ゆっくりパークの春夏秋冬 エピローグ
--三月--
「そう」
俺の話を聞き終わった博麗霊夢が、唇から湯飲みを離した。
「信じてもらえますか」
コタツの向かいで、俺は聞いた。
霊夢が整った顔を上げる。そこには微苦笑のような表情が浮かんでいる。
「でなくてどうして、こんな銘酒を?」
彼女が持つ湯飲みに、透き通った液体が揺れている。
ドスが持ってきたらしい清酒だ。
「僕は酒のよしあしはあまりわかりません。巫女さんには?」
「――野趣豊かにして舌味風雅、かすかに雲母と白檀が匂う。ちょっと考えられないほど面白いお酒だわ。初めてよ」
誉められた、と思っていいのだろう。多分。
ちなみに今日は汗ばむほどの陽気で、彼女は羽織をまとっていない。
折り曲げた餅のようにみずみずしい、柔らかげな香り立つ腋が、きゅっと閉じられている。
「ゆっくりの守り神、ドスまりさ……話は聞くけど、こんなことまでしてくれるとはね」
「巫女さんでも見たことがないんですか」
「ないわね、ドスは自分より美人だと思う女のところには出ないとも聞くわ」
しれっとした顔でえらいことを言うな、この小娘は。
「まあともかく、味よりも何よりも、この辺一体の残留霊力からすれば、そういう力のある妖怪が来たのは間違いないみたいね」
巫女は言って、縁側から外を眺めた。
春弥生、というよりもうじき卯月だ。
雪が溶けて現れた黒い土の上を、うちのゆっくりどもが大喜びで跳ね回っている。
「はるだよ! あったかいはるがきたよ!」
「ゆっゆう! ゆっくり! ゆっくりできるよー!」
「むしさん、まってね! ゆっくりたべられてね!」
「わかるよー! ごろごろごろごろ、に゛ゃーっ!!」
「ちぇぇぇんん、ゆっくりまて! ゆっくりまてー!」
「うっう゛ー、うあうあ!!」
「ままー、とってもえれがんとだぞぉー!」
「れみぃもれみぃもぉー!」
……泥だらけで走り回っていやがるので、おそらく家に入れるときは拭くのに大変な手間がかかるだろう。
とりわけ、ゆっくりの分際で服なんぞ着やがっているれみりゃは、特に手間だ。
巫女がつぶやく。
「幼稚園ね、まるで」
「まったくで」
「その幼稚園だけど」
外から俺に目を戻して、言う。
「結局、どうするの?」
答えはわかっている、と言わんばかりの、哀れむような瞳だ。
そういう目をされるのは、仕方がない。里で土下座して飼料を乞うたのはつい先月だ。
だが俺には、天佑があった。席を立って書棚から封筒を持ってきた。
中から、何度も目を通してよれよれになった雑誌を、差し出す。
「ここを」
「なになに?」
好奇心もあらわに、霊夢は雑誌を覗き込んだ。一瞬だが、ただの少女のように見える。
やがて顔をあげ、不思議そうに言った。
「ゆっくりが写ってる」
「撮りましたから」
「あなたが?」
「はあ」
「なんのために?」
「写真集とは言わないまでも、ベタ記事か捨てカットかなんかで採用されないかと思いましてねえ――」
それが、夏からゆっくりたちを撮っていた俺の、目的だった。
ここにいるままで金を稼ぎ、こいつらを食わせてやるために、写真を撮って外の世界で売る、というのが。
「……そしたら、なんだか知りませんが、賞取っちゃったわけで」
写真雑誌の銀賞だ。題材はあの雪の日、「ゆっくリュージュ」に興じて雪まみれで転がっていた、れいむとぱちゅりーとれみりゃたち。
ぱちぱちと瞬きした霊夢が、曖昧な顔で言う。
「え? なに、これ。つまり……なに? 外の世界から人が押し寄せるってわけ?」
「いやとんでもない。というか、それは望んでも無理でしょ。博麗大結界があるんだから」
「ああ、そうだったわね」
自分とこで張った結界をなぜ忘れる。この人も天然気味だな。
「ただ、いくつかのルートでもって、外とこういうものをやり取りすることで、食っていけるかもしれない、と言いたいんです」
「ああ、要するに金策ができたって言いたいわけね?」
「ええ」
「回りくどい言い方をするからなんなのかと思っちゃったわ。
そういうことならこっちも安心して任せられるわね。
そうだ、今度撮ってもらおうかな。私、自分の写真って持ってなくって」
「白黒でよければ」
「ええっ? 色は着かないの?」
霊夢は頬を膨らませる。お、ぷくぅぅぅだ。なるほどルーツってあるもんだな。
「カラーは素人の手には負えません」
「なぁんだ、つまらない。そんなおばあちゃんの見合い写真みたいなのを撮ってもらっても仕方ないわねー」
