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地球防衛戦線ダイガスト 第十一話

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第十一話 墜ちた雛鳥

 コクピットの中で風が荒れ狂っていた。
 目の前のキャノピーの破損箇所から吹き込む空気が、こちらの速度と合わせて容赦ない合成風力になっている。そこは太平洋上空1000フィート。飛行機が飛ぶには低すぎるが、どこをどうしたものか、気が付いたらそんな高度になっていた。上空からは海の青が指呼の距離に見えた。
 鷹介は酸素マスクからのゴム臭い空気を吸い込みながら、どうしてこうなったのかを思い出す。
 T-4ジェット練習機を使用した基本操縦過程の単独飛行訓練。単独だから後部座席に教官はいない。だのにこんな時に限って、どうして予想外の事態に見舞われるのか。
 『その時分』には銀河列強は未だ公に姿を見せてはおらず、いわゆる光学迷彩とでも呼ぶべき欺瞞装置を使って地球各所で情報収集を行っていた。例えば何処かの列強の偵察機が欺瞞装置が不調のままに偵察を続け、そのちょっとした光の屈折の不和に違和感を感じた調査対象である現地の軍事兵器のパイロットがそちらに機首を向けたとき、たまたま接近しすぎていてニアミスをしたとて、その時の地球では誰も信じやしなかった。
 まして古色蒼然たるアダムスキー型円盤にかすめたせいでキャノピーが割れ、擦りつけられた主翼に変な歪みが発生したと報告したって、管制室では訓練生が機体の不調にパニックになったのだろうと、別の方向で騒ぎになっただけだ。
 信じられない速度で急上昇するアダムスキー型円盤を尻目に、鷹介は目も当てられないほどに悪化した機体の安定を取り戻そうと足掻いた。
 容易にいう事を効かない操縦悍。踏んでも申し訳程度にしか反応しないラダーペダル。勝手に落ちるエンジン出力。鷹介はそれら全てに対応を迫られた。しかもキャノピーの破孔から吹き込む高空の空気は身を切るほどに冷たく、引きつった目尻が凍りつくかと思うほどだ。指先も冷え、まともな動きをしているか保障が無い。圧縮空気がマスクから肺に送り込まれているはずなのに息苦しさをおぼえる。
 はたしてそれで正確な措置がどれ程出来たのだろうか。足掻いて、足掻いて、無限とも思える悪あがきの末に、気が付けばいつの間にか海が近くなる高度にまで降りてきていた。
 海面の照り返しで我に返ると、通信機からひっきりなしに流れていた教官の怒鳴り声も認識できた。鷹介は機を立て直した事を伝え、安堵の息をつく。
 しかし、どうした訳かその時の教官は数年来会っていない幼馴染みの声だったわけで、
「鷹くんってば!」
「基地の外を2周は勘弁してくださいっ!?」
 鷹介はM78星雲の巨人が光線を発射する時みたいなポーズで夢の世界から帰還した。そこはT-4練習機のコクピットでなく、滑走路に引っ張り出して点検中の太刀風のコクピットだった。晩春の陽光の下でうつらうつらと始めていたらしいが、そこがコクピットであるせいで夢見が悪かったわけだ。
 どうにも思い出したくない過去のリフレインでひどい顔になっていたのだろう、ラッタルの上からコクピットに上半身を突っ込んでいる透が鷹介の顔を覗き込む。
「具合、わるいの?」
「いいや…っ」
 鷹介は目の前に迫る透のブラウスの、首元からのぞく鎖骨がやけに眩しくて目をそらした。
「…硬いシートでうとうとしてたから、体が痛いだけだ」
「なにそれ」
 心配して損したとばかりに頬を膨らませる幼馴染に、鷹介はすまんと謝辞を述べる。
 透が大江戸博士の教え子である事は単なる偶然だろうと思う反面、自分がダイガストの主操縦者に抜擢されるまでの流れを考えると、彼女との再会も作為染みたものを感じる時がある。そんな事を考えてしまうのも過去の事件を夢に見たからだろうか。
 鷹介は夢うつつで舟を漕ぎながら書いたであろう点検用紙上のミミズに辟易しつつ、その日の機体の点検を終え、残りの午後の時間で日課のランニングを始める。
