創作発表板@wiki

白狐と青年 第31話「クズハ御用」

最終更新:

konta

- view
だれでも歓迎! 編集

「クズハ御用」



            ●


 行政区から下された、クズハの出頭を要求する書面。人間への大逆を理由とする書面を掲げる武装隊の男を前に、匠は挑みかかるように口を開いた。
「待て、一体何の証拠があってこんなことをする」
「クズハは以前人を襲った事があるという報告があるのだ」
「……どこの情報だ」
「証人保護のため全て上層部で処理されている事だ、私には分からん。しかし事件が起こったのは和泉だという話だったが?」
「和泉で……知らないぞそんな事。何かの間違いじゃないのか?」
 その報告がどの程度信頼できるものなのかは匠には分からないが、確かに和泉でクズハは人に――匠に重傷を負わせている。門谷が緘口令を敷いてその事が広がらないように手を打ってはいたが事が事だ、徹底できていた保障はない。
 ……だが、キッコが泥を被って落着したあの件を番兵たちが掘り返すとは考えにくい。
 確かな証拠をつかんでいたとしてもあの件でクズハが傷付けたのは幸いにして匠一人、傷は残ってはいるがそれも別件の傷だと匠が言い張ればこの件はうやむやに流す事ができるはずだ。匠の一言でどうとでも対抗できる程度でしかない情報でわざわざ一隊を研究所まで乗り込ませるのは一体何故だろうか。それを探る意味も込めて匠は書面を掲げるリーダー格の男に問いかける。
「研究区と行政区が睨み合っているこの時期にクズハ一人をわざわざ一隊率いてまで捕らえに来るというのもおかしいんじゃないか? こんな仰々しい真似をして、研究区の人間の神経を逆撫でする事は分かってるはずだ」
「それを押しても来るだけの理由があるのだ」
 ……そっちが本音か。
 警戒する匠にリーダー格の男は鋭い目を向けてきた。
「先日、行政区に異形が侵入した騒ぎがあった事は……実際に現地に居たお前たちは知っているな?」
「……ああ」
「現在に至っても行政区の周囲にあった警戒の目を抜けていつの間にか内部に侵入していた異形の侵入経路は分かっていない。それを調べている途中で、あの日お前と共に行政区で審問をうけていたクズハが捜査線上に浮かんだのだ。過去を調べてみれば彼女は出自も怪しく、人を傷つけてたという報告もあり、和泉での異形大量侵攻にも絡んでいるかもしれないという疑惑も浮かんでいて、審問などという場にも呼び出されてもいる。一度身柄を抑えて危うい存在かどうかを見極めなければならない。大阪圏のためにな」
 武装隊の言い分は分かる。
 もしクズハがあの日行政区に異形を引き入れた犯人であるのなら、異形の侵入経路を訊きだしてクズハ一人を処分すればこの、人と異形の緊張状態もやがて落ち着くだろう。
 行政区に訪れるタイミングがあまりにもドンピシャで、また異形による襲撃事件の後、逃げるように行政区から姿を消したクズハは確かに怪しい。そういう意味では匠も怪しいが、匠は武装隊としての過去があり、平賀の養子だ。手を出しづらい。まずは手を出しやすいクズハを引っ張って行くというのが武装隊が出した結論なのだろう。
 クズハを連れていく理由として書面にして行政区が出してきた人間への大逆という文言が意味する所は、行政区への異形侵入の補助をした疑いということ。和泉でクズハが人を傷つけたという疑いはただの建前、でっち上げだろうと思う。しかし、
 ……正直なところ、探られれば痛い腹だ。
 匠が刺されたという事実は厳然として存在している。藪を突ついて蛇を出すような事にだけはしたくない。
 ……だがこれでクズハが連れて行かれた先で公正に裁定を下してもらえるのかはやはり疑問だ。それに、行政区のクズハへの執着具合は何だ?
 今回の事は審問の続きを行うために行政区が打って来た手だろう。そこまでしてクズハに対して誰が何の用があるというのだろうか。それが分からない内はクズハの身柄を連れて行かれるのもまた避けたい。
 ……多少強引だが、審問を避けた時の言葉で彼等にも今回はお引き取り願うしかないか。
 そう考え、匠は武装隊に言う。
「武装隊の方々、行政区からの書類を持参してわざわざ来てもらったところ悪いが、今の行政区の異形に対する姿勢ではクズハを渡すわけには――」
「待ってください」
 匠の言葉に割り込んできたのはクズハの声だった。
「クズハ……?」
 振り向くと、クズハがこちらに走って来るのが見えた。受付の人間がクズハに連絡を入れたのだろう。
 彼女は匠の傍らに立つと、リーダー格の男が掲げている書面を読み、一瞬息を詰めた後、静かに頷いた。
「分かりました。私は武装隊の皆さんに付いていきます」
「待て、クズハ!」
 とっさに止めようとすると、クズハは困ったような顔で言葉を重ねる。
「今忙しい事になっているこちらに、私のせいで迷惑をかけることはできません」
 武装隊の方へと踏み出すクズハの肩を掴んで匠は説得するように言う。
「誰も迷惑なんてかけられちゃいない。落ち付けクズハ」
 クズハは匠に向き直って首を振った。小さな声でいいえ、と呟く。
「もうかけているじゃないですか。今のこの状態だってそうです。それに、強引に一緒に居ようとすると、またあの時みたいに匠さんを傷つけてしまうかもしれません」
「待――」
 匠の手を逃れ、クズハは武装隊の前に歩み出て頭を下げた。
「令状に従い付いて行きます。ですから皆さんには御迷惑がかからないよう……お願いします」




前ページ   /   表紙へ戻る   /   次ページ



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー