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GEARS外伝 Berserker第五章

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ParaBellum

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虚実と真実、過去と未来の混ざり合った現実。あるべき筈の物が無く、ある筈の無い物が在る。
例えば貴様。居ない筈の存在が居て、得なくてはならない筈の力は、貴様の手元には無い。


―だから、貴様に問う。力が必要か? 本来、存在しない筈の世界で己を通す力が必要か?


―如何でも良い。俺が守りたい者達を守る事が出来る力があれば、それで良い


ならば貴様に我の力を託そう。天の力を宿す最強の魔術兵装を。
だが、間違えるな。貴様に預ける力は、この世界を救済する力だ。


イリア・フォン・ロワールは言った。

ただ想うだけで良いと。刻印装甲とは魔力を介し、適合者の想いに従うと。適合者は想いの体現者であると。


だから、霧坂涼夜は想った。

力が欲しいと。巨悪を打倒す力や、障害を蹂躙する力では無く―


―ただ、自分が守りたいと思った者を守る力が欲しい。
目の届く場所で、手が届く範囲だけで構わない。理不尽な暴力に晒されている者達を守りたいと


守りたい者を自らの意思で、自らが望んだ通りに守る事が出来るのは、それは幸福な事なのだろう。
力及ばず、守る事が出来ずに弱者の流す涙を見て、弱者が洩らす嘆きの声を聞くのは、きっと不幸な事だ。


―だが、決して間違えるな。間違えれば……


だから、霧坂涼夜は力を手にする事を望んだ。
守るべき家族に再会する為、遠き異国で巡り会った友と戦う為、死を振り撒く黒き翼を手折る為に。

正義の味方である必要は無い。どちらにせよ押し通す正義など持ち合わせていないのだから。
ただ、自分が守りたいと思ったモノを蹂躙する巨大な獣を駆逐出来る程度の力があれば良い。


―我が貴様を殺すぞ


そして、分断された意識が再び、肉体と結びつき現実世界の景色が視界に飛び込む。

巨大な大蛇が顎門を開き、深淵の闇にも似た真っ暗な口腔を剥き出しにして、猛然と迫り来る。
西方の軍事大国コルセルスカを滅ぼした九つの命を持つ魔獣ハイドラとの総力戦。それが俺の現実だ。

ハイドラの分身とも言うべき八体の大蛇。その内の一体を一斉法撃で粉砕し、本格的に戦いの火蓋を切って落とした。

大蛇の顎門の淵には無限にも等しい膨大な魔力を纏った巨大な牙が針山の様にずらりと並んでおり
シルヴァールを粉砕せんと間断無く、咬撃が繰り出される。軽く100mを越える巨体の割に動きは俊敏を極める。
視界の両端からは別の大蛇が毒のブレス、雷光のブレスを吐き出し、シルヴァールを包囲する。

「触れれば身は打ち砕かれ、融解し、灰となり空へと還る……か。何程の事も無い」

毒と雷撃で包囲され正面からは大蛇が牙を剥き出しにしている……ならば、退路は正面。
空を蹴り、迫り来る大蛇に肉迫し、翼を一度だけ羽ばたかせて咬撃をくぐり抜ける。
途方も無く圧倒的な力を持っていようと、その矛先を違えているのであれば意味は無い。

速度を上げ、ブレスの隙間に飛び込み大蛇の攻撃をやり過し、胴を沿う様にして飛翔しハイドラの中心核を目指す。
ふと気付けば、シルヴァールに並走するかのように真下の大地からシェイサイドが影から滑り落ちる。

「やれるか?」

「さて……な。やるしかあるまい」

シルヴァールの右腕には短槍が握り締められている。柄は古枝の様に弱々しく、穂先は欠け、錆付いている。
見た目とは裏腹に……と言う事は全く無く見た目通り、何の力も宿しておらず脆弱と言うより、ただのガラクタだ。
だが、間違いなくシルヴァールの深層へと潜り込み、ヘブンランサーの取得に到った筈なのだ。

「このガラクタ、何の力を持っていないようだが……」

「我々の意思で産み出したわけでは無い。あくまで魔術兵装の雛形に過ぎん」

「力を持たせるのは俺達の役目……そういう事か」

「そういう事だ。そのまま蛇どもを引き付けていろ。ファーストアタックは俺がやる」

後方から三体の大蛇、正面から二体の大蛇がシルヴァールへと殺到している。
アィデンめ、空渡りで姿を消し俺に押し付けたか―ハイドラを始末した後で報いを受けてもらう事にしよう。

