「うぁー凄い、まるでお城見たい~。」
少女は嬉しそうにアテルラナ用意されたホテルの30階にあるロイヤルスイートルームを走り回っていた。
扉という扉を開けては、ここにキッチンがあるよ!とか、二階があるよ!とか嬉しそうに潤也に報告してくる。
それを潤也は苦笑交じりにそうかと返した。
アテルラナはいつもこのような部屋を潤也の寝床として提供している。
潤也自身こんな部屋は持て余していたし、もっと質素な部屋が良いとアテルラナに言っていたのだが「いやいや、最上の部屋でゆっくり休んで貰わないとね」と言って、毎回その宿泊先の一番良い部屋を取るのだ。
「ねー、お兄ちゃん、お兄ちゃんってお金持ちなんだねー。」
そう目を輝かせて少女は言う。
「そんな事は無い、そもそもこの部屋取ったのも俺の金じゃないしな…さて、ベッドルームは二階と一階に二つあるみたいだけれどどっちが良い?」
「う~ん、二階!!」
そういって、少女は階段を上ってベッドルームにあるダブルサイズのベッドにダイブした。
「はしゃぐのは勝手だが、怪我しても責任取れないからな。」
そんな潤也の呆れたような言葉を気にも留めずに「ふわふわ~、気持ち良いよ~。」と嬉しそうにベッドの上を転がってる。
それから少したった後、何故か、青くなった顔で少女はベッドルームから出てきた。
「ん?どうした、やっぱ二階は嫌か?」
違うと、少女は首を横に振って答える。
「なら、どうした、さっきまでの元気のよさはどこにいったんだ?」
「あのね、お兄ちゃん、私ね、ゴンザレスがいないと寝れないの…。」
少女の言に少しの間、潤也は固まった。
その後、いかんいかんと頭を振り、
「ゴンザレスって何だ?」
と純粋に疑問を投げかけた。
少女は少し考えるような事をした後、
「あのね、ゴンザレスはね、お母さんが誕生日に買ってくれた、私の腕に丁度抱きしめられるぐらいの小熊のぬいぐるみなの。毛が凄くふわふわ~ってしてて抱いてて気持ち良いの。」
このぐらいだよと手でサッカーボール程の大きさをあらわすようにジェスチャーする。
「あ、ああ…。」
潤也は少し返答に困りつつ相槌を打った。
そういえば、咲にはこの手の趣味はなかったんだよなぁ。
「それをね、お家に忘れてきちゃった…。」
と少し目に涙を浮かべて少女は言う。
少女が何を言わんとしているのか潤也は気づき、
「それは、今、必要なのか?」
「これがないと私寝れないの…。」
「今日ぐらいは我慢できないか?」
せめてもの抵抗をと思い潤也はそう問いかける。
「無理なの…。」
そうやって涙目で少女は潤也にそれを取りにこうと暗に訴える。
(直接取りに行きたいと言えばいいのに、まったく…)
おそらくは少女なりに遠慮しているつもりなのだろう、まあ、彼女の内心で思っている願いを聞いてやらなければ、ここですぐに泣きだしそうな勢いなのもあって、遠慮が脅しと化してるなと思い潤也はため息を吐く。
「まーた、ため息吐いてる、そんなんじゃ幸運が逃げっぱなしだよ、お兄ちゃん。それにね、私一人でも取りにいけるから大丈夫だよ。ふふーん、お母さんとこの辺によく来るから道も詳しいんだ。」
そう、ちょっと自信無さ気に胸を張る少女。
目が泳いでいる…どうみても虚勢だ…。
言ってしまえばこれが、トドメだった。
「わかった、わかったよ、了解した、後で一緒に取りに行こう、それでいいんだろう?」
「え、いいの?迷惑じゃない?」
「迷惑だけど、一人で行かせると俺はもっと嫌な気分になるから仕方なしについていってやるよ。」
「わー、ありがとうー!でも…本当に良いの?お兄ちゃん疲れてない?」
そう言って、少女は潤也に満面の笑みを返した後、不安げに言う。
(まったくなんでこんな面倒なのを俺は拾ったんだろうな…。)
そう思いながらも、「別に問題ないよ」と潤也は少女に言った。
その時、潤也のポケットの中にある携帯端末の音が鳴った。
潤也は携帯端末のディスプレイを見た後、そこに表示された名前を見て嫌な顔をし、少女に「ちょっと待っててくれ」と断った後、2階の寝室に入り、その呼び出しに着信ボタンを押す。
回線が繋がりスピーカー越しに聞こえてくるのは当然あの男の声だ。
「よう、兄弟、休暇を楽しんでるかい?」
「少なくともお前のせいで台無しにはなったな。」
「ははは、そういえば、兄弟、部屋に子供の女の子を連れ込んだりしたりしてるそうじゃないか。ペドフィリアの素質があったとは僕も驚きだぜぃ。」
