【2012年企画 スカーレットファンタズム】ルーミア&フランドール!

 最近発見された、新しい『創作カード』と呼ばれる、それまで公式扱いされなかった
カードも、大会で使用可能となった。
 元々複雑なルールが、更に煩雑になってしまった。
 そして準決勝戦で、「『金髪のやつら』を全員」と言う内容の、何だか品のない創作
カードを使った男がいた。


 ――――その3日後、本当に元世界チャンピオンが家にやってきた。



 「うわあ」
 「おじいちゃん、うそじゃなかったんだねー」
 「―――……だから言ったじゃないか」


 幼い孫達は驚きと嬉しさに子供特有の間抜けで声高な歓声を上げ、両親達は意外にも
喜びつつ落ち着き払った様子で対応し――――祖父は、涙ぐんでいた。
 こんな田舎町、外国人が来ること自体が稀な事だし、それが著名人であるなら、最早
異変のレベルである。
 近所の連中も変な声を上げたりしていないかと、一家は軽く不安になったが、嬉しさ
が勝った。
 ひとしきり、本人にはおさだまりであろう他愛ないパーソナルな質問を続け、祖父が
それを逐一翻訳し、サインを快く引き受けてくれ、振る舞われたお茶と菓子をいかにも
遠慮がちに取り、一息つくと―――――改めて、チャンピオンは、悲しそうな顔をして
いた。
 そして、祖父に向けて何かを言った。

 「ちょっと 二人きりになりたいそうだ」

 これには、祖父も気まずそうだったが、特に臆する事も躊躇う事も無く、2階の部屋へ
二人は向かった。

 「怒ってるのかな?」
 「おしえてくれなかったけど、おじいちゃんとチャンピオン、なんでともだちなの?」
 「小学校の同級生だって」
 「えっ………」

 単純すぎる理由というより、あの二人が同い年だという事自体信じられなかった。
 親子と言っても信じる者はいるだろう。
 そう――――二人の人生は、あまりにも対照的だ。
 エネルギッシュに、最近まで王座を渡すことなく勝ち続け、その時流に合わせた戦法
も老獪などとは形容されな進化を続ける世界チャンピオン。
 聞けば元々裕福な家庭だったそうだし、かなり幼いころからその才能を目覚めさせ、
本業の傍ら興した企業もずっと安定した軌道を描き続け、十分な財を築いてる。
 ずっと王者の花道を走り続けた来た男だ。
 片や、祖父ほど苦労した男もいない事を、家族の誰もが解っていた。
 戦火の中、国境をまたぎ、転々とする生活。
 貧困。
 差別。
 誰にも知られる事なく、財を築いたわけでもない。
 だが、チャンピオンが世界中のライバル達と戦い続けたように、祖父も戦い続けた。
 割かし平和になったと言われる今だが、こうして、5人が家族としていられるのも、
祖父の想像を絶する苦労の賜物だと、父親から孫達は聞かされていたし、まだ学校で
詳しく歴史を学んでは
いないけれど、彼女達なりに理解していた。
 偉大なる苦労人の祖父。
 されど、世界から見れば結局只者である祖父。

 「よくともだちになれたねえ」
 「チャンピオン、やさしいからだよきっと」

 見た目には、チャンピオンは下手をすれば30代、どう見ても40代にしか見えないが、
祖父に至っては近所でも80代と思い込んでいた人もいる。
 案外容易に、それまでの軌跡は顔に表れてしまうもの。
 チャンピオンに、打ちのめされてきた祖父は何をやらかしたものか―――――と、結局
権威主義な幼児達は不安げに天井を見つめて、二人が戻るのを待った。
 それはそれとして――――能天気に、二人は自分達の「デッキ」を鑑定してもらおうと、
いそいそと棚を開けて用意し始めた。
 そうこうしている内に、二人戻ってきた。
 実にいい顔で。
 チャンピオンは初めて笑っていた。祖父も笑っていたが、ちょっと卑屈そうな顔だった。
まあこれはいつものこと。
 あんまりいい顔なので、両親も孫達もかける言葉が思いつかなかった。
 その内、「HAHAHA! ソウダッタノー」とでも言いそうだった。

