「くそっ…」
「奴はどこだ!?」
荒々しい男達の叫び声。
男達の外見を一言で言えば、異形。
彼等は人間でもない、ましてやゆっくりでもない。
正真正銘の妖怪であった。
「ぐああああああああああああっ!」
二つの渇いた音、それに伴って風を切り裂くような男の悲痛な叫び。
片方の男の体が地面に横たわり、そのまま動かなくなる。
男の頭部には風穴が二つ開いていた。
この場に立っている者は一人の男だけ。
いや、もう一人いた。
「畜生!たった人間一人相手に俺達が…」
「手を上げて」
「…!?」
男の耳元で声が聞こえた。
そして、後頭部に堅い物体が押し当てられている。
それが何であるか、男にも察する事が出来た。
「動くと撃つわ」
「ひっ…!!」
男は反射的に両手を上げる。
その顔は恐怖にひきつっていた。
そう、死の恐怖に。
「質問に答えなさい。もし答えられたなら助けてやっても良いわ」
「な、何だ!?言ってみろ!?」
金か、宝か、それとも男か。
男はあらゆる質問を想定しながらごくり、と息を呑む。
「…可憐な美少女吸血鬼を見たことないかしら?」
「…は?」
男にとってあまりに想定外な質問。
思わず間抜けな声が出てしまう。
自分達妖怪を一掃したこの少女は同性愛者なのだろうか。
男の頭に疑問が浮かんだ。
「回答はyes or no…いえ、『はい』か『いいえ』だけよ」
「や、やめてくれ!!襲ったのは謝る!!」
「さっさと答えなさい」
「ひっ…」
さらに押し当てられる堅い物体。
それが何なのかは考えずとも男には理解出来ていた。
理解は出来ていたのだが…。
「し、知らねぇ…」
「…そう」
「な、何だ嬢ちゃん。女が好みだったのか?吸血鬼はいねえが綺麗な顔の奴なら一人やふた…」
男の命乞いが中断される。
それを遮ったのは一つの銃声。
そして、男の後頭部には一つの風穴。
男の身体は地面に力なく崩れ落ち、それきり動かなくなった。
「…jackpot」
少女の切れ味鋭い澄んだ言葉だけがその場を通り過ぎて行った。
緩慢刀物語 双魔章 ~Devil May Be Slow~
時刻は現代で言う正午を回ったところ。
所謂昼食を食べるに相応しい時間帯であった。
「うめぇ!!めっちゃうめぇ!!」
「かなた殿…もう少し落ち着いて食べられないでござるか」
ここはとある村の小さな食堂。
食堂の片隅には、豪快に味噌汁を次から次へと飲み干す一人の少女、そして一人の白い髪をしたゆっくり。
少女の名前は烏丸彼方だ。
一方、白い髪をしたゆっくりの名前は真名身四妖夢、通称みょんである。
彼女達は刀鍛冶の村へ向かう途中のこの村で、しばしの休息を摂っていたのだった。
「腹が減っては戦は出来ぬ!早起きは三文の得!!豚に真珠!!」
「最初以外関係ないみょん…」
「おかわり~!」
「まだ飲むでござるか!?」
彼方が創造する味噌汁の空の器の山を眺めながら呆れた眼差しを向けるみょん。
いつものこととは言え、彼方の暴飲癖は目に余る。
「この村に珍しいお菓子はないみょん。みょんとしては少々退屈な村でござる」
みょんは退屈そうに椅子の上で呟く。
みょんの目的は、各地の珍しいお菓子から作った菓子剣を手に入れることだ。
そんなみょんにとって、珍しいお菓子が無いこの村は少々期待外れであったのだ。
「ばじびっでんの(ずずず…)ごんなじごばんがぼいじいのじ(ずずず…)」
