緩慢捜査網 後編-1

※編注:容量制限に引っかかったので分割しました。
前編

 幻想郷の遠く人里離れた隅っこ。
そこには幻想郷の結界を司る楽園の巫女が住んでいる博麗神社があった。
 あまり来客を必要としないためか霊夢はいつものように縁側で茶をすすっているだろう。
けれど今日はほんのちょっとだけ違った。普通の魔法使いでもなく悪霊でもなく
ただの人間とゆっくりが鳥居をくぐってきた。物騒に拳銃をはためかせながら。

 幻想郷24時! 緩慢捜査網 後編

「とりあえず、はい、お茶」
「ありがとよ」
 男は霊夢と共に縁側に座り霊夢が差し出したお茶を流すように飲み干し、
境内ではすいかとすいかのモデルとなった鬼が互いに酒を飲み比べていた。
「えっとあんたあの幻想郷警察の人ね」
「知っているのか」
「前同じ職種の奴に会ったことあるもの」
 穏やかな太陽が照らしていく中霊夢も茶をすすり、まるで男達が来た事など関係ないように
まったり和んでいた。
男もこの日当たりの良い縁側にいつまでも座っていたいと思っている。これもある種博麗神社の
一つの魅力なのではないかとしみじみ感じ取った。
 しかし今日は和みに来たわけでもなく宴会しにに来たのでもない。男は背負っていた
唐草模様の風呂敷を広げ中にある物を霊夢に見せつけるかのように持ち上げた。
「なによ、それ」
「見覚えあるはずだが」
「……あるにはあるけどね」
波を描くように赤と白が塗り分けられていて赤地の中に白、白地の中に赤の円がぽつんと存在している。
ただ一回男が地面に叩きつけたせいか白地に土の色が残っていた。
「陰陽玉じゃねぇか、どっからどう見てもよ」
「………これが?」
 霊夢は見下したような目つきで男を見つめ神社の奥へと入っていく。そしてやたら物音がしたと思うと
ほこりまみれになって霊夢は男が持ってきた陰陽玉より一回り大きい陰陽玉を持ってきて
男が持ってきた陰陽玉と比較させるようにその隣に置いた。
「で、なんだ?これは」
「本物の陰陽玉よ、地霊の異変の時使ったやつ」
「ふん、大方これが偽物とか言うつもりか」
「ええその通りよ」
 少しずつ二人の間の空気が張り詰めていく中、Wすいかは何をするわけでもなく
ただ二人の様子を見つめながら酒を飲み明かしていた。
 霊夢には威圧や威嚇などのプレッシャーは効かない事は男も知っている。
だから男は事実と屁理屈で押そうと考えた。
「それが本物と言ってもこれが偽物である証明は出来るのか?」
「…………む」
「これは犯人が逃亡する際俺に向かって投げてきた物だ。こんな物持ってるのお前くらいなもの」
「……つまり、あんた私が犯人だと疑ってるわけ?」
 男は何の感情を言葉に込めずただ淡泊に「おう」と一言だけ言った。そしてまだ湯飲みに残っていた
茶を全部飲み干し、それに続くように霊夢も茶を全部すすった。
光景そのものは先ほどとそう変わらないが二人の間にある空気は確実に変わり始めている。
「根拠はこれだけじゃねえよ、俺は見たんだ」
「へぇ……犯人の顔とか?」
「それだよそれ、お前のトレードマークみたいな奴」
 男の指は霊夢の身体と腕を繋げている所の下部分を指している。部所名で言うのであれば
所謂脇だ。楽園の巫女の変な個性である。
「あ、毛」
 男の指が霊夢の高速チョップで叩かれたかと思うと霊夢は脇を隠すようにうずくまる。
痛んだ指をさすりながらも男はやっぱりこいつも少女なんだなぁとしみじみ思った。
「と、とりあえずそれだけで疑われても困るのよ」
 霊夢は強がってはいる様子を見せつけるが境内にいる鬼二人はそんな霊夢の様子を見て含み笑いをしている。
既に場の空気は鬼達が声を出して笑うだけで崩壊しそうな程張り詰めていた。
 霊夢は一つ溜息をついて空気が柔らかくなるまで間を置き、男に尋ねた。
「盗まれたのは確かゆっくりよね」
