イーグル本部襲撃事件から4ヶ月前。
琴峰研究所地下第一特別研究室。
そこには人一人を収容するような大きな試験管が中心に置かれ、その周りに白衣の研究者が器機の前で作業をしていた。
試験管の中には試験管に入るだけの液体と一人の少女がいる。
「№I、プログラム着床まであと3分です。」
試験管の前に立って実験の進行具合を眺めていた高齢の研究員に若い研究員がそう伝えた。
「ふむ、少々強引な方法だったが、これでなんとかといった所かな?」
「そうですねぇ、あんなものが手に入るとは予想外でした。『道化師』でしたっけ?彼には感謝をしても仕切れませんね。これで№Iも超人の域に達する事が出来るのではないでしょうか?」
「まだ足りないよ、これから私たちの成果を総てこの人類の新たな雛形の中に入れなければならない作業が残っている、これからが本番だ。」
「これで私たちたちは新たな種へと進化をする足がかりを掴むことに成功するのですね。」
そう嬉しそうに目を輝かせる若い研究員に対し、高齢の研究員はふっと笑って言った。
「そうだな、これで、我々は人の身でありながら人を超える事に成功するのだ、CR計画など知ったものか、我々は我々の手で生きる道を得る!」
「ええ、そうです!その通りです!!!」
そこには己の言葉に酔う男とそれに賛同する信徒がいた。
「ん・・・あれ・・・。」
若い研究員は驚きの声をあげた。
「ん、どうしたのだ?」
「いえ、その、今、№Iがこちらを見たような…。」
そういう若い研究員を高齢の研究員は笑った。
「冗談はよしたまえ、我々は№Iには自我を与えていない、自我は経験によって形成されるが、我々は彼女に我々の技術以外の何も与えていないのだ。
そんな彼女が私たちを『見る』等といった自発的な行動を出来るはずもなかろう。
最終的に彼女には自我を芽生えさせる予定ではあるが、それはまだ半年ぐらい先の話だ。ここのところ働き尽くめだったから幻覚でもみたんじゃないかね。
あと少しで終わる、これが終わったら1日ほど休みたまえ。」
「そ、そうですよねぇ。」
そう笑って若い研究員も納得し、自分の作業に戻った。
だが、しかし、それは幻覚ではない、再び試験管の中の少女は瞳を開ける。
自らの作業に没頭している研究員たちはその瞬間を誰も見ることは無かった。
そこで少女は初めて、ものを見る。
白衣の男たちが自分たちの前で様々な機器を操作している。そんな光景。
そして少女はある筈の無い自我でこう思った。
ここはどこだろう?…と…。
これは時峰研究所が謎の爆発事故によって無くなる2ヶ月前の出来事である。
琴峰研究所地下第一特別研究室。
そこには人一人を収容するような大きな試験管が中心に置かれ、その周りに白衣の研究者が器機の前で作業をしていた。
試験管の中には試験管に入るだけの液体と一人の少女がいる。
「№I、プログラム着床まであと3分です。」
試験管の前に立って実験の進行具合を眺めていた高齢の研究員に若い研究員がそう伝えた。
「ふむ、少々強引な方法だったが、これでなんとかといった所かな?」
「そうですねぇ、あんなものが手に入るとは予想外でした。『道化師』でしたっけ?彼には感謝をしても仕切れませんね。これで№Iも超人の域に達する事が出来るのではないでしょうか?」
「まだ足りないよ、これから私たちの成果を総てこの人類の新たな雛形の中に入れなければならない作業が残っている、これからが本番だ。」
「これで私たちたちは新たな種へと進化をする足がかりを掴むことに成功するのですね。」
そう嬉しそうに目を輝かせる若い研究員に対し、高齢の研究員はふっと笑って言った。
「そうだな、これで、我々は人の身でありながら人を超える事に成功するのだ、CR計画など知ったものか、我々は我々の手で生きる道を得る!」
「ええ、そうです!その通りです!!!」
そこには己の言葉に酔う男とそれに賛同する信徒がいた。
「ん・・・あれ・・・。」
若い研究員は驚きの声をあげた。
「ん、どうしたのだ?」
「いえ、その、今、№Iがこちらを見たような…。」
そういう若い研究員を高齢の研究員は笑った。
「冗談はよしたまえ、我々は№Iには自我を与えていない、自我は経験によって形成されるが、我々は彼女に我々の技術以外の何も与えていないのだ。
そんな彼女が私たちを『見る』等といった自発的な行動を出来るはずもなかろう。
最終的に彼女には自我を芽生えさせる予定ではあるが、それはまだ半年ぐらい先の話だ。ここのところ働き尽くめだったから幻覚でもみたんじゃないかね。
あと少しで終わる、これが終わったら1日ほど休みたまえ。」
「そ、そうですよねぇ。」
そう笑って若い研究員も納得し、自分の作業に戻った。
だが、しかし、それは幻覚ではない、再び試験管の中の少女は瞳を開ける。
自らの作業に没頭している研究員たちはその瞬間を誰も見ることは無かった。
そこで少女は初めて、ものを見る。
白衣の男たちが自分たちの前で様々な機器を操作している。そんな光景。
そして少女はある筈の無い自我でこう思った。
ここはどこだろう?…と…。
これは時峰研究所が謎の爆発事故によって無くなる2ヶ月前の出来事である。
CR ―code revegion― 第二章 「悪夢」SIDE C 時峰九条の帰還
第八隔壁セキリュティシステム内、それを再現した仮想世界。
琴峰雫は自身の目の前にいる少女に自己紹介しながら素直に驚いていた。
目の前にいるのは高く見ても15、6歳の若い少女だ。
クローンとは聞いてもいたし、外見の中身が違う事は重々承知していたが、それでも、こんなに幼い少女がこれだけの事をやったという事実はにわかに信じられない事でもあった。
それどころか少女の実年齢はまだ1歳にすら達していない筈だ。
いくら彼らの技術が結集された素体とはいえ、やはり、驚嘆せざるおえない事実ではある。
「もしあなたが誰かという事を私が勘違いして呼称したりしていたのならば申し訳ないのですが…その時は、許してもらえるとありがたいです。」
そう言いながらも雫は確信に近いものがあった、今、目の前にいる少女は、自分とまったく同じ方法でこの仮想空間を構築している。
このプログラムを視覚化し手で触れるように干渉する事が出来るようなシステムを作り上げたのはこの琴峰雫、本人なのだ。
この技術は彼女と琴峰研究所の人間以外は流出していない技術である、それをこの少女は使っている。
つまりはこの少女がNo.I以外で無いことなどありえないのである。
「で、何の用なのかな?あまり時間ないから、さっさとやる事、終わらせてここを出たいんだけれど…。」
少女は不快そうな顔を浮かべてそう言う。
「あなたにもあなたの事情があるというのは私たちも理解しているのですが、あなたをこのまま下の階に行かせると色々問題が出るのですよ、そういうわけであなたをここで足止めさせてもらいます。」
そう言う雫を少女は嘲笑した。
「足止め?ここでわたしの意識を飛ばせば、現実のわたしも気絶するのに随分、弱気な事言うんだね。」
その声は非常に感情的なものを感じさせた。雫はそれを聞いて直感的に少女には自我があるように感じる。
クローンといっても早々に自我が形成されるわけではない。
彼らが研究に使っていたとされる№Iは、経験もなく生まれた生命体であり、それゆえに経験から形成される人格もなくただの虚ろな入れ物でしかなった筈だ。
時間をかけ様々な経験を詰ませる事によって個性ともいえる人格を形成する事も可能かもしれないが、少なくとも琴峰研究所は少女に自我を与えなかった筈なのである。
№Iの脳と体には、洪水のように彼らの得た研究成果を注ぎ込んだのだそうだ。
それは気が狂わんばかりの大きな苦しみを素体に与える事になるのだという。
それ故に研究所は成果である№Iには自我を与えなかったのだ
つまりこの少女が自我を持っている事などありえないのである。
その為、雫は最初、この目の前にいる少女が誰かに命令を書き込まれて、人形としてここに来ているのだと思っていた。
だが、彼女から感じられるそれは非常に人間的な何かを思わせるこれは、つまるところ、彼女は自我を持っている可能性があるという事を示しているのである。
もし、たかだか半年も生きていない少女が何故そのような人格を持っているとするならばどのようなことが起これば人格を持つことが出来るのだろうか…。
雫はそこでこの思考を打ち切る事にした、これ以上考えてもこの結論はすぐには出ないだろうと考えたからだ。
「分をわきまえない大人では無いんですよ、先ほどまでのセキュリティ解除の仕方を見ていてわたしはあなたにどれほど大きな差があるかは理解しています。この仮想空間でまともにやりあえば、私などあなたの前には蟻同然でしょう。」
「また、凄い卑下するね。」
「冷静に能力を数値化し比較した上での事実ですので…あなたが10ならわたしは2と言った所です。」
人間をベースに作られた雫と始めから超人として作られた少女ではそもそもの器の出来が違う。戦力差は火を見るより明らかであった。