「飲むのか話すのかどっちかにしてほしいみょん」
彼方はとても満足そうに味噌汁を飲んでいる。
会話する時にも味噌汁を口から離さない程だ。
みょんはそんな彼方に呆れることしか出来なかった。
「じゃあ飲む」
「そこはみょんを選んで欲しかったでござる」
無言で味噌汁をすすり始める彼方。
みょんとしては、彼方だけ満足そうにしているのが羨ましくて仕方ない。
「みょんは甘い甘いお菓子が食べたいでござる!!ご~ざ~る~!!」
不機嫌な顔をしながら、席の上で跳ね始めるみょん。
その姿はまるでだだっ子のようであった。
旅をしている最中は色々な騒動に巻き込まれた二人だったが、休息中は概ね平和であった。
そんな二人に話しかけてくる者がいた。
この食堂の店員だ。
「すみません、相席よろしいでしょうか?」
「…む?」
相席の申し入れだった。
みょんが周りを見渡すと、二人が店に入った時にはどちらかというと閑散としていた食堂が、今では賑やかな雰囲気になっていた。
どうやらいつの間にか満員となっているらしい。
みょん達は気付かないうちに随分長居してしまっていたようだ。
「ああ、構わんでござるよ。みょんは大歓迎みょん」
「ずずず…」
「では、こちらのお席となります」
店員が後ろを振り返り、みょん達の相席者となるであろう人物に声を掛けている。
その人物は黒の西洋風の衣服を纏っており、さらに背中に銀色の大剣を背負っている。
そして、綺麗ではあるのだがどこか哀愁を漂わせた顔、それらの要因は少女にどこか暗い印象を漂わせた。
「…む?」
みょんにはその人物は見覚えがあった。
間違いなく初対面のはずなのだが、見覚えがあったのだ。
正確に言えば見覚えがあったのは彼女の銀髪、そして瞳。
どこか冷めていながらも、その中央には熱い執念を感じさせる。
それは決意を秘めた瞳。
暮内の事件のゆっくりさくや、彼女の瞳と目の前の人物の瞳が似ていたのだ。
「…失礼するわ」
「う~♪う~♪」
銀髪の少女が彼方の隣へ、黒い翼を付けた蒼い髪のゆっくりれみりゃがみょんの隣へ座る。
彼女達も人間とゆっくりの二人組だったようだ。
「…何が食べたいですか?」
「う~♪おまんじゅう~♪しろいおまんじゅう~♪」
「わかりました。じゃあ私は…これにしますわ」
「かしこまりました」
少女が店員に対して料理の注文をする。
その間、みょんは少女の瞳を凝視していた。
みょんはあのゆっくりさくやがどうなったのか知らない。
今までは特に思い出すこともなかったのだが、あれからあのゆっくりはどうなったのかと今更ながらに思い出す。
目の前にいる人物はあのゆっくりさくやとは違う。
みょんにもそれが理解できていながらも、どうしても彼女とさくやを重ねてしまうのだった。
「…何かしら」
少女もみょんの視線に気付いていたらしい。
店員への注文が終わると同時にみょんへと視線を向ける。
「し、失礼したでござる」
「そう…」
少女はみょんから視線を逸らす。
そして、場に静寂が訪れた。
「(気まずいでござるなあ…)」
会話がない。
銀髪の少女も澄ました顔をして無言で視線を彷徨わせていた。
「ずずず…」
気まずい雰囲気も気にせず無言で次から次へと味噌汁をすする彼方。
彼女はやはり大物だ。
「う~♪」
そのような気まずい雰囲気の中、みょんの頭上に何かが飛んできた。