「ああ、ただのゆっくり霊夢じゃなくてかわいいれいむだとかなんとか」
「ふ~ん………」
 どうせ「何で私がそんな物盗まなくちゃいけないわけ?」と言うだろうと男は思う。
ここは非常識が常識になる幻想郷、例えその様な事言っても動機の否定材料にはならないのである。
 だが霊夢の次の言葉は男が予想していた物とは別方角の物であった。
「もしかしたら見間違えたんじゃないの。それと」
「はぁ?」
「だから可愛い霊夢というのは体つきのゆっくりなわけでしょ、
 陰陽玉もその可愛い霊夢の物じゃないの?」
 それと見間違えたというのか、直接的否定は出来ない。だが婉曲的になら大きく否定が出来る。
「おい、すいか。盗品の情報知っているよな」
「今言うのか?」
 男が頷くとすいかはごろごろと縁側の方へと転がっていく。
そして霊夢の前で器用に立ち上がりTENGAの中から粘性の液体が付いたメモを取り出した。
そこまでして萃夢想が見たいというのか、このゆっくりは。
「確かに今回盗まれたのはかわいいれいむとかっこいいまりさの体つきゆっくりだ。
 だが今回のはオプションパーツが違うんだそうだ」
「オプションパーツ?」
 よく分からないといった表情で首をかしげる霊夢、もしかしたら横文字に疎いのではと思ったが
しっかりと発音できている辺りその辺りは問題なさそうだ。
「元々かわいいれいむは三種類あるそうでな、お祓い棒、座布団、陰陽玉がついたもので
フルコンプするためには15000円かかるそうだな。で、今回盗まれたのは
お祓い棒を持ったかわいいれいむだ。陰陽玉は付いていない」
「でも、今までも盗まれたんでしょ?その中にあるんじゃないの?」
「確かに過去三回盗まれた中で陰陽玉付きのかわいいれいむはあった。
だがそんな物何故携帯している?この男の四角い下駄顔にぶつけるためか?」
 余計なことを話すすいかだがその説明で霊夢はぐぅの音も出なくなったようだ。
だが自分達の仕事はこうやって論理と整合性で押しすすめてやり込めることではない。
自分達の職務は人を疑い可能性を模索するだけだ。
「昨日の夜、何していたんだ?」
「今度は何よ」
「アリバイ、現場不在証明だよ。ゆっくりが盗まれたのは子の刻頃だったよな」
 男の問いかけにそのまま頷くすいか、それを聞いて霊夢はほんの少しだけ頭を捻る。
霊夢は何か思いついたかのような表現としてぽんと手を打つがその前に境内の鬼が口を挟んできた。
「昨夜は色々な奴が集まって宴をしていたな、いやぁ飲んだ飲んだ」
「羨ましいな」
 昨日の男達は寒空の下唯々寂しさと虚しさに精神を消耗させながら周りに気を張っていた。
それでなくとも一昨日もその前の日も酒と紫煙で汚れた部屋の中、ただ意気消沈と死んだように
黄昏れているだけであった。
男も久しぶりにそんなバカ騒ぎがしたいとふと思った。
「………証人は?」
「そこにいる萃香、魔理沙、レミリア、咲夜……これで十分でしょ」
 ああ十分だ。男はそう言って縁側から立ち上がる。
「……もういいの?」
「疑いの余地はなくなったよ、すまねぇな」
 霊夢は緊張の糸が切れたかのように溜息をつき湯飲みの中を見る。
どうでも良いことのように思えるがやっぱり博麗神社という物はこのように穏やかであるべきだと
この場にいる誰もが思っていた。
「しかし脇の方はどうなる?他に脇と言ったらあの守矢神社の巫女しかいないぞ」
 あのゆっくり好きの巫女ならやりかねない、そう言えばこの間「幻想郷では常識に(略」
と言っていたと霊夢は語る。
 山の上の守屋神社に行かなければいけないのかと二人は溜息をついたが、そんな憂鬱な二人に鬼は言った。
「そう言えばあの風祝昨日宴に参加していたぞ、私の酒が飲めないとか言っていたものだ」
「居たわねそう言えば」
「居たのかそこに」
「居たんだなそこに」
 ただそれだけを確認し二人はそのまま鳥居をくぐるわけでもなくそこに立ち往生した。
