「防衛線17m前進!!」
「親衛隊が増援に駆けつけてくれたおかげで戦況はこちらに傾いています!!」
「そのまま戦線を維持しなさい!でも油断はしない事!!」
なんとか調子を取り戻してえーりんは壁の時計を何度も見る。
すでに約束の2時間は過ぎた。後はただ連絡を待ち取りに行けばそれで戦いは終わりだ。
それを心待ちにし命令を下しながらそわそわしていると、真横にあった通信機が反応を示した。
「きたっ!………」
思わず表情を綻ばせるえーりんであったがすぐにその表情を強張らせる。
確かに通信機には反応があった、しかしそれはもこうとの通信機ではなく冥王星と地球を繋ぐ惑星間の通信機であったのだ。
どんなつもりで通信してきているかは分からない。だが、最後の通信にしようとえーりんはその通信機の応答ボタンを押した。
『この。……よくも、よくもあんなものを………』
まず最初に映ったのは羽鴇の憎悪に満ち溢れた表情であった。
羽鴇の後ろにはよりひめ以下他の冥王星の民がいて、誰もが羽鴇と同じようにえーりんに憎悪の感情を向けていた。
『ヤゴコロ様……いえ、えーりん。あれは何ですか?』
「……その言葉、私もさっき言っていましたね」
『あんなものを作って何をしようとしていたんだッッッ!!私達を虐殺するつもりだったのかァァァッッ!!』
冥王星の民の怒号が響き渡り司令部は再び震え、将校のてゐが思わず椅子から転げ落ちる。
それでもえーりんは妙に冷静で、挑発するかのように通信に応えた。
「別にあなた達には使いません。あくまで自衛のために緊急使用しただけです」
『ふん。本当に心まで穢れたのね。あなたとあなたの望む者を助けてあげようとしたけど、やめにした』
羽鴇のえーりんを見る目は完全に侮蔑と畏怖に塗れている。穢れたのならまだしも穢れを操ると言うのならもはや月の民にとって脅威にしかならないだろう。
「そうかしら?今戦場はこっちが優勢よ。そして時間稼ぎはもう終わり、あなた達の負けはもう目に見えているわ」
『……はっ。随分と余裕ね、でもその奢りももう終わり、私が今からうってでるわ』
その羽鴇の言葉にえーりんは驚きを隠せなかった。
今までクローン兵と生物兵器だけで冥王星の民自体が実際に戦場に出ることは無かったからだ。
さらに相手は盟主羽鴇、ハクアレイ砲の影響があるとはいえ彼女の膨大な神性は全て剥ぎとることは出来ないだろう。
そうなったら兵たちなどあっという間になぎ倒される。士気も下がるし、なおかつ今防衛線を下げられては困るのだ。
「い、いい根性してるわね……でも多勢に無勢よ。橋の上から叩き落とされればそれでおしまいでしょう?」
『ふん。戦場に長く居る必要はない。一回でも地表付近まで近づければいいの。そこまでたどり着ければ私達の勝ち』
「……そこまでたどり着ければ、穢れを排除する装置を作動できる、と言うわけね」
それこそが冥王星側の最大目的なのだろう。
クローン兵達もそれだけのために量産されていたというわけだ。
『そう。これを見なさい。これこそ冥王星の科学の結晶、無刀『禊』。地表に突き刺すだけで惑星の穢れを一気に吹き飛ばせるわ。
あまりにも精密すぎるから投げたり飛ばしたり出来ないけれど5mの高さから落とせばそれで十分。
さようなら、私達の敵。塵となって消えされ!!!!』
羽鴇はそう呪詛を吐き散らかし惑星間の通信は終わる。
その直後もう片方側にあった通信機が反応を示し、えーりんは余韻に浸る間もなくすぐさま応答をした。
『たった今完成した!!すぐに取りに来てくれ!!』
「分かったわ!!!」
とは言ったものの今から行って果たして間に合うのか。
羽鴇は恐らく残った神性をフルに使い相当な速度でこの地球に向かってきている。例え高速車を使っても時間は足りないだろう。
何か迅速な手は無いかと悩んでいると親衛隊の一人がてるよを抱えて司令部にへと入ってきたのだ。
「姫様!!!」