この中で勝機を見出せと言われたのならば、それは限りなく勝つ見込みが低い勝負である。
だが、雫の役割は勝つ事では無い。
ここで雫が行うのは少女があの端末で扉を開いてしまうのを極力、遅らせる事だけなのだ。
「まあ、それでも、あなたを同じ施設出身の先輩として叱ってやる事ぐらいは出来ますよ。」
そう言って、雫は自身の脳内で組み上げたプログラムを展開した。
雫の体から無数の光が走りだし、少女に向けて矢の如く突撃する。
少女はそれを片手でいなすように弾き飛ばす。
「これだけ?」
少女は呆れたように言う。
「いえ、まだまだです。」
弾かれた光が拡散し、それがまた複数の光の矢となって少女に向けて襲いかかる。
少女はそこから飛び、光の矢を回避した。
回避された矢は各々がぶつかり合い、反発、さらに拡散する。
そしてそれがまた新たな光の矢となって増殖する。
少女はその時、この攻撃の特性に気付き舌打ちをした。
この光の矢は攻撃への行動を起こせば起こすほどその数を増やし、自分に襲ってくるのだ。
「ワームというのをご存知ですか?自己増殖によってメモリを喰い散らかし過負荷でCPUやネットワークに被害を与える。
ウィルスでは無いのですがそのようなものです。これはその自己増殖作用を応用した、対侵入者用迎撃プログラムといった所ですか。」
回避や防御を行えば、それはより己の数を増やし、再び対象に向けて攻撃を開始する。
数は増えども一つ一つの威力は変わらず、それが少女の身を貫けば、即座に少女はこの仮想世界にいられなくなるほどのダメージを負わせるだろう。
時間がたてばたつほど、矢の数は増え少女は逃げ場を失う。削除で対応しようにもこのデータ量である、全てを削除しきる前に増殖が先に終わり、いたちごっこになるのは明白。
さらに時間がたてばたつほど本数は増え、対策も立てづらくなる…このままでいけば少女がこの矢にその身を貫かれるのも時間の問題と言えた。
少女は回避行動を止め、立ち止まる。
立ち止まった少女に向けて既に数百となった光の矢が放たれた。
少女は矢に向けて手のひらを向ける。
その瞬間、彼女に向かって放たれた矢は動きを止めた。
それを見て雫は舌を巻く。
この光景は想定していなかったわけではないが、それでも想定していたよりも早くこの状態になってしまった。
自分と№Iとの性能差、それを理解はしていても、目の当たりにするのでは受ける印象の重みが違う。
そう驚く雫の顔を見てくすりと少女は笑った。
「結構、面白い手だったけれど、このプログラムには誰かを狙うようにとターゲッティングを施してあるんだよね?それはつまり目標を私としてこの対侵入者迎撃用プログラムとやらは襲ってくるわけだ。
ならば、その私を対象としているという一文だけを書き換えてしまえばこのプログラムは私を襲う事はなくなる。これぐらいの作業ならば削除するよりも時間かからないでしょ?」
そう得意気に言う少女を見て、その力に雫は呆れたとジェスチャーする。
「あなたはそれがどれほどの事か理解しているんでしょうか?まあ、やれるだろうとは思っていましたが、その方法にここまで早く気付かれるとは…。
見かけによらず冷静で頭の回りも早い、これはほとほと困り果てました。」
「困ってる場合なのかな?」
少女は光の矢の設定を改竄する。
宙で静止した光の矢は矛先を雫の体に向けた。
少女は一瞬で自身に設定されていた数百の矢の目標設定を雫に書き換えたのだ。
それを見た雫は何かを確認するように頷いた後、
「1分30秒と言ったところでしょうか、想定していた時間よりは短いですが、まあ、足止めにはなったでしょう。」
「さっきから足止め、足止めって一体、何を言ってるの?」
「ふふ、すぐにわかりますよ。」
純粋な疑問を問う少女に雫は不敵にわらってそう答えた。
それに不快な表情を顔に出し、少女はため息をついて、宣告した。
「もう、いいや、わたしも先に進まないといけない。それじゃあ、さようなら…。」
そう言って、少女は雫に向けて光の矢を発射した。
雫はその発射と同時に仮想世界から姿を消す。
仮想世界との意識の接続を切断したのだ。
標的を見失った光の矢が、床に刺さり、その後、消滅する。
少女はそれを見送った後、「逃げ足の速い奴…。」と呟き、再びセキュリティの解除作業に取り掛かった。
琴峰雫は自身の目の前にいる少女に自己紹介しながら素直に驚いていた。
目の前にいるのは高く見ても15、6歳の若い少女だ。
クローンとは聞いてもいたし、外見の中身が違う事は重々承知していたが、それでも、こんなに幼い少女がこれだけの事をやったという事実はにわかに信じられない事でもあった。
それどころか少女の実年齢はまだ1歳にすら達していない筈だ。
いくら彼らの技術が結集された素体とはいえ、やはり、驚嘆せざるおえない事実ではある。
「もしあなたが誰かという事を私が勘違いして呼称したりしていたのならば申し訳ないのですが…その時は、許してもらえるとありがたいです。」
そう言いながらも雫は確信に近いものがあった、今、目の前にいる少女は、自分とまったく同じ方法でこの仮想空間を構築している。
このプログラムを視覚化し手で触れるように干渉する事が出来るようなシステムを作り上げたのはこの琴峰雫、本人なのだ。
この技術は彼女と琴峰研究所の人間以外は流出していない技術である、それをこの少女は使っている。
つまりはこの少女がNo.I以外で無いことなどありえないのである。
「で、何の用なのかな?あまり時間ないから、さっさとやる事、終わらせてここを出たいんだけれど…。」
少女は不快そうな顔を浮かべてそう言う。
「あなたにもあなたの事情があるというのは私たちも理解しているのですが、あなたをこのまま下の階に行かせると色々問題が出るのですよ、そういうわけであなたをここで足止めさせてもらいます。」
そう言う雫を少女は嘲笑した。
「足止め?ここでわたしの意識を飛ばせば、現実のわたしも気絶するのに随分、弱気な事言うんだね。」
その声は非常に感情的なものを感じさせた。雫はそれを聞いて直感的に少女には自我があるように感じる。
クローンといっても早々に自我が形成されるわけではない。
彼らが研究に使っていたとされる№Iは、経験もなく生まれた生命体であり、それゆえに経験から形成される人格もなくただの虚ろな入れ物でしかなった筈だ。
時間をかけ様々な経験を詰ませる事によって個性ともいえる人格を形成する事も可能かもしれないが、少なくとも琴峰研究所は少女に自我を与えなかった筈なのである。
№Iの脳と体には、洪水のように彼らの得た研究成果を注ぎ込んだのだそうだ。
それは気が狂わんばかりの大きな苦しみを素体に与える事になるのだという。
それ故に研究所は成果である№Iには自我を与えなかったのだ
つまりこの少女が自我を持っている事などありえないのである。
その為、雫は最初、この目の前にいる少女が誰かに命令を書き込まれて、人形としてここに来ているのだと思っていた。
だが、彼女から感じられるそれは非常に人間的な何かを思わせるこれは、つまるところ、彼女は自我を持っている可能性があるという事を示しているのである。
もし、たかだか半年も生きていない少女が何故そのような人格を持っているとするならばどのようなことが起これば人格を持つことが出来るのだろうか…。
雫はそこでこの思考を打ち切る事にした、これ以上考えてもこの結論はすぐには出ないだろうと考えたからだ。
「分をわきまえない大人では無いんですよ、先ほどまでのセキュリティ解除の仕方を見ていてわたしはあなたにどれほど大きな差があるかは理解しています。この仮想空間でまともにやりあえば、私などあなたの前には蟻同然でしょう。」
「また、凄い卑下するね。」
「冷静に能力を数値化し比較した上での事実ですので…あなたが10ならわたしは2と言った所です。」
人間をベースに作られた雫と始めから超人として作られた少女ではそもそもの器の出来が違う。戦力差は火を見るより明らかであった。
この中で勝機を見出せと言われたのならば、それは限りなく勝つ見込みが低い勝負である。
だが、雫の役割は勝つ事では無い。
ここで雫が行うのは少女があの端末で扉を開いてしまうのを極力、遅らせる事だけなのだ。
「まあ、それでも、あなたを同じ施設出身の先輩として叱ってやる事ぐらいは出来ますよ。」
そう言って、雫は自身の脳内で組み上げたプログラムを展開した。
雫の体から無数の光が走りだし、少女に向けて矢の如く突撃する。
少女はそれを片手でいなすように弾き飛ばす。
「これだけ?」
少女は呆れたように言う。
「いえ、まだまだです。」
弾かれた光が拡散し、それがまた複数の光の矢となって少女に向けて襲いかかる。
少女はそこから飛び、光の矢を回避した。
回避された矢は各々がぶつかり合い、反発、さらに拡散する。
そしてそれがまた新たな光の矢となって増殖する。
少女はその時、この攻撃の特性に気付き舌打ちをした。