先程まで隣の席に座っていたゆっくりれみりゃだった。
れみりゃはみょんの頭上に降り立ち、みょんの髪の毛に纏わりついている。
「う~♪しらがしらがぁ♪」
「ちょっ!これは白髪ではないでござる!みょんはまだぴちぴちゆっくりだみょん!」
「う~♪う~♪」
「いだだっ!髪の毛引っ張らないでほしいみょん!抜けるぅぅぅ!!」
みょんの髪の毛を口で引っ張るれみりゃ。
勿論引っ張られるみょんとしてはたまったものではない。
「かなた殿!味噌汁を飲んでないで助けてほしいでござる!!」
「しらがしらがぁ♪」
「いだだだだあああああ!!!!!」
「ずずず…」
マイペースに味噌汁を飲み続ける彼方。
その瞳にはみょんの姿など映っていない。
彼女の頭の中は味噌汁でいっぱいだったのだから。
「(こ、これは本気でやばいでござる…)」
ゆっくりの身体は非常に丈夫だが、髪の毛はそこまで丈夫ではない。
全力で引っ張られると髪の毛は抜けてしまう。
勿論時間が経てば髪の毛は生えてくるが、生えてくるまでにはどうしてもある程度の時間がかかる。
その間をハゲ饅頭として生きて行くのはみょんとしては御免だった。
ただ、全力でれみりゃを引き剥がそうと思えば、恐らくれみりゃの体を傷つけてしまうことになる。
そのことがみょんに全力を出させることを躊躇わせた。
みょんもれみりゃが悪意を持って行っている訳ではないことはわかっていたのだから。
「(むむむ…)」
ハゲについて真剣に悩むゆっくり、みょん。
どうしようかと悩んでいると、突然れみりゃがみょんの髪の毛から離れた。
みょんは何事かと思い頭上を見上げる。
「ごめんなさい」
れみりゃと一緒に来た先程の銀髪の少女。
ゆっくりさくやの瞳に似ている瞳を持った少女。
その少女がれみりゃを両手に持ちながら、みょんに向かって頭を下げていた。
「お嬢様、おいたはいけませんよ?」
「う~♪さくやぁ♪ごめんなさぁい♪」
「謝罪は私ではなく…」
「う~♪しらがぁ♪ごめんなさぁい♪」
れみりゃがみょんに向かってちょこんと頭を下げる。
れみりゃの中では、みょんの名前は白髪ということに決定してしまったようだ。
みょんにとって、そのようなあだ名を付けられて納得がいくはずもない。
「どいつもこいつもみょんとか白髪とか勝手なあだ名を付けないで欲しいみょん!みょんの名前は真名身四妖夢というみょん!」
「…みょんみょん言ってるからみょんで良いじゃないの」
「う~♪しらがしらがぁ♪」
「みょんさんはみょんさんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
さり気なく彼方まで会話に加わっていた。
しかもみょんの敵側に回っている。
あまりの仕打ちにみょんのリミットゲージがブレイクした!
「みょんの名前はぁぁぁぁぁ!!!!真名身四妖夢でござるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
「う~!うるさい!しらが!」
「みょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!!!!!」
れみりゃの一刀両断の叱咤がみょんの心にダイレクトアタック!!
もうやめて!とっくにみょんのライフポイントはゼロよ!
