何だか疲れる戦い-1

※ゆっくりの出番が若干少ないです
※東方原作キャラがに関しての独自解釈と妄想があります

※手前味噌ですが、 拙作「自重不足の背中」・「訳のわからない戦い」と繋がっているので、
 そこを見ると色々解るかもしれません

※物理とか色々細かい事を気にしてはいけません








 「八坂神奈子。勝負だ」

 夕暮れ時、境内にて戦いは始まった



 話は2週間ほど前にさかのぼる。
 午後に旧都の一商店にて、店員と客に小さな諍いがあったのだが、ヤマメと水橋がそれとなく
事に気が付いたのはその時だった。
 酔った訳でも無いのに、会計を並んで待っていた一妖怪が痺れを切らして店員につかみつかった。
ヤマメと水橋は同様に後方で並んでいた。いい迷惑だった。客の妖怪は馬鹿で腕節の強そうな山童
で単純に関わり合いになりたくないが、却って時間をとられるのは面倒だった。
 街中の弾幕は節度が無い。腕力で諭すはあまりに疲れる。
 「感染症」も「嫉妬心」も、この場で操った所で被害が拡大するか役に立たないだけだ。
 仕方なく、二人でニヤニヤと堪忍袋の緒が切れる直前の店員(お歯黒べったり)を鑑賞していると、
声をかけられた。

 「おお、ゆっくり待ってるねえ」
 「あら、姐さん」

 買い物袋を抱えた勇儀だった。やたらめったら美味しそうな果物がはみ出していた。

 「ありゃ、何だい。随分怒ってる奴がいるが、会計が何かやらかした?」
 「ただ、順番を待ちきれなかった、馬鹿で短気な客よ。従業員も無能だけど、八つ当たりだわ」

 夜食用に簡易な駄菓子のセットを買っただけの水橋は、早くも勇儀の袋の中身に嫉妬している。

 「ふむ。まあ、あんた達はゆっくり待ちなね」
 「―――へえ」

 珍しい。
 完全に非は客にあるのだから、ここはある程度は怒ると思ったのに。

 「らしくないですねい。姐さん。ドカンとやっちゃってくださいよう」
 「う~ん……確かにあの会計も見てらんないな」
 「そうですぜ、勇儀の姉御ぉ」
 「あたい達より効果ありますって!」
 「頼むでありんすよー」
 「あんた達にゃ、こういうのは自分でやってほしい所けど………」

 これは、皆ゆっくりできんわな と、ぽつりと言ったのが2人には聞こえた。
 何だそれは。
 付き合いは長いが、そんな理由は初めて聞く。

 「どおれい、山童ぁ」

 不自然に間延びした上に、異様な程低い声で緩慢に勇儀は店員と激昂する客の間に割って入った。

 「何だてめえ ―――って姐さんですかい」

 勇儀は答えなかった。
 丁寧に両者を引き離すと、今度は彼女がお互いから言い寄られた

 「ちょっと聞いて下さいよ勇儀さん! この野郎順番も待てないでいきなり割り込み始めやがり
  ましてねえ!」
 「こいつらがチマチマやってるのが、俺達に迷惑なんでさあ!教育がなってませんぜこの店は!」

 なおも彼女は黙っていた。
 笑ってもいなかったが、説教する時には、鬼らしく自前の鋭い犬歯を覗かせたり鋭い爪を鳴らし
たりする所を、今は何もしない。
 腕組みだけしている。
 一瞬間が開き、更に焦った様に客と店員は勇儀にそれぞれの相手の非を主張し始めた。
 勇儀はなおも黙っている。
 かたずを飲んで皆が見守っていると、次第に二人は声を低めた。
 多少気が済んだという事もあっただろうが、明らかに怯えている。
 勇儀は、ややあって腕組みしたまま、口を開いた。