 「ははは! そうだったのー」

 実際に言った。しかも流暢にこちらの言葉で。

 「まったく、私が売る訳ないじゃないデスカ」

 祖父は何故か少しなまっていた。二人はドッカと腰を下ろして、打って変わって太平楽
に話し始めた。母国語なので何を言っているのか解るはずなのに、皆てんで解らなかった。
 孫達は心配が消し飛び、とりあえず「デッキ」の鑑定だけしてもらおうと待ち構えて、
少しだけチャンピオンの傍に寄った。
 元々視野の広い人なのだろうか、ちゃんとチャンピオンはそれに気づいてくれた。

 「――――ほほう、お孫さん達もやってるのかい」
 「そりゃ、儂の孫ですダデ」

 ちなみに、お父さんは全くやらない。
 若い頃に散々な目にあったとか、才能の無さを痛感したとかで最初は孫達が興味を示し
始めた頃は止めさせようと焦っていたものだ。
 しかし、祖父とお母さんは薦めてくれた。そう、祖父の影響だ。
 妹の方は、気になって直接聞いた。

 「さっきから、なにをおはなしてたの?」
 「いや何、私の早とちりだよ。実家で今年の大会を見ていてね」

 ああ、あのTVでの。
 やはり引退後も気になるか。

 「準決勝戦で――――そのなんだ、君のおじいちゃんしか使えないはずの一手を放った
  ――と思ったんだ」
 「――――ナンですって?」

 気まずそうにチャンピオンは続けた。

 「彼がね。 私らの宝物を売り飛ばしてしまったんじゃないかと」
 「まったく、そんな事する訳ないでしょう」

 でも、実際は会いに来る機会をうかがっていたという。
 これは嘘ではなく、本当に多忙だったためで―――そこを衝動的に足を運ばせたものが、
怒りと疑惑と悲しみなんて感情だったことを、素直に詫びたい、とチャンピオンは改めて
言った。

 「実際は単なる早とちりだった――――私も齢だね」
 「新しく導入されたもんは多いですから……………」
 「すると―――――私達の切り札は………」
 「大丈夫。未だに、あれは、2枚とも、切り札デスヨ」

 にっこり笑って、祖父は、孫達の「デッキ」を入れている棚の最奥から、自分の古びた
箱を持ち出し、何重にも丁寧に綺麗な布で放送された封を解いた。
 これは家族もめったに見る事がない。
 お父さんもお母さんも、興味津々に見つめている。

 「説明しましょう」



 ――――シンプルな様で、緻密な戦略と大胆さが要求される、今や世界で最も競技人口が
多いとされるカードゲームの一つ
 「ゆっくりハードラー」の元世界チャンピオンは、ほんのりと目元をギリギリ零れない程潤ませて、
語り始めた。



****************************************


 子供の立場で言わせてもらうと、とにかく「イライラした時代」だった。
 とりわけ「『向こう側』の文化は精神を堕落させる享楽主義の象徴」とか言ってたレベル
だ。
 精神論・根性論なことこの上無い。
 戦争に負けるちょっと前の話だよ。
 後の敗戦国だろうと、世の中的に見れば、ただでさえ余所者は結局マイノリティーだ。
 当然その鬱憤は、流れ着いて身近に生活している連中に向けられた。よくある話さ。
 まあ、そんな訳で、ゴンザも――――君らのおじいちゃんがどんな目にあってたかは、
聞いてるし想像できるだろう。
 ――よくある事なんて言うのも確かに酷いが、実際戦時下でありがちな事をありがちに
やってしまう凡庸すぎる連中が多かった。
 私もイライラしてた。
 だが、苛めで発散しようとは思わんかったよ。
 これは言い切る。
 いいだろ、それは。
 ゴンザが証明してくれてるんだから。
 余裕あるのは、そこそこ金持ってる奴の特権だなんて陰口も知っておったが、イライラ
はしてた。
 で、その日、いつもどおり泣きじゃくってるゴンザを、学校の帰りに見かけたんだ。
 相手は―――そうさな、中学生かもしれんし、もう高校くらいの齢だったかもしれんな。
 いかにも頭悪そうな不良が数人、痩せぎすの移民の子を吊し上げて、何かを取り上げて
るんだから、もう見てるこっちが恥ずかしくてね

 「おう、糞虫野郎がいっちょ前にレアなもん持ってるじゃねえか」
 「どこで盗んだか知らねえが、こっちに返してもらうぜ糞虫野郎」
 「ったく糞虫野郎の相手してやんのは疲れるぜ。くせえくせえ汚ねえ汚ねえ」