ふーっと息を吐くと、巫女はドスの酒を手にして立ち上がった。すたすたと縁側に向かう。
「それじゃ」
「いや、それじゃじゃないでしょ!」
思わず突っこんだ。霊夢はいぶかしげに振り返る。
「あら、まだ何か? お食事の誘いはお断りよ」
「じゃなくて。まだ用件が終わってないでしょ! 例の話はどうなったんです?」
「例の話って?」
「幻想郷のバランス云々は!」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「言ってない! あんた来て座って酒飲んだだけでしょうが!」
「そういえばそうだっけー、まあどっちでもおんなじよ」
あははははと無責任に笑ってから、巫女はこともなげに言った。
「ゆっくりが語られて困るなら、ゆっくりの物語を私の物語で呑み込めばいい」
「……はぁ?」
はぁが多いな、俺。幻想郷だから仕方ないのかもしれんが。
巫女は振り返り、楽しそうに両手を広げて言った。
「ゆっくりが何か為し、何か為されるのなら、そのすべてに私が結びついていればいい。
『ゆっくりれいむが冒険したよ』『ああ、あの博麗の巫女さんの』。
人がこう語るようになればいい。それなら幻想郷は奪われない。
すべては再び服うわ」
「屁理屈にしか聞こえない。それは一体どうやって?」
「簡単よ。私がこう宣言すればいい。つまり、『すべてのゆっくりは私のもの』」
「はぁ!?」
唖然とする俺に、霊夢は朗らかに笑ってみせた。
「いや、別に宣言するだけで実際にどうこうしたりはしないわよ。
ただ、言い張ってみるだけ。
でもその根拠となる事実はちゃんと作っておく。つまり――」
サラリ、と巫女は俺に御幣を突きつけた。
……いや、それ、どっから出したんスか?
「ゆっくりパークは私がもらうわ」
巫女がにこやかに微笑む。幾多の妖怪たちと立ち会ってきたときのように。
もちろんその目は笑っていない。
「地主から所有者になる。文句ないわよね? 契約だもの」
「契約ってそんな、俺が継続料を支払ったら、もう一年いられると――」
「継続料は一千万円よ、払える? 払えないでしょ? だから決まり! 今決めた!」
「ムチャ振りもいいところだな、あんた!」
「うっさいわねいいのよ私は博麗の巫女なんだから!」
なんだこれ。暴君かこれ。紅魔館のお嬢さまどころじゃねえな。
俺が脱力気味に放心していると、今度は巫女はキッときびしい顔になった。
ただし目は笑っている。
「ついてはあなた、管理人をやって」
「……ははーあ」
「ははーじゃないわ。やるの? やらないの?」
「そりゃ一体どういう風の吹き回しです。俺、あんたに気に入られたんですか?」
「やめてよ。そんなんじゃないって。でもね、お酒はおいしかった」
ようやくわかった。俺は苦笑し始めた。
なんのことはない、この巫女は酒のひと口を呑んだ時から決めていたのだ。
ドスを信頼する、と。
ドスの加護を受けたパークと俺を残しておけば、役に立つ、と。
小娘らしからぬ知恵だが、どこで身につけたかは見当がつく。先祖譲りだ。
結界を作って平穏を保ってきたのが博麗だ。
ゆっくりパークを作ってゆっくりを管理するという考え方に、馴染みが湧いたのだろう。
そしてそれは、聖域を願う俺の考え方にも通じる。
「まあそういうことなら……やらせてもらいましょうか」
「ええ、任せるわ」
なんだか知らんが、成り行きで主人と雇われ人になってしまったようだ。
そういえばこの女、さっきさらっと「安心して任せられる」とか言ったな。
もしかして最初から決めていやがったのか……。
「じゃあまた今度友達と来るわ! それまでに色着きの写真撮れるようにしといてね!」
「いや、だから無理だって言ってるだろ!」
縁側から春先の白い空に飛び上がると、巫女は手を振って去っていった。
ひらひらと飛んできた小さな欠片が、足元に落ちる。
ひとつではない。二つ三つ、十に二十、百に三百、数え切れず。
庭先は花びらの渦だ。暖かい風が吹いている。
幻想郷は桜に埋もれていた。
もちろん、ゆっくりパークもだ。丘の上から見えるパークは、上気したような白桃に染まっている。
花びらの舞う野山を、大小のボールが元気一杯に駆け回っている。
ここまでは聞こえてこないが、その声は容易に想像できる。
おはなさん! きれいなおはなさんだよ!
ゆっゆっ とってもきれいだよ! おいしいよ!
むーしゃ、むーしゃ!
しあわせー!!!
ゆっくちだね! ゆっくちできりゅね!
