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ヤンデロボ

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ParaBellum

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実験作品 「ヤンデロボ」

 どこで間違ったのか、と彼は独りごちた。
 暗い地下室。横たわるは柔らかそうなベッド。身を縛るは合成繊維製の縄。磔のように両手足を白い縄に縛られて、体を覆うものは一切なく、ただ天井を見つめるだけ。
 もうこの状態に入って2週間になる。彼とて望んだわけではない。“彼女”が望んだのだ。
 彼はいつ終わるともしれぬ、極楽のようでも地獄のようでもある地下室の闇中で、体力を温存する為に眼内の闇を見る作業に入った。

 ◇ ◇ ◇ ◇

 彼は元々科学者であり技術者であった。
 近年急速に普及した人型ロボット(アンドロイド・ガノロイド)の設計を専門としており、またAI研究において独創的な発想で高い評価を受けていた。
 そんな彼が今だに未完成なAIをヒトのそれに近づけたくなったのは、もはや必然であった。まだ見ぬ領域を追い求めるのは科学者技術者の本能なのだから。
 彼はその地位と名誉と財産を使って長期の休養に入ると宣言すると、一件の別荘を購入して作業に没頭した。
 人そのものを再現するべく、従来のAIの縛りを超えたプログラムを行い、また人の身体を持たせようとした。最高性能の電子頭脳を更に改良して、体も同様に最高性能のを用意して改良した。
 それらの作業を手伝っていた助手たちは、気でも違ったように人に近いロボットを作る彼を見て次々と離れて行き、彼はとうとう一人になった。
 だが苦にはならなかった。彼の性格は終わりそうにない作業を可能にしたし、なにより人に限りなく近いロボットを作り世に発表したらさぞかし愉快であろうと内心思っていたからである。
 地位名誉財産のある彼を止められる人間など居なく、また家族が傍に居ない彼はますます加速していった。
 そしてある日、とうとうそれを作り上げることに成功した。
 人と違わぬ外見。人と違わぬ思考能力。人類の原始的な三つの欲求すら持ち、堅苦しい数式を超えた考えを起こせる完全なる一。
 彼は“彼女”に「MAI」と名付け、その別荘で暮らし始めた。
 邪な考えは無く、人に酷似したそれがどういった動きをするかが知りたかったのだ。
 ―――それが、彼の人生を大きく狂わせるものとは露も知らず。

 ◇ ◇ ◇ ◇

 その女性―――正式名称〝MAI〟は最初、基本的な情報しか知らなかったが為に、生活の節々でいちいち躓いた。
 否、完全にこなせることも不完全だった。あえて不完全にすることで人に近づけようとした結果だった。
 料理など作ろうものなら、自分の指を叩き斬らん勢いで包丁を扱うので、そのたびに彼が手伝わなければならなかった。

 「私は一人で作ることができますので、座っていてください」
 「駄目だ。もっと練習してからのほうがいい」
 「私は作ることができる」
 「駄目だ」

 MAIが料理を作ろうと野菜を切るために包丁を取り出せば、たちまち彼が出てきて食い止める。
 年齢設定は成熟した大人のはずだが、蓄積した時間の少なさのせいなのか、幼い。しかもいちいち自分で全てをやりたがる。炊事洗濯料理、自分の維持管理まで。
 そのたびに「私は出来ます」「駄目だ」の応酬。
 掃除をすれば書類を間違って取り落とし、自分の整備となるともはや眼もあてられない。そんなこともあってか、彼はまるでMAIの父親のように物事を教え、またMAIは学んでいった。
 その奇妙な生活が数カ月続いた頃、彼は異変に気がついた。
 MAIの行動の節々で動きが止まるようになったのだ。こんなことはプログラムしてないし、また想定外だった。彼はさっそくMAIを解析したが、何一つ分からなかった。
 ある日、MAIはにこやかに笑いながら言った。

 「私は大丈夫です。だって、貴方が間違う筈がないではないですか。私は正常です」

 こう言われてしまえば、ああそうかと納得してしまう。エラーらしきエラーもなく、日常生活は普通におくれている。問題らしき問題が無い以上、問題とするほうが問題なのだ。
 彼は細かいことを考えないようにして、MAIと暮らした。
 その時に気がつけばよかったのだ。彼がふと気がついた時、全ては手遅れになっていた。
 一つ問おう、愛とは何か。
 これは哲学的生物学的な命題とも取れる質問ではあるが、愛の形は文化により違うのはご存じであろうか。好きと伝えて愛が伝わる文化もあれば、詩を書くことで愛を伝える文化もある。
 では、生まれてから他の人間にも接せず、外も知らず、文化にも触れず、ただ男と暮らしてきたヒトに酷似したロボットにとって愛とはなんだったのか。
 それは愛つまり彼に他ならず、プログラムされた欲求と理性は一つの結論を下すことになった。
 一つ問おう、狂気とは何か。
 狂人とは理性を喪失した人間ではなく、理性以外のあらゆるものを喪失した人間のことであるととある作家は語った。
 では、初めからその理性の定義、すなわち一般社会で言うところの異常性を詳細に学べなかったモノは、狂人であると言えるのか。失う以前に持ってすらいなかったモノは狂人と言えるのか。
 答えは否。そのモノにとって、もはや狂気は狂気ではなく正常に他ならぬ。比べるべき社会から隔離されたその別荘に、狂気を測る物差しなど、無い。
 何度でも言おう。男がそれに気がついた時、全ては終わっていた。
 眼を開ければ地下室のベッド上で両手足を縛られていて、MAIが立っていた。そしてすこぶる正常な様子でこう語った。

 「貴方は正常ですから、貴方に作られた私に異常はありません」

 唖然とする彼のベッドに腰掛けると、更に語る。

 「ですからこれからやる全てのことに異常の存在は無く、私は正しい」

 かくして話は冒頭に戻る。
 身の回りの世話から何から何までMAIが行う現在、彼は社会から完全に切り離されていた。元より友人も親戚も寄りつかないこともあり、社会的に裕福だったことも手伝って誰も心配しない。
 MAIはそこにも手を回していたらしく、どうやら引退して隠居したことになっているよう。これで助けが来ることを期待する方が間違っている。
 男は唯一許された自由の領域である頭を使って逃げようとしたが、無理だ。食事から排泄物の処理まで全てをMAIが行っている現在、付け入る隙なぞありはしないのだ。
 排泄物は汚い、垢は汚い……そんなこと、MAIには関係の無いことだ。そもそもロボットは排泄をせず、また不潔で不快になることもない。理解できないから不快になりようがない。
 不純物を取り除いた生活と、不完全な少女がもたらしたのは、男を監禁して独占するという、幼くも危険な“正常”だった。
 幼き童子が気にいったモノの所有権を主張するのは当たり前であり、また女性が愛しきモノを占有したいと考えるのはまた当たり前のこと。
 それがいけないと教えられていなければ、それは正常として認識される。
 そして結局男は全てを諦めた。
 やがて地下室にMAIが現れると、男に口づけをして言った。

 「もう貴方は私のモノ」

           【End...】


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