時刻はすでに夕方を過ぎて夜。
日没も完了し、周囲はすっかり暗くなっていた。
「ううっ…」
「みょんさ~ん。泣かないでよ~。無事でよかったじゃない」
みょんと彼方は宿へと向かう最中であった。
しかし、みょんの顔色は優れない。
その頬には一筋の涙の跡があった。
そこにはいつもの勇ましいゆっくりの姿はどこにもなかった。
「かなた殿にはハゲゆっくりになってしまうことの恐ろしさが分からないでござる…」
「そりゃ分からないけど…私は乙女だし」
「…随分はしたない乙女がいたもんでござるな」
ボソッとみょんは呟く。
その呟きも彼方は聞き逃さない。
「何か言ったか!!ゴルァァァァ!!」
「そういうところが乙女じゃないって言ってるみょん!!!」
みょんは慌てて逃げる。
いかにゆっくりの体が丈夫とは言え、みょんは被虐性欲体質を持っている訳ではない。
それを鬼の形相をした彼方が追いかける。
「みょ、みょんは疲れているでござるよぉぉぉぉぉぉ!!!」
「うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」
宿へと続く道を全速力で走る(跳ねる)みょんと彼方。
二人ともゆっくりしているとは言い難いが、概ね平和だった。
「ふぅ…疲れたみょん…」
「はぁ…はぁ…私って足遅いのかな…みょんさんにも追いつけなかった…」
彼方は肩を落とす。
みょんに追いつく事が出来なかった事がショックだったようだ。
「覇剣と長炎刀を腰に差してるからでござるよ…」
「でも…さっきの…さくや…って言ったっけ?あいつもでっかい剣背負ってたのになあ…」
彼方はぶつくさ呟きつつも、宿へと続く扉を開ける。
開かれた扉から屋内の光が漏れる。
「ひぃぃぃぃぃ!!!あんた達人間とゆっくり!?」
「「は…?」」
宿屋の中で待ち構えていたのは、恐怖の表情を見せる恰幅の良い熟年の女性だった。
「どういうことだみょん…?」
「私に分かる訳無いじゃん」
「それもそうでござるな」
「…その反応、なんか腹立つんだけど」
女性がみょんと彼方を見て怯えていることは間違いない。
何故怯えているのかはみょんには測りかねたが、このままでは宿に泊まることは出来そうもなさそうだった。
まず、みょんは自分達の潔白を明かすことにした。
「みょん達は間違いなくゆっくりと人間だみょん。何もしないみょん」
「本当?貴方達本当に人間とゆっくりなのね!?」
それを聞いても尚、怯えた表情を見せる女性。
「一体何があったの?」
彼方の質問に、女性は声を震わせながら答えた。
「吸血鬼よ…最近吸血鬼が村の近くに出るのよ…」
「吸血鬼…で、ござるか?」
みょんの中で吸血鬼と聞いて思い出されるのは、あの暮内の事件だ。
先程の裂邪という少女の瞳といい、今日はあの事件がよく思い出される日だな、とみょんは思った。
「う~ん、吸血鬼ねえ…」
以前の彼方なら笑い飛ばしていたかもしれない。
吸血鬼など御伽話の世界にしか出てこない、と。
しかし、以前見た烏天狗も妖怪だ。
妖怪達を実際に見てしまった彼方としては、この怯えている女性の言うことを疑うことは出来なかった。
実際にその身で体験したのだから。
しかし、それと自分達が疑われるのは別問題だった。
彼方達は間違いなく人間とゆっくりなのだから。
「まあ、私達は吸血鬼なんかじゃないし」
「そうでござる。どうすれば疑いは晴れるみょん?」
「いえ…もう良いわ…はあ…ごめんなさいね…」
女性は安心したかのように大きくため息をつく。
その化粧まみれの顔を営業用の笑顔へと切り替えた。
「人間とゆっくり合わせて二人ね?同じ部屋で良いのかしら?」
「私は別々の部屋が…」
「かなた殿、贅沢は敵だみょん」
「はぁい…」
彼方はがっくりと肩を落とす。
自身の暴飲癖を一応は自覚していた為に何も言えなかった。
「ねえ、みょんさん」
