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廻るセカイ-Die andere Zukunft- Episode21

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匿名ユーザー

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茜色に染まった景色。煩わしいほどに聴こえる蝉の声。
弓道場の裏手。周囲には誰もいなく、人の声も聞こえない。
ここにいるのは、目の前にいる少女と、自分だけだった。

「あの、えと。こっ、ここに呼んだのって、その……」

少女が顔を真っ赤にし、慌てたような声で言葉を紡いでいく。
そんな彼女を見ていると、これではまるで彼女が俺を呼び出したかのように見える。

「俺がここに呼んだのは、貴女に伝えたいことがあったからです」

真っ直ぐに彼女の顔を見つめる。俺は今、この16年間の人生の中で一番真面目な顔をしているだろう。
激しく高鳴る心臓の音が五月蝿い。心頭滅却。武術で鍛えた集中力を最大限に活かす。
ゆっくりと、俺は言葉を紡いでいく。心を精一杯込めて。彼女に、この想いが伝わるように。

「―――さん。俺は、貴女のことが好きです。俺と、付き合ってくれませんか」

一字一句舌を噛むこと無く言い切った。彼女の顔を真っ直ぐに捉えながら。
俺の言葉を聴き終えた彼女は、落ち着きのない表情から、驚いたような表情に変わり。
顔を夕日に負けないほどに真っ赤にしながら―――はにかむように俺を見つめ、口を開いた。

「……はい。その、私、男の人と付き合ったことって今までないから、あの、色々と迷惑かけちゃうかもだけど……」

彼女の顔は、俺が今まで見たことの無い、笑顔へと変わる。

「それでよければ、うん。私は、椎名くんの彼女に……な、なります」

不器用な彼女の返答に、思わず噴きだしてしまう。返答は俺が望んだ形だったというのに。
彼女はこんな時でも彼女だった。俺が好きになった、どこか抜けている少女。
今、俺の彼女になった女の子が、笑った俺を見て恥ずかしそうに微笑んだ。

―――だが、その光景は"いつもの様に"一変する。

突然彼女の身体が、パズルが崩れ、一つ一つのピースに戻るかのようにバラバラと崩れていく。
弓道場が、空気が、景色が、セカイが。段々と崩壊していき漆黒に染められていく。
俺は思わず彼女がいた場所へと手を伸ばす。だが、その差し伸べた手さえも。

真っ暗な闇へと、崩壊していった。



「ッッッ!!!!」

手を目の前に突き出して布団を跳ね飛ばし、目の前の真っ暗な景色に色が戻る。
目に映るのは見慣れた自室の天井と、汗で濡れた自分の腕。
夕暮れの景色など何処にもない、夢から覚めた現実。
乱れた自分の呼吸を整え、ベッドからゆっくりと上体を起こす。

「……もう慣れはしたが、我ながら女々しいな」

自分で吹っ切ったつもりであっても、まだこうして夢にまで見てしまう。
それも定期的に何度も何度も。目が覚めるまで悪夢を繰り返し見させられる。
最初は精神的に結構辛かったが、人間どんなモノでも慣れるらしい。
今は平気とは言わないが、それでも受け入れられるくらいにまでは慣れることが出来た。

汗に濡れた身体をシャワーで洗い流し、揺籃二校の制服に身を通す。
家族と朝食を共にし、鞄を取りに再び自室に戻る。そして、机の上にある倒れた写真立てに手を伸ばす。
写真立てを起き上がらせると、そこには三つ編みのお下げの少女と、自分の二人が笑顔で写っていた。
それを何も言わず眺め、再び写真立てを倒す。……今ではもう、叶うことのない願いなのだから。

「……だが、やっと掴んだ。それが真実の僅か一片だとしても。それでも、俺は」

鞄を担ぎなおす。紐を持つ手には、無意識に力が込められていた。


「―――辿りついてみせる」


廻るセカイ-Die andere Zunkunft- Episode21


季節はすっかり真夏。窓の外に写るは雲一つない快晴の空。
ここ揺籃島は夏はとても暑く冬はとても寒いという実に珍しくも嫌な気温の島である。
そのため、真夏の温度は―――ヤバい。とにかくヤバい。その一言しか言えないくらいおかしい。
それでも熱中症にかかる人が全国的に少ないという結果が出ているのはおかしいんじゃないだろうか。
まぁ、このクソ暑い中でも平気で騒いでる幼馴染の姿を見てると納得せざるを得ないのかもしれないが。