 「――――……えらいすんません」
 「ごめんなさいごめんなさい」

 何も言っていないのに……と、逆に彼女は肩透かしを食らったような顔をしたが、店員の肩を
ゆっくりと押して受付に戻し「もうちょい頑張れ」と変に間延びした声で言った。そして客の方は
首根っこを優しく掴んで、ゆったりした足取りで最後尾に連れて行く。
 はっきり言う。
 怖い。
 どなったりはしなかったが、皆、無言だった。
 正面で対峙したあの二人の恐怖はいかほどのものだったかと、ヤマメと水橋は顔を見合わせた。
 それもあったか、手早く会計は終り、二人が外に出ると、勇儀は待っていた。

 「やあ、お疲れ」
 「……さっきはどーも!」
 「本当にあんたって良い身分ね」

 水橋は一瞬顔を緩ませたのに、すぐにしかめると毒を吐き出した。

 「ただ突っ立ってるだけで周りはビクビク。逆に言えば、あんたが割り込みしても誰も文句は
  言わないでしょうね。
  まあ、そんな事するはずないけど。常識的にふるまっただけでただただ評価があがるなんて。 
  あやかろうって気にも嫉ましさも起きないわ」
 「まあよ。だからサービスすんのさ」
 「とにかくありがと……」
 「これやろう」

 勇儀は袋から、その美味しそうな果物を出して二人に手渡した。
 と、彼女の頭上の空間に、見ていると嫌~な気分になる裂け目の様な者が開く。
 そこから、生首がポトリと落ちてきた。
 地上のスキマ妖怪の首だった。

 「ゆっかり頑張ったわねえ 勇儀ちゃん」

 声質だけなら艶のある成人女性の声とも取れなくはないが、わざとらしくやたら喉に閊える様な
過剰な色香を意識した音色なので、胡散臭い事この上ない。
 ゆっくりという、謎の生物の一味だろう。
 一味というと、何かの組織の、それも悪どさなどを伴った響きをつけての呼称だ。この連中を、
ヤマメはなんだか生物の一種 と捉えたくなかったので、この呼び方を使っている。
 そうすると却って更によく解らない存在となるのだが、そちらの方がやはりふさわしいと思って
いた。

 「ゆかりん。さっきほら、ゆっくりしてたら、意外と早く終わったぞ。こっちが手を挙げる事も
  なくね。やってみるもんだな」
 「えらいえらい…… 本当によくできる娘になってきわあ ゆーぎちゃんんっ」
 「いや、自分でも驚いてるよ」
 「調教しがいがあったわぁん」
 「えっ」
 「まあ、あの程度の雑魚には、私の教えた奥義を展開する必要もなかったかしらん……」

 ボタボタと水音がするので、横を見ると、水橋が何かを下に垂らしていた。
 片手で、先程勇儀がくれた決して小さくは無い果物(多分パイナップルとかいう奴だろう)を握り、
それが果汁を絞っているのだと解った。
 表情は変わらない。
 感情は全てその手に集中している様だった。

 「おい、パルスィ………」
 「誰?あの翡翠が脱腸したみたいな声の生首」
 「ゆっくりゆかりんとかいう奴さ。 姐さんが、何かの技術を教えてもらってると言う……」
 「へえ。ついに子ども好きもそこまで高じたのね。小さいって可愛いわよね。丸っこくて素直で。
  で、行き着いてこれ以上小さくできないくらいまで行った結果が首だけ って訳?」
 「何を言ってるのかさっぱりだな、パルスィ。どうしたそんな顔して」
 「あらあら、鈍いわねえ ゆーぎちゃん」
 「―――……姐さん、そろそろ時間じゃない?」

 気を使ったつもりで、ヤマメは言った。
 水橋からしたたり落ちる果汁の量は直も増える。
 ゆっくりゆかりんは―――妖怪のヤマメから見ても、驚くほど悪辣な顔で笑っていた。

