※※「ぱちぇ」と「ぱちゅ」で表記揺れがありますが、こういうものだと思ってください。
ゆっくりパークの春夏秋冬 part 8 完結編
「くっそぉ、何時だ今!?」
リヤカーを引いて帰路を急ぎながら、俺は毒づいた。
木立の上をカラスが鳴きながら飛んでいくが、その姿は見えない。
昼過ぎから張り出した分厚い雲が、頭上を覆っているのだ。
あたりは暗くなり、刻一刻と物の見分けもつかなくなりつつあった。
もっと早く帰ってこようと思えば、帰ることはできた。
だが、少しでも多くの食料を手に入れようと思ったばかりに、こうなった。
馴染みの農家のおっさんの、怒り出す寸前の引きつった笑顔が目に焼きついている。
こっちも余裕があるわけじゃないよ、と引っこもうとするおっさんを引き止めて、二時間頭を下げた。
しまいには押し勝って、七十五キロの飼料を手に入れたが、これで最後だからね、と言われてしまった。
手切れ金をもらったようなものだ。何か穴埋めでもしない限り、次からは顔を出せそうもない。
その他にも、郵便物を出したり、自分の食材を買ったりしていたら、日が暮れてしまった。
「急がんとやばいな、こりゃ……」
ゆっくりパークまで徒歩で二時間以上もの道のりを考え、俺はつぶやいた。
影絵のように真っ黒で高い木立に挟まれた小道を、延々と歩いていく。
妖怪や神が出ると、半ば公然と噂される博麗神社への道だ。さすがの俺も肝が冷える。
「頼むからなんにもでるなよ……」
出たら怖いというのではない。からかわれるのが嫌なのだ。
幻想郷の神々の性格はここで言うまでもないだろう。
祈りが通じたのか、幸い誰とも会わないまま、博麗神社の前までたどり着くことができた。
だが、妖怪たちが出ないことには、わけがあったようだ。
ちょうど鳥居の前を過ぎた瞬間、ひらひらと天から白いものが降ってきた。
鼻の頭にポトリとあたり、冷たい痛みを残して消える。
「雪!? 今ごろかよ!」
みるみるうちに雪片が増えていき、やがて白い檻が俺を閉じこめた。
誰も現れないのは、このためだろう。怠け者ばかりの妖怪たちは、一部の氷精を除いて寒いのを嫌がる。
「こりゃ本格的にやばい……」
昼間はかんからかんに晴れていたので、コート一枚しか着てこなかった。帽子も手袋も持っていない。寒気が身に染みる。
一瞬、神社に避難させてもらおうかと思ったが、ゆっくりどものことが頭をよぎった。
俺が帰らなければ連中は食う物がない。
「くそっ!」
俺は足を高く上げ、新たに積もりつつある雪をザクザクと蹴立てて歩き出した。
神社から先は、文字通り俺しか通らないそま道だ。いつぞやぱちゅりーが人里から逃げてきたが、よくこんな長い道のりを歩きぬけたものだ。
そういえば、ぱちゅりーは説得に成功しただろうか。
成功していてほしいが、それよりも、無事にうちへ帰っていてほしかった。
何しろ送らせたのがあのれみりゃだ。途中でコロッと気を変えてぱちゅりーをかじったりしていなければいいが。
「……いかん、プリンを買い忘れた」
思わず立ち止まりそうになった。ダダをこねる奴の姿を想像すると、帰る気が失せる。
ともあれ俺は、人っ子一人いない森の中を進んでいった。
やがて道は登りに差し掛かる。ここはちょっとした峠になっていて、周りの森と、この先の盆地を分けている。
その盆地が、ゆっくりパークだ。
道に沿って流れる小川のチョロチョロという音を聞きながら峠にたどり着き、木の門をキイと音を立てて開けた。ここから先は庭のようなものだ。
俺はほっとして、下り坂に入った。
そこに、油断が生じた。
「おっとっと」
勝手に進もうとするリヤカーを押さえながら歩いていたそのとき――
ガツン! とリヤカーが左へ引っ張られた。
「なに!?」
俺はあわてて足を踏ん張り、傾くリヤカーを支えようとした。
それがいけなかった。すぐさま鉄の引き枠から飛び出して、離れるべきだったのだ。
リヤカーの左の車輪が、小川のほうへ脱輪していた。
次の瞬間、ガガガガッ! とリヤカーが斜めに滑っていき、その重量が俺の胴に一気にかかる。