 最後のやつの台詞は恥ずかしいを通り越して怒りが沸いてしまった。3者3様に糞虫野
郎というバリエーションの少なさもイライラさせてくれたが、自分からカツアゲして
「相手してやる」は頭が悪すぎだろう とな。

 「やめろお前ら! そいつが何をしたって言うんだー!」
 「馬鹿かお前。見ろこのカードの束を」
 「そこら辺の店で盗んだもんに決まってるんじゃねえか」

 実際、ゴンザ達は買い物に行っても、店員が高確率で「売ってくれない」という手段に
出る事があるので、それは嘘だと言い張るつもりだった。

 「君は、同じクラスのウェクスラー君…信じておくんなまし。オイラはそんな盗みなん
  て働く様な真似は……」
 「てめえら全員盗人みたいなもんじゃねえか。だからここに住んでだろうが」
 「何言われてもいいでがすから、カードを返しておくんなせえ そりゃ、ぼくの……」
 「喋るな、臭い」
 「おお、返してくださえ返してくだせえ」

 まあ………いや、本当に言ったんだよ。
 君達のおじいちゃん、こういうこんな感じの喋り方で。今でも覚えてるんだ。
 何となくわかるだろ

 「本当に自前かもしれないだろ!」
 「仮に自前でも、こいつら泥棒一族じゃねえかよ」
 「俺たちゃこいつらに毎日搾取されてんだ。それを取り返しただけだと思わねえかい?」
 「最初から、こいつらが何か所有できる権利なんて与えちまったのがそもそもの間違い
  なんだよ馬鹿」


 私は―――――その時、初めて、そのカードを見た。
 とても洗練されたシンプルな外枠のデザインのカードだった。


 一瞬で釘付けになった。


 その表面には、様々などこか遠い国の、まるで文字通りこの世の者とは思えない文化を
もった、いずれも少女達の緻密な絵と、数値と、いくつかの記号が記されていた。
 実に不思議な魅力があって、手に取って、一枚一枚眺めながら楽しみたいと思った。

 「ああ、これが噂の」
 「『ゆっくりハードラー』だ」



 そう。
 時代はまさに、「ゆっくりハードラー」の黎明期。
 運命の出会いだったさ。




 「おいおい、『娯楽は敵』だし、『精神を堕落させる享楽主義の象徴』じゃないのか?」
 「だから、この糞虫野郎が国外から持ち込んだ糞文化を回収してるんじゃないか」
 「うう……『ゆっくりハードラー』は糞文化なんかじゃ……」
 「黙れこの母親強姦野郎」

 よく解らない罵倒のバリエーションを増やして、奴等の一人は吊し上げたゴンザを、
今度は地面に叩きつけようとした!
 その時

 「そこまでよ」

 一閃!
 信じがたい事に、それを激突する直前に受け止めた第三者が現れた。誰もそれまで近くを
通りかかった事も気が付かなかった。しかも女性だった。
 身の丈、2メートルは軽く超えた、今まで見たどんな屈強な男よりも鍛え抜かれた、
鋼の様な筋肉の塊でもあった―――――
 と思ったら、瞬きをしてもう一度見ると、パジャマみたいな服を着た、不健康そうな
紫色した髪のもやしみたいな女性だった。
 未だになんの見間違えだったのか解らん。

 「大の男が、往来で昼間から母親だのって」
 「誰だあんた?」
 「話は、全て盗み聞きさせてもらったわ けれど……」

 彼女は私と連中を交互に見つめて言った。

 「本当に『ゆっくりハードラー』を手にしたいんなら、『ゆっくりハードラー』で戦って
  手に入れればいいでしょう」

 と、いつの間にかその紫色のもやし女の横に、赤い髪のなんだかバーテンダーみたいな
―――
 こう、何というか邪悪と言うか人を堕落させることに躊躇がなさそうな印象の――――
小柄な女性が立って説明してくれた。

 「角の店で売ってる、もっとも熱い、知的なトレーディングカードゲーム。その勝負で決めれば
  あらゆる意味で合法ですね」
 「これからセンセーションを巻き起こすぜ」
 「だから、あんたら誰なんだよ」

 二人は堪えてくれなかった。

 「もう、解ったよ。それじゃ、そのルールで戦って勝てば、お前らから、ゴンザのカードを
  返してもらえるんだな!」
 「誰が乗ると思ってんだ、んな話に」
 「いや、クレアンガ先輩……」

