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***act.12                                「……シアナ隊長……」 「根を詰めて訓練しても力は付かないわよ。それにそんな萎れた様子でやってどうするの」 イザークは剣を下ろす。 怒りに震えているような、悔しさで自分が許せないような、今にも泣き出しそうな、そんな酷い顔をしていた。 「僕、馬鹿でした。隊長のこと何も知らないで勝手なことばかり……」 そうね、と呟くシアナ。だがその表情に蔑みはない。 イザークの言い分もよく分かる。それが自分の背負ったものと相反するものだった。それだけだ。 「助けてくれてありがとうございました。本当なら見捨てられて当然ですよね。 それなのに、エレ隊長まで俺を助けに来てくれるなんて、 ……シアナ隊長のおかげです」 「どういたしまして。……礼ならエレにも言っておきなさい。龍を倒してくれたのは、エレだから」 「はい。……あの、隊長」 「うん?」 「僕……いや、俺がなんで騎士になろうとしたか聞いてくれますか」 イザークは腰を下ろして、空を仰ぐ。頭上に降り注ぐ星と、月の灯りが二人を照らしていた。 シアナは何も言わなかった。黙って自らも腰を下ろす。 それを肯定ととらえたイザークは話し出した。 「僕、自分で言うのも何ですけど。結構良い所のおぼっちゃんなんですよ」 「知ってるわ」 「……はは。そうですよね。家のコネで隊に入ったみたいなものだし。 小さい頃は、このまま家を継いで、暮らしていくのかなって漠然と思ってました。 何も不自由なくて、社交界とかにも出て……。将来はそれなりな所の令嬢と結婚して。 ……それが当たり前だと思ってたんです。本当、世間知らずだった」 一呼吸おいて、また話し出す。 「でもある日のことでした。馬車で旅行から帰ってくる時に、盗賊に襲われたんです」 「……」 イザークはその時のことを思い出しているのか、ぼんやりと遠くを見た。 「怖かった。相手は剣を持ってて、俺の父親を人質に取りました。金をよこせって。 俺、本気で震え上がっちゃって。……座席の下で隠れて怯えてたんです。 盗賊が、親父に剣を向けた時でした。……騎士隊がやってきたんです。 馬に乗って、どんどん盗賊をなぎ倒していったんです。凄くかっこよかった……まるで英雄みたいに見えました」 そこまで言って、イザークはシアナの方を向いた。 遠い記憶が蘇る。そうか、あれは……いつのことだっただろう。確か、 シュトラール家の馬車が盗賊に襲撃された事件があった。 その任務に当たっていたのは、 「シアナ隊長。貴方でした」 まだ新米もいい所だった。下位の隊で隊員の一人だった時のこと、かなり最初に体験した任務である。 だがこなしている任務の数など、それこそ千を超える。 シアナはそんなこともあったかもしれないとうっすら思い出すくらいだった。 「……それで俺、騎士になろうと思ったんです。笑っちゃいますよね。こんなミーハーな気分で騎士になろうだなんて」 あはは、と笑うイザーク。自分の行いで騎士を目指し、騎士になった人間がいると考えると不思議だった。 「別にいいと思うわ。私も大して変わらないから」 「え?」 「自分の村を龍に襲撃されたの。その時に騎士が助けに来てくれた。それで――騎士になろうと思った」 「あ……」 イザークはまずいことを聞いたといわんばかりにオロオロして、すいませんと呟く。 「別に気にする必要はないわ。昔の話よ」 揺らめく炎。舞い散る火の粉。その中で、一匹の龍が吼えていた。 自分の前に背を向けて、龍と退治した一人の騎士を幻に見る。それは実際にあった過去の記憶だった。 刻印が古傷のように痛む。 「その……聞いてもいいですか。助けに来た騎士って……どんな人だったんですか」 「アレージュ・シトレウムス。……私の父よ」 「……えっ……」 イザークは衝撃を受けたように押し黙る。 シアナは立ち上がり、「もう部屋に帰りなさい」と一言告げて歩き出す。 イザークはその背に向けて、大声で宣言した。 「隊長!! 俺、強くなります。今日みたいなことがもう無いように!! 隊長を守れるくらいに強くなりますから!!」 シアナは苦笑する。 ……十年早いわよバカ、出直して来いこの新米騎士。 でも悪くない気分だった。 涼やかな風が吹く静やかな夜。月が二人のやりとりを見届けていた。 .

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