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ヴィルティック・わっふる! Episode 02:Shout!

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 嫌な夢を見た。
 目の前で大切な人が死んでいくのに、自分は何もできない――――そんな夢を。
 泣き叫ぶだけで何もできなくて、悔しくて、腹が立って。誰にも負けないように頑張ってきたのに、結局私はこんなもんなのかって、そう思った。
 それにしても変な夢だった。黒い怪獣が、街を破壊して――――駄目だ、朧げでしっかりと思い出す事ができない。
 上半身を起こして掛け布団代わりのタオルケットをめくると、敷布団はまるでおねしょをしたみたいに湿っていた。
 まさか本当にやっちゃったんじゃないかと臭いを嗅ぐが、どうやら違うようでほっと胸を撫で下ろす。とりあえず着替えてからカナを起こしに行こう。
 パジャマのゴムに手を掛けて、下ろす。パンツまでベタベタだ。早く脱
<おはようございます>
「きゃっ!?」
 突然頭に昨日会った女の子――――メルフィーの声が響いて、脱ぎかけのパジャマに足を引っ掛けてずっこける。鼻打った、痛い。
<だ、大丈夫ですか!?>
「大丈夫だけど、突然何? また不法侵入?」
 一度ならず二度までも……! 仏の顔も三度まで、次やらかしたら折檻してやらなければ。
<いえ、侵入はしてませんけど……>
「え? じゃあ盗撮!? 見てるの!? こ、これおねしょじゃないからね! たっ、たたた確かに極稀、極稀にやっちゃう事もあるけど――――」
<落ち着いてくださいっ!>
「……はい、ごめんなさい」
 昨日のメルフィーとは思えない剣幕で怒鳴られて縮こまる。
<これは遥さんの脳波を感知して、私に対するメッセージだけを取り出す――――擬似テレパシーという物です>
「はあ……」
<私に対して喋りたい事を念じれば、言葉を出さずに会話が可能です>
 そうなんだ。試しにちょっと念じてみよう。
<東京特許許可局、東京特許許可局、東京特許許可局! ……おおー! 舌滑関係ない!>
 未来の技術に感動していると、メルフィーのクスクスという笑い声が聞こえてきた。
<そういえばメルえもん、どこに住んでるの? 押し入れ?>
<メル……えもん……? というか、それじゃあ私、お仕置き受けてる子供みたいじゃないですか!>

<うふふ、冗談冗談。ところで、積もる話はまた後でいいかな? 学校に行く準備しないと>
<わかりました、また後で迎えに行きますね>
<うん、また後でね>
 それっきり声は聞こえなくなる。ぱんつのゴムに指を掛けたところで、私はふと思い出した。
 迎えに、行く――――?




 着替えも終わり、髪のセットも終わり、世話の焼ける妹も起こし、朝食も食べ終わり、後片付けも終わらせ、持ち物も完璧。学校へ行く準備は完了だ。鞄を持って立ち上がった、まさにその時。
「ハル姉ぇハル姉ぇ」
「ん? どうしたの? カナ」
 どてどてと、まさに無遠慮な足音を立てながら妹の彼方が駆け寄ってきた。身長171センチのボンキュッボンの14歳、こんなんでも妹だ。並び立つと身長差は27センチ、世の中の不条理がまさにここにある。
 ――――まあ可愛いからいいけど!
「外に知らない銀髪の子がいるんだけど、ハル姉ぇの友達?」
 その情報を聞いて、一瞬だけ硬直する。本当に来ちゃったよあの子!
「う、うん、友達友達」
「本当に? 豆とか言われて虐められて、恐喝とかされたりして、そんで借金の取り立てが――――」
 ちなみにこの妹、他人に対して些か無遠慮だ。
「え!? なんで借金まで話が広がってるの!? あと、カナのその発言がいっちばん傷つくんだけどなー……」
「あっはっは! 気にしない気にしない!」
 快活に笑いながら私の頭をバシバシ叩く。
「カナだって、巨人女って言われたら気にするでしょー!」
「べっつにー。だって私こんなにスタイルいいしー」
 くねっとしなをつくる。確かに魅力的な起伏だ、女の私でもそそられる。そしてそれだけになおさら腹立つ。
「うっわ腹立つ。そんなおっぱいもげちゃえばいいのに! もうカナのためにごはん作ってあげないし、朝起こしてあげないし、髪編んであげないし、お風呂の後片付けもしてあげないからね!」
「ごめんごめん」
 へらへら笑いながら手を合わせるけど、今更謝ったって遅い。
「大体カナはいつも私に頼りすぎなんだよ。たまには自分でやらないと、後々色々困るよ」
 そうだ、私もカナを甘やかし過ぎたんだ。妹だからって身の回りの事を何でもやってあげたからこんな生意気な子になったに違いない。
「もう、ハル姉ぇまでお母さんみたいな事言って! どーせ私はハル姉ぇと違って何もできないアホの子ですよーだ!」
 べーっ! とやると、踵を返して靴を脱ぎ、走って家を出て行った。玄関の戸がけたたましい音を立てて閉まる。戸の隙間から、メルフィーが面食らっているのが見えた。

