取り立てて取り上げるような取り得も無い、平凡な村。そんな村に、1人の少女がやってきた。
作務衣を纏い、ポニーテールをなびかせて。今日は手に持つ模造刀。彼女の名前は床次紅里。
「ようやく着いたわね」
彼女は足元のゆっくりれいむ、ゆっくりまりさに語りかける。だが、2人は少し不機嫌そうだ。
「ようやくって、一回ここまで来たのにお姉さんが急に引き返したんでしょ…?」
「しかもその理由がこれだぜ…」
2人はじっと紅里の持つ模造刀に目を向ける。
「そもそも、なんでそんなの持ってこようと思ったの?」
紅里はばつが悪そうにあははと笑う。
「だってほら…せっかくこういう世界なんだし、持ち歩いてみたいじゃない…」
先にれいむが言ったように、彼女たちは一度、村に来ていた。そこで紅里はこの世界の事を知った。
木造の建物、舗装されていない道、現代文化を感じさせるものはどこにも無く、和服姿の人たち。時々刀を下げている人も見受けられる。ああそうか、ここはそういう世界なんだ、と。
「現代でこんなの持ち歩いてたら銃刀法違反で怒られちゃうからね」
「怒られちゃえばいいんだよ」
「良くないわよ」
「ゆっくり職務質問されていってね!」
「あーもう、だからごめんって!」
この2人は、紅里が模造刀を取りに戻ったのを相当根に持っているようだ。とは言え紅里の行動は完全に彼女のわがままによるものなので、謝るしかない。
「お詫びになんかオゴるからさ」
「そのお金だってもとはれいむ達から取り上げた…」
「取り上げたんじゃなくて家賃。それとも何?あんたら遂に私んちにタダで居座る気になったの?」
「フッ、まりさたちはそんな事しないんだぜ。いわゆるあの、ど、ドアノブ…」
「ノブレス・オブリージュとでも言いたいんでしょうけど、動くおもしろ顔面がそんな事言っても決まらないわよ」
3人は適当に見つけた茶店に入っていく。大福やら何やらを注文して一息ついたところで、紅里は何気なく模造刀を鞘から抜いた。
「せっかく取りに戻ったけど、折れてたのよね、これ…」
その言葉通り、模造刀はぼっきりと折れていた。以前けっこう無茶な使い方をして折れたのを忘れてそのまま放置していたのだ。ため息混じりに鞘に収める。
「ま、鞘に収めて下げてるだけでサマになるからいいんだけど」
「ゆっ?それまりさが直したはずだぜ?お姉さんまた折っちゃったの?」
「まりさ、ほら、お姉さん胸が小さいから…」
「関係ないでしょ」
不意討ち気味なれいむの貧乳発言にも瞬時に反応し、お品書きをぶん投げて眉間に命中させる。『パッと見ただけでは胸があるのかどうか判別できない』程度のバストサイズしかない彼女にとって、胸の話はタブーだった。(とは言え、コンプレックスを抱くようになった原因は9割以上れいむとまりさにあるのだが)
「あのねえまりさ、あんなの『直した』なんて言わないの」
「まりさの仕事は完璧だぜ」
「ご飯つぶでくっつけてただけじゃない」
少々動かしたところではビクともしない、不思議なくらい強力に接着されてはいたが。この2人は妙な特技を持っている。
「お待たせしましたー」
そんな他愛ない話をしていたら、注文していたものが来たようだ。ひょいと顔を上げて店員の方を見たとき、3人は口に含んだお茶を吹き出しそうになり、慌てて飲み込んだ。
「…一応聞くけど、それって…」
「大福ですが」
「大きすぎでしょ!」
運ばれてきた大福は、ちょうどゆっくりくらいの大きさのやたら巨大なものだった。
一瞬、「この世界の大福はこの大きさが標準なのかな?」とも思ったが、後ろの方から2人分くらいの声で『『でっか!』』と聞こえてきたので、この世界でもこれは大きい部類に入るようだ。よかった。いやよくない。
「どーすんのよ、こんなに大きいの…」
『スィー!スィー!スィスィーン!スィィィーン!』
紅里が途方に暮れていると、外からうるさいんだか静かなんだかよくわからない爆音?が聞こえてきた。
「暴スィー族だぜ!かっくいー!」
「あーもう、うるさいなぁ…」