うちにいた連中も、れいむとぱちゅりー一家も、冬ごもりを終えた知り合いと会いに、丘を降りていった。
今ごろ、例のセリフの大合唱だろう。
「さてと、今年ものんびり見物しますかね……」
双眼鏡を手に、家の前の切り株に向かおうとした俺は、足を止める。
そこに、大小二つの先客がいた。
「むきゅむきゅ、とってもすてきなながめね!」
「おお、ゆっくりゆっくり」
寄り添って、景色を眺めている。
俺は双眼鏡の代わりにカメラを取り出して、そっとシャッターを切った。
ゆっくりパークの春夏秋冬 おわり
- 心温まる作品をありがとう。
ゆっくりがゆっくりらしく、人間がニンゲンらしく
春夏秋冬・悲喜交々、精一杯生き抜く姿が、素敵です。
次回作も楽しみに待ってます。
おつかれさまでした。
-- ゆっけの人 (2008-12-24 07:01:15)
- う…おぉ、お…なんという…。
全て読みましたが、素晴らしいの一言しか出ません。なんという大長編…(゚Д゚;)
しかも最後は最高のゆっくりがずーっと続き、そのうえ東方厨も納得する小気味の良いシメ方。
これを素晴らしいと言わずして、何としましょうか。
笑いあり泣き有り苦節死別出会い在り、感動或り。
最高ですよ、貴方の作品。
次回作も、期待させて頂きます。超乙&GJ!Σd(`・ω・´)
ゆっくりかいてってね! -- 虐愛両方な人 (2009-01-10 02:14:20)
- すっきりできた……?
いや、ちがうな。ゆっくりできたよ! -- 両刀お兄さん (2009-01-22 18:10:35)
- おお、良かった良かった -- 名無しさん (2009-04-08 20:16:40)
- 乙&GJ!!! -- 名無しさん (2009-05-30 01:36:26)
- ゆっくりできたよ!!! -- 名無しさん (2009-06-04 21:51:37)
- ながいのに ていねいなつくりで ゆっくりできたよ! -- 名無しさん (2009-07-15 19:04:15)
- 最高のゆっくりストーリーでした!次回作も楽しみにしてます! -- 名無しさん (2009-08-28 05:46:27)
- よかった! -- 名無しさん (2009-12-03 16:01:36)
- おお、名作名作 -- 名無しさん (2010-04-26 03:30:47)
- なんていうか一見いい話だけどところどころでエゴが垣間見える作品でした。
結局のところこの話のゆっくり達は誰かに保護されないと生きていけないしそして誰もその現状を打破しようとしない。
ゆっくり達が自立しようとしたりもしくは主人公と喧嘩するなりして、この主人公がゆっくりのことを嫌いになって管理をやめたりすると途端に生きていけなくなるんだろうなと。
この話はゆっくりの為の話ではなくて、ゆっくりを助けるヒーローとしての主人公の為に作られた話でした。
もし続きが書かれることがあるのならそのあたりと正面からぶつかり合って欲しいと思います。 -- 名無しさん (2010-05-03 19:09:37)
- あんまり感動させてくれるなよ! -- 名無しさん (2010-05-06 04:23:08)
- おお、ないたないた -- 名無しさん (2010-05-17 15:17:24)
- 白黒だったのによく銀賞とれたな
-- 名無しさん (2010-07-09 16:59:43)
- とてもゆっくりできたよ!! -- 名無しさん (2010-10-15 22:15:17)
- とてもよかったです。共存共栄、いいですね。 -- 名無しさん (2010-12-05 19:58:58)
- 最初は共存の形に拘っていたのに、最終的には「飼っている」のが残念。
せめてぱちゅれみ家族に限定してれば何とかなったけど、30匹近くペット化しちゃったから、もう春が来ても元の形態には戻れないよね。 -- 名無しさん (2011-05-22 17:29:11)
- 結局半飼いゆ状態になって、ゆっくりの生態が破壊されているけど、まあしょうが無い。
虐スレじゃないし、エサ不足で壊滅させるわけにもいかんだろ。
でも、今後は本気で金策考えないといけないよなぁ・・・。
でないと、食糧不足で相当悲惨なことに・・・w -- 名無しさん (2011-07-24 21:08:36)
- ゆっくりの生態なんてコロコロ変わるからどうせすぐ適応するさ -- 名無しさん (2011-09-21 05:19:33)
- ↑×8
「 何、無力な白痴的存在を庇護することで自己承認を得ようとする偽善的なマッチョイズムだ
と?
まあなんとでも言え。これを崇高だなんて言わんからさ。 」
一番最初からそういう話なんだからそれはそれでいいんじゃないかと -- 名無しさん (2011-11-12 09:37:02)
- 私、虐スレみてたんですけど、あまりにも可哀想すぎて・・・ 最近はこっち系のを見ています。 関係ない話してごめんなさい。 -- 名無しさん (2012-03-30 18:53:51)
- 最初のドスの上から目線は、むかついたけど、
最後は泣いた。良い話だった!
-- 名無しさん (2012-11-27 20:03:54)
- 作者です。4年ぶりに来てみたらいまだに読んでいただけているようで何より。ご感想ありがとうございます。 -- YT (2013-02-28 01:53:40)
- いい話ですね。若干ブラックユーモアのある所とか好きっス -- ある日の蟹座 (2013-03-31 02:50:24)
- ちょっと霊夢にイラッとしたけど面白かった。 乙! -- nanasi (2013-06-15 17:14:55)
- いい話ですな -- 名無し (2015-11-03 20:02:53)
最終更新:2015年11月03日 20:02