「ヤスっちー?もうすぐ夏休みじゃん?だからさー、夏休みにどっか行く予定とか建てようず!」

千尋が長い髪を揺らしながらこちらの机に手を置き、非常に活気に満ちた眼で宣言する。
いくらエアコンが効いてる教室とは言えど、外を見るとゲンナリしてしまう自分とは対照的である。
そして毎年の事だが、この季節でこの気温でも、こいつはこの長い髪を切ろうとしない。
この長さは見てるだけで暑くなってくる。若干気分が憂鬱になりながらも、オレは千尋に現実を告げた。

「その前に期末テストがあんだろ」

「うげっ、ヤスっちそうやってテンション下がる話題は禁止禁止!勉強なんてしたくない!」

オレがそう言うと、さっきの快活な表情とは打って変わり、千尋は途端に顔を歪める。
そしてオーバーリアクションを取りながら千尋はオレの言葉に返した。まぁ、そう言いたくなる気持ちはわからんでもない。
学生ならばこの気持ちはわかってしまうだろう。勉強が嫌いじゃない人なんて、ほんの一握だけだ。

「オレは勉強より補習の方が嫌だ。だから勉強するしかないだろ」

補習が入ると夏休みの前半。7月の後半の平日は丸ごと潰れてしまう。
さして予定があるわけでもないが、かと言って夏休みまで学校に行ってまで勉強したくはないのは誰でも思うことだろう。
そう思いながらオレが言うと、近くにいた松尾が驚いたような表情をしながら口を開いた。

「なにっ!? 安田、俺と一緒に補習してくれんじゃなかったのかよ!」
「松尾、何でお前はやる前から補習決定なんだよ。つーかオレは一回も補習になったことねーよ」
「だから今回で初のめでたい補習デビューを是非俺とだな……」

嫌なデビューだ。願うことならこの先も二度とそんなデビューの機会が来ることはないことを祈る。
松尾も根っからのバカってわけでもない……と思うのだから、オレと同じくらい勉強すれば補習は免れると思うのだが……たぶん。
今度勉強にでも誘ってみようか、とも思ったが多分やらないだろう。ああ、自業自得だ。

「ヤスっちってさり気なく全教科補習避けてるよね、点数は良くないのに」

「普段授業聞いてなくても、赤点避けるくらいの点数なら一夜漬けで余裕だろ」

毎度のごとく全教科赤点から+5点から10点くらいの点数をキープしている。
漫画のように頭が良いのに意図的にその点数にしているとかならばまだ格好がつくのだが、残念ながらオレはそれが素だ。
得意な教科もなければ苦手な教科もない。強いて言えば全教科が苦手だ。勉強しないで得点をとれるような教科もない。
別に自分の成績に全く不満はないし、これ以上勉強するつもりもないのだが。

「くっそー、ヤスっちはこーちゃんに教えてもらってるからいいよなー」
「伊崎が誘ったらお前が『ハル姉に教えてもらうからいいもん』とか言って断ったんだろうが……」

オレは毎度テストの勉強は伊崎に教えてもらっている。授業は聞いてるし成績は抜群だし、学校の中でもトップをキープしている。
おそらくここを卒業したら医大か有名大学に通うはずだ。それを考えると、この学校でトップなのは何もおかしくはないだろう。
そんな頭が良い男にマンツーマンで教えてもらっているのだ。赤点を回避するだけの勉強なら1日で余裕なのも道理。
持つべき物は幼馴染だな……とオレは恩恵を受けているのだが、千尋はそれを断っているのだ。
どこか千尋は伊崎をライバル心を向けているところがある。伊崎の方はそんな風には全然思っていないだろうが。