スィーの音自体はそんなでもないが、外に何やら人が集まりガヤガヤしてきたのと、まりさがテンションを上げて騒いでいるせいで2次的な騒音被害が発生していた。ただでさえ巨大福をどうしてくれようと頭を悩ませているのに。
さんざん悩んだ挙句、結局れいむとまりさに手伝ってもらった。奴らは自分の大きさほどもある大福の半分を苦も無く飲み込んだ。いったいどこに入ったのだろう。
「まったく、世話の焼けるお姉さんだぜ」
「れいむ達がいないと何も出来ないんだから」
ゆふふと笑う2人に紅里は何も言い返せない。何かこの世界に来てからずっとこんな感じの気がする。
「ん?何あれ」
店から出た3人は、奇妙なものを見つけた。人間、というより手足の長さとかつくりのいい加減さを見るとゆっくりのようだが、首から下の部分が地面から逆さまに生えていた。
「きのこかな」
「絶対違う」
どうも、ゆっくりが頭から地面に突き刺さっているようだ(見たまんまだが)。紅里はとりあえず、引っこ抜いてみる事にした。
「きのこ狩りならまりさに任せるのぜ!」
「だから違うって」
未だにきのこと信じてやまないまりさが引っこ抜くのを手伝う。足を持ってぐいぐいと引っ張るが、ぐっさりと突き刺さっているようでなかなか抜けない。紅里は「首がもげたらどうしよう」と一瞬考えたが。
「ゆっ?」
その時は、とりあえずれいむでも乗せておこうと割り切って、引っ張り続けた。だがその心配は杞憂だったようで、しばらく後にすぽっと引っこ抜けた。
「てんこは しょうきにもどった!」
紅里達は引っこ抜いたゆっくりてんこと共に、再び茶店に入った。今度は大福を頼むなどという愚は犯さなかったが、てんこが頼んでしまった。忠告したが、てんこはあの大きさを承知していたようで、意に介することなくぱくぱくとたいらげる。ゆっくり的には平気なサイズなんだろうか。
「で、なんであんなところに刺さってたの?」
「若気の至りだよ!」
てんこは得意げな顔で断言する。しかし、その後暫く続いた沈黙により、てんこはこの答えが相手の求めるものではなかった事に気が付いた。
「…で、なんであんなところに刺さってたの?」
「うん、実はここの近くに知り合いのお兄さんがいるんだけど…」
Take2。
「あ、知り合いのお兄さんっていうのは知り合いがいてそのお兄さんっていう意味じゃなくて知り合いがお兄さんって意味なんだからね!」
「え?あ、うー…ん、ああ、うん。分かった」
「で、そのお兄さんが刀とか剣とかを研究してて、私の実家にある珍しい剣を見せてあげるって約束したんだけど…」
実家から剣を持ってきたのはいいけど、かさばるし、
なくしちゃわないか心配だなー…
_,,...._ |\
ゝ,,,, \| ) )_,,....,,....,,....,.,,. )\
/_,,....,,_\、'::::::::::::::::::::::::::::r''''ヽ''ヽ )
_..,,-":::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::{ ' }r-''''フ
"-..,,_:r''''''''''''''''''''''''''''''''''''''( ( )____ノ::- ,,
// r ; ! ヽ i ヽ ',' |''"
.' '; i i i ! i } } i
,' i ' ; ゝ、人人ノ/_ノノ / ノ 、
i ヽ .| (ヒ_] ヒ_ン ) / / i '、
! | \| ( /| | '、
ヽ V 人 - ヽ 人 '、
、_)ノ ノ >.、_ ,.イ/ ( ノ (._ ヽ
/ / ノ´ ,,.ィ''i ̄ ̄ノ こ ノ | ノ \
┏━━━━━━━━━━━━┓
┃大事なお荷物預かります! ┃
┃トランクルーム『綺羅星』 ┃
┗━━━━━━━━━━━━┛
_,,...._ |\
,ヽ/{ }ヽノヽ ゝ,,,, \| ) )_,,....,,....,,....,.,,. )\
ノ ノ ' ヽ / ) } , /_,,....,,_\、'::::::::::::::::::::::::::::r''''ヽ''ヽ )
'ヽi ')ヽ oOo ノ /{ V} _..,,-":::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::{ ' }r-''''フ
< ''V 'o. '''' .oノ ノ ノ \ "-..,,_:r''''''''''''''''''''''''''''''''''''''( ( )____ノ::- ,,
/ '' ' -' 'ヽ__ノ.-:'':: ' ヽ. ─ // r ; ! ヽ i ヽ ',' |''"
、_/.::'' r '{::{ \.. ':. ヽ {ヽ / .' '; i i i ! i } } i
' -{./ /:: 人::::ヽ ヽ::ヽヽヽ} (:':ノ ,' i ' ; ゝ、人人ノ/_ノノ / ノ 、
ノ( (:(:: ノ --)ノ '')/''--:、ノ:ノ: 入 i ヽ .| (ヒ_] ヒ_ン ) / / i '、
ノノ>)::::) ( ヒ_] ヒ_ンヽ:) < ! | \| "" ,___, " ( /| | '、
ノノi:::|'"" ,___, "|:: 入 ) ヽ V 人 ヽ _ン ヽ 人 '、
)/'''人 ヽ _ン 人V '' 、_)ノ ノ >.、_ ,.イ/ ( ノ (._ ヽ
ノ>.、____ ,.イヽ / / ノ´ ,,.ィ''i ̄ ̄ノ こ ノ | ノ \
┏━━━━━━━━━━━━┓
┃大事なお荷物預かります! ┃
┃トランクルーム『綺羅星』 ┃
┗━━━━━━━━━━━━┛
_,,...._ |\
,ヽ./{ }ヽノヽ ゝ,,,, \| ) )_,,....,,....,,....,.,,. )\
ノ ノ ヽ / ) } , /_,,....,,_\、'::::::::::::::::::::::::::::r''''ヽ''ヽ )
'ヽi ')ヽ oOoノ /{ V } これで安心だね! _..,,-":::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::{ ' }r-''''フ
) ''V 'o. '''' .oノ ノ ノ "-..,,_:r''''''''''''''''''''''''''''''''''''''( ( )____ノ::- ,,
,>-' '-/ヽ__ノ-:''::-''ヽ // r ; ! ヽ i ヽ ',' |''"
/..-''':r ';' {, ヽ:: 'ヽ. .' '; i i i ! i } } i
、_/.::'' r '{:{.. ( ':;, '::. { ::(:_ ,' i ' ; ゝ、人人ノ/_ノノ / ノ 、
' -{./; /:: 人::\\'::::rヽ ヽ:} |:::'フ ご利用ありがとうございます! i ヽ .| ⌒ ⌒ / / i '、
_ノノ(/)__,ノ )/')/:__ハ:、ノ:{ ヽヽ 綺羅星! ! | \| "" ,___, " ( /| | '、
( 彡// ⌒'' ⌒ ノ.:) < ヽ V 人 ヽ _ン ヽ 人 '、
( 二二⊃__, ///'ノ:ノ∧ ) 、_)ノ ノ >.、_ ,.イ/ ( ノ (._ ヽ
 ̄、_) '人 ヽ _ン ,イノ;) _' / / ノ´ ,,.ィ''i ̄ ̄ノ こ ノ | ノ \
ノ >.、_____ ,.イ ヽ-''
──数時間後
┏━━━━━━━━━━━━┓
┃大事なお荷物預かります! ┃
┃トランクルーム『綺羅星』 ┃
┗━━━━━━━━━━━━┛
_,,...._ |\
,ヽ/{ }ヽノヽ 預かっていたものを ゝ,,,, \| ) )_,,....,,....,,....,.,,. )\