全ての大蛇を押し付け、ハイドラの中心核を前にシェイサイドが悠然と姿を出現させる。
右腕には巨大な爪、左腕には剣が―メギドクレイモアが握られている。
だが、クレイモアと言うには刀身は細く短い。刺突剣の様にも見え酷く頼り無い。

「想いで事を成せるのならば、奴の破滅を想い願うまで……往くぞ、シェイサイド」

≪メギドクレイモアッ!≫

アディンから放たれた言霊に呼応するかの様にシェイサイドの全身から、魔力が光となって溢れ出し小枝の様な剣に流れ込んでいく。

いや、寧ろ―

「メギドクレイモアに魔力を奪われているのか……!?」

「チッ……媒介を形にするだけでも……意識ごと持っていかれそうだ……!」

一見して無力な出来損だが、一度発動させれば適合者の命など御構い無し。最強を自称するだけの事はあるようだ。

「どちらにせよ、生半可な攻撃で沈む相手では無い。寧ろ、こうで無くてはな」

≪ヘブン……ランサァァァァッ!!≫

言霊に合わせて短槍の様なヘブンランサーの媒介が裂け、触手の様にうねりシルヴァールの右腕を貫いた。
まるで自分の血管の中で、虫が蠢きまわっているかの様な異物感や不快感。
そして、身体の内側を食われている様な灼熱感と、激痛に血液を抜き取られたような虚脱感。

「ハッ……好きなだけ持っていけ。俺が求めるは完全なる勝利……精々、結果を見せてみろ。自称最強」

シルヴァールの右腕を貫いた触手は血液を嚥下するかの如く脈動し、俺の魔力がヘブンランサーへと奪い取られる。

―最強か否か……それは貴様次第だ。想起せよ。貴様の望む最強を

俺が望む最強。それは―

「下だ! 敵の攻撃から注意を逸らすな!」

アディンの緊張感に孕んだ声が飛び込む。視線を地面に向けると無数とも言える数の魔方陣が鈍い光を放っている。

「大地の槍か……! シルヴァールの甲冑すら貫く程の威力だ!  絶対に避けろ!!」

俺が警告を発すると共に無数の魔方陣から、次々に大地の槍が打ち放たれる。
シルヴァールの翼を羽ばたかせ、上空へと舞い上がり、針山の如く打ち上げられる大地の槍の猛威から逃れる。

「二度も同じ手を食うと思ったか阿……呆が……」

侮蔑の言葉を吐き捨てようとするが、無数の魔方陣が視界を埋め尽くし絶句する。
下から攻撃を仕掛ければ上へ避ける癖を見抜かれたか? 何にせよ不甲斐ない話だ!
罠を伏せられていた事に気付いて回避に転じようとしても時既に遅し。
魔方陣が紅蓮の光を放ち、シルヴァールを空ごと蹂躙せんと全方位から焔が襲い掛かる。

「獣風情が……ッ!」

空を焦がしながら縦横無尽に駆け巡る無数の焔を避ける術など無い。
俺に出来る事と言えば、背中から生える純白の翼で身を包み攻撃をやり過ごす事くらいのものだ。
だが、空に配置された魔法陣の数が多過ぎる。盾代わりにした翼は数発と耐え切れず、白い羽を散らし消滅する。

「クソが……あまり良い傾向では無いな……ッ!」

重力の楔に囚われ大地へと急降下を始めると、地表でシェイサイドで大地の槍を避け続けている姿が目に映った。
魔力干渉能力、空渡りを駆使し、倭国の隠密……忍の様に姿を見え隠れさせながら、ハイドラの中心核を目指している。
だが、ハイドラも魔力による攻撃が無意味である事に気付き、術攻撃を中断し七匹の大蛇をシェイサイドに差し向けた。

刻印装甲の全長にも匹敵する巨大な牙を持つ大蛇は、円を描きながら、互いに重なり合い肉の壁を形成し包囲網を狭める。
肉の壁に囚われたシェイサイドは腰を深く落とし、大地を踏み貫き、肉の壁から脱出しようと空へと跳躍する。
しかし、唯一の脱出路かの様に見えた天井の空洞は確実な一撃を叩き込むための仕掛けでしか無かった。
肉の壁の内側目掛けて流星の如く、大蛇の頭が降り注ぎ、シェイサイドを大地へと叩き落し、七体の巨躯で絞め潰しにかかる。