 「あ、すまない。 じゃあ、また今度!」

 勇儀がてくてく緩慢に走っていくと同時に、また空間にスキマが開いてその中にゆっくりゆかり
も消えていく。
 二人とも何を目指しているのかは知らないが、とにかくゆっくりしているとヤマメは感心した。
 それにしても、「奥義」とは何なのだろう? ゆっくりから学ぶことがあるのは解るが、「奥義」
とは大仰な。
 疑問に思いながら、水橋と別れて別の場所でタバコを一服し、職場に戻ると、列ができていた。
 勇儀がまだ戻っていなかったので、待っている者がそれだけいたのだ。
 何をやっているのかといぶかんでいると、焦りながらも、ゆっくりと勇儀はやってきた。足取り
がゆっくりなので、どうやら道草を食っていた訳では無いらしい。

 「すまない…! これをやろう。ほれ、お前さんにもやろう」

 決して安くないだろう謎の果物を、袋から惜しげもなく勇儀は1つずつ出して並んでいる者達に
後ろから配っていく。
 ついに自分の所に来た時には、ても小さな林檎一つだけ残っただけだったが、それを丸ごと口に
入れ、全く惜しいという顔もせずに、勇儀は生き生きと受付を始めた。
 その後の仕事も、決して早くには終わらなかったが、てきぱきと正確に行った。

 (変わったなあ、変わり続けてるなあ、姐さん)

 口には出さず、ヤマメは憧れの目で見てしまう。

 (良い事なんだけどね―――― ゆっくり かあ)

 皮肉では無く、良く変わっているのだが………
 時折、あの本物同様胡散臭い事この上ないゆっくりのスキマが、勇儀の近くに開いている様な
気がしてしまうのだ。

 そんな頃だっただろうか………




 ―――勇儀が、守矢神社へ戦いを挑みに出かけたのは




 話を聞いた時、ヤマメはそれとなく「奥義」という単語を思い出していた。
 報せは血相を変えた水橋から聞いた。
 置手紙があったのだという。
 内容は簡潔。
 行先と、かの先日の異変の元凶の元凶・八坂神奈子との決闘を行うとの旨。
 水橋にだけわざわざしたためたのは、無事に戻ってくる自信はあるし、誰にも
心配はかけさくたくないが、万が一の時に備えて、彼女だけには知らせておきたかったらしい。
 水橋は矢も楯もたまらずに、飛び出していった。

 これが、どれだけ問題か………

 勇儀は軽はずみな妖怪ではない。色々な覚悟があっただろう。
 生半可でない膨大な思いを抱いていたのだろう。それはヤマメにはちょっと想像できないほどの
 だからと言って……

 「まずいだろ! 勝てる勝てない以前に!」

 キスメと二人で、地霊殿の本部へ向かい――――お燐達もいないようなので、一直線にさとりの
自室へ。
考えてみれば、意外とつながりをこうした時以外持っていなかったと反省する。
 ノックする間もなく、まずは開けると――――


       .._____..   ________   _
      /    ヽr"     "ヽ/(.
     ノ   r ============r  )
    (  r"v''ヽ         --.. `ヽ,
    /  \/    i      r ハハ
   ∠  .//       人     人  <
   ノノ // r   ノ/ ノイノレ' レヽ`ヽ
  (  ( (  i ノ ttテ‐ァ  rtテ'ァハハ ,,.)
   )ノ ヽヽノ |, ″ ̄    ̄"りハj   ・・・
    (ヽソ ノヽ,      ´   i  \
     ) ヽ人ノ,ゝ    -=‐  /( ノノ
      ノノヽ ( ヽ、    ,,.イ_リ
      ノ )   \ ̄ ̄i,/=\ヽ



 ちゃんといてくれた事に、二人は安心した。
 ついでに思った。

 (やだ……さとり様、しばらく見ない間に何かこう………)
 「うわあ、さとり様かっこいい」

 たくましいとか、凛々しいとか、カリスマとか、そうした表現や褒め言葉よりもっとふさわしい
言い方があるとヤマメは考えた。
 やや間をおいて、良い単語を見つけた。
 「男前」 である。
 よく見ると、西洋風の男装をしている。背広というやつだろう。昨今の外の世界で、人間男性は
大抵商用にて必ず正式に着用するらしい。
 いつもは、(勿論無関係であろうが)何だか幼稚園児の様な服装なので、素材以上に幼く見られて
しまうさとりだ。
 勇儀だけでなく、自分たちの取りまとめ役にまで一体何が………と考えた所で我に返る。

