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GEARS外伝 Berserker第四章

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ParaBellum

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ふと気付くと、セピア色に染められた今は懐かしき、遠き故郷の景色が目の前に広がっていた。
無音の世界に包まれた八坂駅周辺の景色に気を取られていると、駅の中から二人の男女が現れた。
一人は俺の妹、茜華。もう一人は俺自身、霧坂涼夜の姿だった。

ああ。そうか……俺は夢を見ているのか……茜華……

目の前に広がる光景が夢だと認識すると、セピア色の世界が溶け出し、暗闇に閉ざされる。
故郷の夢に一抹の寂しさを覚えながら目を開き、上体を起こすと俺の肩から毛布が滑り落ちる。
周囲を眺めると木々の隙間から差し込む木漏れ日を反射して、青々とした光を放つ泉が目に映る。

異常成長したリザードとの戦闘中に魔力が枯渇し、湖底へと落下して……其処から先の記憶は無い。
耳を澄ますと木々が擦れ合う音、水が流れる音、鳥や虫の鳴き声が響く、眼と耳は使えるようだ。
右腕、左腕、右足、左足と順番に指先を動かし身体に違和感が無いか確認していく。

五体満足で五感も機能し、シルヴァールが封印されている指輪も定位置の右中指に嵌っている。
最悪の事態だけは避けられたようだが、水底に沈んだ俺を拾い上げたのは誰だ?

「目を覚ましたか」

事態を測りかねていると背後から低めの声が投げかけられた。
早速のご登場とは好都合なものだ。こんな危険な辺境に好き好んで居る様な奴ならば、同業者の類だろう。
返礼し易い相手に助けられたものだと思いながら振り向くと、黒装束に身を包んだ男が俺を睥睨していた。

「その顔……貴様は!」

忘れもしない。闇の上級刻印装甲の適合者にして、コルセルスカ共和国の暗殺者。
この男のせいで家が吹き飛び、余計な回り道を強いられた上、変な奴に好かれる羽目になったのだ。
どれ程の間、眠りについていたかは知らんが、魔力は充分に回復している。今回は谷底では済まさん。

「落ち着け。此方に戦う意思は無い。」

「何のつもりだ?」

ロワール王国が戦端を開く大義名分を与え、暗殺者としての面目も、装甲持ちとしての格も貶められ
腸が煮えくり返って、億回殺しても足りんと思う程の憎悪を持っていたとしても不思議では無い。

「貴様が意識を失って二日。この二日の間に世界は大きな変革を迎えた。それも最悪の方向にな。
最早、国の違いなど瑣末な事で争い合っている場合でも無ければ、そんな余裕も無い」

―莫迦が。魔獣どもが跋扈している中、人間同士で争い合っている場合か?

以前、俺がアランに吐き捨てた言葉がふと脳裏を過ぎった。

「……魔獣が一斉に攻勢に出たのか?」

「当たらずとも遠からずと言ったところだな」

魔獣が一斉蜂起し世界に攻勢を振るったとしても、一大事ではあるが人類が団結する理由にはならない。
上級刻印装甲を保有する程の軍事大国ならば、何百もの魔獣が現れようとそれは脅威になり得る事は無い。
上位の魔獣ならば話は別だが、そもそもの絶対数が少なく考慮に値しない。

刻印装甲の総数は六十六体。上級は内十一体。現在の稼働台数は半数程度と言われている。
それに対し、この世界の国は大小含めて三十七カ国。全ての国が上級刻印装甲を保有出来ないだけでは無く
刻印装甲を保有していない国とて、それ程、珍しくは無い。

全世界で魔獣が一斉蜂起したところで、大多数の小国が滅亡の危機に晒されるだけに過ぎず
大国にとっては混乱に乗じて、小国の併呑に乗り出す絶好の機会が訪れるだけでしか無い。

甚だ不本意な対立関係だがロワール王国の俺と、コルセルスカ共和国の暗殺者という関係上
併呑競争の障害物同士でしか無く、これまでの感情を抜きにしても、この男が俺を助ける道理は無い。

上級刻印装甲を保有するロワールやコルセルスカ等の軍事大国による併呑競争が始まった場合
魔獣がもたらす被害など誤差の範囲でしか無く、力無き人間同様に力を持つ人間に捻じ伏せられるだけで
魔獣如きでは精々、人間同士の対立の図式を強化するのが関の山だ。