「ええいそこまで言うなら点数勝負だ!ヤスっち&こーちゃんVS私とハル姉コンビ、どっちが上かを示すのだ!」

「示すのだ、じゃねーよ。お前いつもオレより点数軒並み上じゃねーか。……英語以外」

普段バカばかりしてるが、こう見えて千尋の成績は上位の方である。そう、英語以外は。
英語も苦手なりにかなり勉強したり補講に出たり、教師に聞いたりと努力しているのだがなかなか実を結ばない。
ここまで来るともう先天的に何かできない要因があるのではと思ってしまうレベルだ。……それでも、補習は避けているが。
ハル姉に懇切丁寧に教わっているのもあるだろう。あの人、主将をやっているだけはあって人に教えるのが上手いのだ。
まぁそれでも普段のドジな部分ばっか目立ってしまうのはご愛嬌だろう。そういうのが好きという人も多い。

「ぐぬぬ……日本人なんだから英語なんていらねーのよ! っと、……椎名さん?元気ないみたいだけど大丈夫?」

千尋が横にいた椎名に声をかける。先ほどから近くにいたのだが、何も喋っていなかったので気になったのだろう。
椎名自身そこまで喋る方ではないが、会話に混ざってこないというのもたしかに珍しい。
下を向いていた顔が、声をかけられてから気付いたかのようにゆっくりとこちらを向く。
その表情は普段にも増して憂いげな表情だったが、オレたちを認識するとすぐにいつもの表情に戻った。

「……あ、ああ。すまない守屋、最近寝不足でな」

「ほほう、椎名さんが寝不足だなんて、それはそれはまさか」
「黙ってろ千尋。椎名、大丈夫か?」

寝不足の原因。もしかしてセカイの意志関連のことなのではないかと心配になる。
ヴィオツィーレンの件の方はオレも含めてそこまで関わってはいなかったが、その前の一件の時はかなり世話になっている。
一緒に居たところをナハトにも見られているし、向こうにも存在は伝わっているだろう。
そうなってくると何があってもおかしくはない。オレはそういう意味を込めた、真面目な眼で椎名を見据えた。

「ああ、安田が心配するようなことはない。単なる勉強での寝不足だ、安心してくれ」

椎名もその意図はわかっているのか、いつもとは違う、意味を持たせた眼でこちらを見返した。
本人がそう言うのであれば、オレは何も問いかける必要はないだろう。
勉強での寝不足というのはおそらく嘘だろうが、椎名のことだ。きっとオレが心配する必要はない。

「なら、いいけどな」

オレがそう言うと、千尋たちも納得したのかそれ以上深く聞くことはなかった。
椎名も無理にこっちの会話に混ざる気力もないのか、先ほどの体勢に戻ろうとする。
だが、その瞬間頭に軽い違和感がした感覚と同時に、脳から直接響くような声が聞こえてきた。

『ヤスくーん、椎名ー、迎えに来たよー』

『……ヴィオツィーレンか』

この声はヴィオツィーレンか。オレと椎名の同時に語りかけているのだろう。
放課後になってからもう30分になろうとしていた。こっちの授業が終わるくらいのタイミングと聞いていたが、若干遅かった。
しかしもう慣れてはきたが毎度心の中で言わないと気が済まない。……なんてファンタジーな力なんだろうか、と。
あまりにリーゼンゲシュレヒトに慣れてそれすら疑問に思わなくなると日常に戻ってこれなさそうな気がしてしまう。
考えすぎなのかもしれないが、この気持ちだけは忘れたくはなかった。

『車運転出来るの私しかいないし、なによりエーヴィヒカイトの全快記念なんだから、アイツ自身が迎えに行くってのも変だしね』

『そう、だな。校門の前だったよな?すぐ行く』

そう、今日はめでたくエーヴィヒカイトの体調が完全復活したとの連絡を受けての招集だった。
考えてみれば、エーヴィヒカイトがこちらに合流してからもうすぐ一ヶ月以上になる。
一番最初に話したときに戦闘に参加できるようになるまで一ヶ月くらいと言っていたが、その通りだったようだ。
エーヴィヒカイトが戦線に復帰できるとなると、色々と考えなければいけないこととかがあるのだろう。
今回の招集は、おそらくその話し合いになると予想していた。そしてそれには、椎名も呼ばれている。

「じゃ、松尾、千尋。オレたちこれからちょっと用事あっから先帰るわ」

そう言って机の中を確認し、鞄を背負うと共に椅子から立ち上がった。
椎名もオレと同様に荷物を持ち椅子から立ち上がる。その動きは若干気怠そうではあったが、表情はいつも通りだった。
オレたちが帰る素振りを見せると、千尋は大袈裟な態度でこちらに驚くような表情を向けた。