 「さとり様、落ち着いて聞いて下さい」
 「ノックもせずに入って来るなりそれか。自分の言っている事が分かっているか?」
 「え?」
 「落ち着くのは貴様だろう。己を振り返ってからものを言えという事だ」

 更に良く見ると、首から下も、何やら違う。
 幼児どころか、少女の体系ではない。
 かっちりした服のため、中の様子はうかがえないが、これは………

 「―――………すごい体格ですね、さとり様」
 「用件は何だ。」

 表情は変えないが、明らかに苛立ちが言葉の隅に見え隠れしていた。さらに良く見ると、何か
鉄製の筒のようなものを携えていた。何かの武器だという事は想像できる。
 キスメと並んで硬直していると、さとりは一人で勝手に合点していた。

 「なるほど。星熊が地上へか。軍神と鬼―――――理由や検討は知らないようだな」

 心を読む程度の能力は助かる

 「どどど、どうしましょう……」
 「そうだな。私一人には決めかねる」
 「―――…さとり様が決めないで誰が決めるんですか………」
 「部下が独断で組織の不祥事をもみ消すのはいただけん」

 と、さとりは立ち上がった。
 10頭身はあった。
 鍛えたとか、そうしたレベルの話ではない。
 本当に何が起こったのかとキスメが悲鳴をあげた辺りで、部屋の向っておくの扉が開いて―――
小柄な者が入ってきた。
 さとりだった。ヤマメよりも小さく、あの幼稚園児の様な服を着ている。

 「おや……その様子は…………」
 「さ、さとり様がふたり!!?」
 「ヤマメにキスメさん。あなた達も適当な事を仰いますね。私は一人しかいませんよ?
  何を間違えているんです」
 「片方は男前、片方は幼女!?」
 「あ、てことはこっちが本物か……悩むまでもなかったなあ……」

 何故、二人いると思った?
 それでは男前の方は

 「誰だよお前」
 「ゆっくり、下がっていなさい」
 「承知しました」

 静まり返った室内で、恭しくさとりに従い、男前の10頭身のさとりは退室していった。
 音も無かった。しばらくして、震えながらヤマメは言った。

 「ゆっくり?」
 「今見た事は忘れてください」
 「いや、でもその」
 「ふむ………どうやら、『ゆっくり』自体は知っている様ですね。しかし、限られた者だけ
  接してきたと見える。いいですか? 何でも自分の見ている常識が全てだとは思わない事です。
  特にゆっくりは、自分の知っている常識が大幅に通じない事がある」

 それは百も承知だが、驚かずにはいられない。
 驚きが大きすぎて、何から説明すればいいか迷い、ヤマメは口だけを動かした。
 しかしさとりは

 「さて………本題ですがこれは一大事」

 便利な能力だ。
 お互いの説明能力の良しあしに関わらず、もう事態を把握してくれた。

 「以前、夏ごろ地上であの神様とは諍いがあったとは本人から聞いています。あの性格ですから、
  恨みへつらみを根に持っての行動ではないでしょうが、やはり負けたままは納得いかなかったん
  でしょう」