「話は聞かせてもらったわ。いくわよ!えーりん!そーれクイックターイム!!!」
てるよがそう叫ぶとてるよを中心に時空の渦が巻き起こり、えーりんとてるよ以外のすべての物体の動きが緩慢になった。
てるよのオリジナルとなった人の能力は「永遠と須臾を操る程度の能力」。それはいわゆる時を操る事に他ならず、こうして短い時間を長い時間にすることが出来るのだ。
模倣に過ぎないため戦場で使えるほど有効人数は多くないが、今の状況ではこれで充分であった。
「えーりん!」
「分かりました!エッグプラント!トランスフォーーム!!」
えーりんが空中で一回転するとその姿はゆっくりの姿からお彼岸で使うような茄子の馬に変形する。
何かゆっくり成分少ないなと思ったけれどこれで
ゆっくりできるね!茄子の馬がゆっくりかどうかは分からないが。
そのまま同時に現れた馬車にてるよを載せ、茄子の馬は司令部からそれなりの速度で出ていった。
「……姫様」
「分かってるわよ、今あの橋を壊したらまず間違いなく羽鴇も……でもやるしかないわ」
時間操作により体感時間は五分くらいであったがえーりん達はものの10秒でもこうの工房へと辿り着く。
時間が惜しいためそのまま覇剣を持っていこうとしたが運悪く覇剣は彼方の手に握られており、仕方なくてるよ達は彼方ごと覇剣を持っていった。
「それにしてもみょんさんは~………ってなんじゃこれーーー!!!」
「説明は後!!早く戦場に行くわよ!」
茄子の馬はもこうの工房から戦場に向けて走り出す。
その途中みょんとうどんげがなんか転がっていたを見かけたのでもののついでにてるよ達はその二人を拾い上げた。
「それにしてもかなた殿は………って何が起こったみょん!?超スピード!?催眠術!?」
「なんかこのてるよが………ってみょんさんその傷どうしたの?」
彼方とみょんが互いに何が起こったのかを話し合っているその傍でうどんげは横になっている。
そのまま目を瞑ろうしたがえーりんに話しかけられて視線を茄子の馬に移した。
「うどんげ」
「師匠………も、もうしわけありませんでした………」
「こうして生きてくれただけで十分よ。でも後でお仕置き」
「…………げら」
残念そうな顔をして、でもどこか笑いながらうどんげはゆっくりと再び目を閉じる。
歪な顔も目を閉じればそれなりに整ったもので、てるよはそんなうどんげに毛布をかけた。
「…さて、今から最終作戦の説明を始めます。心して聞くように」
「えっ!?みょ、みょん達が橋を壊すのでござるか!?」
「そうです、元々その役だったきもんげ宰相を倒したのは一体誰ですか?」
そう言われてはみょんも彼方も言葉が出ない。
それにあのきもんげが言っていたことは結局全部本当だったのだ。今は反省している。あの顔に謝る気にはならないが。
「……まぁどうせその娘は私達に渡してくれそうもありませんからね」
「よく分かってるじゃん、にゃひひ」
「いばられた……では説明を始めます。
作戦自体は簡単、橋のとある一点にその覇剣を深く差し込むだけです。
そうすれば橋にかかっている魔術結合が破壊され、エネルギーの奔流により橋は崩壊します。
場所はおよそ183m付近の光が歪んでいるところ。一応目印は付けておきましたがこの戦いで残っているかどうか……」
「なんだ、結構楽そうじゃん」
「けれどもし別のところを突いたら恐らく折れます。そしたら全てが終わりです。絶対に一発で成功させてください」
そっけないえーりんの言葉にみょんと彼方は思わず顔を青ざめてしまう。
なんてこった、普通に旅をしていたはずなのにとんでもねぇ役目与えられちまったぞ私達。
「……まさか世界の命運を握らされる羽目になるとは……」
「で、でもやんなくちゃいけないんだし……頑張ろうよ!」
残されたわずかな時間で二人は体と心を休め最大の作戦に向けて出来るだけの準備をする。
そして茄子の馬は橋のふもとに辿り着き、二人は勢いよく馬車から飛び出した!!
