ゆっくりのお医者さん ~出会い編~

さむい

そのゆっくりれいむは寒さで考えることも億劫になってきていた。
本来ならば暖かく快適な筈の巣も不完全で無残な姿を晒し
今まで貯めていた食べられるものは全て食べつくしてしまった。

たすけてほしい
けどだれに?

季節は冬。雪山の中腹で人間が通るような場所にこのゆっくりの巣はなく
外は吹雪に荒れていて外に出るものはまずいない。

なんで?
なんでれいむをすてていったの?

ゆっくりれいむは何も分からなかった。もっと小さい頃に家族からはぐれ
一人森を彷徨い野生で生きていく術を何も教わる事の出来ないまま死ぬものだと、
そう思っていた時に助けてくれた男の子。
このほの暗い洞穴の中で一人と一匹は寄り添い、暫くの間一緒に過ごしていた。
だけどある日、少年は女の人に連れて行かれてしまった。
それから何時まで経っても少年が戻ってくることは無く、
れいむの脳裏にはまた捨てられたものだと記憶された。

なんで…なんで…
なん…で…

それがゆっくりれいむの限界であった。
霞む視界、歪む境界、落ちてゆくまぶた。

徐々に意識が堕ちてゆく瞬間、ぼそ、と大きく天井が崩れる音を微かに聞き
ゆっくりれいむの全てが完全に闇に飲まれていった。




「…流石にこの視界の悪さでは無理に近いな…」

吹雪が舞う山の中に少女が居た。見た目140cmに届かぬ背の低い娘。
蛇が棒に絡みつくような模様の付いた厚手のコートを身につけ、厚いマフラーを口元に寄せ
十字を前面にあしらった、変わった形の帽子を装備した少女が
えっちらおっちらと山中を進み、時折雪の積もった地面を掘り返しながら進んでいた。

すぐに雪で埋まってしまうゴーグルの視界を幾度と無く払いながら少女は当ても無く薬草を探していた。
つい、うっかりとはよくあるもので、医者という身分でありながら彼女は
冬季の為に取っておいた筈の薬草を切らしてしまったのだ。
そしてそれに気づいたのがつい先日のこと。この状態では満足に投薬治療も難しい状態に陥る。
ただ他所の医者から分けてもらうのも何かとケチがつくし
竹林にある永遠亭と呼ばれる場所に住む得体の知れない医師の摩訶不思議な新薬を使うのは躊躇われた為
仕方なく少女は薬草の取れる可能性のある山々をめぐり雪のチラつく幻想郷じゅうを飛び回っていた。

只でさえ近年異変が断続的に起こっており、
普通の人間達の生傷が絶える事が無く彼女の仕事は引っ切り無しに忙しくなっていた。

「全く…力を持った妖怪の思考は分からぬ。春を奪うだの夜を固定化するだの花が咲き乱れるだの…」

少女はイライラしていた。
時折怪我も無いのに現れ、泥棒紛いに知識を奪ってゆくモノクロの魔法使いの相手をしているだけでも疲れるのに
人里離れた少女の家にまで続々と現れては治療を要求してくる里の民や木っ端妖怪にほとほと呆れていた。
彼女は小さななりをしていても一応名医として指折り数えられる方である為、
その名はローカルながらも諸所にそれとなく伝わっており
電気を使う所謂近代医療設備がほぼ無い昨今の幻想郷において
彼女のような存在は重宝され連日通院者が絶えないこの状況に嫌気が差していたのだ。

そのためこの状況はある意味有益であった。
治療するための材料が無ければそもそも医療などやっては居られない。
自分自身がゆっくりとリフレッシュする為一人になる時間は非常に重要なファクターであった。
ザクザクと雪の積もる山を歩き、木の間の雪を払って僅かばかりの薬草を取る。
それを繰り返してなんとか冬の間の診療をつないできていたのだ。
ようやく幾つかの数が取れたところで少女はかごの中を見やる。

「…この程度か…」

足りない。この状態では人間を数人ほど治療できる程度しか集まっていない。
少女は嘆息をつき、山を下ってゆく。
森の中以外にもあってほしいものだ…と心の中でお願いしながら。
そうして足を踏み出した瞬間

「うわっ!?」

ズボ と音を立て地面が陥没し、その反動で前へつんのめり雪の中に突っ伏してしまう。
痛む額を摩り、帽子を直しゴーグルにかかった雪を払う。

「あいたたた…ちっ、こんな所に窪みが隠れていたなんて…ん?」

少女が足元を見れば小さな穴がぽっかりと開いており、中に何か動いているものが見える。
最初は熊の住処に足を入れてしまったかと考えたがすぐに払拭された。
とても小さな穴の中を覗き見ると其処には生首…のようなものが転がっていた。

