長い旅が続いた。
その旅の中で刀を求めた一人の少女と一人のゆっくりは何を考え何を学んだのか。
答えはいまだ明らかにされることはなく、今はただ双子の月が二人を煌びやかに照らしている。
「右を向けば」「緑眩しい草原が」
「左を向けば」「木々が実りを授けてくれて」
「真後ろには」「旅の軌跡が残り」
「目の前には」「私達を導く道が広がり」
「空には」「双子の月が私達を見守ってくれている」
「んでここはどこ?」
「しらねー」
これまでの旅で二人はこの日元中をあの手この手で駆け回り覇剣を直す手段を探し続けた。
しかしその努力もいい所まではいったものの全て空振りに終わり、目ぼしい目的地も無くなったため二人はとりあえず風に導かれるままに足を進めていったのだ。
そうして二人は道に迷った。ゆっくりした結果がこれだよ!!
「博霊でも守矢でもなさそうでござる……変なところに迷い込んでしまったかみょん?」
「いやでも、人の手は入ってるよ。道もしっかりしてるし」
彼方の言う通り今まで歩いてきた道はきちんと整備されておりそれなりに文明の臭いを感じさせられた。
田舎ではないことは確信出来たがそれだけで所在地が分かるはずもなく、二人はただただその整った道に連行されるかのようにとぼとぼと歩いて行った。
「……いや~こうして道を歩いていると思いだすねぇ、初めてみょんさんと会った時のこと」
「前は桜が輝いていたけど今宵は月が綺麗で風流みょん」
「そだね……まるで私達の月みたいに輝いてる……まぁ数は違うけどさ」
その月の輝きに魅入られるように呟く彼方であったが、流石に見飽きているからか郷愁も起こらず茶化すように最後に言葉を付けたす。
慣れることは至極自然な現象だ。彼方もそう毎回郷愁で心を弱くするほど繊細な感性を持った女の子ではない。
しかし彼女はその慣れがどうしても怖かった。いつか元の世界を忘れてしまうのではないかと、故郷の人々を過去として置き去りにしてしまうのではないかと。
「絶対、絶対帰るからね」
「その意気だみょん!頑張るでござるよ!」
心に秘めた暗い思いを知ることもなく暢気な表情でみょんは彼方を励まし、彼方も素直にそれを受け取って笑いあいながら道を進んで行く。
そのうちに二人はようやく十字路へと辿り着き、そこで道しるべたる看板らしきものを発見することが出来た。
「何か書いてあるかな?」
「ここがどこだか分かれば気が楽になるみょん」
博霊でもいい、守矢でもいい、今はこの不安感を乗り越えるだけの情報があればそれで十分だ。
しかしその看板、高度な技術で作られたと思われる合成樹脂に描かれた文字は二人の背筋を凍りつかせた。
「永夜国…………五丁目……!?」
尖剣「突身弾護」 緩慢刀物語永夜章志位 月刀「狂鎧」
「みょおおおおおん!!!!」
みょんが彼方を押し倒すかのように倒れ込むと同時に看板に幾本もの鉄色の針が鈍い音を立てて突き刺さる。
確実に頭部を狙った悪意ある攻撃、倒れ込んだ体勢のせいですぐに動くことができなかったが相手も一拍子置かなくては次の投擲が出来ないのか攻撃が一時止み、
その隙に二人は看板の裏へと隠れた。
「ま、ま、まさか!!」
幾度も自らの刀で弾き返した棒状の手裏剣、そして永夜という名の国。
そう、二人はいつの間にかあの忌々しく幾度もみょん達の前に敵として現れた因幡忍軍の本拠地、『永夜国』に迷い込んでしまったのだ。
「い、いつものようにやっつけちゃってよ!」
「ここは相手の本拠地だみょん!今まで通りにはいかないみょん!」
みょんは今まで因幡忍軍と戦い勝ち続けてきたが、それは相手が五人程度の編成で襲いかかってきたからこそだ。
だがここは相手の本拠地、投入している戦力は今までの比ではないだろう。
