「たまにはおしとやかに訪れてやろうかな」
そう呟くと魔理沙は乗っていた箒を右手で拾い上げ、地に足を着いた。無意味に全速力で来たので、服の所々に皺が寄ってしまっている。手持無沙汰にスカートの部分の皺を直してみたが、すぐに面倒になってやめた。今から会うのはどうせ顔なじみだし、おめかししたからと言って歓迎してくれるような奴でもない。魔理沙は目の前の褐色のドアノブを掴んだ。
「おいーっす」
空いたドアの先から返事はなかった。
「……挨拶が悪かったかな。昔の有名な魔女の挨拶なんだけどなあ。あがるぞー」
当然のようにあがりこむ。最も今回は挨拶をしてから土足で上がりこむまで優に20秒もの時間を費やしており、これは今までにおける最長記録である。
「おーいアリス、いないのかー? いないなら返事しろー」
返事はない。
「留守なのかな……でもドア空いてたし……。ん? ドアは家にいても普通閉めるよな? 田舎もんじゃあるまいし」
神社や香霖堂を訪ねるときには鍵が掛っていない。紅魔館は門番を倒して入る。アリスの家だって窓や壁から入る。他人の邸宅のドアノブに触れたのは久方ぶりだ。ドアには普通鍵が掛っていて、入る前にノックをするものだと魔理沙の頭の片隅に古ぼけた知識が流れ込んできた。もちろんそのままどこかへ流れ出て行った。
「おーい。アリスー。返事してよ、怒ってるの?」
「……いらっしゃい、よくきたわね」
「この気の抜けるような声は……お前かー!」
声のした方を向き、屈んでそれを持ち上げる。
「きゃあ~~!」
元気で人懐こい犬のようにそれは魔理沙の腕の中でじたばたする。
「ゆっくりしていってね!!!」
「飛び回って疲れてるから、そうさせてもらうぜ」
ゆっくり魔理沙。アリスは平仮名っぽくまりさと呼んでいる。魔理沙の顔を膨らましたような容貌をしているので、というより容貌だけで首より下がないという奇妙な生き物なので、魔理沙は最初は敬遠していた。しかし、アリスの家に行けばいつもゆっくり魔理沙はいるし、博霊神社には霊夢の顔をした似た生命体が常駐している。おまけに最近は別の顔をしたゆっくりも魔法の森とその界隈で特によく見かけるようになった。アリスが惹き寄せてるんじゃないか、と根拠なく霊夢が言っていたのを思い出す。まあそんなわけで、何度も見るたびに慣れっこになってしまった魔理沙がゆっくりに魅せられるのも時間の問題だった。『ウザ可愛い』というのが『言葉』でなく『心』で理解できた、と同じくゆっくり愛好家の紫と博霊神社で大いに語り合ったこともある。そのとき霊夢に理解できないものを見る目をされたが気にしないことにした。
「フゥゥーー……初めて………ゆっくりを可愛がっちまったァ~~~~♪ でも想像してたより弾力がないな」
「?」
「ああ何でもない、こっちの話だ。まりさは相変わらず元気そうだな」
「魔理沙もあいかわらずびしょうじょね!!!」
「うむ、よくわかってるな」
「まりさには負けるけどね!!!」
「この野郎!」
「きゃっきゃうふふ~♪」
ゆっくり魔理沙は霧雨魔理沙のことを魔理沙と呼ぶ。
霧雨魔理沙はゆっくり魔理沙のことをまりさと呼ぶ。
始めはややこしかったが、ゆっくり魔理沙が発音の練習をして漢字っぽく「魔理沙」と発音できるようになってから段々と違和感が薄れてきて、今では自然そのものだ。
「アリスはどうしたんだ? お前だけ残して家空けるなんてことはしないだろうし」
アリスはまりさに対して表面上は素っ気なくしているが、その実かなり気にかけて丁寧に世話をしていた。もともとの几帳面な性格もあるだろうが、それだけでは説明できない献身的なアリスの一面を垣間見ることが魔理沙の目から見ても多々あった。情とはこういうものだろうか、と自分が大切にされているわけでもないのに何かむず痒く感じた覚えがある。
……まあそれだけではなく、ゆっくりは好奇心の塊であると同時に馬鹿なので、一人(?)家においておくのは危険だという理由もある。家財の損傷的な意味で。
「いるよ。おねえさんが家にいるときにかってにお客さんのお、おう、おー」
「応対」
「そう、おうたいしたらおこられるの。まむ、まむられ、まむかれ」
「まぬかれざる客……無理して難しい言葉使わなくていいぞ」
「むー。だっておねえさんがそう言ったんだもん。その、まむかれざる客かもしれないからだめだって」
「そりゃあ一理あるな。今回は私だったから良かったものの、この辺はヤバげな妖怪もうようよいるからなあ」
「とくに家のものをかってにもっていく人や、ことばづかいがげひんな人や、白と黒のまほうつかいはあいてしちゃだめだって」
「はっはっは、誰のことかなー。っていうかそれ最後でほぼ特定されてるじゃないか」
「でもさいきんはしかたないの。おねえさんずっとうごかないから」
「え……」
魔理沙の顔が強張る。
「おい、動かないってどういうことだ。アリスはどこにいるんだ」
「しん、しんつ、しんつー」
「寝室な。わかった」
魔理沙はまりさを抱えたまま早足に寝室に向かった。ちらと周りに目をやると、どこか違和感がある。寝室のドアの直前でそれに気がついた。……ドアノブに埃が溜まっている。豪華な装丁の書物が並ぶ本棚も、古風で高級そうな椅子も、枯れない花々で飾られた花瓶もそうだった。
すべて、長い間手入れされていない。人に使われていない。あの几帳面なアリスが? ビスケットを一欠片テーブルの上に溢すだけで育ちが悪いと嫌味をいうアリスが?
