「そう言えば、椛ちゃんはメエド長になんて聞かれてたの?」
「『この辺りに悪い肉まんが大量に飼育されているらしいけど、詳しい事を知らないか?』って」
悪い肉まんねえ……
椛は思い切り岩壁を蹴り上げた。
にとりとルーミアが飛び去ってから、数分後。
ルーミアとやらはともかく、陸上では人間とさして変わらないにとりがどうなったか心配で、
反射的に千里眼を使っていた、中々見つからない。
「すぐに忘れる奴が多いけど、きやつら飛べますしおすし」 というゆっくりれいむの一言で、
そろそろ諦め、煙草をまた吹かし始めていた所だ。
「よし。開けよう」
一服し終え、丁寧にやれ紙に吸殻を畳んで懐に入れ、椛は岩壁の一部に手をかけた。
見た目はあまり変わらないが、材質が違う事が分かる。にとりの事だから、何かしらの細工を
施しているのだろうが、天狗の腕力で開けられぬ事もあるまい。
「うわあ って言わないでね」
「解ったよ!!!」
「行くよ」
「う、うわあ」
流石に罪悪感はあったが、思い切って椛は押し開けた。
山刀で破壊するよりは紳士的だろう。
「う、うわあ」
「言うなって言ったじゃない」
「そりゃ言うよ!!!」
隠し部屋には、ゆっくりの類は居なかった。
十分生活できるスペースと家具と照明と、人間男性が一人いた。
「う、うわあ」
「そりゃ言うよね」
「う、うわあああ………」
「4回も言わないでよ……」
一番驚いていたのは人間だった。
元々くつろいだ姿勢で、卓袱台の上に大手の鍋を乗せ、何かをかき混ぜる作業をしていたが、
――――風見幽香レベルの妖怪でも食欲を失くすのではないかと思う程慌てふためいていた。
椛自身、仕事柄人間男性などを観察する機会は稀だったが、しばらく人間を見るのがきまずく
なりそうだと思った。
実に、只者である。
だから、にとりが保護していたんだとか色々想像はできるが、その分うんざりする。
「何を驚いておる。人間風情がこんな所で」
一歩前進しただけで、人間男性は一度へたりこんで、バネの様に立ち上がって気を付けをした。
「ろ、ろうひはへ……」
「聞き取れぬわ。挨拶の一つもできんのか小童」
何か食べていたのか、単に呂律が極端に回らないのか、ラ行とハ行しか発音できていない。
実はあまり慣れない喋り方だったが、自然と天狗という立場を意識してしまい、椛はドスを強
めて続けた。
「ごめんなざい…… どうしで天狗様がここへ……」
「馬鹿者が。妖怪の山でなければ山はどこでも安全とでも思うたか」
「すみませんすみません」
「何故に謝る。河童の作った部屋で何をしようと構わぬが―――やつに攫われたという訳でも
あるまいし」
最初から何かしらを糾弾した訳でも無いのに、ここまで卑屈な態度に出るという事は、何かや
ましい事でもあるのだろうか。人里ではどういう身分の奴だろう?
「はひぃ……」
「聞き取れぬといっておるであろう。それとも何か妖怪や我々に隠し立てでもあるためか?」
「ほげえー……」
人間男性は、下だけ向いたままガタガタと震えて、先程はまだ何かしらを言わんとしている事
が想像できる程度の発音だったのだが、最早会話を諦めて、多少答えようと努力はしているのだ
と見せかけるためだけに呻いている様にしか見えない。
心底苛立った。
「言え!言わぬか!!」
「椛ちゃん、こんなに言ったらカワイソーだよ」
ゆっくりはカワイソーと、何故かその部分だけ器用に棒読みにした。他の誰を連れてきても、
流石にこの態度は情けないと思うだろうが、ゆっくりにさえそう映っているのだろうか。
射命丸が、人間をあれだけ見下す気持ちも解るかもしれない。
気がつけば
夕暮れである。
早いもので、この男と何時間も過ごしたわけではなく単に日が沈むのが早く、表で迷っていた
だけだが、どうにも時間を浪費し過ぎた気がして、背後を振り向いて空を仰いだ。
時間に余裕を持って、煙草まで吹かしていたのにこのありさまは何だ。
―――自分から、にとりが囲っている「ゆっくりの保護区」が気になって、いい機会だから
実物だけでも確かめておこうと思ったからか。
別に今日でなくともよかった。
割といつもと違う格好で、気分も変わって調子に乗っていたのか―――と反省していると、
上空の何かが視界に入った。
無駄に高い位置から、こちらを目指していることが解る。
にとりだった。