ノ ノ ' ヽ / ) } , なくしてしまいました… /_,,....,,_\、'::::::::::::::::::::::::::::r''''ヽ''ヽ )
'ヽi ')ヽ oOo ノ /{ V} _..,,-":::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::{ ' }r-''''フ
< ''V 'o. '''' .oノ ノ ノ "-..,,_:r''''''''''''''''''''''''''''''''''''''( ( )____ノ::- ,,
/ '' ' -' 'ヽ__ノ.-:'':: ' ヽ. // r ; ! ヽ i ヽ ',' |''"
、_/.::'' r '{::{ \.. ':. ヽ {ヽ .' '; i i i ! i } } i
' -{./ /:: 人::::ヽ ヽ::ヽヽヽ} (:':ノ ,' i ' ; ゝ、人人ノ/_ノノ / ノ 、
ノ( (:(:: ノ --)ノ '')/''--:、ノ:ノ: 入 i ヽ .| (◯) |||||||| (◯) / / i '、
ノノ>)::::) ( >//////< )ヽ:) < ! | \| ,___, ( /| | '、
ノノi:::|'"| | ,___, | |"|:: 入 ) ヽ V 人 ヽ _ン ヽ 人 '、
)/'''人.| | 'ー⌒ー' | |人V '' 、_)ノ ノ >.、_ ,.イ/ ( ノ (._ ヽ
ノ>.、____ ,.イヽ / / ノ´ ,,.ィ''i ̄ ̄ノ こ ノ | ノ \
「今思い出しても腹が立つよ!何が綺羅星だ馬鹿馬鹿しい!」
「うん、それは……あんたにも責任があると思う…7割くらい」
よりによってそこに預けるかね。最も向いていない店を開いたしょうもしょうだが。
「それで、自暴自棄になって暴スィー行為をしてたところを、お侍っぽいゆっくりみょんにぶっ飛ばされて正気に戻ったんだよ」
「ふーん。まぁ、大体分かったわ」
聞きながら、紅里は考える。
(なくなった剣ね………多分、それを探すのがこの世界でやる事なんだろうけど、どうしたもんかなー…)
「あの」
(そういえば、探し物が得意なゆっくりがいたわよね…)
「もし」
(そうそう、こんな感じの)
「…ん?」
「少し、良いかな?」
いつの間にか、一同の前にゆっくりナズーリンがやって来ていた。
「綺羅星!」
「「「「綺羅星!」」」」
彼女は、トランクルーム『綺羅星』の従業員であると言う。
「この度はご主人がやらかしてしまって申し訳ない」
「うん、まぁ…うん、本当にね」
ナズーリンはまず、しょうの失敗を詫びた。紅里は相手が相手なだけに、「そんな事無いわよ」とはとても言えなかった。「済んだ事はしょうがないわよ、しょうなだけに」と上手い事を言おうかとも思ったが、やめておいた。
「私はそのお詫びと言うか、尻拭いのために遣わされてきたんだ。なくした剣の探索に協力させてもらうよ」
渡りに船であった。一行はナズーリンの案内の下、剣の探索を開始した。ダウジングロッドの導くままにナズーリンはZUNZUN進んでいき、一直線に村を抜けた。しばし野原を進んだ後、小さな山の麓でナズーリンの動きがピタリと止まる。
「うーん、この山にあるみたいだね」
「この山、って…この山のどこ?」
「そこまでは分からないよ。私のダウジングも完璧じゃない、案内できるのはここまでだね」
随分大雑把なダウジングだなと思ったが、まぁ、ゆっくりだしそういうものなのだろう。むしろ手がかりゼロでここまで特定できた事に感謝すべきなのかもしれない。
「本当なら見つかるまで同行すべきなんだろうけど、すまない」
「いや、上出来よ。謝る必要は無いわ」
「…そうだね。本来ならもっと謝るべきゆっくりがいる事だしね」
,ヽ/{ }ヽノヽ
ノ ノ ' ヽ / ) } ,
'ヽi ')ヽ oOo ノ /{ V}
< ''V 'o. '''' .oノ ノ ノ
/ '' ' -' 'ヽ__ノ.-:'':: ' ヽ.