 兵隊のお仕事は走る事という言葉があるが、パイロットにしても同様だった。まして戦闘を行うのであれば筋力は耐G能力に直結する。
 大江戸先進科学研究所の敷地を一周すると1.5キロは余裕で稼げるから、これを3~4週もこなせば結構な距離になった。今走っているのは研究所の裏手にある500メーターの滑走路の隅だ。格納庫内の太刀風や連絡用のセスナ機、獅子王を格納した大鳳までがここから飛び立つ。
 もちろん、どう考えても滑走路は短すぎる。
 ダイガスト開発の副産物である慣性制御装置――の真似事――によるアシストが距離の問題を解決しているらしいが、使っている鷹介はその仕組みを熟知しているわけではなかった。
 研究所の隣に立つカマボコのような形をした格納庫から太刀風の機首が見える。思えば遠くへ来たものだと痛感する。滑走路と飛行機。しかしそのいずれも、去年まで自分がいた所と比べれば違いすぎた。
 鷹介は航空自衛隊の航空学生だった。
 高校卒業者を対象にして、約4年の訓練でパイロットに――+2年で一人前に――する制度だ。防大や一般大卒でも入隊と訓練課程を経てパイロットになれるが、そういったケースは上級幹部候補であり、やがては空自内で『上』に昇ってゆく。対して航空学生出身者はパイロットとして空自の肉であり、骨であり続ける。
 鷹介は骨肉であるファイター・パイロットを目指していた。特段の理由は無かったが、小さい頃からの漠然とした夢だった。
その夢のために下手な大学よりも倍率の高い航空学生に合格し、2年の基礎教育を経て幹部候補生となって、半年の飛行準備訓練をこなし、レシプロの練習機で基礎を学び、学力不足や飛行適正ナシと判断を下されるのにビクついて、目の回るような過密な時を過ごした。リタイア…エリミネートされてゆく同期もいた。40パーセントとも言われるエリミネート率のなか、ファイターパイロットを涙をのんで諦めて輸送機過程に転向する者もいた。
 T-4練習機の基礎操縦過程まで、鷹介はファイターパイロットの志望を変えずに済んでいた。もう少しでウィングマークを取得し、その先にある戦闘機のシートを射程に収めたはずだった。
 しかし彼は単独飛行で失敗した。『無茶な扱い』で練習機を損壊させたのだ。そういう事にされた。
あとは『飛行適性ナシ』で基地から追い出されるまで、実に速かった。考えるに、パイロット以外の分野への転向すら勧められなかったのだから、後の流れは決まっていたのだろう。
 失意のままに基地を出た直後の鷹介を拉致同然に引っ浚っていったのが、後の流れの最たるモノであろう大江戸多聞博士である。
 何故か料亭に案内されるや、待っていたのが内閣総理大臣 国場道昭でたいそうたまげたのを覚えている。先付けの鉢に箸をつけながら総理は言ったものだった。
「あの円盤に一矢報いたいとは思わんかね?」
 国場総理と大江戸博士が代わる代わる熱弁をふるう様は、当時の鷹介にとっては狂気の沙汰であった。なにしろ現職総理が宇宙人の侵略に対抗する防衛機構の構築を謳うのである。
 だがあの円盤とのニアミスは夢でも幻でもない。その一点で、鷹介は二人の話を否定する動機がなかった。まとめれば、話とは以下のような物だった。
 防衛機構というのは、現状で世間に認知されていない宇宙人…銀河列強に対して大っぴらに国費をさけないため、第3セクターの研究所という形をとっていること。同じ理由から、その防衛機構へのパイロットの出向が難しいこと。それにいざ本当に宇宙戦争(!)になれば現役パイロットは貴重であり、その文脈から訓練中の候補生に白羽の矢が立ったこと。
 しかもその候補生の中に、すでに銀河列強と交戦――接触事故の間違い――をした者がいること。
 運が良いのか悪いのか、鷹介は溜め息をついた。
 実際のところ、大江戸博士たちが選定の決定打としたのは鷹介の航空学生時代の考課表だった。銃剣道や射撃の訓練結果は良好、部活動は剣道で腕におぼえ有りとくれば、ダイガストという人型兵器を縦横に暴れさせてくれると踏んでいた。
 人型であるなら人間と同じ行動が期待される。ダイガストに必要なのはその期待を形に出来る器用な戦士であり、かつ航空機が操縦できるパイロットという贅沢なものだった。まして数が揃えられずにワンマンアーミーにならざるを得ないのだから尚更だ。
 ちなみに鷹介の飛行機の操縦に関する評価は『並』との、何とも寂しいものであったりする。
 一方の鷹介はと言えば、パイロットのスカウトといってもあくまで航空機という固定概念しかなかったのだから、さっそくとばかりに民間軍事会社の訓練キャンプ行きを指示された時には激しく面食らったのだが。

「なまじ名前が書けたから~サイン一筆、兵隊家業~
 地獄の沙汰もスキル次第、さぼりはしません勝つまでは~」
 鷹介は気が滅入る様な傭兵達の訓練歌を惰性で口ずさみながら、研究所の敷地をぐるりと回り、正門側にまでやってきた。格納庫の表側からは獅子王のシャーシが確認できる。砲はターレットから外され、奥で延命措置が行われているはずだ。
 …はずなのだが、格納庫前には技術者達が二手に別れて議論を闘わせている。鷹介は悪い予感がしてUターンしようとしたのだが、
「おお、同士鷹介!」
 しかしまわりこまれてしまった! しかも、さも自分の一派であるかのように同士とまで付けて。
 だいたいこういう時は、聞くも情けない理由で言いあいが起こっていると相場が決まっていた。雑多な星々からの難民技術者達が、異文化である日本に放り込まれているのだから、趣味やら嗜好やらで当然のようにぶつかりあいが生じる。
 それは平和と執るべきなのか、人類ってば永遠に分かり合えないモノなのねと悲嘆に暮れるべきなのか、じつに難しいところだ。イイ歳した大人たちが唐揚げにレモンをかけるか否か、或いは目玉焼きに何をかけるか等、気にしない人間はトコトン気にしない事柄で衝突を始めるのだ。しかも、ところ構わず。
 そういう意味で言うのなら、今回の件はその中でも極まっていた。
「同士鷹介、キミはもちろんコッチ側だろう?きのこの山のさ」
「何を云うか、盟友鷹介がコチラ側なのは確定的に明らか!たけのこの里だ」
 鷹介はクリスチャンでもないのに天を仰ぎたい気分になった。でもクリスチャンなら飽食は罪だろうから踏み止まる。
「濃厚チョコの中にカリカリのアクセント…きのこの山だろ?」
「さくさくビスケットと混成一体になったチョコ…たけのこの里だよねぇ?」
 代表のおっさん――もちろん宇宙人――二人は手をわきわきさせながら鷹介ににじり寄って来る。鷹介はかつて感じたことの無い危機感に襲われ、自然と左足が後ろに下がっていた。そのままもう少し左足を下げると、すぐに動けるように一拍おいて右足がついて来る。後は倒れるように反転すれば、倒れまいと足が前へ出て、勝手に体が走り出す。
「お、俺はマクビティ派の孤立主義者なんで!」
 言い捨てて、ランニングでは予定外だった短距離ダッシュを始める。背後からは「分離主義者のブラフだ、迷うな皆の衆!」とか「ファシストめ! 俺だってアルフォートが食いたいんだ」とか喧々諤々、盛大に火に油をぶちまけた成果が聞こえてきたが、まるっと無視した。
 正門の前を横切り、ひとしきり走って敷地の反対側までやって来たあたりで、ようやく足を緩める。早足くらいで息を整えながら、研究者たちのテンションに舌を巻いた。
 実際、彼は戸惑いを覚えていた。同い年が大学や専門学校に進学して自由を謳歌している間、自分は自衛隊の組織の中で集団生活と過密な教育スケジュールに晒されていたのだ。望んだ事とは言え、置いて行かれない様に必死で、鷹介の中は高校卒業からこっち、ずっと止まっていた様なものだ。それがここに来て、ことさら賑やかで、非常識な渦の中に放り込まれている。
 このギャップは自分自身が認識しているよりもストレスになっていた。例えば幼馴染がそれとなく気を使って、点検中にコクピットを覗きに来るくらいには。
 その幼馴染である笠置透の実家は東京23区外の新興住宅地で、鷹介の生家のすぐ近くにあった。頭の回転が極めて速いが故にマイペースな子供であった透は、周囲に合わせられずにどうしても浮きがちであり、鷹介は知らぬ顔でも無いので色々と声をかけていたのが関係の始まりだった気がする。調度、近所の爺様が武術の真似事を教えつつ、男児だったらこうあるべし、みたいな戦前の英才教育を仕込んでいた頃でもある。
 おかげさまで鷹介は透に突っ掛かるガキ大将相手に取っ組みあいを繰り返して生傷が絶えず、彼女は鷹介の替わりによく泣きベソをかいた。そんな幼年期を過ごすうちに、なんとなく一緒にいて当然のような、今の煮え切らない空気が二人の間に醸成されていったわけだった。
 もっとも、それは鷹介が――黙って――航空学生に進んだときに自然消滅するはずだった。しかし何の因果か、大江戸博士のもとで究理の徒となっていた透と再会し、航空学生の受験の折に大学受験と偽って散々勉強をみて貰っていた事を涙目で糾弾されると、両者の関係は昔に戻るという形で軟着陸をしていた。
 夢のレールから転げ落ちた鷹介には、格好の逃亡先でもあった。
 それにしても彼には解せないのが、透が何故に大江戸博士に師事しているかである。富士山の見える大学で史学を学んでいると聞いていたのだが、蓋を開けてみれば大学にいない教授を追って研究室泊まりならぬ研究所泊まりまでしている。超考古学とか云う怪しさ極まりないのが専攻らしいが、大江戸博士が地球人と銀河列強人の同祖論をぶち上げているため、研究内容など恐ろしくて聞き出せなかった。
 その研究も防衛計画にとって無縁ではないと思われるのだが、いずれにせよ鷹介にとって敵とは三本足の火星人だった方が遥かにやりやすい。まして自己紹介をして握手を交わしてしまうような輩を敵と納得するのは難しかった。
「アフバルト・シュバウツァーか…」
 鷹介の脳裏に占領された青森で遭遇した敵手の、造作の整った貌が思い浮かんだ。
 ケチな仕事をする宇宙の犯罪者に憤りをあらわにした侵略者。あれが自分達の敵の姿なのだろうか。
 否、鷹介は努めてその期待の様なものを否定する。民間人に牙を剥いたゲオルグ・バウアーのような奴もいたではないか。所詮、侵略者に変わりはないのだ。
 だいたい、ふとした拍子に野郎の事を思い出して何とするのか。自分にそっちのケは無い。
「そういえば…」
 ウィングマークを取ったら吉原に行こうと約束していたパイロット候補生の仲間達は、今頃どうしているだろうか。ああ、だめだだめだ。鷹介は今度こそ首を横に振るって後ろ髪を引く何かを拒絶し、ランニングを再開した。
 巣から落ちた雛鳥の、今の居場所はここだった。

 4月末。静岡県は浜松駅。
 政令指定都市を目指して整備された駅前には巨大なビルディングが林立し、駅舎を囲んで建つ様などは巨石文明の遺跡のようにも見えた。そんな神殿建造物ともとれる駅ビルから姿を現した鷹介の両手には、夜のおやつとの意味深なフレーズで有名な名物『うなぎパイ』の箱が詰められた大袋が握られている。研究所員への土産であったが、量が量だけに領収書の数字は彼を辟易させて余りあった。
 なぜに浜松かといえば、駅前のビルの何処かで大江戸博士が『保守論壇の集い~異星人来寇における国防を考えるシンポジウム』とかいう集会に、ゲストで呼ばれていたからだった。
 先月のテレビ出演からこっち、博士にはそんな話が舞い込む様になっていた。最初は天才の貴重な時間がどうのこうのと渋っていたのものだが、拍手喝采の味を覚えたのか、最近ではニコニコ顔で演壇への要請を快諾している。
 運転手扱いの鷹介としてはイイ迷惑である。もっとも、ゲストだと言っているのに独演会と勘違いしている節があるため、大抵は二度とお呼びが掛らないのが救いだった。
 どうせ今も『凡俗は天才と貴人の邪魔をしないのが義務』だとか、民主主義?何それ美味しいの的な自説を展開し、主催者側の心胆を寒からしめている頃だろう。
 以前酒席で酔った博士に聞いた話では、何でも世の中は絶対多数の凡俗によって回っているのだが、それがどれほど不合理・非効率であっても、世間を構成するのは同レベルの存在であるため――或いは誰しも自分の見たいものしか見たがらないゆえに――構造の欠陥に気付けない。不合理や非効率を打破し得るのは一握りの天才だけだが、一握りゆえに多数の凡俗の常識を覆す事はできない。例え善意であっても天才のアイデアは常識の中では非常識に、場合によっては悪意と断じられて後ろ指をさされてしまう。では非常識を推し通す、或いは絶対多数の賛同を得るにはどうしたら良いのかと問われれば、ここで貴人の出番になるらしい。要は皆が喜んで従う資質や、血筋のような背景という事らしい。
「しかしカリスマや王侯が独裁者や暴君になってしまった場合は?」
 鷹介が砂肝の串を齧りながらした質問に、博士は急に真顔になって答えたものだった。
「独裁者の政治基盤は民衆だ。民衆が賢ければ独裁にまでは悪化しない。だから民主主義における政治家への圧倒的支持というのは喜ばしいこっちゃないのさ。その時点で民主主義の利点をドブに捨ててるんだからな。例えば立憲君主国の様に、王と議会で、名声と実権を分けるのも安全弁として働くだろうが、こいつもそれぞれの役割を国民が理解せんと、ただの丸投げと変わらん…いずれにせよ、そっから先を俺たち未熟な人類に求めるのならだ、仕舞いにゃ非人道的なまでに完全なシステムの上で、形ばかりの人類文明を続けてゆくようなカタチになるんじゃないか。天才も貴人も凡俗も区別の無い。破滅も無いが、発展も無い、人類を存続させ続けるためだけのシステムのな」
 俺ぁそんなの真っ平だがな。大江戸博士はそう極論を言うと、燗の安酒をあおった。
 リアリストで名の知れたある昔の学者は、人間とは『仕組みを作れる者』『与えられた情報から仕組みを批評できる者』『何も出来ない者』の3種類に分けられるとか言っていた気がするが、自分が何者であるのかも解らない鷹介にとっては、自分で仕組みを作れる大江戸博士のような人種の話など、哲学の講義にも宗教の説法にも聞こえた。
 そんな事を駅のロータリーを歩きながら考えていたものだから、彼は近づいてくる人影に気付けなかった。人影は驚きもあらわに、鷹介に声をかけてきた。
「風見!風見じゃないか!?」
 それはつい去年まではよく耳にしていた、親友といって差し支えないヤツの声だった。九州の芦屋基地で別れたきりだったが、なぜ浜松に?そう疑問を抱いたところで、航空自衛隊浜松基地にも教育隊があった事に思い当たる。そうだ、順当にいっていれば、俺も今頃は浜松にいた筈なんだ。
「柘植隼人(ツゲ ハヤト)!?…久しぶりだな」
 鷹介の声は戸惑いに苦みを帯び、硬くなっていた。
 隼人と呼ばれた青年は細めの目に喜色をうかべるや、鷹介の微妙な反応にも気付かずにヘッドロックを仕掛けてくる。
「このヤロウ、連絡も寄越さねぇで!おまけにすっかり娑婆っ気づきやがって!」
 そう言ってだいぶ伸びた鷹介の頭髪を開いた右手で掻き乱す。かく言う隼人は未だにイガグリ頭で、パイロットの訓練を続けている事が伺われた。
 糸目で顎の細い小面の青年は先程がそうであったように、航空学生時代も空気を読めない強引な部分があり、片や鷹介は透のおかげでマイペースな人間への慣れがあって、気付かぬ内につるむ事が多くなっていた。
 貴様と俺とは同期の桜の世界じゃないか、落第が隣り合わせの航空学生生活のなかでは精神的にも頭脳的にも支えあっていたと思う。
 ひとしきり手荒い再会の挨拶が済んだところで、若者たちはロータリーのベンチに腰を落ち着けていた。自販機で買ってきたジュースのプルトップを起こすと、金属の缶からガスの抜ける音が二つ響く。
 鷹介の口にするブラックコーヒーはお約束のように苦い。
「柘植はまだ空自…だよな、その様子じゃ」
「まぁ…な。親戚の法事で外出許可を貰ったところだ」
 隼人の答え方の『間』に何か引っかかる物があったが、鷹介は取り敢えず追求しなかった。
彼は昔と変わらず緑茶の一点張りで、鷹介もまたブラックコーヒーのままだ。大空のサムライを回し読みしてから書いてある事を実践して、アルコールはおろか炭酸や油分までパイロットの体作りには拙かろうと忌避していた。まぁ鷹介は娑婆に戻ってから付き合いで酒を始めてしまったが。だが、そういう目に見える変わらないところは無性に嬉しかった。
