Top > 【シェア】みんなで世界を創るスレ【クロス】 > 地獄世界・「地獄百景」 > 第14話
「汝、平和を欲さば」
◆
完成した『リヒター』を散らかった作業台へ立たせた半角は、うっとりと精魂込めた自らの作品を眺めた。
完成した『リヒター』を散らかった作業台へ立たせた半角は、うっとりと精魂込めた自らの作品を眺めた。
(…よおし…完璧だ…)
人気ロボットアニメ『パラベラム!』の主役機『リヒターver'prologue』。1/10スケールのガレージキットをベースに半角が徹底改修を施した自信作だ。
結局、満足出来る可動域を得る為と、電飾を仕込む為にキットを使用したのは頭部と上半身の装甲部だけ。
敢えて過度のディテールアップは行わず、入念な表面処理と塗装でオートマタ独特の不思議な質感を表現している。
製作日数約二十日。この為に人間界から調達した新しいエアブラシは期待以上の働きを見せてくれた。
結局、満足出来る可動域を得る為と、電飾を仕込む為にキットを使用したのは頭部と上半身の装甲部だけ。
敢えて過度のディテールアップは行わず、入念な表面処理と塗装でオートマタ独特の不思議な質感を表現している。
製作日数約二十日。この為に人間界から調達した新しいエアブラシは期待以上の働きを見せてくれた。
(…へへん、こりゃ殿下、驚くぞ…)
納品日の今日はちょうど非番だった。技術とセンスの結晶を閻魔殿下のもと、閻魔庁外宮へと運ぶ為に半角はいそいそ段ボール箱に緩衝材を詰める。ジオラマベースと片手間にキットを素組みした『野良』も梱包すると、結構な大荷物だ。
「…汝、平和を欲さば、戦への備えをせよ…」
嬉しげに呟く彼の名は酒呑半角。ふざけた名前だが地獄界の経済を支える財閥、酒呑一族の鬼だ。今年獄卒隊に入隊したばかりの新人獄卒なのだが、人間界のあらゆるアニメ、ゲームその他インドア趣味に深く傾倒し、その知識と技術は地獄界では他者の追随を許さない。
長らくその経済力にものを言わせ、道楽三昧の日々を送っていた彼だったが、ある日ついに朱天グループの重鎮である父の逆鱗に触れ、文字通り鬼も泣くという獄卒訓練所に放り込まれた。
しかしなんとか過酷な試験をくぐり抜け、第八百壱期隊員として閻魔庁獄卒隊に奉職した今も、その行いは全く変わっていない。
長らくその経済力にものを言わせ、道楽三昧の日々を送っていた彼だったが、ある日ついに朱天グループの重鎮である父の逆鱗に触れ、文字通り鬼も泣くという獄卒訓練所に放り込まれた。
しかしなんとか過酷な試験をくぐり抜け、第八百壱期隊員として閻魔庁獄卒隊に奉職した今も、その行いは全く変わっていない。
しかし、そんな半角の意外な理解者が次なる閻魔大帝、まだ地獄の小学校に通う皇太子殿下だった。
ゲームやプラモデルに関する深い知識と情熱を殿下に認められた半角は、こうしてしょっちゅう獄卒の仕事をおろそかにしながら、日々殿下に依頼された模型製作に勤しんでいるのだった。
ゲームやプラモデルに関する深い知識と情熱を殿下に認められた半角は、こうしてしょっちゅう獄卒の仕事をおろそかにしながら、日々殿下に依頼された模型製作に勤しんでいるのだった。
(…さて…今日は殿下、何分くらい黙り込むかな…)
殿下の審美眼は素晴らしい。的確な視点から半角の作品を黙って睨み続け、終いに『凄ぇ…』と短く呟く。その後に続く賛辞は全て、半角の意図を的確に見抜いたものだ。
…まるで『パラべラム!』のアニメ第一話から抉り抜いたような緻密さで躍動するリヒターと、黒い装甲の下に溢れるマナ。殿下は必ずこの傑作からその息吹きを汲み取る筈だ…
…まるで『パラべラム!』のアニメ第一話から抉り抜いたような緻密さで躍動するリヒターと、黒い装甲の下に溢れるマナ。殿下は必ずこの傑作からその息吹きを汲み取る筈だ…
(…え!?)