急激に情報が入り状況がめまぐるしく変化していく物だからこれから行く進路を決められないのである。
「………ちょっと聞きたいんだけど」
「ん?俺にか?それともこの変顔のゆっくりか?」
 男はすいかの物言わぬツッコミチョップを股の辺りに喰らう。
それを全くの意に介さずに男は霊夢の方を向いた。
「あんたって何でこんな事やっているの?」
 こんな事とは恐らく警察の仕事のことなのだろう。疑問に思うのも無理はない。
異変を解決するのはこの巫女が行うことであり、警察が行う仕事は集落ごとに済まされるものだ。
はっきり言ってこの幻想郷に警察の存在意義は一つもないと言える。
 男も内心そう感じている。けれどそんな疑問に塗れながらも男は今日まで警察を続けている。
恐らくこの先ずっと、命尽きるまで。
 確固たる理由など微塵もない。けれどただ惰性の侭に考えず行動しているわけでもなかった。
「………つまんねぇことだけどよ、聞くか?」
「だから聞いているんじゃない」
 そうかと男は笑いながら煙草を取り出す、そして火を付けずただそのフィルターを噛み締めていた。
「俺はなぁ罪をそのままにしておくのが一番嫌なんだ」
「罪を?」
 そう罪を。この幻想郷には司法機関はなく、あるとしたら三途の川の向こうの裁判所だけ。
それでも己の罪を裁かれるのは最低でも死後になってからのことだ。
「今の状況が悉く気にいらねぇんだ」
 幻想郷中を霧で覆った吸血鬼は今でも紅き屋敷に住んでいるし、幻想郷から冬を奪った亡霊は
今でも桜の木がある幽玄の屋敷に住んでいる。
あれだけのことをしたのに今では誰もが笑って馴れ合っている。そんな世界、男は嫌いだった。
「少なくとも死んだ人間は居た、でもそいつら妖怪は生きている。死ななければ裁かれることがない。
 それが可笑しく思えるんだよ、俺には」
 この場にいる誰もが淡泊な顔をしている。それはそう言う「仕組み」であると暗黙の了解として
存在する。もちろん男もそんな事十分に承知していた。
「ただそれだけだよ、つまんねぇだろ」
「ええ、つまらないわね。聞いた私がバカだった」
 それで正解だ。と男は何の感慨もなく言う。否定されて当然であるし、そんな事のだけに男は
警察を続けているわけではない。強いて理由を挙げるなら男は警察の雰囲気が好きだっただけだ。
「んじゃ、俺たちはそろそろ帰る。またな」
「ええ、それじゃ」
「今度宴にもこい!人数が多いほど楽しい物だ!」
 霊夢達に手を振り刑事二人は鳥居をくぐり帰路につこうとしたが、男はふと踵を返し賽銭箱の前に立つ。
そして財布の紐を緩め中にある全ての硬貨を賽銭箱に落としていった。
「あら嬉しいわね」
「どうせすぐ給料日だから問題ねぇよ」
 この神社には神は居ない。なら男の賽銭は単なる霊夢への選別となることだろう。
賽銭を霊夢のためと考えるとまるで霊夢が神であるような状況と思われるが、
人間性がないような性格であるが人間臭さは残ってるし、常に賽銭に貧窮して嘆いている。
 それにもしこの霊夢がこの世界を管理する神だとしたらこのゆっくりという名のナマモノは何なのだ。
人智の範囲内の存在が管理する世界で訳の分からないものが世界に存在するのは滑稽の極みである。
 とどのつまり霊夢も人外的ではあるがやっぱり一応人間だと男は思っている。
そして男は何も入っていない財布の紐を締め、すいかを追って博麗神社から遠ざかっていった。



「徒然なるままに」
「日暮緩慢に向かひて」
 博麗神社から帰ってきた刑事二人は特にすることが無くなり店の中に居座り始め、
その不思議と滲み出る威圧感によって純粋無垢な客達を怯えさせていた。
その結果店は閑散としており店員のみょんがゆっくりせず困惑していた。
「きのうはありがとうございましたけどここにいすわられるとちーんぽ……」
「ふむぅ……どうするか」
