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白狐と青年 第32話「恐れの提示」

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konta

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「恐れの提示」







 武装隊へと身を差し出したクズハは、行政区内にある武装隊が管轄している留置施設へと連行されることとなった。
 放りこまれた対魔法用に大気中の≪魔素≫を拡散させる装置を構造内に持つ独居房の居心地はそう劣悪なものではなかった。和泉で放った大規模魔法を警戒してか、更にクズハは衣服の上から体内の≪魔素≫の使用を制限する呪符を巻かれてはいるが、他には特に物理的に肉体を拘束するようなものは使用されてはいない。基本的には軟禁されている形だ。
 身体に呪符を巻かれたままで昼間は簡単な聴取を受けていたクズハも、夜には解放される。
「また明日、調査が始まるまで大人しくしているように」
 そう言って去っていった武装隊の男を見送って、クズハは独居房の小さな部屋の隅で膝を抱えてため息をついた。
 聴取の内容は主に先日の行政区への異形襲撃事件に関連するものだった。クズハとしてはその問いにはNOと答えるしかないのだが、武装隊の方でもクズハを捕らえるよう指示を出したのは上層部の人間であるためか、詳しい事情が分からないままクズハに対する扱いを決めかねているようで、何度も同じような質問を繰り返してくる。その結果行われた堂々巡りの問答に、クズハは体に纏わりつくような疲労を感じていた。
 倦怠感からもう一つため息をついて、クズハは混乱の場もそのままに出て来てしまった研究所の事を思ってうなだれる。
 ……皆さん、もう面倒から解放されたでしょうか? ……匠さんは武装隊の方々と揉めていないでしょうか……。
 これ以上人間のコミュニティー内での彼の立場が悪くならなければいいとクズハは祈る。自分の存在はいつも匠を祟っている。クズハは最近とみにそう思うようになった。匠が第二次掃討作戦の後に武装隊に居られなくなったのも、キッコと争うことになったのも、先日の審問にしてもそうだ。
 このままではいずれ自分は役に立てないばかりか、取り返しのつかない迷惑をかけてしまうかもしれない。いつの間にかクズハはそのような思いを抱いていた。
 ……もしそうなったらどうしよう。
 武装隊に連れて来られたここで自らの潔白を証明する事が出来たなら、それらの全ての不安を払拭することが出来るだろうか?
 そんなことを考えていると、独居房の入り口付近で人の気配がした。
 臭いや音として伝わってくる気配はとても薄い、特に独居房に近付いてこられるまでクズハの耳をもってしても接近に気付かなかった。クズハは、どこか意識して消しているように感じられるその気配に向かって声をかける。
「どなたですか?」
「――思ったよりも感覚は鋭いようだ」
 気配の主は機械を通しているのか、非人間的な声でそうクズハを評し、質問には答えることなく独居房の扉を重々しい解錠の音を伴って開け放した。
 突然の事態に驚くクズハに頓着した様子もなく、気配の主は一方的に告げる。
「来い。検査を行う」
「え……でも」
 そもそも独居房を開けたこの人物が何者なのかが分からない以上、その言葉に従っていいものなのか、クズハには判断が付きかねた。
「かまわん、武装隊にはわたしから話を通してある。この通り、鍵も携えて来ているだろう?」
 明け放された扉の向こうから聞こえる声が言うことはもっともだ。
 ひとまずそう思い、独居房の外へと出たクズハは気配の主を見て言葉を失った。
 気配の主は――男だろうと思われた。少なくとも着ている衣服の上からは女性的なラインは窺えなかった。背も匠程にはあり、顔を見るためにはクズハの身長では見上げなければならない。見上げるその顔は防毒マスクのようなもので覆われ、素顔は分からなかった。
 一見して分かる不気味さを隠そうともしない男は、機械を通した歪な声で告げる。
「行政区の庁舎へと行く」
 それだけ言うと、男はクズハの身体を縛る呪符の端を掴んでクズハを引き連れて歩きだした。
 クズハは呪符に引かれる力に従う形で男に付いていきながら問いかける。
「あ、あの、検査とはいったいなんですか? それにあなたは……?」
「着けば分かる」
 そうとだけ返した男は以降の質問を全て黙殺し、静かに庁舎へと歩を進める。その道中は不思議な程に誰にも出会うことが無かった。裏口に当たる入り口から庁舎の中に足を踏み入れながらそのことをクズハがわずかに気にかけていると、男が説明を始めた。
「元々このビルは異形が現れる契機となった災害以前は製薬会社のビルだった。都会で研究を行う為に堅牢な作りをしていた建物だからな、丈夫さを買われて第一次掃討作戦当時の人間の要塞となって機能していてな、建物の維持も行われている為に研究施設などもその大半が生き残っている。精密な研究が行える貴重な建物だ」
 男は庁舎内一階フロアの片隅にある扉を開けた。
「こちらだ」
 扉の向こうは地下に広がる研究施設へと繋がっていた。幾つもある部屋のそれぞれに平賀の研究所にある設備と比べてもなんら遜色のない機材が見える。
 案内されたのは地下研究施設の奥まった部屋にある手術台のような寝台を中央に据えた部屋だった。
「検査はここで行う。その寝台に仰向けに横たわるんだ」
 男の言葉に従う形で横たわり、様々な検査機を接続されながらクズハは問いかけた。
「ここで何の検査をするのですか?」
 念の為にと魔法の準備をしようとしたクズハは、この施設内もまた留置施設内と同じで、大気中の≪魔素≫がなかなか集中せずに拡散してしまうことに気付いた。
 ……魔法が、使えない……?
 身体に巻かれた呪符と施設との相乗効果によってクズハは魔法を操る術を封じられた。そのことに得体の知れない緊張を感じていると、男がクズハの質問に答えてきた。 
「君が扱う≪魔素≫総量は高位の異形並みに莫大だ、徹底的に封じさせてもらったよ。ああ、これからの検査は君個人のみが持ちえる情報を調べようというだけだ。そう構えなくてもいい」
 男は起動しはじめた計器類を見ながらなんでもないことのように告げる。
「人に異形の身体の一部を移植した際の影響について、唯一の成功体である君の情報が欲しいのだ」
「……え?」
 男の告げた言葉の意味を汲み取ってクズハは息を呑んだ。反射的に上体を起こそうとして、いつの間にか寝台に縛られて体の自由が無いことに気付く。
「――ッ、どうしてそのことを……っ!」
 強引に体内の≪魔素≫を練り上げて拘束を破ろうとするが、呪符と部屋の設備の影響で≪魔素≫が思ったように集まらず、陣を描く為にかかる時間がもどかしい程にかかる。
「君の体を構築している異形の血肉についてのことかね? だとしたら知っているのは当然だ」
 男は身をよじって束縛から逃げ出そうとするクズハの動きを気にした風もなく言葉を継いだ。
「その原因を作り、実際に君の体に手を加えたのはこの私なのだからな」


