外来語に疎い白狼天狗(後編)-2


 すぃー……

 間抜けな音がした。
 同時に振ってきたものがあった。
 酷く重たいらしく、地面をえぐって、男の直ぐ横に突き刺さった。
 そんな物体が垂直に落下して、何故、あれ程間抜けな音がしたのだろう。
 あの、切り餅の様な、適当な4輪車だった。
 呆気にとられて、男がそれを凝視していると、更にそこに、上空から何かが鋭く飛ばされ、
突き刺さった。
 一輪の薔薇だった。
 どういう工夫を重ねたものか解らなかった。
 上空を、全員仰ぎ見る。

 月が赤い。

 吸血鬼が浮遊している。
 この断崖絶壁地帯の頂上の、更に上空で、一番上にて、自分の羽根を使っている。
 薔薇を投げたのだと解るポーズをあからさまに保ち続けていた。
 無条件に、椛もにとりも、本日一番の恐怖を感じた。


    「赤薔薇の」


 非常に見やすい速度で、垂直に本物のレミリアは地上に降り立った。
 椛の方など、意識すらしていないはずなのに、もう踏み込んだ足が硬直してしまう。


    「花言葉とは『人に死を』」


 格が、やはり違うのか。
 見た目は、ゆっくりを別として、この中で最も幼い。
 体つきも最も華奢で、何より先程ゆっくりれみりあ等と言う、この世で最も緊張感の無い生物
に似ている(間違い:オリジナルが彼女である)にも関わらず。
 それにしても、「赤薔薇」というのもまた語呂の悪い響きだが、少なくとも「愛情」とか「情熱」
とかそうした意味だ。椛も少女なので、流石にそれは知ってる。そんなこんな場面を想定した
花言葉なんてあるか。


    「『餌』風情」


 椛達には目もくれず、ゆっくりれいむでも袋のゆっくりれみりあでもなく、人間の男に、
レミリアは焦点を合わせた。


    「自分を『様』とは 笑わせる」


 例えば国籍等で、よほどのぼせ上った器の小ささを持った者でも無い限り、「日本人様」「新潟県民様」
などと、自らを称したりは普通しない。
 妖怪も、「鬼様」「天狗様」「釣瓶落とし様」などと、自分の種族に「様」を本気でつける奴は
いない。
 人間くらいだ。
 語呂が悪いと言うのもあるけど……
 「餌」ときたか。それはそうだ。


    「ゆっくりを」


 男は、既にもう腰を抜かしていた。椛が会った時は、まだ口を開く余裕があった様だが、みっ
ともないとかそうした問題ではない。
 これ以上ないほど、もう全てを許せる気がするほど取り乱し、恐怖し怯えていた。
 グロい蟲が、一人でバランスを崩してるくらいにしか見えない。


    「独占 などと 戯言を」


 次に、初めてレミリアはにとり達を見た。


    「盗人も」


 少し、優しい目だった。
 それもすぐに冷たいものに変わってしまったが……


    「怒れる河童に かなうまい」


 一歩進む。
 男はそのまま死ぬんじゃないかと思う程泣き喚いている。
 「人間様」とかほざいていた時点から話を聞かれていたという事は、レミリア本人への暴言も
当然聞かれたと思ったのだろう。
勿論、そんな事程度で取り乱すほど怒る紅魔館の主ではなかろうし、聞かれていなくても、
こいつの運命は変わらない。

 「いやー やっぱり『五・七・五』の方が『四・二・八』より締まるね!」
 「何を言う」

 見た目は、どうやら相当ひどい事になっている様だが、声は変わらず、ゆっくりれいむが感嘆
の声を上げている。

 「私の……これは、オリジナル」
 「いや、全くその通り。れえむが何やってもあんまりかっこ良くないけど、本物は一番
かっこいいよ!」
 「知れた事 今更何の常識を!」
 「―――そろそろ、『それ』やめたら?」
 「ふざけるなっ お前に何が解るのか!」
 「いや、『五・七・五』やら台詞やかっこいい技の名前に頼んなくても、お嬢様レベルだと大体
上手くいくって理解できたよ!」
 「吸血鬼 世辞は無くとも夜の王」

 とっくに手放した袋からは、泣きながらではあったが、ゆっくりれみりあ達が飛び出していた。
 本当に惨殺死体と言っても過言ではないゆっくりれいむに褒められ、飛び交う愛らしい自分の
ゆっくり達を見つめ、レミリアは、ようやくにんまりと笑い、腰に手を当てて言った。