みょんは自身の主張を一刀両断され、その場で真っ白な饅頭と化す。
いや、元々白いから誰にも変化が分からなかったのだが。
「ずずず…」
「お料理遅いわね…」
「まだかなぁ♪あまあま~♪」
真っ白なみょんのことを無視してゆっくりする三人。
この三人はあまりにもマイペースであった。
「う?」
店員によって運ばれてきた大福を満面の笑顔で食べていたれみりゃ。
何かに気付いたのか、視線を大福から逸らす。
「お嬢様、どうか致しましたか?」
「う~!!」
れみりゃは少女の質問に答えないまま、黒い翼を羽ばたかせ飛行する。
「ずずず…ん?」
そして、彼方の隣に着地する。
れみりゃは彼方の覇剣に纏わりつきだした。
「う~!さくやぁ♪」
「お嬢様、その刀がどうか致しましたか?」
「これぇ♪いのちのかたなぁ♪」
「何ですって!?」
彼方の持つ覇剣。
正式名称は覇剣『舞星命伝』という。
その刀により体を傷つけられた者は瞬時に全身の傷が回復するという。
まさに覇剣の中で最高傑作と呼ばれるに相応しい刀であった。
れみりゃの『命の刀』という言葉を聞いた時の少女の表情が一変する。
あまりの驚きだったのか、目を丸くさせていた。
「ちょ!私の覇剣に触るな!」
彼方は覇剣『舞星命伝』を何よりも大事にしている。
見ず知らずのゆっくりに触られることも嫌がる程に。
常に決して手元から離さぬ程に。
そんな彼方にとって、今のれみりゃの仕草は不快以外の何物でもなかった。
「かなた殿!れみりゃにも悪気があった訳では…」
「うっさい!みょんさんは黙ってて!」
「う…」
彼方の怒声がその場に響く。
それは彼方の覇剣に対する想いの表れではあるが、それは逆に欠点にもなり得る。
覇剣に関する時の彼方は、みょんでさえも止めることが出来ないのだ。
みょんは彼方の怒声に尻ごみしてしまう。
「まさかこんな田舎の食堂に命の覇剣があるとは思わなかったわ」
「…む?」
ナイフのように切れ味鋭い声。
そしてそれはどこか歓喜を内に秘めていた。
みょんがその声が聞こえた方向を見ると、銀髪の少女がその場で立ち上がっていた。
「貴方」
「な、何よ…」
彼方は覇剣を抱きしめる。
誰にも奪われぬように、ぎゅっと。
銀髪の少女の視線は彼方の覇剣に向かっていたからだ。
その視線に危険な気配を彼方は感じた。
「その刀、言い値で買うわ。譲っていただけないかしら」
騒然としている満員の食堂。
だが、確かにこの場だけは静かだった。
時が凍ったかのように。
「ふっ…ふざけんな!!!!!」
彼方は声を荒げる。
この覇剣は彼方にとって何よりも大切な物。
そのような覇剣を金に換える…彼女からすればどんなに路頭に迷おうともありえない話だった。
「…そう」
「う~♪」
銀髪の少女は若干肩を落とす。
その肩にれみりゃが着地した。
「…お嬢様、参りましょう」
「う~♪」
少女は踵を返しその場を去る。
「…諦めたの?」
「…」
みょんはあの少女が諦めたとは思えなかった。
あの決意を秘めた瞳。
あの瞳が一度断られたくらいで諦めるだろうか。
みょんは嫌な予感がしてならなかった。
「そこの貴方!!」
「え!?」
会計を終えた少女が彼方に向かって叫んでいた。
その漆黒の瞳は先程までとは違い、燃え上がるような決意を秘めた瞳と化していた。
「私の名前は裂邪(さくや)!貴方の名前は!?」
「か、彼方…。烏丸彼方よ!」
裂邪の叫びに彼方も反射的に返事をする。
覇剣をぎゅっと抱きしめながら。
「彼方!私はその覇剣を必ず貴方から奪う!私にとってもそれは必要なのよ!」
「なっ…勝手なことを言うな!!」
それは堂々とした泥棒宣言だった。
裂邪の黒衣の姿と相俟って、その姿はまさに怪盗のようだった。
「いずれまた会いましょう、彼方。行きましょう、お嬢様」
「う~♪」
裂邪は肩にれみりゃを乗せたまま、用が済んだとばかりに踵を返し食堂から出て行く。
彼方としては納得が行くわけがない。
あの女は相手にとって大事な刀が自分にとって必要だから奪う?