妖怪か妖精の巣か?
どちらにせよあまり良い趣味ではない。生首が放置された土蔵などよく考えずとも狂気の沙汰である。
妙なものがあるものだ、と考え少女は目線を外そうとした。だが

土蔵の中から小さなうめき声のようなものが聞こえる。
少女は再度中を見て確認するが動くものなど無い。

その生首以外は。

「ゅ…ゅ…」

目を凝らしてよく見ると
其処には博霊の巫女にそっくりな生首が小さく動いた。
少女はその光景に驚いて目を離すことが出来ない。
生首が動くなどという異常事態に自然と心拍数を上げてゆく。

「ゅ…ゆ…たす…け…て…」

半分目を開けかけた赤いリボンの生首が、
ほぼ一文字に閉じられた唇を僅かに開き助けを求めている。
どうやら反射的に行っているようで此方に向かって意識を飛ばしているわけではない。

どうしたものか?
思案し、生首をよく見る。よく見ればひび割れた鏡餅のようなひどい格好をしており
酷く衰弱した表情をして空ろな目線を天井に投げかけている。

人間に例えれば餓死寸前、加えてこの寒さの中真っ裸でいるようなものだ。
数秒間考えた後、少女の腹は決まった。




「ふーぅ、寒かった…暖炉暖炉」

少女は自分の家に入ってすぐに暖炉に火をくべ、次第に温まってゆく部屋を見回し
白黒の魔法使いが居ないことを確認した後雪の付いたコートとゴーグルを脱ぎ、雪を払った後窓際にハンガーで吊り下げる。
そして本来眉間にかけられている満月型の眼鏡をかけ直して
薬草を入れていた籠の蓋を開け内容物を取り出してゆく。
其処には先ほど発見した他人の空似に近い容姿をした生首…ゆっくりが取り出されていた。

「さて、どうしたものかな」

少女はそれを見て思案する。つい拾ってきてしまったが自分はこの生物を全く知らない。
どうしてこんな状態になっていたのかも、何故此処までひどく死ぬ衰弱した状態になってしまったのかも分からないが
このまま放置している訳にも行かず何からはじめようかと悩んでいた。

「…おーい、聞こえますかー? 聞こえたら返事してくださーい」
「…」

とりあえず先ほど助けを求めた知人によく似た生首…ゆっくりれいむに声をかける。
まず意識が在るかどうか確かめなければ話にならない。
幾度か声をかけた後、ようやくぴくりと反応したれいむに再度声をかける。

「大丈夫かー? 大丈夫かー? 何かあったら言ってみてくださーい」
「…ゅ…ゅ…」

れいむは言葉を紡ぎ出そうとするが、唇がカサカサになっている為上手く言葉をつむぎだすことが出来ない。
それに感づいた少女は急遽水を汲んできてゆっくりとれいむに飲ませる。
すると若干生気を取り戻して新たな言葉を紡ぐ。

「ゆ…ゆ…たす…け…」
「うん、助けてあげるからどう助けてほしいか言ってみて」
「…おな…か…す…すい…た…」

思ったよりも明瞭な反応にビックリしながらも少女は
暖炉の中にある作り置きしておいたシチューを取り出し、れいむに分け与えてゆく。
一口、さらに一口入れてゆくたび顔つきがよくなり次第に言動がハッキリとする。

「あり…がと…おねえさん…」
「どういたしまして。まぁあんな状況じゃ助けを呼ぶにも出来ないからね」

少女はゆっくりと共に食事を取り、徐々に元気を取り戻しつつある妖怪もどきに何があったのかを聞いていく。
まず最初に自分達が山に住んでいたゆっくりという生き物であること
子供の頃家族からはぐれて一人飢え死にしそうな所を少年に助けられ、
そのまま一緒に洞穴の中に住んでいたがいつの間にか少年は居なくなっており
生きていく術を持たないれいむはロクな冬篭りの支度も出来ないまま飢え死にしそうであった事。
その件を口に出したときゆっくりれいむはガタガタと震えだす

