創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

第4話

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匿名ユーザー

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                                                           the strange dream

                               後編 (中)      


完全に油断していた。反応する前に、敵に先手を取られてしまった。最悪、としか言いようがない。
一条遥は切実にそう思った。目の前で繰り広げられる、阿鼻叫喚の地獄絵図を目に焼きつけながら。


リヒターが叫んだ瞬間、一条は和やかに話していた表情から一変、瞬時に戦闘時の厳つく鋭い表情になると、天井をキッと見上げた。

……天井を覆っている、ガラス張りの巨大な屋根が、悲鳴の様な轟音を響かせながら落下してきた巨大な「何か」に粉砕されていく。
その「何か」と共に、ひしゃげた末に折れていく鉄筋と、細やかなガラスが豪雨の様に人々へと容赦なく降り注ぐ。
次に一条の眼に映ったのは、目を覆いたくなる程に残酷で無情な光景であった。

降り注ぐガラスの豪雨から、人々が絶叫や怒号、あるいは悲鳴を上げながら逃げ惑う。

だがしかし。非常に小さく細やかなガラスは人々の肌から肉に、大量に突き刺さっては動きを鈍らせる。もしも動きが止まれば最後だ。
男も女も、老人も子供も無差別に犠牲になっていく。一条は目の前の、あまりにも凄惨な光景に目を覆いたくなるが、覆う事が出来ない。
何故なら、一条の眼は見開いており、衝撃のせいか体が自由に動かないのだ。硬直していると言っても良い。

けれど、今まで積み重ねてきた戦闘経験からだろう。
無意識下に一条は掌を広げて天へと向けており、そこから自らが持つ力――――――――マナを具現化させ、傘の様にマナを展開させて、自らと神守遥を保護している。

一条の目の前では未だに、凄まじい地獄絵図が繰り広げられている。ようやくガラスの豪雨が止んだ後、折られた鉄筋が次々と落下してきた。
美しい花々を、逞しい木々を、そしてガラスによって身動きが取れなくなった人々を鉄筋が押し潰していく。
最早絶叫さえも聞こえてこない。聞こえてくるのは、鉄筋が落下してくる重低音だけ。しかし、どんな状況下なのかは見れば分かる。

一条は力無く目線を下に下げた。さっきまで、鮮やかな緑色が美しかった人工芝の地面は、濁っており生温かく、吐き気を催す様な赤黒い色へと塗り替えられていた。
あれほど平穏に満ちており歓喜で溢れていた中庭は、もう戻って来ない。ココにあるのは、死と混乱だけだ。

どうやら……鉄筋も降り終わり、これ以上は何も落ちてこない様だ。一条はマナを収縮させて掌を握った。
後ろをゆっくりと振り向く。そこには、ベンチから転げ落ちており目を閉じている遥が居た。一条はしゃがんで、遥の首筋に触れた。
……良かった。特に異常は無いようだ。あくまで推測だが、目の前で起こっている出来事がショッキングなあまり気絶したのだろう。
無理も無い。一条ですらまともに正視できなかったのだ。今まで普通の少女として生きてきた遥が失神しても何らおかしくない。

<マスター>

今まで沈黙を守ってきたリヒターが一条に声を掛けた。本当は様々な感情が混然となっているが、悟られぬ様一条は冷静な口調で言う。

「一先ず、神守さんをここから運ぶから。まずはそれからだよ、リヒター」
<敵です。既に距離を詰めてきています。戦いますか?>

リヒターの報告に、一条は振り向いた。その両目に、リヒターが言う敵――――――――にして、人々の日常を完膚なきまでに破壊した「何か」の姿がはっきりと映った。

美しい曲線を描いている、寸胴でありながら不気味な威厳を醸しだつ胴体に、猛々しく反り立つ一本角の頭頂部の下で、無機質に光る、二つの点の様なカメラアイ。
如何にも兵器である事を示す、重機の如きドシンとした、下半身と脚部。そして最も異様なのは、アンシンメトリーな両腕だ。
片方は凶暴性を露わにした、一つ一つがとても鋭利な巨大なカギ爪。もう片方は滑らかで、彫刻を思わせる程に端正な造形の、人間の様な腕。

輝いておらず、鈍く重い光が宿っている、黄金色の機体色。アンシンメトリーな両腕もさる事ながら、全ての要素に違和感を感じる。
まるでフランケンシュタインの如く、全てのパーツがツギハギの様に見え、それでいてバランスが取れている。違和感を感じる事こそが正常だと勘違いするほどに。
その「何か」が、一条とリヒター、そして遥の五十メートル先に、背部と脚部から黒色の粒子を撒き散らしながら、ゆっくりと着地する。

まず、一条はある事に気付く。
「何か」が背部から二枚の大きな装甲板を展開させている事に。まるで、カブト虫が空を飛ぶ際に羽を広げる様に。
恐らくだが、「何か」にとってそれは、ここを奇襲する際に飛んできた……と仮定して、飛行する際に制動を行う為の物だろうと。
つまりだ、その背部の装甲板を破壊する事が出来れば「何か」の飛行能力を低下、あるいは甘い予想だとは思うが、無効化する事が出来る筈だ。

「何か」は私とリヒターを奇襲する為にこの場所にやってきた。それが今の状況下の中で唯一、一条にとって理解しえる事であった。

それとだ。装甲板の他に、撒き散らしている黒い粒子が原動力である事も分かる。背部と脚部から絶え間なく放出されているあの粒子のお陰で、「何か」は動いている様だ。
……黒い、粒子? 一条はそのキーワードに引っ掛かりを感じる。一瞬、一条は「何か」が、リヒターと同じオートマタか、それに準ずる亜種かと思っていた。
しかし、「何か」の外見はオートマタの外見、及び特徴とは似て非なる。どっしりとした下半身と脚部、パートナーを必要とせず自らの判断で動き、粒子を原動力とする……。