、_/.::'' r '{::{ \.. ':. ヽ {ヽ ?
' -{./ /:: 人::::ヽ ヽ::ヽヽヽ} (:':ノ
ノ( (:(:: ノ --)ノ '')/''--:、ノ:ノ: 入
ノノ>)::::) ( ヒ_] ヒ_ンヽ:) <
ノノi:::|'"" ,___, "|:: 入 )
)/'''人 ヽ _ン 人V ''
ノ>.、____ ,.イヽ
お前だよ。
「じゃあ、無事に見つかる事を祈ってるよ…あ、それと最後にどうしても聞いておきたいのだけど」
「何?」
「なくしたものって何だったんだい?」
「知らずにダウジングしてたの!?」
「うん」
雇い主も雇い主だが、こいつも大概である。
「てんこの家にあった珍しい剣だよ!緋色の刃のかっちょいー剣なんだよ!」
「ふむ…それは珍しそうだね。そんなものをなくしてしまったのか…」
,ヽ/{ }ヽノヽ
ノ ノ ' ヽ / ) } ,
'ヽi ')ヽ oOo ノ /{ V}
< ''V 'o. '''' .oノ ノ ノ
/ '' ' -' 'ヽ__ノ.-:'':: ' ヽ.
、_/.::'' r '{::{ \.. ':. ヽ {ヽ 大変ですね!
' -{./ /:: 人::::ヽ ヽ::ヽヽヽ} (:':ノ
ノ( (:(:: ノ --)ノ '')/''--:、ノ:ノ: 入
ノノ>)::::) ( ヒ_] ヒ_ンヽ:) <
ノノi:::|'"" ,___, "|:: 入 )
)/'''人 ヽ _ン 人V ''
ノ>.、____ ,.イヽ
お前のせいだよ。
「じゃあ私は通常業務に戻るとするよ。綺羅星!」
「「「「綺羅星!」」」」
ナズーリンを見送り、一行は山を見上げる。
「山狩りかぁ…」
小さいとはいえ山だ。ここから一振りの剣を探し出すのは相当手間がかかりそうだ。
「お姉さんがんばってね!」
「あんたらも来るんだよ」
そう言うとれいむとまりさの2人は驚きの表情を見せた。何のためについてきたんだ。
「あの…」
てんこが小さく手を上げる。
「私はここで待っててもいいかな」
「え?あんたが来なきゃ始まんないでしょ」
「いや、この山はちょっと…マズいんだよ!」
言葉を濁し、なかなか口を割らないてんこを問い詰めると、ようやく理由を語り始めた。曰く、この山には例の研究家のお兄さんとやらが住んでおり、鉢合わせて剣をなくしてしまったことが知られたら恥ずかしいという事だ。
「…まぁ、気持ちはわからなくもないわ」
「じゃあ…」
「しょうがないわね。その代わり、見つからなくても文句言わないでよ?」
結局、てんこはここに置いていく事になった。
「さて、効率的にといきたいところだけど…」
山の地理も分からなけりゃ手がかりも何も無い。しらみつぶしに探すほか無いだろう。一行は周囲を見回しながら山を登っていく。てんこの話によれば、剣の刃は緋色だという。いまは新緑の季節、雪が積もるわけでもなければ紅葉と落葉で山が染まっているわけでもない。抜き身で放置されていれば、何かに紛れて見落とすということは無いだろう。
(もっとも、そのへんに転がっているとも思えないけどね…)
見つかればそれに越した事は無い。だが、紅里はその可能性は低いと考えていた。
当然である。