「ゆ…ゆ…ゆ…ゆっくり…できない…ゆっくりできないよおおお…」

次第に目元から涙が溢れ、未だにカサカサの肌に流れ出す。
余程怖い思いをしたのだろうと少女はその様子をつぶさに見て眉を顰め、優しくゆっくりれいむの涙をぬぐう。

「…よく分かった、あんたは暫く此処でゆっくりしていきなさい。少なくともその状態が治るまでは」
「ゆゆっ!? いいの!?」

もちろんよ、と加えて少女は笑顔を向け
ゆっくりれいむに微笑みかける。

「私は医者だからね
 傷ついたものをほおっておく事は出来ないのよ」




それから少女とゆっくりとの生活が始まった。

少女はまずこの謎の生き物、ゆっくりに関しての情報を日ごろ行う往診がてら集め始めた。
最近幻想郷で現れた新種の生物ということ。
その生態は何故か著名人にそっくりなことやその中身は饅頭らしいという事意外殆ど分かっておらず
口癖のように「ゆっくりしていってね!!!」という事からゆっくりと呼ばれるようになった事。
そのほか様々うわさ話や与太話まで丁寧に聞いて即座に書きとめてゆく。
通常人里まで降りてこない生き物らしいが時折食べ物を求めて隅っこの里に現れる事も在るらしい。
その時ごくまれに人間に付いて行くゆっくりがいるという事を聞いた少女はあることを思いつく。

元々野生動物のような生き方をする生物の上、めったに人里に下りない性質なら
人間に飼われる身になるものなど割合的に相当少ない筈、と考えた少女は里であらかたの情報を聞き終わった後
最後に鴉天狗のブン屋に頼んで元の飼い主探しを依頼する。

「ええ、構いませんよ。新聞のネタにもなりますしね。
 ただ…よろしければその報酬に関してちょっとお願いがあるんですが…」
「イヤな予感がするけど、聞くよ」

天狗のお願いは只ひとつ。
依頼料としてあのゴシップと盗撮記事だらけで有名な新聞をむこう数十年間取る事。
あまりの暴利に少女は抗議するも天狗はその件に関して一歩も引かず
その上この件を取りあげるとも言っていた事から客がまた増えるだろう事は簡単に予測できた。
だが殆ど当ても無く探し回らせる事に加え、無精者で普段から他人との接触をあまりしない少女にとって
外界との繋がりを持つというメリットもあったのでしぶしぶながら応じたのであった。

コレで大体の準備は整った。
後はゆっくりれいむ自身の問題を一つ一つ解決しなくてはならない。



「ゆっぐ、ゆっぐ、ぷひー! れいむつかれた! もうあるきたくないよ!!」
「駄目だ、まだ家の周りを半周しただけだぞ。せめて3週はしないとお昼ごはんは抜きだ!」
「ゆゆー!!」

少女の治療と介護の甲斐あってなんとか健康体に戻ったゆっくりれいむだったが
もしも元の飼い主が見つからない、及び再び飼う事を頑なに拒否した時の為
れいむを野生に戻れるようにするための特訓を開始する。
だが、動物と同じように一度人に飼われたゆっくりを1から野生でも生きられるよう鍛えるのは至難の業だった。
調べに出るようになってから数度、野生のゆっくりを観察してその能力を確かめてみた所
様々な箇所が今家に居るれいむと大きく違う事に少女は気がついた。

まず弾力。普通の饅頭はいとも簡単に皮が破けるのが常だが、流石は妖精モドキといったもの。
ある日少女が観察していたゆっくりの群れがカラスに襲われそうになっていた事がある。

「ゆゆ! みんな!! からすさんがきたよ!!」
「ありす! みんなのあかちゃんをかくしてね!!」
「わたしがゆっくりおとりになるんだぜ!! みんなにげるんだぜ!!」

野生種のゆっくりは非常に小さい幼態ならばいざ知らず、徐々に育ってくると
多少嘴で突かれた程度では全く外皮を貫く事ができないほど頑丈になる事も出来た。
普段はふにゃふにゃで本物の饅頭と一緒な位に柔らかくなっているというのに。
また、逆に柔らかさを非常に強くして外敵の攻撃を完全に弾いてしまうという芸当を見せたものも中にはいた。
見た目首だけの非常に弱弱しげな外見に比べ意外なほど野性と適合している。