すぐに扉の所へ到着した。
「………開けないでよ」
「あぁ…………しかし…」
にとりは、やや負傷していた。
軽くだが血のにじんだ額と、誤魔化すように肩や腕に巻きつけられた手拭いは酷く分厚かった。
そしてそこにも血がにじんでいる。
全身をどこかに酷くぶつけられた様で少し立ち方もおかしい。全体的に、大きな力で打ち据え
られた様だ。
あの切り餅みたいな物体に、引きずり回されただけとは思えない。
「―――あーいや。大丈夫。あのまま怪我したのさ」
「……………」
「大丈夫だって」
「にとり。正直に言うよ。私はお前を見損ないそうなんだ」
「……………」
人間男性は、ほんの少し落ち着きを取り戻したか、何とか移動して、部屋の隅にまで行って座り込んでいる。
「お前達、『盟友』ってよく言うわよね。個人的に私はあの概念や言い方が好きだった」
「へえ……」
「人間ってもの自体を全体的に、河童として『友』って言うのは妖怪としておかしいって
言う奴もいるよ。でも私は個人的に、どうしてもそういう事を言う奴等が絶対に必要だと
思ってる―――――私自身はごめんだけど」
昔、それはそれは怖い「鬼」なんて上司がいて、今も立派な縦社会であるためか、天狗は割と
他者を見下す。
だから、天狗になる と言うのだと、椛も思っている。
随分前にだが、例えば台風で被害に大惨事となった人里の様子を皆で見物に行った時――――
―必死で田畑や家屋を立て直そうともがき続ける人間を、傍から見て天狗達はニヤニヤ笑った
ものだ。射命丸等新聞を発行しているものは、文章で直に人間の非力さと必死さを嘲笑って記事
を締めくくった。元より勝手気ままに生きている下っ端野良妖怪達も、(半分は決まった住家を
持たない引け目もあってか)人間はこれだから大変だ ああはなりたくないもんだ と口にした。
――――河童達は違った。
少なくとも――――にとりはこの時も含め、憐みをこめた感想すら口に出したことすらない。
「だのに、何だこれは」
「………あー……」
「別に付き合ってる訳じゃないわよね?」
頼むから、そういうのだけはよしてくれ。
「――――元々、行き倒れだったんだよ。流石に好きあってはいないさね」
「人里に返しなさいよ」
「何か、誤解を受けていて、しばらくいられないって」
「――――なおさらじゃない」
「でも、気の毒だったし、私、彼に仕事は与えてるし」
「だから。帰らせなよ」
「――――行き場が無いから、ここにしばらく居たい って彼が………」
人里にそれ程詳しくは無いが、仮にも妖怪に匿ってほしいと思う人間がいるだろうか?それも
こんな小心者が。それほど、帰りたくないと思わせるほど、人里は閉鎖的な社会ではないはずだ。
こいつ自身に何らかの問題があると考えるのが妥当だろう。
少し前から、にとりはおかしい。
ゆっくりは、ただ押し黙っていたが、その目に感情は全く読み取れなかった。
「………作業終わった?」
言葉を考えあぐねている椛はもう無視して、にとりは奥の人間に話しかける。
「ごめんねぇ 怖がらなくていいよ? この天狗は私の友達だし、危害は加えないから」
「ほ、本当?」
「本当だよ。作業終わったのかな?」
「この天狗……様……… は僕を襲ったり……」
「しないてば」
「驚かせないでよ!」
突然男は大声をあげた。
椛は、黙ってこそいたが、今日一番の驚きだった。
「マジでびびったじゃないか! 何で天狗が来るんだよ! 僕がどんなに怖かったか解るのか!!」
「ごめんなさいね。本当に」
「ふざけんなよもう! 折角餌だってつくってやったのに!!」
「ありがとうありがとう!本当に助かるわあ。じゃ、あの子たちのご飯、上に運んでくね?」
「おお、内弁慶内弁慶」
ゆっくりはもの凄く希少な動物でも見つけた学者の様な声を出していた。
卓袱台を見ると、少し良い匂いの卵等を使ったらしい簡素なお菓子の類が沢山作られている。
ミネラルブラッドも、透明ないくつかの容器に詰め替えられている。
あのゆっくりの「餌」がこれか。ちなみに、にとりは「食事」と称した。
はっきり言って、大した仕事ではない。
現に、ルーミア達を絶壁の頂上まで連れて行こうとしてたのだから、現地付近でも即席ででき
る仕事だろう。
にとりは、大量の荷物をここまで運ばせ、この人間男子に加工させていたのだ。