「誰がペドだ!!!」
そう叫ぶ潤也に対し受話器のスピーカーの向こうで大笑いしているアテルラナの声は潤也を苛立たせるに足るものだった。
毎度のことながらこちらをモニターしているらしい。だから潤也が少女と共にいるという情報も筒抜けなのだろう。
「別にお前には関係の無い事だよ。それで、何の用だ?俺をおちょくりたいだけならば、この通話はすぐに切っても良いんだが…。」
そういう潤也に対してアテルラナは笑う。
「あひゃひゃひゃ、大丈夫、大丈夫、聞いておかないと後悔するような話だよ。兄弟、お前の生死に関わる……ね。」
「なんだ?」
少しもったいぶったようにアテルラナは間をとって
「―――――――お前のいるセントラルシティに1体の鋼獣が向かっている。えーと名称は轟虎って奴かな。」
ある意味予想通りの解答が帰ってきて潤也は舌打ちする。
この男が連絡を寄こす場合はロクな話じゃない事がほとんどだ。
「それで、リベジオンは使い物になるのか?」
「現在、急ピッチで作業してるけれど、まだ無理かなぁと言った所、あと1時間ぐらいあれば最低限の戦闘は出来るように出来るよ。だから呼ばないでね。」
リベジオンには潤也の体内に注入されたナノマシンからの信号を受け取っていつでも潤也の元に駆けつける機能がある。
それを使えば機体がどんな状況だろうとリベジオンは潤也の元にやってくるようになっているのだそうだ。
ただ、この機能を潤也が使った事はなかった。
それはリベジオンの航空速度の問題だ、怨念変換機関を使えないリベジオンの速度は1世紀前の骨董品程度の性能でしかなく、大した速度を期待出来ないという点から来ている。
これはアテルラナの鋼機工場に実装されているらしい、レールガン式の射出機を用いたケースの場合の方が数倍早く潤也の元に辿り着く事が出来るのである。
「1時間か…轟虎って奴はクラスとしてはどれほどの能力を有しているかわかるか?」
「大丈夫、そのあたりは史竹博士のデータベースにアクセスして調べたよ。三獣神機の内の1つ、白虎のレプリカ、つまるとこ準上位種って奴だね。前にも説明したとおり、鋼獣にも質の差があるらしくて、こいつはそいつらの中でも二番手。基本的にはレプリカとオリジナルだとオリジナルのが性能が高いみたいなんだけれど、こいつらは元になったオリジナルがとてつもない能力を秘めているみたいでね、レプリカでもオリジナルの数段上の性能持つ存在ってところ。さて、兄弟、褒めてくれ、君の非常に賢いサポーターがしっかり調べて、敵の能力も把握してるよ~、褒めて、褒めて~。」
「よくやったな、死ね。」
「――――死ね!?」
一瞬の沈黙。
それにため息を吐いて潤也は言った。
「気にするな、心の声だ。話を先に進めよう。」
「―――――――ここ最近、思うんだけれどさ、兄弟、僕の扱いどんどん酷くなってるよね。」
「俺はお前が嫌いなんだよ、わかってるだろう?」
「うん、なんとなく。でも僕、諦めない!兄弟といつかわかりあえる日が来ると信じて!!」
「こねーよ、そんな日、てか、さっさと情報寄こせ、時間ねーんだろ…?」
「ぐす、ネタ振りしたのそっちの癖に酷いや、理不尽だよ、この理不尽大魔王め。ああ、そんな受話器越しからでもわかるような怒気を発さないで、わかったか、わかったから真面目にやるよ。さて、轟虎の能力、つまり特性は電子迷彩だそうな。レーダー機器を全て無力化する、地味といえば地味だけれど…基本スペックの高い機体でこれってのは色々とんでもないものを感じるね。機体が完全な状態でもキツイ勝負になると思うから…正直、今回は大人しくしていて欲しいね。」
そういうアテルラナを潤也は、ふんと鼻で笑った。
「そんな事が出来ると思っているのか?」
「戦略的撤退さ、いずれどうせ闘う、ならわざわざ不利な条件を受け付けて闘ってやる事は無い、万全な状態で挑んでやればいいさ。まあ、でも轟虎の電子迷彩のお陰で防衛にやってきていた軍の奴らもさっきやっと奴の存在に気付いたみたいだ。防衛任務についてた機関軍の奴らは滑稽なぐらい大慌てしてるみたいだよ。もうちょっとすれば警報がなってシェルターへの批難を促すようなメッセージが発せられるだろうよ。ああ、それと安心して、そのホテルの地下にはシェルターがある、昔、僕が作らせたんだけれどね。そこにほとぼりが冷めるまで、逃げてて貰えればいいよ。大丈夫、安全性に関しては保証する。核が投下されたって大丈夫な代物さ…。」