この光の矢は攻撃への行動を起こせば起こすほどその数を増やし、自分に襲ってくるのだ。
「ワームというのをご存知ですか?自己増殖によってメモリを喰い散らかし過負荷でCPUやネットワークに被害を与える。
ウィルスでは無いのですがそのようなものです。これはその自己増殖作用を応用した、対侵入者用迎撃プログラムといった所ですか。」
回避や防御を行えば、それはより己の数を増やし、再び対象に向けて攻撃を開始する。
数は増えども一つ一つの威力は変わらず、それが少女の身を貫けば、即座に少女はこの仮想世界にいられなくなるほどのダメージを負わせるだろう。
時間がたてばたつほど、矢の数は増え少女は逃げ場を失う。削除で対応しようにもこのデータ量である、全てを削除しきる前に増殖が先に終わり、いたちごっこになるのは明白。
さらに時間がたてばたつほど本数は増え、対策も立てづらくなる…このままでいけば少女がこの矢にその身を貫かれるのも時間の問題と言えた。
少女は回避行動を止め、立ち止まる。
立ち止まった少女に向けて既に数百となった光の矢が放たれた。
少女は矢に向けて手のひらを向ける。
その瞬間、彼女に向かって放たれた矢は動きを止めた。
それを見て雫は舌を巻く。
この光景は想定していなかったわけではないが、それでも想定していたよりも早くこの状態になってしまった。
自分と№Iとの性能差、それを理解はしていても、目の当たりにするのでは受ける印象の重みが違う。
そう驚く雫の顔を見てくすりと少女は笑った。
「結構、面白い手だったけれど、このプログラムには誰かを狙うようにとターゲッティングを施してあるんだよね?それはつまり目標を私としてこの対侵入者迎撃用プログラムとやらは襲ってくるわけだ。
ならば、その私を対象としているという一文だけを書き換えてしまえばこのプログラムは私を襲う事はなくなる。これぐらいの作業ならば削除するよりも時間かからないでしょ?」
そう得意気に言う少女を見て、その力に雫は呆れたとジェスチャーする。
「あなたはそれがどれほどの事か理解しているんでしょうか?まあ、やれるだろうとは思っていましたが、その方法にここまで早く気付かれるとは…。
見かけによらず冷静で頭の回りも早い、これはほとほと困り果てました。」
「困ってる場合なのかな?」
少女は光の矢の設定を改竄する。
宙で静止した光の矢は矛先を雫の体に向けた。
少女は一瞬で自身に設定されていた数百の矢の目標設定を雫に書き換えたのだ。
それを見た雫は何かを確認するように頷いた後、
「1分30秒と言ったところでしょうか、想定していた時間よりは短いですが、まあ、足止めにはなったでしょう。」
「さっきから足止め、足止めって一体、何を言ってるの?」
「ふふ、すぐにわかりますよ。」
純粋な疑問を問う少女に雫は不敵にわらってそう答えた。
それに不快な表情を顔に出し、少女はため息をついて、宣告した。
「もう、いいや、わたしも先に進まないといけない。それじゃあ、さようなら…。」
そう言って、少女は雫に向けて光の矢を発射した。
雫はその発射と同時に仮想世界から姿を消す。
仮想世界との意識の接続を切断したのだ。
標的を見失った光の矢が、床に刺さり、その後、消滅する。
少女はそれを見送った後、「逃げ足の速い奴…。」と呟き、再びセキュリティの解除作業に取り掛かった。
仮想世界から帰ってきたわたしは目の前を隔壁が開いていくのを見届けた。
想定外のアクシデント、まさかあの世界に入って来れる人間がこんな所にいるとは思いもしなかった。
琴峰と名乗っていた事から、あの研究所の出身者と見て間違いないだろう。
つまる所、自分にとっては姉と呼ぶべき存在なのだろうか…あのせいで予想外の時間を喰う羽目になってしまった。
このような事態は流石に想定してはおらず、わたしは念には念をとあえて危険を冒して一つの保険をかけた。
既にセキュリティを解除しはじめてから、今まで2分の時間がたっている。この半分の時間で終わらせる予定だったのに、酷いイレギュラーだ。
わたしの目の前にある、開いた隔壁、この階層の最後の隔壁の筈だ、あとはここから40mほど真下にある地下四階に通じる階段を見つけて、そこから降りるだけだ。
あと少し、あと少しの所まで来た。
あの日、狗達と戦った後、彼らに連れられて行く潤也を見送って時が来るまで身を隠していた。
わたし自身、あの戦いで大きく力を消費してしまっており、動くことすらままならない状態で潤也が連れて行かれるのを見ている事しか出来なかった。
辛かった、情けなかった、悔しかった。
彼の前で、どんな事があっても潤也の元にいて、潤也の事を助けるって誓ったのに、わたしは連れて行かれる潤也をただ見ている事しか出来なかった。
それは地獄の炎で身を焼かれるような思いだった。少したった後、体が少し動くようになったわたしはすぐに潤也を助けに行こうとしたのだ。
だが、そこでわたしを縛ったのは助けようとする彼の言葉だった。
最短かつ確実に潤也を助ける為にも、今、このまともに動かない体で行くのは自殺行為だ。
相手は第七機関でも特に優秀な人材が揃うとされるイーグルだ、万全な状態では無いお前が言ってどうやって彼を助け出す事が出来ると言うのだ?
逆にわたしまでが捕まるという予想は簡単に付くじゃないか…ミイラ取りがミイラになっては駄目なのだ。
だから、わたしは数日間、体が万全な状態になるように回復に努めた。
日に日に潤也の元に行きたいという思いは激流のようになる、それを彼女は心に堤防を作る事によってせき止めた。
唇を噛み、まだ、早い、まだ早いのだ…と自分の思いに耐える。
そんな日々が三日ほど続いた。
そうして彼女は体の万全の域に達すると同時にただちに行動を開始する。
とはいえ土地勘の無いわたしにしてみればまだ、大きな行動をとるには危険この上ない場所であり、潤也の助けにいく為の下調べという作業が残っていた。
わたしは気が重くなった。まだ、まだ行けないのかと、まだ、我慢しなければならないのかと…。
そこに現れたのが『あの男』だった。
その特徴的な細い銀髪を風になびかせ『あの男』はわたしにこう言った。
想定外のアクシデント、まさかあの世界に入って来れる人間がこんな所にいるとは思いもしなかった。
琴峰と名乗っていた事から、あの研究所の出身者と見て間違いないだろう。
つまる所、自分にとっては姉と呼ぶべき存在なのだろうか…あのせいで予想外の時間を喰う羽目になってしまった。
このような事態は流石に想定してはおらず、わたしは念には念をとあえて危険を冒して一つの保険をかけた。
既にセキュリティを解除しはじめてから、今まで2分の時間がたっている。この半分の時間で終わらせる予定だったのに、酷いイレギュラーだ。
わたしの目の前にある、開いた隔壁、この階層の最後の隔壁の筈だ、あとはここから40mほど真下にある地下四階に通じる階段を見つけて、そこから降りるだけだ。
あと少し、あと少しの所まで来た。
あの日、狗達と戦った後、彼らに連れられて行く潤也を見送って時が来るまで身を隠していた。
わたし自身、あの戦いで大きく力を消費してしまっており、動くことすらままならない状態で潤也が連れて行かれるのを見ている事しか出来なかった。
辛かった、情けなかった、悔しかった。
彼の前で、どんな事があっても潤也の元にいて、潤也の事を助けるって誓ったのに、わたしは連れて行かれる潤也をただ見ている事しか出来なかった。
それは地獄の炎で身を焼かれるような思いだった。少したった後、体が少し動くようになったわたしはすぐに潤也を助けに行こうとしたのだ。
だが、そこでわたしを縛ったのは助けようとする彼の言葉だった。
最短かつ確実に潤也を助ける為にも、今、このまともに動かない体で行くのは自殺行為だ。
相手は第七機関でも特に優秀な人材が揃うとされるイーグルだ、万全な状態では無いお前が言ってどうやって彼を助け出す事が出来ると言うのだ?
逆にわたしまでが捕まるという予想は簡単に付くじゃないか…ミイラ取りがミイラになっては駄目なのだ。
だから、わたしは数日間、体が万全な状態になるように回復に努めた。
日に日に潤也の元に行きたいという思いは激流のようになる、それを彼女は心に堤防を作る事によってせき止めた。
唇を噛み、まだ、早い、まだ早いのだ…と自分の思いに耐える。
そんな日々が三日ほど続いた。
そうして彼女は体の万全の域に達すると同時にただちに行動を開始する。
とはいえ土地勘の無いわたしにしてみればまだ、大きな行動をとるには危険この上ない場所であり、潤也の助けにいく為の下調べという作業が残っていた。
わたしは気が重くなった。まだ、まだ行けないのかと、まだ、我慢しなければならないのかと…。
そこに現れたのが『あの男』だった。
その特徴的な細い銀髪を風になびかせ『あの男』はわたしにこう言った。
「やあ、こんばんは、僕は君にプレゼントを持ってきたんだよ。うん、下心は…あるけれど、これは君にとって凄く益のある情報じゃないかなと思うんだけれどいらないかい?
