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act.36

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act.36


死ぬ。
シェスタの言葉が遠くで聞こえる。
痛みを増していく刻印、使う度に強くなっていく刻印の能力、呪い。
あれは全て、呪いが魂から私を侵食していっていることの証だった。

……そうか、そういうことだったのか。
何ひとつ知らず使っていた私が、愚かだったんだ。

「お姉さん……ごめんなさい」
「いいえ。シェスタが謝ることじゃないわ……聞かせてくれてありがとう」
「お姉さん……」
「ようするに、もう刻印を使わなければいいのよね」
「ええ……でも」

シェスタの言いたいことは分かっている。
この刻印を持つ限り、龍に狙われ続けるのならば、刻印を使わないわけにはいかない。
だから私はいずれ死ぬ。
魂に刻まれた罪が、罰として贖うことの出来なかった私を殺すのだ。
シアナは静かに目を閉じた。



「刻印を取り除くことは出来ないの?」
「……やったことがありませんから分かりません。ですが例えば刻印の刻まれている部位を切り落としたとしても……おそらく刻印は消えないと思います」
「身体じゃなくて、魂に刻印が刻まれているから?」
「ええ……魂に刻まれたものを外部から剥離させるのは不可能です。無理にやったとすれば……良くて廃人になるか」

その先は言われずとも予想が着いた。
悪くて――死ぬのだろう。
シェスタの言葉から知るに、刻印は魂の一部のようなもの。それを剥ぎ取っておいて無事でいられるはずがない。

「大丈夫よ。どうにか刻印を使わなくて済む方法を探すわ」

シアナはシェスタを安心させるように力強く頷いて見せたけれど――分かっていた。
生き残るためには、刻印の力を使い続けるしか道はないのだと。
そして刻印に頼り続ければ、死へ近づいていくことも。

シェスタは赤くなった鼻をこすり、「はい」と答えた。
シアナの決意を知っているかのように。

「あともうひとつ、お兄さんの……エレさんの刻印の話もしておきますね。こっちも大切な話だから……出来れば本人に直接言いたかったんですけど」
「ああ、エレは今……多分休んでるはずだからそっとしておいてあげて」
「はい。じゃあお姉さんに伝えますね――お兄さんに伝えてください。あ、でも……もしお兄さんがどうしても知りたくないと言うなら」
「分かってる。知らせないわ。私だけの胸の内に留めておく」
「わかりました。では……」

そこから始まる話は、シアナの刻印の起源と繋がりのある話だった。
全てを聞き終え、シェスタから悪魔の刻印の起源、そして効力を聞いたシアナは、
悲しみに満ちた顔で押し黙り、固く手を握り締めるしかなかった。
シェスタがシアナの部屋を後にして、随分経っても、シアナはそうしてぼんやりと虚空を見上げていた。

シェスタの話は衝撃的で、重苦しい未来を想像させるものだった。

何日か眠れない夜が続いた。日は過ぎて、隊内にもようやく落ち着きが戻ってきた頃、
エレも起き上がれるようになった。そんな時、部屋にイザークが尋ねてきた。


「隊長!! どうですか怪我の具合は」
「だから隊長じゃないって言ってるでしょ」
「で、でも僕にとっては隊長は隊長ですから」
「意味わかんない」
「あはは。いいですよ分からなくて」

コツコツと歩くたびに木の音がする。シアナは松葉杖を付いていた。
龍に負わされた怪我は相当重傷だったらしく、本来なら神経をやられていてもおかしくない怪我だった。
リジュにすぐ回復してもらったおかげで幸いにも何ヶ月か大人しくしていれば治る範囲だったので
安堵したが、剣の稽古が出来ないのが何より痛い。それにまたゴルィニシチェが攻めてくるかもしれないという緊迫した状態の中で
戦場に出られないというのはあまりに重いハンデだ。

「大丈夫よ、今日は痛みもないし落ち着いてるから」
「そうですか? ならいいんですけど……あ。そうだ。城下町でお祭りがやるみたいなんですよ。
シアナ隊長さえ良ければ行ってみませんか」
「お祭り?」

ああそうだ、もうそんな時期か。
フレンズベル国の城下町アイシェでは秋頃に行われる蛍祭という祭がある。
夕刻から夜半にかけて、町を流れている川に行き紙で出来た小船を流すというシンプルな祭りなのだが、ちょうど活動時期を迎えた蛍が
沢山飛んでいるのが見られるのだ。そこからついた名前らしい。
月と蛍が夜空を彩る様は、幻想的で、シアナはこの祭りが気に入っていた。
夜には屋台も並んで、国のちょっとした風物詩である。


