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*無限桃花~燃ゆる雪と桃の花~

 英子が駆るスノーモービルは雪原を走り抜ける。目的地までは距離にして5kmほどだろうか。たいした距離ではないが、起伏ある山と雪は、その道のりを極めて困難にする。 
 それに最後の道のりは、自らの足で進まねばならない。桃花一人で。 

「イヤッッホゥゥゥゥウウ!!」 

「ちょっとおばさん!スピード出し過ぎよ!」 

「何言ってんの。今日は抑えてるほうだぜ?」 

 今年で38歳になる英子は、その性格のせいかまだ若々しい。結婚はしておらず、いまだ独り身で自由にやってるせいもあるだろう。 
 もっとも、こんな豪放とした英子にまともについていける男性もまず居ない。 
 常々男運の無さを口にするが、自身に理由があるなど彼女には思いもよらない事だった。 
 どういう訳か、男運の無さだけは桃花も引き継いでいた。 


「ッッッシャァァァ!!!到着ぅうう!!」 

「キャッ!!」 

「あ、ごめんなさい。普通に止まればよかったわね」 

「いたた‥‥勘弁してよ‥‥‥」 

 桃花は見事なドリフトと共に停車したスノーモービルから振り落とされた。雪の上に転がる桃花の目には、二本の柱と、それを繋ぐしめ繩が写る。 
 ここから先は、無限一族の聖域。その先には、無限一族、そして桃花のルーツが隠されているかもしれない。 

「私はここまでね。あとはアンタしか入れない」 

「‥‥‥うん」 

 しめ繩の先には僅かだが獣道の名残が見える。急斜面に雪が積もり、ただでさえ険しい道をさらに厳しくしている。1kmに満たない道だが、それはまるで数十kmにも及ぶ道に見えた。 


「桃花」 

「何?おばさん」 

「‥‥彼方‥‥見つかるといいね」 

「‥‥うん」 

 桃花と英子はそれだけ言い、桃花は歩きだした。 

 ほんの少し進むだけでもかなりの時間を消費してしまう。斜面を立って進むのは不可能だった。手足を雪の中へ突っ込み、獣のように登って行かねばならない。 
 急斜面を登りきると、今度は踏破は到底不可能な崖が行く手を阻む。直線距離は近い。だが、この崖の前では回り道せざるをえなかった。 
 やがて鳥居が連続して見えてくる。そこをさらに進むと、入口と同じような二本の柱としめ繩。 
 ようやくたどり着いた。桃花は僅かの達成感を胸にそのしめ繩の下をくぐる。 


 しかし、そこに広がる光景は桃花の期待を大きく裏切っていた。 


ーーー燃えている。 
 そこにあるはずの祠は、激しい炎に抱えられていた。パチパチと音を立て、熱は周囲の雪を解かす。 
 そしてその傍らには、木箱を抱えた寄生が二匹立っていた。 

「古文書が!!」 

 桃花は叫んだ。その叫びは二匹の寄生にも届く。刹那、桃花は村正を抜き、飛び掛かる。 
 だが、一匹は仕留めたが古文書を抱えるほうには避けられた。その寄生はまるで蝿のような羽をはやし、空中へ逃れたのだ。 
 そして、そのままどこかへ飛び去った。 

「そんな‥‥‥古文書が‥‥」 

 落胆する桃花だったが、現実はその暇さえ与えてくれない。背後から声がしたのだ。 

「ほう‥‥わざわざここまで来るとはな。無限桃花」 

 背後からする声。桃花は経験からすぐさま危険だと判断した。 
 あの時と同じだ。練刀とかいう寄生の時と。 
 振り返る桃花が見たのは、まだ12、3歳に見える少年だった。しかしその雰囲気は人間のそれではない。間違いなく寄生だ。それも、かなりの大物‥‥ 


「我の名は悪世巣。寄生四天王の一人」 

 少年はそう名乗った。 


 悪世巣‥‥どこかで聞いた名前。 
 そうだ。あの亜煩とかいう寄生が言っていた。影糾を知っている寄生の一人‥‥そうだ‥‥! 


「お前‥‥影糾を知っているな!?」 

「影糾?くくく‥‥」 

 突如、少年の身体は風船のように膨らんだ。まるで中で何かが爆発したように。 
 衣服は破れ、限界を超えて引き延ばされた皮膚は薄く透けている。 
 そしてその皮膚の中で、何かが揺らめいている‥‥‥炎だ。少年の中で、炎が燃えていた。 その炎は出口を求め、少年の口から、桃花へ向けて飛び出した。 

 まさに火の海と形容するに相応しい光景。 
 灼熱の炎は桃花を包み込み、焼き尽くさんとする。だが‥‥‥‥ 

「なるほど‥‥‥影糾が恐れる訳だ‥‥‥」 

 炎の中に立つ桃花。その姿は先程までの防寒具ではなく、真っ黒な袴姿へと変わっていた。 村正を包む布のように、黒い影が衣服となり、それは見た目以上の強固な鎧となる。 
 それは、桃花が全力で戦わねばならない時の、戦闘服なのだ。 

「村正と黒い袴‥‥これではまるで‥‥‥ククク‥‥‥婆盆が言っていた通りだな。では、影糾すら恐れる力、試させてもらおう」 

 悪世巣は両の手に炎を点し、桃花へと迫って来た。

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