「何でござるか?」
ここは宿の部屋の中。
彼方とみょんは布団に入り、すでに就寝の体勢となっている。
ちなみにみょんはきちんとした胴なしゆっくり用の小さな布団だ。
その小さなサイズから、布団というより布と言った方が適切かもしれない。
「あいつ…さくやとか言ったっけ…どうして私の覇剣を狙うのかな…」
「むむむ…あおい殿と同じように覇剣で寿命を伸ばすことを考えているかもしれないでござる…」
みょんはそうは言ったが、あの少女が自身の欲の為に覇剣を狙っているとは考えてはいなかった。
一応言っておくが、自身の欲の為に行動することをみょんは否定している訳ではない。
彼女達も自分の目的…言い換えれば欲の為に行動しているのだから。
ただ、裂邪は葵ともどこか違ったのだ。
どこか追い詰められたような瞳…決死の覚悟を秘めた瞳…そう、暮内のゆっくりさくやのように。
彼女にどんな事情があるのかはみょんにはわからない。
しかし。
「どんな理由があろうとも、かなた殿の覇剣を奪う理由にはならないでござるよ…」
「うん…そうだよね…」
彼方は覇剣の鞘をそっと撫でる。
寝てる時でもその身から離したくなかったのだ。
覇剣は今も彼女の手元にある。
「今日はもう寝るみょん。明日は朝一にこの村を発つでござるよ」
「そうだね…早く覇剣を直さないと…」
そう言って彼方は眠りについた。
みょんは念の為に何かあった時の為にいつでも起きられる準備をしていたのだが、結果的にその必要もなかった。
流石にあの少女…裂邪も最低限の常識はあったのか、みょんと彼方の部屋が襲われることはなかった。
翌日の早朝。
まだ時刻が早いからか、食堂の中は閑散としている。
「ずずず…」
「これで何杯目みょん?」
みょんの目の前に広がる味噌汁の器の山。
最早みょんは数える気にもならない。
「二桁は行ったんじゃないかな?」
「…いい加減にして欲しいみょん…」
今日も今日とて彼方の暴飲癖は止まらない。
そしてみょんの財布の重量は、机の上の空の器の量が増すごとに軽くなっていく。
そんな何時も通りの二人の耳に、古臭い食堂の扉が開く音が聞こえた。
「いらっしゃいませ~!」
「二人よ」
「かしこまりました~!お席の方は…」
「あの席にするわ」
「あ、お知り合いなんですか?」
「まあね」
「う~♪う~♪」
「で、ではあの席へ…」
「あ、私はこれと…お嬢様にはこれをお願い」
「かしこまりました~」
どこかで聞こえたような声がする。
みょんは嫌な予感がした。
ちなみに彼方は味噌汁を飲むのに忙しかったので全く聞いていなかった。
「…失礼するわ」
「う~♪しらがしらがぁ♪」
「や、やめるでござるぅ!本当にハゲるでござるぅ!」
「今日も沢山飲むのね…」
「みょんさん五月蠅い。放ってお…い…て?」
彼方は違和感を覚える。
今、自分を咎めた声はみょんの物ではない、と。
「やめるでござるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
「う~♪う~♪」
口元の味噌汁から視線を上げると、みょんが彼方の目の前で暴れまわっていた。
ゆっくりれみりゃを髪の毛に付けながら。
彼方はゆっくりと横を見る。
そこにいたのは…
「貴方…よくそれで太らないわね」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ハゲるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「う~♪う~♪」
彼方は立ち上がって目の前にいる少女を指差す。
目の前にいるのは銀色の大剣を背中に背負った銀髪の少女。
そこに何気なく座っていたのは、昨日みょんとの戦闘を行った裂邪であった。
「ちょ!あ、あんた!どの面下げて私達の前に…!!」
「私達も貴方達と同じ宿に泊まったのよ」
