創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

二大巨頭の接触

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匿名ユーザー

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 偶然というものは誠に恐ろしいものだ。

 神を仰いだり運命論に逃げたりしないツクヨミは、今のこの状況に対してこの感想を抱くしかなかった。

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 今、ロボスレ学園は放課後に入って既にしばらく経っており、
多くの生徒がそれぞれの活動場所で部活動やサークル活動に励んでいた。
そしてツクヨミが顧問を務める野球部の面々も、例外ではなかった。
 自分を知っている人間で、この学園の関係者ではない者が、自分が野球部の顧問をしているなどと聞いたら、
間違いなくそれは嘘か何かの間違いだと判断するだろうと、ツクヨミ自身思う。
しかし、これはまぎれもない事実であり、
その事情及びツクヨミという人間のパーソナリティーを知っている人間からすれば、
ああそうなるだろうと頷ける話でもある。
 これはツクヨミの人間関係というものに対する疎さによるものなのだ。

 部活動というものには顧問の教師が必要なわけだが、
特に運動部では、その顧問は体力に不安の無い者がなるのが望ましい。
さて、そこでロボスレ学園の部活動事情なのだが、運動部系統では、
圧倒的にスポーツギアをはじめとしたロボット使用競技部の人気が高く、
さらにその人気の高さからくる部員層の厚さから、各種大会等の成績も良い。
まあ、そこには、ロボット使用競技部のある学校など数が限られており、競争がそのぶん緩やかである、
というカラクリが有ったりもするのだが。
そしてロボット使用競技部の次に人気が高いのは、柔剣道・ボクシングをはじめとした武道・格闘技部である。
 それゆえ、どのみち運動部の顧問を命じられることになる若手教員は、
成績の良いそれらの人気部か、反対に楽を出来るであろう極端に人気の無い部(エクストリームアイロン部等)の
どちらかの顧問に先を争うようになり、
結果、人間関係に疎くゆえにそういった政治的ともいえる動きにも疎いツクヨミは、
野球部という、ロボスレ学園においてはそれほど人気も無く成績も良くないため評価につながりにくいが
かといって全く人気が無いわけでもないのでそれほど楽を出来るわけでもないという、
教師たちの間から最も忌避されている部の顧問にさせられてしまった、というわけなのだ。

 これだけでもツクヨミにとっては災難な話なのだが、
それはツクヨミ自身のパーソナリティーからある意味必然的な結果として生じたことであり、
偶然というものの恐ろしさに嘆息する、ということにはならない。
 現在ツクヨミが遭遇しているのは、
そこらの練度の低い軍隊がやるよりよほど巧妙な十字砲火を部員達の外れ球により受け
(RSに乗っていればともかく、生身ではツクヨミ、いやこの学園に生息する一部の超人以外には回避不可能だろう。
 あまりに見事なゆえ、逆にこれは狙ったものではないと断言できるほどだ)、
さらにその現場をテティス・ステュクスに見られてしまっていた、という事態なのである。

「ツクヨミ先生! 早く保健室に!」
 野球部のマネージャーにしてアイドルのテティス・ステュクスはそう言った。
それは予測した通りの行動なのだが、その予測は、同時に、ツクヨミが偶然というものの恐ろしさを嘆いた理由でもある。

 保健室に行かされるのだ。

「いや、このくらいならわざわざ保健室に行くまでのことも無い」
 外に流れ出さないよう、かつそうしているのが露見しないよう、
その伸び放題の髪で上手く耳血を押さえながらツクヨミは言った。
「駄目です! 頭に硬球が五つも当たったんですよ!
 たとえ大丈夫に思えても見てもらうべき事態で、それで、ツクヨミ先生耳血まで出してるじゃないですか!」
「一般的な話としてはそうかも知れないが、
 過去の経験からいって、この程度であれば特別診察や治療は俺には必要無いとわかっている」
 無駄な抵抗だろう、と思いながらもツクヨミは反論した。
ちなみに無駄な努力の方は止めたので、耳血はダダ漏れ状態となっている。
「そんな理屈は通りません! そんな理由でハイそうですかと言ったとしたら、私が他の先生に怒られます!」
 やはり無駄な抵抗だったようだ。観念し、ツクヨミは保健室に行くことにした。
とりあえず、保健室にさえ行っておけば、自分のテティスに対する、そしてテティスの他の教師に対する面目は立つだろう。
率直に言って、部活動を行うに当たってテティスには随分助けてもらっているし、
あまり彼女にかける迷惑を増やすようなマネはしたくない。
 それに保健室に行ったところで、その後で病院等にいくかどうかは、また別の話だ。