「はっ、どうだか、それはようは前に闘った紫猿とかいう奴がやったようにこの街が瓦礫の山になるぐらいまで破壊されるって事だろ?」
そう言って潤也は毒づく。確かにアテルラナの言うそれは現状では最善の行動であるのだろうか、それがどこか気にいらなかった。
奴が言っているのはこの街の人間を見捨てろと言っているのと同義だ。
他にも批難シェルターがあるのは事実だろうが、逃げ遅れた人々は確実にその鋼獣の毒牙にかかる事になる。
電子迷彩によって鋼獣の発見が遅れたというのならば、シェルターに逃げる時間も大幅に短縮されるという事に他ならないからだ。
つまりは通常に考えられるよりも多くの人間が逃げ遅れると言う事を意味する。
それは、このセントラルシティにいる人間の多くが今回の襲撃で死ぬということだ。
「ああ、もしかして君、その殺されるかもしれない街の人間に心を割いてるのかい?優しいねぇ、自分以外を省みない復讐者にあるまじき発言だ。ひゃひゃひゃ、いや、ほらほら、そんなに受話器越しからでもわかるような怒気を発さないで………ねぇ兄弟、君は誰かの為に闘ってるわけじゃないんだろう?君の目的は復讐だ。君から全てを奪ったものから、全てを奪い取る事だ。ならば、だ。君はそれだけを考えていればいい、生きて、生きて、生きて、生きて、奴らを殺戮し尽くす、それだけに君の思考のベクトルを向ければ良いんだ。じゃあ、さ、今、リベジオンは使い物にならないんだから、君は生き残る事だけを考えるべきなんだ。わかるかい?ならば誰が死のうが関係ないじゃないか。」
「―――――――お前はリベジオンのDSGCシステムにおけるの思念の影響を受けた事があるんだったよな?」
「触り程度だけれどね。」
「お前はあれをおぞましいと感じたか?」
そう問う潤也に対して少し笑って、
「それ以外にあれをどう感じるというんだい?」
アテルラナは問い返した。
潤也はそれを肯定と受け取り答える。
「だろうな、何度もあのシステムの影響下にあってわかった事が一つある。あれは悲鳴なんだ。死んで行く人々の無念、その絶望が、念となってこの世に留まり続けている。それがDSGCシステムが組み上げているエネルギーとやらの正体だ。その光景が俺の中に毎回入り込んでくるんだよ。わかるか?アテルラナ。あんなものが出来る原因を俺に見過ごせというのか?」
潤也の語尾に怒りが籠る。
それをいなすようにしてアテルラナは優しく言った。
「でも、それは君に関係の無い事だ、別にここで人が死ななかったからといっても、DSGCシステムが君の精神に与える負担が減るわけでもない。この世界は既に死で溢れている。それだけの歴史を人類は積み重ねてきたわけだしね。」
そもそも見解が違うと潤也は思った。
これが潤也がアテルラナを気にいらないと思う最大の理由でもある。
この男が物事を見る際にいる立ち位置と、潤也が物事見る際にいる立ち位置はまるで違うのだ。
潤也は、己が見える視点から見える事を見て考え行動する。だがアテルラナは違う。
見えるものを直接的に見るのではなく、俯瞰してまるで神の視点から見ている。
人一人が死ぬ事を100が99になった程度にしか考えていないのである。
ある意味、アテルラナの思考は正しいと言えるかもしれない。
だが、潤也はそんな風に考える事は出来なかった。
「そうか……お前は凄いな、アテルラナ、全て天上から物事を見る事が出来る……この街にいる人間もお前にとっちゃ駒みたいなものなんだろう、だがな、俺はそこまで賢くなれないんだ。いいか、アテルラナ、俺はな、俺の我儘でこんな闘いを続けている、誰かの為じゃない、自分の為にこの闘いを始めてずっと戦ってきたんだ。」
「――――だったら、」
そうして何かを言おうとしたアテルラナを遮って潤也は続ける。
「俺はな、単なる我儘な復讐者だ。だから、俺は目の前で死ぬ人を見逃す事なんて出来ない。奴らのように命をゴミのように扱う事なんて出来ないんだ。殺されて良い人間なんているわけがないし、それを脅威からどうにかする力があるのに、それを行使する事すらせず、ただ、傍観して俺の家族のように殺されていくなんて事は出来ない。死者がいつも俺になんて言ってくるか知ってるか?あいつらは生きたいと言っているんだ。もっともっと生きたくて、生きたくて、生きたくて、その無念が怨嗟となって、この世に留まっている。そんなものが出来るのを黙って見過ごすような事は俺には出来ない。」
