【2011年春企画】緩慢刀物語 地霊章微意 後編-1


「ここは………どこ?」
 想い人を探して駆けづり回っていたら急に誰かに呼ばれ知らないうちにこんな場所にへと辿り着いてしまった。
辺りは闇と熱気に包まれて、遠くに映る炎だけが唯一の光源だ。まるで物語にあるような地獄に来てしまったかのようにさえ思える。
「まさか本当に異世界……じゃないよね」
「なるほど……あなたですか」
 突然足元の方から声が聞こえ彼方は思わず跳ねあがる。
恐る恐る見てみるとそこには紫色の髪のゆっくりがちょこんとしていた。
 ハアト型の髪飾りをつけ、目玉みたいな物がこちらを向いている。ただゆっくりがゆっくりたりえる瞳は見ることが出来なかった。
何せ額から頬にかけて酷い傷跡が残っており、上瞼と下瞼が完全に溶接されているような状態であったからだ。
「え、ええと……な、なんなんですか?ここ、どこですか?なんで私いつの間にここにいるんですか?」
「別に未来人の真似をしなくてもいいです。ここは地霊殿、あなたの求める者はきっとここにいますよ」
「う、嘘………!ここにいるの!?真白木さんが!!」
「ええ、真白木飾花。漆日の武士はここにおります。寧ろ彼に会わせるためにあなたを呼んだのです」
 まるですべてを知っているようなそのゆっくりの艶めかしい声に惹かれ、彼方は無意識のままそのゆっくりの後を追う。
向かうは地霊殿最下層無業地獄。人々に恐れられ忌み嫌われた悪霊が封じられた地霊殿でも最も恐れられた場所である。



 地霊章・微意 後編


 西行照田を突き進んだ彼岸、そこは西行国の一部ではあるが既に現世から離れた冥府であり幻想の香りに包まれている。
川を渡ればそこはもう天界魔界の領域、その川岸において一人の女性が集まってきた霊達に向かって語りかけていた。
「はぁ~い、今からぁ~三途川をわたりまぁす。船に御乗りの方はぁ六文銭をこのめいめいにお支払いくださぁい」
『きもいよー』『いい年して恥ずかしくないのかな……』『何考えてんだよ………』
「………いくらなんでも初めて会った人にその言い草は無いんじゃないの?」
 女性は青筋を立てながらもみずみずしい体を見せつけて霊達に自分の若さを訴える。
果実のように膨らんだ胸、滑らかな肌、しなやか麗しい顔立ち、どこをとっても完璧のように思える。しかし霊の一人が呆れかえったように呟いた。
『だってあんた……奪衣婆じゃんか』
「人を名前で判断するなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 奪衣婆こと華崙冥々はいきり立ち、船に備え付けられた櫂でその霊をぶっ叩く。
思えば何回ババァと呼ばれたことだろうか、どれだけ肌の手入れしても、どれだけ少女っぽくふるまっても人々は自分を偏見の目でみる。
こう見えてもまだそれほど年はとっていない。先代の祖母からこの仕事を受け継いだのだってほんの数年前なのだ。
 だから、だから自分はババァじゃない。冥々はみずみずしく膨らんだ胸を突きだしてそう言い張った。
『でもあざといのはたしかだよ!!』
「うっせー!さっさと払えってんだ!ちくしょーめ!」
 冥々は櫂で何回も地面をはたき霊達を一直線に並ばせる。
そして渡し賃を受け取ろうとした瞬間、突然一つのスィーが現世の方から突っ込んできて折角の列をぐちゃぐちゃに乱してしまった。
「な、なんだよあんた!!!」
「うわわわわわわ!!!ゆっくりしてないでござるゥゥゥゥ!!!」
 現れたるは主人公のゆっくりみょん、だが載っている高機動スィーの制御が出来ていないらしく、止まることなくどんどん加速していく。
そして速度が最高潮となったところで冥々と衝突してしまい、そのままみょんのスィーは冥々の体とともに三途の河に突っ込んだ。
「ぎゃぶうううう!!!」
「うおっと!!よ、良かった……このスィー水に浮けるのかみょん……色々済まないでござる!しかし!もう余裕はないのでござるよーーー!!」
 そう言って謝罪の言葉だけを残しみょんはなんとかスィーを操ってそのまま下流の方へと向かっていく。
しばらく静寂に包まれて川の流れだけがこの彼岸を彩っていたが、沈んだらもう戻れないはずの三途の川から冥々の顔が浮かび上がってきた。
「ひ、人を三途の河につき落とすなんて……何考えてやがんだ……ちくしょおおお!!!川渡るなら金払えええ!!!」
 鬼のような形相となり冥々は沈むという概念を真っ向から抵抗し、腕の力をフルに使って三途の河を泳いでいく。
一体何が彼女をそう駆り立てるのであろうか、名前で判断される苛立ちからか?三途の河に叩き落とされた怒りからか?金をせびる宿命からか?