 ちょっと可哀相な事言っちゃったかなぁ……。
 とぼとぼと玄関まで歩いて、のそのそと靴を履く。朝から気分はちょっぴりブルーだ。
 外に出ると、メルフィーが心配そうな面持ちで話し掛けてきた。
「な、何かあったんですか?」
「妹と喧嘩しちゃっただけ……」
 妹! とメルフィーが驚いていたが、それは一応想定の範囲内だ。少なからずダメージはあるけれど。
「そうですか……。でもほら、喧嘩する程仲がいいって言いますし!」
「喧嘩する程仲がいい、かぁ……」
 確かにそうかもしれないが、やっぱり私としてはあくまでカナを思って言った事で、そりゃあ確かに言い過ぎたかもしれないけど、それはカナがいつもぼけーっとしてるからで――――
「だぁーっ、もう!」
 たかだか喧嘩くらいで何をウジウジしとるんだ私は。帰ったら、一緒に、謝る。これでいいじゃないか。ウジウジしてても仕方ない。泣きっ面には蜂が来るけど、笑う角には福来たる……よし!
「おっ……しゃあ!」
 両手で両頬をバチンと叩いて弱気の虫を吹き飛ばす。
「えー……と、遥、さん?」
「大丈夫、今調子戻った!」
「そ、そうですか」
「うん! それじゃあ行こっか……って」
 そういえば、何か大事な事を忘れていると思ったら、
「メルちゃんも学校来るの!?」
「え? あ、はい。遥さんの護衛も兼ねて……」
 書類等の手続きについては突っ込むだけ野暮なのでやめておくが、その……。
「えーっと……メルちゃんが私に護衛してもらうためじゃなくて?」
「そう、ですよね……私足手まといですよね……」
 しゅん、とメルフィーが頭を垂れた。カナとは別ベクトルで世話の焼ける子のようだ。そういう子は放っておけない。
「ほら、ネガらないネガらない。どうせならポジでいこうよ! やったー、護衛の必要なくなったー、って……駄目?」
「すみません、私ちょっとネガティブな所があって……」
「よしよし」
 頭は届かないから、背中を摩る。手のかかる子のほうがかわいいって言うけど、こういう気持ちなのかな。


 ♪  ♪  ♪


 学校に着くと、私は教室へ、メルフィーは職員室へとそれぞれ別れた。
 まだ朝早い教室は生徒の数もまばらで、なんだか少し寂しい。でもこの閑散とした感じは嫌いじゃな――――
「おはよう、委員長!」
 閑散とした雰囲気終了のお知らせ。
「おはよう、大ちゃん」
 草川 大輔、何故か中学の頃から“友達として”付き合いのある人だ。性格は……なんというか、女好きで軟派なお調子者。
 ちなみに出会いのきっかけはナンパで、ごめんなさいしてからもずるずると友達としての付き合いが続き、今に至る。
「ところで今日、転校生が」
「大ちゃん、それ転入生」
「おお、それだ。転入生が来るって噂知ってるか? いや、知らなくてもいいんだ。目撃情報によると、その転校生、目茶苦茶美人らしい」
 ふーん、と生返事。転校生は多分というか確実にメルフィーの事だろう。いやむしろ、そのメルフィーと一緒に歩いていたはずの私は何故存在を認知されていないんだろう。……まあいいや。