突然、半角の懐で『パラベラム!』のOP曲が鳴り始めた。しまった。仕事用の通信機の電源を切り忘れていたのだ。舌打ちをしつつも出ない訳にはいかない。もちろん発信者は、厳しい上司の蒼燈鬼聡角だった…
◆
(くそっ!! なんで非番の日に俺が子守りなんか…)
(くそっ!! なんで非番の日に俺が子守りなんか…)
険悪な表情で肩を怒らせて地獄の大通りを歩く半角を、道行く亡者や魔物たちが慌てて避ける。
魁偉な長身に逆立つ赤い髪、剃り落とした眉に無数のピアスという彼の容貌では当然だ…もっとも、このコーディネートは月末のコスプレイベント用のものなのだが。
魁偉な長身に逆立つ赤い髪、剃り落とした眉に無数のピアスという彼の容貌では当然だ…もっとも、このコーディネートは月末のコスプレイベント用のものなのだが。
『…慈仙洞の子供たちが遠足に行くんだが、一人だけどうしても行きたくない、という子がいるらしい。非番の日に済まないが、嵐角と子供たちが戻るまでその子を見てやってくれ…』
殿下との約束を台無しにした、いまいましい上司の命令だ。幼い子供の亡者など、とっとと転生して人間界に戻れば良いのに、と半角はいつも思うが、『天命』というものはとかく面倒くさく出来ている。
『…この地獄で成すべき事のある魂は、たとえ赤子でも慈仙洞に留まるのだ。鬼は彼らの使命を、渾身の力で支えてやらねばならん…』
これも口うるさい青鬼上司の言葉。半角とて大江山酒呑の家系に生まれた鬼だ。恥ずかしくない程度の正義感と天命を尊ぶ心は持っている。しかし地獄に迎え、教え諭して導かねばならぬ人間たちはどうだろうか?
たやすく道を踏み外して悪に染まり、また背負いきれぬ業を土産に地獄に堕ちてくる。賽の河原に果てしなく石を積んでいるのは自分たち鬼ではないか、とさえ半角には思えてならない。
たやすく道を踏み外して悪に染まり、また背負いきれぬ業を土産に地獄に堕ちてくる。賽の河原に果てしなく石を積んでいるのは自分たち鬼ではないか、とさえ半角には思えてならない。
(…まったく、協調性のないガキ一匹のせいで…)
不機嫌に慈仙洞の門をくぐり、半角は広大な育児施設に足を踏み入れた。いつもは子供の泣き声と歓声に満ちた鍾乳洞なのだが、どこへ遠足に行ったのやら、全ての部屋は寂しく静まり返っている。
「…おい子供。どこだ?」
反響する半角の声に混じり、かすかな音楽が『てれびのへや』と、扉に下手くそな文字の書かれた一室から聞こえてきた。仏頂面で歩み寄った彼は部屋に入る前、すでに室内で放送されている番組のタイトルを諳んじていた。
(…『ソルフォースⅤ』か…)
『ソルフォースⅤ』は、半角が一応毎週チェックはしているものの、彼が全く評価していないヒーローアニメ番組だ。テンプレ通りの捻りのない展開に野暮ったいメカデザイン。行き当たりばったりの脚本…
(…ま、子供には面白いのかな…)
そっと部屋のドアを開けるとたった一人、まだ四、五歳くらいの男の子がテレビに張り付いていた。おそらくこの番組見たさに遠足に行かなかったのだろう。
「…あ、お前…」
どこか見覚えのある、痩せた背中と伸び放題の髪。びくりと振り返った不安げな眼差しは、間違いなくあのときの子供だった。
数日前、半角が三途の河原で亡者の受け入れ任務に当たっていたとき、たまたま担当した痣だらけの無口な男の子だ。たしか『希くん』と名乗っていた。
禄な食事も摂らせないひどい両親に暴行を受け、あっけなく命を落とした可哀想な幼児。冥土から迎えにゆく親族も居らず、彼は居合わせた亡者に痩せ細った手を引かれ、無表情にこの地獄へとやってきたのだ。
禄な食事も摂らせないひどい両親に暴行を受け、あっけなく命を落とした可哀想な幼児。冥土から迎えにゆく親族も居らず、彼は居合わせた亡者に痩せ細った手を引かれ、無表情にこの地獄へとやってきたのだ。
(…やっぱり、一番酷いのは人間だ…)
あのとき肩を竦めてそう考えた半角は、ただ事務的に彼を嵐角たちの待つ慈仙洞送りにしたのだった。まあ、仲間の鬼には人間の亡者と懇意にしている者も多い。中にはあろうことか恋仲にまで発展している者までいる。
しかし半角は人間の深い業に巻き込まれたり、いつかは別の道を歩む魂と縁を持つのは嫌だった。鬼だってその無限ではない命を自分の為、有意義に使って何が悪いのか…
しかし半角は人間の深い業に巻き込まれたり、いつかは別の道を歩む魂と縁を持つのは嫌だった。鬼だってその無限ではない命を自分の為、有意義に使って何が悪いのか…
「…面白いか? 希くん?」
「…うん。」
なんとなく発した半角の問いに、希はむっつりと頷いて答えた。しかし相変わらずその視線は、『ソルフォースⅤ』に釘付けになったままだ。
『…作戦は失敗しました…でも、次こそは必ずや…』
戦闘シーンが終わり、満身創痍の女幹部が悪のアジトに帰ってきた。彼女に背を向けた組織の首領格は、先週得た新たな闇の力で赤くその瞳を光らせている。
(…死亡フラグ、だな。かなり強引だけどな…)
組織への忠誠を失ってはいない女幹部の粛清など不合理だ。彼女と正義のヒロインの因縁も初期には描かれていた筈だった。しかし、敵組織の内紛はこの時期の決め事なのだ。
『はうっ!?』
案の定、マントを翻し振り向いた首領の剣は、女幹部の胸を深く刺し貫いた。狂気めいた笑みを黒い唇に浮かべた彼は囁く。
『…フェオレよ、貴様はもう必要ない。役立たずは消えるのが我らの掟だ…』
(…おいおい、人員整理にしても唐突だろ…例の伏線はどうすんだ?)
