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ややえちゃんはお化けだぞ! 第7話

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ややえちゃんはお化けだぞ! 第7話




――このままいけば上手く生き返れそうな気がする。
そんな希望の兆しは、地獄という絶望の地においてすら足取りを軽くするものだった。

本来恐れるべき存在である「鬼」の物腰のよさは、好感すら持てるものだったし、夜々重
に関しても、助けにきてくれたという部分だけを見れば、それほど悪い奴でもないのかも
しれない。

「ここ飛べないんだね、私こんなに歩くの久しぶり」
「一度地面についたらダメなんだと」
「……はあ、また怜角さんから聞いた話? もう結婚しちゃえば?」

この十重二重に塗り固められたバカの奥底には、意外と責任や勇気なんてものが眠ってい
るのではないかと、そんな風に捉えるのは少々前向きすぎるだろうか。

「この先も怜角さんみたいな人ばかりなら、多少は希望を持ってもいいだろうよ」
「私みたいのじゃダメってこと?」

小高い丘の上、それには答えず足を止めた。
眼下に開ける荒涼とした景色の中、白い外郭に取り囲まれた建造物が姿を現す。
それは宮殿というより広大な平屋敷のようで、荒れた大地を覆い隠す整然とした和の芸術
は、遠目に見てもその美しさと厳格さがにじみ出ていた。

「あそこに殿下ってのがいるんだな」

僅かに残る不安は、勢いと決意で閉じ込める。
暗雲の下にして輝く宮殿に向かい、俺たちは再び歩を進めた。



卍 卍 卍



宮殿の門は重厚な木造のもので、年季を感じさせる黒ずんだ艶は下手な鉄製扉などよりも
よっぽど頑丈そうにみえる。
ここまで来る途中いくら歩いてもたどり着けなかったこの門に、一時は蜃気楼ではないか
と疑念すら抱いたのだが、それは単に門の巨大さが故だったらしい。
さてどうしたものかと門を見上げていると、先にいた夜々重が嬉しそうに手を振っていた。

「ねえ見て! ここ呼び鈴ついてるよ!」
「呼び鈴?」

仁王像を彷彿とさせる太い門柱には、夜々重の言う通りすすけた小さな押しボタンが取り
付けられており、すぐそばに下手クソな文字で「ごようのかたはおしてくださいニャ」と
記されていた。
何か非常に違和感を感じざるを得ないところだが、文化の違いということで目をつぶる
ことにする。

「用があるんだから……押せばいいんだよな?」
「じゃない?」

意を決してボタンに指をやる。が、どうも具合が悪いらしく反応はなかった。
察するところ何百年も経ってそうな建物だし壊れていてもおかしくはないが、とりあえず
ボタンを押す力や向きを変えつつ挑戦すること数分。ついに巨大な門が仰々しい音をたて
ながら開き、その隙間から不機嫌そうな女がひょっこりと顔を覗かせた。

「お前ら、聞こえてるからそんなに押すニャって」

つんと唇をとがらすそいつの頭には、猫のものとおぼしき耳が生えている。
さすがにここまで悪魔やら鬼やら見てきた俺がそんなもので驚くはずもなく、まあ猫耳が
付いていたところでどうということはないのだが、そいつが次第に姿を現すにつれ、俺の
身体は凍り付いていくかのような感覚に襲われた。

「そんなに連打したら、せっかくの侍女長マーチがイントロばっかになってまうニャ」

巨大な尻尾をぷりぷりと揺らしながら近づいて来たのは、スクール水着を身に着けた猫女
で、不自然に大きな胸のあたりには「ねこ一番」と書かれた名札が付けられている。
危うく目覚めかけた不安を「異文化圏だから」という理由で再び寝かしつける中、夜々重
が何かに気付いたのか、小さな声で耳打ちをしてきた。

「私知ってる。有名な人だよ、確か……頻尿の侍女長さん」
「は?」

頻尿。見た目俺たちとそれほど変わらないようにも見えるが、ずいぶんお年を召されて
いるのだろうか。というか「侍女長」という部分はまだしも、頻尿などというヒントを
与えられて、俺は一体どうすればいいのだ。

「で、お前ら一体なんの用ニャ?」
「あ、いや。俺たち解呪申請書ってのを貰いにきたんです」
「はー、こりゃまた金にならん公務もってきたもんだニャー」

呆れた様子で腕を組もうとする侍女長さんだが、その巨大な胸に阻まれて上手くできない
ようだった。

「その、なんとかお願いできませんか、時間がないんです」
「ダメってことはニャーけど、殿下は今出かけてるからここにはおらん。まあ今日は土曜
だし、ちっと待てば帰ってくるニャろ。そしたら取り次いでやるニャ」

なんと、門前に立ち尽くした時には土下座すら覚悟した俺の願いは、いともあっさり許諾
されてしまったのだ。
果たしてこんなものでいいのだろうか。いや、悪いわけがない。
何かを勘違いしたような格好をしてはいるが、侍女長などという身分であられるこのお方
がおっしゃられるのだ。ここを甘えずになんとしよう。

「ありがとうございます!」

深い感謝の気持ちを胸に抱き、呆けていた夜々重の頭を掴んで一緒にお辞儀をする。
侍女長さんはそんなことに興味がないのか、澄ました顔で耳を掻き、指先を吹いていた。
要するに俺ごときの人間の命がどうなろうと、このお方にとっては些細なことなのだろう。
そう考えるとなにやら嬉しくも情けないような気分にさせられる。