彼方から見れば理不尽極まりない話だった。
「あ~!何なの!あの女!!」
「お、落ち着くでござる…」
髪を掻き毟る彼方。
怒りのあまりに震えが止まらなかった。
「こんな時は…おかわり!」
「まだ飲むでござるか!?」
ストレス解消をする為に暴飲を再開する彼方。
みょんとしては嫌な予感が当たってしまった。
色々な意味で。
「ずずず…」
「…旅賃は大丈夫でござろうか…?」
みょんの胃がキリキリと痛んだ。
いや、胃など無いのだが。
「う~♪飲んだ飲んだ~♪」
「ううう…すっかり財布が軽くなってしまったでござる…」
食後の運動の為に村の中を散歩する二人。
まるで酒でも飲んだかのようにご機嫌な彼方。
財布の重量に涙目となっているみょん。
その姿はまさに対称的であった。
「さ~て、みょんさん。宿はどうするのさ」
「…かなた殿は野宿でもしてろ」
「ちょっ!」
「ふ~んだみょん!暴飲を繰り返すかなた殿には野宿がお似合いだみょん!」
みょんはすっかり怒ってしまったようだ。
彼方を置いてどんどん先へと跳ねて行ってしまう。
「みょんさ~ん!待ってよ~!!」
「…宿代くらいなら払っても良いわよ」
二人は慌てて上空を見上げる。
確かにその声は上空から聞こえたのだ。
みょんと彼方に見えるのは、村の民家の屋根の上の一つの人影。
「覇剣を置いて行ってくれれば、ね」
先程別れたばかりの銀髪の少女、裂邪の姿だった。
裂邪の両手に構えられた二丁の深紅の拳銃(ハンドガン)が火を噴く。
それは彼方の足元の地面に命中した。
「わっ!危ないじゃないの!やめなさいよ!」
「…悪いわね。でも貴方が黙って覇剣を渡してくれれば私もこんな手荒な真似はしないわ」
「そんなの無茶苦茶過ぎる!」
「…どんなに恨んでくれても構わない。それで貴方の気が済むのなら、ね」
裂邪は本気だ。
それは二人にも瞬時に理解できた。
「かなた殿!みょんを持ってほしいみょん!!」
「…みょんさん!?」
「早くするみょん!!このままじゃ一方的にやられるだけだみょん!!」
裂邪は拳銃という強力な遠距離武器を持っている。
彼方も長炎刀は持っているのだが、裂邪の姿は民家の屋根の上。
下手に撃てば民家に命中してしまう。
それ故、彼方には迂闊に撃つことが出来なかった。
「わかった!お願い!みょんさん!!」
「…何をするの?」
裂邪は彼方とみょんの行動が理解できない。
それに構わず、彼方は両手の手の平にみょんを乗せ、そのまま両手を頭上へ高く上げる。
「みょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!」
「…なっ!?」
みょんの体は空へと舞い上がる。
そして、そのまま屋根の上へと着地をした。
裂邪はそれを見て驚きの表情を浮かべる。
彼女はまさか空も飛べないゆっくりが屋根の上まで飛んでくるとは予想していなかったのだ。
「…くっ!!」
「遅いみょん!!」
裂邪は慌てて屋根の上に降り立ったみょんに拳銃の照準を合わせる。
が、それらはみょんに当たることは無い。
みょんが素早い上に、胴なしゆっくりは体長が人間に比べて遥かに小さいのだ。
一点を狙い定めて撃つ拳銃は、胴なしゆっくりに当てるには相性が悪かったのである。
「みょんの反撃いくでござる!!」
みょんは口から素早く羊羹剣を取り出し、その刀を両方のもみあげで支え裂邪に向かって構える。
「ゆっくりが鍛えたこの羊羹剣!!斬れないものは殆ど!!!!」
「ふぅ…貴方相手は拳銃では分が悪いわね…」
裂邪は一つ溜息をつき、両手の拳銃を腰のホルダーへと仕舞う。
そして今度は両手で背中に背負った大剣を取り出した。
銀色の大剣。
それを両手で支えながら、ゆっくりとみょんに向ける。
「みょんって言ったわね。一つだけ言っておくわ」
「みょんの名前はみょんではないでござるが…何でござる?」
「この剣は重い分威力が高すぎるのよ…出来ればあまり使いたくなかった…だから…」