以前、一度だけ椛が手伝った時、中腹のこの地点まで運ばせていた。椛は、大体この付近に
「保護区」があるのだと思っていたが、実際は加工のためだった訳か。
すると、そこそこ前から、この男をかくまっていた事になる。
匿っていたというより――――こちらの方が、「飼育」とか「保護」に近い。
一応、暇させず、なけなしの自尊心を守らせるために仕事(それも誰にでもできる様な)も与えて、
一所に閉じ込めて。
何だか食欲がなくなる話だ。
「にとりぃ。 そんな事よりよさ! もうノルマは果たしたんだ。そろそろ僕俺にも、
ゆっくりに会わせてよ」
「うん………解った。本当にごめんね。それじゃ、連れてくね」
何だか疲れ切って諦めた声で、にとりは外の車に部屋にあった「餌」(何度も言うが、にとり
自身は『食事』と言った)を乗せると、落ち着いた足取りで、坂を上り始めた。
男は小躍りしている。ゆっくりにそんなに興味があるのなら、目の前にいるというのに………
「おお、ようやく私達にも見せてくれるのかい」
「―――いや、彼も、見たいって言ってたし」
「こっちにも場所は秘密にしておいて、こんな人間ごときの要望には答えるってわけ?!」
「違う……… 正直現状を客観的に見てもらいたくなったと言うか…………」
懺悔したい。
本当の本当に正直言うと、終わらせたい。
吸血鬼に本人に、いつまで隠せるとは思えないし。
小さく吐くように、笑いながらもにとりは言った。何気にとんでもない事をつぶやいていた。
「そりゃ良い事だけど……」
その一言で、同行した椛も、ゆっくりも押し黙ってしまう。
人間男子一人が、打って変わって先程の恐縮さを早くも忘れたのか、意気揚々と車を後ろから
押している。
(それにしても………)
ありがちな顔であった。
無個性、というか、識別する上で何か大切なものを拒絶したような顔。
両目が、完全に前髪で隠されているのだ。このため、表情も感情も実はよく読み取れなかった。
普通ならこれだけで立派な特徴のはずなのだが、全く気にならなず、人混みの中に紛れようも
のなら、まず見つけられないと椛は思った。そもそも、眼球が髪で他人から見えない程度に
隠されている状態で、普通に行動すること自体が不可能なはずだ。気にならないのだろうか?
更に無個性と感じたのは、信じられない話だが、これに似た人間を割と最近椛は目撃している
事に気づいたためだ。
食い殺した奴にも、戦いを繰り広げた退治屋の下っ端にも、たまたま酒を共にしたり、軽く
親切をしあった人間の中にも、こういう顔がけっこういた気がし始めた。
人間と見せかけ、こういうタイプの妖怪なんじゃなかろうか? 新種ののっぺらぼうとか。
もしくは、何か昆虫が擬態しているのと同じ原理の技術を誰かが開発して使っているとか――
―――にとりなら、できるだろうか?
考えている内に、頂上に到着した。
既に月が昇っていた。
ひたすら広い平地だった。
「実際はもっと広い。光学迷彩の応用だよ」
聞かれてもいないのに、にとりは説明してくれた。そんな狭い所にゆっくり達を閉じ込めてお
くほど、不健康じゃないよー という前もってのアピールだろう。
少し中に浮いて、バサバサと透明な布状の物を、にとりは片付け始めた。
そこから、張り巡らされた緑色の金網がが現れた。一つ一つの穴が、変に大きいのが、少し救
いな気がした。
まず全員が眼にしたのは、非常に整備された、高原の様な美しい牧草地と丘陵、林、適度に
幼児が遊んで楽しそうな岩場の数々。
そこで、沢山のゆっくりれみりあ達が、遊んでいる。
本当に牧歌的で楽しそう。
そして
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rー-、,.'" `ヽ、. ,. -───-- 、_
_」::::::i _ゝへ__rへ__ ノ__ `l‐.、 rー-、,.'" `ヽ、.
く::::::::::`i / ゝ-'‐' ̄ ̄`ヽ、_ト-、 __r、 イ、 }^_」::::::i _ゝへ__rへ__ ノ__ `l‐.、 ,. -───-- 、_
. ノ \:::::イ,.イ イ,.イノヽイ,.イノヽ! レ 7ヽ___>、_ ノく::::::::::`i / ゝ-'‐' ̄ ̄`ヽ、_ト-、 __r、 イ、 }^ヽ、 rー-、,.'" `ヽ、.