「ぐぅっ……!」
飼料だけで七十五キロ、雑貨やリヤカー本体を合わせれば百二十キロ近い重さだ。
俺一人で、支えられるわけがない。
ずるずるっ、とリヤカーが斜面を滑り落ちた。それに合わせて俺も持っていかれる。
「この……野郎」
踏ん張ったが、無理だった。
ズルッ、と足元が滑ったかと思うと、今度こそ俺は姿勢を崩した。
ガラガラガラッとものすごい音を立てて、俺とリヤカーは絡み合いながら落下し、小川に叩きつけられた。
グシャンッ! と水しぶきが上がり、凍るように冷たい水が体を包んだ。
同時に、ビキッ! と貫くような痛みが左腕に走る。
「ぐあぁーっ!」
折れた、と直感した。
なんてこった、くそったれ。こんなところで骨なんか折っちまうとは。
ゆっくりのためとはいえ、とんだ骨折りだ。
激痛に這いつくばる俺の周りで、崩れが収まる。
リヤカーの片輪だけが、カラカラと回っている。
しんと辺りが静まり返った。
真っ暗だ。ものはほとんど見えない。分厚い雲と樹冠が星明りを遮っている。
左半身が冷たい。水につかっている。一刻も早く上がらなければまずい。
俺は呼吸を整え、岸辺の土を右腕でつかんだ。ぐい、と這い上がろうとする。
動かん。
体が重い。なんだこれは。何か引っかかってやがるのか!?
「くそっ、この、やろうっ……あいてっ!」
闇雲に振り回した腕が、硬いものにガンと当たり、状況がわかった。
リヤカーの引き枠が俺の腰を押さえ込んでいる。
試しに力をかけても、びくともしない。恐らく、載っていた荷物がそのままになっている。百キロ以上の重量だ。
荷物が転落していないのだから、普通なら不幸中の幸いと思うべきだろうが……。
そいつが俺を川の中にがっちりフォールしているとなれば、話は全然別だ!
「おいおい、勘弁してくれ……」
俺はさまざまに体勢を変えて、抜け出そうとした。
それがダメとわかると、腹の下を掘って隙間を広げようとした。
それもダメだった。腹の下は平らな岩だ。掘るどころかへこみもしない。
むしろ虫ケラのように押し潰されなかっただけ、幸運だった。
いや、それが幸運と言えるのか――
「おーい、誰か! 助けてくれーっ!」
叫ぶ顔に、絶え間なく雪が積もり続ける。
ヒリヒリした冷たい痛みが、じんわりした鈍痛に変わり、ぼやけて消えていく。
気がつけば、川水の刺すような冷たさも、鈍い痺れに変わりつつある。
じわじわと眠気が襲ってきた。
やばい。
これは、本当にやばい。
「くそっ……この……」
俺はもがいた。
地面を叩いた。
土を、つかんだ。
ゆっくり。
幻想郷で生まれた、奇妙な生き物。
首だけのまんじゅう。
食って寝て、「ゆっくりしていってね!!!」と叫ぶしかない無芸大食。
すぐに泣き、すぐに怒るワガママな子供じみた性格。
ぶっちゃけ設定すら適当な十把一からげの雑魚妖怪。
「ゆっくりゆっくり! ゆっくりゆっくり!」
すぐそれだ。何を見ても誰に会っても「ゆっくりしていってね!!!」
アホかっつーの。
無理だっつーの。
人間、ゆっくりできないときだってあるんだ。
つーかむしろ人生の大半はゆっくりできないだろ。
生きてりゃ苦労の連続なんだ。ゆっくりしたくたってできないんだ。
そんなこっちの事情もわからずに無闇やたらとゆっくりゆっくり抜かすなボケナス。
そんなだから嫌な顔されるんだ。
普通気を利かすだろ。
空気読むだろ。
「あ、これは修羅場だな……」と思ったらゆっくりじゃなくて黙るだろ。
でなければ「元気だして」とか「楽にしてね」とか「成仏してね」とか、
……いやこれは違うが、
とにかくもっと言いようってもんがあるだろ。
ゆっくりするかどうかはこっちが決める。
おまえらに言われるまでもない。
「ゆっくりして!! ゆっくりじでいっでね!!! ゆっぐりずるんだよぉぉぉ!!!」
だから。
「うるせえな黙れっつんだこん畜生どもが」
「ゆ……?」
目を開けると、口をへの字にした光るまりさが十匹近く周りを取り囲んでいた。
「はぁ……?」
どう見ても幻覚か悪い冗談だ。俺は思いっきり眉をひそめた。