彼女の執念は凄まじく、クロオル一つで岩肌がそこらじゅうに突起している三途の川を泳ぎ、みょんのもとまで追いついていった。
「そこの!!暴走スィー!!なぁに人に金払わずに渡ろうとしてんじゃああ!!!」
「うぎゃああ!!みょ、みょんは今火急の用なのでござるよ!!そこは勘弁してほしいでござる!!
 それに渡るんじゃなくて下流に行くだけでござるよおお!!」
「同じ事じゃああい!!!」
 距離を詰められ冥々の手はみょんのスィーを掴みそのまま川岸まで戻そうとする。
しかしここで立ち止まるわけにもいかない、みょんは羊羹剣を取り出して冥々の腕を必死に何回もはたいた。
「いでっ!いでぇ!!きさまぁぁ!!!三途の水で綺麗にしてる乙女の手に傷をつけるつもりかぁぁ!美少女になるのも努力が必要なんだぞぉぉ!!」
「怖いみょぉぉぉぉん!!!」
 流石にこの剣幕では突き刺すことに恐怖を覚えてしまい、みょんはなんとか穏便に振り落とすことを考える。
しかし取っ手の無いスィーゆえにこれ以上速度を出したらこっちが振り落とされかねない。
「そうだっ!えいやぁ!!」
 そこでみょんはスィーをあえて岩が隆起している地帯にへと動かしていく。
スィーはゆっくりとそう変わらない大きさだからか岩と岩の間をすり抜けることが出来るが、冥々はそうはいかず何度も何度も岩肌の体をぶつけていった。
「ぐぎゃっ!ぎゃばばばばばば!!!!」
「……は、早く手を放してほしいでござる!流石にこれ以上女性が傷つく姿は見たくないみょん!!」
 え?それは私をうら若き女性として見てくれると言う事?とその言葉によって僅かな心の隙が生まれてしまい冥々は思わず手を放してしまう。
それを好機と見たみょんはすぐにこの地帯から離れ下流に向かって一直線に突き進んだ。
「いっけええええええええええええええええええ!!!」
 冥々の体は岩肌に引っ掛かっていて追いつけないらしくみょんは安堵の息をつく。
 ところでふと思ったのだが、どうして地霊殿へは陸から行けないのであろうか?