トランクルームという店の特性上、しょうがあちこちウロウロするとは考えにくい。普通、店に常駐しているものだろう。仮に外出する事があっても預かった荷物を持ち歩くなどということはすまい。即ち、『しょうがなくした』というよりは、『何者かが持ち去った』と考えるのが妥当だろう。そうなると、剣はその『何者か』が所持、あるいは保管している事になる。とはいえ、用済みになって捨てたという可能性も考えられなくはないので、一応辺りを見回してはいる。そして、この仮説通りだったとしても、預かったものを盗まれたしょうの管理責任が不問になるわけではない。
「ゆっ?」
「どうしたんだぜ?」
「洞窟があるよ!」
れいむがぴょこぴょこ跳ねていった先には、確かに洞窟が口を開けていた。まりさ、紅里もれいむに続き、洞窟の前に向かう。
「怪しいね」
「怪しいぜ」
「怪しいわね」
洞窟は満場一致で『クサい』と認定された。そして、一行は洞窟の脇に立てられた看板を発見した。それにはこう書かれていた。
『廃鉱 危険につき立ち入り禁止』。
「危ないんだって!」
「後にしようぜ!」
「じゃあ、先を急ぎましょう」
洞窟の探索は満場一致で『後回し』と決定された。危ないのなら仕方ない。
その後、探索しながら山を登ったが、結局剣は見つからず山頂に到達した。そこで一行は、ボロボロの廃屋のようなものを発見した。一瞬、てんこの『お兄さんが住んでいる』という言葉が頭をよぎったが、こんなあばら家に住んでいるとも思えない。やはり、ここは廃屋なのだろう。そして、泥棒のねぐらとしては、廃屋はうってつけである。
「またもや、怪しいわね」
「お姉さん、あのおうち調べるの?」
「あからさまに怪しいしね」
紅里は廃屋に向かって一歩踏み出した。だが、れいむとまりさがついてこない。何事かと振り返ると、2人が蔑むような目で紅里を見ていた。
「不法侵入…」「空き巣…」「犯罪者…」「「貧乳…」」「泥棒…」
「あんなボロ屋、誰か住んでるわけないでしょ。あとどさくさ紛れに貧乳言うな!」
紅里はしゃがんで、2人の頬をひっぱたいた。
「「れいむ(まりさ)じゃないよ!」」
「あれだけ綺麗にハモっといてよく言うわ…行くわよ」
3人は廃屋に向かって歩いていく。
「ごめんくださーい…」
さっきの2人の責めを一応気にしているのか、紅里は声をかけてみた。
「どなたですか、剣を探しに来たれいむです、お入りください、ありがとうー」
「新喜劇か」
さっき不法侵入だなんだと責めたてた当人たちが、特に気にする事もなく廃屋に入っていく。『探検だぜ』と言わんばかりに奥に進んでいく2人をとりあえず気にしないようにして、紅里は室内を見回した。外に負けず劣らず、中はモノが散乱しており、見るからに荒れ果てている。辛うじて足の踏み場があるといったレベルだ。その様から、紅里は、やはりここは廃屋であると確信した。そして、泥棒のねぐらかもしれないという疑念も。ひょっとしたら、剣はここにあるのかもしれない。
モノをかきわけ探していると、奥の方からまりさが元気良く戻ってきた。
「お、あった?」
「無かったぜ!」