敵組織の非情さを強調し、強敵のパワーアップを披露する陳腐な演出だ。どこか華のないキャラクターデザインも、幹部フェオレ中途退場の理由かもしれない…
(…この辺が、老舗作品との力量差なんだよな…)
ふと自分が残忍な悪の首領とそっくりないでたちである事に気付き、乾いた笑みを漏らして希を覗き込んだ半角は、青ざめた彼の頬にとめどなく流れる涙を見た。
「お、おい!? どうした!!」
「…仲間なのに…殺した…」
舌足らずの涙声に、半角は一瞬言葉を失う。作り事が判らぬ年齢の子供の相手など、半角には全く経験がなかった。
「…フェオレ、怪我…してたのに…」
膝を抱え嗚咽する希の背中を曖昧に撫でながら、半角は記録にあった彼の人生を思い出す。アパートの一室から殆ど外出もせず、スナック菓子で命を繋ぎながら酔った父親に蹴り殺されるまで、僅か四年半の素っ気ない記録だった。
(…脇キャラに同情出来る人生かよ…手前のほうがよっぽど悲惨じゃねえか…)
希の恐ろしい日々の生活のなかで、僅かな外界への窓であった筈のテレビ。そしてその世界に生きる不遇なキャラクターは、この自らの死も理解してはいない幼児の大切な友人だったのだろう。
無秩序な宇宙で気まぐれな創造者に翻弄され、たやすく奪われる命。現世で同じ理不尽な仕打ちに耐えてきた彼は、また理解出来ぬ不条理な悲劇に直面したのだ。
無秩序な宇宙で気まぐれな創造者に翻弄され、たやすく奪われる命。現世で同じ理不尽な仕打ちに耐えてきた彼は、また理解出来ぬ不条理な悲劇に直面したのだ。
(…確かにこいつにゃ、少し惨い展開かもな…)
いつの間にか、休日出勤の苛立ちは消えていた。希に掛ける言葉も思いつかぬまま、半角はとりあえず震える小さな背中を撫で続ける。だが心に浮かぶ慰めの台詞は、どれもどこか空虚で寒々としたものばかりだった。
(…畜生、結局どこでも一番悪いのは、無責任な『作り手』ってことだ…)
348 :代行 :sage :2010/03/28(日) 14:25:53 ID:FqWttdV2(12)
天の意志を疑うことは鬼の道に外れたことだ。だが半角は柄にもない憤りを覚えていた。運命は希の短い生涯に二次元の友人たち以外、一体何を与えたのか。家族の愛から瑞々しい喜怒哀楽を育むこともなかった小さな魂に…
天の意志を疑うことは鬼の道に外れたことだ。だが半角は柄にもない憤りを覚えていた。運命は希の短い生涯に二次元の友人たち以外、一体何を与えたのか。家族の愛から瑞々しい喜怒哀楽を育むこともなかった小さな魂に…
(…いや…違う…)
半角は希の傍らに座り、その悲しげな横顔をもう一度見つめる。今、彼の頬を濡らし、その薄い胸を締め付けているもの。それは紛れもなく虚構に生み出され、そして裏切られた『妖将フェオレ』への深い憐れみだった。
…獄卒の長たちは言う。『全ての魂は善を持って生まれ、苦悩の生のみがそれを磨き上げる』と。希は天に授かった善き魂を、虹のように儚い人生の間、過酷過ぎた『惨事』から、しっかりと守り抜いたのだ…
…獄卒の長たちは言う。『全ての魂は善を持って生まれ、苦悩の生のみがそれを磨き上げる』と。希は天に授かった善き魂を、虹のように儚い人生の間、過酷過ぎた『惨事』から、しっかりと守り抜いたのだ…
「…フェオレはもうすぐ此処に来るんだ。今度こそ、幸せになる為にな…」
ぼそりと呟いた半角は、その自分らしくない言葉に少しはにかんだ。そして涙を拭って自分を見上げる希の軽い体をふわり、と抱き上げる。
「…俺の部屋へ来い。本物の『名作』ってやつをたっぷり観せてやる。」
「あ…」
慣れない抱擁に身体を堅くする希が自分の脚で駆け出すには、熱く全身を巡る強く優しい『マナ』が必要だ。そしてその為に鑑賞すべき作品を最もよく知っている鬼が、この地獄界で半角以外にいるだろうか?
「…汝、平和を欲さば、戦いへの備えをせよ、だ」
こつん、と額を合わせ囁いた半角の言葉に小首を傾げた希は、初めて小さな微笑みをその頬に浮かべた。
終わり
(【ロボット物総合スレ】よりPBMの人氏作『パラべラム!』の設定を一部お借りしました。)