「なにっまたヤスっちと椎名さんの二人っきり……だと……。これは本当にデキてるんじゃないでしょうか!解説の芭蕉さん、どう思います?」

まるで記者のつもりなのか、千尋が手をマイクのようにして松尾に向ける。
すると松尾はそれに合わせるかのように、大袈裟な泣き真似をして崩れ落ちた。

「俺が、俺がハブられてることがものすごく悲しいですっ!」

「ハブってなんかないさ、松尾。遊びに行くわけじゃない、ちょっとした用事だ。遊ぶ時にお前をハブなんてしないさ」

椎名が普段は見せないような優しげな表情を松尾に向けてそう言った。
一部の女子が見たら歓喜するか嘆くかどちらかだろう。少なくとも、邪推はしてしまいそうだ。
こんな表情、オレも滅多に見たことがない。というか、椎名の優しげな顔など違和感ありすぎて演技なのではないかと勘ぐってしまう。
……さすがに、松尾相手だからそれはないだろが。……さすがに。

「まぁだから安心しとけ松尾。じゃ椎名、行くか」

「ああ」

そうしてオレは椎名と連れ立って教室を後にした。去り際、千尋の視線が気になりはしたが、忘れることにする。
二人で放課後の廊下を歩く。互いに愛想良い表情ではなく、学生らしい話題もない。
何か言葉を発そうと口から出た言葉は、自分でも意外だったが、学生らしくもない、日常とは無縁の話題だった。

「……エーヴィヒカイトが完全復活して、ヴィオツィーレンが仲間になったんだ。揺籃も安心かな」

「まだ油断は出来ない。だが、最初の状況よりはご都合すぎるくらい良い状況になっている。……このまま、解決して欲しいんだがな」

たしかに椎名の言う通りだ。当初はオレとシュタムファータァだけで戦っていた状況から比べると、今の状況は遙かに良くなっている。
今をゲームに例えると、自分たちがレベル10くらいの状態の時に、一気にレベル100のキャラが二人も仲間になったような感じだ。
今は味方で道は同じでも、実際あの二人が目指す物とオレが目指す物は違う。それは自覚しておいた方がいいだろう。
そんなことを考えながら、オレは溜まった息を吐き出すかのように椎名の言葉に答えた。

「まったくだ」

オレがそう言うと、椎名は軽く笑うとそれ以上何も言うことはなかった。そのまま互いに喋らず校舎を出た。
校門を出ると、すぐ横の道に白いワゴン車が一台停車しており、そこには車のドアに寄り掛かりながら携帯を弄っているヴィオツィーレンが立っていた。
しかし、こう見ていると普通の女の人にしか見えないし、容姿は客観的に見てもかなり可愛い。思わず見とれてしまうほどに。
オレが少し惚けているのを気にかけたのか、椎名がオレの顔を訝しげに覗き込んだ。

「……安田?」

「っ、悪い。なんでもねぇ。少し考え事してただけだ」

そうか、と椎名は一言言うと深く突っ込んでくることなく表情を元に戻した。
何も聞かれはしなかったがおそらく椎名には看破されているだろう。この件が終わったら追求されそうな気がする。
そして携帯に眼を向けていたヴィオツィーレンが、こちらの声が聞こえたのか、顔を上げこちらの方を向いた。

「お。ヤスくんに俊くん、こっちこっちー!」

オレたちに向けて手を振るヴィオツィーレン。こう見てると本当に元敵だったのか、と疑ってしまうくらいだ。
ヴィオツィーレン自体にセカイがどうこうという明確な意志はないし、オレ自身は実際に相対してないから実感が湧きにくいのも当然なのかもしれないが。
後部座席のドアを開けオレと椎名は中へと入る。二人とも松尾のように運転できるわけでもないので助手席に乗る必要はないだろう。
エンジンがかかり、車が走りだし学校を離れる。移動中の間、先ほど椎名と話してた話題をヴィオツィーレンにも聞いてみることにした。

「うーん、どうだろうねー……。今まで消滅を免れた箇所はないし、前例がない分予想も立てにくいかな」

やはりヴィオツィーレンの視点から見ても、このまま万事解決に向かうかどうかはわからないらしい。
オレや椎名と違って、セカイの意志で元革命派の視点から見てもわからないのだ。おそらく、他の連中に聞いても同じ答えが返ってくるだろうな。

