わたしはだ~れ? 甘酒
「ゆぅ~! おにーさん、甘い匂いがするよ! それは何?」
「ん? ふっふっふ…。これは甘酒さ!」
「ゆぅ、あまざけ? なにそれ、おいしいの?」
「ああ。おいしいと言うよりかは、甘いな」
「ゆっ、甘い!? あまあまいーね、おにーさんっ!」
「はっはっは、まあそう急かすなって。待ってろ、今鍋から
コップに移し変えて冷ましてやるからな」
今日は年に一度の雛祭。最近の年頃のおなごはどう思っているのかわからないが、まあ大抵の少女たちにとっては嬉しい日なのだろう。
親父やお袋も今頃家で雛人形を飾っているのだろう、しかし親から貰った大切なモノが付いている俺には本来なんら関係の無い日である。
しかし…。
「ゆっ、どうしたのおにーさんれいむの顔見つめちゃって! ゆっくりしてやろうか!」
…この様にいつの間にかゆっくりのれいむが家に住み着いていたため、祝わない訳にもいかないという訳だ。れいむだって、一応女の子だもんな。
とはいっても一人暮らしのむさい男の家に雛人形なんてどうかと思うし、妥協して甘酒を作ることにしたのだ。
慣れない作業なのと時間がかかって大分疲れたが、れいむが喜んでくれる事を考えればこれくらい屁でもない。なんとかれいむが起きる前に間に合って良かった。
しかし、これまた『ゆっくりしてやろうか』とは謎な名言が生まれたもんだ。
普段の口癖である『ゆっくりしていってね』 は相手にゆっくりして貰いたい気持ちが伺える、しかし『ゆっくりしてやろうか』となるとゆっくりしてもいいんだぞというどことなく上から目線なニュアンスになってしまって…、ううむ!
「ゆっ、おにーさんおたまを上にあげて急にぶつぶつ言い出してどうしたの! それに失礼だね、最初かられいむは生粋のれでぃーだよ! 謝罪と賠償を要求するよ!」
「はっはっは、悪い悪い。賠償は甘酒でどうだ?」
どうやら一人考え込んでいたようで、れいむは怒りの表現かほっぺをぷくりと膨らませている。
れいむのほっぺを両手の人指し指でそれぞれ軽く押してみたら、れいむの頬の空気がポンッとれいむの可愛らしい口から吐き出されていった。
「うーむ、お前は本当に人の母性本能をくすぐるやつだな。ほら、甘酒だぞ」
実は先ほどからゆっくりが飲んでも熱すぎないよう、かつ温くならないように気を付けて冷ましておいた甘酒の入ったコップをれいむに差し出す。
れいむは始めてみる甘酒に興味津々なようで、さっそく小さくキュートなほっぺをコップに当てて温度を確かめたり、コップに向かい得意気に眉を強ませて『ゆっくりしていってね!!!』と叫んだりと、それはもう可愛らしかった。
「おにーさん、このコップさん返事しないよ! それに白いし、なんだかお米さんみたいなのが浮いているよ!」
ああ、れいむが『ゆっくりしていってね!!!』と叫んだのはまたコップが喋ると思ったからか。
何故れいむがそう思っているのかという理由は、実は知り合いに同じゆっくりを飼っているやつがいるんだが、そいつが家に来てれいむがテーブルの上に置いてあるコップに興味津々な様子を発見して、テーブルの下に隠れつつやけに甲高い声でコップの声を演じたからなんだが…。
まあ、その話はまた今度する事にしよう。
れいむが質問をしてきたので、またもぷくりと膨らんでいる頬をぷにぷにと持て遊びながら俺は質問に答えることにした。
「ああ、このコップさんは返事をしないみたいだな。このお米さんみたいなのはまんまお米さんだ。食べてみろ、美味しいぞ?」
俺はれいむにそう言ってコップに浮いている米を二つほどつまみ、手のひらに載せてれいむに差し出す。
れいむは少し戸惑っていたが、勇気を出したのかそろりと少しずつ前に出て、ちっちゃくて本心から可愛らしいと声が出そうになる舌で俺の手のひらに乗っている米をぺろりと舐めて口にする。
二口ほど噛んで、れいむはすぐに『しあわせ~!!!』と歓喜の表情を顔に出した。
「ゆうっ、いつものお米さんと比べてスカスカしてるけど、美味しいね!」
ほう、ゆっくりにはそんな事がわかるのか。
作り終わってから少し味見をしてみたが、あまりその様な感想は抱かなかったがな…。
れいむはきらびやかな瞳で俺を覗いてくる。いや、覗くというよりかはくいくいっと、何やらあっち向いてと言いたげだな…、あ。そうか。
ゆっくりとは不思議な生き物で、様々な学者が研究を進めているらしいが、ゆっくりの食事のシーンを今までに一回も見掛けたことが無いらしい。ゆっくりが食事をしている様子のビデオを送ると懸賞金まで貰える始末だ。
もちろんれいむもさっきみたいに舌をちろっと出してくれるが例外ではなく、今も恐らく甘酒に興味を持ち飲みたいと思ったから俺にそっぽ向けと体を使って言っているのだろう。
俺は仕方なしにそっぽを向く。だがしかし、ここで終わる様な俺じゃあねえぜ!
俺はすぐさま振り返り手にはホームビデオを装備させる! さあ、今日こそれいむの食事シーンを撮って目に焼き付けてやる!
さあ!!!
「しあわせ~!!!」
そこには背中に虹色のオーラをかもしだしているれいむの姿があった。
れいむの体はぷるぷると震えていて、例え音が聞こえなくともれいむの姿を見るだけで歓喜しているんだなとわかってしまうことだろう。
もちろん甘酒の入ったコップは空になっていた。
…一秒も経って無いのに!!!
「ゆう、おにーさんご馳走さま! 美味しかったよ!」
…まあ、れいむが喜んでくれたし、満足か。甘酒が酸っぱくならなくてよかった。
座っている俺の胸にうずくまって甘えてくるれいむの頭を撫でながら、今日は何をしようかなと考えた。
最終更新:2009年03月09日 16:27