―――――――遥の脳裏に、とある機体が浮かんでくる。そうだ、タウエルンだ。タウエルンと「何か」の外見はシルエットこそ違えど、どこか似ている物を感じる。

つまり「何か」の正体は……と、そこまで考えて、一条は一旦考えを張り巡らす事を止める。
今、成すべき事、最優先すべき事は「何か」を倒す。それだけだ。一条は目の前を見据え、否、ハッキリと「何か」を敵と判断し、睨み付ける。
「何か」が装甲板を収納すると、一条を睨み返すかの如くカギ爪を構えながら右足を後方へと下げ、左足を前方へと向ける。
見るからに重量がありそうな外見からしてパワータイプだろうか? 油断はしないが機動力自体は並みかそれ以下だろうと一条は思った、その、矢先。

両足からジェットの様に粒子を噴出させて、「何か」が一気に、一条とリヒターとの距離を詰めた。
外見とは裏腹に、認識が遅れる程早い「何か」の踏み込みに、一条は虚を突かれる。「何か」の機動力の高さは、一条の予想を上回っていた。
しまった……! 一条がそう思い歯軋りをした瞬間、頭上からカギ爪が振り下ろされた。鋭く研ぎ澄まされたカギ爪の刃に斬られれば、一たまりも無いだろう。

リヒターを構えてからでは間に合わない。一条は「何か」の攻撃を避けんと後方へとステップしようとした、が。

ギリギリで、人差し指の刃が一条の額を掠った。最初こそ痛みは感じなかったものの、やがて、たらり、たらりと一条の額から血が垂れてきて、タイムラグ的に痛みが走る。
傷は思ったより深く、一条の額の流血は中々止まらない。一条は反応できなかった自分の鈍さ、どこかで余裕を気取っていた自分の甘さに舌打ちする。
「何か」の攻撃は止まらず、再び大きく踏み込んできながらカギ爪を下ろさんとしてくる。

「堪えて、リヒター!」

マナを腕に纏わす事で腕力を一時的に強化し、一条はリヒタ―を叱咤する。

回避が間に合わない距離故、一条はリヒターを構える事で真正面から、「何か」のカギ爪を受けて立つ。
リヒターだけでなく、一条ごと潰さんと、「何か」がカギ爪に自らの重量を上乗せしてくる。マナでいつもの数十倍強化した腕力でも、「何か」に抵抗出来るか一条は不安に思う。
「何か」の猛攻に一条は顔を歪ませながら耐える。もしもここで引き下がれば一条とリヒタ―だけでは無い。間違いなく、遥も殺される。

「んっ……」

その時であった。

後方で地面に横たわっていた遥がふらふらとした様子で起き上がって、目を擦りながら立ち上がった。
まずい、と一条は心の底から思う。出来れば、遥にはこんな状況下を見せたくなかった。安全……とも言い切れないが、別の場所へと運んで置きたかった。
もし目の前の光景を見、遥がパニックに陥り錯乱状態になっても全くおかしくない。だからこそ、一条は遥を別の場所に運んで置きたかったのだ、が……。

「……な……に……?」

遥は呆然とも唖然とも、全く状況が理解できない、そんな表情を浮かべて口をポカンと開けたまま、そう言った。
何が起こっているのか、何一つ分かっていない様だ。無理も無い。一条自身も、「何か」が突然襲ってきたという事しか分からないのだ。
しかし悠長に事態を説明している余裕は無い。現にその「何か」が今正に本気で殺しに来ている。もう遥と……話が出来る機会は、ない。

「一……一条……さん」


遥は惑った末、一条に呼び掛ける。その声には生気が無く、どうすればいいかすら、思い浮かんでいない様だった。
振り向きたい。振り向いて、ここから逃がしてあげたい。しかしそうすれば、間違いなく死ぬ。一条は苦渋の末、振り向かず、遥に答える。

「逃げて、神守さん」


「わた、わたし……」

遥の声は若干震えている。今にも逃げ出したい。しかし、一条の事を見捨てる事なんて出来ない。
そんな心境を感じさせてくれる声だった。
一条は嬉しい。私の事を心配してくれる、遥のそんな優しさがとても嬉しい。だけど――――――――。

「私に……構わず逃げて」

一条は遥に、それしか言えなかった。こうなってしまったからには、もうそれしか言えない。


「わた……」


ごめん、神守さん。けど―――――――もう。

「逃げなさい! 絶対に、振り向かないで!」


自分でも驚くくらい大きな声で、一条は遥にそう叫んだ。心の底からの、切迫する様な叫びだった。

今、遥がどんな表情を浮かべてどんな気持ちを抱いているのか、一条は考えただけでも切なくなる。
だが、今はこうとしか言えない。こう、言うしかないのだ。それが遥を逃がす為の、最も最善な方法だった。
遥は何も言わずに、けれど一条の思いを受け取ったのだろう、そのまま走りだした。一条はほっと、胸を撫で下ろした。

その逃げていく音を聞きながら、一条は自嘲的に呟いた。

「ごめんね、神守さん」

「プリクラ、もう撮れないかもしれない」


とは言え、事態は何も変わっては無い。むしろ、悪化していると言える。
このまま力と力同士でぶつかり合いした所で、一条は根負けする事が目に見えている。いくらマナで強化した所で、肉体的疲労は蓄積されていく一方だ。
どうする? どうすれば良い? 「何か」に必死に抵抗しながらも、一条は次に何をすべきか……と。思考を張り巡らせる。

一先ず、このままここで戦っていてはいけない。もしこの場所、いや、ショッピングセンター内で戦えば、死人を出す事は明白だからだ。
だからと言って、人がいない場所……人的被害が無いとは言わないが、少なくなる場所はあるのだろうか。人がおらず、伸び伸び戦える場所があれば……。
すると何故だか、一条の記憶の一片が鮮やかに蘇る。それは一時間前位の、遥と共に案内板を見ながら、何処に行くか悩んでいた時の記憶だ。



                                   ××××××

「ねぇねぇ、神守さん」

案内板と睨めっこしながら、一条は横にいる遥に質問をぶつける。

「屋上って無いのかな?」

一条の質問の意図が掴めず、遥は不思議そうな表情を浮かべている。
小さく首を傾げる遥の反応に、一条は分かりにくくてごめん、と照れ臭そうに笑いながら質問の意図を答える。