「ぐゆゆ……でもうってでるしかないみょん!」
表面積の問題からこれ以上この看板では盾代わりにはならないだろうと判断したみょんは口の中から円剣を取り出し加速をつけて看板の陰から飛び出す。
因幡忍軍の攻撃は奇妙なほど正確にみょんの体を狙っていくが、みょんは全速力でその攻撃を間一髪でかわし円剣の鉄輪を因幡忍軍のいる方向へと投げつけた。
「!!」
投擲された鉄輪は回転によって因幡忍軍の放った手裏剣の軌道を逸らし、そのまま因幡忍軍がいると思われる茂みに突っ込んで行く。
そして空気をつんざく様な金切り声が響くとともにともに何か白い物体が妙な液体をまき散らかしながら茂みから吹き飛んできた。
「うっぎゃああああああああああああ!!!」
「当たった……のかみょん?」
あの程度の攻撃なら簡単にかわされるだろうと踏み、威嚇のつもりで投げたつもりであったがみょんは予想外の悲鳴に思わず歩を止めてしまう。
「ちくしょーーー!!ちくしょおおおお!!!」
先ほど吹き飛んできたのはてゐの耳の一部だったらしく、その耳の持ち主だった片耳なしのてゐは茂みから飛び出し憤怒の表情でみょんを睨みつける。
他のてゐ達も奇襲は失敗と判断したのかそのてゐに続いて一人づつ、一人づつ茂みから姿を現していった。
「ウッサーーーー!!!!今度という今度は全力で仕留めてやるう!!今までの髪のかたきじゃああ!」
「副隊長も難儀やねぇ、まぁてゐ達は仕方なく手伝ってやるウサ。兎が一匹」
「兎が二匹」「兎が三匹」「兎が五匹」「蛍が一匹」「兎が七匹ウサ」「何匹か飛んで兎が二十一匹」
「ん、んな……」
初めは一人だった因幡忍軍はぴょんぴょんと愉快な音をたてながらも着実に、加速度的にその数を増やしていく。
みょんが絶対的不利な状況を把握する頃には目視では数え切れないほどにまで増え、みょんの視界を物理的に埋め尽くしていった。
「………い、いったい何人いるんだみょん……」
「総勢138人、はてまてそれは真実?それとも嘘? でも、目 の 前 の 現 実 は 受 け 入 れ ら れ る?」
「………っ!!!」
みょんはこの時初めて、目の前の嘘吐きどもの言葉を信じざるを得なかった。
目の前の圧倒的な戦力差の前に二人は全身の血(?)が凍りつくかのような感触に襲われる。
それと同時に先頭にいた片耳なしのてゐが飛びかかるがみょんはすかさず得意の羊羹剣を取り出しすれ違いざまにてゐの髪をバッサリと切りはらった。
「うしゃあああ!?!?!」
自慢のふわふわの髪さえも失い、副隊長のてゐは片耳だけの惨めなつるっぱげのまま地面を転がっていく。
だがその攻撃を皮切りに他のてゐ達も攻撃態勢に入り、みょんは非情に苦しい状況に置かれることとなった。
「……これじゃあ間をくぐりぬけることも無理そうみょん」
ゆっくりというものは髪が無くても動く事は出来るが、戦闘にするにあたっては髪の助力が必要不可欠となる。
そのためみょんは敵の戦力を出来るだけ少ない労力で殺ぐために敵の間をくぐりぬけ肉を切らずに髪だけを斬る技を必死に学んだ。
名を桂園流『桂剥き』。この技のおかげでみょんは多数対一の不利な状況を幾度となく切り抜けてきたのだ。
だが、あくまで移動を前提としたこの技はこのような密集地帯において全く発揮できないことも、みょんは理解してしまっていた。
「ふん、副隊長など我々の中でも最弱ウサ。あっさり跳ねのけたようだけど次はこうはいかないね」
「……そうかもしれないでござるな、でも、覚悟するでござるよ」
「?一体何を覚悟するっていうのさ。頭おかしくなったの?バカなの?」
「こっちも手加減ができねぇってわけさ!!!!」
みょんは右に羊羹剣、左に円剣を構えて一気にてゐ達の中へと突っ込んで行く!!
