「…………ん。ここは……?」
「やっと起きたか」
うつ伏せていたアリスの背中から聞きなれた声がした。体が重いのでアリスは首だけを声の主に向ける。
「……命が惜しければ早く退きなさい」
「やだよ。どうせ碌に動けもしないんだろ? もっとここでゆっくりするぜ」
魔理沙は悪意にも近い笑みを浮かべてそう言った。
「! こ、の……」
魔法が使えない。魔力はある、しかし集中させることができないのだ。
「ふー。ここはおちつくなあ。ゆっくりできるぜ」
「魔理沙、あんた……うっ!」
途端に背中の重みが増し、反射的に首を正面に向けた。
「ふう。ゆっくりゆっくり」
「あんた、何ゆっくりみたいなことを」
重みが増していく。首を再び背中の方に戻すと。
「ゆっくりできるよ!!! おねえさんの背中の上はゆっくりできるよ!!!」
「ま、まりさ!?」
アリスの背中には通常の五倍ほどの大きさのゆっくり魔理沙が乗っかっていた。しかもどんどん膨らみ、重みが増している。
「まりさ、どきなさい、まりさ、まりさ! マジやばいって! まり……ぐえっ! どき、どきな……」
「どけえっ!!!」
「うわらば!」
「……あれ? まりさは? ……夢? どこだろ、ここ……永琳? 気絶してる……」
「貴女の起き際のアッパーカットで師匠は気絶したんですよ」
「……」
アリスは倒れた永琳を見つめる。
「どうかしました?」
「あ、いや、普通こういうときは悪いことをしたと思うんでしょうけど、不思議とそんな気分にならないのよね……。なんていうか、お返ししてやった、みたいな。……病んでるのかしら、私」
「大丈夫です、私もちょっとすっきりしてます」
アリスは何となく理解した。
「ここは永遠亭ね。……えっと、まりさ、ゆっくり魔理沙はどこかしら? 悪戯兎の元に預けたりしてないでしょうね」
優曇華院は困惑した表情を浮かべる。
「彼女はここにはいませんよ。魔理沙さんに預かって貰ってます」
アリスの時が止まる。
「……今、なんて?」
「ですから、魔理沙さんに」
「ま、ま魔理沙ーーーー!?」
顔を挙げ、ぎょろりと目を見開いたアリスの表情に、優曇華院は思わず一歩足を引いた。
「何てことするの! あんな奴にまともに世話ができるわけないじゃない! ああ、このままじゃ三日も待たずにまりさが干物になっちゃうわ」
「ぅ……ん、いいじゃない、そうなれば保存が利くようになるし」
おでこを擦りながら永琳が言う。
「いいもんですか。あの子の髪は貴重なの。物の価値がわからない魔理沙がぞんざいに扱う姿が頭に浮かぶわ」
「自分だって蒐集家の癖に……」
優曇華院が呟く。
「何か言った!?」
「いいえ、何も」
「ちょっとアリス、安静にしてないと」
「そのつもりよ。もっとも、まりさを取り戻してきてからの話だけど」
アリスは毛布を返し、立ち上がった……瞬間、前のめりに倒れた。そこで始めて、全身の筋肉がまともに作用していないことに気がついた。
「な、何の薬を……」
「人聞きが悪いわね。それは症状よ。後十分もしないうちに、意識が徐々に無くなって、また眠りにつくわ。わかったら、これ」
すでに視界はぼやけ始めている。目を細めて映像を鮮明化させ、永琳が手渡しているものが紙と鉛筆であることがわかった。
「……?」
意味もわからぬままアリスはそれを手に取る。
「魔理沙に注意しておきたいこと、ゆっくり魔理沙に伝えたいことがあれば今のうちにそこに書いときなさい。後で届けてあげるから」
魔理沙がゆっくり魔理沙を抱いて空を飛ぶ。ちょうど箒と胸の間に挟まる形だ。
「どこいくの?」
「んー……」
魔理沙が顎に手を当てて考える。
「物置かな」
魔法の森の入口であるそこは、今日もまた閑散としていた。
――カラン、カラン
「いらっしゃ……何だ魔理沙か……うん?」
「よお、香霖」
「何だその人形は。アリスに作って貰ったのかい?」
「違うぜ、こいつは……」
まりさは魔理沙の胸にうずくまり、モジモジしている。恥ずかしいようだ。魔理沙はまりさを手に持って、強引に霖之助の方を向かせた。
「じゃーん」
「ここ、こんにちは……
「ああ、いらっしゃい……ってなんだ、その妖怪は」
「妖怪なのかな?」
「人間じゃないだろう」
「ううん、お前何なんだろうな」
魔理沙がまりさを見つめる。
「まりさはまりさだよ?」
きょとん、とまりさは魔理沙を見つめ返す。
「知能はあまり高くないようだな」
霖之助が口を挟む。
「そうなんだよな。お前、よく幻想郷で生きていられるな」
魑魅魍魎が跋扈する幻想郷。スペルカードルールが制定されてからかなりましにはなったとはいえ、治安は安定せず、危険区域と定められている場所もいくつもある。そんな中、アリスに拾われるまでの間、ゆっくり魔理沙はどんな生活をしていたのだろうか。
