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白狐と青年 第36話「話し手の場」

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konta

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「話し手の場」











 キッコの脚に移動を任せた匠達は、明け方の頃には平賀の研究区へと戻ってくることが出来た。
 研究区の入り口付近、研究区を広く囲いこむ壁を遠目に眺めてキッコが問う。
「さて、どうするかの? 話では匠と明日名は無断で飛び出してきたということだったが」
「真正面から、それも連れて行かれたはずのクズハを同行してってのは流石に目立っちまいそうだな。明日名さんとクズハちゃんのためにもあまり時間をとられたくはねえんだが」
 どうしたもんかと呟く彰彦に匠はキッコから降りてクズハと明日名を背負いながら答えた。
「大丈夫だ。誰にも見つからずに研究所まで抜ける道がある」
「ふむ?」
「へぇ?」
 人間に化けたキッコにクズハを、彰彦に明日名を預けて、匠は地面に手を這わせる。
「ここら辺に地下を通る道があるんだ」
 そう言って上げ蓋状になっている入り口を持ちあげた。
「これは驚いた」
「なんだこりゃ……!?」
「じいさんの秘密通路だそうだ。秘密らしいが、キッコや彰彦にならじいさんも文句は言わないだろ」
 驚く二人に罠に注意するように言って。匠は先に立って地下通路を進んで行った。


            ●


 地下から研究所の敷地へと侵入した匠たちはそのまま研究所内へと忍びこんだ。
 薄暗い廊下を歩きながらキッコが訪ねて来る。
「それで、我もそうだが、匠も彰彦も医療は門外漢であろ? どうするのだ?」
「とりあえずじいさんの部屋にでも言って治療をしてもらえるよう頼もう。明日名さんはともかく、クズハは他の人にはあまり姿を見せない方がいい」
 そう匠が返答した瞬間、廊下に光が灯った。
「――!?」
 咄嗟に身構えていると、廊下の向こうから声がした。
「皆さん、お帰りを待っておりました」
 彰彦が明日名を背負い直して呟く。
「ここの治療施設の奴らか……どうする? なんかいろいろばれてるっぽいけど」
「どうしような……」
 彰彦と小声でやり取りしながらも行動を決めかねた匠は、それでも反射的に身構えようとして、しかし次に聞こえてきた声に動きを止めた。
「匠君の言う通り、クズハ君の事をあまり大っぴらには出来ない事は確かなんじゃがな。それでもわし一人では同時に二人相手に治療はなかなか厳しいぞ?」
「平賀か。流石に気付いたかの?」
「あの入り口を使うだろう事は予想出来たしのう。そこを張っていれば匠君らの帰りのタイミングを掴むのも楽じゃよ」
 キッコに答えて研究所付属の治療施設の職員達の背後から現れたのは平賀だった。彼はやれやれと漏らしながら匠たちに言う。
「とりあえず、怪我人はわしらが診よう。他は休んでおるとええ。いいかな?」
「じいさん……」
「よくがんばったのう匠君。少し休むとええ。クズハ君も明日名君も両方ともしっかりわしが指揮して診るからの」
 平賀にそう言われ、匠は緊張が抜けて行くのを感じた。同時に、体に溜まっていた疲労が急に強く感じられ、素直に平賀の言葉に頷いた。
「わかった。明日名さんは戦闘で、たぶん体の内側に何か損傷を負ってる。クズハは、薬か術で深く眠らされているみたいだ。頼む」
「任された。ほれほれ、キッコ君も彰彦君も部屋を用意させよう。まずは休むんじゃな」
 有無を言わせない平賀の様子に三人は大人しく従って、それぞれに割り当てられた部屋へと移動した。
 匠は和泉に行く前に使用していた自分の部屋へと入ってシャワーを浴びて埃や汗を流すと、その頃にははっきりと自覚されていた疲れに押されるようにして、落ちるように眠ってしまった。