隙間が無いほど敷き詰められた陣形であったがみょんはそれをなぎ倒しながら突き進み、そのすれ違いざまにてゐ達に攻撃を仕掛けていった。
「みょおおおん!!!!死にたくねェ奴はどっかいけ!!髪切では済まさねえでござるよ!!」
二振りの刀は鬼人の如く躊躇いなく振り回され、髪と飛沫と肉片が虚空に舞い散り幾多の悲鳴が重なって夜に響く。
しかしいくらみょんとはいえ多勢に無勢、気でも狂ったかのような行動にしか見えないがこれはこれでそれなりに考え抜かれて出した結論なのだ。
「う、うてっ!奴を針の骸にしてしまえっ」
「無理うさぁ!!下手に撃ったら同士討ちになるぅ!ウギャブゥーーーーーッ」
「むーざんみょん……みょんみょん……うなぁぁ!!!」
近距離戦において多数対一は味方同士で押し合いになることから実質4対1程度の戦力差となる。
だが相手が遠距離武器を持っていたとしたら戦力差は数字通りとなり、なおかつあの覇剣すらへし折る棒状手裏剣はみょんにとって最大の脅威であった。
故にみょんは近距離戦に持ち込むために敵陣へと特攻していったのだ、たとえそれが無謀であってもその方法しか残されていなかったから。
「うぎゃっ!!?」
そしてその無謀な策も簡単に綻びを見せ始める。
大振りの隙を狙って一人のてゐがウサ耳でみょんの体を掬いあげそのまま宙に放り投げたのだ!
「し、しまったぁぁ!!これじゃっ!」
あのきもんげの時と同じ状況、無理矢理距離を取らされた上に空中では全く身動きが取れない。
これではあの手裏剣の格好の的じゃないか。
「ゆふふ、うてええええ!!!」
てゐ達の口の中で鈍く光る小さい槍が全て、全て、殺意をこめてみょんに向けられる。
百本以上の手裏剣の前では例えみょんの奥義であっても太刀打ちは出来ない。ではこの状況においてみょんは、何をすべきなのだろうか。
精いっぱい抵抗する?いや、相手が同時に放つという前提が無い以上全てを弾き飛ばすことは無理だろう。
攻撃を耐える?それこそ無意味だ。覇剣を破壊する程の威力ならば体を貫通して即死すらあり得る。
「……ッ!!」
困った。することが無い。このまま手裏剣が体に刺さるのを待つしかない。
でも死ぬのは嫌だ。みょんには夢があって、希望があって、そして責任があるからこんな所で死ぬわけにはいかないのだ。
悔いを残し、絶望に心うちひがれみょんは一粒の涙を流す、だが目を開いた時彼女の眼に一人の勇ましい少女の姿が映った。
「ぬおりゃああああああああ!!!」
「……か、かなた殿……?ミョギャバーーーーーーーーーーーッッッ!!」
それは救いの手かはたまた悪魔の手か、まさしく手裏剣が刺さるというその直前に彼方の方から巨大な物体が飛来しみょんはそれをまともにぶつかってしまう。
しかしそのおかげでなんとか間一髪手裏剣の雨をかわすことが出来、そのままみょんは吹き飛ばされるがままにてゐ達と距離を取った。
「みょんさん!大丈夫!?」
「んなわけーねーーッでしょうが!!てか何か刺さってる!頭刺さってる!まさかあの看板投げたのでござるか!?」
へし折ったのか根元から引き抜いたのかは分からないが彼方は二人に所在を伝えたあの看板を投げつけたようだ。
しかし看板に刺さっていた手裏剣がぶつかった衝撃で刺さり、結局避けなくても大差ないんじゃないかというくらいみょんの体には手裏剣と看板が突き刺さっていた。
まぁ貫通や即死しなかっただけマシと言えるのだろうけれど、やっぱり見てて痛々しい。
「ちぃぃ!!またか小娘ぇぇ!!!!」