しかし、この男は当たらずとも遠からずと言った。

人間同士の対立の図式を覆す程の魔獣……
それどころか単体で同族の生態系を破壊出来る程の例外的な存在が居る事を俺は知っている。

「異常個体の一斉蜂起……」

「貴様はこの世界の誰よりも先駆けて、その脅威をその身で知った筈だ。
下位の魔獣リザードですら、単体で魔獣の生態系を破壊し、高位属性の上級刻印装甲に匹敵する。
異常進化した上級の魔獣ならば、軍事大国が総力を結集しても一夜を待たずして屍山血河が築かれよう」

「まるで異常個体化した上級の魔獣の手によって、何処ぞの軍事大国が滅んだような言い草だな」

「如何にも。我がコルセルスカ共和国は昨晩、本城の陥落と共に瓦礫の海に沈んだ」

「コルセルスカが……陥落しただと!?」

コルセルスカ共和国はロワール王国の西隣に位置する八体の刻印装甲を保有する軍事大国だ。
世界最強の軍事国家を滅ぼす事が出来るだけの化け物が、今も世界を悠々と闊歩している。
最悪としか言い様が無いが、確かにこの世界の人類が団結する絶好のチャンスでもある。

「それで、相手は誰だ?」

「上位種ハイドラ。貴様も一度くらいなら、戦った事はあるだろう?」

「ああ……出来れば、二度と戦いたくない相手だ」

八つの蛇の頭を持つ全長三十m程の巨大な眼球の化け物で最強の魔獣と呼ばれている。
八匹の蛇と本体の眼球とで合計九つの命を持ち、完全に殺し切るまで九回殺さなければならない。

その上、八つの頭は其々に異なる属性と固有能力を持ち単体で九つの属性と十八の能力持ち
実質、九体の上位種をまとめて相手にしている様なもので、それが異常個体化しているとなると
コルセルスカ共和国程の軍事大国が陥落するのも無理は無い。いよいよ、この世界も終わりかも知れんな。

「現在、ハイドラはロワール領に向けて侵攻中。元々、足の遅い魔獣ではあるが滅亡まで時間の問題だ」

「それで貴様は……自国の同胞を見殺しにして、ハイドラと戦わせるために俺を生かしたわけか」

昨夜、ハイドラを相手に死闘を繰り広げていた割にしては、暗殺者の表情に疲労感など微塵も無く
内包する魔力も、今まで温存していたとしか言え無い程に充足している。

「異世界で暗殺者の真似事をして遊ぶのにも、いい加減に飽き始めていたところだったのだ。
そんな折に貴様がオルベリオンという地球に戻るための手掛かりを得、都合良くコルセルスカも滅んだ。
私自身の為にも、そろそろ、貴様の方に加担してやろうと思っただけだ。

「貴様は……まさか……」

「オストハイル州のスポーツギア選手、アディン・グロウズ……まあ、何だ。貴様と同じ地球人だ」

自国が滅んだ事に何の感慨も無く、敵対者の命を救うなど大国の暗殺者らしからぬ言動や行動に
妙な違和感を感じ、罠や策の可能性も考慮していたのだが、同じ地球人であれば不可解な態度も肯ける。
どれ程の大異変が起きようとも、それは地球では無く、この世界の出来事であって他人事でしか無い。

だが、この男が地球人だとしたら新たな疑問が一つ浮上する。

「アディン、貴様が地球人だという事は信用しよう。最終的な目的は俺と同じという事で良いんだな?」

「如何にも……この世界は中々に刺激的ではあるが、長居する程面白い場所でも無い」

「概ね同意見だが……何故、貴様がハイドラと戦う気になっている?
確かにハイドラの異常個体は途方も無い凶悪な存在だが、俺達には何の関係も無い事だろう?」

寧ろ、戦いの舞台が魔獣の住処では無く、人間の領地へと移り変わるのであれば好都合だ。
この世界の脅威に阻まれる事無く、背中を気にする事無く、オルベリオンの捜索に集中出来る。
精々、この世界の人間と、この世界の化け物とで仲良く殺し合っていれば良い。

これが地球での出来事ならば家族や友人、故郷を守る為に命懸けで戦うのも、やぶさかでは無い。
だが、此処は地球では無く、異世界だ。文明崩壊の危機だとしても、それは戦う理由にはならない。
それに、俺は聖人や正義の味方の類では無い。一介の学生、ただの事故被害者でしか無い。

