆっくりを潰してしまい、その場で中身の餡子が飛び散ってしまったこともあった。
あの経験と光景は私のトラウマになっている。
だから、れみりゃの力を借り駆除という方法を取らざるを得なかった。
れみりゃに食べさせることで罪悪感もなくなり、床や壁も汚れない。
人間の立場からすれば最も簡単かつ合理的な方法だということはわかってはいるのだが…。
まあ、私は駆除自体に反対なのだからいくら考えてもケチを付けてしまうのだろう。
深みにはまる前に、早々と結論を出して思考を打ち切る。
私の仕事はゆっくりの駆除だけではないのだ。
「れみりゃ、帰りましょう」
「う~」
私はれみりゃを助手席に乗せ、続いて私も運転席に乗り込んだ。
「ふぅ…」
もう午後5時30分。
終業時間だ。
今日のゆっくりの駆除は朝一番のやつだけで済んだ。
正直ホッとしている。
「すみません、お先に失礼しますね~」
「ええ、お疲れさま」
「お疲れさまでした」
仕事が終わったらさっさと帰らなければならない。
上司に気を使って無駄に残っているより、終わったらさっさと帰れというのがここのやり方だ。
そのやり方はやりやすくて私は好きだった。
帰る前にれみりゃに会いに行く。
毎日やっている事で、最早習慣と化してしまった。
「やっぱ仕事帰りにはれみりゃが基本よね~♪」
自分で言っていて訳がわからない。
しかし、今の私はスキップしてしまいたくなるほど程機嫌が良い。
早くれみりゃに会いたかった。
「れみりゃ~、入るよ~?」
朝と同じように一言声を掛けて、れみりゃの部屋に入る。
「れみりゃ~…?え!?」
私は驚いてしまった。
そこにいたのはピンク色の帽子にピンク色の洋服に黒い翼。
間違いなくれみりゃがいたのだが。
「う~…」
その顔の下ぶくれの部分…人間でいう顎の箇所か、その部分が肥大化していた。
「え!?ちょ!?れみりゃ、どうしたの!?」
私は慌てて降りに近寄る。
しかし、れみりゃから明確な返事がある訳でもない。
どうしよう。
これって何かの病気なのではないのか…?
もしれみりゃが病気になってしまって…死んでしまったら…。
いやだいやだいやだいやだイヤダ。
いや、今は茫然としている場合ではない。
落ち着かなければ。
私以外に誰がれみりゃを助けられるというのだ。
れみりゃをもう一度見る。
その姿はいつも以上にゆっくりのそのそとしている。
体が重いのだろう。
早く病院に連れて行かないと…。
私一人で勝手にする訳にもいかない。
まずは上司に報告か。
「れみりゃ、ちょっと待っててね!すぐ戻ってくるからね!」
「う~」
私はれみりゃの鳴き声を背に、来た道を駆けて行った。
「あら、まだいたの?」
「すみません!少し来ていただけませんか!?」
「え、どうしたのよ?私もう帰るところなんだけど」
「すみません!着いてきて下さい!」
「ちょ、ちょっと…」
帰り際の上司を捕まえる。
何とか間に合ったようだ。
上司の返事を聞かずに、私は腕を無理矢理引っ張る。
冷静のつもりでいて全然冷静になれていなかった。
「はぁ…何よ…」
上司が諦めたように溜息をつく。
その姿を見ると申し訳ないと思うが、今はれみりゃを優先させてほしい。
「本当にすみません、すぐ済みますので着いてきてくれますか?」
「わかったわよ…」
私が歩き出すと、上司がその後ろをついてくる。
「この方向…」
上司も勘付いたようだ。
れみりゃは、この職場であまり好かれている訳ではない。
先に説明しなかったのは、話して嫌がられるのではないかと思ったからだ。
上司も一度了承した以上ついてきてくれるだろう。
数分歩いていると、れみりゃの部屋に着いた。
今度は無言でれみりゃの部屋のドアを開ける。
「これ、見てもらえますか?」
「ん…?」
上司がれみりゃの顔を見て怪訝そうな表情を浮かべる。
「これ、何かの病気なんじゃないでしょうか…」
私は一縷の望みを託して上司に話しかける。
「それで、貴方はどうしたいの?」
「え…?」
上司がきっぱりと答える。
まさかそう返されるとは思っていなかった。