「どうするかと言われてもな、聞き込みでも始めるか」
「よし、それならば私に任せろ」
 そう言ってすいかはぴょんぴょんと跳ねながら店の外へと出て行く。
一人残された男は矢張りすることが思いつかず火の付いていない煙草を噛み締めていた。
「ちーんちーんぽ……」
「そうだ、店長達はいるか?」
「え、あ、おくにいるちんぽっぽ」
 そうか、と答え男はゆっくり用のカウンターを乗り越え奥の方へと入っていく。
通路はゆっくり用に造られていて人間が通るには少し窮屈であったが
一度暗闇の中で通った経験があるので難なく進むことが出来た。部屋の扉が見事に道をふさいでいたが。
「全く、なんて設計してるんだこの店……」
「きたなどろぼう!ばーんってやっちゃいます!はいぱーきゃのん!」
 扉を押しのけ部屋の中を見た瞬間、男の顔面に極太のピンク色の光線が照射された。
幸いにも吹き飛びはしなかったが完全に顔は丸焦げで噛んでいた煙草は一瞬のうちに煙すら出さずに
灰と化していった。
「………あ、けいじさん……」
「どろぼうはそっちだろぉぉぉがぁぁぁぁぁ!!!」
 男の脳裏にあの白黒の魔法使いとの記憶が忽然とフラッシュしていく。
 追いかけて追いかけて、追いついたと思ったら空を飛ばれて。
ルールに則り弾幕ごっこしようとも思っても人間相手に拳銃では「ごっこ」では済まされなくて。
そうして逃げられ辛酸を舐めて、舐めて舐め尽くして。いつだったか激昂して二発鉛玉を撃ったら
本気でマスタースパークを撃たれた。あれは自分も悪かった。
「ごめんなさい!ほんきでどろぼうさんかとおもったよ!」
「通りかかったら誰でも泥棒か?「あらあら、うふふ」「きゃはは☆」連れてくるぞ!」
「それだけはやめてぇぇ!」
 ある程度怒鳴り終え、男は大福相手に怒鳴っている自分を客観視しトラウマから湧き出る怒りを抑えた。
そして怯えている二人が居る部屋の中へと入った
「だって、きのうのはんにんはみせのなかにひそんでいたんでしょ!
 みせのなかにはいるにはしょうめんいりぐちとうらぐちしかないんだよ!」
「む、そうか……この扉はいつも開いてるのか?」
「あいているね!ドアノブたかいからあけにくいんだよ!」
 男はドアを開ける時そう苦労はしなかった。廊下はゆっくり仕様なのにドアはそうでないのは
明らかに建築ミスだろう。出てこい建築士。
「……ん?」
男はふと何か思い立ったかのようにドアの外を見る。右には裏口のドアが目の前に、
左はこの部屋のドアが道を塞いでいた。
 この位置から見えるのはそれら二つのドアと無機質的な壁だけであり、
これでは裏口から入ろうとしたら確実にこの店長達の目に入ることとなる。
「正面から堂々と入ってきたのか……となるとあの店員……」
 不安と疑念が唐突に襲いかかり男は店の方へと戻っていく。
だが狭い通路を渡っている途中何か小さい物が男の黒々と焦げた顔に当たった。
「なんだ?虫か……?」
「人を虫扱いするな」
男がその物体を掴むとそれは聞き覚えのある声で喋り出す。恐る恐る手を開いてみると
そこには本来の大きさであるTENGAが、そしてそれに入るようにすいかが
当社比約0、2倍の大きさですっぽり入っていた。
「な、何が起きてんだ。まさか世界からの補正でTENGAが本来の大きさに戻ると同時に……」
「混乱して訳の分からないことをほざくな、これはあれだ。所謂分裂だよ。」
 分裂?と男が首を傾げると男の足元に何か妙な感触が湧き上がってきた。男はそれをくすぐったく感じ
気になって見下ろしてみると男の足元にしがみつくように大量のちびすいかが男の足を上ってきた。
 その光景は芋虫の中から大量の寄生虫が生まれるが如し。
生理的嫌悪感を覚え男はそれらを本能的に振り払おうとしたが流石は鬼のゆっくりと言うべきか、
逆に足をつかまれその怪力で地面に叩きつけられてしまった。
「お、お前……一体何があったんだよ。ゆっくりだからって何でもありというのは流石になぁ」
「これは所謂オリジナルの力だ」
 すいかが言うには自分のオリジナルとなった鬼、伊吹萃香は巨大化したり分裂したりする力があるそうだ。
どうして今までそれをしなかったんだ、と聞くと今日博麗神社でコツを教わったらしい。
男はある程度納得してTENGAに入った大量のすいか達を目の前にする。
「どうしてTENGAまで分裂してるんだよ」
 そもそも高さ0.6mのTENGAが存在していることについても言及すべきなのか男は迷う。
だが度々すいかが言っていたように深く考えるほど思考回路が悲鳴を上げるのが聞こえてくる気がしてきた。
次第に頭に熱が出てくるのを感じ始め、男はゆっくりについて考えるのを止めた。
「とりあえず一つに戻ってくれ、お前達を見てると「た~らこ~」とか言う空耳が聞こえて気持ちが悪い」
 すいかは男の要求を素直にのみ、すいかは一つ一つ重なっていきまるで小学生の組体操のような
ピラミッドを造ったかと思うと一瞬にしてミニすいか達は通常サイズのすいかに戻った。
「なるほど、分裂して聞き込みした訳か。しかしそのサイズで人間に相手されたのか?」
「今回聞いたのはゆっくり達だ。意外と短時間で実のある収穫だったぞ」
「そうか、それはそうとみょんだよみょん!」
「みょんみょんみょんみょんみょんみょん?」
「みょんみょんみょんみょんみょんみょんみょんみょん!」
 しばらくの間みょん語で語り合い意思疎通した後男は店の方へと駆けていく。
だがみょんの姿はなく、店の中はガラスケースの中の営業スマイルを浮かべているれいむとまりさしかいない。
聞かれていたのかそれとも感づかれたのか。あの卑猥の言葉はなくなってしまった。
「……くそ!そうだ!お前ら!!みょんはどこ行ったか知ってるか!?」
 男はガラスケースに張り付き非常に厳つい剣幕でゆっくり達に問いかける。
だがその男の気迫というか変顔に中のゆっくり達は怯え縮こまってしまった。
「やめとけ、それは防音ガラスで声は通じないぞ。君の鬼面がトラウマになるだけだ」
 なるべく買う前から情を移さないようにだそうだ、と言いながらすいかは男をガラスケースから引き離し、
中のゆっくりをあやすように奇想天外なアクションを取り始めた。
 端から見てる分には愉快なのだが正面からだとすいかの変顔が余計に威圧を与える。
案の定逆効果で中のゆっくり達は余計に怯え互いに身体を寄せ合いながら震えていた。
「…………だいたいここからじゃ外の様子は分からないぞ」
 すいかは男の方を振り向く。いつもの変顔に見えたがその表情は何処か切なげだった。
「……ああ。そう言えば聞き込みの方はどうだったんだ?」
「新事実として犯人と思しき人物が昼間何回かこの店に入っているらしい」
「おい、新事実過ぎだ。何でそんな情報が今まで泳いで……」
「人とゆっくりのコミュニケーションは全く違う。それにこの店の販売層は主にゆっくり、
 ゆっくりの方が情報を持っているに決まっていたんだ」
 何故昨日しなかったんだ。とすいかは男に聞く。だが男は答えずポケットの中から新しい煙草を取りだし
そっぽ向いたまま噛み締めていた。
「………後悔しても仕方ない、その事実からするとやっぱりみょんはホシだ。探しに行くぞ!」
 そう言って男は強引にすいかを抱え店の外へと出て行った。

「………みょんみょん」
「みょんみょんみょんみょんみょん」
 二人はみょん語で話し合いながら呆然と店の前に立ちすくんでいる。
まだ真っ昼間なわけか通路には多くの人とゆっくりが歩き、話し合っていた。
かわいいれいむを連れているゆっくりがいる。別のみょんをだっこしている人もいる。
かっこいいまりさを互いに自慢している二人の魔法使いがいる。
体つきのみょんが居る、と思ったら本物だった。
 何処だ、どれが店員だ。どれが盗品だ。