            ●


 目を覚ました匠は、まず窓から差し込む太陽の高さを確認し、次いで時計に目をやった。
「……昼過ぎ、か」
 微かに纏わりつくような眠気と睡眠への欲求をベッドから勢いをつけて下りる事によって強引に振り払って匠は洗面所へと向かった。
 ……昨日研究区に戻って来たのが、えーと、何時だったっけ?
 少なくとも丑三つ時は過ぎていたように思う。平賀に言われて部屋に戻り、シャワーを浴びて寝ようと思った時にはもう既に夜は明ける兆しを見せていた。
 ……随分と寝たな。
 明日名やクズハの治療にもその分の時間がかけられたことになる。おそらくもう一通りの処置が終わって、容態も訊ねる事が出来る状態だろう。
 ……二人のことが心配だ。
「平賀のじいさんのところに顔を出して、勝手な行動の謝りついでに二人がどうなったのかを確認して……」
 これからの行動方針を考えていると、部屋の扉が開く音がした。
「起きておったかな?」
 そう言って部屋に入って来たのは平賀だ。彼のいつも通りの様子に匠は内心の身構えを解きながら答える。
「あ、ああ。今目覚めたところだよ」
「それはちょうどよかったわい」
 平賀はそう言って笑むと、親指を立てた拳を突き出した。
「明日名君の方は目を覚ましたぞい」
「本当か!?」
「おお、しばらくは安静にしておらんといかんが、大事はないじゃろう」
 平賀の報告に安心を得ながら、匠は平賀の言葉にもう一人の様子の事が暗に示されていることを感じる。
「クズハの方は……?」
「そっちはもう少し、といったところかのう……」
 詫びるように言って、平賀は続ける。
「今治療しておるところでな、今のところは特殊な反応は出ておらんようじゃが、油断はならんのう」
 クズハは術や薬物の使用について詳しく調べる必要がある。少し長引くのも仕方がないことだ。そう知っていながら、もどかしさを禁じえない。
 ……焦ってるなぁ……。
 時間が経つまではこのもどかしさを飼い馴らすしかない。そう思いながら匠は平賀に訊ねた。
「明日名さんは今どこに?」
「うん、明日名君の方でも話があると言っておったな。明日名君は彼の部屋で寝とるから、行ってみるとええ」
 たぶん平賀は明日名が話そうとしていることの内容も知っているのだろう。
「はい」
 頷いて部屋を出て行く間際、平賀が念を押すように、
「おおそうじゃった。今回のこと、クズハ君の所在や明日名君の怪我についても、治療施設の者以外には内緒じゃからな。研究所の者たちにも今は内緒じゃよ?」
 人差し指を立てて口の前に翳す平賀に苦笑を向けて匠は応える。
「分かった。それとごめん。迷惑かける」
 勝手な行動について何も責められないこともありがたいことだと思う。その上でまだ問題は解決していない。まだ迷惑はかけ続けることになるだろう。
 そう思う匠に平賀は気にするなと笑んだ。


            ●


 匠が明日名の部屋に入ると、既に彰彦とキッコが部屋の中に居た。
「やぁ、坂上君。昨日は話の途中で気を失ってしまってすまないね」
 ベッドに寝ている明日名が多少疲れの残る声で言う。
「いいえ、大丈夫でしたか?」
「なんとか後を引くような傷は負ってないみたいでね。キッコの符のおかげだ」
「ふん、もっと戦闘訓練を受けておれば機械人形にそこまで一方的にやられはしないだろうものを」
 キッコが不機嫌そうに呟くのを宥める明日名。そこへ彰彦が訊ねる。
「明日名さん。これからする話ってのは?」
「うん、今回クズハが連れて行かれたことや、それに俺やキッコ、クズハの過去に関わることで、そしてたぶん今井君のその腕にも関係のあることだよ」
「――っ」
 息を呑む彰彦。キッコが明日名の言葉を引き継いで続ける。
「我等の敵について確認という事になるかの」
「キッコも絡んでるのか」
 明日名が頷いた。
「おそらく全て、今回の事件に直結している話だ。坂上君も今井君も、知っておいた方がいいだろう」
 そう言って、明日名はまず、と言葉を口火を切った。
「前提として最初に言っておく。クズハは俺の妹になる」
「……は?」
 彰彦が呆けたように声を上げる。匠も似たような状態だが、昨夜明日名からその部分は聞いていて、なんとなく自分の中で仮説も立てられている。今日は核心部分も話してくれるのだろう。そう思って匠は促しの目線を送った。明日名は頷いて、
「いきなりで驚くだろうけど、そうなった理由をこれから話そうと思う」
 明日名は昔を思い出すように宙を眺めた。
「第二次掃討作戦の数年前のことになる」


            ●


 新聞を片手に持ちながら、緘口令を敷いた治療施設へと向かって平賀は独りごちる。
「そろそろ匠君達も全部知る時なのかなあ」
 新聞に目を向けて憂鬱そうに呟く。
「もう無関係のままでいさせたくとも不可能な所まで来ておるからのう」




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