「一条、おまえ気にならないのか?」
「気にならないというか、その子と一緒に登校してきたんだけど」
「よし、紹介してくれ!」
「ごめんなさい」
「早いよ!」
 すぐに「紹介してくれ!」と要求した大ちゃんには言われたくないんだけど……。
「自分でアタックすればいいでしょー」
 机に突っ伏す。夏の気温のせいか、妙に机が生温かった。
「それができりゃ苦労しねぇよ。てか、一条と転入生はどういう関係なんだ?」
「友達だけど」
「よし、紹」
「ごめんなさい」
「さっきより早い!」
 そんなコントをしてる間に人も増えて、先生も入って来た。大ちゃんに着席するように言って、私も身を起こす。
 朝の挨拶から少しして、先生が黒板に名前を書き始める。カッカッカッ、とリズミカルにチョークと黒板が奏でるハーモニーが心地いい。
 しばらくして、先生がチョークを置く。
 メルフィー・ストレイン。
 黒板には、そう書かれていた。


 ♪  ♪  ♪


 1時間目が終わって、休み時間。メルフィーの周りには人だかりができていて、当の本人は凄くにこやかな顔で質問に答えている。なんだ、普通に笑えるじゃん。
 つられて私もニヤニヤしてしまう。あれが本来のメルフィー・ストレインっていう女の子なのかもしれな――――
「一条、草川から聞いたぞ。おまえあの子と親しいらしいな」
「俺達の事紹介してくれよ」
「頼むよハルカちゃーん」
 野獣のような目で彼女いない歴=年齢の男子生徒達が迫ってくる。そのハングリーさを別の所で生かせばいいのに。
 スッと立ち上がり、大ちゃん(隣の席だ)の机に置いてあったスチール缶を持ち上げて、
「ああ、俺のコーヒー! なーんてな。もう飲んだからべつにいいけ」
「拒否!」
 ぐしゃっ。
「どー!?」
 哀れスチール缶は見るも無惨な姿に。指先に力を込めれば容易な事なんだけど、どうやら少なからず効果はあったみたい。
「すみませんでした!」
「僕が間違ってました!」
「生まれてきてごめんなさい!」
 蜘蛛の子を散らすみたいに逃げていく。
「い、一条、何でそんな事ができるんだ」
「まあ、鍛えてるからね!」


 ♪  ♪  ♪


 鈴木市で最も高いビルの屋上で、その男は夏の日差しが照らす街を見つめる。男の目尻は若干笑っているが、そこにあるのは、暗い闇だけ。
 男の姿は闇に溶け込む様な黒づくめであり、陽が出ている今ではアホみたいに目立つ。だけど、せわしなく動き回っている人々は、男の姿を気に止めようともしない。
 熱風が男の頬を撫でる。だが男はそんな事は意に介さず、人差し指と中指にカードを挟み、カードに向かって呟いた。
「さて、例の彼女は何処にいるのかな。教えてくれ、デストラウ」


 ♪  ♪  ♪


 授業が終わって、次は生徒会の仕事だ。荷物を纏めて生徒会室に向かおうと席を立った時、メルフィーがテレパシーで私を呼び止めた。

<あの、遥さん。言い忘れてた事があるんですが>
<うん?>
<遥さん、生徒会に所属してるんですよね?>
<うん、二足の草鞋だけど>
<……無理を承知でお願いするのですが、その生徒会に私も入れていただけないでしょうか>
<うーん……>
 生徒会といえば、真っ先に思い浮かぶのはあの鬼の生徒会長だ。
 一応副会長にひとり分空きがあるから入れない事はないような気もするが、頼んでもズバズバッサリ! と切り捨てられかねない。だけど、やらないで後悔するよりも、やって後悔する方がいいし――――
<駄目元だけど、やってみる?>
<はい!>
 というわけでもう生徒会室に向かっていた足は止まり、目の前には目的地。
<メルちゃん、緊張する?>
<はい……少なからず>
<ならねぇ、両手で、ほっぺたを、こう>
 ばちん!
<と>
 同じ動作をメルフィーが真似て見せる。
<気合い入った?>
<は、はい!>
<よし、じゃあ行こっか!>
 比較的新しい、生徒会室の引き戸を開ける。飛び込んで来るのは――――
「失礼しまーす」
「遅い! もう3分も遅れてる!」
 生徒会長の氷室ルナが、遅刻した私に罵声をぶつけてきた。流石、裏でアイアンメイデンとか呼ばれてるだけはある。
 あと、何だか今日の会長はいつもより威圧感がキツイ気がする。あとツリ目がいつもよりツリ上がってる気がする。
 ついで、デスクに顔を向けると、呆れるくらいの書類の山。生徒に多めの権限が与えられてるのはいいけど、こういう所は困り物だ。
「今日は今まで溜まっていた事項を全て解消するまで返さないわよ! 早く座って作業に取り掛かりなさい!」
 私の向かいのデスクでは、木原さんが黙々と作業をしている。だけど積もっている書類は全く減ってる気がしない。でも、この馬鹿らしいくらいの書類の量は使えるぞ。
「あの、会長」
「あぁ?」
 やっぱりいつになく殺気立ってる……あの日なのかな。まあいいや、あんまり詮索しても失礼だし。
「そこで即戦力になり得る逸材を副会長に、と今日は連れて来たんですけど」
「馬鹿な事言ってないで早く作業を始めなさい」
「馬鹿な事を言ってる気はありません。私は本気です。全員が全員会長みたいな完璧超人じゃないんですから、やっぱり人数は必要だと思うんです!」
「あなたに完璧超人って言われるのはいささか納得いかないんだけど――――」
「それに、沢山の人を率いるのはリーダーの仕事ですよね。もしかして自信ないんですか?」
「なっ……!」
 ブチッ、という音がしたような気がした。
「いいわよ、なら連れて来なさい」