裂邪は大剣を下手に構える。
「恨まないことね!!」
そのままアンダースローの要領で大剣をみょんに向かって一直線にぶん投げた。
「…なっ!?」
それはみょんが予想していなかった芸当。
まさか大剣を投げてくるとは思わなかった。
しかもあんなに重そうな大剣を、だ。
目の前の少女はあの細い体にどれだけの筋力を持っているのか。
しかし、みょんは瞬時に冷静となる。
大剣は切っ先をみょんへと向け、真っ直ぐに飛んでいるのだ。
言うなれば、剣の矛先も点でしかない。
銃弾よりも多少範囲は広くなったが、それだけだった。
みょんは軽く右に飛び、難なくその大剣を避ける。
「…それで終わりでござるか?あんな使い方をすればどんな良い剣も泣くでござるよ」
みょんはあの大剣が切り札だと予想していた。
しかし、まさかぶん投げるだけだとは思わなかった。
多少驚きはしたもののそれだけだ。
警戒していただけに、少々拍子抜けしてしまう。
「フ…フフ…」
「…む?」
みょんは違和感を覚えた。
笑っているのだ。
裂邪は。
「何を笑って…?」
「みょんさん!!後ろ!!」
「む?」
地上にいる彼方の叫びに反応し、みょんは後ろへ振り返る。
みょんの視界に入ったのは、自身の方へと刃を向ける大きな剣。
先程裂邪がぶん投げた大剣がみょんの方へ向かって飛んできていたのだ。
「みょぉぉぉぉぉん!!!」
みょんは慌てて左へ飛ぶ。
その直後に大剣がみょんのいた場所を通り過ぎる。
その場に餡子が飛び散った。
「みょんさん!!」
「くっ…かすり傷でござる!!」
みょんは傷の痛みに堪えながらも視線を再び裂邪へと向ける。
そして、今度はみょんにも見えた。
大剣が上空で踵を返し、再びみょんへ向かって飛んでくるところが。
「驚いたかしら?」
「…このみょんな出来事は一体!?何故剣が空中を自由自在に動くのでござるか!?」
みょんはそう叫びながら飛んできた大剣を避ける。
独りでに空中で動き回る大剣。
実に面妖な光景だった。
「あの剣はお嬢様に力を授けられた剣…私の思うがままに動かすことが出来るのよ!!」
「なんと!?」
みょんは再び戻って来た大剣を避ける。
奇襲でなければ避けることはそう難しくはない。
ただ、それはみょんを狙うのがあの大剣だけならの話だ。
「いつまで避けていられるかしら?」
裂邪は腰のホルダーから二丁の深紅の拳銃を再び取り出す。
大剣を空中で動かしながら、拳銃でみょんを狙い撃ちにするつもりなのだ。
「shall we dance ? 踊りましょう…」
裂邪はみょんへ向かって両手の拳銃の引鉄を引いた。
「くっ…今は何とか避けることだけを考えなければ…」
みょんは三点の射撃を必死に避ける。
幸い、今のところ命中したのは先程のかすり傷だけだが、このままではいつ命中してもおかしくはない。
そして、それはみょんに裂邪までの距離を詰めさせることを許さなかった。
しかし、普通の銃…炎刀ならば必ず、装填する隙が生まれる。
そうなれば一気に距離を詰めることは難しくは無い。
みょんはその隙を狙っていたのだが…。
「(おかしい…さっきから何発撃ち続けているみょん…?)」
裂邪の拳銃の腕は針の穴を通す…と言う程でもないのだが、とにかく弾が切れない。
さすがにみょんも違和感を感じてくる。
まるで裂邪の銃の装填数が無限にあるかのような。
「弾切れを待っているのかしら?」
「…!!」
みょんは驚きの表情を浮かべる。
それは自身の考えを言い当てられたからではない。
みょんの考えがわかっていながらも、裂邪が余裕の表情を浮かべているのが見えたからだ。
「一つ良い事を教えて上げましょう」
裂邪は余裕の表情のまま、二つの銃口から火花を放ち続ける。
それは切れ目が無い射撃。
みょんに回避運動以外の行動を許さない。
「この拳銃もお嬢様の力をいただいているの。どういうことかわかるかしら?」
「…まさか!?」