対してこのれいむは元々野生種であったという面影が無いほどに脆弱な肉体を晒してしまっていた。
最もコレは特別なケースの様で人間に飼われていたゆっくり達は
やさしくも過酷な自然の中に居ない所為か、流石に野生種ほどの外皮ではないものの
犬に多少噛まれた位では歯型が残る程度の傷のみで、中身の餡子にはダメージが届かない程度まで鍛えられている。
その飼い主に脆弱性の原因を尋ねてみた所、これは運動不足による皮の硬化機能の低下であると伝えられた。
それから毎日の日課として少女はれいむに家の近所や周りを回る散歩コースを与えてみる事にした。
最初の内はあまりにも危なっかしく時折中身の餡子が見えるほどの裂傷を負う事もあったが
過ごす間に少しずつ弾力を操作できるようになり、次第に怪我を負うことが無くなっていった。


次に目に付いたのは跳躍力。
共に散歩から帰ってきたれいむの目の前にはロープに釣り下がったたい焼きがひとつ。

「今日のご飯はそれだ。」
「ゆゆっ! れいむはおなかぺこぺこだよ!! ゆっくりたべさせてね!!」
「駄目だ。自分の食事は自分で取るんだな」
「ゆー…がんばってとってみるよ!!」

もちろんお腹を空かせていたれいむは喜び勇んで飛び掛るが
寸での所で少女はロープの端を引いてたい焼きを上昇させ、れいむの跳躍を追い越してしまう。

「ゆー! ゆー! おねえさん! ごはんにとどかないよ! いじわるしないでね!!」
「最初に言っておいただろう、コレはお前を鍛える為の訓練なんだ、助けたら意味が無い。
 …それとも、もうちっとロープを上げてやろうか?」
「ゆゆー!! やーめーてー!!」

野生種は木に登る事すら出来る程脚力が進化している。
原理は不明だが、実際に見た所木の根元からそのまま這いずるようにするすると垂直に上っていくゆっくりや
他のゆっくりの弾力を利用し下になったゆっくりの跳躍とあわせ
自分も空中で反動をつけて飛ぶことでさらなる跳躍をして高い枝に飛び移るという動作を見せてくれた。
その光景に少女はいたく感動しゆっくり式スカイラブ跳躍法と名付けようかと考えたが止めた。

兎に角外皮から頑丈なのだからその底面も当然頑丈に出来ているようで
切り立った岩場すら跳躍で飛びぬけたりと思った以上に脚力がある様だった。
そんな逞しい野生種と比べるとどうしてもこのれいむは劣って見えてしまう。

跳躍そのものは元より柔らかい分高く飛んだりする事も出来たが
姿勢制御というものが全く出来ておらず、
飛んで戻ってきた地上でぺちゃっと良い音を立てて潰れかけてしまったり
着地に失敗してゴロゴロと転がって行ってしまったり
最悪顔面から突っ伏して中身を吐き出してしまいそうになった事もあった。
それでも痛みに耐えて繰り返させると徐々に制御が出来るようになり
徐々にジャンプする事に慣れ、最後には跳ねて移動する手段をマスターした。


そして最後は…最難関、知力であった。

「ここに二つの野菜がある。食べて良い野菜はどっちだ?」
「ゆゆっ、かんたんだよ!! りょうほうともれいむのものだからどっちもたべてもだいじょうぶだよ!!」
「駄目だたわけ。正解はどちらも食べられない、だ。片方は河童が作った精巧な贋物。
 もう片方は私のもの。所有権が何処にあるのかも分からず食い荒らす様じゃ
 お前は外に出た途端すぐさまゆっくり出来なくなってしまうぞ」
「ゆゆゆーッ!? そんなのやだよおおおおおっ!!!」

ゆっくりは人語を解せるとはいっても元々が野生の生き物であるということを忘れてはならない。
野生種であれ飼われゆっくりであれ基本的に人間とは別の生き物なのだ。
人間や妖怪の常識がすぐさま通じると思う方が間違いなのである。
今回のれいむの場合はそういったゆっくりがゆっくりたる常識というものを教えられる前に親元から逸れてしまった事から
人間との付き合い方や効率的な食料の取り方、ゆっくりとしての生き方等
まず最初に情操教育として教えられる部分をほぼ完全に欠如してしまっていた。

「もしお前が他人の所有権を害した場合、お前は本来の所有者によって裁かれる事になる。
 その恐ろしさたるやとてもゆっくりなど出来る状況になる筈も無い…」
「ゆぅー!!! やだやだやだああああああ!!」
「だからこういう事をする前にそのものが自分のものに出来るかどうかを確認し、
 どうしてもお腹が空いて仕方のない場合、持ち主に許可を取るなど様々な方法でその問題は回避できる」
「ゆゆゆ…」