/ヽ/ r'´ "レ ⌒ ,___, ⌒ `! i ハ. ノ \:::::イ,.イ イ,.イノヽイ,.イノヽ! レ 7ヽ___>、_ ノ ハ } _」::::::i _ゝへ__rへ__ ノ__ `l‐.、
/ / ハ ハ//レ /// ヽ_ ノ /// i ハ /ヽ/ r'´ "レ ⌒ ,___, ⌒ `! i ハ ハ / く::::::::::`i / ゝ-'‐' ̄ ̄`ヽ、_ト-、 __r、 イ、 }^ヽ、
⌒Y⌒Y´ノ/l ハノ / / ハ ハ//レ /// ヽ_ ノ /// i ハ 〈 〈〈{. ノ \:::::イ,.イ イ,.イノヽイ,.イノヽ! レ 7ヽ___>、_ ノ ハ } \
ノ /.'〈,.ヘ. 〈 ⌒Y⌒Y´ノ/l ハノ i i /ヽ/ r'´ "レ ⌒ ,___, ⌒ `! i ハ ハ / }! i ヽ
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l 〈,.ヘ. //レ'⌒Y⌒Y´ノ/l ハノ i i ヽ⌒Y⌒Y´
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「太り過ぎじゃない?」
「太ってる状態なのかな、これ……」
面積は広いとはいえ、十分な運動もせずに定期的に食事が来るのだから、こうなるのも仕方が
ない。
樽ほどもあるゆっくりれみりあは、緩慢にまさしくゆっくりと浮遊している。
更に奥の方では、胴体のある連中が―――――
「う―――…… 『関ヶ原の戦い』って知ってる?」
「うー! 知ってるー!」
「天下分け目ー!」
「小早川秀秋は?」
「知ってるー!」
「ロン」
「「うわあああああああああ!」」
「うー………私が、寝返ると踏んでいたのだろうが……… あの戦いで、そのまま西軍に残っ
た武将も、いたはず……なんだっ……!」
「うーうー!」
「「うわあああああああああ!」」
「うー! オヒキ役、ありがとうね!」
そもそも幻想郷にある物なのか、外で忘れられているとさえ思えないような、卓上の
ゲームを
していた。
「まーじゃん? ってやつ?」
「ああ、あの門番がやる相手がいないって嘆いていた遊びだよ。どこで覚えたんだか………」
「あの道具自体どこで買ったんだろう?」
林では、何だかやたら煌びやかな妖獣や英雄の類らしき絵柄が描かれた絵札を使って何かをや
っていたし、トランプをやってる連中は顔が怖いし、岩場の上では、小さな板を二つ張り合わせ
た様な正体不明の玩具を、両手でピコピコ押して熱心に向かい合っている奴等がいた。
「………動けよ」
「一応ボールとか、外で遊べる類のものも渡したんだけど………」
一番多いのは、まーじゃんをやっている奴等だった。
卓によっては、供給されているミネラルブラッドを景品にしている輩さえいる。
血を、賭けているのだ…………
何と言う不健康さか………! 別の意味で。
「どうすんだよ、これ……」
「最初はこんなつもりじゃなかったんだ。ただ、あいつら本当に可愛いじゃない?」
その内、何体かがパトパトと羽ばたいてやって来た。
「うー!お疲れーっ!」
「河童さん、いつもありがとう」
―――下膨れ気味の丸い顔
―――小さな口
―――悪意を知らない、子どもそのものの笑っている目
―――暖かく、いつも染まっている頬
幼児や野生動物の幼体、誰かを喜ばせるために作られた玩具、そういった要素の温かい部分を
かきあわせて、麺麭でも作った様な可愛らしさ。
不自然だが、たしかにこんな素直に可愛いと言える、完成された存在はそういまい。
ゆっくりは素朴に疑問だったようで、口を挟んできた。
「にとりちゃん、前にあの うーうー言うやつ の羽根を毟っちゃったって言ってたよね」
「――――そうだよ…… あんなに可愛くて純真で弱い子の羽根を………」
「うーって奴等は確かに可愛いけど……・・・ だから牧場なんて作ったの?」
椛は思い出していた。
山で、この辺りで見かけた時、最初は人間の赤ちゃんか何かかと思ったのだが、どうにもあの
紅魔館の吸血鬼に似ているし、それを思い切り可愛く愛嬌たっぷりにしたような間抜けな顔を
していた。
言葉も介し、喋り方からその動作まで、一々が愛らしかったあの小動物。
もしも、いくら可愛くとも、本当の獣だったら、ああした気持ちにはならなかっただろう。
好奇心やら愛しさやらが高まって―――――椛も、にとりも、あの時羽根を持ってしまった。