「それは矛盾しているよ、兄弟。君はその死者を生みだすものじゃないか、UHの人間と戦っていつもそれを殺している。それとも何か、君が戦っているUHの奴らにはそんな温情を受ける価値は無いというのかい?」
「――――無いな。」
それはぞっと背筋に寒気が走るような程、冷たく放たれた言葉だった。
それまで飄々としていたアテルラナも流石に驚いて、
「君は、それを正気で言っているのかい?君だって知ってるだろう?どうであれ彼らにだって同情の余地は――――」
と真剣な口調で問う。
「無い。俺が助けたいと思うのは殺される理由なんてない人間の話だ。人を殺そうとしている奴らに対して何で温情を抱かないといけない?いいか、アテルラナ、勘違いするなよ、俺は俺の家族のように死ぬような理由が無い人間が死ぬのをただ傍観している事が出来ないだけだ。あんなどうしようもない理不尽な絶望だらけの思念を残して逝くのが許せないだけだ。いいかアテルラナ、それだけの話なんだ。これは美談でもなんでもない、俺が嫌なんだ。」
そう言った潤也に対して、くすくすとアテルラナは笑った。
「何がおかしい。」
潤也はそう訝しげに尋ねる。
「おかしい、おかしいよ、おかしいに決まってるじゃないか、兄弟、だってその理屈を当てはめるならば君だって死すべき人間じゃないか。UHからすればそう考えられてもおかしくないぜ。彼らからすれば彼らの居場所を奪って地下に封じ込めていた地上人は最低最悪の敵だって考えててもおかしくは無いからね。」
「それでいい、それでいいじゃないか、アテルラナ。俺がな、奴らに与える死は理不尽じゃないといけないんだ。奴らに同情の余地があるかどうかなんて知った事じゃない。むしろ奴らがそれを正当化し、正義として掲げているのならば、結構。それを俺とリベジオンの理不尽で飲み込んで叩き潰す。奴らは俺を憎むだろう。むしろ、そうなって貰わないと困るんだよ、アテルラナ。憎んで悲しんで貰わないと俺が失い得た絶望の一片でも奴らにくれてやらないと俺の気が済まない。」
少しの沈黙。
その後、アテルラナは一息ついた後、感嘆して言う。
「兄弟、兄弟、君は本当に面白いね、理不尽を嫌いつつも己は理不尽であろうとしている。この矛盾、なるほど我儘な復讐者か……言い得て妙だ。僕は君のその自分勝手さを心の底から愛しく思うよ。本当に君が君で良かった。」
「五月蠅いな、アテルラナ、てめぇの気持ち悪い愛情なんでいらねーよ。俺はお前と違ってその気は無いんだ。大体、いつまでこの戯言を続ける気だ?」
「了解、了解、わかったよ、理解した、理解した。時間も無いしこの話はこのぐらいで終わりにしとこう…。」
「それでアテルラナ、あと一時間だったな?」
「正確には55分と39秒、大丈夫、その点においては信頼してくれ、僕は君の期待を裏切ったりはしない。まあ、急場なものになる予定だから不都合は考慮しておいてくれよ?」
「十分だ、切るぞ。」
「じゃあ、あと55分と3秒、頑張って生き延びてね~。」
そうして潤也は携帯端末の通信を切断する。
そして一呼吸した。これから一時間、まず自分がやるべき事はなんだろうか?と考える。
ふと頭に思い浮かんだのは先ほどから一緒にいた少女の事だった。
まずは彼女を地下にあるというシェルターに連れていこう。あの男は気にいらないが、あの男のやる仕事が確かなのはこの一月付き合ってきて散々に重しい知らされた事だ。
(本当に柄じゃないな。)
潤也は寝室の扉を開き、二階から少女のいる一階に下りる。
「おーい、いるかー?」
返ってくるだろうと思った少女の返事は無い。
ふと疑問に思って、どこかで寝てるのではないかと、潤也は部屋の扉を開けて呼びかけた。
こういう時、ロイヤルスイートルームなんてものは不便なものだ、部屋が多い分、どこに人がいるのか探すのも一苦労である。
そうして2分ほどたった。
いなかった、少なくともこのロイヤルスイートルームには少女はいなかったのである。
潤也の背に嫌な悪寒が走る。
ふとテーブルに見慣れないメモ用紙とボールペンが置かれているのに、気付いた。
潤也はその紙を手にとる、よく見れば汚い字でなにか書いてあるようだ。
そして、そこにはこう書かれていた。
扉という扉を開けては、ここにキッチンがあるよ!とか、二階があるよ!とか嬉しそうに潤也に報告してくる。
それを潤也は苦笑交じりにそうかと返した。
アテルラナはいつもこのような部屋を潤也の寝床として提供している。