「そっちは、どうなんだ?」
 隼人が遠慮がちに聞いてきた。さっきの間の原因もそれだろうか。要は気を使っていたのだ。対して鷹介は努めて平静に、準備されたカバーストーリーを口にする。
「民間でライセンスを取って、セスナを飛ばしてるよ」
「そうか!」
 隼人は一変して、自分のことのような喜色をあらわにした。
「お前もまだ飛んでるんだな。教育隊の皆にもいい土産話ができたよ。笹井や岩本も心配してたんだ」
 ぽんと出た僚友たちの名に、鷹介の胸が痛んだ。ああそうだ、俺はこんな時にも友達に嘘を吐いているんだ。
 貼り付けたような鷹介の笑みに気付かず、隼人は緑茶を口に含みながら続ける。
「実はさ、お前の最後のフライト…UFOにぶつかったってやつ」
「忘れてくれよ。前の日に緊張で眠れなかっただけだって、そう結論が出たろ」
「…今じゃ誰も疑って無ぇよ。こんな世の中になっちまったらさ。もしかして黒服の男とかがやって来て、UFOの事を黙ってろとか脅されたのか?」
 もっと性質の悪い人がやってきますた。貼り付けた笑みが乾いたものに変わる鷹介だった。
「…バカ言ってんじゃない。そんな与太話信じてたら、次にエリミネートされるのはお前だぞ」
 鷹介のきつめの否定に、しかし隼人は自嘲気味な笑みを浮かべ、
「もう同期からエリミネートは出ない。よっぽどのヘマをしない限りな」
「ずいぶん余裕じゃないか」
「いま、みんな浜松基地でF-2の訓練を受けてるんだ。宮城の松島基地に移って第4航空団で受けるはずだった訓練課程だが、松島が三沢基地から避退してきたF-2で埋まってるから、浜松に教育隊が移転してきた…ってのは建前で、浜松で俺たちが戦闘機操縦過程を終えたら、直ぐに機種別訓練に移行したってわけさ」
「ん? おい、ちょっと早くないか?まさか!?」
「俺たちは第4航空団の訓練用F-2を早急に戦力化させるために、速成で任官される」
 有無を言わせず、隼人はその事実を伝えた。
驚きに鷹介の手から缶が零れ落ち、甲高い音をたてる。
 有事の際には教育隊の訓練機も戦力化される事は予見されていた。しかし教育課程修了前のパイロットまでとは。いや、いずれにせよ北海道と駿河湾の戦闘で失われたパイロットの補充はされねばならない。そうなった時に多少のスケジュール繰り上げや、退官の保留による人材確保はあり得る話だ。
 有事という事態を含め、全ては可能性の話であった筈だが。
隼人はショックで酸欠の魚のように口をパクパクさせている鷹介に笑顔を向ける。
色々な感情が混ざった、複雑な笑みだった。
「なぁに、飛行隊長に引率されて対艦ミサイルばら撒くだけの簡単なお仕事さ。制空任務みたいなガチな話じゃない…っていうか、そんな真似は期待されてねぇよ」
 鷹介はベンチから立ち上がり、拳をわななかせる。ああ、畜生、俺はもうそこには戻れないのに。
 ベンチに座ったままの隼人は鷹介を見上げ、日増しに輝きを増してくる太陽――と、何か――を眩しそうに見上げた。
「風見、俺は感謝してるよ。お前がいなけりゃ、俺は同期の輪に入れなかった。もしお前がいなかったら、ここまで続けられなかったに違いない。まぁ、ちょっと戦闘機に乗るのは早まっちまったけどさ」
「柘植…俺は…」
「…お前がまだ飛行機に乗っていてくれて良かったよ。それなら、またいつか一緒に飛べるだろ?」
「あぁ…ああ、そうだな」
 それは儚い約束だった。
 少し充血を始めた目で、二人は握手を交わし、分れる。鷹介は何も告げられず、離れた掌の中に後ろめたさと、戻る事の無い時間が残るだけだった。
 巣に残った雛鳥は急速に若鷲に成長していた。それは周辺環境の変動によるもので、決して種としての
順当な成長ではない。しかし、それでも若鷲は飛ばねばならない。その理由も、おそらくは曖昧なままに。

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