「でもこんな時に……」

ゴルィニシチェの事を考えると遊んでてよいものかと思う。
イザークは渋るシアナに追撃してみせた。

「こんな時だからですよ。行きましょう、隊長。最近ずっと暗い顔してるから。ぱーっと遊んで気分転換しましょうよ」

イザークがあまり熱心に誘うので、とうとうシアナが折れた。

「……そうね、まあ、たまにはいいかな」
「よしっ!! 決まりですね!! ええとじゃあ、七時に城門の所で待ってますから!!」
「了解」

イザークは嬉しそうにシアナの部屋を出て行く。
何がそんなに嬉しいんだか、とシアナは首をかしげた。

ああ、そうだ。
そういえばエレは今どうしているだろうか。
シェスタに聞いた話を伝えなければいけない。
憎たらしい顔を思い出す。以前はエレの事を考えるだけで頭痛がしたが――今彼に感じるのは、別種の感情だった。
暗くて、重い、悼むような何か。
同病者に向ける同情なのか、憐憫なのか、友情なのか――どれでもない気がする。
寄宿舎を探したがエレの姿はなかった。



「何処に行ったんだろ……あいつ」

隊員に聞いてみたところ、寄宿舎から出て行った所を目撃したらしい。
祭りに行くという柄でもないだろうし、どうしたものか。
シアナは約束した時間が迫っていることに気付くと、エレを探すのを諦め寄宿舎を出て待ち合わせ場所へ向かった。
先に待っていたイザークがシアナに気付いて手を振る。

「隊長!! こんばんは、お久しぶりです」
「久しぶりってあのね……さっき会ったばっかりじゃない」
「ええ、でもここで何時間も待ってたんで」
「…………」
「隊長? どうかされましたか」
「アンタって……いやなんでもないわ。行くわよ」

シアナはさっさと松葉杖片手に歩き出す。
イザークは慌ててシアナを追った。
城下町は祭ということもあり盛大に賑わっていた。
露天と屋台が軒を連ねており、行き交う人は皆祭りの雰囲気に酔いしれ楽しんでいる。
シアナとイザークは並ぶ屋台を眺めながら歩いていた。

「人が多いわね」
「そうですね、はぐれないようにして下さい。迷子になったら探すの大変ですから」
「……それ私より自分に言い聞かせた方がいいんじゃない」
「あはは、やっぱり? ですよね~」
「迷子になったら置いて帰るから」
「ええ!? 酷いですよ隊長!! 探してください!! 僕も探しますから」
「嫌よ面倒臭い」
「隊長~っ!!」

そんな会話を交わしながらも、シアナは祭を楽しんでいた。
こういうのも悪くないか、と思う。
人の流れに乗って、川へ続く道を行く。
その最中、逆方向から知り合いが歩いてきた。

「ビイシュ隊長」

ビィシュ・フォンクルーレだった。珍しく普段着だが、身に纏った威圧感とカリスマ性は健在だった。
雑踏の中でも一際目立つのは彼の雰囲気のせいだろう。イザークが畏まり敬礼する。
ビイシュは、「ああ、今はいい」とそれを制した。


シアナは何処となく気まずさを感じて、小さく頭を下げた。
前に言われたことが心に引っかかっていたのかもしれない。
期待を裏切ったという罪悪感も手伝って、上手くビイシュの顔を見れなかった。


「……シアナ」
「何」
「前は辛辣な言葉を浴びせてすまなかった」
「いえ、あれは私が悪いから……いいのよ」
「遺憾な行為とはいえ、君にも何か事情があったんだろう。それを汲み取れず責めたのは私の落ち度だ。
許されるとは思ってないが……せめて謝りたかった」

シアナはビイシュの謝罪を意外に感じた。自分の言葉には絶対なまでの自信があり、
言ったことを取り消したりはしない人物だと思っていた。
それが、今、崩されていく。目の前の騎士は素直に自分の否を認めて頭を下げている。

「私、貴方を誤解してたみたい」
「ほう? どのようにだ」
「こんな風に謝ったりしない人だって思ってたわ」
「……私も人間だからな。間違いを犯すことくらい、あるさ」
「そうね……」


ビイシュは今まで見せたことのない穏やかな表情になって言った。

「だが一番重要なのは、間違いを認識して正そうとする事だ。
人は間違うかもしれないが、それを取り返すことも出来るのだからな。
ゴルィニシチェ軍との戦いでの奮迅ぶり、見事だったと聞いている。
国を守るために――君は……必死だったんだな」
「え?」
「前も、何かを守ろうとしたんだろう? 私も昔は君のように短気だったからな。よく分かる」
「……」

とてもそうは思えない。
シアナが言いたいことを悟ったのか、ビイジュは口を開いて破顔した。

「守る者の為に戦えるのなら、まだ騎士としての心は死んではいないだろう。これからの君にも期待する」


ビイシュは、最後にそれだけ言い残すと、そのまま人波の中へ姿を消した。








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