 一番細めの奴が、リーダーと思われる奴に耳打ちしたが、こちらには丸聞こえだった。
馬鹿だ。

 「あいつ、ウェクスラー家のボンボンですぜ。きっとこの後金に物言わせてさぞレアな
  もんを揃えるでしょうからそこを……」
 「悪くないな」

 まあ、そこまで言われるほどうちは金持ちでは無かったし、私も自由にできる金などは
なかったが、そこら辺の店に行き、カードを最低限そろえる事はできると思っていた。

 「あ、じゃあ私の店で買いなさい」
 「これ、地図です」
 「あ、どうも」

 販促活動の一環だったのか、二人の女はチラシだけ渡してそそくさと帰ってしまった。

 「この、泣く子も黙るクレアンガ先輩相手に二百年早いってんだよ」
 「そんなあ、ウェクスラー君、オイラなんかのために……!」
 「勘違いすんなゴンザ。本来なら俺達は弱い者いじめをほっとけない民族なのさ」



 そういう訳で、その足でゴンザと二人、かの店へと向かった。
 住宅街の中、何故かぽっかりとこじ開けたような深い池があって、そのあまり舗装され
ていないほとりに、その店はあった。
 外装は真っ赤で窓が少なく、もう見るからに入りたくなかったが、泣きじゃくるゴンザ
にあれだけ威勢の良い事を言い続けた手前、他の店に、という訳にいかない。
 踏み込もうとした時、池の向こう岸の方で酷く大きな水音がした。
 見ると、緑色の髪をした、異様に小柄な女の子が立っていて、その足元で中年男性が
溺れている。
 どう見ても、彼女が突き落としたようにしか見えなかった。
 助けを呼ぼうとしたら、中年は自力で這い上がってたがその時は既に女の子はいなく
なっておった。

 「怖いね」
 「うん」

 中に入ると、すぐ横のレジは、恐らくフィリピンか韓国の女性が眠そうに番をしていた。
 まあ気立ての良さそうな人で、すぐに気持ちよく挨拶してくれたがね。
 奥には、

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│     ヽ  / ヽ            /   i  |  !   /     │
│      レ   "、           \   |  !  |   /    ...│
│            " 、____  イ´| /レ'ヽハヘ      .│
│                                     ...│
└──────────────────────────┘



 ちょっと狂気じみた肖像画があった。
 店主がはまっている宗教の本尊かもしれないし、店主自身だったらそれはそれで怖い。
 雑貨屋だったよ。
 暑い日だったので、アイスでも買おうとボックスを開けたら、火傷しそうな程、冷たか
った。
 尋常じゃなかったな。白い冷気の中に、何か青っぽい小さな人影見えたみたいで、ぞっ
としたのをよく覚えとるよ。
 悪魔とかそういう類じゃなく、ああいうのを妖精とかいう奴の気持ちは解るが、油断す
るとグッサリやられるタイプだとか何かそんな風に感じたよ。
 レジのフィリピン人だか韓国人だかの女性に、「ゆっくりハードラー」初心者だって事を
伝えたら、快く簡易カタログを持ってきてくれた。

 「おお、気前の良い店ッスね! 普通はここまではしてくれませんぜ」
 「どれどれ、どう揃えようか……」

 基本的なルールはそこに書いてあったし、ゴンザが丁寧に説明してくれた。
 カード自体の種類が全部網羅されている訳では無いが、約20種類以上の「属性」「系統」
と、それぞれのカードの持つ数値の組み合わせ―――と、まあ説明するまでも無いな。
 小一時間ほどで、何とか私はルールだけは飲み込めた。後は実戦あるのみだったが――
――1つ気づいたんだ。

 「なあ、ゴンザ」
 「何だす?」
 「この左端に書かれてる文字は何だい?」

 ガイドブックのルールには載っていないし、別段何も意味はなさそうだけど、各カード
の絵柄の左上には、一文字ずつ、恐らく東洋の「KANJI」が記されていた。
 大体は一文字だが、いくつかは二文字あった。
 カタログは最初適当に配置されとるんじゃないかと思ってたんだが、よく見るとその
文字である程度分類されとる様子だった。
 これはルールにも記されておらんし、特に覚える必要も無い事だったのかもしれないが、
変に気になった。
 更に目を凝らすと、その「KANJI」の横にはうっすらと数字がふってあった。中には
代わりに、こう―――長方形の真ん中に一本線を入れただけの「KANJI」が代入されてる
もんもあったが、それはあらかたサポートカードだった。
 その時だけだったんだ。
 ずっと「ゆっくりハードラー」を続けているが、その「KANJI」も横の数字も、何故か
その時しか見えなかった。
 あれから勉強して、大体どんな意味かは解るし、どれがどれだったかが書けるようにな
ったのはずっと後の事だが、書いてみよう。