 「――――紅月に 遊び覚える 河童の愛」


 2秒ほどして、ゆっくりも言った。

 「あ、字余り」
 「――――『っ』ならばっ……! 一字にあらず 範囲内」
 「ええと………」

 椛はまずは小刀を閉まった。天狗として一服盛られた事(実際大したことは無かったのだが)に
対する面子もあるが、この男をどうにかしてしまい気持ちが強い。
 ただ、自分よりもレミリアの方が、余程むごたらしい行いをしてくれる事は間違いなかろう。
 それより、さっきから普通に喋り続けているが、ゆっくりれいむはどうなっているんだ?

 「おい?」
 「れいむ?大丈夫な訳ないけど――――大丈夫か?」
 「大丈夫だよ!!!」
 「えっと……何か凄い事になってるけど」

 「殺しても死なないタフガイ」と自分で言っていた。そもそも生き物なのかどうかもよく
解らない。
 しかし、あんな状態になって無事でいられる状態ならば

 「もういっそ、あんたそこの人間くらい殺せるんじゃないの?」
 「ゆっくりしてもらうのに、殺しちゃだめでしょ」
 「……………」
 「その”人間さん”はれいむと同じ、よそ者だよ。ここは幻想郷で皆がいるのに、こっちでポ
コポコやってたらきまずいでしょ」

 ただの思い上がった人里出身者と思っていたが、居ついた外来人か何かか?
 たまに人里に運よく到達し、博麗神社にも向かわずそのまま定住する変わり者もいると聞くが、
様子を見る限り外の世界でも碌でもない人種だったに違いない。戻れずにしばらく居ついて、
やはり耐えられなかった口か。

 「――――よそ者なら、よそ者が始末して欲しいって気持ちもするわ」

 と、思っていると、ゆっくりれみりあ達は、もう声すら出なくなった男を、首だけの連中や太
った連中も含めて、総出で抱え上げると、そのままトコトコと反対側の絶壁まで持って行った。
 「どうしてこうなるまで放っておいたんだ」とか聞き方によっては辛辣な事を言って、
そのまま、全員同じポーズで、崖の下へ投げ捨てた。
 ポイっと。
 見た目、残酷さもカタルシスも微塵も無かった。
 向かい側も崖のはずだが、あれで死んだという気がしなかった。 「退場」という言葉が非常
に良く似合った。
 正直、椛が自分の手と小刀で引き千切って解体するか、レミリアには首を掴んでそのまま脊髄
まで外気に当ててほしいと思ったくらいだったのに。
 椛は改めてレミリアを見た。
 男の1メートル程手前で、ただ腕を組んでいるだけで、色々終わってしまった。
 そのふんぞり返った顔と言ったら!
 多少痺れていたとはいえ、椛だってすぐに反応できたが――――唖然としている内に、やって
きた吸血鬼には、正直見惚れていた。
全て持って行かれたというか、ただ来ただけで、終わらせてしまうなんて、納得がいかない。
 と言うか、終わらせられるほどあの人間がみっともなかっただけで、その人間に更に一瞬でも
油断した自分達ときたら………

 「いやー かっこ良さの勝利だね………」
 「凡人の げに悲しきは………」

 月を見上げながら、声色も変えてレミリアはこれが最後と言わんばかりに何か言おうとしたが

 「あーもー 面倒くさい……」
 「最初からやめればよかったのに…… 疲れたでしょ」
 「正直恥ずかしくなってきたぞ、流石の私m」
 「いやいやいや」

 遮る様に入っていたのは、にとりだった。

 「一番カッコ悪いのは私じゃないですかあ」

 それは―――――そうだ。
 椛は無意識に目をそらしていた。

 「『五・七・五』を維持できないよりは大丈夫だとおもうよ!」
 「殺すぞ饅頭。相手が悪かった。カッコ悪いのを相手にするのも、度が過ぎれば付き合う方に
も影響する」
 「そういう相対的な意味じゃないですよ………」

 にとりだって、しっかり立っていた。
 泣くのだけはこらえながら、顔を真っ赤にして俯いている。

 「勝手に、あなたのゆっくりを傷つけて、相手を弱いと思って保護だとか言って不健康な状態
にして。その勢いで、行き倒れていた人間にも同じことをやったら、見事に騙されました」
 「いや、お前はよくやってくれた」