川岸自体は至って普通だし別段水路を使う必要もなさそうである。しかし気を緩めた瞬間、その必要性と言うのをこの身で感じられた。
「ほえ?」
 続きが無かった。突然三途の川は途切れスィーとみょんは空を走り、目の前と足元には闇が広がるばかりである。
そう言えば幽微意様は地霊殿は西行国の地下にあると言った。つまり色々な情報を統合すると、ここから落ちれば地霊殿に行けるということである。
「な~んだ、至って明快みょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……………」
 やっぱりと言うか当然と言うかみょんとスィーはそのまま重力に惹かれて地の底へと堕ちていくのであった。

 岸壁になんとかよじ登り冥々は一人思う。
自分にだって誇りはある。五年前の西行美少女大会と西行巨乳大会で優勝した事は紛れもない事実だ。
しかし奪衣婆の仕事を受け継いでからは人々は何故かババァババァと連呼するようになったのだ。
 自分はまだ妖怪年齢25歳。まだまだピチピチのキャルキャルと言っても差支えない。
それを一時の悪ノリと固定概念で判断する奴らが憎たらしくてたまらない。今日も必死でアピールしてるのに奴らは心ない言葉をかけていく。
果てには『あの橋渡しは小皺で悩んでいる』なんて噂まで立ち始めた。小皺など一回もできたことは無いのになんでそんな噂が立つというのだ。
 けれど、あのゆっくりは自分の事をちゃんとした女性として見てくれた。
久しぶりに自分の栄光が取り戻せたように感じ、心の中がこの河のように澄み切ったように思えたのだ。
「名前……一体何だったのでしょうか」
 ゆっくりの判別などは出来ないがあのゆっくりには半霊がいなかった。それだけでも十分手がかりになるだろう。
ただ心配なのは彼女が地霊殿へ向かったことだ。あの国に一体何の用があるのか、少し不安になる。
 そしてもう一つ心配事がある。
「……どうやって帰ろう」



「……暑い」
 地霊殿の最下層についた彼方であったがいつの間にかあのゆっくりはいなくなっており、見知らぬ土地で一人きりとなって一抹の不安を覚える。
上層と違って炎が至る所に点在しており、空気が熱されて非常に蒸し暑く妙な臭気が充満していて薄気味悪い。
しかし炎によって明るくなるはずなのになぜここはこんなにも暗いと感じるのだ?彼方は少しこの異様な世界に恐怖を感じざるおえなかった。
「気持ちわりぃ」
 まさに地獄と言ってもおかしくないこの世界、生きた死人である自分にはお似合いだと言うのだろうか。
今までの旅でこんな不安な気持ちで歩く様なことはなかった。それもそのはず彼女のそばにはずっと一人の武士がいたのだから。
その武士も今はいない。この暗い孤独の坩堝のような国を彼方はただ一人歩く。
 肩と心の照明を落としあても無く進んでいるうちに、彼女の眼に一つの炎が映った。
炎だと言うのに具体的な形があって目的も無いように常に彷徨っている。奇妙である他の炎に比べてもより極めて異質であった。
「………」
 しかし彼方はその炎の形に見覚えがあった。あの腕、あの足、あの表情。
そして炎で出来た刀を構えている仕草。忘れもしない、私がずっと追い求めてきた真白木さんそのものだ。
 異形な風貌は明らかに危険だと本能は叫んでいるのだが、彼方はどうしても堪え切れずその炎に向かって話しかけてしまった。
「ま、真白木さん?真白木さん!!」
『…………………ん?』
 その炎は彼方の呼びかけに応え彼方の方へと振り向く。
疑念は確信にへと変わった。間違いない、この人は他の誰でもない私が探していた真白木さんだと。
悪を打ち倒し、十字の構えは全てを討つ。その雄姿は今も網膜に焼き付いて、目の前の姿と重なった。
「真白木さん……覚えてる?私だよ………烏丸彼方……」
『彼方……ああ………覚えているぞ…………』
 地の底から捻りだしたような声を上げ炎はゆっくり、ゆっくりと彼方に近づいていく。