潤也自身こんな部屋は持て余していたし、もっと質素な部屋が良いとアテルラナに言っていたのだが「いやいや、最上の部屋でゆっくり休んで貰わないとね」と言って、毎回その宿泊先の一番良い部屋を取るのだ。
「ねー、お兄ちゃん、お兄ちゃんってお金持ちなんだねー。」
そう目を輝かせて少女は言う。
「そんな事は無い、そもそもこの部屋取ったのも俺の金じゃないしな…さて、ベッドルームは二階と一階に二つあるみたいだけれどどっちが良い?」
「う~ん、二階!!」
そういって、少女は階段を上ってベッドルームにあるダブルサイズのベッドにダイブした。
「はしゃぐのは勝手だが、怪我しても責任取れないからな。」
そんな潤也の呆れたような言葉を気にも留めずに「ふわふわ~、気持ち良いよ~。」と嬉しそうにベッドの上を転がってる。
それから少したった後、何故か、青くなった顔で少女はベッドルームから出てきた。
「ん?どうした、やっぱ二階は嫌か?」
違うと、少女は首を横に振って答える。
「なら、どうした、さっきまでの元気のよさはどこにいったんだ?」
「あのね、お兄ちゃん、私ね、ゴンザレスがいないと寝れないの…。」
少女の言に少しの間、潤也は固まった。
その後、いかんいかんと頭を振り、
「ゴンザレスって何だ?」
と純粋に疑問を投げかけた。
少女は少し考えるような事をした後、
「あのね、ゴンザレスはね、お母さんが誕生日に買ってくれた、私の腕に丁度抱きしめられるぐらいの小熊のぬいぐるみなの。毛が凄くふわふわ~ってしてて抱いてて気持ち良いの。」
このぐらいだよと手でサッカーボール程の大きさをあらわすようにジェスチャーする。
「あ、ああ…。」
潤也は少し返答に困りつつ相槌を打った。
そういえば、咲にはこの手の趣味はなかったんだよなぁ。
「それをね、お家に忘れてきちゃった…。」
と少し目に涙を浮かべて少女は言う。
少女が何を言わんとしているのか潤也は気づき、
「それは、今、必要なのか?」
「これがないと私寝れないの…。」
「今日ぐらいは我慢できないか?」
せめてもの抵抗をと思い潤也はそう問いかける。
「無理なの…。」
そうやって涙目で少女は潤也にそれを取りにこうと暗に訴える。
(直接取りに行きたいと言えばいいのに、まったく…)
おそらくは少女なりに遠慮しているつもりなのだろう、まあ、彼女の内心で思っている願いを聞いてやらなければ、ここですぐに泣きだしそうな勢いなのもあって、遠慮が脅しと化してるなと思い潤也はため息を吐く。
「まーた、ため息吐いてる、そんなんじゃ幸運が逃げっぱなしだよ、お兄ちゃん。それにね、私一人でも取りにいけるから大丈夫だよ。ふふーん、お母さんとこの辺によく来るから道も詳しいんだ。」
そう、ちょっと自信無さ気に胸を張る少女。
目が泳いでいる…どうみても虚勢だ…。
言ってしまえばこれが、トドメだった。
「わかった、わかったよ、了解した、後で一緒に取りに行こう、それでいいんだろう?」
「え、いいの?迷惑じゃない?」
「迷惑だけど、一人で行かせると俺はもっと嫌な気分になるから仕方なしについていってやるよ。」
「わー、ありがとうー!でも…本当に良いの?お兄ちゃん疲れてない?」
そう言って、少女は潤也に満面の笑みを返した後、不安げに言う。
(まったくなんでこんな面倒なのを俺は拾ったんだろうな…。)
そう思いながらも、「別に問題ないよ」と潤也は少女に言った。
その時、潤也のポケットの中にある携帯端末の音が鳴った。
潤也は携帯端末のディスプレイを見た後、そこに表示された名前を見て嫌な顔をし、少女に「ちょっと待っててくれ」と断った後、2階の寝室に入り、その呼び出しに着信ボタンを押す。
回線が繋がりスピーカー越しに聞こえてくるのは当然あの男の声だ。
「よう、兄弟、休暇を楽しんでるかい?」
「少なくともお前のせいで台無しにはなったな。」
「ははは、そういえば、兄弟、部屋に子供の女の子を連れ込んだりしたりしてるそうじゃないか。ペドフィリアの素質があったとは僕も驚きだぜぃ。」
「誰がペドだ!!!」
そう叫ぶ潤也に対し受話器のスピーカーの向こうで大笑いしているアテルラナの声は潤也を苛立たせるに足るものだった。
毎度のことながらこちらをモニターしているらしい。だから潤也が少女と共にいるという情報も筒抜けなのだろう。
「別にお前には関係の無い事だよ。それで、何の用だ?俺をおちょくりたいだけならば、この通話はすぐに切っても良いんだが…。」