大丈夫、君たちにとって不利益なものは何もないよ」
大丈夫、君たちにとって不利益なものは何もないよ」
悪魔的な笑みを持って、わたしを『あの男』は誘惑した。
わたしは最初、その誘惑に抵抗しようと無視したが、彼の口から潤也の名前が出てしまえば、わたしは抵抗を止めざるおえなかった。
おかげで『あの男』から受け取ったプレゼント、この今着ている装備一式とここの内部構造図、そして潤也の居場所の情報をわたしは手に入れることに成功した。
もし、潤也は『あの男』の協力があったという事実を知ったのならばわたしに対して怒るだろう。
この世界で黒峰潤也が心の底から憎む人間がいるとすれば『あの男』ただ一人なのだ。
それ以外の彼の憎しみは彼が自分で作り上げた憎しみに過ぎない。
それはそうであるべきではなくそれはそうでなくてはならない、そう考えて彼は憎んでいるのだ。
だから潤也はその決意を口にする度に、今にも泣きそうな顔で笑う。
だが、『あの男』は違う、黒峰潤也は『あの男』にだけは純粋な憎悪を抱いている。
なぜ、そこまで憎むのか?という詳細な理由はわからないが、潤也が『あの男』の顔を見たときのわたしにも見せたこと無いような怒りの形相から、あれが黒峰潤也という人間にとっての敵であるのだとわたしは悟った。
潤也の敵はわたしの敵だ。だから『あの男』の手など死んでも借りたくなかった。
だが、わたしが取るべき最善は、どう考えてもその最悪の手をとる必要があった。それはわたしにとって苦渋の決断だった。
結果、正しかったのだろう『あの男』の協力があればこそ、ここまで容易に来れたともいえる。
この施設の地下は広い、もし内部構造を把握せずに進入したら、この十数倍の時間はかかっていたのは予想に難くなかった。
地下四階に繋がる階段を見つけ、一息つく。
あと、一頑張りといったところか…。
その時、カラン、カラン、カランという音が聞こえた。
それは人間が立てるような足音ではない、金属と金属がぶつかって鳴り響く金属音。
最初は少し遠くに聞こえたが、ほんの数秒ばかりでそれは大きな音としてわたしの耳に聞こえる。
わたしは音の聞こえた背後に振り向く、L字の廊下の壁に半径50cmほどの金属の球体がぶつかるのが見えた。
球体はその球面にある一部を蓋のように開きそこから、カメラアイを出し辺りを見渡す、そして、わたしを認識した。
わたしは背に寒気が走るのを感じるのと同時に反射的に右に向けて跳躍した。
金属の球体はわたしを認識した後即座にその内部機構を展開し、体内から機関銃を取り出し私に向けて発射した。
反射的に回避行動をとったのが良かった、発射された無数の弾丸はわたしに当たらず機関銃は階段前の分厚い扉に銃痕を付けただけだ。
わたしは今は階段を下りることを諦め、T字の廊下を向かって右に曲がり走る。
その最中に仮想世界で会ったあの女が言っていた言葉を思い出す。
わたしは最初、その誘惑に抵抗しようと無視したが、彼の口から潤也の名前が出てしまえば、わたしは抵抗を止めざるおえなかった。
おかげで『あの男』から受け取ったプレゼント、この今着ている装備一式とここの内部構造図、そして潤也の居場所の情報をわたしは手に入れることに成功した。
もし、潤也は『あの男』の協力があったという事実を知ったのならばわたしに対して怒るだろう。
この世界で黒峰潤也が心の底から憎む人間がいるとすれば『あの男』ただ一人なのだ。
それ以外の彼の憎しみは彼が自分で作り上げた憎しみに過ぎない。
それはそうであるべきではなくそれはそうでなくてはならない、そう考えて彼は憎んでいるのだ。
だから潤也はその決意を口にする度に、今にも泣きそうな顔で笑う。
だが、『あの男』は違う、黒峰潤也は『あの男』にだけは純粋な憎悪を抱いている。
なぜ、そこまで憎むのか?という詳細な理由はわからないが、潤也が『あの男』の顔を見たときのわたしにも見せたこと無いような怒りの形相から、あれが黒峰潤也という人間にとっての敵であるのだとわたしは悟った。
潤也の敵はわたしの敵だ。だから『あの男』の手など死んでも借りたくなかった。
だが、わたしが取るべき最善は、どう考えてもその最悪の手をとる必要があった。それはわたしにとって苦渋の決断だった。
結果、正しかったのだろう『あの男』の協力があればこそ、ここまで容易に来れたともいえる。
この施設の地下は広い、もし内部構造を把握せずに進入したら、この十数倍の時間はかかっていたのは予想に難くなかった。
地下四階に繋がる階段を見つけ、一息つく。
あと、一頑張りといったところか…。
その時、カラン、カラン、カランという音が聞こえた。
それは人間が立てるような足音ではない、金属と金属がぶつかって鳴り響く金属音。
最初は少し遠くに聞こえたが、ほんの数秒ばかりでそれは大きな音としてわたしの耳に聞こえる。
わたしは音の聞こえた背後に振り向く、L字の廊下の壁に半径50cmほどの金属の球体がぶつかるのが見えた。
球体はその球面にある一部を蓋のように開きそこから、カメラアイを出し辺りを見渡す、そして、わたしを認識した。
わたしは背に寒気が走るのを感じるのと同時に反射的に右に向けて跳躍した。
金属の球体はわたしを認識した後即座にその内部機構を展開し、体内から機関銃を取り出し私に向けて発射した。
反射的に回避行動をとったのが良かった、発射された無数の弾丸はわたしに当たらず機関銃は階段前の分厚い扉に銃痕を付けただけだ。
わたしは今は階段を下りることを諦め、T字の廊下を向かって右に曲がり走る。
その最中に仮想世界で会ったあの女が言っていた言葉を思い出す。
「1分30秒と言ったところでしょうか、想定していた時間よりは短いですが、まあ、足止めにはなったでしょう。」
そしてその言葉の意味をわたしはやっと理解した。あいつの目的は最初からわたしの元にアレを送り込む為の時間稼ぎだったのだ。
そんな事も知らずにわたしは保険を張るためにあの空間に居残り、さらにあれが来る為の時間を奴らに与えてしまった。
カラン、カラン、カラン。
その音は背後から聞こえると同時に、前方からも聞こえてくる。
「ああ、もう!!」
アレは一体だけではない、耳を澄まして聞いてみれば、複数の同じ金属音が聞こえる。
わたしはすぐさま自分の装備を確認した。
無装備だったわたしに『あの男』が提供したのは、グレネード×2、電線ワイヤー、コンバットナイフ、バンデットスーツ、防弾マントの以上5種だ。
銃器の提供もあったが、わたしはそれをあえて断った。
銃は人を殺す為の道具だ。
人を殺すことに躊躇があるか?と問われるのならば無いのだが、問題は殺した後の事だ。
殺された人間は、リベジオンのDSGCシステムによって、その怨念を吸い上げられ、その怨念の一部が黒峰潤也の精神にフィードバックされる。
その時に、わたしが殺した人間の思念が潤也の中に入る可能性も考えられた。
わたしへの憎しみや恨みを怨念が潤也に向けて伝えるのだ…。
それだけは―――例え、自分が黒峰潤也という人間から好かれていなくても、それだけはなんとしても避けたい事だった。
本当ならばグレネードも断りたかったのだが有事の際には爆砕も必要だと考え、威力の高い道具として最低限の個数だけは確保した。
不幸中の幸いといった所だろうか…最悪と最善は同居しうるんだなとわたしを見て呟いた潤也の言葉を思い出す。
このグレネードは奴らを破壊しうる数少ない武器だ、とは敵の数は未知おいそれと目先の敵に簡単に使うわけにもいかなかった。
十字路、後方と前方からあの球体型の殺戮自動人形『オートマーター』が迫る。
双方がカメラアイで私を認識し、発砲。
わたしはまた飛び込むように右の通路に横転した。
そうやって飛び込んで発砲を回避。
前後のオートマーターはお互いを撃ち合う羽目になり破壊されただろう。
同士撃ち、本当にここの構造図を先に把握しておく事が出来てよか――
カタン、カタン。
倒れこんだ通路の先、そこにはまた半径50cmの金属球が私の目の前に転がってきた。
ああ、もう、なんであんなものがここにいるの!!