覚えていてくれたんだ、この時をどれほど待った事か、いつしか彼方の心からは恐怖は消え、両手を広げ自分の想い人を迎え入れようとした。
『お前のせいで……俺は死んだんだ……』
「………え?」
『死ね』
 だが向けられたのは憎悪の念、言葉を発する暇すらなく炎は刀を振りあげ、ただ憎しみのまま振り下ろしていった。



「……………流石に死んだかと思ったみょん」
 残骸となったスィーを横目にみょんはふぅと溜息をつく。
ここが地霊殿か、暗さとかの雰囲気はあの町と似ているがどうも焼けつくような臭気ばかり漂って嫌になる。
怨霊が渦巻く世界と言うのも霊感の無いみょんでさえ信じざるおえなかった。
「しかしスィーも壊れてしまったみょん。持ち主に弁償しなければならないでござるな……」
 余談だが後にこのスィーの持ち主を知ったみょんは弁償する事と謝る事を全力で拒否したそうだ。
よほどこのスィーの持ち主が嫌いだったに違いない。もう嫌い通り越して無関心の闇に放り込みたいくらいである。
「かなた殿~!!?いたら返事をしてほしいでござる~~~!!!!」
 必死の呼びかけもただ木霊するだけですぐに静寂が戻り、みょんはただただほのかな明かりを頼りに地霊殿を進んで行った。
階段を降りるのと比例して炎の数は増え、不思議なことに暗闇は増えていく。
実にゆっくり出来ない世界、そして五つめの階段を降りようとした瞬間、恨めがましい声が静寂を破ってこの空間に響いた。
「怨霊の怨嗟が………今日も響く………」
「!!!!」
 みょんはすかさず羊羹剣を構え辺りを見回す。
道に備え付けられていた炎がいつの間にかゆらりゆらりと揺らめいて円の形となりみょんを取り囲んでいたのだ。
逃げようにも階段はひとりでに音を立てて閉じ、その炎の隙間から一人のゆっくりがまるで影のように音も無く現れた。
「初めまして……わたしはこの地霊殿の主、古命地冥千覚(こめいじめいちさとり)と申します……」
 顔を火傷のあとで覆われたそのゆっくりさとりはゆっくりとみょんの方を正確に向いて頭を下げる。
そこには一片の表情は無く、ただただ閉じられた瞳がこちらを指し示しているだけである。
「……その、地霊殿の主が何の用みょん?」
「はい……今すぐここから立ち去ってもらいたいのですよ真名身四妖夢様……
 あなたはあの少女を助けたいつもりでしょうが彼女が犠牲にならなければあの悪霊は鎮められません……」
 そのあまりにも冷徹で淡々としたさとりの物言いにみょんは怒りを覚えゆっくりとさとりに近づく。
しかしさとりはまるでみょんが近づいてくるのを察知しているかのように下がって距離を一定に保ち続けた。
「……そっちにも事情があっても、生贄などさせないみょん!!!」
「困りましたね……ゆっくりとは大体心の中にゆっくりしたいと言う芯がある、けれどあなたはその芯のほかに揺らぎない芯がもう一本あるのですね……
 言っても無駄になりそうですがお応えしましょう……真白木飾花……漆日時代の武士が僅かな憎しみを増幅させて悪霊となった者がこの国の一番下におります……
 もはやわたし達の手にはおえなくなりました……このままほおっておいたら地上にまで影響が出る……だから、彼女を呼んだのですよ」
 彼女の言うことにも一理はあるだろうが今のみょんが躊躇う事は絶対にない。
もし邪魔をするのなら目の前のさとりを倒さねばならないだろう。そう思いみょんは羊羹剣を握る毛に力を込めた。
「……相当な自信があるようですね……この私達に手が負えないなら自分がなんとかすると本気で思っていますか……
 それもいいでしょう……でも私に勝てない以上あの悪霊には絶対に勝てない……地霊殿の主として1対1の決闘を始めましょう……
 あなたが勝ったら私達は一切邪魔をいたしません。けれど負けたら即刻立ち去ってもらいます」
「話が早くて嬉しいみょん」
 喧嘩で済むなら早いものだ。説得などもとより考慮していない。