そういう潤也に対してアテルラナは笑う。
「あひゃひゃひゃ、大丈夫、大丈夫、聞いておかないと後悔するような話だよ。兄弟、お前の生死に関わる……ね。」
「なんだ?」
少しもったいぶったようにアテルラナは間をとって
「―――――――お前のいるセントラルシティに1体の鋼獣が向かっている。えーと名称は轟虎って奴かな。」
ある意味予想通りの解答が帰ってきて潤也は舌打ちする。
この男が連絡を寄こす場合はロクな話じゃない事がほとんどだ。
「それで、リベジオンは使い物になるのか?」
「現在、急ピッチで作業してるけれど、まだ無理かなぁと言った所、あと1時間ぐらいあれば最低限の戦闘は出来るように出来るよ。だから呼ばないでね。」
リベジオンには潤也の体内に注入されたナノマシンからの信号を受け取っていつでも潤也の元に駆けつける機能がある。
それを使えば機体がどんな状況だろうとリベジオンは潤也の元にやってくるようになっているのだそうだ。
ただ、この機能を潤也が使った事はなかった。
それはリベジオンの航空速度の問題だ、怨念変換機関を使えないリベジオンの速度は1世紀前の骨董品程度の性能でしかなく、大した速度を期待出来ないという点から来ている。
これはアテルラナの鋼機工場に実装されているらしい、レールガン式の射出機を用いたケースの場合の方が数倍早く潤也の元に辿り着く事が出来るのである。
「1時間か…轟虎って奴はクラスとしてはどれほどの能力を有しているかわかるか?」
「大丈夫、そのあたりは史竹博士のデータベースにアクセスして調べたよ。三獣神機の内の1つ、白虎のレプリカ、つまるとこ準上位種って奴だね。前にも説明したとおり、鋼獣にも質の差があるらしくて、こいつはそいつらの中でも二番手。基本的にはレプリカとオリジナルだとオリジナルのが性能が高いみたいなんだけれど、こいつらは元になったオリジナルがとてつもない能力を秘めているみたいでね、レプリカでもオリジナルの数段上の性能持つ存在ってところ。さて、兄弟、褒めてくれ、君の非常に賢いサポーターがしっかり調べて、敵の能力も把握してるよ~、褒めて、褒めて~。」
「よくやったな、死ね。」
「――――死ね!?」
一瞬の沈黙。
それにため息を吐いて潤也は言った。
「気にするな、心の声だ。話を先に進めよう。」
「―――――――ここ最近、思うんだけれどさ、兄弟、僕の扱いどんどん酷くなってるよね。」
「俺はお前が嫌いなんだよ、わかってるだろう?」
「うん、なんとなく。でも僕、諦めない!兄弟といつかわかりあえる日が来ると信じて!!」
「こねーよ、そんな日、てか、さっさと情報寄こせ、時間ねーんだろ…?」
「ぐす、ネタ振りしたのそっちの癖に酷いや、理不尽だよ、この理不尽大魔王め。ああ、そんな受話器越しからでもわかるような怒気を発さないで、わかったか、わかったから真面目にやるよ。さて、轟虎の能力、つまり特性は電子迷彩だそうな。レーダー機器を全て無力化する、地味といえば地味だけれど…基本スペックの高い機体でこれってのは色々とんでもないものを感じるね。機体が完全な状態でもキツイ勝負になると思うから…正直、今回は大人しくしていて欲しいね。」
そういうアテルラナを潤也は、ふんと鼻で笑った。
「そんな事が出来ると思っているのか?」
「戦略的撤退さ、いずれどうせ闘う、ならわざわざ不利な条件を受け付けて闘ってやる事は無い、万全な状態で挑んでやればいいさ。まあ、でも轟虎の電子迷彩のお陰で防衛にやってきていた軍の奴らもさっきやっと奴の存在に気付いたみたいだ。防衛任務についてた機関軍の奴らは滑稽なぐらい大慌てしてるみたいだよ。もうちょっとすれば警報がなってシェルターへの批難を促すようなメッセージが発せられるだろうよ。ああ、それと安心して、そのホテルの地下にはシェルターがある、昔、僕が作らせたんだけれどね。そこにほとぼりが冷めるまで、逃げてて貰えればいいよ。大丈夫、安全性に関しては保証する。核が投下されたって大丈夫な代物さ…。」
「はっ、どうだか、それはようは前に闘った紫猿とかいう奴がやったようにこの街が瓦礫の山になるぐらいまで破壊されるって事だろ?」
そう言って潤也は毒づく。確かにアテルラナの言うそれは現状では最善の行動であるのだろうか、それがどこか気にいらなかった。
奴が言っているのはこの街の人間を見捨てろと言っているのと同義だ。
他にも批難シェルターがあるのは事実だろうが、逃げ遅れた人々は確実にその鋼獣の毒牙にかかる事になる。