「そもそも革命派のリーゼが裏切って反抗する、なんてこと自体今まで無かったし」

……普通に考えてそうだろうな。個人が組織に刃向かったところで、結果は誰でも予想できる。
そう考えると最初のオレとシュタムファータァだけってのは明らかに無謀すぎたと今更ながら思ってしまう。

「今まで保守派は表立って反抗はしなかったんだよな?」

「保守派と革命派は同じ"セカイの意志"と言えど数の差が歴然だしね。私やペネトレイターみたいなスタンドアローンで戦えるリーゼの数は同じくらいなんだけども」

「つまり、下手に反抗して敵対組織と見られたりしたら全力で潰されるのがわかってたからってことか?」

「そういうこと」

そういえばイェーガーと戦ってる時のシュタムファータァも同じようなことを言ってたな。
だからオレたちは一番最初にエーヴィヒカイトに助けを求めなかった。たかだか揺籃のために動いてくれるとは思わなかったから。
だが、今は味方になってくれている。オレとは違って揺籃を守ることが第一目的ではないにしろ、助かることに変わりはない。

「まぁ、少なくとも今は揺籃は大丈夫よ。私とエーヴィヒカイトの二人が揃ってる時点で、ナハトとディスが両方同時に来ない限りは負けはない。島一つくらいなら守れるわよ。安心しなさい。……保守派は知らないけど」

さすがに"総合戦闘能力最強"と"保守派のリーダー"が揃っていても、"革命派のリーダー"と"ディスの右腕"が同時に相手では勝てないのか。
ナハトの強さが相当強いのは、実際に何度か目にしたときのセカイの強大さで想像できなくもないのだが、ディスはどのくらい強いのだろうか。
考えてみればオレはディスと一度も会ったことも対峙したこともない。……まぁ、オレの目的は革命派の消滅ではないのだから、会わないことに越したことはないが。

「頼りにしてるぜヴィオツィーレン。……っと、着いたな」

神守家別宅の正門前に到着し、脇に車を停めオレと椎名が車から出る。ヴィオツィーレンはどうやら車に残るらしい。
門の前にはエーヴィヒカイトと神守遙、そしてシュタムファータァの3人が立っていた。どうやら見送りは神守先輩一人だけらしい。
神守先輩がオレと椎名に気付くと、穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。

「椎名くん、安田くん、久しぶり」

「……主将が見送る必要、なかったんじゃないのか」

「椎名くんはすぐそう言う……。私だって神守家の長女なんだから、客人の見送りはする必要あるでしょ」

椎名はそれに答えることなく、不機嫌そうな表情で顔を逸した。
神守先輩にとってはこの態度はもう毎度のことだからか、一度苦笑しただけでそれ以上何かを言うことはなかった。
そして椎名が神守先輩とやり取りしてる間、オレはシュタムファータァと向き合っていた。

『……シュタムファータァ』

シュタムファータァに念話で声をかける。神守先輩の前では話せないような話題が出る可能性もあるし、念のためだ。
何だかんだでヴィオツィーレン戦以来会っていなかった。療養とオレの修学旅行があったため、こうして顔を突き合わせて話すのは久しぶりになる。
気まずそうな表情でオレを真っ直ぐに見るシュタムファータァ。オレは、ゆっくりとシュタムファータァの言葉を待った。

『すいません……私、負けちゃいました』

そう、一言だけシュタムファータァは言った。
自分の無力を悔しく思っているのか、悲しく思ってるのか、情けなく思っているのか。そのどれなのかは、オレにはわからない。
ただ、シュタムファータァの心が込められているということだけは伝わってきた。……そんな、言葉だった。

『結果オーライだ。ifを考えて凹んだって仕方ないだろ、気にするな』

『……はい』

オレがそう言うと、シュタムファータァの気まずそうな表情が若干和らいだ。
結果的に揺籃に被害はなかったし、何も損失はなかった。なら、何を謝罪される必要があるというのだろうか。
失敗や敗北を省みるのは大事だが、シュタムファータァの場合重く考えすぎているところがある。
もうちょっと気楽に考えても良さそうな気はするが、性格の問題だから言ってすぐ治るようなものでもないだろう。
そしてオレとシュタムファータァがそんな会話をしてる最中、エーヴィヒカイトは神守先輩に深々と一礼していた。