 相手の神様の態度に関わらず、余程強ければ強いほど………鬼の性ですね――――と、目を閉じ
しみじみとさとりは頭を振った。まったくきつい……とボソリと付け加えて。

 「考えてみれば、お空に色々吹き込みやがったあの神様………」
 「それはそれですが、放置はできません」

 パチリ、と指を鳴らすと、一礼をしてまた「ゆっくり」が入ってきて、さとりの机に座った。
 入口から一見しただけでは、目つきの悪いさとりに見えるだろう。

 「―――行きましょう」
 「あれが、影武者代わりですか」
 「妖怪の山へ……!」




 道中は、死屍累々とした光景が広がっているのではないかと思っていたが、そうでもなかった
 麓の辺りでは、軽いたんこぶを作って泣いている神様を姉妹と思われる別の神様が保護していた。
 森の奥では、厄神が呆然と立ち尽くしていた。
 山は騒然としていたが、河童も天狗も震えてうろたえるばかりで、地底の妖怪達には構ってすらいられなかった。
 神社の前では、先程の神様よりもこっぴどく攻撃されたらしい人間の巫女さんが目を回しており(外傷はない様子)、
唐傘お化けの少女が一番取り乱して介抱していた。

 「う~ん………流石は元山の上司と言ったところですかねい」
 「―――……私もこんな感じでしょうか?」
 「いやいや、さとり様はここまで怖がられてないですよ」
 「『鬼上司でなければ上司にあらず 死すべし』とこの前本で読みまして……却って残念」
 「さとり様はさとりだもの。鬼にはなれませんってば」
 「.怨霊も恐れ怯む少女と言われましたが……しかし、この山の取り乱し振り。これぞまさに鬼の
  上司って訳ですね」
 「………………」
 「ええ、言わなくても顔に出さなくても解りますよ、笑えないって事くらい」
 「さとり様、どこ面白いか解らない」
 「ああ、言いますか、わざわざ」
 「キスメ、思った事を何でも口に出して言っていいもんじゃないよ。碌な妖怪にならないからね」
 「ヤマメさんありがとう。最高の褒め言葉です」

 境内につくと――――そこはまさに決戦の舞台であった。
 いや、比喩ではなく戦場だった。
 軍隊の神と、本気ならば一人でその軍隊の一つや二つを賄える生物が戦っているのだ。
 実質、軍勢と軍勢のぶつかり合いと同じであろう。

 周囲の崩壊は激しい。
 八坂神奈子・星熊勇儀
 両者はまさに満身創痍と言った状態で、睨み合っている。
 お互いの直接的な手を出し尽くしたか。
 弾幕も何もあったものではなかった。
 明らかな幻想郷のルール違反だ。
 ヤマメは震えあがった。
 これが、後々どんなことにつながるか………
 今にも、そこらの空間が開き、あの本物のスキマ妖怪が現れる気がする。
 周囲を見回すと、水橋もいた。
 二本の足でしっかと踏み立ち、二人の戦いを睨みつけている。

 「さとり様……どうすれば…………」
 「―――……水橋さんを見習ってみなさい」

 聞き間違え課と思ったが、同じく小刻みに震えながら、さとりも二人を睨みつけている。

 「…………」
 「今だけはね。それしかできないでしょう」

 凄惨な光景だ。勇儀は頭からヤマメが見た事も無いほど血を流していた。手で庇ったりすらして
いないが、体の方の傷も酷い事だろう。こんなに負傷した勇儀など、見た者の方が地底にも少ない
に違いない。
 キスメは桶に頭も隠して震えている。
 見ている方が辛い。
 それでも、水橋は真っ向から目をそらさずに見ている。
 勿論止めようとはしたのだろう。
 だが―――――

 「管理人と言う立場上―――ここは事態を少しでも早く収束させる所ですが……本当に困った
ものです。この能力にも」
 「さとり様……姐さんの心を……」
 「あの神様もね。ですが、水橋さんも読むまでもありません。ましてや」

 嘆息
 ギラギラした夕陽が横顔を照らし、見ているヤマメまでつられて悲しくなった。

 「能力は無いのに、私同様、勇儀さんの気持ちを、彼女は自分の事の様に解っている事でしょう」
 「………………」
 「止められる訳がないじゃないですか」

 見れば、何筋も涙が頬を滴っている。歯を食いしばっている水橋の横に、静かにヤマメも並んで立った。
キスメも恐々と桶から首をだし、その横に並ぶ。
 本当にお互いに力を出し尽くしたのだろう。おそらくもう機能しきれないと思われる御柱が、
いくつか転がっている。
 宙に浮かび、勇儀を狙っている御柱に至っては、僅か2本。