 「妖」
 「永」
 「風」
 「地」
 「星」
 「神」


 数字が特に振られていないものでは、「花」とか「夢」なんてのもあった気がする。
 あと、その横に「緋」と書かれている場合もあった。
 数字は1~6までで、その後は「EX」と何故か英字だった(たしか『妖』だけ、『PH』と
書かれたものもあった)
 ゴンザももちろん知らなかった。
 これに気づくのはちょっと時間がかかってしまってね。
 完全じゃなかったんだ、そのカタログは。




 実は「紅」というのが最初に載ってたんだが、サポートカード以外、全部横に「緋」が
あった上に―――――――「1」と「EX」が欠けておったんだよ。




 「何か中途半端だなあ」
 「その通り」

 気が付くと、横にはメエドさんみたいな気取った格好をした女の店員が立っていた。
 本当に何の気配も無く、突然そこにいた。
 座った位置から見上げる形で見た訳だから、角度がおかしかったのかもしれないが、
何だか不自然な顔の向きだったな。
 最近、東洋のタイヤ会社の―――タイヤの中央に人間の顔がはめ込まれた――――
マスコットを見かけたが、それにそっくりの不気味な笑顔だったんで驚いたよ。
 メエドさんはニヤニヤしながら、教えてくれた

 「実は、まだ逆輸入してないんですよ。その2枚だけ」
 「ぎゃく……逆輸入?」
 「ウェクスラー君、このゲーム、実際は外国のだってことはご存知でがすよね?」

 そう、別に法に触れとる訳じゃないが、このゲームが流行った背景には、そうした大人
から口先では禁じられている背徳感とかもあったのだろう。

 「『逆輸入』って……上手く言えないけど、元々『こっち』のもんだった物が、『他』で
  加工されてまた帰って来るとかそういう………」
 「それにしても驚きました」

 レジにいたフィリピン人だか韓国人だかも、興味津々でこちらを見ている。

 「この文字が見えるなんて………」
 「えっ?」
 「大人には、このカード自体が見えない人が随分いますし、子供でも欲で脂ぎって
  しまった眼球にはカードが見えても大切なことまでは映らない……」
 「はあ……」
 「本当に時代を切り開くのは、いつだって曇りの無い目をした少年少女達ですわ」

 それは多分、子供にだけ見える妖精とか精霊とか――――何か所謂その、なんていうか
まあ、そんな感じの事を言いたかったんだろう。多分

 「久しぶりですねえ、子供でもこの文字が見える子も」
 「本当にこの――――ええと何だったかしら?このカード」

 メエドさんは、首を更に不気味な角度に傾げながらカードをしげしげと見つめた
 全く同じポーズをフィリピン人だか韓国人だかもとっていた。

 「ええと……あら何描いてるのこれ?」
 「――――っていうか、これカード?」
 「カードじゃない?多分」
 「カードではあるわね。何も描いてないけど」
 「……………………」
 「……………………」
 「……………………」
 「……………………」

 ――――「あんたは、カードの絵が見えないのかよ!」って言ってほしかったんだろう

 「………カードの絵が、見えないでごんすか…?」
 「お姉さん達は、絵自体見えないの?」

 一瞬、店の中が何だか真っ赤になった様な不安な気分になり、沈黙が続いたが、二人は
幾分満足そうだった。

 「ありがとう」
 「本当ありがとう」

 やっぱり言ってほしかったんだな

 「純粋さと優しさを兼ねたあなた達には、特別にこれをあげましょう」
 「頑なに輸入が拒否されていたけれど、あなた達なら使いこなせるでしょう」

 そう言って取り出してくれたのは、2枚のカード



 思えば、それが全ての始まりだったんだろう



 それが、ほれ、このカードさ


 両方とも、それぞれ金髪の女の子だが―――何か見てもどこか禍々しい空気だな。
 まるで何かを訴えるみたいに、両腕を左右に広げた、「紅いリボンのおかっぱのやつ」。
 もう片方に、とにかく狂気じみてるね――――明るくない事は無いが、尋常な精神状態
ではない事だけがうかがい知れる笑顔の「ちょっと凶暴そうなやつ」だ。
 どちらも無邪気そうではあるし、見た目も案外似ていたが、リボンの子は、何だか自由
な気質を感じたし、片方は何だかとんでもない孤独さが滲み出てるようだった。
 背景が月夜なのと、どこかの地下室だって事の違いかもしれないな。