「そうよ!!この拳銃は実弾なんて使ってないの!!私の魔力を弾として撃っているのよ!!」
それはあまりに絶望的な現実だった。
みょんは露骨に顔を青ざめる。
「くっ…なんてみょんな芸当を…」
「さあ、いつまで踊り続けられるかしら?」
裂邪は地上にいる彼方へ一瞬だけ視線を向ける。
それは裂邪の余裕の表れだった。
それを見て、地上にいる彼方は奥歯を噛みしめる。
彼方には何もすることが出来ない。
屋根の上へ上がる方法が思いつかないのだから。
「彼方!このゆっくりはこのままでは本当にゆっくりしてしまうわよ!?その覇剣を渡してもらえれば…」
「ふざけんな!!誰が覇剣を渡すか!!」
そう、どんなことがあろうとも彼方は覇剣を手放すことは出来なかった。
例え、自身の身にどんな危険が襲いかかろうとも。
絶対に。
「…そう」
裂邪はみょんへと向かってにっこりと笑いかける。
その両手は引鉄に手を掛けたまま。
「残念だったわね。ご主人様に捨てられちゃったわよ」
「かなた殿は…おっと!主人などではないでござる!!くっ!!」
みょんとしても自身の身の安全の為に、彼方にとって大切な覇剣を手放すことになるなんてことは、どんなにゆっくりしても御免であった。
ここで覇剣を手放すことになってしまえば、自分達は何の為にここまで旅をしてきたのかが分からなくなる。
「そう…まあ、どっちでも良いけどね!!」
裂邪の両手からの銃弾は止まらない。
銃弾を使わない銃。
みょんはそんな物がこの世にあるとは思わなかった。
「(何とか…何とか間合いさえ詰められれば…)」
間合いを詰めることが出来れば、羊羹剣の一撃で終わらせることが出来るだろう。
みょんにはその自信があった。
しかし、大剣と二丁拳銃による三点の攻撃がみょんに接近することを許さない。
「(このままでは…どうしようも…)」
裂邪の魔力切れを待つという手段もみょんの中にはあった。
しかし。
「(はぁっ…はぁっ…!!)」
みょんの息が段々と荒くなってくる。
みょんは生きているゆっくりだ。
みょんの中にも体力というものは当然ながら存在する。
裂邪の攻撃を避け続ける…それを繰り返している事によって、みょんの体力の消耗が激しくなってきたのだ。
そもそも魔力…それがみょんにとって、どのようなものかはわからない。
いつ訪れるかもわからぬ機会に望みを託すことは、みょんに精神的な疲労感を感じさせた。
「(最初に出していたのが羊羹剣ではなく胴夏であれば…何とかなったのでござろうか…?)」
遠距離にも攻撃が出来る円剣『胴夏』を出すことが出来れば、状況は間違いなく変わっていただろう。
しかし、現状は他の菓子剣を出す暇すらなく、ただひたすら避け続けるしかない。
現状はまさに絶望的であった。
「くっ…みょんさん!!」
自身は黙って見てることしか出来ないのか。
彼方の中で焦燥感が増え続ける。
「何か…何かないの!?このままじゃみょんさんが…!!」
自身の長炎刀を見る。
これを撃てば…と、考えたところで思いとどまる。
裂邪までの距離は遠い。
そして、もし外せば間違いなく民家に命中する。
上手く裂邪に命中すればいいが、民家に当てない自信は彼方にはなかった。
民家の壁を貫通させれば、どれだけの被害額になるかわからない。
下手をすればみょんと彼方は路頭に迷うこととなってしまう。
それだけは避けねばならなかった。
何をケチ臭いことを…と言う人もいるかもしれない。
しかし、みょんと彼方にとっては切実な問題なのだ。
加えて、銃弾も手頃な価格で取引されている訳ではない。
一発の銃弾を撃つだけでも一度の食事代が吹き飛んでしまうのだ。
気軽に撃つ訳にはいかなかった。
「…そうだ!」
その時、彼方の脳内に一筋の閃光が走る。
何故こんな簡単なことを思いつかなかったのか。
彼方はその場に落ちている手頃な小石を拾う。
これならば民家に当たっても風穴が開くことはない。
彼方はそれを裂邪に向かってぶん投げた!