 「姐さん………!」
 「そろそろ、二人とも勝負を決める時ですね」

 一歩、勇儀の方から、ゆっくりと、踏み込んだ
 八坂神奈子も、構えをとる。
 その時――――恐れていたことが――――目の前の空間に、かのスキマが開いた。

 「さあ、今こそよ、勇儀ちゃぁん!!!」

 あの、もれなくイラっと来る、甲虫の背中で新鮮な山葵を摩り下ろす様な音色の声
 ゆっくりのゆかりだった。
 無視すればいいのに、こんな時に律儀に勇儀は頷いている。
 ――――……そんなに信頼しているのか……………

 「あの、『奥義』を使うのよ!」

 これは、気になる。
 ずっと引っかかっていた単語だ。
 4m程の間隔を空けている両者。
 3歩程進んだところで、上空の御柱が、斜めに勇儀に突き刺さった!

 「危ない!」

 避けない。
 轟音と共に、床の石畳も割れる。
 思わず悲鳴をあげた地底の妖怪達だが――――確かに 見た。

 「えっ?」

 信じられない。
 目の前で見た事をうまく理解できないまま、残る御柱が更に追撃を加える!
 一閃!
 しかし………

 「どういう事なの………」

 勇儀は無傷である。
 そして、なおもゆっくりと前進していた。
 滅茶苦茶だ。

 「これは……」
 「やせ我慢とか、そういうレベルじゃない」

 八坂神奈子は蒼褪めて、即座に御柱を引き抜いてもう一撃。
 もう一度、全員はっきりと見た。
 ヤマメは叫んだ。


 「柱が――――姐さんをすり抜けてる!!?」


 まるで、そこにいないかのように。
 幽霊が、実際にそこらに現れる幻想郷。しかし連中にもこんな芸当ができるのだろうか?
 皆目の前の事が虚構に思えた。 
 そう、まるで勇儀は最初からそこにはいるように見えて、実際はいないかのよう。
 霞が歩いているのかと錯覚してしまう。
 対峙している相手が、それを一番解っているだろう。

 「何が起こってるんだい!?」
 「……駄目です……勇儀さんは、今は無心……読めないなんて、これは本当に……」

 何回も御柱は勇儀を貫き、磨り潰すが如く降り注いだ。
 しかし、その度に「すり抜け」、勇儀は距離を半分まで詰めていた。

 「――――冗談じゃないぞこれは!!!」

 たまらずに取り乱した声をあげたのは八坂神奈子だった。
 焦ってか、2本同時に挟み込むような角度から御柱が下されたが――――勇儀はなおも無傷で
前進を続ける。
 理屈が解らぬ。
 ただ一つ全員が気が付いたことは、途方もなく勇儀が疲労しているという事だった。
 柱がすり抜けていくことと何か関係があるのだろう。
 想像もできぬ。
 ただ、確実に軍神の猛攻をすり抜け続けて前へとゆっくり歩み、ついに、勇儀は八坂神奈子の
近距離まで到達した。

 「―――………来たぞ」

 神としても、こうした状況はそれほどある訳でも無かろう。
 打つ手はもっとあったかもしれないが、呆気にとられた八坂神奈子の前で、勇儀は早くも構えを
とっていた。

 「王手だ」

 握りしめた拳と、踏み込んだ足に、振りかぶった上半身
 本気である。
 鬼という基本性能があまりにも高すぎる妖怪として産まれた彼女は、大抵の戦いで手加減をする。
自分に枷をはめて条件を付けるし、普通の人間や妖怪が行う「工夫」も「小細工」――この場合は
構えや振りかぶり等―――も意識的に使わない。
 そうした全精力を注ぐとなれば、余程の非常事態か、相手を心底認めている時だけだ。
 対戦経験はこれで2度目で、対峙した時間自体も長くは無いはずだが、この短い間にそれだけの
強敵と八坂神奈子を認めたのだろう。
 めったに見られるものではない、鬼の本気の本気!

