灰色に延びる道を駆ける馬車に揺られ一人の少女はふと外を見る。
既に朝日は昇り暖かい光が永夜の空を染め上げている。しかし沈むべき双子の月は太陽の光にかき消されそうになっても未だ妖しい光を放ち続けていた。
「月、沈まないね」
「何だってんだみょん」
あの後、やっぱり逃げ出そうとした二人だが何故かけーねやもこたんに説得されてやむなくえーりんと話をすることになった。
本格的な話をするためには城に行かなければならないということなので二人はえーりんに言われるままに馬車へと乗り込んだのだ。
ちなみに後部座席ではてるよともうこうがいがみ合っている、正直鬱陶しい。
「でもよく考えたらこれって私達まな板の上の鯉じゃね?」
「あのけーね実は敵かもしれないみょん……」
「あの方は地上の者でもかなり聡明な方です。あまり悪くいわないであげてください」
前方座席から乗り出すようにえーりんは二人に語りかけてくるが二人はどうもこの状況に対して陰鬱とした感情しか湧きださなかった。
どうして自分達はこんな所にいるんだろう。敵の手の上と言ってもいいのになぜ自分達は自らの足で赴いてしまったのか。
分からない、だから嫌になる。
「城につくまでに少し説明した方がいいかもね。何か質問はある?」
「あんたらは一体何が目的でござるか?」
間髪いれずにみょんは第一に考えた事をぶちまけるがえーりんはその質問を予想していたかのようで瞳を閉じてすぐに答えた。
「何が目的、ね。今は証明することができないけど端的にいえば地球防衛、といったところかしら」
「……またその話か」
いつぞやの永夜からの刺客、きもんげも確か同じような事を言っていた。
きもんげはあの表情が非常に胡散臭かったため二人は全く信じていなかったがえーりんが言ったからと言ってそれを信じられるわけではなかった。
「その気持ちはわかる。でも嘘でない以上これ以外の理由はないの。
敵は特殊な経路をもちいてこの地球へとやってくるわ、覇剣はその通路を破壊するための唯一無二の武器なのよ」
「よく分からないでござるな、大体この覇剣は斬ったものを回復する程度の力があるぐらいだみょん。そうだみょん?かなた殿」
「そだよ、そんな通路をぶっ壊す力は無いよ。そもそもその通路ってなんなのさ、空から来るってのなら通路もなにもないじゃん」
強いて言うならこの空全てが通路、それを刀一つで守りきるのは不可能に近いことだろう。
結局二人は信じようともせずえーりんは長いお下げで頭を抱え憂鬱そうに溜息をつくが、馬車を操縦している護衛の一人がそんなえーりんを見かねて一つ提案をした。
「ヤゴコロ様、あの場所へ行けば少しは証明になると思います。いかがでしょうか?」
「……そうね、ではお願いするわ」
「御意」
あの場所とはなんだろうか、馬車は灰色の道から大きく外れ草原の上を駆けていく。
しばらくはガタガタと大きな揺れが続き、二人は到着するまでに長旅で溜まった疲れを取ろうと瞼を緩くして眠気に身を任せようとした。
「……そろそろですね」
えーりんのその呟く声を聞いて彼方は寝ぼけ眼で外を見る。どうせつまらないものだろう、見たらすぐに寝てやろうと決め込んでいた。
しかしその光景を見た時彼女は既に自分は眠ってしまったのではないか、夢をみているのではないかと思わず眼を疑ってしまった。
なにせ、虹色に輝く橋が地面と空を繋げるように延びていたのだから。
「………通路?」
そう、それは空へと続く通路に他ならなかった。
幅はおよそ三丈(約9m)くらいあるだろう、全長などもう一方の端が遥か空に伸びているのでは計り知ることができない。
あれだけあった眠気も完全に吹き飛んでしまい、彼方は身を乗り出してまでもその橋に目を完全に奪われてしまった。
「マジかよマジかよ……」
「かなた殿ぉ?一体何で……ゆみゃっ!!なんじゃあれ!」
「あれこそ宙と地をつなぐ橋……そして我々が月の民を再び一つにするためにつくった月科学の結晶です」
「つ、月の民ぃ!?!?」
あまりにも突拍子の無い話であったがこうして目の前に広がっている以上否定することも出来ない。
それにゆっくりえーりんやてるよの源となった者は月から来たと言われている、信憑性は十分にあった。
「我々月の民は月の崩壊により二つにわかれました。
一つは月に再びまいもどるためにこの地に身をおとしたもの、そしてもう一つは穢れをきらい遥か彼方の冥の星に居住をうつしたもの。
我々はたたかわなければならないのです。この地球をまもるために、かつての身内達と………」
「……つ、月に人がいたのでござるか?」
「けどそれも数百年以上も前の事、今の月は誰も近寄ることのできない死の星よ」
二人は馬車から降り、その橋をよく見ようと精いっぱい近づこうとする。
しかし地上付近では永夜の軍と思われる物々しい団体が整列しており、ふもとまで行く事は出来なかった。
「……戦があるというのは本当でござるな。見たこともない装備が一杯みょん」
「敵は私達と同じ月の民、地上の兵器ではまだ太刀打ち出来るものではありません」