 みょんとさとりは少し階段から離れた場所にへと移動し、それと共に取り囲んでいる炎も一緒に動き出す。
よくよく見るとその炎の正体はゆっくりおりんやゆっくりうつほ達であった。ただだれもかしこもどこかしら傷を負っている。
「あいつは我々が一斉にかかっても勝てない相手でした……誰も無事ではいられず私に至っては両目を潰してしまったのです……
 だからってゆめゆめ手加減しないように……これは死合なのです……私達も命がけで戦いますよ」
 そうしてある程度開けたところにまでいくとおりんやうつほたちはまるで舞台を作るように炎の塊となってみょんとさとりを囲む。
そしてさとりは口の中から一本の刀のようなものを取り出した。刀身は無く鍔の上に小さい壺のようなものが乗っかっている。
「これは水剣『不見亜目』。水飴より作りし菓子剣でございます。
 それでは決闘を始めようと思いますがある程度決まりを付けさせていただきます………文句はありませんか…潔いですね。
 まずうつほやおりん達には攻撃しない事。攻撃の基準としては傷を付ける、体当たりをする、言葉攻めをすると言った等……触るだけなら結構です。
 もしこれを破ったら全員で総攻撃いたします……また不可抗力の場合もありますので故意に行った場合のみとさせていただきます…よろしいですね?よろしいですか」
「話が早すぎみょん……故意とかそんなのが……わかるのでござるな」
 今目の前にいるのはあの覚の妖怪を模したゆっくりさとりだ。
その上盲目ながらもこちらの位置をきちんと把握している所を見ると、相当その技術は極まっているものと思われる。
みょんはふとあの地底の町の少女を思い出した。この場もどこか雰囲気が似ている。参考にしたところが同じだからであろうか?
「別にその方とは何の関係もありませんよ……そして勝負の判定はどちかが戦闘不可能と判断された時……死亡も戦闘不可能と判断されます……
 では、始めましょうか」
「…いざ、参る」
 そうして二人のゆっくりはこの暗い地獄で対峙しあう。
始めに動いたのはみょんの方であった。みょんは羊羹剣を片手にさとりとの間合いを詰めるがさとりはその場から動こうとせずその場で水剣を振った。
すると壺の中から透明な液体が飛び出し、加速すると同時にその液体は延びながら硬化していったのだ。
「!!!」
 みょんはすぐさま地面にへばり付きその硬化した液体をかわそうとする。
しかし全てはかわしきれず液体はみょんのてっぺんを僅かにかすり、みょんの髪が空に舞った。
「……かわしましたか…流石は西行最強の武士ですね」
「か、買いかぶりすぎみょん」
 髪を何本か犠牲にしたがこれで相手の菓子剣の特性が分かった。
あの壺から出る液体は水飴そのもので、振ると壺から飛び出し外気に触れることで硬化するのだろう。
そして振る時の勢いでその水飴は長く薄い鋭利な刃物となる。射程距離も非常に長く、みょんにとっても厄介な武器であった。
「しかしっ!!」
 長くなった得物では重量と空気の抵抗で振ることが難しくなるだろう。
次の攻撃はしばらく後になる、それならばかわせた今が最大のチャンスだ、そう思ってみょんはすぐさま形を戻しさとりにむかって羊羹剣を振った。
「……遅い」
「何ッ!?」
 だが水剣の刀身は突如融解し、それによって長さが短くなったためさとりはすぐに水剣を戻すことが可能となったのだ。
そして間一髪、と言う所で水剣の壺は羊羹剣の攻撃を防ぎ、そのまま勢いに任せてみょんの体を吹き飛ばしていった。
「みょおおっ!!」
「信じられない、どうして刀身が急に短くなったのか、とお思いでしょう……
 周りを見れば分かりますよ…卑怯などとおっしゃらないように……使いたければあなたも使えばいいのですから……」
 なんとか受け身を取ってさとりの言う通りに周りを見てみたがそこにはおりんやうつほがいるだけだ。
だが、それだけで十分だった。さとりはこのおりんやうつほ達の炎を使って水飴を溶かしたのだ!!