 「―――初めてみるかもしれない!」
 「……勇儀!」

 そして決着の時が来た。
 突き出された右こぶし。
 10秒ほどして、決着はもう少し先になると、全員が理解した。
 最初にさとりが、続いて当事者である八坂神奈子が、次にキスメが、最後にヤマメと水橋が、
同時に気づき、場は少し温度が変わった。




 遅い。




 ゆっくり過ぎる。
 多分人間の肉眼では、動いているのを把握することも難しいのではないかと思う程、遅い。
 自然界にも、これほど遅い生物はいないだろう。
 長生きして、あと5年程で妖怪化するであろう猫か獺に、人語で折り紙を教えて習得するのを待つぐらい遅い、
とヤマメは感じた。
 こうした光景を、一度見た事がある。

 「姐さん………!」  

 横で、水橋も泣いている。
 感極まって、声にならない彼女の代わりに、ゆっくりのゆかりが大声で叫んだ。

 「よくぞ、その境地まで!」

 そうとう過酷な修行だっただろうと、ヤマメ達も思う。
 良く見ると、勇儀の疲労は半端ではない。下手をすると八坂神奈子以上かもしれない。どれ程
壮絶な「奥義」を使っていたのだろう?
 キスメも泣きながら声援を送った。 

 「そのまま! ゆっくりしてるよ!姐さん!!!」
 「頑張って! ゆっくりゆっくり!!!」
 「………えっ?」

 と、横で間の抜けた声をさとりがあげた

 「ゆっくりぶち抜けー!!!」
 「いいゆっくりよお!」
 「ゆっくーりっ! ゆっくーりっ!!!」
 「ゆっくりゆっくり!」

 気にせず、本物のゆっくり1体と妖怪3人は、必死で声援を送り続ける。

 「………はぁ?」

 こんな時に何なのだと、苛立ち気にヤマメ達がさとりを見ると声と同様に間抜けな顔をしている。

 「………あっ? ………あぁ?」

 もっと間抜けな顔をしているのは、当の八坂神奈子だ。
 ポカンと口を開けたままに、へたり込みかけながら、動かず声だけ虚ろに出している。
 恐怖のあまり、精神から先に参ったか。神のくせに。

 「………あなた達は何を言っているんですか?」

 お前こそこの光景を見て何を言っているんだチンチクリンの隠れババァが と3人とも
言いたかったが無視して声援をかけ続けた。どうせ読まれるのだからお構いなしだ。

 「神様もひいてるぞー!」
 「やっぱり姐さんすごいゆっくりしてるや!」
 「修行の成果だね……!」
 「………おかしいでしょう、あなた達」

 おかしいのはあんただろう。
 心は読めても空気は読めないのか

 「心は読めても空気は読めないのか…って、年に50回は言われるんですよ。皆余程気の利いた
  フレーズを発明したと思ってるらしく得意げに……」
 「あの、すみません。さっきからなんですか?」
 「いや、おかしいでしょう。完全に間合いに入ったのですから、普通に殴る事もできたはずじゃ
  ないですか?」
 「さとり様が、何を言っているのか、さっぱり、わからないや」

 勇儀はまだゆっくりと拳を突き出している。
 本当に遅い。ゆっくりしている。
 ここに至るまでの苦労を考えただけで、ヤマメはぞっとしてしまう程だ。

 「―――何であんなに遅いんですか?」
 「そりゃ、ゆっくりするためですもの」
 「ゆっくりしたから何になるって言うんです?」
 「何になるって、さとり様は弾幕を撃った時――――そうですね。まず名前をつけるとして」
 「はあ」
 「『お前何で名前つけてるの?』と言われたことあります?」
 「…………はあ?」
 「『何で当てようとしてるんだ?』『何で複雑にしてるんだ?』なんて、さとり様は他人に質問
  するんですか?」
 「しないけど」
 「つまりは、そういことです」