そして・・・・・・・・・
「む、牧場じゃないけど、原因ではある」
「あいつら、そんなに弱くないよ」
椛も、ゆっくりを見返してしまった。
「―――いや、弱いでしょう。羽根なんか簡単に毟れちゃったし、凄い泣いて逃げちゃったし」
「あぁ、うーってやつは泣き虫だから」
「…………」
「でも、多分羽根はすぐに生えるよ」
―――気休めにもほどがある。
「嘘言わなくても良いよ」
「いや、多分生えてるよ」
「適当な事言うな」
「だってあいつら超適当な奴等だし」
「適当なもんか!」
「いや、れいむ見てれば解るでしょ」
確かに適当だ。
適当、という言葉は、いい加減という意味以外に、「適切で丁度いい」という使われ方があるが、
こいつらは確かに前者だろう。
にとりは唖然としている。
「き、君とあの子達の何なの?」
「にとりちゃん、保護区とやらを作ってる割にはちゃんと理解してないんだね?」
「いや、保護区っていうよりは、でっかく囲って、外敵が――少なくとも妖怪は入って来られ
ないようにして、定期的にご飯も渡してるだけで――――後は 自由で本当に平和にさせ
てるから・・・・・・」
「それは割と良い事だけど、やっぱりうーって奴等はあんまり嬉しくないんじゃないかな」
「か、簡単に殺されるよりはいいじゃない……」
だって、人間と変わらぬ河童ですら傷つけて、泣かせてしまうのに
「だから大丈夫だって。うーって奴も、すぐ泣くけど殺しても死なないタフガイの一つだよ!」
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♪ rー-、,.'" `ヽ、.
\ _」::::::i _ゝへ__rへ__ ノ__ `l
く::::::::::`i / ゝ-'‐' ̄ ̄`ヽ、_ト-、__rイ、 }^ヽ、
.r'´ノ\::::::::ゝイ,.イノヽ! レ ヽ,_`ヽ7ヽ___>、_ ノ ハ } \
/ヽ/ r'´ ィ"レ´ ⌒ ,___, ⌒ `! i ハ / }! i ヽ 運命の紅いタフガイ
/ / ハ ハ/ ! /// ヽ_ ノ /// i ハ 〈〈{_ ノ } _」
⌒Y⌒Y´ノ /l ハノ i ヽ⌒Y⌒Y´
〈,.ヘ ヽ、 〈 i ハ i 〉
ノ レ^ゝi>.、.,_____,,...ィ´//レ'ヽハヘノ
「いやでも、君だってルーミアの奴には酷い事されてたじゃないか・・・・・・ 妖怪なんて、残酷
な奴が多いんだから……」
「あれか…………」
椛はその場面を見ていない。
ルーミアが何をしたのか?と聞かれたので、にとりは、自分の脳天から全体重をかけて押し
つぶしていた とだけ伝えた。
「許せないよねー」
「大人げないわね、あの妖怪も」
「あーそれなんだけど…………」
ゆっくりは辺りを入念に見回し、人間が、ゆっくり達を見てうきうきしている事を確認すると、
静かに言った。
「確かに、ルーミアちゃんと本気で喧嘩したら勝てる訳ないよ」
「本気で喧嘩するって場面がある事を想像してる時点でおこがましくないかいお前」
「あれは……遊びだったし、ルーミアちゃんの『協力』や『油断』があったからなんだ」
「何が?」
「本当のことを言うね」
あの時…………にとりが、2人を発見した時。
「あれは、れいむが、ルーミアちゃんに技をかけていたんだよ」
れいむは解説を始めた。
元々は、外の世界の架空の技として、超人用に考案されたらしい。
基本は、飛び込んでくる相手の力を利用して首を肩越しにかけ、大木を引き抜くように逆さに
持ち上げ自身も天高く飛び上がり、そのまま稲妻の如き速度で地面に落下し、着地時の衝撃で首
折り・股裂き・背骨折りを同時に行うという。
キン肉王家48の殺人技が1つ、五所蹂躙絡み。
「またの名を、キン肉バスター」
「……………………」
「……………………」
二人は同時に律儀に手を挙げて質問した。
「君にはルーミアの腕を掴む腕どころか………首を乗せる肩すらないじゃないか」
「それが、この真実の恐ろしい所だよ!!! ルーミアちゃんもそれを知られたくなかったか
ら、にとりちゃんの脅しに屈したんだよ!」
「説明聞いてるだけだと、その場合技をかけてる君の方が痛そうだけど………」
「実際、ダメージは尋常だじゃなかったね!!! ルーミアちゃんは無事だったし、やっぱり妖怪
相手にかっこよく立ち回ろうなんて思わない方が良いね!!!」
だから、その発想が思い上がっている。
このゆっくりれみりあ達も、同じ程度の実力(?)があると……?