「あのね、ずっと……買い物してるのも疲れる気がするからさ。こう、ちょっと休憩する時に行きたいなって思って。昼ご飯とか食べる時に」

一条がそうやって説明すると、遥はあぁ~なるほどねと納得した様にポンっと右手を叩いた。
が、申し訳無さそうな表情と口調で、一条の質問に答える。

「屋上ねぇ……もう数年位前かな。一応、買い物客の憩いの場って事で開放されてたんだけど……。
 強風で物が飛ぶわ、雨が降ったら湿気が酷いわで段々利用する人が少なくなってきてね。んで、今はもう閉鎖されちゃってるの」
「そうなんだ……」

何だかというか、普通にガッカリしている一条に、遥はだけどね、と明るい音色で言葉を付け足す

「代わりに半年前にね、大きな中庭が出来たの。そこなら休憩所として最適だから、そこに行くって事でどう?」
「中庭か~。良いよ」
「じゃ、そこでご飯とか食べようね」


その後、その中庭にどんな事が起きるのか、二人は知る由もない。


                                   ××××××


意外な所に光明を見出した。というより都合よく記憶が蘇ってくれてよかった。そうだ、屋上なら誰もおらず、誰も来ない、筈だ、
実際に見てみなければ分からないものの、屋上ならば立地的にも伸び伸びと戦える。物的被害は仕方ないと割り切り、思いっきり戦えると一条はポジティブに考える。

しかし、新たに考えなければならない事も出来た。……どうやって屋上まで行けばいい? 
リヒターには最低限の飛行能力しか無い。「何か」の様に自由に空を飛べる訳ではない。
考えて見れば、リヒターと「何か」の間には飛行能力の有無という、埋め様の無いアドバンテージが存在する。これを破壊しない限り……勝機は見えない。

小さく、亀裂が入る音が聞こえた。リヒタ―自身の耐久力にも、限界が訪れそうだ。

<マスター、これ以上は危険です>
「分かってる」

リヒターの状況報告に、一条は小さく頷いて答える。一条自身も体力に限界を訪れそうである。その証拠に、ピンとまっすぐに立てていた両腕が、徐々に曲がりつつある。
両足にもマナを纏める事で磁石同士、N極とS極を合わせる様にピタリと接着させて体勢を崩さない様にしてはいるが、「何か」との力比べには両腕が悲鳴を上げ始めている
早く形勢を逆転しなければどちらにしろ終わりだ。遥は意を決し、次の行動に移る。

「……リヒタ―、この後なんだけど」

そこで一条は「何か」に聞かれぬ様小声で、リヒタ―にこれから成すべき事の順序を説明する。一条の説明を聞き終え、リヒターは答える。

<了解です、マスター。必ず、成功させてみませす>
「ありがとう、リヒタ―。それじゃあ……行くよ」

絶対に屈せぬ強き意思を秘めた瞳が、「何か」を見据え、捉える。
荒いでいる呼吸を少しづつ整えていき、一条は力強い声で、その言葉を唱える。

「――――――――汝、平和を欲さば、戦への備えをせよ」

一条がその言葉を発した途端、リヒタ―が、否、正確にはリヒターの本体である、杖に嵌めこまれている球体が眩き光を放ち始めた。
想定外だったのか、「何か」が光に怯んで動きが若干鈍る。その隙を一条は見逃さない。
滑る様に後方へと瞬時に後ずさると、一条はリヒターを地面に突き立てて、声高らかに言い放つ。

「――――――――パラべラム!」

次の瞬間、一条の周辺に、複雑な幾何学模様を描いた魔法陣が広がった。球体と共に杖が光となって四散する。
四散とした光は再び集まりだすと何かの形を成型しだす。最初はぼんやりとしていたが、次第に確固たる形状へと姿を変えていく。
やがて光は、明確な物体となる。直線的なフォルムと、ヒロイックな姿が格好の良い、黒き機械仕掛けの騎士。
それこそが、リヒター、リヒタ―・ペネトレイタ―の本来の姿である。

本来の姿に戻ったリヒターのツインアイが紅き光を宿す。召喚されると同時に、リヒターは動きが鈍っている「何か」へと殴りかかる。
リヒターが攻撃を仕掛けたのを見計らい、一条はリヒターと「何か」の横を走り抜けていく。
それと同時に両足に再びマナを、ありったけのマナを全て両足に集束させ―――――――。

地面を抉りながら、一条は天高く跳んだ。
そして、斜めに突き刺さっている幾つもの鉄筋を踏み台としながら、右足、左足と交互に蹴り上げて移動する。

その一方で、リヒターが「何か」に向かって全力でパンチを繰り出した。鍛え抜かれたその先制攻撃は、一瞬で「何か」との間合いを詰める。
が、「何か」は微動だにせず、リヒターのパンチをカギ爪で受け止める。カギ爪にリヒターの拳がぶつかり合った瞬間、その衝撃に地面が波打つ。
リヒターは確かな手ごたえを感じている。この攻撃で、幾多のオートマタ達を沈めてきた、のだが……。
一際の手加減無く、全力で繰り出しているリヒターの攻撃に対して、「何か」は何ら反応を見せない。

(何だ、この力は……!?)