「アディン!!」

「絶体絶命……だが、所詮は獣だな」

割れる様な頭の痛みを振り払い、吹き飛ばされた翼を無理矢理、再構築し肉の壁へと猛追すると頂上から光の奔流が立ち昇る。

「巻き込まれなくなければ下がっていろ……貫け!! シェイサイド!!」

アディンの慟哭と共に光の奔流が刃の形を成し、シェイサイドを押し潰す肉塊が地割れと見紛うほどに引裂かれ
切断された肉の断層から黒い体液が大津波の様に溢れ、周辺の大地を濡らし、四つの影が宙を舞う。

鈍い音を立て、次々に大蛇の首が三つ大地に叩き落される。
いずれも目を大きく見開き、剥き出しになった牙の隙間から、赤く長い下をだらりと垂らして絶命している。
頭部を失った三つの巨躯は色を失い、石化し、首の付け根から粉々に砕け散り、ハイドラから三つの命が失われた事を証明した。

そして、ワンテンポ遅れで満身創痍のシェイサイドが片膝を着いて大地に降り立った。
全身から滴り落ちるハイドラの黒い体液が悲壮さを強調していた。

「不覚を取った……霧坂涼夜。後は貴様に託す」

シェイサイドの姿が空気中に溶けるかのように消えていく。空渡りを使って逃げたか……これで残った首は半分。
では、俺も奴に続いて役目を果たさねばならんか。最低、三つ……欲を言えば、四つは持って行きたいところだが。
いい加減、蛭の様な魔術兵装に魔力を吸い取られ続けるのにも飽いてきたところだ。

「待ちたまえよ。何か変だと思わないかね?」

ハイドラを目指そうとするがラウバルト将軍に出鼻を挫かれる。何が変だと言うんだ? 貴様の歪んだ思想か?

中心核となっている眼球は相変わらず、忙しなく視線を動かし、瞳孔の開閉を繰り返している。
残った首は四つ。一体目の大蛇は砕かれた対魔術結界を再構築し、装甲騎士団の法撃を受け止めている。
二体目の大蛇は大地に、三体目の大蛇は天空に其々、魔方陣を形成している。鬱陶しい事、この上無い。

「……最後の一体は何処へ消えた?」

ハイドラの本体に四つの胴、五つの気配に三つの首に四つの殺気。首と殺気が足りない。何処だ? 何を狙っている?

「狙いは我々以外の様だね……まさか狙いはアラン様か!?」

ラウバルト将軍と共に背後を振り返り、刻印装甲を指揮するアランの方に視線を飛ばすと上空に巨大な魔方陣が一つ描かれていた。

「違う……奴め、アランの士気すら撃ち砕くつもりらしいな……」

上空に描かれた巨大魔法陣が向けられた矛先は俺達、上級刻印装甲の適合者でも無ければ装甲騎士団でも無い。

「なんと……彼奴め! 我々では無く、ロワール城を叩き伏せるつもりか!」

魔法陣の中から、ゆらりと巨躯を揺らしながら、巨大な顎門を開き巨大な牙を剥き出しにして、低い唸り声をあげた。

「短距離転移能力……直接、押し潰す気か! シルヴァール!!」

四体目の大蛇が魔法陣から勢い良く、地上へと落下を始める。
魔力を使わずとも、高高度からの落下による衝撃だけで、目を覆いたくなる程の被害が出る事など想像するまでも無い。
霊薬を嚥下し体内から失われつつある魔力を再び呼び起こし、翼に魔力を集中させ風を裂き、音を越え、天を飛翔させる。

強固な城壁に守られたロワール本城と、外壁内部でロワール本城を中心に広がる八つに区分けされた都市と其処に住む人々。
ハイドラが城壁内に降り立てば最後。一瞬にして都市や城は塵へと変わり、数十万単位の人間が死ぬ事になる。

そうなれば、アランやイリアを含む多くの戦士は心と、戦う力、意思を粉々に撃ち砕かれる事になる……恐らく、俺も。

「シルヴァール!! 何が何でも、間に合わせろ!!」

―貴様に預ける力は、この世界を救済する力だ。

流星の如く、市街地目掛けて落下を始める大蛇の元へと我武者羅に肉迫するとヘブンランサーからの魔力吸収が停止される。

「……漸く、力を貸す気になったか? だが、勘違いするな……覚えておけ、違えたら俺が貴様を殺す」

残った霊薬を全て胃の中に流し込み、身体を内側から撃ち砕く程の勢いで湧き上がる魔力を無理矢理、ヘブンランサーに流し込む。
気が済んだから魔力の吸収は終了してやるとでも言うつもりか? ふざけるな。俺が納得するまで魔力を流し込むんだ。
許容量や限界地など俺の知った事か。適合者の想いを体言すると言うのならば、行動と結果で示してみせろ。

「俺の魔力……根こそぎ持っていけ!!」

ヘブンランサーは悲鳴の様な轟音と光を放ちながら、俺の魔力を吸収し、その身に浸透させていく。
だが、それでも、まだ不十分だ。俺にはまだ余力がある。

「まだだ……全部だ! 全部持って行け!!」

≪世界の救済などと大言をほざく前に……≫

大量の霊薬で出鱈目に増幅した魔力を吸収したヘブンランサーの柄が伸び、太陽の様に光り輝く巨大な刃が生える。

≪無力な人間の数十万人程度! 国の一つくらい無傷で救ってみせろ!!≫

ヘブンランサーの刃が更に強い光を放ち、天空さえも撃ち砕く程の巨大な魔力の粒子を撃ち上げる!
真っ白な光の粒子に呑み込まれた八つ目の大蛇は、苦悶の声をあげる間も無く、光の奔流の中で
その巨大な肉体を粉々に撃ち砕かれ、塵となり風と共に世界から痕跡その物を消失させた。

―だが、まだまだだ!

≪そうだ……まだだ! この程度で最強を自称するつもりはあるまいな!?≫

未だ光の粒子を放ち続けるヘブンランサーを握り直し、大蛇が奇襲に使った魔方陣を睨み付ける。
重力の楔を解き放ち、天へと駆け上りながら、魔方陣の中心へとシルヴァールを飛び込ませる。

―術者にしか使えない魔法陣だとしたら?

―一方通行だとしたら?

―既に力を失っていたとしたら?


そんな事は如何だって良い。


―刻印装甲は魔力を通じ、適合者の想いに従う

―適合者とは想いの体現者ですわ。戦って駄目なら想ってみるのも宜しいかと

そうだな。ならば、精々ハイドラが滅する姿でも想い描いてやらねばならんな!
出来る出来ないなど関係無い。俺がやると決めた。俺がやれと言った。俺ならやれると想った。

―だから!!

≪逝いいぃぃぃぃぃぃけえええぇぇぇぇぇぇ!!≫

魔方陣を潜り抜けた先には、灼き砕かれた大蛇達の首の付け根が視界に飛び込む。至近距離……

≪無駄に命があるのだろうが!! ならば、世界の誰よりも存分に死の苦しみを味わって死に絶えろ!!≫

勢いを殺さず全身全霊、全魔力で以ってシルヴァール諸共、ハイドラの中心核に侵入し
内腑を灼き、斬り、抉り、貫き、白銀の四肢と紺碧の甲冑を黒に染め、シルヴァールが外気に晒される。
両の腕で握り締めていたヘブンランサーは手元には無い。

―想起しろ

奴の体内に埋没させた太陽の光にも勝るとも劣らない程の、輝きを放つ魔力によって形成された天照らす槍。

≪……爆ぜろッ!!≫

世界を灼き尽くし、滅ぼし尽くして尚有り余る程の魔力の奔流を想起する。だが、滅びるのは世界では無い。
破壊の力がハイドラの体内で暴れ、皮膚を引き裂き、エネルギーの余波は白い閃光を放ち、天へと立ち昇る。
その光景はハイドラの悪しき魂が浄化され、天へと還っているようにも見えた。

だが、ハイドラもまた世界を覆いつくす程の魔力を持つ化け物だ。
裂けた皮膚から黒煙を燻らせ、地の底に眠る死者を呼び覚ますかのような禍々しい咆哮をあげる。

「大した生命力だ……」

爆焔の向こうから、黒い体液を滴らせ、全身から黒煙を燻らせる満身創痍のハイドラ。
命のストックと、多彩な能力を持つ八つ首の大蛇は全て消し飛び、奴に残った命も一つだけ。

「俺に残された魔力ではシルヴァールの視覚化を維持するのが精一杯……か
霊薬は全て使い果たし、打つ手は何一つとして残されていない」

巨大な眼球が妖しく光を放ち、シルヴァールの眼前へと迫る。150mを越す巨体というだけあって凄まじい威圧感だ。

「だが……貴様では俺を殺す事は出来ない」

ハイドラの中心核となっている眼球が太陽の光を反射し閃光を拡散させ、シルヴァールに襲い掛かる。
閃光は大地諸共にシルヴァールの両腕と両翼を切断がされ、受身すら取れず大地に叩き落される。
激しい衝撃が全身を叩き付け揺さぶるが、この程度の事が何程のものか。
負け惜しみでも無ければ、やせ我慢でも無い。確かに今の俺に出来る事は何一つと無い。だが……

「俺は……一人で戦っているわけでは無いのだからな!!」

「奴に残された命は一つ! ただの魔獣と変わりはしない! 恐れるな! 進め! 討ち滅ぼせ!!」

アランが長剣を振り落とし最後の大号令をかける。ロワールの騎士達が咆哮を上げながら一斉に突撃を開始する。
先陣はイリアのレイスヴォルグ、嘉穂のローザンシュレイク、エーデルバイス等の中級刻印装甲が務め
先を越されてなるものかと下級刻印装甲の軍勢がハイドラに向かって其々の魔術兵装を片手に果敢に攻める。

本来ならば、上位の魔獣。それも異常個体に向かって中級や下級の刻印装甲を突撃させるのは無謀な事だ。
如何に戦いが数で決するとは言え、ハイドラが相手では1+1は0にしかならず、数の暴力を質の理不尽で覆されてしまう。

だが、九つあった命も残るは一つしか無く、視覚で認識出来る程の強固な結界は既に消失し、多彩な攻撃能力も無い。
何より、理不尽な暴を極めたその力も、存在を維持するので精一杯の虫の息となったシルヴァールすら殺す事が出来ない。
そんなハイドラが一体、どれ程の脅威だと言うのだろうか? こうなれば、ただの的でしか無く、雌雄は決したも同然だ。

「涼夜様から離れなさいな……この下郎!!」

イリアの叫びに呼応してレイスヴォルグが高々と跳躍し、落下と共に長剣を振り落としハイドラの中心核を縦一文字に裂く。

「精強なる装甲騎士団! 私に遅れを取ってはなりませんわよ!」

装甲騎士団の誰よりも早く第一撃を繰り出したイリアが檄を飛ばし、騎士達の戦意を高揚させ素早くその場を飛び退く。

≪無垢なる境界を落とす破滅の接吻を受けよ……ディメンジョンバースト!≫

間髪入れず、ローザンシュレイクの術法撃がハイドラの肉体を食い破り、上部を消滅させる。
更にエーデルバイスがハイドラの下部に流砂を発生させ、下から刻み周辺に肉片と黒い体液を弾き飛ばす。
立て続けに攻撃を受け、その巨躯を沈めていく様を見て、騎士達は更に士気を高め戦いを激化させていく。

「今回もまた随分と無茶をしたものだね? 立てるかい?」

装甲騎士団による最後の一斉攻撃が始まったのにも関わらず、ラウバルト将軍のゴルトゲイザーは
攻撃に参加する素振一つ見せず、シルヴァールの傍らでハイドラが朽ち果てようとしている様を眺めていた。

「魔力が枯渇しているだけだ……先の事もある。俺の事よりも今はハイドラを」

「先を見越して……かね? どうやら、私と君とでは描いている物が少しばかり違っているようだね」

異常個体の一斉蜂起。この騒動、ハイドラを打倒して終わるような単純な問題では無い。
通常の魔獣の生態系を破壊し、国を滅ぼす程の途方も無く理不尽な力を持つ異常個体が世界を闊歩している。
全ての異常個体と、その元凶を叩き伏せるまで世界に安息が訪れる事は無く、この戦いは始まりに過ぎない。

だが、最強中の最強、ハイドラは俺達の手によって滅びを迎えようとしている。
刻印装甲の適合者が結束すれば倒せない魔獣など存在せず、事態を終息に導く事は不可能では無いという事を証明した。
そして、これからの戦いはハイドラを撃破したロワール装甲騎士団が中核を担う事になる事が予想される。
だからこそ、騎士団長であるラウバルト将軍がハイドラに最後の一撃を叩き落し、結束の力を強めるべきと考えた。

「君の考えている事も分からないでも無いよ。だけど、この状況はロワールだけの問題では無いからね。
確かに表面的にとは言え、戦いの中核はロワールが担う事になるだろうけどね。その矢面に立つのが私では不十分だ。」

「では、誰を? あの雑多な兵力の中で中心足りえる人物は……」

「居るだろう? ロワール王国継承権第三位、イリア・フォン・ロワール姫という三体の刻印装甲を使役し
天焔の騎士を救い出し、ハイドラの首級を討ち取った素晴らしい戦姫がね」

「ああ……そうだったな。アンタがそういう人間だという事を失念していた」

ラウバルド・ガウゼンダール将軍。通称、雷帝―柔和な人となりの裏でロワール王国の為ならあらゆる手段を厭わない非情の忠臣。
だが、その行動はロワール王家のためでは無く、ロワール王国を第一と考えての行動だ。
その為ならば、ロワール王家さえも平和や未来への礎とする事が出来る男なのだ。