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「失礼する」
 学園内の研究施設で飼育しているバケモノどもが脱走した場合に備えて分厚い装甲板でつくったのではないかと思うほど、
重く感じる保健室のドアを開ける。

 そこでツクヨミが見たのは、ある種の異変だった。

 出入り口のところに立っているツクヨミからはほぼ真正面にある壁沿いの机の前の椅子には、
白衣に身を包んだ長髪の人間が座っている。
 そんなところにそんな恰好でそうしている人間というのは、つまり養護教諭であるものなのだが、
目の前にいる人間は、ツクヨミの知っている養護教諭ではない。
いくらツクヨミが人間関係に疎いとはいえ、日常的に顔を合わせる同僚の顔を見間違えたりはしない。
 そしてそれ以外にもツクヨミの感じる違和感はあるのだが―――

「部活動の指導中に負傷したので、診察を受けに来たのだが、養護教諭が見当たらない。どこに行ったか知らないか?」

 そんなことはどうでもいいから、一刻も早く用を済ませ、この保健室という空間から立ち去りたい。

「ああ、今日から私が養護教諭です」
 白衣の長髪はツクヨミの発言にそう応えた。

 コイツが養護教諭? そうであるならば、新任の養護教諭ということになるのだが、こんな時期に交替するものか?
それに、コイツは見たところかなり若い。教師というより、高等部か中等部の生徒に見えるくらいだ。
まあしかし、18歳以上であることは確実であるため、話を進めることにした。

「新任ということか? しかし、養護教諭が替わったなどという話は聞いていないが」
「ここにいた養護教諭は私が実力で駆逐しました」

 実力で駆逐? 目の前の人間は、前の養護教諭より優秀で、それが認められて急遽交替した、ということだろうか。
養護教諭の能力となれば、生徒達の健康や安全にもかかわってくる。
であれば、優秀な人間を即時に配置したい、というのもわからない話ではない。

 だとすると問題なのは、より優秀な人間であれば、より手の込んだ診察なり手当なりをする可能性がある、ということだ。
それはつまり、保健室により長くいなければならない、ということを意味する。
憂鬱な気分になりながらも、それでも僅かでも早く立ち去されるように振舞おうと、ツクヨミは話を進めた。

「そうか。では、診てもらおう。ここなんだが―――」
「ああ、そんなの自分で自分の唾つけときゃ治る。あなた隆昭君じゃないから」
「それなら、もうここから出ていっていいか?」
「ええ、隆昭君じゃない人はとっとと出てって」

 事前の予測は(極めて喜ばしいことに)裏切られ、新任養護教諭に横を向いて見せた耳を一瞥されただけで、
ツクヨミは解放された。

 これはいい新任だ、話がわかる。

 ツクヨミは思いがけずにやってきた幸運を喜んだ。
男なのに癖っ毛を伸ばし放題にしているあたり、自分と似た種類の人間なのかもしれない。
それに、発言から考えて、自分の仕事というものに対して非常に熱心そうである。
「隆昭君」というのは、高等部の鈴木隆昭のことだろうが、あの新任の発言からして、
その生徒は身体に異常を抱えているのか、特別に気を配らなければならないようだ。
既に着任して長い自分もそんなことは知らなかったというのに、
あの新任は今日着任したばかりで、しっかりと把握している。
望ましい新任養護教諭が恙無く学園生活を送れるように、
ツクヨミは、あの人間を一目見たときから感じていた犯罪者の臭いについては他言しないことに決めた。

 それにしても、ベッドがやたら華美なものになっていたが、あれはあの新任が交換したのだろうか?

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「ツクヨミ先生!」
 保健室を出て少し廊下を歩くと、テティスが走り寄ってきた。
「どうでした?」
 心配そうな表情でツクヨミの顔を覗き込んでくる。
今、自分は包帯も何もしていないし、もしかすると、保健室に行ったふりをしただけだと誤解されているかもしれない。
ならば、保健室に行ったのでなければ出来ない発言をすれば、仮に誤解されていたとしてもそれは解ける。
上手いことに、養護教諭が替わっている、というまさにその証明に使える事態に自分は今遭遇してきた。
 あの新任が来た、という幸運にさらなる感謝を捧げながら、ツクヨミは口を開いた。
「ああ、保健室にはちゃんと行ってきた。養護教諭が替わっていた。若い奴だ、なかなかいい―――」