 よし、会長が挑発に乗った! ドアまで走って、メルフィーを呼ぶ為に廊下に出た。
「メルちゃーん! 許可下りたよー! ……あれ?」
 窓から外を見るメルフィーの顔には、はっきりとした“恐れ”があった。
「どうしたの?」
「オルトロック……どうして……!?」
「メルちゃん!」
 私が肩を掴んで揺すると、メルフィーははっと我に返って私を見た。その目はまるで外敵に怯える小動物のようで。
「どうしたのメルちゃん、突然」
「ごめんなさい、少し取り乱してしまって――――」
「一条さん、早くして!」
「はい、会長! メルちゃん、行こ!」
「え? は、はいっ!」
 メルフィーの腕を握って連れて行こうとした矢先、会長の声がその動作をキャンセルする。
「一条副会長、あなたはあっち、私達はこっち」
 会長が放送室を指差した。
「メルフィーさんが副会長になる資格があるかどうかの面接をしている間、あなたには私の分の仕事もやっておいてもらいます」


 ♪  ♪  ♪


「ここか……反応があったのは」
 黒づくめの男が、ドス黒い微笑を浮かべながら、鈴木ヶ原高校を見上げている。
「久々に会えるな、メルフィー。それに……やっと見つけた――――」
 その男の名は――――オルトロック・ベイスン。


 ♪  ♪  ♪


「さて……。時間も無い事ですし、早速あなたが副会長にふさわしいかを話し合いましょうか」
 そう言いながらルナはメルフィーににこやかな笑みを向けた。ルナ本人が隠せていると思っているかどうかはわからないが、凄い威圧感だ。
 メルフィーはその笑みに若干の居心地の悪さを感じるが、遥がやったように頬をばちんと叩いて弱気の虫をやっつけると、放送室へ足を踏み入れた。
「そこに座って」
「はい」
 言われた通りの場所に座る。
「まず……副会長の追加について望んでいるのはあなた? それとも一条さん?」
 両手を組んで、メルフィーに睨みを利かせながら、ルナ。しかしメルフィーはプレッシャーに動じる事なく小さく頷き、返答する。
「私自身の意思です。この学校を少しでも良くしたいと思って。副会長に一人分欠員がある事を一条さんから聞いて、今回の考えに及びました」
 じっと目を逸らさずに返答するメルフィー。だがルナは先程から、メルフィーに奇妙な“違和感”を感じずにはいられない。
 それは今回の件もだが、主にメルフィーという人間自体にだ。ルナは生徒会長としてある程度メルフィーについての情報を耳に挟んでいるのだが、経歴から外見まで、そっくりそのまま自分に瓜二つなのだ。
 そっくりさんは世の中に三人はいるというが、それにしてもこれは妙だ。
「――――あなた、何者?」
 その違和感が、疑問が、つい口から零れてしまった事に気付いた時は既に遅かった。メルフィーの目付きが変わる。
「……他言はしないと、約束してくれますか?」

「う、うん」
 メルフィーの変貌に、ごくりと喉が鳴る。
 メルフィーが目を閉じて、頭を二回、ポンポン叩く。すると、メルフィーの頭からピョコッと狐耳が出てきた。
 思わずルナが後ろにのけぞる。いつものクールなルナらしからない、驚愕の表情がありありと浮かんでいた。
「え、な、何それ!? あ、貴方、マジックまで出来るの!?」
 ぎょっとして大声を上げたルナに、メルフィーに口に人差し指を立てた。氷室は慌てて、口を手元で抑える。
 メルフィーは氷室に視線を向けたまま、出現させた通信機を起動させ、ルナへと呼びかけた。