「此度は誠にお世話になりました。この夜須田久遠、本当に感謝しております」

そう言って爽やかな笑顔を浮かべるエーヴィヒカイト。これが商業スマイルというヤツなのだろうか。
だがエーヴィヒカイトの容姿はその高い身長もあってモデル顔負けのハイエンド仕様になっている故、正直様になっている。
そして、エーヴィヒカイトが夜須田久遠と名乗ったことに軽い違和感を覚えた。……ので、聞いてみることにする。

「(……なぁ、夜須田久遠ってまさかアイツの偽名か?)」

『いえ、本人が"呼ばれたい名前"が久遠なんだそうです。夜須田って名字もあったのは私も初めて知りましたけど』

そう言えば何度か久遠と呼んでいたのを聞いた覚えがある。……呼ばれたい名前、か。
久遠に対しては何も思うところはないのだが、夜須田の方は何だかオレの安田と被ってる気がして若干気になる。
まぁ、安田だってありふれた苗字ではあるし、本気でどうのこうの思うのはないんだが……。

「久遠さんはもう揺籃を離れるんですか?」

「いえ、しばらく揺籃に滞在する予定です。長い間療養してしまったので、やることがありますから」

「そうですか。また何か困ったことがあれば、気軽に訪ねてくださいね」

「心遣い感謝します。それでは」

エーヴィヒカイトがそう言って、神守先輩に背を向ける。それを見てオレと椎名、シュタムファータァも神守先輩に一礼して車へと向かう。
後部座席にオレたち子供組3人。助手席にエーヴィヒカイトが座る形になった。ワゴン車なため、3人で座っても窮屈感は一切ない。
運転席に座り、ハンドルに手を乗せたヴィオツィーレンがエンジンを掛けながら口を開いた。

「で、この後どうするわけ?」

「とりあえず廃墟群に向かってくれ」

「了解。途中でシロちゃんとクロちゃんも拾ってくよ」

そうして車は神守家を後にする。最初からヴァイスとシュヴァルツも学校前で待ってもらってたら良かったのではないか、と素朴な疑問が浮かんだ。
しかし、最近車に乗る機会が多い―――というか、イェーガーの時以外のリーゼンゲシュレヒトに絡んだ一件のほぼ全てで車に乗ってる気がする。
そう考えると非日常な物に関わってるというのに、こういう文明の利器には頼らざるを得ないんだな、と思ってしまう。
……さすがに、イェーガーのスピード狂そのものであったあの車にはもう二度と乗りたくはないが。

「……このワゴン車、レンタルか?」

「そうよ。私の車は持ってきてるけど7人なんて入らないから、レンタルするしかなかったの」

「なるほどな」

たしかに7人で乗る車となると普通の軽自動車では窮屈……というか、間違いなく入らない。
電車で行くにしろ、この面子でゾロゾロと連れ立って歩いてる姿は人の目をかなり引くし、車が無難だろう。
何せ金髪の長身の男一人に、制服を来た男子2人。成人女性一人に白い髪の少女2名に空色の少女が一名。誰から見ても色々と凄い集団だ。
……と、考えたところで認識阻害の力を思い出す。こんなナリでも不信に思われないのだから、つくづく便利な力だ。

「なんだか私とヤスっちさんだけだったのが、いつの間にやらもう7人ですね」

目的地に向かっている車の中、シュタムファータァがしみじみとそう言った。
先ほどもオレと椎名で同じような会話をしていたため、やはり最初から一緒に戦ってきたこいつも同じことを思うんだな、と感じた。

「ああ、そうだな。っても、オレはエーヴィヒカイトとかみたいな大層な目的とかじゃないけどな」

「私もクロちゃんとシロちゃんがいればオッケーだから、大層な目的ないわよ」

「自分の居場所を守るのも、家族を守るのも大層な目的だ。俺たち保守派の目的と差なんてものはないさ」

軽く口元に笑みを浮かべながらエーヴィヒカイトはそう言い、皆その言葉に大して何も返しはしなかったが想いは同じだっただろう。
ヴィオツィーレンは二人の妹のために。オレは自分の居場所を守るため。保守派は革命派を止めるため。
その3つとも、当人たちにとっては必死になれる理由なのだ。その理由に上下など、他人が決められることではないのだから。