「ま、実際こんなとこに幽霊が来るなんてのは珍しいんでニャ」

言いながら侍女長さんはなにやら怪しげ飛行生物を呼び出し、時代劇の団子屋にでも出て
きそうなイスとテーブルを用意してくれた。
なにもそこまで、と一度は制したのだが「地獄堕ち」が確定していない俺たちのことは、
あくまでも客として扱うという、大変立派な心がけをお持ちらしい。

気の緩んだ俺の目線は、たちまち侍女長さんの豊満な胸へと釘付けになった。

――ねこ一番。

全くその通りである。



卍 卍 卍



「大体男っちゅうんは、女の価値を胸の大きさくらいでしか判断しないんニャ」
「ほんとほんと、そうですよね!」

侍女長さんと夜々重はその胸の大きさの違いに反して妙に気が合うらしく、二人してため
息をついては「世の男どもは」などと愚痴をこぼしあっていた。
とは言っても侍女長さんの胸はとてつもなくふくよかであり、夜々重の平べったいそれを
気遣う様子を見ていると、巨乳に相応しい器の大きさだと言えるだろう。

「そうだお前、ちょっと私の部屋来い。いいもんやるニャら!」

と、侍女長さんが何かを思いついたらしく、夜々重の手を引いて立ち上がった。
夜々重は少々とまどったような顔をしていたが、男である俺がそういった付き合いに口を
挟めるはずもなく、失礼のないようにとだけ注意して、二人の背中を見送った。



――静かになった門前。ぼんやりと、ゆっくり流れる黒い雲を目で追う。
あとは殿下から申請書を貰うだけという事実に、ようやく焦りも消え始めていた。

無事に生き返れたら、どんな人生にしよう。

おかしなもので、こうやって死ぬ前にはそんな風に考えたことがなかったように思う。
それに気付かせてくれたのは夜々重のおかげ、だなんてことにするのは行き過ぎかもしれ
ないが、人間界に戻れたら何か飯でも奢ってやるのも悪くない。

そういえば夜々重は何か好きな食べ物でもあるのだろうか、とそこまで考えたとき。門の
奥からただならぬ叫び声が聞こえてきた。

「貴様ァァッ!」
「あーん、助けてー!」

驚いて目を向けると、門の隙間から二つの影が躍り出てきた。
逃げる夜々重とそれを追う侍女長さん。その顔は怒りに満ちた般若のごとき形相である。

もしやこのバカ幽霊が何かをしでかしたのでは、と嫌な汗が背を走った。
飛び込んで俺の後ろに隠れた夜々重も、そんな疑惑を抱かれていることに気付いたのか、
頭の鈴を鳴らしながら首を振る。
ぎゅっと腕に押し付けられた夜々重の胸は、何故か妙にふっくらとした弾力を持っていた。

「騙したニャ!」
「だ、騙してなんかないですってば!」

一方、肩で息をはずませる侍女長さんの胸は、まるで魔法のように消えており「ねこ一番」
と書かれていた名札も、たるんだ水着の中央で申し訳なさそうにちじこまっている。
ともかく穏やかでない雰囲気に、まずは間へ割って入った。

「侍女長さん、こいつが何かしちまったなら俺が代わりに謝りますから」

とは言ってみたものの、一体何が起きているのかさっぱりわけが分からない。
侍女長さんは震える指先を夜々重へと向けながら牙を剥いた。

「その女、さらしを巻いていやがったニャ」
「は、何です? さらし?」
「そいつの胸、よーく見てみろニャ!」

言われて夜々重を押し離すと「あん」などと言いながら胸を隠す。しかしはだけた白装束
の胸元からは、見るからに柔らかそうな白い膨らみが溢れていた。
夜々重は頬を染めながら、訴えるような目を向ける。

「侍女長さん……頻尿じゃなくて、貧乳だったみたいなの!」
「貧乳言うニャ! パッド4枚重ねてもずれない方法を伝授してやろうと思ったのに!」

空いた口が塞がらなかった。
もう異文化がどうとか言ってる場合じゃない。こいつら二人ともバカだ。

「そんなの必要ありません!」
「ようも言ってくれるニャ、この豊乳幽霊!」

――いやだが待て、よく考えろ。バカとは言え格式高き閻魔殿下の宮殿侍女長。なんとか
この場を治めねば今後に関わる。この状況に於いてはこいつらの乳の大小問題と俺の命は
等価値なのだ。

とはいえどうすればいいのか見当もつかない。「夜々重の乳がでかくてすいませんでした」
とでも謝ればいいのか。いやいや、それでは火に油を注ぐようなものだ。
これはマズイ。本格的にどうしていいのか分からない。

怒り狂う侍女長さん、恥らう夜々重。そして困惑する俺――



その混沌を破ったのは、たった一言の聞き覚えのない声だった。

「お前らアホか」

一瞬静寂が場を満たし、侍女長さんがけろっとした顔で応じる。

「あら殿下、お帰りニャさいませ」
「人んちの前で乳の話してんじゃねーよ!」

目の前――というか、だいぶ下。
そこには小学生としか思えないちっぽけなガキが、怪訝な顔で俺を見上げていた。

「……で? 侍女長、なんなんだこいつらは」


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