何だか疲れる戦い-2



 それから後の事はしばらく、肩身が狭いの一言。
 天狗代表の天魔や、神社のもう一人の神様は勿論の事、ゆっくりの方ではない本物の八雲紫への
謝罪。
 巫女さんは出向いてこなかったが、自主的に皆謝りに行った。
 また、比喩でも何でもなく、本当に勇儀は山を「割って」しまったので、麓の付近にいくつかの
農家まで様子を見に行かねばならなかった。
 亀裂が走った部分には、沢等が通っていなかったので、河童達の生活には問題は無いようだった
が、この惨状はこれからずっと残るだろう。
 なるべく知られないように穏便にはかりたいと関係者全員が思っている事だが、この深々と
山に刻まれた傷を見るたび、鬼には頭が決して上がらない事を妖怪達は思い出すだろう。
 さとりがとった処理の判断は、基本的にどれも正しかった。
 周りの心情を読んだだけと言えば身も蓋もないが、ヤマメ達は、改めて自分達の代表が代表たる
所以と、頭が下がる思いだった。

 こうした処理に全員がそれぞれ奔走する事1週間。

 当の勇儀は入院中である。
 最初は、誰よりもボロボロの体で、必死に処理を手伝ったが、やがて昏倒した。
 大分回復し、床で上半身だけ起こし、今は水橋が剥いてくれた桃をもしゃもしゃと噛んでいる。
 鬼に、ここまで負担を負わせるとは……
 たまに見舞いに現れるゆっくりのゆかりへの気持ちが、胡散臭さから、恐怖に変わりつつある。
 橋守の仕事はどうなっているのか、病室に住んでいるのではないかと思う程、水橋がいつもいる。

 「ゆっくりよくなってねー」

 今日は件のチビゆっくりを連れて、キスメとヤマメがやって来ている。
 先程まで、おりんとお空、更にはこいしもいたらしい。
 ややあって、さとりもやってきた。
 水橋が剥いた桃と林檎を結局全員で食べながら、ふとキスメが尋ねた

 「あの技、何だったの?」
 「技って?」
 「柱、すり抜けてた」

 ああ………「奥義」とはいうものの、正式な名前がまだできてないんだが……
 と、勇儀は照れくさそうに説明する

 「あれは、ゆっくりの『応用技』なんだ」
 「『おうよう』?」
 「ある意味邪道かもしれないんだけどな………だけど、皆驚いただろ?」
 「キスメも、このちびちゃんもできるかな?」
 「ちょっと練習すればできるとも!」

 その原理は

 「まず最初は、こちらから攻める事は一端忘れて、相手の攻撃を避ける事に専念する」
 「専守防衛ってことね」
 「受け止めたりどうにかするんじゃなく、避けるんだ。それもゆっくりするだけゆっくりして、
  ギリギリまで我慢してゆっくりしてから避ける」
 「危なくない?」
 「勿論危ないけど、慣れれば相手が止まってるようにしか見えなくなるよ」

 そんな世界にいたのか……
 改めて高次元な世界に戦いだったと思い知らされる。

 「それを覚えてゆっくりギリギリで待った後は」

 そのゆっくりしていたのをバネに、全力の速さで、攻撃を避ける

 「残像が見えちゃうくらいにな」

 ここら辺が、ゆっくりを利用した動きとはいえ、ゆっくりしていないには違いが無いので邪道
かもしれないと勇儀は語る。

 「で、その残像が消えない内に、元の位置に戻って、何事も無かったかの様にするのさ」

 実質、これでは確かに透けているのと変わりは無い。
 成る程、不可解だった現象がようやく分かった。

 「いや、今度練習するけど、それ口でいう程簡単じゃないよ!」
 「―――それを覚えるなんて、よっぽど暇を持て余してたのね。余裕だこと!」
 「がんばったね!!! ゆうぎおねえちゃん!」
 「ねー」

 皆が盛り上がる中、快活な咀嚼音とともに林檎を飲み込んで、何気なくさとりが言った

 「『元の位置に戻る』必要ってあるんですか?」
 「えっ?」
 「いや、だから……」

 場は静まり返った。

 「一度避けて、また何で気づかれないように戻る必要ってあるんです? ちょっと読めないん
  ですが」
 「相変わらず、何を 言っているのか さとり様は 解らないよ」

 ゆっくりした分、早く動けるのは理解できる。原理も解る、とさとりは前置きして

 「でも、それだけ早く動けるなら、他の攻撃がまず当たらない場所に行くか、その勢いで相手を
  攻撃するとか色々使えると思って」

 今度は、寝台の上の勇儀まで、憐れむような目でさとりを見つめ始めた。
 誰も言わないので、嘆息しつつ水橋が代表して言う

 「それじゃあ、すり抜けたように見えないでしょう」
 「そう見せる必要がどこにあるんです」
 「さとり様、本当に面白い事言うね」
 「ゆっくりできないじゃないか!!!」

