ゆっくりパークの春夏秋冬part4

 ゆっくりパークの春夏秋冬 part 4


  --十一月--


 幻想郷の山々が紅に染まり、朝夕めっきり冷え込むようになってきた。栗やキノコの時期
もピークを過ぎ、青く抜けた空に寂寥の雰囲気が漂う。
 パークの森の入り口で、切り株に腰かけて待つ俺の前を、ゆっくりの家族やカップルが何
度も通った。近くに住むまりさ同士のカップルを見かけて俺は声をかけた。
「ゆっくりしていってね!」
 高さ三十センチもある立派な帽子をかぶった二頭は、くるっと振り返って返事をする。
「「ふゅっくりしへいってね!!!」
 俺は彼女らの前にしゃがんで尋ねた。
「なあ、おまえらって、最近あんまりゆっくりしてないみたいじゃない?」
「ほうらよ、ゆっふりしてないよ!」
「そんなんでいいの?」
「よふないよ、ゆっふりしたいよ!」
「れも、ゆっふりとたべものをあつめているよ!」
「ほうじき、ゆっふりとふゆがくるからね!」
 そういう二頭のほっぺたはリスのように膨らんでいる。森の幸をいっぱいに詰め込んでい
るのだろう。
「にんげんさんは、たべものをくれる?」
「いやー、俺もカツカツだから」
「じゃあ、ゆっくりあつめてね!」
「まりさたちはいそがしいから、もういくね!」
 そういって、二頭はのったのったと跳ねていった。俺は手にしたカメラでその後姿を撮り、
溜息をついた。
「冬ごもりか……」
 ゆっくりパークのゆっくりたちは、のんびり屋のれいむも遊び人のアリスも、冬を前にそ
ろって越冬準備を始めていた。それが俺を憂鬱にさせていた。
 ゆっくりたちがゆっくりしていないことも理由のひとつだが、もっと深刻な問題があった。
 俺は森を離れ、小屋へと歩き出した。道々、あちこちに設置したばっちんシェルターを点
検していく。実はこれ、最初のころはやはり失敗作だった。ゆっくりゃが入れないのをいい
ことに、「ここはれいむのおうちだよ!」宣言をして、他人を締め出すゆっくりが続出した
のだ。
 だから、気の毒ではあったが、床に三十度ほどの傾斜をつけた。家代わりにしようとした
ゆっくりたちは「ゆううーん、ころがっちゃうよ!」「ここじゃあゆっくりできないよ!」
と家にすることをあきらめた。
 今では、狙い通りに一時的な避難所として機能している。
 シェルターに問題がなかったので、俺は丘へと登っていった。吹きっさらしの丘は、寒風
が身にしみる。うう、寒い。プロパンを余分に用意したほうがいいかもしれんなあ。
 小屋に近づくと、なにやら争っているような声が聞こえた。
「ここはれいむのおうちだよ! ゆっくりでていってね!」
「ちがうよ、れいむがみつけたんだよ! れいむこそでていってね!」
 なんだなんだ。
 裏へ回ると、犬小屋の前で二群れのれいむ一家がにらみあっていた。偶然だろうが、どち
らも親が一人、姉が二人、子供二人という構成だ。これではどっちが元々いるれいむか、わ
からなくなるかもしれない。
 ……いや待て、マジでわからん。
 どっちが元れいむだ!?
「さっさとでていかないと、れいむおこるからね! ぷくぅぅぅぅ!」
「れいむだっておこるよ! すごくおこるからね! ぷくぅぅぅぅ!」
 うおお、膨れる膨れる。顔真っ赤にして、一・五倍ぐらいになった。うちのれいむはふだ
ん温厚に暮らしてるから、こんなの初めて見たぜ。
 いや、だから、どっちがうちのだ。
「むぎぃぃぃぃ、れいむおこったよ! ゆっくりさせないからねぇぇ!」
「むぎぃぃぃぃ、れいむだっておこったよ! ゆっくりしねぇぇぇぇ!」
 膨れたまま、ボヨン! と跳ねて体当たりした。空中でぶつかってドサッと落ち、すかさ
ずまた起き上がってボヨン! とぶつかる。
 何度かぶつかったかと思うと、地上を這って相手のほっぺに噛みついた。すかさず相手も
ほっぺを噛み返す。
「ゆぎぎぎぎぎ!」
「ゆぐぐぐぐぐ!」
「おかーしゃん、がんばって!」「ゆっくりやっつけてね!」
「まけないでねぇぇぇ!」「ゆっくりかんじゃえぇ!」
 目を血走らせて噛み付き合う母二人に、両陣営から大声援です。
 いやー、これはそろそろシャレにならんな。うちの前で人死には出したくない。
 しかしどっちが……。
「むきゅううう、れいむ、がんばってね! れいむ!」
 ぱちゅりーが泣きながら片方を応援していた。なるほどあっちが元れいむか。危ないとこ
ろだった。
「まあ、ちょっと話を聞いてみるか」
 おれは両者の間にしゃがみこんで、手で押し分け、後から来たれいむに声をかけた。
「ゆっくりしていってね!」
「「「ゆっくりしていってね!!!」」」
「うむ、それでおまえはゆっくりしたいんだろうが、何で今ごろここへ来たんだ。自分たち
の巣はどうした?」
「れいむのおうちはここだよ! ここにすむんだからじゃましないでね!」
 出た出た、無理やり自分ち宣言。しかし俺はそれほど目くじらを立てるたちではない。こ