「く、くのぉ……」
「すぐに理解しましたか……最低でもこのくらいの理解の良さが無いとやはり最強にはなれませんね……」
 水剣は必要以上に長くなる事は無く、また必要に応じて長さを調節できる。
最初からここは奴らの独壇場だったのだ。だがもとより多対一、一対一と相手側から譲歩してきた以上文句など言えるはずもないだろう。
 言葉など出す必要はなくみょんは再びさとりに向けて突撃する。遠距離を使いこなす相手には近づかなければ勝ち目はないからだ。
「……」
 さとりは饒舌だった口を閉じて同じように水剣を振りかぶる。
先ほどとそう変わらない状況、だがみょんはあえて延びる水剣の方にへと体を動かしていった。
空気で冷やされて硬化すると言うのなら空気と触れたばかりの水剣はそれほどの硬度を持っていない。
だから触れても切断されることは無いはずだ。だがそんなみょんの行動を見てさとりはしっとりとほほ笑んだ。
「あなたが取るべき行動はそれしかない……わかっていますよ」
「!!!」
 だがさとりはみょんが水剣にぶつかる前に水剣を振るのを止め逆方向に移動させる。
そして完全に固まったのを見計らうとすぐさまみょんの方向に振りかぶった!
「ぐ、ぐおおおっ!!!」
 みょんはその僅かな時間にさとりの意を理解し羊羹剣を構えて防御をした。
羊羹剣相手に流石に薄い水剣では太刀打ちできず衝突の際に粉砕される、だが粉々となった破片は速度を失っておらずみょんの皮膚を切り裂いていった。
「ぎゃあああああああ!!!」
「……これは運命なのか……それとも行動から引き起こされる一種の偶然なのか……私の推測通りです」
 やはり、とみょんは痛みの中一つの推測を事実として認識する。
あのさとりは確実にみょんの行動を予測していた。そうでなければ振りかぶった水剣を戻すなどと言う器用なことは絶対に出来ない。
 こいつは本物と同じようにこっちの心を読んでいるのだ。そして心を読むことによって恐らく彼女はこちらの位置を把握しているのだろう。
「……だが、勝てないわけではない!!心が読まれると言うのなら読まれても敵を倒せる方法を考えるだけみょん!!」
「諦めと言う言葉が既に無いようですね……恐怖を理解した勇気ほど脅威なものはありません」
 さとりは再び水剣を炎であぶり刀身を元の水飴に戻して壺にへと戻す。
そして再三さとりは再び水剣を振るうがみょんは羊羹剣を構えたまま動こうとせずただじっと水剣が来るのを待ち構えた。
「………真名流『妖霧刃落とし』」
 刃となった水剣がみょんの体を切り裂こうとしたその瞬間、みょんは羊羹剣を素早く振り落とし水剣を破壊する。
しかし破壊された水剣は先ほどのような粉々の破片とはならず綺麗に真ん中で分断され、みょんの体を切り裂くことなく勢いのままどこか闇の彼方へと飛んでいった。
「………ッ!」
 もちろん読心術を持っているさとりはこのみょんの行動は予測できた。
だが考えるのと実行するのは違うのだ、勢いのついた水剣を粉砕することなく破壊した目の前のみょんにさとりは僅かながらに戦慄した。
「面白い……おもしろいですよ」
 このわずかな隙を狙い、みょんはさとりとの距離を詰めようと一気に加速を始める。
今から水剣を戻そうとしても切り裂くほどの勢いを付けるためにはあまりにも時間が足りな過ぎた。それほどあのみょんの剣捌きはさとりにとって予想外だったのだ。
「だがッ!」
 さとりはすぐさま水剣の刀身を地面に叩きつけて無理矢理刀身の長さを短くする。
そしてすぐさま手元に戻し、全身に力を込めて一気にみょんの方へ向けて突き立てた!