「何時までも守られてばかりじゃねぇーーーっっっ!!!今日という今日は全滅させてやる!!!」
「しゃらくせええ!!ぶちころしたれえ!!!」
元々積極的な性格なだけに自分だけ隠れるということに耐えられなくなったのか彼方は覇剣と長炎刀を両脇にかまえて吶喊する。
もちろん覇剣は折れてるし弾丸なんて一発も残っていない、しかし敵を殴り蹴散らすことさえできれば彼女にとっては十分であった。
「兎狩りじゃああああああああ!!」
「か、かなた殿!うおっ!」
みょんはすぐさま彼方の援護をしようとてゐ達の中へと突っ込もうとするが手裏剣が飛んできて思わず怯んでしまう。
特攻にするにしてはあまりにも距離を取り過ぎてしまったのだ、人間ならまだしもゆっくりではすぐには近づけないのである。
「く、くるんじゃねええええええ!!!」
敢然と立ち向かってくる彼方に対してゐ達の口から手裏剣が放たれる。
「うらっしゃああ!!」
彼方はそれを両手の獲物で一気に弾き飛ばす。そのまま一歩も立ち止まることなく彼女は突き進んだ。
「う、ウソだろっ!!怯むなッ撃て撃てぇぇ!!!」
既にほとんどの距離は詰められていてここで食い止められることができなければ超近接戦に持ち込まれてしまう。
そうなったら負けることは無くても相当な被害を被るだろう、その焦燥感のままにてゐ達は次の手裏剣を噴きつけた。
「見切ったあああああああああ!!!」
「チクショォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!ヤッダァバァァァァ!!!!!」
ついに接近を許してしまい最前面にいたてゐ達は彼方の圧倒的な暴力によりなすすべもなく薙ぎ払われる。
その機に乗じてみょんも看板を盾にしながらてゐ達に接近する。手裏剣が貫通こそはするもののそれなりの強度があるのか突き抜けはせずみょんは立ち止まらずに進むことが出来た。
通常の板だったらこうはいかなかっただろう、永夜国と戦いながら逆にその永夜国の科学力に助けられるのを感じみょんは少し複雑な気分になった。
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「こ、この!しねっ!ゆっくりいますぐしねっ!」
「みょおおおおおおおおおおおおおん!!!!!」
そうしてみょんは再びてゐ達の中に突き進み思うがままに刀を振るう。
敵二人に自陣で暴れられたことによって誰もが冷静な判断を忘れ、布陣も策略もないただ暴力だけが場を制する混戦が始まった。
「うさああああ!!!ふざけんなぁぁ!!ここでまけるなんてできるものかああああ!!」
「立ち場が無いんじゃああああ!!きょうこそはここでぶちたおしたらああああ!!」
「うっせえええええええ!!こっちだって今日こそ貴様らまとめてぶちのめしたる!!!」
「二度と立ち向かう気力が起きないほど打ちのめしてやるみょおおおおおおおおおん!!!」
こうなったら誰もが無傷ではいられない。
彼方の肩や四肢にはてゐ達が怒りのままに突き刺した手裏剣が何本も刺さっていてみょんも必死の抵抗により片もみ上げが斬り落とされてしまっている。
てゐ達はその半数が戦線を離脱したりそこらに悲惨な状態で転がっていたりとしていたが、指揮官もおらず軍団全体が撤退することも無かった。
もう誰もが敵意と悪意しか持たない中、一人のゆっくりを載せたスィーがそんな泥沼化した戦場に近づいてきた。
「んん?おいおい、また面倒事起こしてるのか。全くこんな大人数でゆっくりしてないな……」