リヒターは「何か」に対して奇妙な、言うなれば気持ちの悪い感覚を抱いている。
片腕、いや、カギ爪だけで「何か」はリヒターを制している。先程から力を込めているが、「何か」が仕掛けてくる様子は無い。
一体何なのだ、コイツは? この力は一体……。だが、リヒターはあくまでこのままを維持する。
何故なら、現時点でリヒターが成すべき事は、こうして「何か」の気を一条から逸らす為だからだ。

鉄筋を蹴り上げていきながら、一条は破壊された天井を見上げる。そこには完全に折れておらず、プラプラと垂れ下がっている鉄筋が見えた。
あの鉄筋を利用してここから出る。そしてリヒターと共に屋上を目指す。まずそれからだ。
一条はふと下を向いた。最早形容すら出来ぬ光景を見、一条はギュッと目を瞑った。そして目を開き、強く、思う。

絶対に、奴を許さない。しかしあくまでその怒りは吐露しない。
怒りを感じる時ほど、冷静に物事を考えろ。そう、師匠に教わったから。


最後の鉄筋から飛び上って、一条は「何か」と戦っているリヒターに向かって叫んだ。

「リヒタ―! 戻って!」

<イエス、マイマスター>

返事するが早く、リヒターは杖へと変形し、勢い良く回転しながら一条の元へと飛んでいき、パシッ、と掌に収まった。
そして一条はリヒターを空中へと放り投げながら、本来の姿へと変形させる。

「パラべラム!」

一条は変形したリヒターの肩に乗ると、垂れ下がっている鉄筋を指差した。リヒターは頷いて、その鉄筋へと近づくと、蹴り付けながら大きく跳躍する。
蹴られた鉄筋が落下していく。リヒターは両腕を限界まで伸ばして、どうにか天井へとしがみ付き、登っていく。屋根は完全には破壊されてはいない様だ。
リヒターが乗っても保っていられる程には原形を留めている。どれだけの鉄筋が利用されてるかは知らな――――――――と。

距離にして恐らく三百メートル先に、目的地であろう、その屋上が見えた。
リヒターを屈ませる、まだだ。まだ奴が上がってこない。奴が来なければこの計画が意味を無くしてしまう。
来い、来い、来い……来た。

一条の思惑通り、「何か」はリヒターと一条を追う為に上昇してきた。奇襲してきた時と同じく、装甲板を展開しなおかつ、粒子を放出しながら。
一条はリヒターに、次の行動を伝える。伝えるまでも無いのだが。

「私を、屋上まで導いて。リヒター」
<イエス、マイマスター>

リヒターが屋根を疾走する。それを追う、「何か」。
気持ちの良い晴天だった空が、今では暗雲に包まれており本物の雨が降ってきそうだ。



                                   ××××××

ぐらりと大きく、建物が揺れた。揺れと共に何かが破壊……爆破? された様な音が遠く聞こえてくる。

俊明と紫蘇は同時にその場にしゃがんだ。まさか地震でも起きたのかと思ったが、その揺れはほぼ一瞬だった。
俊明は恐る恐る立ち上がると、すぐにしゃがんでいる紫蘇の元へと寄り添って声をかける。
紫蘇は両手で耳を抑え、何故か目を瞑っている。

「おい、大丈夫か?」

紫蘇の様子に俊明は気遣う。しかし、紫蘇は深く俯いたままで反応を見せない。
また、さっきみたいな状態になってしまったのか? 俊明の頭に不安が過ぎる。
と、紫蘇はゆっくりと目を開け両手を耳から離す。そして俊明を見上げると、こくんと頷いた。
顔色は悪くなさそうだ。若干、俊明は安心する。否、安心している場合ではないが。

紫蘇は立ち上がって俊明を通り過ぎて足を止める。背中を向けたまま、俊明に言った。

「ヤスっちさん、ついてきて下さい。……捉えたんです。違和感の正体」

「……奴の居場所、分かるのか?」

「さっきまでもやもやしてましたが……今、捉えました。確実に」

紫蘇は振り向いて、しっかりとした口調で俊明に言い放つ。そこにはもう、迷いも、恐れも無い。

「行きましょう、ヤスっちさん。セカイを護る為に」

凛とした紫蘇の口調と、キリッとした表情に、俊明は紫蘇の成長を垣間見た気がして、妙に感動する。
俊明も紫蘇に応じる様に、力強く返答する。

「あぁ! 行こう!」

紫蘇が走り出す。俊明も続く。と、前から買い物に来ていた人達が必死な形相で走ってくる。
それほどの異常事態が起こっていると事なのだろうか……。一体今、ここで何が起きているんだ? 俊明は想像も付かない。
もしも、もしもだ。紫蘇が語る違和感の正体が建物内にいるのなら、凄く厄介な事になりそうだ。
出来れば戦うなんて事はしたくないが、もしもそうなる事となれば……いかん、悪い事ばかり浮かぶ。俊明は自らを奮闘させる為、両頬を叩いた。

俊明がそんな心配をしている中、紫蘇は違和感の正体が待つ場所へと走りながら、全く別の事に頭を悩ましていた。


何故だろう、違和感を感じる存在がさっきと……違う。さっきまでそれは一体だったのに今は……。


三体、居る。まさかその存在は三体いるのだろうか? だとしたらそれは……。



                                   ××××××


リヒターの肩に乗って、一条は真っ直ぐに目的地である屋上を目指す。
数え切れない位リヒターの肩に乗ってきた為、どれだけリヒターが激しく動いても絶対に落ちる事は無い。
リヒターはその重量に反して、非常に軽快な動作で動き回って、空中で飛行しながら追尾してくる「何か」を振り切る。
その俊敏な動きに、「何か」は追ってはこれど、意外にも攻撃してこようとしない。恐らく動きが鈍る、または止まる瞬間を狙っているのだろう。

一条に取って、「何か」に対して勝機を見いだせると思う点が一つ、ある。

それは、あくまで希望的観測ではあるが、「何か」は遠距離・中距離で使用する武器、つまり飛び道具を持っていないという事だ。
もしもそういう武器を携帯、または内蔵しているのなら、この様にわざわざ追ってくるなんて手間は掛けず、そういう手段を選ぶ筈。
と、言う事はだ。つまり「何か」に取って武器とはあの禍々しく仰々しいカギ爪だけという事。

しかし奇妙なのはもう片方の腕だ。あんな細く華奢(あくまでリヒタ―と比べて)な腕で何をしようというのか。一条は疑問に思う。

一先ずその腕の事は考慮しておく。今は「何か」の戦闘力を奪う事が先。
リヒターが中庭の屋根とビルの谷間を大きく跳び上がった先に、ようやく屋上が見えた。
一見した所、本当に殺風景で何も無い。昔使われていたのだろう、出入り口がポツンと構えているだけだ。物的被害もそれほど出さずに済むかもしれない。

「リヒター……準備、良い?」
<何時でも行えます。指示を>

リヒターは勢いをつけながら屋上へと跳び上がる。そして着地する為に重力に身を任し、落ちていく。
リヒターが落下していくのに合わせ、一条は何故か、体を反対側に向けて絶妙なバランス感覚で立ち上がる。

その隙を突く為、「何か」が全身から粒子を怒涛の勢いで噴出させてカギ爪を構えながら迫ってくる。
一条は頭の中でひたすら、タイミングを計る。タイミングを誤れば計画の順序が狂い、全て無に帰す事になってしまう。
「何か」の姿が、カギ爪と共に急接近してくる。まだ、まだ、まだ……今!