実際に何かと戦う場面など見た事も無いが、胴体があるやつもいるし、その分このゆっくりれ
いむよりは強いかもしれない。
「………で、どうすんの。この不健康の、極み」
「インドア派っていうか、引きこもりみたいなもんだね」
「―――何とかやめさせて、自立させたいとは思ってる。うん」
にとりは基本優しい奴だから、尻児玉を狩るのもさぼってた様だし、ゆっくりれみりあを傷つ
けた事が相当ショックだったのだろう。
はっきり言って偽善と自己満足に満ち満ちた行為だが、長い気の迷いだったと思いたかった。
椛の顔も見れない程俯いてるため、目つきは少し見えないが、肩が疲れ切っている。
「まあ、このまま野生に帰しても生きていけないだろうし、まずは……」
「いや、ほっといて出すべきだよ!!! 甘やかしちゃだめだよ!」
「「「「うーっ 断る!!!」」」」
「ふん。ぬるま湯生活になれちゃったね! ぐうたらおぜうどもめ!!!」
「もっと遊びたいのー!」
ゆっくりれみりあ達は、賭け事などをやる手だけは止めないで、顔だけ向けて一斉に言い放っ
た。まんざらでもない生活だったのか。
生態系の事などは解らないが、このゆっくりれいむと同等の「適当な」奴等なら、確かに何と
かやっていけるかもしれない。
「あ、そうだ。いっその事『異変だ』って言い張っちゃうのはどうかしら? レミリアに似た
生き物がなんか大量に人里にちょっと近い賭博にはまってる って」
「巫女さんに相談するの……?」
「協力してもらおう」
頼りになる人達は、神社に集まってるかもしれないし。
思い切って、紅魔館に「似てる」と言って押し付けてしまう手もありではなかろうか?
と、神社や紅魔館もどこら辺にあっただろうかと空を仰ぐと、もう月が照っていた。
「―――なあ、今日はここら辺で良くないか?」
にとりも椛も、暫く何も食べていない。
体力的なものより、どっとした疲れを覚えていた。
「一応、食事も届けたんだし、予定は終わった。まずは、一端帰ろう。そして、飲もう」
「………飲むのは、終わってからじゃ………」
「何言ってんの。確かにこれは『異変』だけど、もう一つ『異変』は終わったのよ」
にとり、あなた自身の異変がね!
椛は片目をつぶったが、しばらくして自分が恥ずかしくなって俯いた。
「椛………言いたいことは解るけど…………」
「今のは私が悪かった」
ともあれ、「終りが一つの始り」とよく言う。ならば、「始りは何かの終り」という理屈を言い
張っても罰は当たるまい。
終りには、酒を飲むのだ。だからこそ、次を始められる。
にとりは今度こそ椛を正面から見つめた。疲れてはいるが、目は幾分生気を取り戻している様
に見えた。
「……飲みに行こうか………」
「あの白黒の魔法使いも、土蜘蛛も来てるはずよ」
「あーまー……それは……ところで、一応またここら辺隠すの手伝ってくれる?」
迷彩用の布を掴んだが、二人はそこで、変に浮かれていたかの人間の姿が見えない事に気が
付いた。
辺りを見回すと、林の中からごそごそと這い出てきた所だった。
「おい………」
どこに隠し持っていたものか、大きな袋を担いでいる。中では、丸っこいものがもこもこと動
いている。
微かだが、うーっ という声が聞こえた。本当に僅かだ。
――――あの袋、空気が入ってないんじゃないかと、下らない事が、二人は気になった。
「ゆっくり達をどこへ………」
「―――いや、困ってるみたいだし、持って帰ろうかと………」
「余計な事だよそれは」
「いいじゃないすかぁ こんなにたくさんいるんだし、やっと見つけたんだ」
男から感情が中々読み取れない。何せ、眼球が見えないのだから。
「それは、こっちで決めるから。大体かわいそうな事しないで。中で暴れてるじゃない」
「ところで一杯どうです?」
瓢箪に入ったミネラルブラッドが、杯に注がれて渡された。
確かに――――飲まず食わずだった。
―――笑ってほしい。下っ端天狗の愚かさを。
後に椛は語っている。
まあ、と思って、軽い気分で、飲んだ。
反射的でもあった。
多分杯だったのが大きい。
飲んで、何か言おうとしたとき、膝が折れた。
凄まじい勢いで下半身から力が抜け、一瞬膝が折れた。
「えっ…………」
続いて、猛烈な吐き気が襲った。
人間を睨みつけると、すぐさまにとりの帽子を奪って粉状の何かをにその頭に振りかけていた。
「痛いっ」
「おー やっぱり皿には効くんだ」
男はそれはもう、勝ち誇ったように、嗤い始めていた。
「………何だこれ?」
「河童って、本当に弱えんだな。水場じゃなけりゃ俺でも勝てるってよく解ったぜ」
今までは眼球が見えないから、表情が無いと椛は思っていたが、そんな事は無かった。
口の端を思い切り吊り上げ、男は嬉しそうに笑っていた。
(―――……ああ。醜い………)
素直にそう思える笑顔だった。
頭を抑えてしゃがみこむにとりと椛を尻目に、男は近くのゆっくりれみりあ達を、手に着く
限り袋に放り込んでいった。
勿論ゆっくりれみりあ達は抵抗したり逃げたり、中には噛みつこうとする者もいたが、不意を
喰らったものは、袋の中でもがいている。
「何してるんだ!」
「ゆっくりれみりあは珍しいから、高く買うって組織があるんだよ。知らねえのか」
「そりゃ嘘だよ………」
「少なくとも、俺達には必要だ。金もいるし、一匹好きにしてえんだよ」
「――――ゆっくりをどう思ってるかしらないけど、あんた妖怪相手になんてことを……」
「お前、解ってるんだろうな………」
「退治だよ退治。妖怪は人を襲って、人間は退治するってこと。世の摂理っすよ?」
これは違うだろう。
退治じゃない。―――――何だこれ?