「んあ!?こちとらこいつらをここでぶち殺さなくちゃいけないんだよ!一体てめェは誰だ!?ぶちころされてぇか!」
「もこたんか?もこたんは……」
白い髪、赤いリボンに炎の翼を付けたそのゆっくりもこうは眼前に付けた黒メガネを煌めかせ不敵に口を開いた。
「通りすがりの………刀鍛冶よッ!」
もこうの口から赤く煌めいた炎が噴き出され近くにいたてゐの覆面と髪に燃え移っていく。
そうなればあっけないものでこんな混戦状態だからか次から次へと燃え移り、ほんの数秒で辺り一面火の海になっていった。
「あっちゃーーーーーーーーー!!!!あぢっ!あぢっ!ぶえええええええええええええんもういやだあああああ!!!」
「うっぎゃーーーー!!もうおうちかえるぅ!!うしゃああああああああん!!」
「あっぢいいいいいいいいい!!!みょおおおおおん!!!」
もこうから放たれた炎によってほとんどのてゐは戦意を喪失し蜘蛛の子を散らすように、また脱兎のごとくあっという間に姿を消していく。
気絶したてゐ達も回収されたようでその場にはみょんと彼方だけしか残っておらず、もこうはスィーから飛び降りて二人に駆け寄った。
「ふぅ、全くあの荒くれどもめ……旅人達~、大丈夫か~?ゆっくりしてるか~?」
「あっぢぃぃぃ!!!しぬっ!しぬっ!おぐしがもえちゃう!」
「こ、こっちくんなっ、服がっ服が燃えたっ!きゃーきゃー!!」
「…………いろいろすまん」
誰にも所在が分からず、誰も辿り着く事が出来ない。秘境と呼ばれた永夜国。
ただ一つ、永夜から眺める月が一番美しいという噂だけが人々の内で語り継がれ、悠久の時を神秘の衣を纏い続けた。
ここは永夜の隅にたちそびえる茶店『白月』。空に輝く双子月を一望できる軒先にてみょんと彼方の二人は空を見上げながらゆっくりとお茶を啜っていた。
「「ずずぅー」」
「いや、お前たち……大丈夫か?」
「まぁ、長さが半分程度になるくらい髪の毛が燃えたけど大丈夫みょん」
「服の胸から上が燃えたけど大丈夫。大事なところは隠れてるし、ずり落ちないようにキチンと縫った」
「ゆふふ、すまないな、このもこたんが迷惑かけたようで」
店の奥からもこうの知り合いらしきゆっくりけーねがお茶を持ってきて三人に慣れた手つきで手渡す。
もこうはしかめっ面をしてそのお茶を飲まなかったが二人は流れるようにお茶をすすり、ほぅと一息ついた。
「……一応聞きたいけれどここは本当に永夜国……なのでござるか」
「ああ、闇に包まれた国、と言われているが別に異世界ってわけじゃないさ。ゆっくりしていってくれ」
けーねの見せたふてぶてしくも柔らかな笑顔は今まで出会ったゆっくり達と全く変わらない。
それだけでも二人の心にあった不安はどこかに吹き飛び、二人はゆっくりしてお茶を飲み干した。
「しかし外からの客なんて珍しいことがあるもんだ、それにおたくらなんであいつらに襲われていたんだ?」
「襲うもなにもずっと前からちょっかい出されてたみょん。国相手に目をつけられちゃあんま長居はできそうにないでござるな……」
「そうなのか、じゃあせめてここの名物だけでも食べていってくれないかな?」
そう言ってけーねは店の奥の方からその名物とやらを持ってきて二人の間に置く。
特に目新しいわけではなく鏡餅を載せるような台の上にいくつものほのかに白く輝く団子が四角錘の形で詰まれているようなものであった。
「ほほう、永夜の名物は団子でござるか。しかし串に刺さって無い団子かみょん」
「月見団子だよ、月みたいに綺麗だろう?」
「月みたい?……いや、でも」