「リヒタ―!」

一条がそう叫んだ、瞬間。

一条は勢い良く、リヒターの肩から飛んだ。「何か」がカギ爪で捉えた筈のリヒターは既にそこに無い。何故なら、リヒターは一瞬で杖へと変形して、一条の掌に居るからだ。
空中で体を一回転させると、一条は「何か」が広げている、カギ爪の甲に着地する。「何か」のカメラアイと、一条の目が、ぶつかり合う。
そのまま一条はリヒターを空中へと放り投げる。リヒターが回転しながら落下してきて――――――――。

「何か」の腕から飛び降りて、リヒターを見上げながら遥は、叫んだ。

「パラべラム! GO Ahead!」

次の瞬間、杖が光を放ちながら四散する。四散した光が再構成され、リヒターは本来の姿に舞い戻る。
そしてリヒターは落ちる寸前に、「何か」の背部から伸びている装甲板をがっしりと掴んで密着する。背後を取られるとは思わなかったのか、「何か」の頭部が激しく左右に動く。
「何か」から飛び降りた一条は、両足にマナを集束させて、どうにか無事に屋上へと着地した。ダメージは無いものの、勢い余って転がってしまったが。

立ち上がり、一条は振り向いて「何か」と、「何か」の背後に密着して飛んでいるリヒターを見上げる。

「後は……」

これで「何か」を倒す為に成すべき事は大体成功した。後は全て、リヒターに委ねるしかない。
あの装甲板さえ壊す事が出来れば、「何か」が持っている最大のアドバンテージ、飛行能力をどうにかする事が出来る、と一条は確信している。
逆にもし出来なければ……いや、違う。一体何年、リヒターとパートナーを組んでいるのだ。

出来る。リヒタ―なら絶対に、出来る。一条はそう、信じている。


「……頼んだよ、リヒタ―」




                                   ××××××


中庭での騒動から、異変を感じて人々が我先にショッピングモールから駆け足で避難していく。大声で店員や警備員が、人々を避難経路へと誘導する。
その中で遥はひたすら走っていた。頭は未だに混乱状態で何が何だか訳が分からない。しかし、一条のあの表情、あの声の剣幕からすぐに悟った。
これ以上、自分達に関わってはいけない。関与してはいけない、という一条からの……恐らく、最後のメッセージだという事に。

分かっていた。頭ではおかしいと思いながら、どうしても、認めたくなかった。

一条が普通では無い、普通の少女ではない事に。また、関わってはならない、そんな存在である事に。
だけど、遥は関わってしまった。深く、そして仲良くなってしまった。そんな、存在に。
そう考えると遥は、今必死に戦っているであろう、一条を置いて逃げている自分がとても情けなく感じた。
本当に、逃げていいのだろうか。少しでも、役に立とうと思わないのかと。

けれど、冷静に考えれば彼女と関わろうとしなければ、こんな事にはならなかったのだ。
そうだ、分かってた筈だ。遅かれ早かれ、こんな厄介事に巻き込まれる可能性があった事を。分かっていながらも、私は彼女と関わってしまった。
どうして分かっていながらそんな行動を取った? と、もう一人の自分が責め立てる。けれど、私は……。

気付けば、遥の足は立ち止まっていた。遥の左右を激流の様に人々が通り過ぎていく。

何やってんだろう、私。何で……立ち、止まってるんだろう。早く、逃げないと。
そう思っていても、遥の足はそこで立ち止まっていた。

一滴、二滴と、冷たい何かが落ちてきては、遥の靴を濡れす。目元を触ってみると、気付けば涙が流れていた。
遥は両手で目を覆う。幾ら抑えようとしても、涙が掌の間から止めどなく流れ続ける。何で泣いてんだろう。何で立ち止まって、こんな事してるんだろう。。
他人から奇異の目で見られても、遥は泣く事が止められない。どうしようもない。どうしようもない、けど。

こんな私に出来る事は、何も無い。ごめん、ごめんなさい、一条さん。

一条さんは思う。私に出来る事は。一条さんが言う様に、ここから逃げて、生き延びる事だけだ。
それが一条さんの……一条さんの、願いだから。遥は涙で真っ赤になった目を擦ると前を向いて走りだそうとした。
が、その拍子に歩いてきた誰かにぶつかってしまい、遥は尻餅を付いた。

「いてて……」

「おいおい、大丈夫か?」

尻を擦りながら、遥は立ち上がろうとする。すると、こちらがぶつかったのに、その人は遥に手を差し伸ばしてくれた。
遥はその手を握って立ち上がり、その人に頭を下げて謝る。

「す、すみません、前を見ていなくて……えっと、ごめんなさい!」

そう言って遥は顔を上げ、その人の顔――――――――いや、その男性の容姿に、軽く息を飲んだ。
遥よりずっと身長が高く、整っており、適度に年齢相応の渋みを感じられる目鼻立ちに、カツラかと思うほどに目立つ、真っ赤な髪の毛。
遥にはその男性が、外国人のモデルか、それか俳優に見える。今まで遥が関わってきた人達の中でも、全く見た事が無い人種である。