「当たれぇぇぇぇ!!!」
「…え?」
裂邪が彼方の叫びに反応し、何事かと顔だけを彼方へと向ける。
そして、その顔面に彼方の投げた小石が命中した。
「よしっ!!」
目的達成に、彼方は思わず握り拳を作る。
「くっ…何をするのよ!!」
裂邪が彼方へと銃口を向け発砲する。
どんなに強くても、裂邪は一人の少女でしかない。
まんまと彼方の策略に乗ってしまった。
「みょんさん!!今だ!!」
彼方はそれを必死に避けながらも叫ぶ。
みょんへと向かって。
「…しまった!!」
裂邪はみょんへと再び顔と銃口を向けるが、すでにそこにはみょんはいなかった。
裂邪は慌てて周囲を見渡す。
「どこ…?」
「ここだみょん!!」
「なっ…!?」
裂邪は声に反応して上空を見上げる。
そこには高く舞い上がったみょんの姿があった。
「みょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!」
みょんは叫びと共に裂邪へと突撃する。
羊羹剣が裂邪の脇腹へと突き刺さる。
その場に咲くのは紅い花。
「ぐうっ…!!」
裂邪は血が滲む脇腹を片手で抑え、膝を落とす。
致命傷には遠い傷ではあったが、無視できるような浅い傷でもない。
「ゆっくりが鍛えた羊羹剣!斬れぬものはほとんど!しかし突くのは何ら問題なし!みょん!」
間違いなく勝負は決した。
が、そこに…
「う~!う~!」
上空からみょんの髪を引っ張るゆっくり。
それは裂邪と一緒にいたれみりゃだった。
「いだだぁっ!!抜けるぅぅぅぅぅ!!」
みょんは悲鳴を上げながらも必死に跳ね、自身の髪を引っ張るれみりゃを引き剥がそうとする。
しかし、なかなかれみりゃは離れない。
そして、その隙を見逃す裂邪ではなかった。
「…申し訳ありません!お嬢様!」
裂邪は素早く起き上がり、地上へ降りる。
そして、みょんに背を向けて駆けて行った。
「待てぇ!!」
彼方は裂邪を追いかける。
しかし、裂邪との距離はどんどん離されていく。
「はぁ…はぁ…何なの…あいつ…」
ついには彼方は裂邪の姿を見失ってしまう。
裂邪の通った道には血の跡が残されていたので追いつく事も不可能ではないかもしれない。
しかし、例え追いついたとしても一人で裂邪に勝つ自信は彼方にはなかった。
「う~!さくやぁ!」
れみりゃは裂邪がその場を去ったのを見届けると、みょんの髪から離れ、裂邪の後を追いかけて行く。
れみりゃが離れた拍子にみょんの髪の毛が数本抜けた。
「あいつ足速過ぎ…みょんさん大丈夫!?」
彼方がみょんの姿を確認しようと屋根の上を見上げる。
そこには体を震わせた一人のゆっくりがいた。
「か、髪の毛が…ゆっくりが鍛えた髪の毛がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「みょんさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」
みょんは謎の叫びを上げると、その場に倒れてしまった。
倒れたといっても、頭しかないのだが。
最終更新:2011年04月07日 00:30