 「紅いリボンのおかっぱの奴」は、「紅」-1
 「ちょっと凶暴そうなやつ」は、「紅」-EX と書かれてあった。
 他の「紅」のカードと違って「緋」とは書かれていなかった。



 ともあれこれで、「紅」は全部そろった事になる。
 出だしからとんでもなく得をした気分になって戸惑ったが、店員二人は、そのカードを
二つ同時にデッキにまだ入れてはいけない、―――というか、このカード自体使ってはい
けない、と頑なに注意した。

 「なんでよ?」
 「少年少女が、切り札を簡単に若いうちに使うもんじゃありません」
 「どうしようもなく追い詰められて続けようも無いとか、もう一度初めからやり直そう
  とか思った時、ようやく使うといいでしょう」

 私は、そこで、「ちょっと凶暴そうなやつ」を譲り受けた。
 そして折角だから、「紅」の

 「何か頭悪そうな触ると冷たそうなやつ」   ―2
 「割と気の良さそうな中国人っぽいやつ」   ―3
 「本ばかり読んでそうなパジャマっぽいやつ」 ―4
 「仕事のできそうなメエドっぽいやつ」    ―5
 「うーうーってやつ」            ―6

 を中心に購入し、
 「割と真面目そうなそうじゃないようなちょっと頭一つ上行く妖精っぽいやつ」 と
 「下働きしてる悪魔っぽいやつ」
 をサポートカードに選んだ。
 ゴンザは、「紅いリボンのおかっぱのやつ」を譲り受けたが、元々持っていたデッキは、

 「体型が少し妊婦っぽいやつ」     ―1
 「何だか問題ありそうな鼠っぽいやつ」 ―1
 「蟲っぽいやつ」           ―1

 しか無かったんだが、あの店員は、「これは追求すればとんでもないデッキになる可能性
がある」と大いに褒めていたな。



 そんな訳で、本当に何かのっぴきならない事態になった時は、ゴンザが私に「紅いリボ
ンのおかっぱのやつ」を貸して、「紅」デッキを完成させて挑もう  代わりに貸せるもん
はいつでも私が貸そう、と約束して、その日は帰った。



 ただ、「紅」の文字も、その横の数字もそれ以来何故か見る事ができなかったんだ。



 二人で見えたんだから間違えは無いんだがね
 本当に何だったのか………


 中学生達との戦いはどうしたのかって?
 勿論圧勝したさ。




****************************************






 「ウェクスラーさん、あれから一回も『何かのっぴきならない事態に』になんてなりま
  せんでしたね」

 元チャンピオンの昔話が終わると、遠い目で、ゴンザ爺さんはポツリと言った。

 「いつも、ゆっくり ゆっくりとして勝っていた」
 「いや、そんな事はないさ。本当は非常事態の連続で、ゆっくりとなんかしていられ
  なかった  ただ、表向きゆっくりと取り繕っていただけさ」

 元チャンピオンは取り繕うように焦っていた。

 「それでも、『自分には、本当にダメになった時には切り札がある』『何かをやり直そう
  とする時には力を貸してくれるはずの友達がいる』―――そう自分に言い聞かせると、
  どんな戦局も慌てる状況では無いって事が確信できて、自然とゆっくり次の一手が思い
  ついたのさ」

 そう――――
 そこから先は、「ゆっくりハードラー」を嗜む者なら誰でも知る、正に覇道一本道を驀進
の歴史である。
 「仕事のできそうなメエドっぽいやつ」 と 「うーうーってやつ」を中心に揃えた
チャンピンのデッキは、基本カード5枚とサポートカード2枚という本当に最低限の組み
合わせで、公式ではついに黒星をつけられる事が無いままだった。
 勿論、その裏には地ににじむような研鑽と苦悩がある事は誰もが想像できたし、世界中
のライバルたちに研究される対象となり続けながらも、頑なに持ち札を変えないこだわり
には、こうした思い出があったのか。
 その場の全員が、胸と目頭が熱くなることをこらえきれなかった。