途中でヴァイスとシュヴァルツと合流し、二人が車の後部座席に乗り込む。
そしてワゴン車は廃墟群の付近にある駐車場に駐車し、徒歩で廃墟群へと向かう。
全体を囲うように覆う柵の手前で、先頭を歩いていたエーヴィヒカイトが止まった。、

「こんな所でなにする気なんだ、エーヴィヒカイト」

「今日ここでやるのはシュタムファータァの"界侵"の練習と、俺のリハビリ。そしてヴァイスとシュヴァルツの"界侵"の理解だ」

「……つまり、どういうことだ?」

オレはエーヴィヒカイトにそう尋ねた。言った中でのシュタムファータァの界侵の練習はなんとなく想像することができる。
『廻るセカイ』は先日発現したばっかであり、何しろまだ1度しか使っていないのだ。慣れておく必要があるのだろう。
残りの2つはよくわからない。オレはエーヴィヒカイトの言葉を待った。

「まずシュタムファータァの界侵の練習だが、どれだけ維持できるかのテストだ。さらに自分自身でどれだけセカイを消費するのか覚えておけ」

なるほど。たしかにどれだけセカイ……エネルギーを消費するかを知ることは非常に大事なことだ。
ただでさえ微妙な能力なのだから、ガス欠の時に発動したとしても逆に状況を悪化させるだけだろうし。

「次に俺のリハビリだが……いや、先にヴァイスとシュヴァルツの界侵の理解から説明しておくか」

「クロちゃんとシロちゃんに、界侵を発動させるっていうの?」

ヴィオツィーレンが若干不機嫌そうな表情でエーヴィヒカイトに尋ねる。
姉としては妹2人に危険な行動はして欲しくないのだろう。だが、二人が界侵を発動できるようになればかなりの戦力になるだろう。
……まぁ、シュタムファータァみたいな切り札になり得ない微妙な能力になる可能性もあるとは思うのだが。

「一朝一夕で発動できる物でもないだろう。だから、シュタムファータァの"界侵"を間近に見て"界侵"がどういうものなのかを知覚する。それが目的だ」

「要するに観察して勉強しろってことね。……それくらいならいいわ」

ヴィオツィーレンが渋々といった感じで頷く。

「そういうことだ。で、最後に俺のリハビリだがこれも実にシンプル。俺と、ヴィオツィーレンの模擬戦だ」

リーゼンゲシュレヒト同士の、模擬戦。それも保守派のトップと総合戦闘能力最強なんて言われてるリーゼと。
……なるほど、だから廃墟群を使うのか。ここならいくら壊してもわかる人などいない。
エーヴィヒカイトがどう戦うのかはオレは知らないし、ヴィオツィーレンの戦い方も実際に見たことがあるわけではない。
だが、二人が戦えば周囲の建物に多大な被害が出るであろうことは簡単に予想できた。

「ま、病み上がりとは言え全力のアンタとマトモに戦えんのなんて私くらいだしね。付き合ってやるわよ」

「ああ、"総合戦闘能力最強"の異名、噂に違わぬ力であってくれることを願うよ。でないと、俺とでは相手にならないだろうからな」

「言ってくれるじゃない。前にノコノコ逃げてったのは誰だっけ?」

二人の間に見えない火花が走り、互いを見合いながら不敵に笑い合う。
……もしかしてこの二人、性格的に相性が悪いのだろうか。
普段のエーヴィヒカイトがどういう人間かは知らないが、こういう子供っぽい一面は意外に感じた。

「それに今の俺は前と違う。―――強力な助っ人ができたからな」

エーヴィヒカイトがそう言うと、オレの隣りに立っていた椎名が静かに前に歩き出す。
決意を秘めた瞳で。真っ直ぐに"前"を見ながら椎名はエーヴィヒカイトの隣りに並ぶ。
オレは声をかけることができず、ただただ成り行きを見守ることしか出来なかった。