「……俺の顔に何か付いてるか?」

ぽーっと、思わず惚けてしまった遥だが、男性の一言でハッと我に帰る。
遥は慌てた様に激しく、頭を何度か横に振ると、再び謝る。

「いえ、ちょ、ちょっとビックリしちゃって……。じゃ、すみません」

何であんな人がこんな所に居るんだろう? そんな一抹の疑問を抱きながら、遥は走りだそうとした、その時。


「神守、遥だな?」

男性がハッキリと通る声で、遥にそう、言った。

男性の言葉に、遥は反射的に振り返り、呟く。


「何で……私の名を?」


                                   ××××××

リヒターは「何か」の装甲板をがっしりと掴むと共に、「何か」の胴体にしがみ付く。容易に落とされぬよう、全力で。
「何か」は激しく回転しながら飛び回るが、どれだけ「何か」が振り解こうとしても、リヒターは絶対に、意地でも離れない。
リヒターは「何か」に問う。至極簡潔な言葉で。
<貴様は何者だ。何が目的で、私達を襲う。狙いは私か、それともマスターか>

リヒターの問いに、「何か」はあの、全く人間味の無い機械的な音声で返答する。

『遂行任務、リヒタ―・ペネトレイタ―の破壊。その他守秘義務により、回答を拒否する』

その無機質さに、リヒターはある種、「何か」の正体を断定する。

これは機械だ。機械であり、兵器だ。命令を下され、その命令を只遂行するだけの兵器。言うなれば、野良オートマタやそれに準ずる存在と言える。
ならば―――――――悪いが手加減する理由は無い。リヒターは右手に、一条により蓄えられたマナを集中させる。右手がぼんやりとマナによって発光し、グローブの様な形を成形する。
羽を剥ぎ取る前に、飛行能力の大元であろう背部自体を潰す。マナを右手に集束させて叩き込む―――――――言うなれば、とっつく。

その時、「何か」が突如として垂直に曲がると、天空に向かって急上昇し始めた。リヒターは「何か」が激しく動いた事によりバランスを崩す。
落下しそうになるがどうにか、右方の装甲板を強く掴む事により、落下を免れる。が、高度が上がっていくにつれて、力が抜けていく。
このままでは……! が、リヒターの意思は何ら揺るがない。

<タダでは……落ちん!>

リヒターは宙ぶらりんになっている両足を大きくしならせる。そして両足を揃えて「何か」の脚部に向かって――――――――蹴り上げた。

<舐めるな!>

「何か」が脚部に衝撃を与えられた事でぐらりとバランスを崩した。
リヒターは上体を起こして左腕を伸ばし、握り潰さんとする程の勢いで左方の装甲板を掴んだ。若干バランスを崩したようだが、何の問題も無く「何か」は上昇し続ける。
最早「何か」はショッピングセンターが、否、町が見えなくなるほどに上昇しており、周囲は暗雲に包まれている。

『損傷率98パーセント。飛行システムに異常発生』

<まだだ!>

リヒターは装甲板を掴んでいる両手にマナを集中させる。「それ」がどれだけ上昇しようと、全く揺るがない。

<うおぉぉぉぉぉぉ!>

そう叫びながら、リヒターは込められていたマナを一気に開放し、「何か」を飛ばしている、左右の装甲板を弾き飛ばした。

装甲板を失った事により、今の高度以上に「何か」は上昇出来なくなる。その一寸。

<これで……終わりだ!>

続けざまにリヒターは、「何か」の飛行能力を担っている、粒子を放出し続けるスラスター目掛けてマナを集束させた鉄拳を叩き込んだ。
時が止まったかの様に、完全に「何か」の動きが停止する。途端、爆発したかと思うほどに大量の粒子がスラスターから噴出する。しかし、リヒターは怯まない。
糸が切れた操り人形の如くゆらりと、「何か」が墜落する間際、リヒターは逃さぬ為にカギ爪の片方、人間の様な方の腕を掴む。
絡み合いながら急降下していく二体の巨体。しかし、リヒターはこのまま「何か」と共に墜落するつもりは毛頭ない。

最終的に、「何か」だけを地面に叩き落とす。えげつないとは正直思うが、最早それ以外に、「何か」に致命的なダメージを与える方法は無い。

暗雲を抜けて、次第に町が見えてきた。ハッキリ言って何処に落下するかまでは分からない。こればかりは、運に任せるしか無い。
もしも屋上以外に落下した場合は、マスターには申し訳無いが、自分自身で「何か」を倒そうと、リヒターは思う。
……だが、運が良い事に落下地点は屋上な様だ。ツインアイ内部のカメラを拡大させると、リヒターを見上げている一条の姿が見えた。


あまりにも無謀、かつ無茶に感じる、このリヒターの行動。しかし、この指示を出したのは他でも無い。一条自身だ。



                                   ××××××

少し時間を戻す。「何か」が一条と遥がいる中庭を襲撃してきて、一条が遥を逃がした後。

杖状態のリヒターを構え、「何か」との力比べをしていた時、一条はリヒターに小声でこれから成すべき事を説明していた。

「聞いて、リヒター。もしこのまま、ここで戦ってたら被害がもっと広がると思う。だから一先ずこいつを屋上まで誘導する。
 それで襲ってきた時に杖に戻す。でね、空中で変形させるから、こいつの背後を取って」

<再召喚で背後を取る……ですか?>

「そう。それでリヒター……コイツが備えてると思う、飛ぶ為のシステムを破壊して欲しいの。……全部委ねる事になるけど、良い?」

自分でも無茶苦茶な作戦だとは思う。しかし、一条にはこれ以上の作戦は浮かばない。
被害を最小限のまま屋上へと誘導しつつ、飛行というアドバンテージを無くすための作戦が。やはり不安げな一条の口調に、リヒタ―はしっかりとした口調で答える。

<了解です、マスター。必ず、成功させてみませす>
「ありがとう、リヒタ―。それじゃあ……行くよ」


                                   ××××××


「おい……シュタム……ファータァ……」

何処まで昇ったのだろう、紫蘇はピタリと動きを止めた。

「シュタムファータァ……着いた……のか?」

呼吸を整えながら、俊明は目の前の紫蘇と、紫蘇の前に広がる光景を見、首を傾げる。
薄暗いその場所には大きな階段があり、そこを昇ると屋上庭園にようこそ! と描かれている寂れたパネルの下に、固く錠で閉じられている見るからに厚い扉があった。
何でこんな所に? と俊明は正直に思う。紫蘇は振り向き、俊明に聞いた。