「で、そいつはどこで拾って来たんだい」
「アリスから預かった」
「預かった……ということは、元々彼女のペットか」
霖之助はほお、と意外そうな顔をする。
「不思議だろ? 一人が好きなあいつがペットを飼うだなんて」
「おねえさんはなかなか面倒見がいいよ!」
まりさが割り込んで話す。
「ふふっ」
「くくっ。ペットが言う台詞じゃねえな」
「霧雨さんもやさしかったけど、アリスおねえさんはもっと優しいよ!」
――
霖之助と魔理沙の時が止まる。
「まりさ、今何ていった?」
「アリスおねえさんがやさしい……」
「その前だ」
「アリスおねえさんが面倒見がいい……」
「そのあと!」
魔理沙がまりさに詰め寄る。まりさはびくりと小さく震える。
「魔理沙、おびえているじゃないか。それじゃ逆効果だ。僕が聞こう」
「香霖……」
霖之助は魔理沙に歩み寄り、腰を落とした。できるだけ目の高さを合わせようとしたのだが、それでも上から見下ろす形になる。
「霧雨さん、ってのは誰だい?」
「……まりさの面倒を前に見てくれてた人……」
「ということは、霧雨さんの家に住んでいたのかい?」
「うん」
「その家は大きかった?」
「うん。すっごく大きかった」
「……そこで『道具』って聞いたことあるかい」
「あるよ! おじさんが、いっつも『うちは里一番の道具屋だ』って自慢してた!」
「……」
「……」
魔理沙と香霖が顔を合わせる。魔理沙が頷く。
「……こいつ、霧雨家で……」
敢えて他人行儀な表現で、魔理沙は言った。
「魔理沙の面影を感じたんだろうね。親父さんは、今でも君が……」
「よせやい!」
「……」
魔理沙はそっぽを向く。まりさも空気は察したのか、きょろきょろと霖之助と魔理沙を交互に眺めてあたふたしている。
「……き、霧雨さんはまりさのこと可愛がってくれたよ! まりさの名前つけてくれたのも霧雨さんだもん!」
「!」
「霧雨さんが、『元気で溌剌と育つように』ってまりさ、って名前をつけてくれたんだよ! 霧雨さんは……!
魔理沙がまりさを抱えあげる。
「まりさ……もういい。いいんだ」
「魔理沙……余計な口出しはするつもりはない。君の決めたことだしな。ただ、いい機会だから、これからどう距離を取っていくのかをもう一度考えてみるといい」
「ああ」
霖之助はいつもそうだった。家出をしたときも、咎めようとせず、かといって甘やかそうともしなかった。ミニ八卦炉といくつかの道具を渡して、「後は自分で何とかしろ」。正直ちょっぴり当てにしていたので、当時は少し焦ったものだ。
「これなーに?」
まりさに目をやると、古道具を弄りまわしていた。確かあの道具は。
「……霧雨の剣」
「わわっ、それには触るな!」
霖之助が慌てて取り上げる。
「そんなに焦らなくてもいいだろ。単なるがらくただし」
「怪我でもしたら大変だろう……(道具が)」
「お前、そんな性格だっけ……?」
「僕は愛玩動物には意外と弱いんだ」
「それなんて名前なの!?」
「ん、あーこれは……」
霖之助は少し躊躇する。魔理沙が顔を少し動かし、言っても構わない、とジェスチャーを送る。
「霧雨の剣、だ」
「霧雨の剣! か。教えてくれてありがとう! 霧雨の剣かっこいいですね」
「それほどでもない……(こいつ、この剣の価値がわかるのか……?)」
霖之助はまりさを見つめる。相変わらず屈託のない表情でニコニコ笑っている。
(……なわけないか)
「で、魔理沙。今日は用はあるのか、ないのか」
「ある。ちょっと八卦炉の様子がおかしくてな、メンテナンスを頼みに来たんだ」
「どれ、見せてみろ……」
マスタースパーク!!
恋の魔砲が空を割く。霖之助に修理してもらった八卦炉は、抜群の威力を実現していた。
「綺麗だね」
「綺麗か?」
普段「ごつい」「野蛮」「パクリ」などと少女たちにけなされていたので、綺麗だとは新鮮な感想だ。
香霖堂を出て、一人と一匹は再び空の散歩としゃれこんでいる。
「次はどこにいくのー?」
まりさは目を輝かせて聞く。アリスは散歩程度でしかまりさを外に出さなかっただろうから、今の状況が結構新鮮なのだろう。
「んー、次はなあ……図書館だな」
続き→
新・アリス×ゆっくり魔理沙5の続き
ちょっと短いけど、ここで切りますね。
これからいろんな所を二人が旅する感じです。
最近は東方SSのネタばかり湧いてきて、ゆっくりを書く時間がなかなかできないです……
- 最後のブロントでおごったジュース吹いたw -- 名無しさん (2008-12-06 02:18:01)
最終更新:2008年12月06日 02:18