「嘘!?」
「だってあれからすぐにこの村に引き返して来たんですもの。貴方達の追いかけっこも見てたわ」
「そこまで!?」
彼方は呆然とする。
昨日は裂邪に襲われないか緊張していたというのに。
まさか同じ宿に泊まっていたとは。
なんだか彼方は緊張していた事に対して損をした気分になってしまう。
まあ実際には彼方はさっさと寝てしまったのだが。
それでも緊張は間違いなくしていたのだ。
「私の胸のドキドキをかえせぇぇぇぇぇぇ!!!」
力の限り叫ぶ彼方。
その叫び声に、食事中の他の客が何事かと彼方の方へと注目する。
「五月蠅いわね…今は一時休戦よ。五月蠅いと食堂から追い出されるわよ」
裂邪は鬱陶しそうに溜息をつく。
その冷静な反応が彼方の怒りを増幅させた。
「五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!あんたが悪い!というか周りの席が空いてるのにわざわざ相席にする必要どこにあるの!?」
「ハゲゆっくりは嫌でござるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「う~♪う~♪」
「五月蠅い!そこのゆっくり二人!」
ビシッと擬音が聞こえそうな勢いで彼方はれみりゃとみょんを指差す。
相変わらずれみりゃは笑顔のままみょんの髪の毛に噛みついている。
「だったら早くれみりゃを取って欲しいでござるぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
「お嬢様は貴方の髪の毛が気に入ったのね…」
裂邪が微笑する。
彼女もその光景にゆっくりしているのだろう。
みょんは全くゆっくり出来ていないのだが。
「う~♪しらがしらがぁ♪」
「白髪じゃないでござるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
みょんの悲痛な叫び。
裂邪もそのような姿を見せるみょんに、流石に同情の感情を見せる。
「仕方ないわね。…お嬢様、そこまでに出来ませんか?」
「う~…わかったぁ…」
渋々といった表情でれみりゃはみょんの髪の毛を放し、その黒い翼で上空へ飛びあがる。
「ハ、ハゲるかと思ったでござる…」
「う~…おくちのなかにはいったぁ…」
「ん?」
上空のれみりゃの口からみょんの元へとパラパラと白い物が舞い降りる。
それはみょんの髪の毛だった。
無情にもみょんの髪の毛の一部は犠牲になってしまったのだ。
合掌。
「みょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!」
「みょんさん五月蠅い!」
「五月蠅いわね」
「しらが!うるさい!」
「どぼじでこんな扱いでござるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
みょんは人知れず泣いた。
「ところで質問があるんだけど」
「何かしら?」
「ううぅ…みょんの髪の毛がぁ…ゆっくりが鍛えた髪の毛がぁ…」
「う~♪う~♪しらがぁ♪なかないでぇ♪」
「泣いてないでござる!」
彼方はすでに緊張を解いていた。
彼方にも裂邪が食堂内では本当に争う気はないのだろうと言うことは察する事が出来た。
さらに、緊張感など目の前のゆっくり二人の馬鹿騒ぎによってすでに霧散されていた。
ならば身構えるだけ馬鹿らしかった。
「あんたの武器…お嬢様から力を授かったって言ってたよね?」
「ええ」
「む…みょんもそれは気になっていたでござる」
みょんも表情をシリアスに直す。
キリッという音が聞こえそうな程に。
髪の毛が抜けて泣いていたゆっくりは今は何処にもいない。
それはともかく、昨日は質問してる暇はなかったが、みょんも気になっていたことなのだ。
