Top > 【シェア】みんなで世界を創るスレ【クロス】 > 地獄世界・「地獄百景」 > 第16話
「無明の岸辺へ」(前編)
◆
「…じゃ、また明日ね!!」
「…じゃ、また明日ね!!」
小学校の帰り道、友達と別れた由希はいつも通り『ぺたぺた橋』の真ん中から三途の川を覗き込む。ときおりこの橋から見える静かな水面には、遥か現世の光景が幻灯のように映し出されるという。
しかし今日も蒼黒い流れには、交通事故で由希たち三人の子供を一瞬にして失い、激しい苦悩のなかにいるであろう両親の姿は見つからず、由希はポニーテールに赤いランドセルという、ゆらゆら揺れる自分の姿をしばらくじっと見つめていた。
しかし今日も蒼黒い流れには、交通事故で由希たち三人の子供を一瞬にして失い、激しい苦悩のなかにいるであろう両親の姿は見つからず、由希はポニーテールに赤いランドセルという、ゆらゆら揺れる自分の姿をしばらくじっと見つめていた。
(…元気かな? お母さんたち…)
彼女はしばらく悲しげな眼差しを三途の川に向けていたが、やがて彼女を待つ祖母や弟たち、そしてこの地獄で出来た新しい友達を思い出して快活に駆け出した。さて、今日の寄り道先は…
◆
「…ねえズシ!! しばらく見なかったけど、どこかへ行ってたの!?」
「…ねえズシ!! しばらく見なかったけど、どこかへ行ってたの!?」
由希が元気よく飛び込んだのは、昔妖精が住んでいたという古い小屋だった。現在の住人…異界から来た風変わりな幽霊ズシは、『家賃がタダ同然』という理由でしょっちゅう天井に頭をぶつけながら窮屈なこの物件で暮らしている。
「…相変わらず狭いなあ…ねぇ、聞いてる?」
ぼさぼさの髪に骨張った身体を包む白衣。無邪気な光を湛えた瞳だけが、彼がまだ青年と呼べる年齢だと告げている。そして今日も彼は一心不乱に、得体の知れぬ魔法装置を組み立てていた。
「…異空間に跳躍する装置の製造及び所持は冥界法で一般霊には禁止されているからして、要するに…」
相変わらずの意味不明の果てしない呟きと、まるでその呟きが物質化したかのような夥しく散乱した殴り書き。また何日も水と『銘菓・鬼寒梅』だけで命を繋いでいたようだ。
「…またお饅頭ばっかり食べてたんだね!? たまには野菜も食べないと、いくらユーレイでも病気になっちゃうよ!?」
幼くても長女らしい威厳と共に遠慮なく殴り書きの上に尻を据え、由希は眉間に皺を寄せてズシの顔を覗き込んだ。こう見えても由希は、ズシの命の恩人なのだ。
「…あ、ユキちゃんじゃないか。お饅頭を食べないか?」
「……」
…二人の出逢いはかなり前に遡る。下校中、今日のように橋から三途の川を眺めていた由希は、草深い岸に倒れているズシを発見し、慌てて獄卒隊の鬼たちに通報した。
それからしばらくの間、由希はぐったりと連行されていった彼を気に掛ける日々を過ごしたのだが、数日後けろりとした顔で廃品回収業に勤しむズシとばったり街で出くわし、いつしかあれこれ話す仲となっていたのだ。
由希の理解できる範囲の説明では、ズシはどこか別の世界で命を落とし、降って湧いたように忽然とこの地獄に現れた『誤爆霊』という非常に珍しい幽霊らしかった。
とにかく由希にとって、別段閻魔さまのお咎めを受けることもなくのんびりとその日暮らしを続ける彼は、恐ろしげな容貌にも関わらず意外と『ただの大人』である鬼や魔物たちより、ずっと興味深く面白い『友人』であったのだ。
