想い人は本の中

「それじゃいってくるわね!」
そう一言告げると彼女は行ってしまった
こんなことになるなら、もっと新しい服を着せたり、洒落た帽子を被せたり、
可愛い鞄を持たせたりするべきだった。こんなことになるなら・・・
いつも隣で微笑んでくれていた彼女は今は、居ない・・・

なぜなら・・・


「あの~、ぱちゅりーさん? そろそろご飯にしません?」
「むきゅ?これがよみおわったらいくわ」
「あっ、じゃあ僕先に食べちゃいますよ?」
「そう、わたしのぶんものこしておいてね?」

そう、僕の相手を一切してくれないのだ
「むきゅ~♪」なんて笑ってくれたのも今は昔
本>>ご飯などの生活>>>>>僕、な状況が続いている
僕は今ゆちゅりー(胴有り)と半年ほど一緒に暮らしている
仲は悪くはないがここのところずっとこの調子だ
事の発端は数日前

「むきゅ♪ むきゅ♪むっきゅ~♪」
「やけにご機嫌じゃないか。何かあったのか?」
「きょうは『れいたいさい』のひなのよ♪」
「ん? 神社でそんなことやる日だっけ?」
「ちがうわ。ゆっくりだけのおまつりよ!」
「へー、そんなのあるんだ」
「きょねんはでられなかったから、ことしはたのしみなのよ!」
「そうだったのか、楽しんでこいよ!」

それっきりだ。
ご飯の時も、お風呂の時も、寝る時も、 本を読みながらの生活
ましてや俺の事は気にもとめてないみたいだ
初めて出会った時だってここまでの距離感を感じた事はなかった
娘との上手い接し方が分からない父親の気分だ

「あいつはいったい何を読んでいるんだろう?」

ふと気になったので部屋を覗いてみる
今は散歩中の様らしく部屋にはいなかった
悪いとは思いつつも新しく増えた本の山の一番上を手に取り開く

「なんじゃこりゃ?」

どのページを開いても色とりどりの幾何学模様。

「えーと・・・これ全部こんな調子か?」
「れでぃのへやでなにをしているのかしら?」
「あっ!?いや・・・これはですね・・・」
「あら?そのほん、きにいった?」
「あー・・・何書いてあるか分からなかったんだけど・・・」
「それは『夢防衛饅頭隊』のほんよ。わたしたちのなにげないにちじょうがかいてあるわ」
「へー、サークル名まであるんだ。じゃあこれは?」
「それは『徒歩二時間』ね。バトルものがおすすめよ」
「色々あるんだなぁ~ ん?このカバーに入ってるのは?」
「むきゅ!?そ、それは・・・『ゆべすた』よ。かっこいいまりさがいろんなゆっくりと・・・ね・・ねちょるんだけど・・・」

急に顔を真っ赤にして俯いてしまった
心なしか言葉の歯切れも良くない

「なんだ?顔真っ赤にしちゃって?このまりさに惚れたの?」
「むきゅ!?そんなわけでも・・・あったり・・・なかったり」
「惚れたんだな~?そうなんだろ~?」
「むきゅ~・・・そんなであいがあったらいいなぁ、なんて」

ああ・・・半年も一緒にいて僕は眼中に無いんですか・・・

「じゃあ明日、そんなまりさを探しに行くか?」
「むきゅ!?どこへ?」
「加工場さ。お見合いの斡旋もしてくれた筈だし」
「むきゅー!!ありがとう!!おにーさん!!」

『れみりゃ』や『ふらん』以外の胴付きは個体数が少ないので番ができるのも珍しい
なので加工場が様々なゆっくり用の製品販売の傍ら胴付きのお見合いも斡旋している
このゆちゅりーの好みに会う子が居てくれば良いが
もし、番ができれば今より話す時間は減るだろう。
でもゆちゅりーが幸せならそれが一番だろう
明日は思いっきり張り切って、すれ違うゆっくり全てが振り向く位に着飾ろう


「さあおにーさん!!はやくいきましょ!!」

そんな彼女の手の中には『ゆべすた』の本


本の中の恋が今、現実になる


おわり




今まで書いたもの


名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年03月19日 22:25