「あんたはれみりゃのことをお嬢様って呼んでるよね?」
「そうね」
「このれみりゃにそんな力があるでござるか?」
「ぎゃお~♪たべちゃうぞぉ♪」
大きく口を開け、空中でふんぞり返るれみりゃ。
れみりゃは必死に自身の力を見せつけようとしているようだが、全く強そうには見えない。
「…お嬢様はお嬢様よ。この方が私のお嬢様なのよ」
「う~♪さくやぁ♪」
裂邪はれみりゃの頭をゆっくりと撫でる。
とても愛おしげに。
「むむむ…では、このゆっくりにそんな力が?」
「そうね…あるかもしれないし…ないかもしれないわね…」
「どっちだよ!!」
彼方はその言葉と共に裂邪の小さな胸を軽く叩く。
所謂ツッコミというやつだった。
そんな彼方に何かを感じたのか、裂邪が大きなため息をつく。
「貴方が覇剣を持っていなければ…もっと違った関係になれたのかもしれないわね…」
「じゃあ私の覇剣を狙わないで。そんなの簡単でしょ」
「…出来ないわ、ごめんなさい」
裂邪はそう言って頭を下げる。
彼方にとっては非常に理不尽な女であるが、悪人なのかどうかは彼方には計りかねた。
しかし、当然だが覇剣との話は別だった。
「…どんな理由があろうとも、覇剣は渡せない」
「そうでしょうね。貴方にとってその覇剣がどれだけ大事なのか私にもわかるわ」
「だったら…!」
「…ごめんなさい」
彼方にとってこの覇剣が大切な物だということは裂邪にも理解できていた。
それでも彼女は覇剣を彼方から奪うつもりだった。
その決意は揺るがなかった。
「…ねえ、彼方、みょん」
裂邪が不意に話を切り出した。
「…何?」
「だからみょんの名前はみょんではないと…」
「しらが!」
「白髪でもないでござる!」
当然の如くゆっくり二人の会話はスルーだ。
構っていては会話が全く進まない。
「貴方達は吸血鬼について聞いたことない?」
「…吸血鬼?」
「そういえば、昨日の宿屋の女主人が言っていたでござるな」
「う~♪う~♪」
その声にみょんは思い出す。
そうだ、れみりゃ種も吸血鬼の一種ではなかったか、と。
中身は肉まんであるが。
「このれみりゃが…ってさすがにありえないでござるな」
みょんは自分の考えを自ら否定する。
いくら何でもありえないと思ったのだ。
暮内の事件と何でも重ねてしまうのは良くないことだ、と。
しかし。
「…」
裂邪は黙ったままだ。
肯定も否定もしない。
みょんはその反応に首をかしげる。
首などないのだが。
「ねえ、どういうことなの?…もしかして、このれみりゃがあのオバサンが言う吸血鬼なの?」
それは彼方もさすがにありえないと思う。
しかし、裂邪の反応があまりにも奇妙だった。
「…」
「ねえ!」
裂邪はしばし無言だったが、絞り出すように言葉を発した。
「…この…お嬢様では…ないわ…」
「この?」
「この…ってどういうこと?」
『この』
みょんと彼方はその部分がどうにも引っかかった。
しかし、それきり裂邪は返事をしなかった。
「う~♪う~♪さくやぁ♪」
「お嬢様…」
裂邪がれみりゃの頭を優しく撫でる。
その瞳は昨日の瞳とは違い、どこか悲しみを秘めた瞳だった。
「…彼方、みょん」
「何?」
「…何でござるか?」
みょんは訂正を諦めたらしい。
渋々返事をする。
「この食堂から出た時点で私達は敵同士よ。精々、覇剣を奪われないように気を付けることね」
「…わかった」
「みょん」
裂邪は本当に変なところで正々堂々としている。
確かに覇剣を狙ってこなければ良い友人になれたのかもしれない、と彼方は思った。
覇剣を狙っている以上は無理な話だが。
「それと…」
「ん?まだ何かあるの?」
「吸血鬼に気をつけなさい」
「お待たせしました~!!」
裂邪達が注文した食事が運ばれてくる。
それからは無言の食事が始まった。
しばし無言のまま時間が経過した。
突然彼方が立ち上がった。