 突然、ツクヨミの左頬に痛みが走った。

 平手打ちを喰らったのだ、ということに気付いた時、ツクヨミは、
テティスが自分に平手打ちをしたということ自体と、
自分の動体視力でも捉えられないほどの平手打ちをテティスがしたということの
二重の驚愕に襲われた。

「馬鹿! ツクヨミ先生の馬鹿!」

 そしてその見事な平手打ちをした当の本人は涙目でツクヨミを睨んでいる。

「ツクヨミ先生は心に決めた人がいるからって、私身を引いてたのに!」

 そう叫ぶと、テティスは嗚咽を上げながら走り去った。
驚きのあまり呆然としていたツクヨミには、追い付きようも何もない速度だった。

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 その夜、ベッドの中で、ツクヨミはテティスの行動について考えていた。

 『ツクヨミ先生は心に決めた人がいるからって、私身を引いてたのに!』

 何故テティスがそう言ったのか意図のつかめない発言だったが、
カーテンの向こうが明るくなっているのがわかるくらいの時間まで考えていたかいがあり、
有力な仮説を立てることが出来た。

 テティスは非常に熱心に野球部のマネージャーとしての仕事をこなしており、
部員達の健康管理にまで意見を出している。
思うに、テティスとしては、顧問であるツクヨミの健康管理も行いたいのではないだろうか?
普通なら考えにくいが、それなら既にテティスの熱心さ、というものが普通ではない。彼女ならば十二分にあり得る話だった。
 そしてそこで、先の発言からすると、テティスは、
ツクヨミは自分自身の体というものに大変気を配っており、
この人と認めた医療従事者以外には自分の体について意見させないというこだわりを持っているのだ、
と思っていた可能性が高い。
 これらを統合すると、テティスは、
「ツクヨミの健康管理を行いたいが、ツクヨミは自分で認めた人間にしかそういったことをさせないと思っていたので、
 テティスがツクヨミの健康管理をすることは諦めていたのに、
 その日初めて会った人間の診察を高く評価するような発言をツクヨミがしたことが許せない」
のではないだろうか。

 確かに、それは悪いことをした。不用意な発言だったな……

 ツクヨミは反省し、テティスに謝罪することに決めたのだった。

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 ツクヨミは彼女のクラスの担当に当たっている授業を持っていないので、
放課後、部活動が始まる時間になるまでは会うことは無いだろう、と思っていたら、
昼休み、テティスの方から職員室へと向かう途中のツクヨミのところにやってきた。

「ツクヨミ先生、昨日はついカッとなってあんなことをしてしまってすみませんでした」

 テティスが頭を下げる。さすがに居心地の悪いものを感じつつ、ツクヨミは応じた。

「いや、お前が謝る必要は無い。悪かったのは俺の方だ。お前の気持ちも考えず、不用意な発言をしてしまった」
「え……」
「しかし、言い訳をするわけではないが、これだけは言わせてくれ。
 俺が新任の養護教諭をいいといったのは、あくまで、すぐに話が通じる人間だったからだ。
 物分かりの良さを評価しただけだ。
 いくらなんでも、その場で会ったばかりの人間に対して、そいつの全人間性をどうこう寸評するようなマネはしない」
「それじゃ、私が勘違いしただけ……」
「そうだ。そうだが…… そのことについて、お前が気にすることは無い。俺の言葉が足りなかったのが悪かった」
「それなら良かったです!」

 テティスは眩しいくらいの笑顔を浮かべた。
 どうやら、誤解は完全に解けたらしい。ツクヨミは嬉しく思いながら、決めていた通りに、話を切り出した。

「そこでだ。テティス、お前は野球部員の健康管理についても気を配ってくれているだろう?
 俺の健康管理もやってほしい」

 やはり、相手から頼まれた、という方が喜ぶだろう。

「え…… えと、それじゃ、例えば、お弁当を作ったりとか……」

 テティスはもじもじしながらそう言った。
 やはり、どこまで踏み込んだことをしていいのか測りかねているのだろう。
ツクヨミは、その不安を取り除いてやることにした。

「ああ、ぜひ頼む」

「わかりました! 明日からがんばって作りますね!」

 テティスは笑顔の眩しさをさらに上げて、自分の教室へと戻っていった。

 それを見て、ツクヨミは誤解の消滅を心から嬉しく思った。

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一方その頃、保健室では、
「学園じゅうに巧妙に仕掛けられたトラップにより、一部の超人を除き次々と重傷ではない程度の負傷者が出て運び込まれるが、
 謎の新任養護教諭により
 『……チッ…… また隆昭君じゃないのね』という言葉とともに極めて適当な診察だけで追い返される」
という事態が発生していたとさめでたしめでたし。

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