「いくぞーーー!!!」
てるよの能力にも限界が来たのか風景が動き始め、二人の時間と周りの時間が徐々に同化していく。
彼方は覇剣とみょんを両手に銃兵達の間を抜け、光り輝く橋にへと足を踏み入れた。
「戦ってる暇は無い!!潜り抜けろぉぉぉぉ!!!」
「おりゃああああああああああああ!!!!」
刃と血飛沫が飛び散る戦場を彼方は力強く走り抜け目的地点を目指していく。
血の臭い、戦場の臭い、肉の臭い、灰の臭い、菓子の臭いが鼻につく、こんな所で皆は命をかけて戦っていたと言うのか。だがそれもすぐに終わる。
「見えた!!あそこに印があるでござる!」
「治った覇剣の力!とくと見よ!とりゃああああああ!!!」
覇剣を鞘から引き抜くと刃から強靭な光が放たれ、みょんを含めてその場にいる誰もがその光に驚愕した。
しかも以前見た光よりもその輝きは増していて、その光を受けているだけでも命が芽生えてくるように感じられたのだ。
これが本当の覇剣の輝きだと言わんばかりに彼方は覇剣を振り回し、そのまま目的地点に向けて刀を突こうとした。
「いまだ!いくぞ!突きさすぞ!とりゃああああああああああああああ………?」
だが、近くにいた兵が驚いてバランスを崩してしまい彼方はそれに巻き込まれて一緒に倒れてしまった。
しかもついうっかり覇剣から手を放してしまい、そのまま覇剣は放物線を描くように宙を舞っていったのだ。
「あ、ああああああああああああああ!!!!」
「う、うおりゃあああああああ!!!」
もし橋の下なんかに落としたら全てが終わりだ、だがいくら手を伸ばしても彼方の矮躯では覇剣に届かない。
全てを諦めかけた瞬間、彼方の腕からみょんが飛び出しそのまま覇剣を掴んでいった。
「みょんさん!!」
「真剣を扱うのは……久しぶりでござるな!!」
空中でみょんは器用に覇剣を咥え、刃の先を目的地点に向ける。
その間にもう障害物は無い。後はこのみょんに貫ける力があるかどうかであった。
「真名流!!『降魔釘打』!!!」
彼方よりも小さな体でありながら覇剣を勢い良く振り回しそのままみょんは覇剣を目的地点にへと突き刺した。
覇剣は折れることなく橋の破片を散らしながら深く深く刺さっていき、鍔のところでようやく勢いが止まった。
「………」
刀を刺した瞬間から橋を覆っていた光は次第に失せ始め、橋全体から何か乾いた音が響いてくる。
すぐに大きな変化は無かったが、永夜の駐屯地の方から一筋の花火が上がりそれとともに兵達が一斉に地上の方へと戻り始めていった。
「撤退!撤退ーーーー!!!」
「みょんさん!!私達も早く……」
「………抜けない」
そんなみょんの言葉を聞いて彼方は一瞬頭の中が真っ白となってしまう。。
重力と自分の力を合わせることで橋を貫く事は出来たが、みょんの己が力では覇剣を引き抜く事が出来なかったのだ。
すぐさま覇剣を引き抜こうと彼方はみょんに近づく。その際クローン兵が襲いかかってきたりもしたが蹴り飛ばして橋の下にへと落としてやった。
「ゆ、ゆんしょ!ゆんしょ!」
「そいやさーーーーーー!!!!」
覇剣を引き抜くのにはそう時間はかからなかったが、その頃には橋全体に変化が訪れていた。
綺麗な阿弥陀を描くように橋全体に亀裂が走り、一つ一つのパーツが結合力をなくし重力に惹かれ始めていったのだ。
「う、うわーーーーーーーーーーー!!!!た、たすけてぇーーーーーー!!!!」
「あいつらを追うなぁぁ!!!逃げろォォ!!!」
クローン兵達は一斉に大パニックになり統率も秩序もなくなって誰もかもが落ち着きをなくす。
ただ逃げ遅れたものはあまりにも容赦なく橋から落ち、穢れによってその身を崩していった。
「わ、私達も逃げろおおおおおお!!!!」
もう覇剣を鞘に仕舞う時間もない。彼方はみょんと剥き出しの覇剣を両手に必死で橋をかけ下りていく。
広がった亀裂をも華麗に飛び越えようやく地上が近くに感じられるところまで来たが、そこで彼方は小さな亀裂に躓きすっ転んでしまった。
「か、かなた殿!!」
「みょ、みょん、さん」
起き上がった時には既に彼方の乗っていた橋の部分が落下を始め、彼方の体も重力に惹かれていく。
みょんはすかさず隣のブロックに飛びのり彼方に対して揉み上げをさしのべたが、彼方がそれを掴んだ瞬間にみょんの乗っていた部分も落下をし始めてしまった。
「あ………」
「う、うおおおおおお!!!!」
みょんは必死に髪を動かして浮こうとするがそんなことで浮けるはずもない、二人の体は非情にも橋とともに落下していった。