「みょんみょん………俺はゆっくりを見分けることができねぇぞ」
「奇遇だな、私もだ。みょみょんみょん」
 同じゆっくりだから出来るだろうと言ったが、すいかは個人的に人(ゆっくり)を見分けるのが苦手らしい。
八方塞がりとはこの事か。
「……くっ!折角手がかりが見つけられたのによ!こんちくしょう!!!」
 男は他人の目も憚らずに煙草のフィルターを怒りの限り食いちぎれるほどに噛み締める。
だがすいかは対照的に落ち着いて男を宥めるようにその手を男の肩に置く。
肩がローシ○ンで濡れてしまった。
「私に策がある。だから落ち着け」
「策?」
「ああ、みょんを捕まえるよりもずっと楽な方法で犯人が捕まえられる
 だから落ち着いて犯人を待とうではないか」
 その時のすいかの顔はTENGAからはみ出た顔はいつもの変顔ではない。
勝利を確信したときの希望に満ちあふれたゆっくり特有の太々しくウザ可愛い笑顔だ。
「信用するぞ……いいんだな」
「ああ、この萃香の名を持つ私に全てを任せろ」
 男は同僚の希に見るこの笑顔に期待を寄せ始めている。
そしていつもの変顔に慣れているせいか普通のゆっくり顔は妙に可愛かった。



 夜、昨夜と同じく男とすいかは店の扉にもたれ掛かり店の警護をしていた。
ただ昨日と違うのはすいかが杯を使わずに瓢箪から酒を飲んでいたことだった。
「イッキ、ダメ。絶対」
「必要なんだ、これが。そう言えば店長達は?」
「ああ、裏口からとっとと帰ったようだ。何しろ店員が居なくちゃ商売にならねぇ」
 あれから一応探したものの店員と思われるみょんはすでに村から出て行ったと判断した。
そして店長達にその旨を伝えこうして二人は警備に当たっている。
 男は新しい煙草を噛みながら空に映る月を見ていた。
こんな明るい夜に火は必要ない。すいかは後のためにモチベーションを保っておけと
いつになく煙草を勧めていたが噛んでいるだけで不思議と男の気分は高揚していっている。
それだけこのすいかの策という物に心の底から期待している証拠だ。

 いつからこのゆっくりにこれほどの期待と信頼を寄せるようになったのか。
初めて会ったのは男が警察に成り立ての頃、すいかは男と同時に幻想郷警察の配属となった。
 その当時の警察は今の署長一人、その上昔から署長は滅多に署にいることが無かったため
必然的に警察署内は男とすいかの二人が取り残される状況が多かったのだ。
特別話が合うという事はなかったが事件件数も少なく二人は常に退屈して
それ故に話す機会も多かった。仕事が無ければ話し合うか酒を飲むしかないのだ。
 自分達の性格は昔から変わっていない。互いに腹を探り合うことなく、
そして馴れ合うこともなく、乱雑とした部屋の中淡々と酒の話をしていたものだ。
 すいかは男とは違う。全く訳の分からないゆっくりという名のナマモノであるが
心は男と通っている。
 裏切られる絶望もなければ穏やかな友情もない。
ただ一つ言えることは淡泊ではあるけれど男とすいかは「仲間」であることであった。

「………すいか、ちょっと裏口の方行ってくる」
「問題はない、いいぞ」
そうして男は立ち上がり裏口の方へ向かう。だが途中何を思い立ったのか踵を返しすいかと
目線を会わせるように立ち膝になった。
「……酒、一杯くれないか」
「嫌いじゃないのか?酒は」
「バカ野郎、お前が毎日毎日飲むから臭いだけで食傷気味になっているだけだ」
むしろ警察以外の所では鯨飲であることが多かった。
だがあまりにも酒の臭いを嗅ぎすぎていたためかいつの間にか嫌悪の対象となっていたのだ。
今まで苦手苦手言っていたのはすいかに対しての警告であったのかもしれない
 すいかはTENGAの中から杯を取り出し男に渡す。至極当然、案の定、簡単に言うなら
やっぱり、杯はローションで濡れていた。
 男は常時所持しているハンケチで杯の内部のローションを拭き取り杯をすいかに突き出す。