すると、左右にいたれいむとぱちゅりーがただちに反応した。
「おにいさん! おきたんだね、ゆっくりしていってね!!!」
「きゅうきゅう! だいじょうぶ? おにいさん、ゆっくりしてちょうだい!!!」
泣きはらした目が真っ赤だ。俺を見て奇跡でも起こったかのように擦り寄ってくる。
しかし俺はそれよりも、闇の中で光るまりさたちが気になった。
そいつらの黄緑の光が、あたりを照らしている。その一事だけでもこれが幻覚だとわかる。
「なんだぁ……その光る饅頭……」
「ゆっくりしてね! いまたすけるからね! みんなー! ゆっくりひっぱってねぇぇ!」
「「「ゆーーーーーー!」」」
「ゆーえす!」「ゆーえす!」
「ゆーえす!」「ゆーえす!」
「ゆーえす!」「ゆーえす!」だぞぉ!」
「おっ……?」
ゴソッと体が引きずられ、水から上がった。じわじわと斜面を登っていく。
それにつれて、周りの光るまりさたちが無言でついてくる。
幻覚でなければ、死神に違いない。
「おいぃ……どっかいけよ、おまえら……」
「ゆう、おにいさん、これはまりさだよ! だいじょうぶだよ!」
「しっ、れいむ。まだこんらんしているのよ。そっとしてあげて」
誰が混乱しとる、俺はきわめて常識的な判断をしているのに……。
「ゆーえす!」「ゆーえす!」
「ゆーえす!」「ゆーえす!」
「ゆーえす!」「ゆーえす!」だぞぉ!」
「ゆぐぐぅぅぅ……」
登りの一番きついところで、牽引が止まった。ぱちゅりーが声を張り上げる。
「もうちょっとよ! ゆっくりしないでがんばってぇぇ!」
「ゆゆゆゆ、わかったよー!」
「「「「ちちちちちーーーーーーーーんぽ!!!」」」」
なんだかおっそろしく間の抜けた掛け声がしたと思ったら、ずるずるっと一気に引きずり上げられた。
どすん、と雪の上に横たえられる。途端に、歓声が上がった。
「「「ゆっくりーーーーーー!!!」」」
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりっ、ゆっくりしていってねええ!!!」
くわえていたロープを離し、跳ね回る小さな影、影、影。
なんだこりゃ……ひょっとして、うちから総出でやってきたのか。
いや、そんなバカな。ありえん。
第一、山の中で孤独にぶっ倒れていた俺を、どうやって見つけたっていうんだ?
見つけられるわけがない……これは幻覚だ……。
「みんな、よろこぶのはまってね! ゆっくりおにいさんをはこぶよ!」
れいむの声とともに、ごろりと板のようなものの上に乗せられた。
「ゆーえす!」「ゆーえす!」
「ゆーえす!」「ゆーえす!」
「ゆーえす!」「ゆーえす!」だぞぉ!」
そのまま、シャーシャーと雪の上を運ばれていく。
「おにいさん……」
「ゆっくりげんきになってね……」
あ、こいつら、俺が落ちないように左右で押さえているのか。
二匹のゆっくりの弾力を脇腹に感じたとき、俺はようやく、現実感を取り戻した。
「れいむ……ぱちゅりー?」
「ゆっ! そうだよ、れいむだよ!」
「ぱちゅりーよ! おにいさん、わかる?」
「ああ……おまえたち、俺を助けにきたのか?」
「そうだよ、ゆっくりたすけたよ!」
「みんなでひっぱりあげたのよ!」
競うように教えてくる。どうやら、これは本格的に現実らしい。
だが俺は納得がいかない。かえって疑問が次々と湧いてくる。
「あの……光るまりさは?」
「ゆ? まりさはひかるんだよ! とくべつなきのこを食べると、きみどりになるの!」
「ドスのひかりといっしょなのよ。ひかってるうちはしゃべれないけれど」
「マジか、全然知らなかったぞ……」
「くらいところでも、ものがみえるのよ!」
周りを囲んでぴょんぴょんと進んでいる照明まりさたちが、無言でうなずいた。
「リヤカー……」
「ゆ?」
「リヤカー、どうした。あれに、おまえらの食い物が……」
「ゆう、みんなでかわにおとしちゃったわ」
「なんだって……」
「しかたなかったよ! あのおもいごろごろ、おにいさんをゆっくりおさえていたよ!」