 そして、それが二人の友情の歴史であった事も間違いなかろう。
 時折家族に話していたゴンザ御爺さんの昔話は、本当に嘘ではなかったのだ。


 「まあ―――――あれ以来だったな。カードを取り返してから、ゴンザはどんな試合に
  も都合をつけて、応援をしに来てくれた。本当に来てくれるだけでも――――私は
  それだけで勝てる気がした。
  『紅いリボンのおかっぱのやつ』を持ってるからって訳じゃなくてね」

 しかし、それも長くは続かなかった事も知っている。

 大人達に隠れて、少年少女が「ゆっくりハードラー」に昂じている間に、やがてチャン
ピオンの国と、ゴンザ御爺さんの実家―――つまりいまいるこの国との戦争が始まり、
世界は阿鼻叫喚の坩堝に巻き込まれていくことになる。
 戦中も、地味に「ゆっくりハードラー」は続けられ、競技人口を増やし、戦後はついに
国境を越えた世界大会が開催されるに至るが、その頃には、二人は本当に交わる事のでき
ない道をそれぞれ歩んでいた。

 「本当にすまない…… 探そうと思えば、君をいつでも探せたのに、日々にかまけて
  いて……」

 度重なる戦争
 国境で引き裂かれた友情

 「………結局人間は馬鹿だねえ」
 「―――戦争するなら、『ゆっくりハードラー』みたいにカードでケリでもつければいい
  のに……」

 更に――――「何故か5月ごろまで降り積もる雪」
 「ずっと明けない夜(一説には月にまで異常があったとか)」
 「全世界中に突如常軌を逸して流行した新興宗教」
 「地下から隠蔽が発見された謎の大量破壊兵器」
 「各地で目撃された未確認飛行物体」
 「大量発生した『エクトプラズム(?)』」
 ―――解決できていない天変地異は数多くあり、世界は荒れに荒れた

 「しかし私は、結局具体的にはウェクスラーさんに、何にも役に立てませんでしたしね」
 「そんな事は無いさ。大体ウェクスラーさん、なんて言い方はよしてくれ。昔みたいに、
  アンドレアと、名前の方で呼んでくれ」
 「ゴンザ」
 「アンドレアさん」

 ――――ったく爺さん同士で…… と、これには流石の孫達も渋い顔。
 両親も交えて、昔話に花が咲いた所で、二人は件の2枚――――――
 「紅いリボンのおかっぱの奴」 「ちょっと凶暴そうなやつ」の2枚をしげしげ
と見つめた。

 「「あれ?」」

 そこには、無いはずの――――先程話していた、「紅」の文字がそれぞれに。そして、
横には「1」と「EX」の文字が確かにうっすらと見えた。

 「「あれあれー?」」

 姉が、慌て自分のカードを見ると、「何か頭悪そうな触ると冷たそうなやつ」に「紅ー2」 、
「蟲っぽいやつ」には、「永―1」、「雀っぽくて歌が上手そうなやつ」には「永―2」等と
振られてある。
 今まで、こんな文字書かれていなかったのに。
 妹もお気に入りを確認すると、「正体不明っぽいエイリアンっぽいやつ」に、「星―EX」
「無意識に何かやりそうなやつ」には「地ーEX」の文字が。
 首を傾げていると、老人二人と両親はそれに気づき、驚いていたが大層喜んでいた。

 「この文字が見えるなんて………」
 「えっ?」
 「大人には、このカード自体が見えなくない人が随分おるし、子供でも欲で脂ぎって
  しまった眼球にはカードが見えても大切なことまでは映らないのじゃよ……」
 「はあ……」
 「本当に時代を切り開くのは、いつだって曇りの無い目をした少年少女達って言うで
  ごんすからねえ」

 それは多分、子供にだけ見える妖精とか精霊とか――――何か所謂その、なんていうか
まあ、そんな感じの事を言いたかったのだろう。多分。




 「よし――――それじゃ、お姉ちゃんには、儂から『紅いリボンのおかっぱの奴』を
  やろう」
 「引退した私がいつまでも持っていても仕方がないからな。妹さんには、
  『ちょっと凶暴そうなやつ』を」