大体、確実にこいつ専門家でも一般人でもないだろう。あの半獣が語ったとされる、秘密結社
の一員だろうか?
「お前、生きて帰れないぞ?」
「うるせえよ天狗!」
馬鹿かこいつは。
人間の分際で、こんな野外で何をしているのか解っているのか。
単純にこの場で殺すだけでは、示しもつかない。四肢の骨でも引き抜いてやろうかとしたが、
もう少しばかり、椛は体が動かなかった。
にとりに至っては、本当にそこそこの痛手だったらしく、頭を抱えて横になっている。
「むかつくんだよお前らはさ! 天狗になりやがって! 人間様を馬鹿にしやがって!!!」
「人間様?」
「人間はな、万物の霊長って言って、一番偉い事になってんだ。外の世界じゃな」
「…………やめて、やめてくれよ」
「こんな幻想郷なんかじゃなけりゃあな、俺はもっと裕福な暮らしもできたはずなんだ!
お前ら妖怪が人間にしてるみたいに、肩身の狭い想いなんてせずに、好き勝手できたはず
なんだ! 他人の人生を玩具にしやがって!」
少なくとも、天狗生活で好き勝手ができたなんて思い出は無いが。
「貴様そのために、人間好きのにとりを騙して…………」
「全部お前らのせいだ! お前らのせいで俺の人生は滅茶苦茶なんだよ!」
椛は、最後に人肉を食べたのがいつだったか思い出そうとしていた。勿論そんな都合の良い
因果関係がある訳はないが、こいつの両親を実は自分が食べていた――とか、そんな話だったら
何と言おうかと考える間も、男は太り過ぎのゆっくりれみりあを蹴り飛ばしたりしながら、しば
らくは決壊した様にわめき続けた。
太ったゆっくりれみりあ達は痛くもなさそうに見つめている。。
この男が非力なのは解っていた。
にとりはもう、声も出ない。
「こいつは………」
もしくは、中途半端に外の世界の情報を仕入れて、勝手な都合の良い思い込みをしているあり
がちな若者という気もする。
昔から一定数いるらしい。
「頼むよ、ゆっくりに乱暴はしないでおくれ」
「うるせえ河童が下等生物が。お前ら、本当に人間と同じくらい弱いんだな。しかもお人よし
だって聞いたからよ」
「…………」
「河で助けてくれって言ったら簡単に匿ってくれたが、めでたい妖怪だな、しかし」
「………………」
「おかげでゆっくりもみつけられたけどなぁ」
どうせ、人間を匿って自己満足に浸ってたんだろ。だからむかつくんだてめえら妖怪は。
「違うぞお前。河童は……」
「いや………その通りだと思うよ多分……」
にとりは頭に手を当て、横たわったまま呻く。
「河童は強くないよ。だから………自分より弱い相手が欲しかっただけなのかもしれんよ」
「違う」
そんなみっとも無い価値観は、人間の方だ。
多分、外の世界の連中のかなりの部分が陥っている問題だし、この男は、特にそうだ。
大抵弱い奴にありがちな悩みだ。
河童の、少なくともにとりの人間観は違うはずだ。
男はぶつくさ言いながらながら園内を闊歩し、もう2人の声は届かない様子だったが……
「旦那」
そう言えば、何故、こいつに気が付かなかったのだろう
「旦那」
ゆっくりれいむが、その足元に立っていた。男は、見向きもしないで、ただ答えた。
「何だよ」
「捕まえて、売ったり食べたりするのは、このうーうー言う奴じゃなきゃダメだったの?」
もしかして、この人間にはゆっくりれいむの姿が見えていなかったとか?