それに応えるように瓢箪からなみなみと杯に注がれ男はそれを流すように口につぎ込む。
「ぷはぁ……あんがとよ」
 男はぶっきらぼうに礼を言って放り投げるように杯をすいかに返す。
身体が熱い、心が燃えたぎる。
その止めどなく流れ出る感情をある程度せき止めるため、男は煙草を取り出し噛み始めた。
「さて」
 男は裏口へ周りドアノブへと手を掛ける。
鍵が「開いているか」を確認しようとして手首を捻ると空回りするかのようにスムーズに回る。
そして男はそれを確認するとここは自分の土地だと占有するかのように座りあぐらを掻いた。
 予想は当たった。鍵は「開いていた」。
それは店長達の不始末を予感した、と言うわけではなくみょんが裏口の合い鍵を持っていたという
疑惑を元に予測したのだ。
だが男は中に入るわけでもなくただ火の付いていない煙草を噛みながら座っているだけ。
でもこれで十分だと男は直感していた。
 男が裏口の前に座ってから数分後、不意にドアノブが音もなくゆっくり、ゆっくりと動き出す。
「きた」
 男は音が出ないように精一杯裏口のドアに重心を寄りかからせる。
そして男の背中にほんの少しだけ強い力が掛かった。だがその力は微々たる物で
裏口のドアは1㎝も動かない。何回も何回も力が掛かれば男はそれに抵抗する。
 何回かした後、建物の中から些細だけれど声が聞こえた。
「どう・・・・・・」「なんであかない・・・・・・・・・」
 既に犯人達は店内に潜入していたようだ。しかも複数であることが先ほどの会話で分かった。
ここでの男の役割はただ一つ。裏口を封鎖して正面にいるすいかに全てを繋げるのだ。
それが男にとってすいかに出来る唯一の事と思っていた。
「さぁ、早く……早くいけ……」
 中からの声が途絶え、世界が無音となる。
「……すいか、お前に期待してるからな」
 そう呟いた瞬間聞き覚えのある轟音が正面玄関の方角から鳴り響く。
扉が地面を叩く音。犯人は昨日と同じ手法を使って逃げ出したのだ。
すぐさま男も駆けつけて様子を見に行きたいと思ったが今ここを離れる訳にはいかない。
先ほどの音がカモフラージュである可能性を否定することが出来ないのだ。
 だから男は待つ。仲間のゆっくりすいかに希望を託して待つ。
扉が倒れるような音がした後、誰かが走る音と何かが跳ねる音がけたたましく男の耳に届いてきた。
 果たしてすいかの策とはどういう物なのであろうか。それを聞いていなかったがそれを遂行した後
尋ねればいいと思っていた。
だがそうも行かないような状況、いや心情になった。
 唐突に夜の闇とは違う影が男とその周辺を覆ったのだ。
男はその状況に戸惑い、居ても立っても居られず立ち上がる。
だが正面の方に向かう必要はなくなった。
「これが……策なのか……」
 天にそびえる巨大な柱。それはバベルの塔の如く天を突き、村の中にたたずまっている。
「いや……そんな……なんで」
 男は困惑した。今のこの状況がすいかの編み出した策だというのか。
「あ………くそう!!!」
 男は一直線に店の正面へと駆けていく。そしてその柱の根本へと辿り着きゆっくりと見上げた。
「………しねぇと心に決めていた。だが今、俺はお前の忠告を破る。」
 そして男は息を吸い込み勢いよく声を張り上げた。
「どうして!!!!!!!!!TENGAまで巨大化してるんだよぉぉぉぉぉ!!!!!」
「ミッシング!・パワァァァァァァァァ!!!!」
 夜に映るは紅きTENGAの壁。そしてそこから顔を出すゆっくりすいか。
 男はゆっくりの生体のことについて全力で突っ込んだ。
そして今生ゆっくりについてのツッコミは金輪際するまいと心の奥底で決意したのであった。

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最終更新:2009年03月26日 10:05