ういうのは、単に意地を張っているだけなことが多いからだ。
 俺は後れいむを抱き上げた。後姉れいむや、後子れいむたちが、いっせいに非難の声を上
げる。
「な゛に゛するのぉぉぉ!?」
「おがーしゃんをはなじでねぇぇ!」
「ゆっくりさせてね! ゆっくりはなじでね!」
 お、足への集団体当たり。もちもちボールたちがぼよぼよ当たってくる。初めて味わった。
 めんどうくさいので、もがく後れいむを抱いたまま走って家に入り、戸を閉めた。
「ゆゆ、ここはゆっくりできるばしょ? ゆっくりしたいよ! ゆっくりさせて! ゆっく
りはなしてね!」
 口を∞の形にして不安そうにキョドる後れいむを、叩きにおいといて、俺はバナナを持っ
てきた。皮を剥いて差し出す。
「まあこれでも食え」
「これなあに? むーしゃむーしゃ……ゆぅぅぅぅぅぅ! し、しあわせぇー!!」
 ぱぁぁぁ、と涙を流して喜ぶ後れいむ。バナナなんかこの辺りには生えてないからな。
「もう一本あるぞ」
「ゆっ、ちょうだい、ちょうだいね!」
「おまえんちの近所にはなかったの?」
「そうだよ! れいむのおうちのまわりにはなかったよ!」
「そっかー。でも他の果物はあったんじゃない?」
「なんにもなかったよ! れいむのおうちは、たけやぶだったの! ごはんがたりないから、
こまっていたんだよ! そうしたら、おともだちから、すごくゆっくりできるばしょがあるっ
てきいたの! それでここへきたの!」
「……おまえ、永遠亭から来たのか」
「はやくきいろいのをちょうだいね!」
 ちょうだい、ちょうだい! と喚くれいむを置いて、俺は思案した。
 やはり、ゆっくりパークはちょっと評判になりすぎたようだ。永遠亭なんかここから四キ
ロぐらいある。あんな遠くからゆっくりが来るようじゃ、近隣のゆっくりは残らずパークに
移り住んだのかもしれない。
 これでは……パークに飢饉が起きてしまう。
 これが俺の最大の懸念だった。ゆっくりが増えすぎることが。
 ゆっくりをゆっくりさせてやるための試みで、ゆっくりを飢えさせてしまう。本末転倒だ。
なんとかして防がねばならない。
 ひとまずこれ以上の増加を止めるために、明日からでもフェンスを閉じなければならない
だろう。
 つらいことだ――希望を抱いてパークへやってきたゆっくりが、閉ざされたフェンスの外
で絶望する様が思い浮かぶ――が、やるしかない。
「ふう……」
「ゆっゆっ! ゆっくりしないでちょうだいね! いいかげんにしてね!」
 後れいむはこちらの気も知らずに喚いている。
 気が重いが、出ていってくれ、と言おうとした。
 そのときだった。
「にんげんさん、にんげんさん! ここをあけてね!」
「むきゅむきゅ、あけてちょうだい!」
 引き戸がガタガタ揺さぶられた。れいむはともかく、ゆっちゅりーの頼みとあれば、開け
ないわけにはいかん。
 戸を開けると、元れいむが真剣な目でこっちを見ていた。
「さっきのれいむにあわせてね!」
「そこにいるが、どうした」
「れいむとれいむは、おうちをきめているとちゅうだよ! にんげんさんはゆっくりまって
いてね!」
「……なに?」
「れいむはよそのれいむをやっつけて、ゆっくりプレイスをてにいれるよ!」
 格闘家みたいなことを言って、フンフン、とふんぞり返りやがった。なんだそりゃ。初め
て聞くが。
 ゆっちゅりーが心配そうな顔をしつつも、黙って控えている。俺は今度は彼女を抱き上げ、
ひそひそと聞いてみた。
「あれ、どうなってんの。変なキノコでもたべた?」
「むきゅうん、おうちのとりあいになったら、きちんとけっちゃくをつけなければいけない
わ」
「……そーなの?」
「だって、そうしなければ、ひとつのおうちにふたつのかぞくがはいってしまうもの。そん
なことじゃあ、ぜんぜんゆっくりできないわ。けほけほっ」
「おおよしよし」
 何度か息継ぎさせながら、ゆっちゅりーに話させたところでは、こうだった。ゆっくり同
士で家の取り合いになったら、うやむやにしてはいけない。(というか、そこでうやむやに
するようなゆっくりはいない)。必ず白黒をはっきりさせて、負けたほうを追い出さなけれ
ばならない。なぜなら、一ヵ所に大勢のゆっくりが住むと、食べ物が足りなくなるからだ。
仏心を出して住ませても、両方全滅してしまう。早めに追っ払えば、まだ別のプレイスを見
つけることができるかもしれない。
 たから、決着をつける。そのほうがお互いのためになるのだ。
「うむう……」
 それを聞いた俺は唸った。
 なるほど、そんなルールがあるならば、あるいは……。
「よし」
 俺は後れいむを外へ出して、厳粛に宣言した。
「おまえらの事情、よくわかった。犬小屋の居住権を賭けて、ゆっくりと戦うがいい」
「もちろんだよ! れいむまけないよ!」
「れいむだってぜったいにまけないよ!」
「レディ……ファイッ!」