「俺はよう………一番妖怪ども中で誰がむかつくって、あの紅魔館のチビが許せねえんだ」
「ほほう」
「見た目ガキのくせして、えばりくさりやがって。吸血鬼だってだけでそんなに偉いのかよ?
偉いのは俺達人間のはずだろが」
「あー、あと聞きたかったんだけど、椛ちゃんに飲ませた痺れ薬とか、にとりちゃんにかけた
粉薬、あれ何?」
まさか、河童キラーとか、天狗コロリとか、そんな安直な名前じゃないよね?
「………」
「旦那。それってあれか。永遠亭にお金出して作ってもらったとか? ………『永遠亭に作っ
てもらった』とかそんな」
「あ、ああ………」
ちょうど、椛の正面に位置する所に、ゆっくりれいむは立っていた。
いつの間にか………胴体がついていた。あの巫女さんの、3頭身ほどの可愛い胴体だ。
「まあ、安全のためにそういうのを持っておくのは良いよね。水っ気のない場所だし、いざと
なりゃ河童くらいなら素手で勝てるとか踏んでたんだろうけど、天狗が来たのはちょっと
驚いたよね。準備はしてたみたいだけど」
「…………………」
何故か、視界一杯に、ゆっくりの、あの鬱陶しい笑顔が広がっている様に見えた。
鬱陶しいとは違う――――とても、邪悪な顔に見えた。憎悪とか殺意とかではない。見下して
いる、とも違う。そこには思い上がりも無い。
「旦那」
実は、椛はゆっくりが口を開いた辺りから動けていた。しばらく聞き入っていた。
にとりも、多分大丈夫だろう。
あのミネラルブラッドに含まれていた『天狗何とか』とか『河童コロリ』は、多分騙されて買
ったのだろう。でなければ、こんなもので天狗と河童に喧嘩を売れるなどと思うはずはない。
そんな都合の良い物体が、この世にあってたまるか
「何で、”れみりゃ”を相手にするの?」
違和感を感じると思ったら、ゆっくりれいむは、「うーうー言う奴」と言わずに、妙な愛称らし
い呼び方をしたからだった。
「あの吸血鬼に勝てる訳はないだろ。売るだけだよ。買った奴が何に使うかしらないが、俺と
同じ気持ちの奴等は多いんだし。食うなり遊ぶなり、叩いてみるなり……」
「吸血鬼ホイホイとか作ってもらったら?」
馬鹿な。
「簡単にできるか、そんなもん」
「あ、でもにとりちゃんと一度仲良しになったんだから、『河童の発明』で何とかしてもらえば
よかったのに………」
「だからって吸血鬼は……」
「吸血鬼をいじめるのは諦めても、妖怪がむかつくんでしょ? 目の前にいる二人は、
殺さないの?」
今まで「退治」「襲う」「倒す」という言葉は良く使う。「食べる」というニュアンスも、実は
必ずしも人肉食のみを意味しない場合さえある。恐怖心を主食にする妖怪も増えてきたからだ。
「殺す」――――と、直接聞いたのは久しぶりではないだろうか。
「『ゆっくり』も馬鹿みたいに都合がいいんだけどね」
「お前さっきから何なんだよ?」
「ゆっくりしていってよー」
男は、ゆっくりれみりあを捕獲した袋を、そのまま高く翳すと、思い切りゆっくりれいむに向
けて振り下ろした。
袋の中からは、いくつかのうめき声が。
ゆっくりれいむは、声は上げなかった。全くあげなかったが、顔だけは、幼子が見たらまとも
な人生は送れなくなりそうな表情だけ作っていた。
男は何度も何度も、袋をゆっくりれみりあごと、叩きつけた。仰向けに転んだれいむは、暗く
なったこともあって、既に椛とにとりには見えなくなってしまった。
指図するな。俺に指図するんじゃねえ―――――と 何度も、狂った様に、いや実際確実に
精神に異常をきたして、男は無駄に袋も振り回した。
「指図するなあ!!!」
椛は、仕事用ではないが、携帯用の小刀を既に抜いていた。
にとりは、もう泣いてはいなかったし、悲鳴も上げていなかったが、呆然としている。
血も内蔵も出ておらず、どうも袋の中の連中も痛がってはいないようにさえ見えたが、グロテ
スクにも程があった。
一歩――――衝動的に、椛が踏み込んだ時。
最終更新:2012年01月21日 16:43