みょんはその団子を一つつまんで空の浮かぶ月と見比べてみる。
月の光が反射してその団子も月の兄弟のように見えて非常に感心したがどうもみょんは何か物足りなさを感じた。
「いやぁまったりとした舌心地でおいしいね、みょんさん。喉渇いた、けーねさんお茶おかわり」
「……あ、ああ。みゅん……みゅん、みょん……」
ひょいぱくひょいぱくと滑らかに団子を摘みけーねが運んできたお茶を飲み干す彼方に対しみょんはじっと両もみ上げで団子をつまみ未だ検分している。
そうしているうちに何かひらめいたかのように表情を明るくすると、みょんは口の中から串のようなものを取り出してその二つの団子を突き刺した。
「あんた、それは行儀が悪いだろ……いくら慣れないからっていってもありのままをちゃんと食うべきだよ」
案の定というかすぐそばにいたもこうはみょんのその行動に対し口酸っぱく咎める。しかしみょんはその団子の差さった串を空の月を比べるように振りかざした。
「いや、月を模したものなら二つで一個に考えるべきだと思うみょん。どうせ真似るならちゃんとやるべきでござる」
「二つで……?いや、違うんだ。あれは今は二つに見えるけど本当は」
「もこたん、この人達は外から来たんだ。大目に見てやれ」
けーねの制止が入ったことによってもこうは口を閉ざし溜息をついて自分のお茶に手を付ける。
妙な沈黙が気になったがみょんはその串を口の中に入れ、気を取り直して台の上の団子を食べようとしたがいつの間にか団子は全て食べられてしまっていた。
暴飲属性だけでなく暴食属性まで付いてしまったのか。みょんは自らの財布について考えてしまい、めのまえがまっくらになった。
「四人で食べるとあっという間に無くなるもんだな」
「みょんさんは食べてなかったから実質三人だけどね。そうだ、もこたんさん、聞きたいことがあるんだけど」
「もこたんさんって……まぁいいや、なんだい?」
「さっきさ、通りすがりの刀鍛冶って言ってたけど……あれほんと?」
一人の少女と一人のゆっくりが共に手を取り合って進んだこの旅、それは覇剣を直せる刀鍛冶を探す旅と言っても差支えないだろう。
しかし彼女達は見つけることが出来なかった、得がたきものは沢山あったのに本命である刀鍛冶だけは見つからなかったのだ。
だから頼ろうとしてしまった、いつまた襲われても不思議ではない国の刀鍛冶にさえ。彼女の精神は少しづつであったがそれだけ切羽詰まり、摩耗し始めていたのだ。
「まぁ一応ね、ゆっくりなこんな自分をかっこつけたかっただけさ」
「じゃあさじゃあさ!この刀を」
「だが今は仕事を受け付けてない、済まないな」
だがもこうはそんな彼方の唯一で切実な願いを刀を見ずに断った。
まさにけんもほろろ、不死鳥じゃなくて雉だったのかよ。と絶望が心を覆う前に彼方はそんなことを考えた。
「……あ、え?ど、どう、なんで」
「最近は国からの注文が多くて他の依頼を受け付ける暇が無いんだ、色々と落ち着いたら受け付けるよ……ほんとゆっくりしたい」
「もこたんそんな注文断ったらいいじゃないか、今だってサボってるようなものだろ?」
「だめだよ……あいつが起きているということは相当あっちも切羽詰まってる……すまん、今は諦めてくれ」
もこうは黒メガネを外し彼方に向けて頭を下げるが今の彼方にはそれさえも目に入らなかった。
絶望は悲愴へと変わり、悲愴も心の中で次第に形を変えていき、そしてやり場のない感情に変わっていく。理不尽で、見境のない怒りにへと。