「久遠、約束通り」

「ああ。俺と"契約"を交わすぞ」

―――契約。オレとシュタムファータァも交わした、互いのセカイを繋げる行為。
これによってただの人間であるオレと椎名でも、遠隔でリーゼンゲシュレヒトに搭乗することが可能になる。
それを椎名とエーヴィヒカイトが。椎名がオレと同じように、リーゼンゲシュレヒトに乗り戦うということ。

「『絶え間なく流れる刻の下に我ら誓いを立てん。―――我が名を唱えよ。我が名は"時の鍵人"』」

エーヴィヒカイトが椎名の胸に手を当てると、軽く金色の光が瞬いた。
ただそれだけの、時間にして一分もなかったこの一連の流れ。
それだけで椎名の日常のセカイは、非日常のセカイへと変わった。

「へぇー。たかが人間一人って思ったけど、ヤスくんの件があるしね。面白くなりそうじゃない、エーヴィヒカイト」

ヴィオツィーレンが不敵に笑い、椎名はそれに無言で視線を返す。
すると、傍観していたシュヴァルツがこちらに歩き出しながら口を開いた。

「ヴィオ姉、私も行く」

「クロちゃんが搭乗するってこと? うーん、いくら模擬戦って言っても相手はこいつだし、危険だから止めておいた方が」

「お願いヴィオ姉。頑張ってるヴィオ姉の力になりたいんだ」

「オーケイ蹴散らそうかクロちゃん!」

上目遣いでヴィオツィーレンにシュヴァルツが懇願した瞬間、一瞬で陥落した。
これは身内に弱いってレベルじゃない気がする。だからこそ革命派に付け込まれたんだろう。
まぁ模擬戦だし、命の危険は圧倒的に少ないだろうから安心というのもあってのことだというのはわかっているが。
しかし、リーゼンゲシュレヒトがリーゼンゲシュレヒトに乗るってことも可能なんだな。

「さて、グダグダと話しても時間の無駄だ。そろそろ始めるぞ」

エーヴィヒカイトがそう言うと、ヴァイスはリーゼ化しこちらを離れた。
きっと"ラングオーア"の探知能力を活かして遠距離から観測するつもりなのだろう。
ヴィオツィーレンとヴァイス、エーヴィヒカイトと椎名に分かれて静かに向かい会う。もう互いに言葉はない。
―――そして、三人のリーゼンゲシュレヒトがセカイに召還を告げる。

「『現界せよ我が身体。"罪深き始祖"シュタムファータァ』」

「『諸行無常は我の手に。"時の鍵人"エーヴィヒカイト』」

「『此処に開闢の一閃を。"空裂きの射手"ヴィオツィーレン』

白銀の装甲に背部に展開される6枚のプレート。リーゼンゲシュレヒト・シュタムファータァ。
白と金の装甲に、流れるような長い金髪。リーゼンゲシュレヒト・エーヴィヒカイト。
茶色の装甲に、特徴的な頭部に膝まで届く長い腰の装甲。リーゼンゲシュレヒト・ヴィオツィーレン。

三体の巨人が廃墟に君臨した様は、まさに圧巻だった。思わず息を呑んでしまう。
そして初めてみたエーヴィヒカイトのリーゼ状態は、シュタムファータァやヴィオツィーレンとは一風違った風貌だった。
何より目を引いたのがその頭部。今まで見たリーゼと共通点が一切ない、狐を模したかのような形状。
黄金の錫杖を手にし、それを真っ直ぐにヴィオツィーレンへと向ける。

『いつでも準備はいいぞ、シュタムファータァ』

「わかりました。……"界侵"、『廻るセカイ』!!

螺旋を模した物体が空中に現れ、周囲の建物ごと翡翠色の領域が覆い尽くす。
廻るセカイを間近で見たのは初めてだが、あまりにも現実離れした光景で、まるでアニメか映画の映像なのではないかと疑ってしまうほどだ。
シュタムファータァは跳躍し、ヴァイスの近くの高いビルの屋上から二人を見下ろす。

『じゃ、始めましょっか』

『ああ。―――いくぞ!』

手に西洋剣を召還したヴィオツィーレンが、錫杖を手にし突撃してきたエーヴィヒカイトと切り結ぶ。
"総合戦闘能力最強"と"保守派のリーダー"という、2機のリーゼンゲシュレヒトによる戦いが……始まりを告げ

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