それからしばらくの間、由希はぐったりと連行されていった彼を気に掛ける日々を過ごしたのだが、数日後けろりとした顔で廃品回収業に勤しむズシとばったり街で出くわし、いつしかあれこれ話す仲となっていたのだ。
由希の理解できる範囲の説明では、ズシはどこか別の世界で命を落とし、降って湧いたように忽然とこの地獄に現れた『誤爆霊』という非常に珍しい幽霊らしかった。
とにかく由希にとって、別段閻魔さまのお咎めを受けることもなくのんびりとその日暮らしを続ける彼は、恐ろしげな容貌にも関わらず意外と『ただの大人』である鬼や魔物たちより、ずっと興味深く面白い『友人』であったのだ。
◆
「…でね、そのうえ『チカンジュウ』騒ぎが収まるまで、ずーっとこのヘンなブルマ履かなきゃいけないんだよ!? ねえズシ、聞いてる!?」
「…でね、そのうえ『チカンジュウ』騒ぎが収まるまで、ずーっとこのヘンなブルマ履かなきゃいけないんだよ!? ねえズシ、聞いてる!?」
「…へえ、収まるまでねぇ…」
学校生活の愚痴をさながら機関銃のようにまくし立てる少女の横で、ズシはズレた相槌をうちながら妙な装置を組み立て続けていた。人間界はおろか、この地獄でも由希が見たこともない機械だ。
「…てゆうかズシ、一体それ何造ってんの?」
「…ああ、高瀬という人に教わったんだ。『勝手にゲヘナゲートを造っちゃいけない』ってね…」
「…はあ?」
「…つまり異空間への移動手段を民間霊が持つことは非常に…」
やっとまともに由希の方を向いて喋り始めたこの変人は、どうやらガラクタからゲヘナゲートの代替品を造っているつもりらしい。由希は笑いをこらえながら、楽しそうに語るズシの『装置』を横目で眺める。
地獄随一の巨大資本、朱天グループと閻魔庁技術部門が総力を結集した地獄と現世を瞬時に繋ぐ門、ゲヘナゲート。
頻発する物騒な事件さえなければ先週由希たちも社会見学に行く筈だった、天空に鎮座する地獄界最新の名所だ。とても日曜大工で造れる代物ではない。
しかしズシの説明では、魔蛍石と圧力鍋と中古冷蔵庫の部品、それにズシ手書きの呪符から出来た珍妙な『装置』は、そのゲヘナゲートなど及びもつかぬ優れた性能を持っている、という訳らしかった。
地獄随一の巨大資本、朱天グループと閻魔庁技術部門が総力を結集した地獄と現世を瞬時に繋ぐ門、ゲヘナゲート。
頻発する物騒な事件さえなければ先週由希たちも社会見学に行く筈だった、天空に鎮座する地獄界最新の名所だ。とても日曜大工で造れる代物ではない。
しかしズシの説明では、魔蛍石と圧力鍋と中古冷蔵庫の部品、それにズシ手書きの呪符から出来た珍妙な『装置』は、そのゲヘナゲートなど及びもつかぬ優れた性能を持っている、という訳らしかった。
「…すなわち、霊体でも物品でもこの装置で取り寄せれば、苦労して危険な異界に出向く必要などないのであるからして…」
…粗大ゴミで造れる、何でも取り寄せる便利な機械。由希はまだ幼かったが、こういう大人の無邪気な夢を壊してはいけないことをよく知っている。明日学校で披露できる面白い話題に頬を緩ませて、由希は大袈裟な歓声を上げた。
「す、すごいよズシ!! 上手くいったら閻魔庁や朱天楼みたいな大豪邸でも買えるじゃない!?」
「…いや、ここを引っ越すつもりはない。それにまだ試運転もしてないし。」
「…あ、そ…じゃあ…」
ガクリ、と脱力しつつ寝転んだ由希は懸命に気を取り直して調子を合わせる。ふと目の前の古新聞一面に大きく載っている、ハンサムな白人男性の写真が彼女の目に止まった。
「…それじゃ、記念すべき第一号の実験台は…こいつだっ!!」