しかしゆっくり達は動物と違い此方の言葉は理解してくれるし
言い回しを簡単にすれば追々知識として浸透し、植え込むことができるのが何よりの幸運であった。
外の世界でよくあるサルによる農作物の略奪が良い例である。
動物達はそもそも言葉が通じない為こうはいかない。
体でそれらに手出しをすると大きなしっぺ返しがくる事を覚えさせるしかない。
だがゆっくりがこういった害を及ぼす可能性があった場合
話し合いのみで解決する事もできるのだ。コレは大きなメリットである。

ある書物では残念ながら話し合いで解決する事ができないほど性格の悪いゆっくりが現れてしまった時、
れいむに行なっている教育とは比べ物にならないほど厳しい方法ではあるが
何匹もの性根の悪いゆっくりを見事に更生させた教育者も居たそうだ。
そういった先駆者に少女は畏敬の念を覚えていた。

ともあれこうしてゆっくりれいむは少女に様々な知識を念入りに教え込まれ
良い人間と悪い人間の区別や食べてよいものとそうでないもの
また、少女の家の付近を散策して危険な場所の調査や他の野生のゆっくりを観察し
そのものがどの様な生活をしているか等サバイバルの知識をゆっくりと覚えていった。


「ふーい、疲れたー…」
「ゆっくりー…」
「ちゃんと肩まで浸かるんだぞ」
「ゆー…? かたってどこ?」
「…」

所変わって此処は風呂場。少女とゆっくりは一緒に過ごす内に一日の疲れを癒す為
訓練が始まった頃から一緒にお風呂に入るという習慣が出来てきた。
最初の内れいむはふやけてしまう事を危惧してお湯に入る事を極端に嫌がっていたがある日、
あんまりにも少女が気持ちよさそうにしている事かられいむは試しに入って見るとこりゃ快適、
ばしゃばしゃと子供のようにはしゃぎ回り長時間入り過ぎてついに本当にふやけてしまった。

「ゆゆー! からだが、からだがおもいよー! ぜんぜんうごけないよ、なんでえええっ!?」
「…それはふやけているからだ。お前は元々饅頭の妖怪…のようなものなのだから」

寝巻きに着替えた少女とゆっくりはふやけた体を冷やす為、居間でお互い体を乾かす。

「全く仕方の無い奴だ。次からはちゃんと覚えておくんだな」
「ゆゆゆ…ゆっくりきをつけるよ!!」

野生のゆっくりも同じように清潔を好み、浅い川で水遊びや洗浄をする内にその恐ろしさを身をもって知る。
だが冷たい川の水はふやけて体全体が思うように動けなくなるだけでなくどんどん沈んで行ってしまう。
原理は不明だがゆっくり達は水に沈み、お湯に浮く。
どのゆっくりでも同じような習性を持っていることからそのような生態なのだと少女は思った。
勿論れいむもそれを覚えて早く流れる河川には近づかぬよう心がけた。


そうして順調に訓練を進めていく内のある日
時折やってくる患者とゆっくりが接触する機会があった。

「こんにちはー、先生、ちょっと診てもらいたい所がありまして…」
「ゆゆ! ここはせんせいのおうちだよ! ゆっくりしていってね!!!」

唐突な来客にれいむは反応し何時もの言葉を里の男に投げかける。
すると男は何かと足元を見るや否や其処には博霊の巫女に良く似た生首が微妙な笑顔で此方を見つめているではないか。
そんな光景に男は吃驚仰天し、腰を抜かして家の外に転がり出て頭を強かに打ち付けた。

「うわあっ!? な、なんだ妖怪かぁ!?」
「ゆゆっ!? だいじょうぶおじさん! でもれいむはようかいじゃないよ! れいむはれいむだよ!!」

慌てる男にぼゆんぼゆんと駆け寄るれいむ。
しかし既に意識が半分何処かへ行ってしまっている男の耳には通じない。

「ひいっ、先生の家が妖怪屋敷になっちまったぁー!」

ゆっくりを知らないのか男は気が狂ったかのように叫び声を上げ、そのままUターンで飛び出して逃げていってしまう。
そんな光景に何が何だか分からないが侮辱された雰囲気を感じたれいむはぷりぷりと怒りだす。