「う、う、うううう、ふざけるな、もういやだあああ!!!いつまでもゆっくりしてる場合じゃないんだよおおおお!!!」
彼方は瞳からあらん限りの涙を流し、激情に流されて暴れ回ろうとしたがその感情を察したみょんによって止められた。
「かなた殿!落ち着くみょん!どっちにしたって長居が出来ない以上頼むことは出来ないでござる!」
「うるさあああああああああい!!!責任者でてこおおおい!!!」
「もこたん!!!ここにいるかしら!?」
と、そんな中突然店の入り口の方からゆっくりした声が上がり誰もが入口の方向に視線を移す。
すると入口の方から赤い絨毯がころころ転がりながら敷かれ、その上を威風堂々と言うかのように一人のゆっくりてるよが偉そうに店の中へ入ってきたのだ。
「ちっきしょ、きやがったか……」
「はん!やっぱりここにいたのね。サボタージュはそこまで、さっさと働け!」
「その言葉だけはお前に言われたくない!」
もこうは椅子の上から降り絨毯をぞんざいに踏みつけてそのてるよと互いに睨みながら向かい合う。
時々もこうは威嚇するようにてるよに向かって炎を噴きつけるがてるよは炎なんて意にも介さずもこうたちのことを涼しい顔で見つめていた。
「ん?あんたら見ない顔ね……ああ、もしかしてえーりんが言ってた……」
「なんだてめーはよっ!こっちはこっちでそのもこたんと話してたんだい!あっちいけあっちいけ!」
途中で話に割って入られたからか彼方の行き場の無い怒りは何の躊躇もなくてるよにへと向き、歯をむき出しにして激しく威嚇する。
てるよはそんな彼方をすました顔で笑い、揉み上げを振って店の入り口から二人ほど帯刀した人やゆっくりを自分の周りに呼び寄せた。
「んにゃっ!?」
「わたしに手を出す?やってみなさいよ、まぁその頃にはあんたも八つ裂きになっているだろうがな。なんちゃって」
「も、もこう殿?このゆっくりてるよは一体どなたでござるか……?」
呆然になっている二人に対しもこうは溜息をついてとても気が重そうに口を開いた。
「『永月宵夜てるよ』……認めたくないがこの永夜国の頂点に立つ奴だよ認めたくないが、重ねて言うが認めたくない」
「そこまで言うやつはあんたが初めてよ……」
もこうはてるよを前にしてもおじけずに軽口を叩くが二人はまさか永夜国の国主とこんな場で出会うことになるとは思いもせず、ただただ息を飲んで沈黙するしかなかった。
永夜国の国主ということはあの因幡忍軍を実質動かした張本人、つまりみょん達の最終的な敵に他ならない。
いつかは本格的な決着をつけなければと二人は決意していたがいざ本人を目の前にするとなぜか妙な威圧を感じ動く事が出来なかったのだ。
「まぁもこたんは無理やり連れてくとして……ゆふふ、あなた達のことはうかがっているわ。うちのイナバ達がお世話になったそうね」
「ゆぅぅ……お、おのれっ!」
みょんは強張りながらも羊羹剣をてるよに向けるがてるよの護衛が咄嗟に反応しみょんの羊羹剣を瞬時に天井にへと弾き飛ばした。
「………八つ裂きにされたい?」
「ぐ、ぐぎぎぎぎ」
国主の護衛とあって実力はみょんと互角もしくはそれ以上、さらに永夜の科学力の賜物か刀も普通の刀ではないことは見た目からだけでも判断できる。
新たな刀を取り出す隙も見いだせずみょんは冷や汗をかいて後ずさりをすることしか出来なかったがその時店長のけーねがこっそりとみょんに耳打ちをした。
(裏口を開けておいた、わたしともこたんがあいつらの目を引き付けておくからすぐにでも逃げるんだ)
(……わかったみょん)