びし!!と由希の指が押さえたその男、魅力的な笑みを湛えた青年実業家こそ、地獄界に幾多の衝撃を与えたベリアル・コンツェルンの総帥、魔王子ジョーイ・ベリアルの人間界での姿だった。
その辣腕で欧州を席巻した彼は、次にその戦略標的を極東に向け、幾多の破壊工作を地獄界でも行ってきた。例の『閻魔庁爆破未遂事件』も実行犯リリベルの自白により、彼の計画だったことが発表されている。
その辣腕で欧州を席巻した彼は、次にその戦略標的を極東に向け、幾多の破壊工作を地獄界でも行ってきた。例の『閻魔庁爆破未遂事件』も実行犯リリベルの自白により、彼の計画だったことが発表されている。
「…こいつのせいで遠足も社会見学も、ぜーんぶ延期になっちゃったんだよ!? だから地獄堕ち決定っ!!」
『視姦防止ブルマ』丸見えで足をばたつかせる由希を尻目にズシは黙々と機械いじりを続けている。ふと気がつけばそろそろ『ろこ☆もーしょん!』再放送の時刻だ。
「…あ、そういや今日は最終回だっけ…じゃ、私帰るからね!!」
ごん!!とまた鴨居で頭を打ちながら、いそいそとランドセルを揺らし飛び出して行った由希の耳に、ズシの薄い唇から洩れる呟きは届いていなかった。
「…ジョーイ・ベリアル。七十二柱の魔神の一柱ベリアルの後裔にして、魔界権力序列第二十八位。現在の所在地は人間界の…」
◆
『…ところで、君は葉巻を持ってないかね?』
『…ところで、君は葉巻を持ってないかね?』
今年の冥土流行語大賞間違いなしと言われるこの台詞は、公式記録に残る魔王子ジョーイ・ベリアルの地獄における最初の言葉だ。
この台詞を聞いたのは獄卒隊中堅の鬼、六腕山茶角(ろくわん・さざんかく)。『八ツ目沼でヘンな外人の霊が溺れている』という通報で駆けつけた一隊の指揮官だった。
この台詞を聞いたのは獄卒隊中堅の鬼、六腕山茶角(ろくわん・さざんかく)。『八ツ目沼でヘンな外人の霊が溺れている』という通報で駆けつけた一隊の指揮官だった。
『…ほら、あそこ!!』
通報者である睡蓮の精が得意げに指差す先、ドロリとした沼の中央でもがく全裸の白人男性を見た山茶角は非常にうんざりしたが、見過ごす訳にもいかず部下と共に苦労して彼を岸に引きずり上げた。
そして事情を聞こうと目のやり場に困りつつ男を観察した山茶角は、ようやく驚愕すべき事態に気付いたのである。
そして事情を聞こうと目のやり場に困りつつ男を観察した山茶角は、ようやく驚愕すべき事態に気付いたのである。
『…ところで、君は葉巻を持ってないかね?』
全裸で尊大な問いを発する胸毛男。彼こそ地獄界の仇敵であるベリアル・コンツェルン総帥、憎っくき魔王子ジョーイ・ベリアルその人であった。自分が敵陣の真っ只中に丸腰過ぎる姿で立っていることなどつゆ知らぬ風情だ。
『…もちろん礼はする。とりあえず、落ち着ける場所に案内してくれれば、非常に有り難いんだがね?』
六腕山茶角は手練の戦士だが、慎重な男だった。彼は地獄中の鬼を呼び集めてこの天敵をひっ捕らえたい衝動を抑え、紳士の礼節をもって恭しくベリアルに告げた。
『…畏れながら、ジョーイ・ベリアル殿下とお見受け致します。この度は一体どのような御用向きでこの『地獄界』へ?』
『な、なっ!? 地獄!?』
今度はベリアルが度肝を抜かれる番だった。つい先ほどまで彼は豪奢な屋敷のバスルームで、ベッドに尻尾付き美少女たちを待たせながらのんびりとバスタブに浸っていたのだから。
役立たずだった義妹リリベル。しかし抹殺するにはなんとも惜しい美貌だ。なんとか連れ戻して、資産損失分たっぷりお仕置きしてやらねばなるまい…