「ぷんぷん! れいむはようかいなんかじゃないよ!! しつれいなおじさんだね!!!」
「…いやお前妖怪みたいなものだろ、もしくは妖精」
「ゆゆっ!?」

家の奥から一部始終を見守っていた少女が
れいむのあてずっぽうな怒りの観点に呆れ半分な突っ込みを入れ
そのままゆっくりと抱き抱えて家の中に入るのだった。

後日
里に戻ったこの男は錯乱した様子で
在る事無い事ひっくるめて里中の人間に話して回った。

「医者の先生が居なくなって生首の妖怪が住み着くようになっちまったぁ!」
「そ、それじゃあ医者の先生は…まさか…」
「えらいこっちゃ! ちみっ子先生は妖怪に食われちまったんだ!」
「こうしちゃ居られねぇ、そんな化け物生かしちゃおけない!」
「若い衆!! 先生の敵討ちだぁ!!!」
「「「エイエイ、オー!!!」」」

その結果、里の若い衆が生首妖怪の退治にと少女の家に押しかけ

「…何の用だ?」
「「「あれ?」」」

少女から大変なお叱りを食らったのだった。
そして一人と一匹の目の前で延々と説教を食らい反省文を書かされ最後に
れいむ自身からも「ゆっくりはんせいしてね!!!」と注意された。

しかしこの件、実はコレで終わりではない。
此度の誤解を里じゅうに聞かせて回った為
少女はゆっくりを飼っている変わり者の医者と里の者全てに認識され

もしかしたらゆっくりに関しての知識もそれなりに有しているのかもしれない

この前ゆっくりに関しての話を聞きに来てたし何か凄い事が出来るようになったんだよきっと

元から凄腕のお医者さんだったしゆっくりの事ならあの人に聞いて見よう

あの人はゆっくりの先生なんだ!

という妙ちくりんな伝聞から度々飼いゆっくりに関しての話を持ちかけられるようになり
最終的にはそのものズバリ、ゆっくりのお医者さんに固定されてしまったのである。

「全く里のものは何を考えているんだ…」

少女はため息をついた。
リラックスをする為にしていた行為が転じて仕事を増やす事になろうとは思っても居なかったからだ。
実は里の方で隠れてゆっくりを飼っているものが思った以上に多く
ゆっくり専門医が現れたという噂が広まるにつれなにかと理由をつけて駆け込んでくる者が現れ出し
結局、診察する相手が増えてしまい一人で往診するにも大変な状況になってきてしまった。
少女が妖怪に近い存在でなかったら二度三度は倒れているだろう。それ程過密なスケジュールに少女は限界を感じていた。
とても一人で手が足りるような状況ではない。

「猫の手も借りたいとはこの事だが…あいにくゆっくりしか居ないしな」

いくら人語を解し物覚えが出来たれいむとはいえ其処までの知識を与える事は難しく
そもそも頭だけの軟体生物にやれる事など数える程度しかない。
精々一人きりの老人の相手くらいが関の山だ。


さらに、思わぬ方向から追加が届く事になる。

「せんせい!! たいへんだよ!!!」
「…どうしたれいむ。今度は一体なんだ?」

若干やつれた表情になっていた少女にれいむは切羽詰った声をかける。
そして直後、更なる衝撃を少女に投げかけた。

「ものおきでゆっくりうまれそうだよ!!」
「…ナニィ!?」

少女は驚いて家を飛び出し、物置小屋に飛び込むと
いつの間にか野生のゆっくりありすとゆっくりぱちゅりーのつがいが出産の時を今か今かと待っていた。
少女はため息交じりに近づくとゆっくり達はハッとして振り向き、怯えた声で問うた。

「ゆゆっ、おねえさんだれ!? ここはありすたちの…」
「…一応この倉庫の家主だ。入れるものが無くて放置してたけどな。
 残念だがお前達は私の家に無断で入ってきた事になる」
「むきゅ!? それってほんとうなの!?」

突然の家主の出現に戸惑うゆっくり達。
そのうち茎の無いぱちゅりーがゆっくり近づき
少女の足元で鼻先(?)をひくひくさせる。

「…ほんとうみたいね、おねえさんからこのおうちとおなじにおいがする」
「ゆっくりごめんなさい!! でもあかちゃんたちがもううまれそうなの!」

既にありすの茎には子供が芽吹き、既に原型のような形になりかけている。
このまますれば数週間後には十数匹のゆっくりが生まれ出ることだろう。
今更ほっぽり出すのも医者として人としてどうかと少女は思い、
一時的にこの倉庫を貸し与えて生まれるまでの間其処を生活基盤とするよう伝えた。