「ヤスっちさん、あの……この奥には行けないんですか?」

「奥……? 奥っつうか、その先は屋上なんだ。昔は使われてたんだけど、色々あって閉鎖されちゃったんだよ。
 それで屋上に行くにはその階段を昇って扉を開けなきゃ……って」

そこまで言いきり、俊明は気付く。

紫蘇がじっと、俊明の目を見つめている。言葉で説明せず、察して欲しい様だ。

俊明は無駄だと分かっていながらも、紫蘇に聞いた。

「一つ聞いて良いか? シュタムファータァ」


「行くのか?」

「行きます」


「マジで?」

「マジです」



                                   ××××××


真っ暗な空を見上げながら、一条は天高く昇っていき、雲の中へと消えたリヒターの行く末を見守る。
もしもリヒターが「何か」の飛行能力を奪っているのなら、「何か」と一緒に落ちてくる筈……だと。
1分くらい経った後、流星のように落ちてくる二つの巨大な物体。一条は確信する。リヒターが、勝ったのだと。

あくまで予測だが、落下地点は……ここだ。どうやら運は、こちらに味方してくれたようだ。

一条は歯を食いしばって、額を抑える。さっきまでは興奮状態でアドレナリンが分泌されていたが、少しばかり冷静になったせいで痛みがぶり返す。
流石に血は止まっているが、その代わりに凄く鈍い痛みがズキズキと響く。若干、視界が揺らいでいるせいでめまいもする。
しかし、と一条は思う。この程度の怪我は、今まで何千回、いや、数えきれない位経験してきた。気の持ちようで、大体何とかなる。
とにかく、ここに居ては危険だ。一条は早足で、その場から離れる。

出入り口の方まで下がり、一条は再び空を見上げる。はっきりと認識出来る程、落ちてくるリヒターと、リヒターが掴まえている「何か」が見えた。
やはりリヒターはやってくれた。信じていて良かったと、一条は心の底からパートナーの生還を祝う。
そして喉の奥から振り絞る様に、パートナーに向かって、叫ぶ。

「リヒター!」

一条の叫びを聞いたリヒターが、杖へと変形してゆっくりと、一条の元へと落ちてくる。一条はリヒターを受け止めて、ぎゅっと抱きしめた。

ほぼ中心に、「何か」が墜落した。その際の衝撃は凄まじく、屋上はおろかショッピングセンターを数秒位大きく震わせた。
鼓膜が破けたかと思うほどの衝撃音に、一条は目を瞑る。コンクリートの地面を陥没させ、「何か」はその場に突っ伏した。
目を少しづつ開けていき、一条は恐る恐る、「何か」に近づいていく。

巨大な歪みの中央で、機能が停止しているのか、「何か」は突っ伏していて、まるで動く様子が無い。
猛々しかった一本角はぽっきりと折れており、背部のスラスタ―から灰色の煙がプスプスと上がっている。頭部、その他部位に受けたダメージは尋常ではなさそうだ。

「一先ず……お疲れ様、リヒタ―」

一条はそう言い、リヒターを労う。

<すみません、マスター。御心配をおかけして>

リヒタ―が謙遜するのを、一条は首を横に振り、笑顔を浮かべて答える。

「ううん。謝るのは私の方。ごめんね、ホント……。ホントに無茶させて、ごめん」

<いえ。マスターの作戦は的確でした。これ以外に、奴を倒す方法は無かったと思います>

「……ありがとう。本当に……お疲れ様、リヒター」


一条は「何か」を見据える。「何か」は沈黙したままだ。その証拠に、カメラアイが灰色になっており生気を感じさせない。元々生き物ではないが。
正直近づく勇気は出ないものの、トドメを刺すのなら、今のウチしかない。

「じゃ、リヒター。最後の仕事……良い?」

<イエス、マイマスター>

一条は「何か」のギリギリまで近づいて、リヒターを召喚しようとした、その時である。

沈黙していた「何か」のカメラアイが突然光り始める。壊れたカセットテープの様に、機械音声が捲し立てる。

『再起動再起動再起動再起動再起動再起動再起動再起動再起動再起動 遂行遂行遂行遂行遂行遂行遂行 破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊』

予想していなかったとは言わないが、気持ち悪すぎる「何か」の再起動に、一条は怯んでしまった。
ボキボキと骨を鳴らす様な駆動音を出しながら、「何か」が無理やり起き上がると同時に、一条に向かってカギ爪を振り下ろしながら踏み込んでくる。
驚きはしたものの、同じ攻撃は二度通用しない。そう思い遥はリヒターを掲げた……が。違う。「何か」が繰り出して来た攻撃は――――――――。

「しまっ……」


                                   ××××××

俊明はある種、諦めの境地、否、悟りの境地に達した。今更、引き返す事など出来ない。
というより、シュタムファータァと出会い、そしてこうして戦ってきた時から自ら誓った事じゃないか。引き返す事はしないと。
もう今更……昔の様な何も知らず日常を淡々と謳歌していた頃には、もう戻れない。セカイという名の、深淵へと踏み込んだ時点で。

日常を守る、唯一の方法。それは、戦う事しか無い。自分達の日常は、自分達にしか守れない。

「準備……良いぞ」

「では目を瞑って下さい、ヤスっちさん」

俊明は目を瞑る。暗闇の中でぼんやりと白い光が浮かんできて、やがてぶわっと広がった。

薄暗い階段を、純白の光が照らしだして、紫蘇の体が眩く発光する。
紫蘇は両手を広げてゆったりと、その変化を受け入れる。少しづつ、紫蘇の体は人の姿から形を変えてゆく。
伸びてゆき、流線を描いてゆく手足、融合していく装甲。やがて紫蘇は、人という形を逸脱し――――――――本当の姿を現す。

汚れなき白銀が美麗な機体色に、直線と曲線が入り混じる複雑、さながら均整が取れたフォルム、勇ましい頭部のツインアイが静謐な光を放つ。
そこに立っているのは正に、巨大なロボットであった。紫蘇の本当の姿、それがこのロボットであり、その名をリーゼンゲシュレヒト・シュタムファータァと呼ぶ。
紫蘇のこの正体は、俊明は含め、本当に一部の人間しか知らない。それ故に、俊明は常に紫蘇を気遣い、彼女を心底心配するのだ。
何故彼女がロボットであり、そして何と戦っているのか――――――――それは、また別のお話。