そして、今回の騒動でラウバルド将軍はイリアに利用価値を見出したらしい。

「反逆の狼煙を上げる第一手として、イリア様がハイドラを倒したという風聞が流れる方が好都合なんだよ。
幸いにもこの戦いを見守り、唄にしたいと考えている吟遊詩人は事欠かないようだからね。
水の加護を受けた姫君の元に集う騎士達……随分と綺麗な光景だとは思わないかね?」

「イリアを戦う者達の心の拠り所にする気か……」

今回の一件で国が滅び、大地に打ち棄てられた適合者も居る事だろう。
だが、中には生き延びた適合者も少なからず居るはずだ。守るべき国を滅ぼされた事によって
自信を喪失し戦意を失った者や、恐怖に駆り立てられる者等、路頭に迷っている者も少なくは無いかも知れない。

だが、この絶体絶命の状況を打破するために立ち上がった者が居ると世界に知らしめる事が出来れば……

「姫様に戦果をあげて頂き、世界にそれを知らしめ、戦う者達の勇気と希望を取り戻させる。
その役割は、私のような無骨な老人より、見た目麗しい少女の方がお似合いだし効果的だと思うがね?」

「効果的か如何かは知らんが、吟遊詩人に詠わせるなら、その方が良いかも知れんな。」

「君がロワールに訪れ半年と少し、絶望的な状況下になって初めて、君は我々と同じ物に目を向けるようになった
君程の頑固で、頑なで、不遜で、尊大な男ですらね。ならば、他の者達も我々と同じ方向へ目を向けるのが道理だ。」

「……散々な言われ様だな」

「これでも高く評価しているつもりだけれどね?」

全くそんな風には聞こえないから不思議なものだ。
そんな俺の心情を知ってか知らずか……いや、知っていたとして、この男が気に止める事など絶対に有り得ない。
ロワール王国のためならば頑固で、頑なで、不遜で、尊大で、卑劣で、残忍にもなれる男なのだから。

「とは言え、崇高な大義を持ち強大な想念を振り翳し、大軍を成したとしても、あの異形には太刀打ちする事が出来ない
意思の力を引き出す者―武の体現者が必要だ。これからロワール……いや、この世界のために戦ってくれるかね?」

ゴルトゲイザーが握手を求めるかのように右腕を差し出すが、シルヴァールの両腕は既に刎ね飛ばされている。

―皮肉か何かのつもりか?

訝しんでいると天が震え、地の亡者を呼び覚ますかのような咆哮が周囲に轟き、今正にハイドラが塵に消えようとしている。

「ガイウス! レヴィアザン! お行きなさい!」

醜悪な咆哮を切裂く無垢なる声と、それに従う二体の鉄巨神が弓を引くと天から数多の矢がハイドラに降り注ぐ。
矢は鋭い氷柱となりハイドラの全身を深々と貫き、朽ちかけた針鼠のような無残な姿に変わり果てたハイドラから苦悶の声があがる。

「私の剣にかかって朽ちなさいな!」

レイスヴォルグが空間を切裂き、裂けた隙間から大瀑布の如く溢れ出した大量の水が竜の形を成し、ハイドラへと突撃する。
ハイドラも閃光を放ち水竜を迎撃しようとするが、メギドクレイモア、ヘブンランサーと立て続けに攻撃を受けた影響で
内包する魔力も残り僅か。身体を再生する事も、攻撃を防ぐ事も敵わず中心核を水竜に貫かれる。

「終わったようだね……それにしても、君等は大した演出家だね。」

「必要だと思ったから、そうしたまでだ……言われるまでも無く、今はアンタ達と共に戦ってやる。
だが、振り落とした剣の切先が魔では無く、人に向かったその時は……別の道を歩ませてもらう」

「この状況下で人間同士で争いが起きる程、愚かでは無いよ」

この様な日が来る事を懸念していたから、人間同士の戦を後回しにしろと提言して来たのだ、愚か者どもが。

騎士団の再編、情報の再整理、生き残った国や適合者達との連携、敵の規模の確認。やるべき事は多い。
急遽訪れた人類の黄昏を討ち払い、生を勝ち取る戦いの始まりに時の流れが慌しくなりそうだ。
尤も、俺は魔獣を討つ以外の事をするつもりは無いが……地球への帰還は暫く、先延ばしになりそうだ。

ハイドラ討伐から二ヶ月の時が流れた。

俺は魔獣討伐に専念するため冒険者ギルドから脱退し、アディンと共に正式にロワール軍に参加した。
コルセルスカの元暗殺者アディンの参入を渋る声もあったが、カンザス湿地帯で俺を救出しロワールに向かわせ
自身もまた、ハイドラの首を三つ斬り伏せた功績、何より襲われた本人が赦しを出し、事無きを得た。

その直後、俺とアディンは騎士の称号を与えられ、其々に遊撃騎士、隠密騎士としての地位を得る事になった。

肩書きが冒険者から騎士に変わったからと言って、やるべき事が変わったのかと言われると実は何も変わっていない。
精々、ロワールの騎士や貴族達の態度が冒険者の時よりも軟化した程度だ。肩書き社会なので無理も無い。

そして、ギルドを通して魔獣討伐の依頼が届いていたのが、国から直接命令されるようになった。
尤も、アランがギルドを通して俺に討伐依頼を出したのは、まだ互いに顔を見知らなかった頃の一度だけで
これも冒険者の時と何も変わらない。精々、遠征に赴く範囲が広くなった事と敵が出鱈目に強くなったくらいだろうか?

他には異常個体とばかりで通常個体と戦う機会は殆ど無くなってしまった事か。
態々、人間が手を下すまでも無く、異常個体の食糧として胃の中に収められているのだからだ。
異常個体の存在は脅威だが、必要以上に恐れる事も無い。ハイドラ討伐の一件以来、俺の魔力も上昇しつつある。
ヘブンランサーを習得したからか、シルヴァールの声が聞こえるようになったからなのかは定かでは無いが
好都合である事には変わりないので気にしない事にした。

アディンがロワール周辺諸国"跡"の調査を行い、生き残った人間をまとめ上げロワールへ導く。
主だった装甲騎士団で避難民を護衛を務め、俺がシルヴァールで敵を滅ぼす。

地道に魔獣に支配された領地を解放し僅かながらに生き残った人間を保護しながら異常個体の発生地、東南の最果てを目指す。

全ての国が共同で魔に対抗する……それが出来れば最良だったのだが、それも今となっては叶わなくなってしまった。
ロワール王国は大陸の西側の最北端に位置し、異常個体による猛威を受けるのが遅く、その存在を気付けないでいた。
人類に対する蹂躙は随分前から始まっていたらしく、俺達が気付いた時、既にロワールは孤立していた。

だが、国が滅んだからと言って、全ての人間が死に絶えたわけでは無い。

僅かに残った人々が寄り合い、魔獣から逃れ、時には戦いながら必死に生き延びている者達も少なくは無い。
アディンから、その報せを受け出撃する際、ラウバルド将軍は殆どの国が潰れているのなら好都合だと言った。
国と言える国がロワールしか無いのであれば皆、ロワールに従う他、生きる道は無い。

魔獣達を殲滅した後、世界統一が容易になるという魂胆の台詞なのだろうが、其処までは面倒見切れん。
寧ろ、ロワール王国が最後の国。人類最後の箱舟であるという事に対し、緊張感を持ってもらいたいものだ。

―負ける気など微塵にも無いがな

後は変わった事と言うか、起きた問題と言えばロワール国王がハイドラとの戦いの直後に死亡した事くらいか。
元々、国政はアランが取り仕切っていた事もあり、奴もまた肩書きが変わっただけでやるべき事は大して変わっていない。
ハイドラとの戦いで最前線に赴く勇猛さと、騎士団に冒険者、敵国の暗殺者を纏め上げた統率力を見せつけ
その発言力や求心力は留まる事を知らないでいる。追い風と言えば、まあ追い風だ。

とは言え、アランの年齢は22歳。国を統べるにしては、あまりにも若すぎるという声が聞こえない事も無い。
あまり喧しいようならラウバルド将軍が何かしらの手段を用いて、黙らせるのは言うまでも無いので気にしない事にした。

イリアはと言うと、こんな時に王座などに着いて踏ん反り返ってはいられないとハイドラを討った功績を利用し
毎日の様に城下へ出ては声が枯れるまで演説を行い、刻印装甲に乗って魔力が尽きるまで世界中に点在する適合者達に向けて
今日は魔獣を打ち倒した。今日は何人の人間を救ったと戦勝の報を届け、戦う意思を失うなと呼びかけているらしい。
たったの二ヶ月で随分と逞しくなったものである。

これが今、この世界の現状だ。

そして、冬が始まり、陽射しと共に雪が溶け、春が訪れ異世界に迷い込んでから一年が過ぎ、俺達は大陸の半分を取り戻していた。
かなりの数の刻印装甲を入手し、共に戦う仲間も増えた。毎日の様に届く戦勝の報に人々の顔から生気が戻り始めた頃
俺達は次の一手を取るため、数ヶ月ぶりにロワール王国の主だった人物達と再会を果たす事になった。