            ●


「――え?」
 男の発した言葉の意味を取りかねてクズハは疑問の音を漏らした。彼は疑問を無視してクズハの口に酸素吸入器のようなマスクを取り付ける。
「君について少し調べさせてもらったが、君の存在は周囲を不幸にしているようだ。
 人は人と近く、それでいて人ではない者を極端に恐れる傾向がある。君の存在は――人でありながら人ではない君の姿は、そしてその在り様は、人の間にあってどのような扱いを受けてきたのかね?」
 どこか嘲弄するような響きをもつ男の言葉に反駁するように、クズハは声を発した。
「皆さん、優しい方ばかりでした!」
「そう、君は優しい人間に巡り合った。あの古狐の苦肉の策だろうがね」
 笑みをくゆらせながら、男はそして、と言葉を継いだ。
「その結果一人、君と人との摩擦に挟まれて呻吟する若者が現れることになる」
「――――ッ」
 男の言葉にクズハの心が反射的に反応すると同時に、マスクからガスが流れてきた。
 何の効用があるのか、クズハはガスに意識を揺さぶられ、徐々に練り上げられていた≪魔素≫が霧散させてしまった。
「君が信頼しているあの若者も、君を切り捨てることが大多数のためになると分かった時、どういった決断をするのだろうね?」
 クズハは何かを答えようとし、それも叶わずに吸入器から流れてくるガスに意識を混濁させていく。
 ……私は……やっぱり…………。
 濁った意識は抵抗の意思もむなしく、暗然とした闇の中へと沈んでいった。




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