「…とりあえず此処は私の家だ、あんまり騒がしくしなければ
 お前達を寒い外に出すような事はしない。分かったな?」
「「「「ゆっくりりかいしたわ!!!」」」」
「それが騒がしいと言うんだ。もちっと音量さげろ」
「「「「ゆっくりりかいしたわ!!」」」」
「…ハァ」

連日の疲れから少女はもはや返答する気力すら根こそぎ奪われていた。



このままでは本当に倒れてしまうのではないか。
医者の不養生にも程がある現状に少女は珍しく散らかった寝室でぐったりと寝転がっている。

「…全くゆっくり出来んな」

少女はポツリと漏らした。無理も無い。
只の気まぐれがまさか此処までの状況を引き起こすなど誰が予想できようか。
数匹くらいならそう問題は無い。だが徐々に診察すべき対象の数が増え続け
ここ数日の間にのべ二桁は突破しようという怒涛の勢いだ。
ゆっくりを相手にしていて自分がゆっくり出来なくなるなど洒落にもならなかった。

「…紅魔館のメイドに頼んで時間を止めて貰いながら診察するか…だが…」

少女は自身の状況がどうであれ命がかかる職に就いているという責任感から
この状況より逃れたいという発想は既に存在していなかった。
故にあらゆる手段を取ってでもこの仕事を続けるという以外少女の前に進路は無かった。

「…どうする…どうする…どうする…」

少女の脳裏に様々な事柄が思い浮かぶ。
現状やれるだけの手段。今までの経験。先駆者達の苦悩。
その果てにある自分に出来る事。悩む事は許されない。
前に進まねばならない。少しでも遅れれば患者は死んでしまうかもしれない。
命というものは尊く、それで居てかけがえの無いものだ。失われれば二度と蘇ることは無い。
例えそれが饅頭のような生き物であれ人間であれ同じ事。
この世界に二度目は無い。少なくともこと生命に関してはまず絶対に覆る事の無い真理のひとつだ。
だから少女は、目の前にある命を救う事だけを考えたのだった――――




















「…流石に脚色が酷くないかコレは」

何時も通りのゆっくりとした雰囲気が院内に満たされた少女の家。
其処には相変わらずゆっくりが居て、少女が居て
珍しく鴉天狗のブン屋が助手を引き連れて茶を啜っていた。
少女の手には天狗謹製の生原稿十数枚ほどが在り、パラパラとめくる度少女の顔が微妙な雰囲気を帯びる。

「いやー、コレ位が良いんじゃないでしょうか?
 実際起こったことをそのまま書き出しても面白く在りませんし」
「美談に書かれては困る。私は医者としての本分を通したに過ぎない」

少女が書き記したレポートの大半を読ませた上でも
事実と異なる事柄を入れた事に悪びれる様子も無くけらけらと笑う天狗。
その様子にため息をつきつつ少女はゆっくりれいむを抱えて眼鏡を直す。

「あの時手が足りずにてんてこ舞いだったのは確かだ。
 だが私は別に其方が書かれたような崇高な意志を踏まえてやっている訳では無いし
 何よりその後すぐに対策して患者は減っていったからもう問題は無くなったんだ」

真相はこうである。本当に手が足りなくなってきた頃
少女の研究が実を結び、ある事実が分かった事から
少女は連日連日やってくる飼いゆっくりの面倒を見る事や
あからさまな病気や異常が無い限りは診ないことを宣言したのだ。

元々妖精のような妖怪のような生き物を普通の医療の範疇に収める事こそが逆に間違いなのだ。
もとより妖怪は精神的な異常で変調になる事が多いといわれている。
大半のゆっくりの異常は今までとの急激な環境の変化に精神がついて行く事が出来ず
ゆっくり達にとって「ゆっくりできない」状態が続いた事によるものと判明したのだ。
中には無理やりつれて来られたゆっくりも居た為、その場合拉致した人間に厳罰を課して
助けられたケースもあったがどのゆっくりも生まれ育った森で過ごす内に快方へ向かい大事無い状態に戻っている。

「それにしたって大手柄でしょう。ゆっくりとて山に住む妖怪の一種。
 もしも里の人間によって大量にゆっくりが略取されたりして山の環境に異変が在ったら
 それこそ大御所が動く可能性もあった訳ですし、貴女の研究で人間の里が守られたのは確かな事です。
 誇って良いことだと思いますよ?」

実際の所昨今に到ってもゆっくりとその地域に住む妖怪とのつながりは一様に分かってはいない。
だが幻想郷最古の存在にして最強の一角を占めるかのスキマ妖怪、八雲 紫の顔をしたゆっくりも存在すると言われており
もしかしたら発見されて居なかっただけで山の妖怪よりも遥かに前から住む存在の可能性もあるため
妖怪達は静観という形を取りつつも得体の知れないモノにある意味での畏れを抱いている。
なので人間達が軽い気持ちでゆっくりを迫害しようものなら山の妖怪が人里に逆襲してくる可能性もゼロではないのだ。
そんな件から、ゆっくりの研究を行なう少女に対してらんらんと興味の瞳を煌かせる天狗。
その視線にウンザリしつつ少女は茶を啜った後、呆れ顔のまま告げる。

「下らん。人間達の事情など知った事か。私はただこいつらとゆっくりして居たいだけだ。
 それにもしも異変があれば巫女やモノクロ共が動く。そうなっても私は医者としてやるべき事をするだけだよ」

そう言って膝に抱えられたれいむを撫で、ゆっくりと笑みを浮かべたのだった。

ちなみにこの話はあんまりにも脚色されすぎて荒唐無稽になってしまった為
読者がついていける内容にはならず、終いにはモノクロの魔法使いにすら読まれる事無く捨てられてしまったという。合掌。




後日、れいむを引き取りに来る人間はついに現れなかった。
どうやら元の飼い主は幻想郷に入り込んでしまった外来人だったようで
既に送還された事が博霊の巫女の口から伝えられた。
その際少年は妖怪を外に連れ出す事を許されなかった為やむを得ず置いていく事になったらしい。
話を聞いたれいむはいたく悲しんだが、

「そういうことならしかたがないよ!! れいむはれいむでゆっくりいきていくよ!!」

と、少年の事を吹っ切るきっかけとなった様で
ついにれいむは少女の家を出て再び山で暮らす決意を決めたのであった。




「ゆ~ゆゆ~ゆ~ん♪」

未だに雪の残る斜面をれいむは仲間と共に森の中を駆け回っていた。
野に放たれたれいむは立派に成長し、
ある群れに入れてもらい生活基盤を作り現在では少女から教えられた知識で
新たなリーダーとしての頭角をメキメキと現し始めている。

「れいむ!! みんな!!  たいへんなんだぜ!!」
「どうしたの! まりさっ!?」

その時、狩りに出かけた仲間のまりさから緊急事態を伝えられ
続々と集まるゆっくり達の目の前には小さな巣の穴がぽっかりと開いていた。
中にはれいむとまりさ、その子供達が数匹。だがその巣の状態はあまりにも形容しがたい状態に陥っていた。

「しっかりしてね!! きをたしかにね!!!」
「おお、これはひどい」

その巣に住んでいたゆっくりは皆飢えて口も利けない状態に陥っていた。
寒中にはある筈の備蓄はあまりも少なく、一匹が節制してやっと生きていける程度。
更にはまりさの大半がごろりと転がったまま動けないでいる。

「しっかりしてね!! ちゃんとめをあけてね!!!」
「ゆぅぅ!! あしが!! まりさたちのあしがまっくろだよ!!!」
「わ、わ、わ、わからないよー!! なんでこんなことにー!?」

群れのゆっくり達は目の前にある異常に対処する事が出来ずオロオロと飛び回るばかり。
ましてや焼け焦げた痕などそもそも炎症が起こりえない環境に住んでいる
野生のゆっくり達にどう対処して良いのか分かる筈もない。
だがこの状況でも冷静なれいむは考え抜いた結果、その場のゆっくりに呼びかける。

「みんな!! ゆっくりおちついてね!!!
 せんせいのところにつれていこう!!! せんせいならきっとなおしてくれるよ!!!」







この地方に住むゆっくり達は
どうしても自身の手に余る事柄を目の当たりにした時
ある山の中腹にある小さな小屋を訪ねるという。

其処にはどんなに深い傷を負ったゆっくりでもたちまち助けてくれる
ゆっくりのお医者さんが存在すると伝えられている…。







終わり







どんな者でも命は宝だ。
例えそれがいきなり現れた妖怪っぽい饅頭であってもだ。

  • あとがきがエクスカイザーの台詞で吹いたwww -- 旅のゆっくり (2009-06-03 15:22:33)
  • どこまでが脚色なんだろw -- 名無しさん (2009-07-11 20:47:47)
  • このシリーズはこれで終わりかな? -- 名無しさん (2013-06-30 13:01:47)
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最終更新:2013年06月30日 13:01