同じようなことを彼方にも伝えるとけーねはすぐさま店の奥から白い液体の入った器を持ってきてそれを自身の体にぶっかけた。
「ああっ!わたしの体にこんなハクタク(白濁)した液がぁ!」
「…………………」
「しかもこれは牛の乳だ……こんなものがわたしの体に……何と言うおぞましい運命だ……」
「……………………………」
「ハクタク女教師……と思っているのだろう。な、なにをみているのだもこたん!元担任にそんな劣情を催すなど……」
「「うおりゃあああああああああああああああああ!!!」」
あ、今が逃げ時なんだとようやく気づき二人は全速力で店の奥へと突っ込む。
咄嗟の行動で追ってくる者はおらず無事に脱走出来たかと思ったが、受付台の横を通る時に突然てるよの姿が目の前に現れ思わず転んでしまったのであった。
「あら、どこへいくのかしら」
「うっぎゃあ!!な、な、な、何時の間に!!」
超速度や催眠術の類ではない、みょんにはこの現象に身に覚えがあった。
それは暮内での決闘、実力では大差あったのにその『能力』によって幾度も殺されかけたあの戦い。その時と全く同じなのだ!
「時止めっ!!?」
「ふぅん、初めての割には惜しいところまでいってるわね。でもはずれ」
てるよはひたすら意地の悪い顔でみょん達に近づき、護衛達もじりじりと背後から責めより二人は逃げ場をなくす。
ああ、みょん達の冒険はここで終わってしまうのか。三途の川できょぬーの女の子が手まねきしてお金を奪おうとしているよ。
「す、すまん!わたしの渾身のギャグではてるよはとめられなかった!」
「どういう理屈で足止めできると考えたんだよけーね……」
「う、ううううううう」
じりじりと下がっていくうちに背筋に刃物のような冷たい感触を覚え彼方は思わずすくみあがる。
もう一歩も下がれない。背中を取られている以上暴れでもしたら即座に首を飛ばされゆっくりモドキが出来上がってしまうだろう。
もう無理だと、諦めようとした時店の入り口の方から一人のゆっくりえーりんが息を荒げて駆けこんできた。
「姫様ぁ!こんな時に勝手に外出など……まだ準備はできてないというのに!」
「あ、えーりんだ。どーせやることないからもこたん弄って遊んでるのよ邪魔しないで」
「いやいやいや、因幡忍軍達も半分は使い物になりませんし、きもんげ宰相も復帰できてない。もう日が無い以上一刻も早く覇剣を……」
と、そこでえーりんはようやく彼方達に気づき巨大なお下げをびくんと跳ねあげさせる。
そんなえーりんが気にかかったのかてるよは能力も使わずぴょこんぴょこんとえーりんのそばにまで近寄り、護衛達もてるよが第一なのか彼方達に向けた刀を下ろす。
その隙を狙って二人は駆けだした。
「!!!お、お待ち下さい!!!!!」
「待てって言われて待つ奴がいるかぁぁ!!やーいやーい!二度来るものかー!バーカ!ゆっくり死んでまえ!!!グギャギャギャギャ」
「度重なる無礼、誠にもうしわけございませんでした!!どうか……っ!どうかぁぁぁ!!!!」
だが背後から聞こえるえーりんの懇願がどうも気にかかり裏口のところでつい立ち止まってしまう。
声もどこか鬼気めいており喉を潰しそうなほど何回も懇願の言葉を続けている。試しに振り返ってみるとえーりんは顔を床に付け土下座の姿勢までしていた。
「ちょっ、ちょっとえーりん、いくらなんでもそこまで……」
「お願いします。今までの非道は国の総力を挙げてつぐないます。だから」
「わたし達のこの地球を助けてください」
最終更新:2011年06月21日 14:23