 こうして――――― 一度も使われる事も無かった、長らく欠番だった(という事にすら
気づかれなかった)幻の2枚は、新世代の幼女二人に受け継がれた。





 老人二人はニヤニヤと笑いながら、かの変な角度に顔を傾けたメエドさんと、フィリピ
ン人だか韓国人だかのレジ係が渡すときにつけたとされる条件を、二人にも課した。
 あんな話を聞いた後なので二人は素直にそれに従う事にしたし、後年もそれは守られた。
 ボソリと、ゴンザ御爺さんは言った。

 「今だから言えますし――――まあ、知ってても言及する人はいないんでヤンスガネ」
 「うむ」
 「『ゆっくりハードラー』って、元々アジアのどっかであった、ゲームが元ネタなんデス」
 「………聞いたことあるな」

 まあ、よくある話。

 「実際は、魔法使いだか牧師さんだかが、悪魔退治に勤しむ話らしくて―――――――
  『ゆっくりハードラー』の絵に  描かれているのは、皆そこに登場する悪魔なんだ
  そうですよ」
 「ほぼ全員女の子じゃないか」

 実際、ゴンザ爺さんは元チャンピオンと知り合う前、その原作を見る機会があったそう
だが、特徴こそ忠実にとらえているものの、その絵柄とは似ても似つかぬ容貌なのだと言う。

 「大体、『ゆっくりハードラー』の絵って、基本皆顔同じだもんな」
 「凄い間抜けデスヨね」
 「大抵笑ってるけど、いらっとくるな」

 技術も進んで、大会ではその絵が立体映像として、本物さながらに試合会場の上空に映
し出され、まるで神話に出てくる幻獣同士の決闘の様な、神秘的な戦いが視覚的に繰り広げ
られるのだが、基本人をなめきった少女の生首同士の戦いなので、緊張感に欠ける事この上ない。
 そんな中で真面目に勝負を続けられる自制心を持つ者だけが、「ゆっくりハードラー」
を極められるのだ。

 「それに、カード一つ一つにだって、『KISUME KUROTANI』とか、『TERUYO HOURAIZAN』
  とか『DIE』とかちゃんとした固有名詞があるんだそうで」
 「ずっと、『~しそうな、〇〇っぽいやつ』って、まともな呼び方しないよな」
 「これ、実況中継者も苦労してましたね」

 あれは、本当に覚えるのも一々言うのも疲れるのだ。

 「何なんだろうな、『ゆっくりハードラー』って」
 「どこの会社が最初に作ったのかさえ今じゃ不明ですし」


 そういえば、あの日出会った、池に中年を突き落した少女も、冷凍庫の中にいた何かも、
レジ係も販促したもやし女もの部下も、メエドさんも、肖像画も、皆同じ顔をしていた―
――――ような気がする。
 老人二人は、何だか飲まずにはいられない気分になった。



 その後、孫二人は5年後にうっかり切り札を早々と使ってしまい、のみならず、新たに
始まった「ダブルス戦」で、真の「紅」デッキを完成されてしまい―――――まあ、
新進気鋭のコンビとして、勝ちに勝ち続けた。

 しばらくして、再び紛争が起こったが、「ゆっくりハードラー」の世界大会だけはずっと
開催され続けた。
 更に、謎の有害だか無害だかもわからない、紅い霧が世界各地で発生するという大異変が
起き、更なる争いの火種となりかけた。

 が、その頃には、腕に装着する事で、いついかなる場所でも「ゆっくりハードラー」が
できるデッキ装置が開発され、大半の揉め事は、「ゆっくりハードラー」の勝負で解決される
世界になっていった。
 立体映像は更に迫力を増し、まるっこい正体不明の生首のイライラぶりも目を見張るも
のがあった。

 平和になったんだか、却って剣呑になったんだかよく解らない世の中だ。







 彼女達二人は、その後学校で「ゆっくりハードラー」を取り締まろうとする生徒会長や、
いけ好かない金持ちの美少女ライバルや、もっと悲惨な生い立ちを持つライバルや、
黒獣士13人衆と呼ばれる団体と衝突を繰り返し、研究所の協力を経て、本格的な軍事
利用を狙う謎の組織と戦い、地球に迫る隕石を破壊し、催眠術で暴徒と化した全人類の
洗脳を解き、世界を救う事になるのだが、それはまた別の話なのだった。



                        了


  • 世界観が独特で読むのが少ししんどい
    また世界観から作っていく物語にしては序盤で引き付けられるモノが
    少ないような印象を受けました -- 名無しさん (2013-03-19 02:26:33)
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最終更新:2013年03月19日 02:26