「!!」
「レイピア、というのはご存知でしょうか?この世には突く事に特化した剣があるのです……知っていましたか…そうですよね……」
 みょんはかわすことが出来ずすぐさま羊羹剣で防御したがその際に破片が飛び散り、容赦なくみょんの体を傷つけていく。
その上防御されたことによる反力によって水剣を引き戻すことが容易となり、攻撃は続けて行われみょんの傷も加速度的に増えていった。
 動きを予測されたあまりにも正確な刺突攻撃、よけようとしても移動する直前に狙いを修正されどうしても防御せざるを得ないのだ。
「それでも…あなたは諦めない……そこには……」
「……みょんはかなた殿を!!助けるために来たみょんッッッッッ!!!」
「!」
 体に生傷を増やしながらもみょんはさとりの先回りをするかのように自らの決意を声高く叫んだ。
確かにさとりはこのみょんの決意、心を正しく代弁してくれている。だが、真に貫き通したいことは自分の口で言わなければならないのだ。
その言霊はみょんの心の刃と化して、みょんの意志をより強固なものにしていく。そしてみょんは防御しながらさとりに向かう歩を早めていった。
「!!!」
「こんな所で負けられぬ……!!」
 水剣の破片は相対速度によってより深くみょんの体を傷つけていくがそれでもみょんは止まらない。
みょんの心は刃、類まれなき武士の心、些細な痛みではへし折ることは出来ないのだ。
「こ……この……」
 そのたゆまぬ精神を前にさとりの表情にも焦りが見え始め、より速く突きを繰り出していく。
だがそのせいで一瞬読心が遅れ、近づいて来るみょんの真意に気づく事が出来なかった。
「ただ無策に突っ込んできたと思ったのか、みょん?」
「な…なにっ………」
 水剣の破片は次から次へとみょんの体に突き刺さっていくが、それと同時にみょんの体にぺたぺたと張り付いていく。
そして集まっていくうちに固まって一種の鎧となり、それが破片の猛攻を弾き始めたのだ。
 偶発的に起こったものであったためさとりは今まで気づく事が出来ず、とうとうほぼ眼前と呼べるほどまでの距離にまで近づかれてしまった。
「……………ぐ……ぐ」
「射程距離内に………………入ったみょん…………さとり」
 この近距離ではもはや読心など役には立たず、さとりは破れかぶれに水剣を振り回したが羊羹剣に防がれてしまった。
「いくら悪霊を払うためとはいえ……」
 そのまま刃同士打ち合い始めたがさとりは次第に押され始め水剣にも限界が訪れ始める。
剣の腕は考えてもみょんの方が上なのだ、平淡だったさとりの心もみょんの意志に押されどんどん揺らいでいく。
「罪のない娘を犠牲にするなど……ゆっくり出来ない所業!!!」
 しかしさとりは恐怖と同時に期待を持ち始める。やはり、このゆっくりならあの悪霊をどうにかしてくれるはずなのだ。
その気の緩みが隙を生み、みょんの一閃によって水剣は遠く弾かれてしまった。
「このドグサレがァーーーーーーーーーーーッッッ!!!」
 無防備になった最大の隙を狙い、みょんの無数の突きはさとりの体を的確にえぐっていく。
そして体の中心を狙った最後の突きによってさとりは立ち続けることが出来ず大きく吹き飛んでいった。               戦闘不能【モノ・アイ】古命地冥千覚 バァーーz_____ン
「………………あなたの……………勝ちですッ…………」
 負けたとしてもその心には悔恨はなく、さとりは空を舞いながら口元を緩めみょんに向けて賞賛の言葉を贈る。
そのままさとりの体は地面を転がり周りにいたおりん達とぶつかって、あっという間に全身火達磨になっていった。
「さ、さとりさまぁー!!」
「うにゅー!!」
「ハァ………ハァ………」
 みょんはさとりの事を一瞥してすぐさま階段があった方にへと走り出す。
閉じていたはずも階段もいつの間にか開いており約束が守られた事を知ってみょんはほっと安心した。
「………」
 今から自分は彼方を助け出す。その意志だけは揺るぎない。
だが、悪霊を目の前にして自分は果たして彼方を、自分の命を守ることが出来るのであろうか。
不安はある、なにせあの彼方が絶賛していたほどの武士なのだ。だがそれと共につわものと戦える高揚感もみょんにはあった。
「……ちちうえ殿、ははうえ殿、このみょんをお守りくださいみょん」
 羊羹剣に願をかけみょんは階段を駆け降りる。深い深い闇にへと。

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最終更新:2011年06月14日 19:27