わたしは体のバネを活かして瞬時に体を立ち上げる。
オートマーターはカメラアイの部分を展開しわたしを認識する。
次に機関銃を展開し、わたしへの射撃が来る。
もう横転する事によって避けることができる脇道は無い。
ならば――する事は一つ。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
わたしはオートマーターに向けて走る、それと同時にバンデットスーツの機能を一つ作動させた。
オートマーターは機関銃をその体内から展開し発射体制に入る。
その構えと同時にわたしは跳躍。
そして機関銃の発射、そして大量の鋼弾が豪雨のようにばら撒かれた。
本当についてない、わたしはその時そう思う。
本当についてないのだ、『あの男』が寄越したものが全てわたしに好転するようになっているのだ。
足元でコイルが回る音がなる。
バンデットスーツの足底に内蔵された電磁石発生装置が作動する音だ。
わたしはそれを利用して、ブーツから発生する磁力を利用し壁を床にして走った。
正面にいたわたしが目の前から消えたことでオートマーターはわたしを見失い。
再びカメラでわたしを探し始める。
そうして、すぐさまわたしを発見する。
――流石に、早い…でも!!!
認識から射撃への移行。
その一瞬の間にわたしはオートーマーターの元にたどり着き、そのカメラアイに向けて腰から抜いたコンバットナイフを突き刺した。
わたしを認識できなくなったオートーマーターは見境の無い乱発魔のように機関銃を乱射する。
だが、既にオートマーターの背後を取ったわたしにはその攻撃はあたりようも無かった。
わたしはすぐさまオートマーターの首を掴み、精神統一を行う。
アクセス。
オートマーターの中へと侵入。
このオートマーターとリンクしているオートマーターを確認する。
4、5、6機。
先ほど破壊した2機とわたしが今、侵入しているオートマーターを含め合計10機でわたしに攻撃しにきているようだ。
オートマーターは警報を鳴らし、自身の仲間にわたしが今、ここにいるという事を伝えていた。
つまりここに追撃の追っ手が来るのも時間の問題という事だ。
わたしはそのままさらに深部まで侵入する。
オートマーターの中で組まれているシステムは非常に単純なものだ。
登録された対象を発見し次第、射殺する。
ならば、先ほどのワームもどきのように、制御を奪取してしまえば。
「えっ…。」
わたしは思わず呟いた、オートマーターの中の世界の深層部では謎のカウントが始まっている。
今、目の前に移っている数字は『5』という数字だ。
それが、すぐに『4』に変わる。
――カウントダウン!?
その変化でわたしはこのオートマーターに何が起こっているのかを察知した。
すぐさまにリンクアウトを行い、カメラからナイフを抜き、全力でそのオートマーターから離れた。
その2秒後に爆発が起こる。
その爆風の体は吹き飛ばされる。
「――――っ。」
直撃は避けたが、爆発の余波で吹き飛ばされ、体のあちこちが痛い。
まさか、自爆コードが組み込まれているとは…。
あれはオートマーターが半壊し戦闘能力を失った際に、発動するシステムだった筈だ。
おそらくは仮想世界であったあの女がわたしの能力を警戒して行った処置だろう。
まったく、本当に同じ能力を持った人間がこの組織にいたというのは想定外もいい所だ。
わたしはすぐさまに自分の体の状態を調査する。
軽く頭から血が流れているが、いずれも軽傷ですんだようだ。
もう少し深刻なダメージを受けている事を想像していたわたしにしてみればそれはいささか意外だった。十分な距離も離れる事も出来なかった筈なのである。
となると考えられるのは、この施設自体に大きな規模のダメージを与えないように自爆用の火薬の量が少なめにされていたという所だろうか…。
今はとりあえず大きな傷は無く五体満足でここにいる幸運に感謝しつつ、わたしは額から目に流れてきている血を手で拭った。
そんな事も知らずにわたしは保険を張るためにあの空間に居残り、さらにあれが来る為の時間を奴らに与えてしまった。
カラン、カラン、カラン。
その音は背後から聞こえると同時に、前方からも聞こえてくる。
「ああ、もう!!」
アレは一体だけではない、耳を澄まして聞いてみれば、複数の同じ金属音が聞こえる。
わたしはすぐさま自分の装備を確認した。
無装備だったわたしに『あの男』が提供したのは、グレネード×2、電線ワイヤー、コンバットナイフ、バンデットスーツ、防弾マントの以上5種だ。
銃器の提供もあったが、わたしはそれをあえて断った。
銃は人を殺す為の道具だ。
人を殺すことに躊躇があるか?と問われるのならば無いのだが、問題は殺した後の事だ。
殺された人間は、リベジオンのDSGCシステムによって、その怨念を吸い上げられ、その怨念の一部が黒峰潤也の精神にフィードバックされる。
その時に、わたしが殺した人間の思念が潤也の中に入る可能性も考えられた。
わたしへの憎しみや恨みを怨念が潤也に向けて伝えるのだ…。
それだけは―――例え、自分が黒峰潤也という人間から好かれていなくても、それだけはなんとしても避けたい事だった。
本当ならばグレネードも断りたかったのだが有事の際には爆砕も必要だと考え、威力の高い道具として最低限の個数だけは確保した。
不幸中の幸いといった所だろうか…最悪と最善は同居しうるんだなとわたしを見て呟いた潤也の言葉を思い出す。
このグレネードは奴らを破壊しうる数少ない武器だ、とは敵の数は未知おいそれと目先の敵に簡単に使うわけにもいかなかった。
十字路、後方と前方からあの球体型の殺戮自動人形『オートマーター』が迫る。
双方がカメラアイで私を認識し、発砲。
わたしはまた飛び込むように右の通路に横転した。
そうやって飛び込んで発砲を回避。
前後のオートマーターはお互いを撃ち合う羽目になり破壊されただろう。
同士撃ち、本当にここの構造図を先に把握しておく事が出来てよか――
カタン、カタン。
倒れこんだ通路の先、そこにはまた半径50cmの金属球が私の目の前に転がってきた。
ああ、もう、なんであんなものがここにいるの!!
わたしは体のバネを活かして瞬時に体を立ち上げる。
オートマーターはカメラアイの部分を展開しわたしを認識する。
次に機関銃を展開し、わたしへの射撃が来る。
もう横転する事によって避けることができる脇道は無い。
ならば――する事は一つ。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
わたしはオートマーターに向けて走る、それと同時にバンデットスーツの機能を一つ作動させた。
オートマーターは機関銃をその体内から展開し発射体制に入る。
その構えと同時にわたしは跳躍。
そして機関銃の発射、そして大量の鋼弾が豪雨のようにばら撒かれた。
本当についてない、わたしはその時そう思う。
本当についてないのだ、『あの男』が寄越したものが全てわたしに好転するようになっているのだ。
足元でコイルが回る音がなる。
バンデットスーツの足底に内蔵された電磁石発生装置が作動する音だ。
わたしはそれを利用して、ブーツから発生する磁力を利用し壁を床にして走った。
正面にいたわたしが目の前から消えたことでオートマーターはわたしを見失い。
再びカメラでわたしを探し始める。
そうして、すぐさまわたしを発見する。
――流石に、早い…でも!!!
認識から射撃への移行。
その一瞬の間にわたしはオートーマーターの元にたどり着き、そのカメラアイに向けて腰から抜いたコンバットナイフを突き刺した。
わたしを認識できなくなったオートーマーターは見境の無い乱発魔のように機関銃を乱射する。
だが、既にオートマーターの背後を取ったわたしにはその攻撃はあたりようも無かった。
わたしはすぐさまオートマーターの首を掴み、精神統一を行う。
アクセス。
オートマーターの中へと侵入。
このオートマーターとリンクしているオートマーターを確認する。
4、5、6機。
先ほど破壊した2機とわたしが今、侵入しているオートマーターを含め合計10機でわたしに攻撃しにきているようだ。
オートマーターは警報を鳴らし、自身の仲間にわたしが今、ここにいるという事を伝えていた。
つまりここに追撃の追っ手が来るのも時間の問題という事だ。
わたしはそのままさらに深部まで侵入する。
オートマーターの中で組まれているシステムは非常に単純なものだ。
登録された対象を発見し次第、射殺する。
ならば、先ほどのワームもどきのように、制御を奪取してしまえば。
「えっ…。」
わたしは思わず呟いた、オートマーターの中の世界の深層部では謎のカウントが始まっている。
今、目の前に移っている数字は『5』という数字だ。
それが、すぐに『4』に変わる。
――カウントダウン!?
その変化でわたしはこのオートマーターに何が起こっているのかを察知した。
すぐさまにリンクアウトを行い、カメラからナイフを抜き、全力でそのオートマーターから離れた。
その2秒後に爆発が起こる。
その爆風の体は吹き飛ばされる。
「――――っ。」
直撃は避けたが、爆発の余波で吹き飛ばされ、体のあちこちが痛い。
まさか、自爆コードが組み込まれているとは…。
あれはオートマーターが半壊し戦闘能力を失った際に、発動するシステムだった筈だ。
おそらくは仮想世界であったあの女がわたしの能力を警戒して行った処置だろう。
まったく、本当に同じ能力を持った人間がこの組織にいたというのは想定外もいい所だ。
わたしはすぐさまに自分の体の状態を調査する。
軽く頭から血が流れているが、いずれも軽傷ですんだようだ。
もう少し深刻なダメージを受けている事を想像していたわたしにしてみればそれはいささか意外だった。十分な距離も離れる事も出来なかった筈なのである。
となると考えられるのは、この施設自体に大きな規模のダメージを与えないように自爆用の火薬の量が少なめにされていたという所だろうか…。
今はとりあえず大きな傷は無く五体満足でここにいる幸運に感謝しつつ、わたしは額から目に流れてきている血を手で拭った。
――――違和感。
今、わたしは出来ないことをしなかっただろうか?