病気だったら病院に連れて行く。
それが当たり前ではないのか。
「え、病院に…」
私は動揺でしどろもどろの言い方になってしまった。
上司のあまりの堂々とした言い方に自分が間違っているのか、と自信がなくなってしまった。
「ふぅ…」
上司は私の発言に溜息をつく。
何か間違っていたというのか。
「貴方ね…ゆっくりを診てくれる病院なんてどこにあるのよ…」
「え…?あ!!」
しまった。
忘れていた。
ゆっくりはその存在の定義すらあいまいなのだ。
そもそもゆっくりを飼っている人がどれだけいるのか。
ゆっくりを飼っている人間という需要が存在しないと、供給というものは発生しない。
そのことをすっかり忘れていた。
「こいつ、この状態で駆除の仕事はできるのかしら…」
「一度檻から出してみます?」
「そうね、貴方の言うことなら聞くのでしょうし」
私は壁にかかっている檻の鍵を取り、そのままれみりゃの檻の鍵を開ける。
れみりゃの状態が気になったのは私も同じだ。
「う~…」
れみりゃは這ったままの状態で檻から出てくる。
立ち上がれないようだ。
「これは…無理かもね…」
「い、良い休養になるんじゃないでしょうか!?れみりゃを休ませてあげるいい機会になるのではないでしょうか!!」
上司のその先の発言を聞きたくなかった。
自然と声が大きくなる。
恐らく上司が考えているのは…。
「これでは処分でしょうね…」
それは予想通りの発言。
しかし、改めて聞くと衝撃的だった。
「そ、そんな!!処分だなんて!!今は体が重いみたいですけど!!すぐに良くなりますって!!」
私は必死になって上司に食らいつくが、上司の返事は溜息一つ。
そんな…。
れみりゃとお別れだなんて…。
絶対に嫌だ…。
こうなったら私が出来ることは…。
絶対にれみりゃを助けたい。
だったら…どうすればいい!?
考えろ…。
考えろ…。
…これでは解決になっていない気もするが…一応言ってみるか。
「すみません、れみりゃを少しの間私の家で預からせてもらえませんか!?」
「え!?…貴方、本気なの…?」
上司もさすがに私のこの発言は予想していなかったようだ。
私がこの上司と知り合ってから短くはないはずだが、ここまで驚く上司の顔を初めて見た気がする。
「ふぅ…好きにしなさい…」
上司が溜息混じりに了承をしてくれる。
やった。
れみりゃを家に連れてこれる。
まさかこんな形で叶うとは思わなかったが。
「ただし!」
舞い上がっている私の頭に上司の強い声が響く。
「このことは上には報告するわよ!良いわね?」
「は、はい…」
「じゃあ、私帰るから」
「は、はい、お疲れさまでした…本日はありがとうございました」
「ええ、お疲れ様」
上司は素っ気なく返事をし、部屋から出て行こうとする。
そのまま出て行くかと思ったが、上司は部屋を出る直前に振りかえって私に聞こえるように呟いた。
「程々にしなさいよ…」
「え!?は、はい!!」
上司がそれだけを言って部屋を出て行った。
驚いた。
上司が心配してくれるとは。
そこまで良い関係だと思ったことはなかったが、意外と私達は上手くやって行けてたのかもしれない。
まあそれはそれで良い。
今はれみりゃを優先しなくては。
れみりゃは檻から出た後も這った状態のままだ。
私は車を持っていない。
帰り道も徒歩だ。
歩けないれみりゃを連れて帰るのは少々骨になりそうだった。
今更言っても仕方ないが。
「れみりゃ、行こう」
「う~」
私が部屋を出ると、れみりゃも這ったまま部屋を出てくる。
本当なられみりゃを抱いて連れて行ってあげたいところだが、私の力ではこの大きなれみりゃの体を持ち上げるのは無理がある。
仮に持ったところで、数分も保たずにばててしまうだろう。
れみりゃに頑張ってもらうしかなかった。
私とれみりゃはその状態のまま庁舎を出る。
れみりゃを家に連れてこれるのは良い。
しかし、家に連れてきたところで私に何が出来るのか。
先行きは夜空のようにとても暗かった。
最終更新:2011年01月23日 03:45