俊明はゆっくりと目を開ける。

先程までの光景がガラリと様変わりし、俊明にはお馴染みである、ATT……なる体感ゲームのコックピットを再現、というか寧ろコックピットその物が視界に広がる。
コックピットとはいうモノの、俊明自身に紫蘇、否、シュタムファータァを操縦する事は出来ない。戦闘はあくまでシュタムファータァ主導だ。
俊明は状況を把握しながら時に事態を報告し、時にアドバイスを行う、いわば司令塔みたいな役割を担う。

「それでどうするんだ? シュタムファータァ」

『この先に、その違和感を感じる存在がいるんです。だから――――――――このドアを切り抜けます』

「切り抜け……何?」

シュタムファータァは両手に握っている、非常に切れ味の良さそうな、とても刃の長い日本刀を交差させて構える。

「お前、まさか……」
『そのまさかです』

言うが早く、シュタムファータァは地面に深い跡を刻みながら勢い良く踏み込んで、階段を破壊しながら昇っていく
俊明はガタガタと激しく揺れているコックピット内で必死に落とされない様身構えている。実際落とされる事は無いのだが。
疾走しながら、シュタムファータァは俊明に言う。

『ヤスっちさん、勇気を……下さい』

シュタムファータァの声は張り詰めた様な緊張感と若干、恐れを抱いている様に感じる。
俊明は思う。俺もシュタムファータァも、もう、引けない。いや、引かない。日常を、このセカイを守る為には、戦う、だけだ。

「行け! シュタムファータァ! ぶった斬れ!」

『はい!』

シュタムファータァは意識を、目の前の扉に向かって一点集中する。
セカイを護る為なら、どんな障害さえも彼となら超えられる。シュタムファータァの脳裏に、静かな波紋が広がる。
一際の戸惑いも、躊躇いも、苦悩も無い、ただ純粋な願いだけを――――――――込める。脳裏の波紋が、静かに消えていく。

『斬!』

シュタムファータァは日本刀を扉へと静かに、しかし振り下ろした瞬間が見えぬ速さで交差に切り裂いた。斬撃音すら聞こえぬほど、素早い居合いであった。
すると徐々に、扉に綺麗な線を描いた様な亀裂が入ってゆく。シュタムファータァは日本刀を逆手持ちすると、その亀裂に向かって―――――――突っ込む。



                                   ××××××


一条は「何か」が繰り出してきたカギ爪を防ごうとした。しかし、「何か」は一条の裏を掻いた。
カギ爪を振り下ろす寸前で止め、上体を捻りながら、もう片方の掌を握り拳にする。そして勢い良くアッパーを入れる様に一条ごと、リヒターを吹っ飛ばした。
まずい、と一条が感じた瞬間、一条は出入り口の近くまで吹っ飛ばされ、背中を強打した。一瞬、視界が真っ暗になる。

痛烈な痛みを感じながらも、一条は起き上がって、近くに転がっているリヒターを掴もうとする。が、起き上がったは良いが、立ち上がろうとすると体が動かない。
背中を強打したせいか、それとも疲れが蓄積され過ぎたのか、一条はその場にうずくまった。
動けない。痛い。身体の節々が、痛い。気付けば雨が強く降って来ては、体を丸め、痛みに悶絶する一条を濡らす。

<マスター! しっかりして下さい、マスター!>

リヒターが叫んでいるのが聞こえるが、一条の視界はぼやけており、前が見えない。
ドシン、ドシンと「何か」がリヒターの元へと歩いていく音だけが聞こえてくる。少しでも、少しでも良い、体が、動けば……。

一条の目が、一条の意識とは関係無く閉じそうになる。過ぎってはならない予感が頭を過ぎ――――――――。


その時だった。



リヒターの目前まで来ていた「何か」が、別の何かに盛大に飛び蹴りされて、後方へとぶっ飛ばされた。

一条は閉じかけた目をどうにか開ける。痛みを堪えながら体を起き上がらせる。

……目の前に、何かが立っている。

白色が眩しいその何か……ロボット? とにかくそのロボットは、一条とリヒターを守る様にして、「何か」と対峙している。
一条はそのロボットを見て、思いだす。確か、この機体は……。
と、ロボットは頭部だけを若干、一条の方に振り向くと、一条に対して言い放った。

『……貴方、いえ、貴方達が、私が感じていた違和感の正体だったんですね』

その声に、一条は思う。間違いない。目の前にいるのは、センジュが言っていたこの世界の―――――――。

「……凄いナイスタイミングで助けてもらったね」

「シュタム、ファータァ。それに……安田俊明君」


『……私の名を何故貴方が?』
『その声……先輩? 何で先輩が、こんな所に?』






                                the strange dream



とある、廃ビル。

白スーツを着た男が双眼鏡で何処かを覗いている。片手には携帯電話……らしき物体。
男はその物体のボタンを押す。しばらくすると、何者かが応答する。

「おや御機嫌よう。何か御用ですか?」

「茶化すな。アレが貴様の言う自動人形とやらか? イッツァミラクル」

「ご名答です。ちょっとしたルートで入手した自動人形でしてね。何と! 珍しく一から開発された新型機なのです。多少、タウエルンのデータを流用してはいますが」

「そんな事はどうでも良い。リヒタ―・ペネトレイタ―はいつ破壊できる?」

「まぁまぁ、そう焦る事はございませんよエビル様。アレが勝とうが負けようが、手柄とリヒター・ペネトレイターは貴方達の物です」

「それは分かっている。何時あの自動人形は負けるのかと聞いてるんだ。何時まで待たせるつもりだ?」

「申し訳ありませんがエビル様、アレは――――――――いえ」


「ゼノクレスはそう簡単には敗れません。まぁ……万が一、そんな事態が起きない限りは」


「万が一か……起きる事を願おう」






to be Continued

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