何故、わたしは今、自分の顔にその手で触ることが出来たのか…。
その時、わたしは今まで自分の顔を覆っていたものが無くなっている事に気づいた。
そう、さきほどまでわたしが付けていた仮面が…無い。
慌てて右手で素顔を覆い、辺りを見渡す、さきほどの爆心地からそう遠くないところに、爆発に巻き込まれ焼き焦げた仮面があった。
気分が重くなる。
きっと、この施設の所有者たちはわたしの動きをモニターしているだろう。
今、戦っている敵は素顔を片手で隠したりしながら闘ったりできるような相手ではない。
つまり、この素顔を晒して闘わなければならないという事だ。さきほどの仮想空間とは見られる数も違うし、事を成した後、データとして残されてしまうだろう。
それはわたしとしては好む状況ではなかった。
わたしはこの顔が嫌いだ。
潤也はわたしの顔を見るたびになんとも言えない表情を見せ、わたしに敵意を向けようとする。
この顔じゃなければ、潤也ともっと普通に話して貰えるようになったかもしれない。
そう思うとこの顔が憎くて、憎くてたまらなかった。
その顔を衆目に晒してしまう、それがまた嫌で嫌でたまらない。
カタン、カタン。
オートマーターが近くまでやってきた事を示す音だ。
さっきまでの攻防で大体オートマーターを倒すコツを掴んだ。
いうなればオートマーターの欠点を見つけたともいえる。
だが、相手は加減するような戦い方で勝てる敵でも無い。
わたしは覚悟を決めて、素顔から手を離した。
何故、わたしは今、自分の顔にその手で触ることが出来たのか…。
その時、わたしは今まで自分の顔を覆っていたものが無くなっている事に気づいた。
そう、さきほどまでわたしが付けていた仮面が…無い。
慌てて右手で素顔を覆い、辺りを見渡す、さきほどの爆心地からそう遠くないところに、爆発に巻き込まれ焼き焦げた仮面があった。
気分が重くなる。
きっと、この施設の所有者たちはわたしの動きをモニターしているだろう。
今、戦っている敵は素顔を片手で隠したりしながら闘ったりできるような相手ではない。
つまり、この素顔を晒して闘わなければならないという事だ。さきほどの仮想空間とは見られる数も違うし、事を成した後、データとして残されてしまうだろう。
それはわたしとしては好む状況ではなかった。
わたしはこの顔が嫌いだ。
潤也はわたしの顔を見るたびになんとも言えない表情を見せ、わたしに敵意を向けようとする。
この顔じゃなければ、潤也ともっと普通に話して貰えるようになったかもしれない。
そう思うとこの顔が憎くて、憎くてたまらなかった。
その顔を衆目に晒してしまう、それがまた嫌で嫌でたまらない。
カタン、カタン。
オートマーターが近くまでやってきた事を示す音だ。
さっきまでの攻防で大体オートマーターを倒すコツを掴んだ。
いうなればオートマーターの欠点を見つけたともいえる。
だが、相手は加減するような戦い方で勝てる敵でも無い。
わたしは覚悟を決めて、素顔から手を離した。
「本当に研究は完成していたんですね…まったく、あなたたちの執念にはその是非はどうであれ敬意を表したくなります。」
総司令部のモニターに映されるこの世において、ありえない事象の数々を目の当たりにして琴峰雫が呟いた。
モニターの中ではグレネードを使いオートマーターを破壊するあの少女が映されている。
「6号機と4号機もやられました。残るのは3号機、5号機、8号機、10号機の四機になります。あ、あれ、に、人間がやれることなんですか?」
柳瀬恵は恐怖するように告げる。
「どんなに信じられない事でも目の前で起こっている事が事実だ、受け止めて冷静に対処する事が肝心。」
そう言葉をかけ、雫は恵の肩をポンと叩く。
「あ、あの副官よろしいでしょうか?」
両腕に書類を大量に抱えた男が雫に声をかけてきた。
「なんだ、急な用件か?」
「はい……あのたぶんなのですが、襲撃者の身元が判明しました。」
雫は驚く。
襲撃者は№Iと考えてわたしたちは行動している。ならば、彼女の身元など判明しようも無い筈なのだ。
それの身元が判明した?
「どういうことだ、政府のデータバンクで人物照会をしたにしても判明するのが早すぎる、一体、何故そんな事がわかった?」
「はい、彼女の顔を、えっと、あの始まりから申しますと、私は彼女の顔をどこかで見たことがあると感じたのです。」
「顔?」
モニターの前にはオートマーターと闘う少女が映されている。
既にさきほどまで付けていた仮面は外れており、仮想世界で雫が見たあの素顔を晒していた。
「ブラックファントムの資料をまとめていたときに私は黒峰潤也に関する資料を集めていたのですが、彼は半年前の第六区画消失事件の生存者である事は既に報告したと思います。」
「確かに、目を通したな。」
雫は思い出す、鋼獣が最初にこの地上に現れて起こした事件。
それは第七機関統括地区中部に位置する第六区画にて巨大な爆発が起こり消滅したという事件だった。
原因不明の爆発であったのだが、周囲を飛び回っていた謎の飛行物体、後に鋼獣と呼称される機械が辺りを飛び回っていた事から、鋼獣の仕業であると我々は結論付けたのだ。
それから鋼獣は我々にその牙を向き、襲い掛かってくる事になった。
黒峰潤也はその事件の数少ない生存者なのだという。
「それであの襲撃者の顔を見たとき偶然、思い当たる所があって、確認を取ったのですが彼の家族に――」
「家族?彼の家族はたしかあの事件で全員死亡とされていたのでは無かったか?」
「ええ、ですが、そっくりなんです、そのこれをまず見てもらえればわかると思うのですが…。」
男は腕に抱えた書類の中から一番上の書類を雫に向けて差し出した。
雫はその書類に映し出されている写真を見て、驚愕した。
「これは一体…どういう事なんだ…?」
書類には黒峰潤也の家族の顔写真が映されている。
その中に一人、どう見ても、今、モニターの中でオートマーターを破壊している人間の顔が写っているのだ。
そしてその顔写真の下には顔の人間の『黒峰咲』という名前が書かれていた。
「ええ、つまりは、あの、今我々に襲撃をかけているのは黒峰潤也の妹となるという事なのですが…あの事件では死亡としていますが、死体は確認されてはいないわけですし、可能性としては0ではありません。」
「馬鹿な…。」
雫は信じられずに、その書類を読み進める。
黒峰咲、16歳。黒峰豪徹と黒峰香の間に生まれた第二子であり長女と記されている。
モニターで闘っている少女と写真何度、見比べてもそれは他人の空似というにはあまりにもそのままだった。
では、今、目の前に移っているあの襲撃者は№Iではないというのだろうか?
いや、それはありえないと雫は考える。先ほど雫は仮想世界にてあの少女と会っている。
少女が使った技術は明らかに自分の作り上げた能力の模倣品であり、発展させた上位互換といえる代物だ。
そんな能力を琴峰研究所に無関係の人間が持てる筈は無い。
№Iの研究は極秘裏に行われており、雫もその話を間接的に聞いていただけなのでしっかりとした面識は無かったが、あれが№Iで無い筈が無いのだ。
つまりは―――どういうことだ?
№Iはクローンでは無く、人間を実験体にしたとでも…クローン?
そうか、№Iのオリジナルとなった細胞の提供者がいるはずなのだ、半年前に始まった№Iの製造に使われた細胞の提供者が…。
その時、雫が自分が考えている事に違和感を感じた。いや、違和感というよりはあまりに事象がことごとく一致しすぎているのだ。
半年前に起こった第四区画消失事件、その事件と共に行方不明になった黒峰咲とそれと同時期に始まった№Iの製造、黒峰咲と瓜二つの顔を持つ№I、ブラックファントムを操縦していた青年黒峰潤也、黒峰潤也の下に向かう№I。
それぞれがあまりに近い、近すぎるものを感じる。
偶然だと考えるべきなのだろうか…だが、それは偶然と考えるには余りにも近いところにありすぎた。
考えすぎだと雫は頭を振る、例え、№Iの細胞提供者が黒峰咲であったとしても、黒峰潤也と琴峰研究所には何の関係も無いのだ。
関係者であるのならば、かつて自分たちが黒峰潤也の経歴を調べた時にその話が浮き出ないわけが無い。
ならば、このあまりに近い偶然の数々はなんだというのだ?