恥辱的な幾多の拷問に心地よく想いを馳せていたベリアルは突然、未知の魔力にがっちり捕らえられるのを感じた。仮にも魔王子の結界内で起こり得る筈のない現象だった。
恥辱的な幾多の拷問に心地よく想いを馳せていたベリアルは突然、未知の魔力にがっちり捕らえられるのを感じた。仮にも魔王子の結界内で起こり得る筈のない現象だった。
『なっ!?』
最初は怪現象を訝しむ心の余裕もあった。愛人たちの前で護衛を呼ぶのも無粋な行為だ。しかしベリアルを鷲掴みにした恐るべき力は、魔王子の山ひとつ消し去る程の対抗呪文をもってしても打ち消す事が出来なかった。
たまらず伸ばした魔力の翼はクシャリ、と紙飛行機のように丸められ、もはや恥も外聞もなく晒け出した無尽蔵ともいえる爆発的なベリアルの力さえ、謎の誘拐者は面倒くさそうに払いのける。
たまらず伸ばした魔力の翼はクシャリ、と紙飛行機のように丸められ、もはや恥も外聞もなく晒け出した無尽蔵ともいえる爆発的なベリアルの力さえ、謎の誘拐者は面倒くさそうに払いのける。
『だ、誰か…』
そして、周囲の誰にも知られることなく、ジョーイ・ベリアルの姿は浴室から消滅した。冷たく深い沼で自分が溺れていることに彼が気付いたのは、その僅か数秒後のちの事であった。
◆
…ようやく少し日頃の冷静さを取り戻したベリアルは、自分が平凡な魔物レベルまで能力を喪失している事にも気付いていた。ここは敵の本拠地、対応を誤れば命が危ない…山茶角たち獄卒と対峙するベリアルの背筋が柄にもなく凍り付く。
…ようやく少し日頃の冷静さを取り戻したベリアルは、自分が平凡な魔物レベルまで能力を喪失している事にも気付いていた。ここは敵の本拠地、対応を誤れば命が危ない…山茶角たち獄卒と対峙するベリアルの背筋が柄にもなく凍り付く。
「いや…その…」
だが彼の奸智に長けた実業家の直感は、山茶角の鋭い視線のなかに隠せぬ戸惑いを読み取っていた。この拉致まがいの召還は閻魔庁の企てではない。ベリアルはそう瞬時に判断し、その命運をとっさに思いついた方策に賭した。
『…閻魔大帝陛下を表敬訪問したい。非公式だが…色々、これまでの不幸な誤解を解きたくてね。』
『…聞いておりませんが。』
『だから非公式さ。ほら、丸腰で供の者も連れていない。すまんが君たち、案内してくれ給え…』
もしも問答無用で捕縛され、秘密裏に無間地獄にでも投げ込まれてしまえば、いかに魔王子ベリアルとて一巻の終わりだ。
はるばる和解の為に、あえて誠意ある無防備な姿で訪問し、かつ周到な計算も胸に秘めている芝居が現状での特策。威厳に満ちて、かつ優雅に…名も知れぬ不審者として拘束、という展開だけは勘弁だ。
山茶角が躊躇する間にも、ベリアルは目立つ挙動で付近の野次馬に挨拶し、遥かに見える閻魔庁に向けて歩き始めた。
はるばる和解の為に、あえて誠意ある無防備な姿で訪問し、かつ周到な計算も胸に秘めている芝居が現状での特策。威厳に満ちて、かつ優雅に…名も知れぬ不審者として拘束、という展開だけは勘弁だ。
山茶角が躊躇する間にも、ベリアルは目立つ挙動で付近の野次馬に挨拶し、遥かに見える閻魔庁に向けて歩き始めた。
『…さ、行こうじゃないか。服? いい天気だから必要ないさ…』
颯爽と歩を進める、全裸のベリアル・コンツェルン総帥…山茶角は先日の決闘騒ぎでちょっぴり嬉しかったリリベルのオールヌードを思い出しながら、果たして敵前での全裸は彼ら一族の家風なのだろうか、と首を傾げつつ、急いで彼の後を追った。