「すてるしかなかったの。おにいさん、ゆっくりごめんなさい……」
「馬鹿、あれはおまえらの……」
なんてことしやがるんだ、こいつら。
せめて飼料を多少なりとも引き上げてから、リヤカーをどければよかったのに。
……それでは夜が明けちまったかもしれないが。
「じゃあ……どうやって……」
「ゆゆ?」
「なんで、あそこがわかった」
俺が聞くと、ぱちゅりーとれいむが顔を見合わせて笑ったようだった。
二匹が口を開く前に、俺にはなんとなく、予想できた。
夢の中で聞こえた、やかましく叫ぶ声。あれもきっと、幻聴ではなく本物だったのだ。
れいむが言った。
「きめぇまるがおしえてくれたよ!」
「……そうか」
「れいむたち、ゆっくりねてたんだよ。そしたら、きめぇまるがきて、
『にんげんにんげん! おちたおちた!』って、おしえてくれたんだよ!」
あいつ……。
「そばに、いるのか?」
「……ゆぅん、いないよ。ばしょをおしえたあと、すぐどこかへいっちゃったよ」
「そうか……」
それでもいい、と俺は思った。
星がにじむ。胸が熱い。
「れいむ、ぱちゅりー」
折れてないほうの腕を上げて、左右の饅頭に、一度ずつ当てた。
「ありがとう」
俺は重いものが落ちるような、ドサッという音で目を覚ました。
「ん……」
薄暗い。ものが見えない。真っ暗だ。
いや、細い明かりが差している。あれは、雨戸の隙間からさす日光だ。
ということは、ここは俺の小屋で、今は朝だ。というより昼前だろう。日がずいぶん強い。
体が熱く、頭が重くて、ものがはっきり考えられない。
「うむ……」
俺は身を起こした。すると、体の上からころころといくつもの饅頭が左右に落ちた。
ゆっくりだ。れいむ、ぱちゅりー、れみりゃ、まりさ。大きいの小さいの、中ぐらいの。
「ゆぅ……ゆぅ……」
落っこちた後も、連中は目を覚まさない。
横向きになったり、逆さまになったまま、てろんと潰れて寝息を立てている。
だんだんと記憶が戻ってきた。
昨晩、というより明け方近く、ゆっくりたちは俺を乗せた戸板を引きずって、丘の上の小屋までたどり着いた。
そこで精根尽き果ててしまい、俺を囲んで眠りについたのだ。
自分では火をつけられないゆっくりの、精一杯の暖め方だった。
俺は左腕に力を入れ、慎重に動かしてみた。肘に鈍痛があったが、信じられないことに、折れてはいなかった。
ただの打撲だったらしい。
それで一気に気持ちが軽くなったが――あることを思い出すと、また落ち込みそうになった。
「むきゅ……」
右手の近くで、スイカぐらいの玉がむくりと起き上がる気配がした。寝ぼけた口調で言う。
「ゆっくり……していってね」
「おう、ゆっくりしろ」
「おなかすいたわ……ゆっくりごはんにしたいわ」
「ああ」
俺は答えたものの、体がだるくて、動かずにいた。
しばらくすると、玉がぷるるるっと左右に震えて、ややはっきりした口調で言った。
「むきゅ、ごめんなさい。ごはんはないのね」
「いや、まだあることはある」
「でも、だいじにしなくちゃね。たべたら、なくなってしまうのだから!」
「今日中にもうひと踏ん張りして、川にぶちまいた分を回収してこよう」
「むきゅ、まだむりはよくないわ! ねたほうがいいわ!」
構わず俺は立ち上がろうとしたが、体が真っ直ぐにならず、たたらを踏んでしまった。
「あっつ……」
「ほら、あぶないわ! おにいさんはおねつがあるのよ! ゆっくりしていってね!」
なるほど、このだるさはそれか。
まあ、雪の中で何時間も川に浸かっていたのだから、心臓麻痺にならなかっただけ儲けものなのかもしれん。
しかし、のんきに休んでなどいられない。急いで集めに行かなければ、飼料など流れてしまうだろう。
「とにかく起きるぞ。もう昼だ」
「だめよ、ゆっくりして! ゆっくりしていってね!!!」
ぱちゅりーは懸命に跳ねて訴える。それを聞いて、他の連中ももぞもぞと動き出す。
「ゆぅ、なんなの?」「ゆっくりしたいよ……」「わがらないよぉ」
俺はそいつらに構わず、窓辺によって、雨戸を開けた。
ガラララッ!