 ♪  ♪  ♪


 いつもの十倍くらいの速度で作業を進めた私は今、買い出しのためにすぐ近くのスーパーにいる。
「えーと、木原さんはおしるこで、五十嵐くんがカレーパン、芳田くんがピザパン、と。会長には……」
 なんかイライラしてるみたいだし、甘い物を適当に。しかしこんな暑いのにおしるこが飲みたいなんて、木原さん変わった子だなぁ。
「おお、ワッフル安い」
 会長とメルフィーには……あと私もワッフルでいいや。
 ついでに2リットルのスポーツドリンクを二つカゴに入れて、お会計。おお、予算ぴったりで納まった。
 こういう時は気分が良くなるもので、足取りかろやかにスーパーを出る。するとその矢先、誰かに肩を叩かれた。
「ちょっといいかな?」
「はい?」
 振り向くと、黒いコートを着た偉丈夫がいた。
「君、鈴木ヶ原高校の人だよね?」
 こんな季節なのにコートを着てるなんて変な人だ。紫外線に弱いのかな? でもその割に整った顔はノーガード……なんか、いや、かなりおかしい。
 でも、いいえと言っても制服でバレるので、ここは素直にはいと言っておく。
「はい、そうですけど……なんですか?」
 私の質問に、男の人は微笑みながら小さく頷く。
「この近くに鈴木ヶ原高校ってあるよね? ちょっとそこにい昔の教え子がいてね、日本に来た手前、顔を見たくなったんだ」


 ♪  ♪  ♪


 メルフィーはルナにすべてを話した。未来から来た事や、ブレイブグレイブの事、イルミナスの事、未来の技術を。
<正直半信半疑だわ……。突拍子がないというか……なんだか悪い夢を見ているみたい>
<その悪い夢が現実になるかもしれないんです>
 するとルナは一度唸ってから、
<それで……なんで私達なの? 私達みたいな子供じゃなくて、他にいそうな物を>
 平凡――――とは言い難いが、ルナも遥もまだ子供でしかない。そんな子供が、果たして世界を救えるのか? ルナの答えは否だ。大人でもできない事を、子供ができるわけがない。
<それでも、あなたか遥さんじゃないと駄目なんです。そうじゃないと、ヴィルティックは――――>
 刹那、メルフィーは、ルナの背後、校庭を見下ろせる窓に、あの男の姿を見た。隣には、遥の姿。
「メルフィーさん?」
 突然イスから立ち上がったメルフィーに、ルナが目を丸くした。
「すみません、会長さんはここに残って、何かあった時はよろしくお願いします」
 そう言って、メルフィーは慌ただしく駆けていく。同時にルナが感づく。何かあったのだと。


 ♪  ♪  ♪


「ちょっと待っててくださいね、今先生に説明して来――――」
 私はそう言って頭を下げて、学校へと走り出――――さずに、男の腕を蹴り飛ばす。
「る前に、その物騒な物を預かっておきますね」

 ついさっきまで男が腕に持っていた、黒い大きな拳銃をキャッチする。
「やっぱりバレちゃったか。まだ小さいのに凄いね、一条 遥さん」
 ジュベロッ。気味の悪い音を立てながら、男は唇を舐める。
「やっぱりはこっちの台詞。こんな真夏にコートなんか着て、疑ってくださいって言ってるようなものじゃない」
 手に入れた銃は、弾倉がないので弾を抜き取るわけにもいかず……どうしよう、投げたら暴発しそうで怖いし……。
「遥さん、しゃがんで!」
 ガラスが割れる音がして真正面を向くと、メルフィーが大声を上げた。私はその場に反射的にしゃがみ込む。
 何故かメルフィーは、今私が持っている銃に似たデザインの白い銃を構えていた。そして、躊躇いがちに銃のトリガーを引く。
 乾いた銃声が鳴り響き、男が仰向けに倒れる。それを確認すると、銃をカードに戻して、メルフィーは私の手を握って駆け出した。
「ごめんなさい、来るのが遅れて……」
「め、メルちゃん、ストップ! ストップ!」
「今はそんな暇はありません、急いで逃げないと――――」
「逃げてどうするの」
 メルフィーの腕を引っ張って止める。
「敵がいるなら、戦わなきゃ、戦って勝たなきゃ。メルちゃんはそのために来たんでしょ?」
 震えるメルフィーの手を、ぎゅっと握る。
「それに、このままじゃみんなが危ない。私だって死ぬのは嫌だけど、みんなが死ぬのはもっと嫌。まして、何もしないで逃げ出すなんて、もっともっと嫌」
 メルフィーが私の手を握り返す。でもメルフィーは私の手を振り払って、
 ばちん!
 両手で自分の頬を叩いた。
「……すみません。私、どうかしてました」
 メルフィーが懐から取り出したカードを銃に変化させる。
「私、戦います!」
 吹っ切れた様子のメルフィーに、私はにっ、と笑って見せる。
「じゃあ、とっと倒して、みんなでワッフル食べよっか!」