 声色が決して優しくないのは、却って気遣いか。

 「全部、自己満足と、自分より弱いと思ってた奴等を相手にして、いい気になってただけじゃ
ないですか、私」
 「9割9分の人間も妖怪も、相手に気を使った時点で自己満足だ、今更だぞ。それに、
既に人里で私のゆっくりお売買が始まってから、お前のやったことは―――――」
 「――――…… お嬢さんにはわかりませんよ」

 泣いているというよりは、怒っていた。
 勿論、レミリアや、ましてやあの人間男性に対してでもなく。

 「そりゃ、そっちはいいですよ。生まれつき強い吸血鬼だし、何でもじゃないだろうけど好き
にできて――――」

 今回は来ただけで、勝手に解決出来ちゃったし

 「それは、あの人間が極度に愚かで弱かっただけだ」
 「――――私は、本当に本当にカッコ悪いじゃないですか!」

 レミリアは、何か言おうとして、口をつぐみ、頭をかいてしばし黙った。とても子供らしく困
った仕草だったが、一瞬だった。
 そして明らかに顔を作って言った。

 「まったくだ。改めて言うが、お前はカッコ悪いぞ」
 「………」

 極度に傲慢で、相手を見下しきった顔だった。あんな風に見られたら、誰だって泣きたくなる。

 「私から言わせれば、吸血鬼以外の生き物なんて皆等しくみっともないのよ。全員がだ」
 「あーそーでしょうとも」
 「たまに、上手い具合に刃向ってくる奴は、まあまあ認めてやらんこともないかもしれないが、
最も一番カッコ悪いのは」

 にとりは、終に頬に一滴を垂らした。

 「自分より下 を作って満足しきっている奴等だ」
 「私の事ですよね。そりゃどうも」
 「私から言わせれば、どいつもこいつも筍の背比べなのに、勝手な基準で優劣と上下関係を
決めての優越感など、愚の骨頂」
 「ええ そうですね」
 「負け犬の遠吠え 傷の舐め合い――――とは違うか」

 レミリアは、更ににとりの傷口を抉る。
 と言うか、ブラブラとしたささくれや瘡蓋を引きはがす。

 「弱者の極みもここまで。『人』なんて字は、支え合いだなんて言っているが、既に片方
が明らかに寄りかかっているしな」

 あれは、本当は直立する者のを横から見た図という説が正確らしいが………

 「水場から離れた河童らしいと言えば河童らしい」
 「……………」

 ゆっくりれみりあ達が、心配そうに足元にやってきて、にとりをさすろうとしたり、何か声を
かけていたが、彼女は気づいていないようだった。


 「だが―――――そんな 自分より下 を作ってる奴に限って、たまに私に刃向う奴が出て来る
から世の中面白い。森の時のお前みたいにだ」


 レミリアは全員に背を向け、月を眺めながら言った。
 よく見ると、多少なりとも負傷していた。
 どんな命知らずに攻撃されたのか?

 「このライフスタイルを長年続けるのも楽じゃないんだ。お前らもお前らで、私の苦労もごく
たまには考えろ」
 「……………」
 「お前ら雑魚妖怪どもや人間どもは、すぐに目上を恨む。目上=力=悪 とでも思っている
のかしらね。単なる嫉み僻みで、問題は自分の方にあるというのに」
 「レミリア殿、お言葉ですが、やはり圧倒的な、どうしようもない力の無さというものは
―――――あなたには理解しづら過ぎるかと」
 「だったら何だ? 私に『あなた達の身になってあげられなくて、私が生まれつき強くて
金持ちで、努力して得たものばかりじゃなくてお恥ずかしい限り』とでも言って、定期的に
わざと負ければそれで満足か?」

 それは――――嫌だ。
 本当に嫌だが、にとりも椛ももう少し納得が出来なかった。
 これで納得したと踏んでいたのか、余裕を持った笑みで振り返ったレミリアは、多少気まず
そうにしていた。
 そこへ、適当にすでに元の状態になったゆっくりれいむがやってきて、両手を斜めに上げ、
片目なんぞつぶりながら、ふてぶてしく言い放った。