電子迷彩によって鋼獣の発見が遅れたというのならば、シェルターに逃げる時間も大幅に短縮されるという事に他ならないからだ。
つまりは通常に考えられるよりも多くの人間が逃げ遅れると言う事を意味する。
それは、このセントラルシティにいる人間の多くが今回の襲撃で死ぬということだ。
「ああ、もしかして君、その殺されるかもしれない街の人間に心を割いてるのかい?優しいねぇ、自分以外を省みない復讐者にあるまじき発言だ。ひゃひゃひゃ、いや、ほらほら、そんなに受話器越しからでもわかるような怒気を発さないで………ねぇ兄弟、君は誰かの為に闘ってるわけじゃないんだろう?君の目的は復讐だ。君から全てを奪ったものから、全てを奪い取る事だ。ならば、だ。君はそれだけを考えていればいい、生きて、生きて、生きて、生きて、奴らを殺戮し尽くす、それだけに君の思考のベクトルを向ければ良いんだ。じゃあ、さ、今、リベジオンは使い物にならないんだから、君は生き残る事だけを考えるべきなんだ。わかるかい?ならば誰が死のうが関係ないじゃないか。」
「―――――――お前はリベジオンのDSGCシステムにおけるの思念の影響を受けた事があるんだったよな?」
「触り程度だけれどね。」
「お前はあれをおぞましいと感じたか?」
そう問う潤也に対して少し笑って、
「それ以外にあれをどう感じるというんだい?」
アテルラナは問い返した。
潤也はそれを肯定と受け取り答える。
「だろうな、何度もあのシステムの影響下にあってわかった事が一つある。あれは悲鳴なんだ。死んで行く人々の無念、その絶望が、念となってこの世に留まり続けている。それがDSGCシステムが組み上げているエネルギーとやらの正体だ。その光景が俺の中に毎回入り込んでくるんだよ。わかるか?アテルラナ。あんなものが出来る原因を俺に見過ごせというのか?」
潤也の語尾に怒りが籠る。
それをいなすようにしてアテルラナは優しく言った。
「でも、それは君に関係の無い事だ、別にここで人が死ななかったからといっても、DSGCシステムが君の精神に与える負担が減るわけでもない。この世界は既に死で溢れている。それだけの歴史を人類は積み重ねてきたわけだしね。」
そもそも見解が違うと潤也は思った。
これが潤也がアテルラナを気にいらないと思う最大の理由でもある。
この男が物事を見る際にいる立ち位置と、潤也が物事見る際にいる立ち位置はまるで違うのだ。
潤也は、己が見える視点から見える事を見て考え行動する。だがアテルラナは違う。
見えるものを直接的に見るのではなく、俯瞰してまるで神の視点から見ている。
人一人が死ぬ事を100が99になった程度にしか考えていないのである。
ある意味、アテルラナの思考は正しいと言えるかもしれない。
だが、潤也はそんな風に考える事は出来なかった。
「そうか……お前は凄いな、アテルラナ、全て天上から物事を見る事が出来る……この街にいる人間もお前にとっちゃ駒みたいなものなんだろう、だがな、俺はそこまで賢くなれないんだ。いいか、アテルラナ、俺はな、俺の我儘でこんな闘いを続けている、誰かの為じゃない、自分の為にこの闘いを始めてずっと戦ってきたんだ。」
「――――だったら、」
そうして何かを言おうとしたアテルラナを遮って潤也は続ける。
「俺はな、単なる我儘な復讐者だ。だから、俺は目の前で死ぬ人を見逃す事なんて出来ない。奴らのように命をゴミのように扱う事なんて出来ないんだ。殺されて良い人間なんているわけがないし、それを脅威からどうにかする力があるのに、それを行使する事すらせず、ただ、傍観して俺の家族のように殺されていくなんて事は出来ない。死者がいつも俺になんて言ってくるか知ってるか?あいつらは生きたいと言っているんだ。もっともっと生きたくて、生きたくて、生きたくて、その無念が怨嗟となって、この世に留まっている。そんなものが出来るのを黙って見過ごすような事は俺には出来ない。」
「それは矛盾しているよ、兄弟。君はその死者を生みだすものじゃないか、UHの人間と戦っていつもそれを殺している。それとも何か、君が戦っているUHの奴らにはそんな温情を受ける価値は無いというのかい?」
「――――無いな。」
それはぞっと背筋に寒気が走るような程、冷たく放たれた言葉だった。
それまで飄々としていたアテルラナも流石に驚いて、