えーりんはその橋をまじまじと見て最後に空の月を見上げふぅと溜息をつく。
そんなえーりんをてるよはすりよって揉み上げで慰めるかのようにさらさらと滑らかに撫でてあげた。
「我々月の民と言っていたけど、あなたも月から来たのかみょん?」
「ええ、とはいっても純粋な月の民はわたしと姫様ぐらいしかのこっていない。他の皆はこの地に骨をうずめてしまったわ」
何度も空の月を見上げ寂しそうにえーりんは地上全体を見回す。
かつての仲間達と同じようにもう自分が月へ帰還することはないだろう、この地もまた故郷になりつつあることに少し切なさを覚える。
「……もっと詳しい話は城でおこなうわ。それじゃいきましょう」
「分かりました」
結局郷愁も諦めが付かず憂鬱気分で城に行こうと馬車に乗り込もうとした矢先、空から轟音が響きえーりんは転げ落ちてしまう。
「な、何!?」
「冥王星の方から橋を伝って何か金属製の物体が送り込まれたようです! 二十秒後に橋ふもと付近に落下すると思われます!」
「部隊の避難を!それと特防隊に物体の調査をめいじて!」
えーりんの指示は馬車に備え付けられたカラクリによって即座に伝わり橋の近くにいた永夜軍は流れるように避難する。
そうして誰もいなくなった広場に炎に包まれた物体が橋を伝って落下し、激しい土飛沫を上げた。
「……そ、空から何か来た」
「……………」
二人が呆然としている間にもえーりんやてるよ、護衛の人は馬車の後ろから体全体を覆うような服を取り出してその落下地点まで慎重に近づいていく。
急に世界観が変わってしまった、刀をガキンガキンやっていたこれまでの自分達の世界と目の前の出来事が食い違って二人は頭の処理が追いつかなくなってしまった。
「……え、なに?地球防衛って本当なの?じゃああの時きもんげの言っていた事も本当なの?え、あれ?」
「担ぐにしては仰々しすぎるみょん……」
「……とりあえず腰を据えてゆっくりしておいたほうがいい、こんな時こそゆっくりだろ?」
無茶を言うなと言いたい。格闘漫画が急にふぁんたじぃ漫画になったくらいの衝撃を受けて動揺しない方がおかしいだろう。
けれどそうは言っても何か二人にできる事があるというわけでもなく、結局ただただ目の前の非日常を見つめることしか出来なかった。
永夜国蓬莱城。
それは永夜の象徴ともいえる天にまで高くそびえる巨城。
だがその形は博霊や守矢とは少し異なり、全身が白い金属で覆われ要塞もしくはそれ一つが芸術品のようにも見えるのだ。
その蓬莱城の謁見場においててるよとえーりん、彼方とみょんともこうが向かい合うように座っていた。
「えーりん、先ほどの物体は一体何だったの?」
「どうやら無人貨物機のようで中には通信機と刀が一本があったようです、刀の方は封印しておきました」
「お疲れ様、それにしても通信機だなんてね、私達は野蛮じゃありませんって文明気取ってるつもりかしら?」
呆れたような顔つきでてるよはあくびをし、荘厳な間だというのにそのまま横になってすぅすぅと寝息を立て始める。
いくらなんでもそれは無いだろうと彼方とみょんは怒りだしそうになったがもこうが眼前に立ち必死に制した。
「あれはあくまで仮眠なんだ、本当に寝てしまったらテルヨフになって十年以上は起きなくなるんだぞ!」
「なにそれ!? なんでそんなやつが国主なの!?」
「何故かは知らんが国主なんだ、仕方ない、どうしようもない、諦めるしかない、こいつダメだ……早くなんとかしないとっていっつも思う」
もこうの諦め顔をみると本当にどうしようもないんだなと思うようになり二人は怒りを納め元の場所に戻っていく。
そんな二人の反応をみてえーりんは酷く落ち込み、てるよを部屋の奥に押し付けてそのまま説明を始めた。
「さて、とりあえず我々が覇剣をほっししている理由は言ったと思うけど……もっと説明が必要かしら」
「ゆむぅ、お願いするみょん。やっぱり分からないことが多すぎるでござる。
月の民の事、空の敵の事、みょん達では理解できないかもしれないけど一応教えてほしいみょん」
「そうね、じゃあまず月の民について……はなそうとおもいます。」
そう言うとえーりんは壁に設置されていた赤い突起を優しく触る。
すると誰も触れていないのに急に窓が全て閉まり灯りの無い謁見場は一瞬にして闇に包まれた。
「な!まさか罠!?」
「映像をながすための準備です。しばらくおまちください」
闇の中のため判別は出来なかったが天井から何か大きい掛け軸のような物が垂れ下がり壁のように一面を覆う。
一体何が始まるのか、みょんと彼方は警戒しながらもまだ見ぬ永夜の科学力に内心期待していた。
「わくわく」
「どきどき」
「……それでははじめます」
特殊な光が掛け軸に照らされ鮮やかな映像を映し出していく。そこに浮かぶのは青い星、そして妖しく光る月であった。
「ちなみにかなり長くなるので興味の無い人はとばしても構いません」
「誰に言ってるんだ?」
最終更新:2011年06月13日 21:52