ふん、と、あるのかないのかわからない鼻を鳴らす。無かったのに何故こうも、一仕事終えたみたいな顔が出来るのだろう。続けてれいむも戻ってきた。こちらはまりさとは打って変わって何やら気まずそうな顔だ。
「その調子じゃ、そっちも無かったみたいね」
「うん、無かったよ。誰もいなかったし何も無かったよ…だから不法侵入じゃないよ」
「?そう…」
何やら様子がおかしいように見えたが、考えてみればこいつらの様子がおかしいのはいつもの事である。
「うーん、ここに無いとなると、やっぱり…」
「ここ探すしかないわね」
3人は下山し、てんこと合流した後、再び例の洞窟を訪れた。
『廃鉱 危険につき立ち入り禁止』。この立て看は、見方を変えれば外部からの侵入を防ぐ役割を担っているとも取れる。何かを隠すのにはうってつけだ。
「あ、しまった」
洞窟に一歩踏み入れた紅里は、重要な事に気が付いた。
「灯りが無いわね」
「紅里なだけに」
「上手いぜ」
にやにやするゆっくり2人に少しイラつきながらも、紅里は何か光源となるようなものを取りに戻ろうと踵を返した。
「そうだ」
てんこが何かを思い出したようにポケットをまさぐり、中からライターを取り出した。
「これがあったよ!」
「うーん…まぁ、無いよりマシか。戻るのも面倒だし、これで行けるとこまで行きましょう。ところでなんでこんなの持ってんの?」
「不良時代にタバコを吸おうとした事があって…フッ、昔の話だよ」
「今朝じゃん」
しかも取り出したのがチョコシガレットだし。
「火元があるならちょうどいいぜ」
「ん?」
まりさがガサゴソと帽子の中をあさり、中からたいまつを取り出した。
「これに火を点けるのぜ」
「…ありがたいんだけど、あんたも何でこんなの持ってんの?」
「不良に憧れてタバコを吸おうとした事があって…フッ、昔の話だぜ」
「普通たいまつでタバコに火は点けないわよ」
ツッコミを入れつつ、紅里はライターでたいまつに火を点けようとする。
「れいむが火をつけるよ!」
「?まぁいいけど」
ぴょんぴょんと急かすれいむに、紅里はたいまつとライターを渡した。
「つかう>たいまつ>セルフ。火火火」
「やっぱり私がつける」
一度渡したたいまつを奪還し、点火する。
「れいむが持つよ!」
「てんこ持って」
「うん」
れいむの訴えを無視し、紅里はてんこにたいまつを渡す。なんとなく、れいむに渡したらろくな事にならなさそうだからだ。たとえば、『メラメラメラメラメ~ラメラ~♪』とか歌いながら適当に火を点けるとか。あっ、紅里さんの服に火をつけて、都合よく服だけ燃える展開にすればよかった。
「冗談じゃない」
一行は一本のたいまつを手に、洞窟の中へと入っていく。中は暗く、おそらくたいまつが無ければ何も見えないだろう。
「探し物が赤くて良かったわ。昏い色だったら見つけにくかったろうしね。黒とか紺とか。普通こんな穴倉の中に赤いもんなんて無いだろうから、赤いもの見つけたらとりあえず調べてみる事にしましょう。見つけたら言ってね」
「見つ…」
「一応言っとくけど、れいむのリボンは違うからね」
「…けてないぜ」
そんなやり取りをしながら洞窟内を進むも、剣は一向に見つからない。
「れいむ疲れたよ。まりさおぶってね!」
「嫌だぜ。れいむこそまりさをおぶってね!」
「いいよ!」
(いいの!?)
