創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

彼は立派な人でした

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匿名ユーザー

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 窓から陽光の差し込む昼下がり、私はいつものようにテッドの様子を見ていた。
病弱であるテッドは、いつものごとくベッドの上でシーツにくるまっているが、深刻な容態ではない。
大方、経過は医療データの通りに行ってくれている。
これはやはり、この星の微生物が病原となる病気の治療法が確立しつつあるおかげで、
こういう言い方は語弊があるが、これまでに犠牲になってきた仲間に感謝しなければならないだろう。
それに、この星の環境が地球に酷似しているため、余計な負担がかからないということも重要な点である。
 地球を“食い潰し”、第二の居住地を見付けるため、漂流とさえ呼びたくなる宇宙の旅を続けている人類にとって、
まるで準備されていたかのようにさえ思えるほど生存に適したこの星に定住出来るか否かは、
文字通り種の存続のかかった問題である。
 そして、我々はそのためにここにいるのだ。

「んあぁ? なんだあ、なんか用かあ?」
 ここにまで聞こえるほどの大声を外で出している奴がいる。
どうせまたマイクが酒をしこたまかっくらってそこいらをうろついていたのだ。
 そのうち、出入り口のドアが乱暴に開けられる音がして、続いてそこいら中の部屋の扉が開けられる音が次々とし
―――扉が閉められる音が明らかに足りていない―――、
遂にこの部屋の扉が開けられ、赤ら顔のマイクが
―――といっても、マイクはもはや、赤ら顔でない時の方を「白い顔をしている」と言うべきであるようなものなのだが―――
顔を突き入れ、言われなくてもさっきのテメエの馬鹿声でわかっている内容、すなわち、
「うぉい、エヴァンス、客だぞぉ」
と言った。
 私は、ヤツの後ろに、思った通り、地球外知的生命体、いわゆる宇宙人、すなわちこの星の現地民の一人の、
我々と付き合いが深いデェィッアュが“花”束を抱えて立っているのを認めて、中に入るように促した。
マイクの方は追い払う。

 デェィッアュが口を動かし、発せられる声を翻訳機がリアルタイムで我々の言語に変換する。
「どうも早かったようですが……」
「お気になさらず。では、行きましょうか」
 私の声の方も、翻訳機がリアルタイムに変換しているはずだ。彼らの言語に。

 私が白衣を脱いでいると、窓が叩かれ、マイクの声が響く。
「この部屋にいるってわかってたら直接ここから声掛けてたから早かったのによぉー、
 まぁ知らなかったってことで許しておくれよぉー」
 お前の言っていることについては許す許さないという話をする必要すら無いことだが、
窓ガラスにひびを入れた件については許さない、そのことを言っておこうかと思ったが、
許さない事項を増やすだけの結果に終わるのが目に見えているのでそれはしなかった。
 私は窓の方に視線を向けているデェィッアュを促すと、部屋を出た。


 墓地の中の一つ、我々の目的の墓には、“花”束がいくつか供えられていた。まだ新しい。
「誰か来てくれた方がいるのですね、それも幾人か」
「彼にはいくら感謝してもし足りないくらいですから…… みんな彼のことを慕っていたんです」
 デェィッアュはそう応えると、自分も、持っていた“花”束を供える。

「彼」、その墓に葬られているケインは、私と同じグループで、すなわち最初にこの星に降りた。
 ケインはこの星の調査、各種施設の建設といった仕事をしながら、
デェィッアュら現地人達のために、彼らの使っていた道具や施設を改良したり、新しくつくったり、各種の治療をしたり
といった活動もしていた。
彼らのそれよりはるかに進んだ我々の科学技術を用いてなされるそうした活動は非常な驚きと感謝をもって受け入れられ、
さらに、ケインはただ「その場凌ぎのチップみたいな好意を落としていく」のではなく、
彼らの知識・技術レベルや、取り巻く環境を考慮して、ケインの行った行為を彼ら自身が継続していけるよう、
それが可能な方法を考えたり、指導したりまでしていた。
 彼らがケインに感謝の言葉を捧げると、ケインは決まってこうこたえていたものだ。
「この星の環境で役に立つものや手段を生み出すのは、移住してくる地球人にとっても有用だ、
 いわば、そのための試行錯誤に付き合ってもらっている、という見方も出来る、
 だからお互い様なのだ」
と。
そんな様子が、ますます現地人のケインへの尊敬の念を高めさせていた。

 だが、そんなある日、ある工事の現場で起きた事故で、ケインは見物に来ていた現地人の子供をかばい、そして―――
ここにケインの墓がある、ということが何を意味しているかは言わずともわかるだろう。

 デェィッアュと墓地から帰ると、さっそくマイクが絡んできた。
デェィッアュは相当迷惑そうにしていたが、結局のところは事を荒立てたりなどせずに帰って行った。
デェィッアュは―――いや、少なくとも私があったことのある現地人はみんないつもこうなのだ。
 言動の節々から考えて、そこにはケインの仲間であるから、という要素が少なからずある、と思われた。
 この星の現地人には、そうした意識があるようだ。
 ケインは失われたが、その犠牲があったればこそこのような関係が築けた、と考えれば、むしろ出て良かった損害だ。
我々には自己学習・フィードバック機構が組み込まれているため、個体が失われるとその個体を再現するのは不可能だが、
ケインが開発した事物のデータはしっかり残っているし、
我々は外観も行動も極めて地球人に酷似したものになるよう作られている
―――それこそ地球人と同じように病気になり、
      地球人にも通用する治療で回復したり、そうでなければ機能停止したりするくらいで、
      医療のための実験に使えるくらいだ―――
ため、「ケインの仲間だから」ということからくる好意は、
この星への移住を行うと決定されると降りてくる、
衛星軌道上を周回している本船内で凍結保存されている精子と卵子から新たに生まれる地球人にも向けられるだろう。
地球人のコミュニティー内では排除することが出来ない程度に、
人格に問題がある地球人というものもどうしても生まれるものだが、
その程度であれば、少なくとも決定的な問題は生じさせないであろうと
マイクをはじめとした「非円満人格型」を取り巻く状況から考えられる。
 地球人が生活するに適した環境であるか調査し、さらに移住のための準備を整える、という我々に与えられた任務を、
ケインは立派に果たしたのだ。
有益な損害だった。

 こうしたことからいって、本船から、地球人の移住に先立ち先住民を絶滅させておけ、という指令が来ることは無さそうだ。
私はそのことに安堵する。
そして、我々はどのような指令を受けようが地球人という種を保存するために
それを粛々と実行するだけの存在であるにもかかわらず、
自分が先住民の行く末を気にするなどというおよそ非効率的なことをするのは、
精神活動と呼ばれる領域においても地球人のそれが再現されていることによるものであろうかと、
円の始点と終点を探すような、終わりの無い思考をぐるぐるとしてみたりする。

                                            ―――了―――

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