まるで目に見えない何かが幕の後ろから糸をたらして裏で操っているような感覚を雫は受ける。
偶然というにはあまりに作為的だ。まるで全てが最初からそうなるのように画策されていた。そんな考えすら沸いてくる。
自分たちが今、目の当たりにしている事象は自分たちが想像しているような領域を飛び越えるほどの所で何かが行われようとしているのではないか?
妄念だと振り払おうとしつつも雫の頭からその思考が一向に消えなかった。
「あ、あの副官、大丈夫でしょうか顔色も悪いですよ…。」
男が心配したような声で雫に呼びかける。
「ああ、すまない、ちょっと考えごとにふけっていた。ありがとう、だが、この事は今は内密にしておいてくれ、今は余計なことに頭を使わせたくないからな。」
「あ、はい、わかりました。」
そういって男は下がる。
「副司令…本当に無理はしないでくださいね。ところで、朗報が一つ来ましたよ。」
そう呼びかけたのはオペレーターの柳瀬だった。
「ん、なんだ?」
「時峰副司令を乗せた、輸送機がこちらの飛行場に到着したとの連絡が入りました。」
その報を聞き雫は安堵の息を漏らした。
「ついに、来たのか…副司令にはすぐにこちらに来てもらえるように伝えてくれ…司令にも回線を繋いで現状報告を頼む。」
飛行場からここまで、車を飛ばせば、大体3分ほどで来れる距離にある、これならばあの№Iが地下5階にたどり着く前に彼女を№Iの元に送り込む事も可能な筈だ。
地下5階、あのセキュリティがそう簡単に突破されるとは思えないが、№Iの能力は未だ未知数だ。何の目算もなくここに来ているとも思えない。
もし突破され中にいるレイン・フォード博士や秋常貞夫総司令を人質などに取られてしまったら事がさらに面倒になる。
だからなんとしても、地下5階に到達する前に、彼女を捕らえなければならなかった。
だが、これならば間に合う、彼女ならばこの窮地をなんとかしてくれる筈だ。
スピーカー越しに司令部では聞きなれた声が聞こえた。
「九条が来たというのは本当か?」
地下五階にフォード博士、黒峰潤也といるイーグル総司令秋常貞夫だ。
「ええ、さきほど九条さんを乗せた輸送機がこちらに到着したという連絡が入りました。」
「よし、奴の方はどうなっている?」
「敵の位置は現在オートマーター10号機と戦闘中、まあ、やられるのは時間の問題といった所ですが、それでも残り3機のオートマーターがいます。九条さんが来るまではなんとか持つでしょう。」
スピーカー越しに貞夫の安堵の息が漏れた。
「まあ、これで一安心といった所だな、ずっとオートマーターが襲撃者を殺してしまったらどうしようと肝が冷える思いでもあったが、まあ、奴が強くて万々歳だ。あとは――」
「あ、あの、ちょっと良いでしょうか?」
そう尋ねたのは柳瀬だった。
心なしか顔が青ざめている。
「どうした柳瀬?」
「あ、あの、飛行場から連絡がありまして、と、時峰副司令が……輸送機内のコンテナの中にあった鋼機アインツヴァインカスタム『雪花』に乗ってどっかに飛んでちゃったそうなんですけれど…」
その瞬間、これで一安心だと安堵していた司令部をかつて無いほどのブリザードが襲った。
その柳瀬の言葉に司令部の人間全てが固まり、司令部の時間は止まったのだ。
雫は酷い頭痛と眩暈に襲われながらも問い直す。
「すまない、柳瀬、もう一度いってくれ、ちょっと言葉を聞き違えたみたいだ。」
そう頭を抑えながら言う雫に柳瀬は申し訳なさそうに…
「いえ、どうもあの輸送機が着地すると同時に『雪花』に乗って、副司令どっかに飛んでちゃったらしいんです。
輸送機の方に置手紙があったらしくて『いい天気なので散歩にいってくるよ、ああ、お月様が綺麗だねぇ』と達筆で…。」
「…………………………………間違いないのか?」
「3回確認しました、間違いありません。直接連絡の方も取ろうとしました、でも携帯端末の電源を切っちゃってるみたいで…。」
柳瀬が泣きそうな顔をして雫に助けを求める。自分も信じられなくて何度も確認したのだと…。これ以上、私にこの事を言わせないでくれと…。
そして、司令部は混沌に包まれていた。
ある者は幻聴を聞いたのだと思い耳をかき、ある者は悪夢を見たのだと思い頬をつねり、ある者は現実を受け入れ絶望に涙し、ある者は明後日の方向に笑い始める。
挙句の果てに、スピーカーからは50超えたおっさんの泣き声が漏れているのだ。「信じた私が馬鹿だった~。」と年不相応の涙声をあげて…。
そこは絶望という名のカーニバル。なんかもう今まで頑張りが無駄だったと知らされる絶望の淵。
「柳瀬くん、今、イーグルが置かれている状況の説明は副司令にしたんだよね?」
べそかいたような声で貞夫が柳瀬に尋ねる。
「はい、機内の無線装置越しですが、副司令とモニター越しに私の説明を真摯に聞いてくれていました、あんな真剣な表情で私の説明を聞いていたのですから、まず説明を聞いてなかったという事は…。」
「それでな、柳瀬くん、説明中に副司令は何か発言したかね…。」
「いえ、何もただずっとモニターの方の先にいる私の方を真剣に見ていました、それで説明が終わった後、何か質問がありますでしょうか?と尋ねたら、少し首を振って『いや、わかったからいいよ』と言われました。
そういえば、質問があるかと聞いても中々反応が貰えなかったので何度か同じ質問をしました、5回目の質問で最後に何か気づいたようにして首を振っていたような…。」
その時点で時峰九条と付き合いの長い秋常貞夫と琴峰雫が輸送機の中で何があったのかを理解した。
ああ、そうだ、時峰九条はブリーフィングや説明とかがとにかく苦手でよく眼を開けたまま―――
「説明中、寝てたな…あの糞ババア…。」
「こちらも大慌てでしたので、九条さんの特技を忘れていました…すいません、私が対応すべきでした、私のミスです。」
えっ、えっ、とおろおろしながら柳瀬は涙を流す。
イーグル司令部は世界終末が訪れたかのように暗く重い雰囲気が漂う。
こうして、第七機関のトラウマメーカーはまた、新たなトラウマをイーグルの人間に作り上げたのだった。
総司令部のモニターに映されるこの世において、ありえない事象の数々を目の当たりにして琴峰雫が呟いた。
モニターの中ではグレネードを使いオートマーターを破壊するあの少女が映されている。
「6号機と4号機もやられました。残るのは3号機、5号機、8号機、10号機の四機になります。あ、あれ、に、人間がやれることなんですか?」
柳瀬恵は恐怖するように告げる。
「どんなに信じられない事でも目の前で起こっている事が事実だ、受け止めて冷静に対処する事が肝心。」
そう言葉をかけ、雫は恵の肩をポンと叩く。
「あ、あの副官よろしいでしょうか?」
両腕に書類を大量に抱えた男が雫に声をかけてきた。
「なんだ、急な用件か?」
「はい……あのたぶんなのですが、襲撃者の身元が判明しました。」
雫は驚く。
襲撃者は№Iと考えてわたしたちは行動している。ならば、彼女の身元など判明しようも無い筈なのだ。
それの身元が判明した?
「どういうことだ、政府のデータバンクで人物照会をしたにしても判明するのが早すぎる、一体、何故そんな事がわかった?」
「はい、彼女の顔を、えっと、あの始まりから申しますと、私は彼女の顔をどこかで見たことがあると感じたのです。」
「顔?」
モニターの前にはオートマーターと闘う少女が映されている。
既にさきほどまで付けていた仮面は外れており、仮想世界で雫が見たあの素顔を晒していた。
「ブラックファントムの資料をまとめていたときに私は黒峰潤也に関する資料を集めていたのですが、彼は半年前の第六区画消失事件の生存者である事は既に報告したと思います。」
「確かに、目を通したな。」
雫は思い出す、鋼獣が最初にこの地上に現れて起こした事件。
それは第七機関統括地区中部に位置する第六区画にて巨大な爆発が起こり消滅したという事件だった。
原因不明の爆発であったのだが、周囲を飛び回っていた謎の飛行物体、後に鋼獣と呼称される機械が辺りを飛び回っていた事から、鋼獣の仕業であると我々は結論付けたのだ。
それから鋼獣は我々にその牙を向き、襲い掛かってくる事になった。
黒峰潤也はその事件の数少ない生存者なのだという。
「それであの襲撃者の顔を見たとき偶然、思い当たる所があって、確認を取ったのですが彼の家族に――」
「家族?彼の家族はたしかあの事件で全員死亡とされていたのでは無かったか?」
「ええ、ですが、そっくりなんです、そのこれをまず見てもらえればわかると思うのですが…。」
男は腕に抱えた書類の中から一番上の書類を雫に向けて差し出した。
雫はその書類に映し出されている写真を見て、驚愕した。
「これは一体…どういう事なんだ…?」
書類には黒峰潤也の家族の顔写真が映されている。
その中に一人、どう見ても、今、モニターの中でオートマーターを破壊している人間の顔が写っているのだ。
そしてその顔写真の下には顔の人間の『黒峰咲』という名前が書かれていた。
「ええ、つまりは、あの、今我々に襲撃をかけているのは黒峰潤也の妹となるという事なのですが…あの事件では死亡としていますが、死体は確認されてはいないわけですし、可能性としては0ではありません。」
「馬鹿な…。」
雫は信じられずに、その書類を読み進める。
黒峰咲、16歳。黒峰豪徹と黒峰香の間に生まれた第二子であり長女と記されている。
モニターで闘っている少女と写真何度、見比べてもそれは他人の空似というにはあまりにもそのままだった。
では、今、目の前に移っているあの襲撃者は№Iではないというのだろうか?