会議の参加者はロワール王国新王アラン・フォン・ロワール、王位継承権第一位ロウファス・フォン・ロワール王子
王位継承権第二位イリア・フォン・ロワール姫、装甲騎士団団長ラウバルド・ガウゼンダール将軍
隠密騎士アディン・グロウズ。そして、遊撃騎士霧坂涼夜の以上、六名。

現在、会議によって出た案は四つ。


一、奪回した大陸の半分を人間界、魔獣が跋扈する残り半分を魔界と称し強固な壁と魔術結界を世界の中央に設置
大陸を封鎖し戦乱の日々を終わらせるという消極案。人々が疲弊する様を看過出来ないと13歳の若き王子による発案。
だが、壁の建設期間の問題。危険と隣り合わせの境界線に送り出され結界の維持を勤める魔術師の確保。

そして、何より大陸の南半分の人間はどうするのか? 

彼の優しさから来る提案だったのだが、様々な問題や視界の外に居る人間の事を考えるだけの聡明さは宿らなかったらしい。


二、南部を中央突破、生き残った人間を救出し一の案を実行というイリアによる改良案。
それでは中央突破を担う騎士団に大きな被害を受ける。人を助ける為に、死んで来いと命令するのでは本末転倒だ。
全人類を救わなければ気が済まないらしい。普段の行いは買うが長期的な行動指針としては乱雑過ぎる。


三、南東の果てを中心に部隊を幅広く展開し、南下しながら敵の戦力を抑え、三体の上級刻印装甲で敵を粉砕する。
ラウバルト将軍からの現状維持案。確かに今まで通りではあるが、人間の領地が間延びし過ぎ、敵の領地は密集状態あり
数の暴力、質の理不尽の両立が可能になろうとしつつある。本格的な戦いを行うのが俺やアディンとは言え、そう遠くない未来で
装甲騎士団や義勇軍では抑えきれなくなる日が訪れるのは目に見えており、少しばかり悠長な気がする。


四、刻印装甲を結集し、南東の最果てへと直進し電光石火の勢いで元凶を叩き伏せ、返す刀で大陸南部を奪還というアディンの強襲案。
上手くいけば、この案が最良かも知れないが北部の守りを捨てるも同然……この案を取る段階では無い。いくらなんでも性急過ぎる。

だが、個人的な意見を述べるとすれば……実の所、別にどの案でも構わないと言うのが俺の意見だ。
守りたい者は全員、守れている。異常個体が攻めてきたところでハイドラ程の相手で無ければ、負ける事は無い。
それどころか戦いに慣れて来た事もあり異常個体に対して、大した脅威を感じていない。

戦う気があるのなら戦うが、その気が無いのなら矛を収めても構わない。だから、どの案でも構わないというわけだ。

まあ、強いて言うなら……

「全部、採用……と言うのはどうだ?」

「どう言う事だ?」

「大陸の境界線に巨大な壁を建設し魔術師達に結界を張らせる。そして、結界沿いに中級以下の刻印装甲の部隊を展開し防衛。
防衛部隊の指揮はラウバルト将軍に任せる。シルヴァールと、シェイサイドの主力二体で南東の果てで敵の中枢を叩く。
その後、防壁を破壊し装甲騎士団と共に挟撃戦を仕掛け、義勇軍には南部の生き残りを救出させる。」

「私と貴様の二人だけで中枢を叩くのか?」

「あまり大きな声で言うような事では無いが……南東の最果ては激戦地だ。ゴルトゲイザーでも付いて来れん。
それが下級や中級ならば尚更な。徒に骸を増やすだけだ。それならば、境界線で防備を敷き、守りに当たらせた方が良い
確かに俺と貴様の二人では不安もあるが……俺達に着いて来れる刻印装甲があるとすれば、それはオルベリオンだけだ」

「では、涼夜の案を採用し関係部署と調整をしている間、オルベリオンを始めとする刻印装甲の発掘に専念する事としよう。他に意見や提案のある者はいるか?」

そう言って、アランは部屋を見回す。アディンは少々、不服そうな顔をしているが代換案が思い浮かばなかったのか観念した。
宵闇の刻印装甲などと最強の一角の適合者となった己の不幸を嘆けば良い。心配せずとも俺と、貴様ならそう負ける事など無かろうよ。

「無いようだな……作戦の実行は半年後を目安とする。以上、解散!」

―半年後。この世界の人間達の命運が決まる。


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