 水橋とヤマメ一同、本気で何か勝負に惨めに負けた者を労わる心無く見つめる目つきでさとりを
見やり、キスメ等は修羅の形相で睨みつけている。
 さとりは更に、何か食べ物が入っているはずの箱を開けたら、中にドス汚れた作業着と下着が
何らかの蟲と一緒に押し込まれていたのを目の当たりにしたような、嫌悪と軽蔑むき出しの顔で
3者を見つめ返した。

 「だから、どういうことです?」
 「面倒くさいなあ」
 「心、読めばいいじゃない」
 「いや、読んでますが、さっきから心の中でも『ゆっくりゆっくり』としか…………」

 あんた達、おかしいですよ?
 もう一度、もう少しゆっくりゆかりは言った。

 「妊p………ヤマメちゃんも、パルパルちゃんも、そっちの桶に入ってる子も、そんな小五ロリ
  の言う事に耳を傾けちゃだめよ!」
 「ゆかりさん……」

 元々ゆっくりを教えてくれたゆっくりのゆかりも忠告してくれている。
 そろそろ5分は経ったかもしれない。
 まだ、4分の1の距離も進んでいな勇儀のゆっくりぶりは、本当にたいしたものだ。

 「ええと…… 八坂様? あなた、この状況解ります?」
 「すまない。私にも何が何だか」

 一応警戒してまだ構えをとっている八坂神奈子が、困った様にさとりに応える。

 「律儀な神様ですね………本当に。 実際対戦してみてこのゆっくりぶりはどうです?」
 「正直きついというかなんというか…・・・・・・」
 「この度は、うちの者がご迷惑をおかけしました」
 「いえいえ……私も意地になってたし、一番最初に喧嘩をしてしまったのは私でもあります
  から……」

 おそらく決闘が終わってから行うはずだったやりとりを、既に二人の代表者は始めていた。
 本番中に、何なんだこいつらは。
 それを許してしまう程勇儀がゆっくりしているという事だろう。
 恐るべしゆっくりぶりだ。
 気が付くと、文字通り日が沈んでいた。

 「ええと………」

 気がつけば、標的は本当に目と鼻の先。
 拳が触れるか触れないかの辺りで―――――八坂神奈子は、何かに気が付いた様だった。
 そして、2.3歩、後退する。
 「そそくさ」という言葉がよく似合った。相変わらず間抜けな顔で直立したまま、ゆっくりして
いる勇儀に恐れをなして、その拳を見つめている。
 地底の妖怪達とゆっくりは、大いに嘲笑った。

 「ぎゃはははははははは!!!」
 「ううぇっうぇっうぇ」
 「見たあ? さとりちゃん、あの神様の慌てっぷり」
 「八坂神奈子早過ぎ 馬鹿ねーの?」
 「そのゆっくりしてなさが嫉ましいのを通り越して笑えて来て、更に一周して嫉ましいんだけど
  そこから笑いがこみあげてまた嫉ましくなってくるわ。あははははは」

 しかし、そんなみっともなく速く動いてしまった八坂神奈子の行動も計算づくだったのだろう。
 ゆっくり拳を突き出していた勇儀は、何とか軌道修正を図ろうともがいたが、結局間に合わなかった。
 そのまま、全身全霊を込めた拳が、地面に突き刺さる形になった。

 「………早すぎたか………」

 ここに至っても、己の早さを悔いている星熊勇儀。
 どこまでも求道心のある鬼である。
 今回の勝負には負けたが、きっと、これをばねに更にさらにゆっくりと高みを目指して、また皆の前に姿を現すだろう。
 勝負はあった。
 泣きはらした目で、水橋が見届けようとしている。
 キスメとヤマメは、見ていられなかった。
 さとりは、そっぽを向いている。


 そして、勇儀は、山を割った。


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最終更新:2011年06月13日 23:07