「君は、それを正気で言っているのかい?君だって知ってるだろう?どうであれ彼らにだって同情の余地は――――」
と真剣な口調で問う。
「無い。俺が助けたいと思うのは殺される理由なんてない人間の話だ。人を殺そうとしている奴らに対して何で温情を抱かないといけない?いいか、アテルラナ、勘違いするなよ、俺は俺の家族のように死ぬような理由が無い人間が死ぬのをただ傍観している事が出来ないだけだ。あんなどうしようもない理不尽な絶望だらけの思念を残して逝くのが許せないだけだ。いいかアテルラナ、それだけの話なんだ。これは美談でもなんでもない、俺が嫌なんだ。」
そう言った潤也に対して、くすくすとアテルラナは笑った。
「何がおかしい。」
潤也はそう訝しげに尋ねる。
「おかしい、おかしいよ、おかしいに決まってるじゃないか、兄弟、だってその理屈を当てはめるならば君だって死すべき人間じゃないか。UHからすればそう考えられてもおかしくないぜ。彼らからすれば彼らの居場所を奪って地下に封じ込めていた地上人は最低最悪の敵だって考えててもおかしくは無いからね。」
「それでいい、それでいいじゃないか、アテルラナ。俺がな、奴らに与える死は理不尽じゃないといけないんだ。奴らに同情の余地があるかどうかなんて知った事じゃない。むしろ奴らがそれを正当化し、正義として掲げているのならば、結構。それを俺とリベジオンの理不尽で飲み込んで叩き潰す。奴らは俺を憎むだろう。むしろ、そうなって貰わないと困るんだよ、アテルラナ。憎んで悲しんで貰わないと俺が失い得た絶望の一片でも奴らにくれてやらないと俺の気が済まない。」
少しの沈黙。
その後、アテルラナは一息ついた後、感嘆して言う。
「兄弟、兄弟、君は本当に面白いね、理不尽を嫌いつつも己は理不尽であろうとしている。この矛盾、なるほど我儘な復讐者か……言い得て妙だ。僕は君のその自分勝手さを心の底から愛しく思うよ。本当に君が君で良かった。」
「五月蠅いな、アテルラナ、てめぇの気持ち悪い愛情なんでいらねーよ。俺はお前と違ってその気は無いんだ。大体、いつまでこの戯言を続ける気だ?」
「了解、了解、わかったよ、理解した、理解した。時間も無いしこの話はこのぐらいで終わりにしとこう…。」
「それでアテルラナ、あと一時間だったな?」
「正確には55分と39秒、大丈夫、その点においては信頼してくれ、僕は君の期待を裏切ったりはしない。まあ、急場なものになる予定だから不都合は考慮しておいてくれよ?」
「十分だ、切るぞ。」
「じゃあ、あと55分と3秒、頑張って生き延びてね~。」
そうして潤也は携帯端末の通信を切断する。
そして一呼吸した。これから一時間、まず自分がやるべき事はなんだろうか?と考える。
ふと頭に思い浮かんだのは先ほどから一緒にいた少女の事だった。
まずは彼女を地下にあるというシェルターに連れていこう。あの男は気にいらないが、あの男のやる仕事が確かなのはこの一月付き合ってきて散々に重しい知らされた事だ。
(本当に柄じゃないな。)
潤也は寝室の扉を開き、二階から少女のいる一階に下りる。
「おーい、いるかー?」
返ってくるだろうと思った少女の返事は無い。
ふと疑問に思って、どこかで寝てるのではないかと、潤也は部屋の扉を開けて呼びかけた。
こういう時、ロイヤルスイートルームなんてものは不便なものだ、部屋が多い分、どこに人がいるのか探すのも一苦労である。
そうして2分ほどたった。
いなかった、少なくともこのロイヤルスイートルームには少女はいなかったのである。
潤也の背に嫌な悪寒が走る。
ふとテーブルに見慣れないメモ用紙とボールペンが置かれているのに、気付いた。
潤也はその紙を手にとる、よく見れば汚い字でなにか書いてあるようだ。
そして、そこにはこう書かれていた。
お兄ちゃんにめいわくをかけるのもわるいので、ゴンザレスは自分でとってきます。
このあたりのちりはよく、お母さんといっしょにきているのでだいじょうぶ。
すぐにかえってくるから心配しないでまっててね。
このあたりのちりはよく、お母さんといっしょにきているのでだいじょうぶ。
すぐにかえってくるから心配しないでまっててね。
「あの馬鹿!!」
潤也は壁を握り拳で殴り付けた後、すぐさま、部屋を出た。
潤也は壁を握り拳で殴り付けた後、すぐさま、部屋を出た。
To be continued
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