 俺が腕を交差させると、二頭のれいむは勢いよく相手に飛びかかった。
「ゆぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃ!」
「ゆぐぐぐぐぐぐぐぐぅぅぅぅ!」
 壮絶な戦いだったが、軍配は元れいむに上がった。土壇場でぱちゅりーの声援を受けたれ
いむが、底力を発揮して後れいむをフォールした。
 負けた後れいむは、ゆあんゆあんと泣きじゃくり、権利を放棄した。
 というか、
「こんなところじゃ、ゆっくりできないよおぉぉぉ!」
 って感じで退場宣言した。
 噛み付かれたり、ひきずられたりした後れいむに、俺は簡単ながら手当てしてやり、表ま
で見送った。餞別に菓子でもくれてやりたかったが、そんなことをしたら「ゆっくりできる
人」認定されて、食わせろ住ませろとたかりまくってくるに決まっている。
 心を鬼にして見放した。
「パークの神社側に出るといい。あそこは結界が効いてるから、多少は敵も少ないだろう」
「ゆう、ゆっくりおうちをさがすよ……」
 後れいむ一家の、とぼとぼと坂を下りていく様が印象的で、俺はカメラを出して一枚撮っ
た。
 ふと横を見ると、さっきは勝ち誇っていた元れいむ一家も、興奮が冷めたらしく、目に涙
を溜めて見送っていた。
「ゆう゛う゛う゛、ごめんね゛、れいむたちがゆっぐりずるだめだよ……」
 ゆっくりしたいから追い払うって、字面だけ聞くとすげぇ身勝手だが、こいつらの「ゆっ
くりする」は「生き延びる」と同義なので、まあそんなに非人情なセリフじゃない。……と、
いうことにしてやる。

 その夜、俺が寝支度をしていると、犬小屋から「ゆっ!?」と驚いたような声が聞こえた。
壁際に行って耳を澄ませた。
「しっ、ぱちゅりーがおきちゃうよ! それより、おうちをでていくなんて、どぉじでぞん
なごど……!」
「おかあさん、ゆっくりなきやんでね! こんどはおかあさんがきらいになったんじゃない
よ!」
「そうだよ、おかあさんは、みんなのためにおうちをまもってくれて、えらかったよ!」
 この声の調子は、最近生意気な二人の姉れいむか。母れいむと話しているようだ。
「でも、だからこそ、れいむたちはおうちをでようとおもったんだよ!」
「れいむたち、おかあさんのがんばりをみて、おもったったんだよ!」
「いままでずーっと、まもられていたんだなぁって」
「そんなこともわからず、わがままばっかりいって、ゆっくりさせてもらっていたんだなっ
て」
「だから、れいむたち、わかったの!」
「おかあさんのように、りっぱなゆっくりになるには、そとでくろうしなきゃいけないって
!」
「れいむ……れいむ……!」
 注釈すると、このセリフは多分「ようこ……ゆうこ!」みたいに、別々の二人に向けたも
のだ。人間にはわからないが、なんか微妙に抑揚が違ったりするんだろう。
 とにかく、母は感極まってるっぽい。
「でも、れいむもれいむも、おそとでやっていけるの? れいむはしんぱいだよ!」
「だいじょうぶだよ! れいむは、すてきなおともだちのまりさに、さそわれているから…
…」
「れいむも、ちょっとかわっているけど、おともだちのきめぇまるがいるから!」
 何ィ!? きめぇ丸っておめえ、あのヒュンヒュンきめぇ丸か? この辺りで他のきめぇ
丸を見たことはないから、あいつだろう。
 なんだあいつ、俺じゃなくてうちのペットが目当てだったのか……ちょっとしょんぼり。
 っつーか、れいむときめぇ丸のカップルって、一体どんな会話してんだろうな!? そっ
ちのほうがよっぽど興味あるわ!
「「だから、れいむたち、おうちをでていくね! おかあさん、いままでありがとう!」」
「ゆううううぅ……! でいぶぅぅぅぅぅ!!!」
「おがあざぁぁん!」
 おお、愁嘆場愁嘆場。犬小屋はしばらく、れいむたちの泣き声に満ちた。
 しばらくしてそれが収まると、前よりもっと小さい、ひそひそ声がした。
「おかあさんも、はやくほんとうにゆっくりしてね!」
「ゆ? それはどういうこと?」
「ゆふふ、おかあさんがほんとうにゆっくりさせてあげたいのは……ぱちゅりーだよね!」
「ゆぐっ……ぱ、ぱちゅりーにきこえるでしょ! ゆっくりねてね!」
 ……ゆっくりにも、気配りのできるやつがいるんだなあ。