 ややあって、さとりは全員の心を能力で読み始めた様子だった。割と慣れているし、これなら一々愚かな質問を受ける事もないだろうと思って皆抵抗はしなかった。
 少し気まずそうに、しかし思い切ったようにさとりは言った。


 「ゆっくり なんて戦いのほんの一要素に過ぎないじゃないですか」


 ガタッ と勇儀は思わず立ち上がろうとしたが、激痛でまた臥せってしまう。水橋が慌てて介抱
し、キスメとチビゆっくりは目を見開いてさとりを睨んでいる。
 ヤマメは、何とか口に出せた

 「言って良い事と、悪い事がありますよう。姐さん、そのゆっくりした末に、ここまで体を鍛え
上げて、結果入院してるんですよ!?」
 「ゆっくりの重要性は解りますが、全てではないでしょう」

 チビゆっくりは、心底他者を見下しきった顔を浮かべ、キスメと目を合わせて頭を振った。

 「元々、戦いにどうしても必要なのはスピード。それを適所適所で効率よく、かつ瞬発的に最大
限引き出すために、ゆっくりがあると思っていたんですが」
 「「「「全然違うな」」」」」

 ここで5人の声が揃った。
 流石にさとりも耐え兼ねたのか、珍しく怒りを含んで言い返した。

 「ゆっくりする だけなら私にだってできますし」
 「ほほう……」

 病室は一気に険悪に。
 うず高く積まれた見舞客からもらった土産の箱の山の一角が崩れ、花瓶の花が、何故か、枯れた。

 「やってもらおうか」
 「ここが個室で良かった。ちょっと、どかしてもらいますね」

 さとりはテーブルその他、色々な器具と勇儀の寝台も少し動かして室内に大きなスペースを作り、
その中央にテーブルを、そしてその上に、林檎を一個だけ置いた。

 「では行きます」

 そして、その周りをグルグルと走り始めた。
 そう――――歩いてすらいない。たったっ―と軽快な靴音を立てて。
 あれだけ馬鹿にされてこの光景であるから、皆容赦はしなかった。

 「ぎゃはははははははは!!!」
 「ううぇっうぇっうぇ」
 「見たあ? ゆうぎおねえちゃん。あのさとりさんのゆっくりしてなさっぷり」
 「さとり様早過ぎ 馬鹿じゃねーの?」
 「そのゆっくりしてなさが嫉ましいのを通り越して笑えて来て、更に一周して嫉ましいんだけど
  そこから笑いがこみあげてまた嫉ましくなってくるわ。あははははは」

 惨めな敗残者を見つめる眼差しの5人。
 対して、さとりは茸の仲間を魚の一種だと勘違いしておりそれを指摘されたにも関わらずむきに
なって自説を押し通す、愚かで頑固な学生でも眺める、妖艶な女教師の様な目つきで悲しそうに
5人を見返している。
 それにしても早い。
 最初はランニング程度だったが、その勢いは止まらず加速していく。

 「あー腹痛い」
 「何よ何よあの速さ」
 「ああーあ…… ついに残像まで見え始めちゃったよ」
 「あんなに早く動けるんだねえ 逆に尊敬しちゃうわ」

 そう、本当に早すぎていつしか約10人程度の分身したさとりが、テーブルを囲んでいる状態だ。

 「さとり様、もういいですよ。ゆっくりなんて……」
 「あなた達の目は本当に節穴。いっそ無い方が良いんじゃないですか?」

 さとりは、なおも自説にしがみついて図書館にも行けなくなってしまった哀れで愚鈍で矮小な
男子生徒を結局捕食する寸前の妖艶な女教師の様な冷酷かつ熱っぽく見下しきった眼で嘆息した。

 「―――ここまで言って分からないとは…… 地底生活も平和になりすぎたのね」
 「何を………」
 「皆それなりに修羅場をくぐってきた者達ばかりだと思っていたのに…… どれ」

 誘う様に、思わず全員鳥肌が立つような流し目で声のトーンまで変えて続けた。

 「私を触ってごらんなさいな」
 「そんなに早いんじゃ、けがするんじゃ……」
 「いいから」

 恐る恐る、ヤマメから軽く触れた。

 「―――……えええ」

 驚きの声。
 続いて水橋も気になって触ろうとしたが、さとりは反対方向から触るように促した。
 そして悲鳴があがる。
 キスメと、チビゆっくりもそれぞれ別の場所から。
 動けない勇儀は目を見開き、大汗を流しながら見守っている。

 「こ、これは………!」
 「信じられない………」
 「さ、さとり様が」
 「た、たくさん?」

 高速で移動しているため、多少の怪我は覚悟していた。
 しかし、ヤマメはゆっくりと、さとりの体温も、柔らかい肌も感じる事ができたのだ。
 それは、殆ど移動することなく、ずっと手の中に