「…あれ?」
先頭を歩いているてんこが妙な声をあげ、足を止める。後ろにいるれいむとまりさがどういう状態なのか気になりつつも、紅里はてんこ、そしてその前方に視線を向ける。
「どうしたの?」
「変なのがあるよ」
変なのなら、前より後ろにありそうなんだけどななどと思いつつ、前方の闇に目を凝らす。よーく見ると、闇の中に鎧のようなものが置いてあった。昏い闇色をした全身鎧、手には剣を持っている。
「確かに変ね。なんでこんなところに鎧が?」
ここがたとえば、大昔に滅んだ王宮の地下倉庫であるならば、鎧が置いてあるのもわかる。だがここは廃鉱だ。鉱山にわざわざ鎧を持ち込む奴がいるだろうか。仮に、廃鉱になった後、何者か(たとえば泥棒とか落ち武者とか)が持ち込んだにしたって、こんな通路のど真ん中に置くとは考えにくい。
「一体誰が何の目的で……………………ッ!」
鎧の中を覗き込んでいた紅里が、急に後ろに飛び退く。一瞬遅れて、鎧が持っていた剣が振り下ろされた。
「鎧が勝手に動いた!?」
「違う…!」
紅里はてんこのたいまつをひったくり、鎧に向けてかざす。空っぽに思えた鎧の中には、黒い影のようなものが詰まっており、それが鎧を動かしている。
昏い鎧をまとった影の兵士は足を進め、剣を持ち直し、紅里たちに襲い掛からんとする。
「…なんだかよくわかんないけど、やるっきゃなさそうね」
紅里はたいまつを再びてんこに預けた。
「どうするの!?」
「こうするのよ」
紅里はポシェットからメダルを一枚取り出し、首から提げたネックレスについているロケットだかペンダントだかのカバーを開ける。
「変身!」
メダルを挿しこみ、カバーを閉じる。
『ユックライドゥ!ディケイネ!!』
紅里の周囲に突如として一頭身のシルエットが現れ、彼女に重なる。紅里の身体が光に包まれ、そこから一人のゆっくりが姿を現す。
ゆっくりの力を使い、世界をゆっくりさせる者。その名はゆっくらいだーディケイネ。
「かっこ悪!」
「大抵、そう言われるわ」
てんこの率直な感想に諦めの言葉を吐きながら、兵士と対峙する。この影自体に意思はないらしく、紅里の変身にも動じず、一行に向かってくる。
「魔物妖怪の類か、侵入者撃退用の罠か、この先に何かがいて、そいつが遣わした自動操作の使い魔か…あんたの正体は知らないけど押し通らせてもらうわよ」
ディケイネはポシェットから別のメダルを取り出し、再びロケットに挿し込む。
『ユックライドゥ!れみりあ!!』
ディケイネの姿がゆっくりれみりあに変化した。翼をはためかせ、闇の中を飛び回る。兵士は闇の中にいるディケイネに向かって迷い無く斬撃を繰り出し、ディケイネはそれをするりと回避した。
「夜目が効くのはお互い様って事ね。でも…」
兵士の2撃目をかわしたディケイネは、まるで絡みつくような軌道で鎧の表面を飛び回り、兵士の背後に着地した。
「闇の中で夜の王に勝とうなんて」
兵士は振り返り、ディケイネ目掛けて剣を振り上げる。しかしディケイネはその場を動かない。
「ちょっと考え甘いんじゃない?」
剣を振り下ろそうとした兵士の鎧に無数の亀裂が入り、中の影ごとばらばらになって崩れ落ちた。
「…つっても、ゆっくりだけどね」
影と鎧は、粉みじんになって消えていった。ディケイネは変身を解き、てんこ達の所に戻る。
「なんだったのアレ?あんたの知り合い?」
「違うよ!」
調べようと思っても破片すら残らず消えた。気にはなるが、ここで悩んでいても答えは出ない。また出たとしても結構弱いから、大した障害にはならないだろう。一行は気持ちを切り替え、再び歩を進めた。
しばらく歩いていくと、通路の突き当たりの右側の壁に何かの入り口のようなものが見えた。一行は警戒しながらそこへ踏み込む。その中はやや広い、小さな道場くらいはありそうな空間になっており、無数の剣がごろごろ転がっている。
「あった!」
「ん?」
てんこが急に走り出した。紅里たちがたいまつの光を頼りに追いかけると、その先には緋色の刃をもつ剣が置かれていた。
「一体誰が何の目的で…」
紅里が口にした疑問は、てんこの剣だけの話ではない。こんな穴倉の奥に、何故こんなにも無数の剣が放置されているのか。しかもよく見ると大半の剣は普通の刀剣類ではなく、妙な形をしており、なんとなく甘い香りがする。
「…てんこ?てんこなんですか?」
「誰!?」
闇の中から、一行の誰のものでもない声が聞こえた。紅里はまたもたいまつをてんこの手から奪い取り、声の聞こえた方へと向ける。
その声は、謎を解く鍵となるのか。あるいは新たな謎の種となるのか。
-つづく-
書いた人:えーきさまはヤマカワイイ
最終更新:2011年05月13日 21:50