 翌朝、真っ赤な朝日が昇ったばかりのころ、ふたりの姉れいむたちが旅立った。
「いっぱいいっぱい、ゆっくりしてくるね!」
「きめぇまるも、がんばってゆっくりさせるね!」
 二人のほっぺは、母が用意した餞別の食べ物でぱんぱんだ。母れいむは、ぱちゅりーと二
人の子れいむとともに涙をだぁだぁ流して見送った。
「ゆっくりしていってね! ゆっぐりじでいっでねぇぇぇ!」
 丘の下へ消える直前、姉の声が届いた。
「おかーさん、きのういったことわすれないでねぇぇ!」
「そ、そんなことぱちゅりーのまえでいわないでねぇぇ!」
 丸聞こえじゃねーかおまえら。気配りないんか……。
 と、そのとき、小さな声がした。
「さくばんから、きこえてたのよ……」
「ゆっ!?」
 びくっ、と振り向く母れいむ。
 ゆっちゅりーは真っ赤になってうつむきながら、ぽそぽそと言っている。
「ぱ、ぱちぇは、ゆっくりまっていたのよ。とってもゆっくり……でも、れいむがいわない
のなら」
「ゆうう! まってね、ゆっくりいわせてね! れいむは……れいむは……!」
 母れいむも真っ赤になって、ぷるぷる震えだした。
 事情のわからない子れいむたちがはやし立てる。
「おかーさんもぱちゅりーも、まっかだね!」
「おかしいね! もっとゆっくりすればいいのにね!」
「ゆぐっ……ゆぐっ……!」
 喉になんか詰まったみたいにえずき続けたれいむが、ついに言ってのけた。
「れいむとずっくりしていってね!!!」
「ずきゅっ!?」
 二人がぽかんと顔を見合わせた。
 たらぁーっ、と冷や汗が流れ出す。
 俺は唖然として見ていたが、突っ込まずにはいられなかった。
「おまえら……いま、二人とも噛んだ?」
「ずゅっ、くりっ、ずっとゆっくりして! ゆっくりゆっくりしていってね! ゆっくりっ、
ゆうう、ゆううううううううう!」
 何度も言い直した挙句に、れいむは恥ずかしさのあまりか、びょんびょん飛び跳ねた。
 すると、見ていたぱちゅりーが、赤い顔に、にはっと可愛い笑みを浮かべて言い返した。
「む……むっきゅりさせてね、れいむ♪」
「ゆううう、ぱちゅりぃぃぃ!」
「れいむぅぅ……」
 朝日に照らされて、目一杯むにむにと押し合う二人の顔を、俺はしっかりと撮った。

 その秋、俺は嬉しい誤算に気が付いた。
 パークのゆっくりたちの数が、どうやら頭打ちになったらしいのだ。
 ある地域に、一定数のゆっくりたちが住みつくと、空いているおうちがなくなって、それ
以上のゆっくりは自動的に追い払われるようになる――。
 俺の気づかないうちに、非情だが合理的なその仕組みが働いて、パークの定員のようなも
のが形成されていた。
 また、追い払われたゆっくりたちは、パークの外へ出て言いふらしたようだった。
「あそこはあんまりゆっくりできるところじゃなかったよ!」――。

 どうやら、俺は間引きという最終手段を取らずに済みそうだった。
 もうすぐ冬が来る。


  
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ぐあー、回が進むにつれ伸びていく。
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最終更新:2008年11月01日 00:32