 「可愛くてごめんねー」


 レミリアは、足元のゆっくりを指さしながら、言った。


 「ね? むかつくでしょ?」


 一同は激しく納得した。




 ■■■■■■■■■ おまけ

 話は、1週間前にさかのぼる。


「『五七五』?」
「ファイブ・セブン・ファイブ です」

 いちいち何でも英訳なんぞしなくても解る。と突っぱねた後、レミリア・スカーレットは相手
をいかにも小馬鹿にしたように、半身をのけ反らせつつ、(正体不明の着色料を使用して)人間の
眼球を模した鈴カステラを口に入れ、これ見よがしに紅茶を流し込んで言った。

「いやはや、人間ども―――殊更東洋人は相変わらず発想が貧困だな。詩や歌なんてものにまで
お定まりの形を作らなければ創作もできないとは。
 5・7・5。たった17文字。奴等に言わせればそんな制限の中に無理やり表現を詰め込む事が
美学らしいが、受け取り手の想像力の協力が無ければ成立しない芸が、どうして芸と言えよう。
 目の前に身の丈のキャンバスと、10センチ四方の画用紙があったら、画用紙を迷わず取って
せこせこと描きしたためるようなものだ」
「…………………はあ」
「つくづく浅ましい。あの天狗の言っている通りだな。自分の殻も破れない、ヒヨコどころか、
孵化にすら達せない様な未熟な生物よ」
「さいで」

 先程から何かを必死でこらえている河童の技師――――河城にとりを尻目に、十六夜咲夜は丁
寧に答えた。

「暗証いたします。
『いやはや、人間ども―――殊更東洋人は相変わらず発想が貧困だな。詩や歌なんてものにま
でお定まりの形を作らなければ創作もできないとは。
 5・7・5。たった17文字。奴等に言わせればそんな制限の中に無理やり表現を詰め込む事が
美学らしいが、受け取り手の想像力の協力が無ければ成立しない芸が、どうして芸と言えよう。
 目の前に身の丈のキャンバスと、10センチ四方の画用紙があったら、画用紙を迷わず取って
せこせこと描きしたためるようなものだ。このダメ巫女が』」
「…………………何かつけ加えたろ、お前」
「それでは今の言葉を一字一句、博麗霊夢に伝え、お嬢様は不参加という事で」
「参加ってなんだ」
「明後日の宴会に一席で、句会をと――――この河童さんが」
「私は出ませぬがね」
「西行寺さんが主宰で、霊夢も顔を出すとか出さないとか」
「盟友っていちいち言うなよ。霊夢なら霊夢って言いなさいよ」

 人間じゃなくて、霊夢っていう生物だとか言ってるんですよ。と、割と聞こえやすく咲夜さん
はにとりに伝えた。
 ある夜。
 紅魔館にて、配管の修理を行った帰り、主人に呼び出されて質問を受けた上、世間話が昂じて、
人里の流行についての話題になった。
 例えば、俳句。

「おい!」
「それじゃ………私はこの辺で」
「河童河童。お前、本当にゆっくりとやらについて知らないのか?」
「存じませんって。そんな、動物の飼育なんかは管轄外でござんすよ」
「ふむ………」

 全く、冗談じゃない、と言いつつ、何かとても幼稚で初歩的な言い間違いをした気がして、
話している間もかかなかった汗を、にとりは服の下でだらだらと流していた。

「そもそも、俳句って、あれはあれで難しいんですよ?」
「何、たかが言葉の配列。人間でに出来て、私にできないはずはない」
「例えば?」
「…………………『紅き月 水面に移りし 雪蛍』」
「えっと、色々ありますが、まずは、『五・八・五』ですね」
「………………………………『紅き月』………」
「…………………」

 まあ、慣れってのもありますし―――――
 にっこりと笑った咲夜さんに、レミリアは言い放った

「慣れてみせようじゃない」
「はっ」
「宴会に着くまで、私は、『五・七・五』しか話さないわ」




■■■■■■■■■


 「しかし、こんなものがなあ………」

 グシグシと涙をぬぐう河童の頭を、かなり暴力的に叩く吸血鬼を尻目に、椛は先程の落下して
きた4輪車を引き上げようと手をかけた。
 ゆっくりれいむ含め、3人が気づいた時には、椛は上空にいた。


■■■■■■■■■


 「”水を操る程度の能力”って考えてみれば怖くない?」
 「ですね」
 「例えば、ライフライン奪う事もできるよね」

 何か強い力でなぎ倒された木 
 疲れ切った宵闇の妖怪と夜雀と、元気なメエド長
 飛び散った蒲焼のタレ
 破壊された屋台

 「…………………河童ぁああ……」

 タレの事で怒っているのか、屋台の破壊で怒っているのか。
 とりあえず今はルーミアには怒っていなかろうが、最初にすぃーをぶつけた一人ではあるので、
彼女もレミリアとにとりの激闘後の片付けは手伝った。
 しかし、半壊した屋台自体はどうしようもない。