 同じことが、別方向の3人にも起こっているのだ。

 すなわり、さとりが本当に10人テーブルの周りを囲んでいることになる。

 「い、一体どういう現象なのですか!?」
 「言ったでしょ……ゆっくりするだけなら、私にもできるって」

 最初は、高速で動いていたはずだ。
 まさか……

 「そう。そのまさか」
 「徐々に……ゆっくりと速度を落としたんですね!?」
 「解らないように、ゆっくりと、ゆっくりを始めたんです。
  今の私は、あまりにもゆっくりし過ぎて、早く動いているようにしか見えないでしょうね
  ―――まあ、あなた達にとっては、  最初が早かったから『邪道』とか『応用』という
  事になるんでしょうが」

 高速からの、ゆっくりへの転換――――そして、残像が産まれるほどのゆっくりとは!
 あまりにゆっくりし過ぎて、この残像はもはや残像ではなく、本当にさとり本人がいる事と
変わりはないのだ。

 「すごい、こんなにゆっくりできるんですね、さとり様!」
 「馬鹿にしてすみませんでした!」
 「いえいえ。私もあの男前のゆっくりに教えてもらっただけですから」

 ややあって、さとりは懐から果物ナイフを取り出した。
 そして、中央の林檎を切る。
 一瞬で、林檎は皮をはぎ取られ、綺麗に切断され、10個の兎がテーブルに並ぶ。
 もの凄い技術だ。

 「――――!!!!!!!!!!!」
 「こ、この林檎がもし……」

 対戦相手だったら。
 これ以上の恐怖はないだろう。
 恐ろしい応用技があったものだ。
 同時に、さとりはゆっくりをあまり良くは思っていない様子だが十分な脅威を見せつけてくれた。

 「さとりさm………」

 それを訪ねようとした時――――ヤマメは、自分が既に10人のさとりに囲まれている事に
気が付いた。



 早い。


 そして、もうゆっくりとし始めている。




 「い、いやあああああああああああああああああああああああ!!!!」
 「さ、さとり様、何て事を!」
 「おい、そりゃ無いぜ!!!」
 「今まで酷い事を言った事は本当に謝ります! だからヤマメをそんな目にだけは……!」
 「ごめんなさいごめんなさい………」

 全身が吸い込まれそうな深い目で見つめられ、思わずヤマメは座り込んだ。
 これ程の恐怖は、あの巫女さんとの対戦でも感じなかった。
 ガタガタと振るえる自分をみっともないとは思ったが、このゆっくりから逃れられる自信は無い。

 「心から反省している様ですね……」
 「そりゃあもう!」
 「ならば……………せいぜい抵抗してごらんなさい?」
 「う、うわあああああああああああああ!!!」

 全力で病室の中だというのに弾幕も、体内の糸も発動させ、さらに迫りくる周囲のさとりに、
全力で蹴りと拳を見舞った。



 「きゃんっ」



 そのまま、きれいに10人分のさとりが後ろにのけぞったのは、一瞬だった


 弾幕・糸・拳・蹴り・その他の能力全て、ヤマメの持つ技術を総動員させた攻撃が綺麗に当たった
痕跡が顔面にあった。

 「あ………」
 「そうか…………」

 心を読む能力は無くとも、皆、もう理解していた。
 勇儀は、寝台でとにかく脱力仕切ったやる気のない顔になっている。


 周囲に、実質分身しているのと同じ状態で、相手が10人。
 それも、ゆっくり動いているのだとしたら……


 「どこを狙っても、ダメージが………」
 「高速での残像だと、避けられる確率の方が高いですし、攻撃した側が負傷する恐れがあるん
  ですけどね……」


 このまま一緒に入院するべきではないかと思う程怪我をしたさとりは、ゆっくりと穏やかに立ち
上がった。
 その目は、あの妖艶な女教師のそれではなく、優しい皆の母の様な暖かさがあった。

 「さ、さとり様、その事を私達に教えてくれるために……」
 「理解してくれたなら本望です」


 さとりが、再び卒倒するのと同時に、4人の地底の妖怪達は――――夢から覚めた。
 そして、ここに至ってようやく重要な事に気が付いたのだ。








 ―――――実戦中に、ゆっくりし過ぎてはいけない―――――






 「そうなの?」

 寝台の上から、気まずそうに勇儀はチビゆっくりに尋ねた。
 元気よく、チビゆっくりは可愛らしく応えた。


 「そうだよ!!!」




                 了

  • 登場キャラの一人ひとりに魅力を感じました
    何気なく勇儀のことを思っているパルスィとか、すごく良い
    姐さんとかギャグかと思ったら山割る辺りやっぱ侮れないわ
    そして突っ込み役だと思ってたさとり様が真の力を発揮したあたりから色々おかしくなったw
    展開が転がってぶっ飛んで斜め上にすっとんでいったような感じw -- 名無しさん (2011-06-18 01:10:03)
  • このシリーズは、妖怪の陰鬱な側面→ゆっくりとの出会い→変化する常識の流れが秀逸すぎる。
    ちょっと頭抜けています。 -- 名無しさん (2011-06-18 13:06:47)
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最終更新:2011年06月18日 13:06