「アリス!」
当たり前のように開いていた寝室のドアの先で、少女が床に臥していた。
「アリス! おいアリス!」
魔理沙は抱えていたゆっくりから手を放し、ベッドに走り寄った。空いた両腕でこれでもかというほどアリスの身体を揺する。
「どうしたんだよ! 起きろよ!」
「魔理沙、ゆすっちゃだめだよ!」
「ぅ……ん……」
アリスの口から漏れた掠れた儚い声。その声は魔理沙にとっては、肩上で制止を促すゆっくり魔理沙の叫び声よりずっと大きく聞こえた。
「!! 生きてる……アリス、私だ。魔理沙だ。わかるか?」
「う、う」
弱々しく挙げられたアリスの左手を魔理沙はしっかりと握りしめた。
直後。
「うるさーーーーーーーーい!!!」
残っていた右手から強烈なストレートが繰り出された。
「うげっ!!」
「ゆぎっ!!」
魔理沙が吹っ飛び、その肩に乗っていたまりさも巻き添えを喰らった。
「え、え?」
「だから言ったのに……おねえさんねおきわるいの」
「さっきからねー」
髪はボサボサ(よく見れば頭にヘアバンドをつけっぱなしである)、目は弛み、息をするのも面倒そうな喋り方。ある意味普段見られないレアなアリスと言えるが、不意の一撃に呆気にとられている魔理沙にはそれを堪能する精神的余裕はなかった。
「魔理沙、うるさいの! ねー、うるさい! アリス、アリスアリスアリアリアリアリって、お前は麻雀か、それともイタリアンマフィアかよ! ってー、まりさも白黒は入れるな、ってー、ねみー、寝る」
文法規則を無視した一連の台詞を吐き終わった直後にはもうアリスはベッドの上で再び動かなくなった。……注意して聞くと、ほんのわずか寝息が聞こえた。それ以外は死体のようにぴくりとも動かない。
「……まりさ、動かないってこれか?」
「うん。ねてばっかりでずっとうごかないの」
「紛らわしいんだよお前はーっ!!」
「うるさーーーーーーーーい!!!」
枕が魔理沙の顔面に直撃する。魔理沙の視界が戻った時には、またもやアリスの仮死体があった。
「おねえさんねおきわるいの」
「……向こう行って話そうか」
アリスを刺激しないように入ってきたドアをそっと開く。ドアを閉めるときにドアの軋みで僅かにキィ、と音がした。
「ぅぅん~」
(げっまた起きた!?)
「ぅぅ~天和・四暗刻・清老頭、全員トビだー……」
(……何の夢を見てるんだ)
「すーあんこうはてんほーのばあいたんきまちなの? しゃんぽんまちなの?」
「何でお前が詳しいんだよ」
- ゆっくりと続きキター -- 名無しさん (2008-09-17 18:24:56)
- 週末ぐらいに続き書くよ? ……たぶん。永琳をちょっと出す予定。 -- Jiyu (2008-09-18 01:26:48)
- 久々にワロタ -- 名無しさん (2008-10-03 18:21:12)
- ネタにマジレスすると・・・天和は高いほうの役を採用するので単騎待ちとなる -- マジレス赤字 (2009-10-26 00:09:12)
- おいっすwwwww -- 名無しさん (2012-10-15 01:14:26)
最終更新:2012年10月15日 01:14