 「今度弁償させていただきますので、そろそろ行きませんか?」

 ミスティアは終始無言。
 日も沈んだ頃、何のモーションもエフェクトも無くやって来た咲夜さんに心底ほっとしたが

 「開店初日から継ぎ足し継ぎ足し使ってたのに………」

 ああ、やはりタレか。

 「しかし、本当にすごいよね……」

 『水を操る能力』=『液体を操る能力』か、もしくはにとりが『水』と認識してればよいのか。
 例えば酸やその他猛毒等も自在に飛ばせば、純然とした兵器となりうるし、空間に固定したり
移動する事ができるなら、水でただ相手の口と鼻を塞ぎ続ければ窒息させられる(相手が飲んで解
決しようとするなら、高濃度の砂糖水や塩水を使えばいい)。
 というか、それを、にとりはやって、窮地を脱したのだった。勿論、足止め程度の効果で、
二度とは通用しないかもしれないが。
 タレで。

 「飲んで忘れよう」
 「タレなら、また4.5年もかければ良い物ができますよ。妖怪なら余裕でしょうに」

 ああ、そう言えばゆっくりれいむは兎も角、あの すぃー ってやつは、レミリアが小脇に抱え
て持って行ってしまったが(凄い力だ)、自分自身のゆっくりルーミアとやらに返却する必要があっ
たのだ。
 さてどうしたものか――――飲んでから考えるとするか、と気だるく立ち上がった時、上空か
ら何かが降ってきた。

 すぃー………

 間抜けな音だった。
 今度は屋台にはかすりもしなかったが、あの白狼天狗が、すぃー と共にかなり危険な態勢で
落下し、地面にのめり込んだ。
 ミスティアと顔を合わせ、兎に角2人は渋面で観察した。
 引き上げようとかそうした気持ちは働かなかった。
 すぃー がこの世にいくつもあるとは思いたくなかったので、同じ個体が、何かの原理で同じ
場所を移動しているのだと適当に考えた。
 それとも、これが”運命を操る程度の能力”の一環とでも言うのか。

 「多分、違いますよ」

 咲夜さんは見透かしたように言って、椛を足から引っ張り上げていた。
 椛は無言だが思ったよりも平気そうだった。
 その時――――森の中の、闇が、揺らいだ。

 「あれっ」

 月光が今まで照らしていた所までどす黒い闇が広がり始めていたのだが、ふらふらとだらしな
くそれが薄まり、そこには―――――ルーミア自身が、何やらディフォルメされて、浮いていた。
 ゆっくりルーミアだった。

 「こんな所にまできていたのか― 回収に来たのか――」

 自分が回収に来たのに、疑問形? 自分のやっている事に自覚が持てない精神の病か何かでも
持っているのだろうか?
 兎に角、咲夜さん以外全員疲れていた。
 咲夜さんは、まず椛に「お化粧の乱れはさすがに恥ずかしい」と言って、手鏡を渡し、すぃー
を物珍しげに観察し始めた。

 「乗っていくのかー」
 「「遠慮しておきます」」

 ルーミアとミスティアは同時に返答した。
 ゆっくりルーミアは、全員を順繰りに見て回った。
 案外余裕のある椛は、念入りに口紅を引き直していた。
 あの嫌味なコートは置いてきたらしく、袖は完全に千切れた様で、闇夜に、脇から純白の腕が
光るように映えていた。そして、唇が彩るように深く紅い。
 更に、途中で破けたらしく、決して大きいとは言えないが、胸元も大きくはだけられ、最初に
見た時以上の凶悪な色香を放っていた。
 何というか、全裸より何かを掻き立てる。

 「紅月に あな恐ろしや すぃーの旅」
 「   「あら、犬走さんも、句会に出られるのですかね?」

 にっこりと笑った咲夜さんに続いて、何の感情も宿さない目で、ゆっくりルーミアは椛の太腿
や胸をねめ回すように見て最後に言った。



 「これが本当の ○゛ッチハイク なのかー」



 椛本人は、外来語に疎いため、このとんでもない暴言に気が付かなかった。




                     今度こそ  終り

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最終更新:2012年01月21日 16:45