「なんだ、こりゃ」
自分の目に映るものが、俺は信じられなかった。
まず、米俵だ。大人二人の胴を合わせたぐらいの太いやつが、ピラミッド状に十個。
次に味噌樽だ。樽の味噌なんて初めて見るが、バケツぐらいのが六つ。
次に果実。リンゴ、ミカン、ブドウ、琵琶、イチジク、桃、ナシ、イチゴ、その他もろもろ。
季節感もクソもない果物の洪水が、俵のてっぺんからそこらの地面まで、乱雑にぶちまけられている。
それに、ワラビ、ゼンマイ、フキノトウなど山菜の束も三山ほど添えられている。
それから、やはり樽に入った酒。銘柄は書いていないが、樽の木材は恐ろしく古い。
魚。新巻鮭だかなんだかしらないが、塩漬けにして蔓でくくったバカでかいやつが二十本あまり。
そして、それら全体を、金粉のようなふんわりした粉が覆っている。
目がくらむほど豪勢な光景だ(いや、一部は貧乏くさいかもしれない)。
俺は、喉に詰まる息を無理やり押し出して、もう一度言った。
「なんだ、こりゃあ」
「「「ゆゆゆゆゆぅぅぅぅぅ!!?」」」
俺の左右で驚嘆の声が上がる。ぞろぞろと出てきたゆっくりたちが目を丸くしている。
無理もない。俺だってわけがわからん。
家の前で八百屋と果物屋と魚屋の荷車が衝突事故を起こしたってこうはならんぞ。
「なんだろうなあ、これは――」
俺が言いかけた途端、ゆっくりたちが歓声を上げた。
「ドスまりさだあぁぁぁ!!!!」
「はぁっ!?」
あっけに取られる俺を尻目に、ゆっくりたちは先を争って表に飛び出し、山海の幸を囲んで、歌いだした。
「ゆーゆゆー ゆっくりー♪ ドスまりさーが きたよー♪
ゆーゆゆー ゆっくりー♪ ドスまりさーは かみさまー♪
ゆーゆゆー ゆっくりー♪ ドスまりさーは こわいけどー
みんなでー なかよくすればー きっとたすけてくーれーるー♪
ゆーっゆゆっゆ ゆっゆっゆー!!!」
聞くうちに俺は目一杯うさんくさくなってきて、手近のれいむを軽く蹴飛ばした。
「おい」
「ゆぶっ?」
「なんだ、その歌ぁ」
「ドスまりさのおうただよ!」
「馬鹿にしてんのかお前は。んなことは聞きゃあわかるわ! それは本当なのかっつってんだ!」
「ゆぅっ? ドスまりさじゃないの? じゃあだれがもってきてくれたの?」
「うぐっ……」
俺は言葉に詰まった。
辺りには雪が積もっているが、人間の足跡や、乗り物の痕らしきものはない。
その代わりに――ああ畜生、さっきのドサッという音はこれか!――四畳半ぐらいありそうな、巨大な皿型のくぼみが、雪についていた。
「……ドス、かもしれんな」
「そうにきまってるわ! まちがいないわ!」
振り向くと、ぱちゅりーが縁側でにこにこしながら見ていた。
「おにいさん、からだのぐあいはどう?」
「……なんだって?」
言われた俺は、両手を見比べた。
腕をブンブン振って、首をぐるぐる回した。
それから額に触れて、自分の体温を確かめた。
「……ハァーッ!」
気合を入れるが早いか、十八番・反復横とびを始めた!
「ウララララララララララララララララララ!」
床を蹴る床を蹴る床を蹴る床を蹴る床を蹴る床を蹴る床を蹴る床を蹴る。
ダン! と足を止め、俺は流れる汗をそのままに、ぽつりとつぶやいた。
「絶好調だ」
信じられん。熱はどうなったんだ。
「ゆっくりできそう?」
「すこぶる、な」
「むきゅ、それがドスのゆっくりパウダーのちからよ♪」
俺は、贈り物を覆う金粉を眺め、それの降りかかった自分の体に目を戻した。
「それって、こういうものなのか?」
「それがほんとうのちからなのよ!」
そういうとぱちゅりーは地面に飛び降り、元気に跳ねていって、合唱の輪に加わった。
「「「ゆーっゆゆっゆ ゆっゆっゆー!!!」」」
あの喘息持ちのゆっくりぱちゅりーが、大声で歌いながら
ダンスしとる……。
俺はぽかんとしたまま、不思議饅頭たちの祝宴を、いつまでも眺めたのだった。
最終更新:2008年12月16日 06:48