「…みょんさん、もう出よう」
「みょん!?」
一番驚いたのはみょんだ。
まさか彼方が自分から食事を切り上げるとは思わなかったのだ。
「そうね、暗くならないうちにこの界隈を離れた方がいいわ」
「呆れた。覇剣を狙ってる張本人が言うことなの?」
彼方は呆れて笑ってしまう。
ここまで堂々とした泥棒がいるとは。
しかし、その軽口にも裂邪の顔は真剣な表情のままだった。
「私じゃないわ。吸血鬼よ」
「…吸血鬼…本当にここの近くにいるの?」
怪訝な表情を浮かべる彼方。
確かに吸血鬼がいてもおかしくはないだろうが、外見がどのようなものか分からない以上警戒することは難しかった。
「…いてもおかしくはないわ。吸血鬼に血を吸われると人間ではなくなるわ、気をつけなさい」
「はいはい。肝に銘じておくわ」
「う~♪しらがぁ♪ばぁいばぁい♪」
「白髪じゃないでござる!みょんの名前は真名身四妖夢だみょん!みょんは許せても白髪は許せん!」
憤慨するみょん。
しかし、現実は厳しかった。
「はいはいみょんみょん」
「本当にみょんみょん五月蠅いわね」
「う~♪しらがぁ♪」
「…もう良いみょん…」
四方八方からの言葉の全方位射撃。
みょんはその孤立無援ぶりにすっかりいじけてしまった。
体は打たれ強いのだが、意外と心は打たれ弱かったのかもしれない。
「あんなにいじられたら当たり前みょん!!」
「…誰に言ってるの?みょんさん」
「は!?みょんは何を言っていたでござるか!?」
では、これ以上みょんがいじけない内に次の場面へ行くとしよう。
「すっかり暗くなってきちゃったね…」
「う~む…とうに次の村へ着いてる予定だったでござるが…」
「もしかして、私達迷った?」
「むむむ…」
ここは暗い暗い森の中。
すでに太陽はとうの昔に沈んでしまっている。
本来なら、街道を真っ直ぐ行けば次の村へと辿り着くことが出来た。
そして、みょんと彼方は寄り道をした訳ではない。
裂邪の襲撃に遭った訳でもない。
ならば村に着いていなければ逆に可笑しな話であった。
「む…何か光っているでござる…」
「え!?何処何処!?」
彼方が前方の光を見つけようと目を凝らす。
彼方の視界に入ったのはぼんやりと光る紅い光。
「やった!あれは村だよね!?」
「…そうでござろうか…」
「みょんさん!先に行っちゃうよ!」
「ちょっ!ちょっと待って欲しいでござる、かなた殿!何かおかしいでござるよ!」
我先にと紅い光へ向かって走って行く彼方を慌てて追いかけるみょん。
みょんは違和感を感じていた。
仮に村で何かが光っていたとしても、それが紅い光などということがあり得るのだろうか。
彼方は走る走る。
昼食は非常食の味気ない干し肉だったのだ。
村に着いたら腹いっぱい飲み食いしてやる。
彼方は期待に胸躍らせていた。
そして、紅い光が彼方の目前にまで迫った。
紅い光があったのは森を抜けた大きく開けた場所であった。
「やったぁ~!村にとう…ちゃ…く…?」
そこにあったのは村などではなかった。
そこにあったのは西洋の物語に出てくるような大きな洋館。
そして、彼方の目の前にいるのは漆黒の翼を背中に付けた一人の少女。
「Welcome to my castle…」
少女は一礼をする。
漆日式と日元式の挨拶しか知らない彼方にも、それは非常に優雅に見えた。
少女が顔を上げる。
その顔はにっこりとした可愛らしい笑顔。
しかし、その瞳は禍々しい深紅の輝きを見せていた。
「ようこそ、紅魔館へ…」
少女が言葉を紡ぐ。
彼方には見えた。
少女の口の端の大きな牙が。
「あ…あ…」
彼方は顔を青ざめながら後退りをする。
彼女は確信したのだ。
自身の目の前にいるのが
「…私が貴方の首筋に牙を立てる時、貴方はどんな表情を見せてくれるのかしら?」
吸血鬼だということを。
最終更新:2011年04月06日 00:03