 ♪  ♪  ♪


 校門前。男――――オルトロック・ベイスンは微動だにせず目を閉じていた。その姿はまるで死人のようだが、胸に銃弾がめり込んでいる以外は目立った外傷はない。
 その弾丸も、彼の体内へずぶずぶと吸い込まれるように消えていく。
 オルトロックは目を開けると、懐から取り出したカードを銃の形に変化させた。――――スペアを用意しておいたのは正解だったようだ。
 コートをはたきながら立ち上がり、銃口を地面に向ける。
「その甘さが君自身を殺すんだ、メルフィー」
 そう言いながら首筋をほぐし、オルトロックは愛銃――――デストラウの引き金を引いた。
 これからするであろう事に対する躊躇いは、ない。


 ♪  ♪  ♪


 生徒達が妙に騒がしい事に、ルナは妙な胸騒ぎを感じていた。どこか不吉な予感がするのだ。言葉に言いしれない、ぼんやりとした物が。例えるなら、殺気か。
 何か騒動があったなら、野次馬が沸いてくるはずだ。だがしかしその野次馬はおらず、何故だか皆して宙を見上げている。
 同じようにルナも宙を見上げると、そこには――――
「何……あれ……」


 ルナに目に映ったのは、校門を破壊しながら巨大な人型――――デストラウが、校舎に向かって悠然と歩いてくる光景だった。
 甲虫を思わせるような小さな頭に、不釣り合いな巨大な両肩。その両方に反するような細身の体型に、禍々しさと威圧感を思わせる黒と紫。
 デストラウの目は真紅に光り輝いており、それは絶え間無く左右に動いている。
 と、突然歩くのをピタリと止め、視線も一点に集中した。その目の先には――――
 ルナは、何故皆の動きが止まっているのかを理解する。
 皆デストラウに気圧され、あるいはデストラウの醸しだつ非現実さに呆然としているのだ。
 ルナ自身、先程メルフィーから話を聞いたにもかかわらず、デストラウの存在について信じられない。
 だが、これは現実だ。そしてデストラウは――――学校を狙っている。
 こんな時に未来人は何やってんのよ――――! 苛々を全開にしつつも、ルナはマイクのスイッチを入れて、ボリューム全開で叫ぶ。
「怪獣映画のエキストラみたいになりたくないなら、ボサッとしてないでとっとと逃げなさい! 押さず、走らず、喋らず!」
 生徒達が皆一様に逃げ出した。多少混乱はあるようだが、皆ちゃんと避難できているようで、ルナがほっと胸を撫で下ろす。
 だが、まだ皆が避難を始めただけで、何も問題は解決していない。
 巨人は校舎の前で歩みを止めて、腹に繋がった突起物が、花のように開く。中央の砲口が青く輝いていて、今にも何かを放ちそうだった。
 デストラウと目が合った。腰が抜け、ルナが尻餅をつく。
 ルナの直感が告げた、「殺される」と。
 逃げ出したいが、膨大な殺気を浴びせられて、身体が動かない。ならばせめて、とデストラウを睨みつける。
 光はどんどん強くなっていき、そして――――
 大きな音が辺りに轟く。だが死んではいない、意識も感覚もある。代わりに、校庭の真ん中にはクレーターができていた。
 目尻に溜まった涙を拭って、ルナがマイクにシャウトする。
「遅い! もう3分も遅れてるわよ!」
 クレーターの中心には、ルナに向かって親指を立てる、細身の白い、騎士がいた。


■予告
 ついに覚醒したヴィルティック。だが、デストラウの熾烈な攻撃が次第にヴィルティックを追い詰めていく。
 その時、遥が、メルフィーが、ルナがとった行動とは。

 次回『Strike!』

 そのカードが「明日」を切り開く。


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