いや、それはありえないと雫は考える。先ほど雫は仮想世界にてあの少女と会っている。
少女が使った技術は明らかに自分の作り上げた能力の模倣品であり、発展させた上位互換といえる代物だ。
そんな能力を琴峰研究所に無関係の人間が持てる筈は無い。
№Iの研究は極秘裏に行われており、雫もその話を間接的に聞いていただけなのでしっかりとした面識は無かったが、あれが№Iで無い筈が無いのだ。
つまりは―――どういうことだ?
№Iはクローンでは無く、人間を実験体にしたとでも…クローン?
そうか、№Iのオリジナルとなった細胞の提供者がいるはずなのだ、半年前に始まった№Iの製造に使われた細胞の提供者が…。
その時、雫が自分が考えている事に違和感を感じた。いや、違和感というよりはあまりに事象がことごとく一致しすぎているのだ。
半年前に起こった第四区画消失事件、その事件と共に行方不明になった黒峰咲とそれと同時期に始まった№Iの製造、黒峰咲と瓜二つの顔を持つ№I、ブラックファントムを操縦していた青年黒峰潤也、黒峰潤也の下に向かう№I。
それぞれがあまりに近い、近すぎるものを感じる。
偶然だと考えるべきなのだろうか…だが、それは偶然と考えるには余りにも近いところにありすぎた。
考えすぎだと雫は頭を振る、例え、№Iの細胞提供者が黒峰咲であったとしても、黒峰潤也と琴峰研究所には何の関係も無いのだ。
関係者であるのならば、かつて自分たちが黒峰潤也の経歴を調べた時にその話が浮き出ないわけが無い。
ならば、このあまりに近い偶然の数々はなんだというのだ?
まるで目に見えない何かが幕の後ろから糸をたらして裏で操っているような感覚を雫は受ける。
偶然というにはあまりに作為的だ。まるで全てが最初からそうなるのように画策されていた。そんな考えすら沸いてくる。
自分たちが今、目の当たりにしている事象は自分たちが想像しているような領域を飛び越えるほどの所で何かが行われようとしているのではないか?
妄念だと振り払おうとしつつも雫の頭からその思考が一向に消えなかった。
「あ、あの副官、大丈夫でしょうか顔色も悪いですよ…。」
男が心配したような声で雫に呼びかける。
「ああ、すまない、ちょっと考えごとにふけっていた。ありがとう、だが、この事は今は内密にしておいてくれ、今は余計なことに頭を使わせたくないからな。」
「あ、はい、わかりました。」
そういって男は下がる。
「副司令…本当に無理はしないでくださいね。ところで、朗報が一つ来ましたよ。」
そう呼びかけたのはオペレーターの柳瀬だった。
「ん、なんだ?」
「時峰副司令を乗せた、輸送機がこちらの飛行場に到着したとの連絡が入りました。」
その報を聞き雫は安堵の息を漏らした。
「ついに、来たのか…副司令にはすぐにこちらに来てもらえるように伝えてくれ…司令にも回線を繋いで現状報告を頼む。」
飛行場からここまで、車を飛ばせば、大体3分ほどで来れる距離にある、これならばあの№Iが地下5階にたどり着く前に彼女を№Iの元に送り込む事も可能な筈だ。
地下5階、あのセキュリティがそう簡単に突破されるとは思えないが、№Iの能力は未だ未知数だ。何の目算もなくここに来ているとも思えない。
もし突破され中にいるレイン・フォード博士や秋常貞夫総司令を人質などに取られてしまったら事がさらに面倒になる。
だからなんとしても、地下5階に到達する前に、彼女を捕らえなければならなかった。
だが、これならば間に合う、彼女ならばこの窮地をなんとかしてくれる筈だ。
スピーカー越しに司令部では聞きなれた声が聞こえた。
「九条が来たというのは本当か?」
地下五階にフォード博士、黒峰潤也といるイーグル総司令秋常貞夫だ。
「ええ、さきほど九条さんを乗せた輸送機がこちらに到着したという連絡が入りました。」
「よし、奴の方はどうなっている?」
「敵の位置は現在オートマーター10号機と戦闘中、まあ、やられるのは時間の問題といった所ですが、それでも残り3機のオートマーターがいます。九条さんが来るまではなんとか持つでしょう。」
スピーカー越しに貞夫の安堵の息が漏れた。
「まあ、これで一安心といった所だな、ずっとオートマーターが襲撃者を殺してしまったらどうしようと肝が冷える思いでもあったが、まあ、奴が強くて万々歳だ。あとは――」
「あ、あの、ちょっと良いでしょうか?」
そう尋ねたのは柳瀬だった。
心なしか顔が青ざめている。
「どうした柳瀬?」
「あ、あの、飛行場から連絡がありまして、と、時峰副司令が……輸送機内のコンテナの中にあった鋼機アインツヴァインカスタム『雪花』に乗ってどっかに飛んでちゃったそうなんですけれど…」
その瞬間、これで一安心だと安堵していた司令部をかつて無いほどのブリザードが襲った。
その柳瀬の言葉に司令部の人間全てが固まり、司令部の時間は止まったのだ。
雫は酷い頭痛と眩暈に襲われながらも問い直す。
「すまない、柳瀬、もう一度いってくれ、ちょっと言葉を聞き違えたみたいだ。」
そう頭を抑えながら言う雫に柳瀬は申し訳なさそうに…
「いえ、どうもあの輸送機が着地すると同時に『雪花』に乗って、副司令どっかに飛んでちゃったらしいんです。
輸送機の方に置手紙があったらしくて『いい天気なので散歩にいってくるよ、ああ、お月様が綺麗だねぇ』と達筆で…。」
「…………………………………間違いないのか?」
「3回確認しました、間違いありません。直接連絡の方も取ろうとしました、でも携帯端末の電源を切っちゃってるみたいで…。」
柳瀬が泣きそうな顔をして雫に助けを求める。自分も信じられなくて何度も確認したのだと…。これ以上、私にこの事を言わせないでくれと…。
そして、司令部は混沌に包まれていた。
ある者は幻聴を聞いたのだと思い耳をかき、ある者は悪夢を見たのだと思い頬をつねり、ある者は現実を受け入れ絶望に涙し、ある者は明後日の方向に笑い始める。
挙句の果てに、スピーカーからは50超えたおっさんの泣き声が漏れているのだ。「信じた私が馬鹿だった~。」と年不相応の涙声をあげて…。
そこは絶望という名のカーニバル。なんかもう今まで頑張りが無駄だったと知らされる絶望の淵。
「柳瀬くん、今、イーグルが置かれている状況の説明は副司令にしたんだよね?」
べそかいたような声で貞夫が柳瀬に尋ねる。
「はい、機内の無線装置越しですが、副司令とモニター越しに私の説明を真摯に聞いてくれていました、あんな真剣な表情で私の説明を聞いていたのですから、まず説明を聞いてなかったという事は…。」
「それでな、柳瀬くん、説明中に副司令は何か発言したかね…。」
「いえ、何もただずっとモニターの方の先にいる私の方を真剣に見ていました、それで説明が終わった後、何か質問がありますでしょうか?と尋ねたら、少し首を振って『いや、わかったからいいよ』と言われました。
そういえば、質問があるかと聞いても中々反応が貰えなかったので何度か同じ質問をしました、5回目の質問で最後に何か気づいたようにして首を振っていたような…。」
その時点で時峰九条と付き合いの長い秋常貞夫と琴峰雫が輸送機の中で何があったのかを理解した。
ああ、そうだ、時峰九条はブリーフィングや説明とかがとにかく苦手でよく眼を開けたまま―――
「説明中、寝てたな…あの糞ババア…。」
「こちらも大慌てでしたので、九条さんの特技を忘れていました…すいません、私が対応すべきでした、私のミスです。」
えっ、えっ、とおろおろしながら柳瀬は涙を流す。
イーグル司令部は世界終末が訪れたかのように暗く重い雰囲気が漂う。
こうして、第七機関のトラウマメーカーはまた、新たなトラウマをイーグルの人間に作り上げたのだった。
To be continued
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