シルヴァールの力が絶大とは言え、魔術などという妄想や妄言の類が何食わぬ顔で社会に溶け込み
既存の生物学の定義を完全に無視した、おぞましい化け物や魔族という人類の敵が存在する世界で
俺自身を守り、生きて行くための力であって、他者を守るための力では無い。

―何より、他人を慮れる程の強さなど持ち合わせていない。

「私とて我が身が一番可愛いからな。この世界の危機如きに命を賭けられる程、お人好しでは無い。
だがな、地球に戻るための絶対的な手段を手にしたわけでは無い。それは貴様にも分かっていよう?」

アディンの言う事は間違っていない。オルベリオンはただの可能性の一つに過ぎない。
それにオルベリオンを入手する事が出来たとしても、適合者をどうするのかという問題点もある。

「ならば、最悪の事態に備えて、最低限の地均しをするのも当然だという事だ」

戻れなかった場合の保険というわけか……文明も社会も無い退廃した世界で一生か。笑えない冗談だ。

「三体の上級刻印装甲、ロワール装甲騎士団。カンザス湿地帯の遺跡に封印されていた、三体の刻印装甲。
合計十二体……この世界の有史以来、最高最大規模の戦力だ。これで駄目なら諦めるしか無いな」

一つの陣営に刻印装甲が十二体……世界征服に乗り出す第一歩を踏むには充分な戦力だな。

「オルベリオンは?」

暗殺者は首を横に振り、三つの指輪を俺に投げ渡した。水の中級が一つと、下級が二つか……

「まあ良い……今は貴様の口車に乗ってやる」

「私は純粋な地球人だから知らんが、貴様等倭国民族とは義理堅い民族なのだろう?
不服ならば命の恩人たる私に恩を返すつもりで戦え。それにロワールにも借りの一つや二つあるだろう?」

一々、小うるさい奴め……数分前まで見殺しにする気だった以上、不満が無いわけでは無いが
殺ると決めた以上は半端な真似をするつもりは無い。中途半端な気概で対峙出来る相手でも無い。

言われるまでも無く、冒険者ギルドのマスターにアラン。それにアディン。
貴様等から受けた恩義は熨斗と利子を付けて、まとめて返礼してやる。

「それでは、狂戦士と暗殺者。偶には英雄らしい事の一つでもやってみせるとしようか。」

狂戦士と暗殺者が英雄とは、不釣合いな上に似合わな過ぎて笑えてくる。
精々、地獄の肥溜めから這い出て来た、薄汚い悪鬼辺りが関の山だ。

「勝手にやってろ……さっさと行って、片付けるぞ」

≪シルヴァール展開≫

二日も眠っていただけあって、異常個体との戦いで枯渇した魔力は完全に回復している。
疾風に包まれ、白銀の五体に紺碧の甲冑に身を包む天焔の騎士がその姿を出現させる。

「乗れ、アディン。貴様のシェイサイドよりもシルヴァールの方が速い。」

アディンは一息でシルヴァールの脚を駆け昇り、シルヴァールの玉座へと身を躍らせた。
翼を羽ばたかせ、空を切り裂く。ハイドラの姿は見えないが、シルヴァールと一体化した今なら
ハイドラの化け物染みた理不尽且つ、途方も無く出鱈目な魔力を嫌でも感知出来てしまう。

「直線距離で三百㎞……三分後に接敵。それで貴様……やれるんだろうな?」

アディンとは一度、対決しており大体の実力は分かっている。
対魔術干渉能力の高さには目を見張るものがあるが、それ以外の能力は俺よりも低く
本当にスポーツギアの選手なのかと疑いたくなる程、戦い下手で背中を任せるに値する実力があるとは思えない。

「異常個体とは言えリザード如きに遅れを取った貴様が言えた台詞か? 貴様の方こそ私に遅れを取るなよ?」

「アテにしても良いんだろうな?」

「追っ手を撒く為にも、貴様に殺された事にした方が好都合だったから醜態を晒しただけだ」

刻印装甲の適合者から裏切者が出るのは対外、対内、軍事と様々な意味合いで厄介だというのに
上級刻印装甲の適合者でありながら、暗殺者という役割上、多くの情報を持つアディンの裏切りは
軍事力の大幅な低下と重要情報の流出を意味する。

だが、俺に殺されコルセルスカ共和国が上級刻印装甲を失ったという風聞を世界各地に流せば
上級刻印装甲を保有する軍事大国はコルセルスカ共和国に対し、開戦に乗り出す可能性が高くなる。
そうなれば、コルセルスカ共和国に併呑された小国も独立に向けて行動を起こすだろう。
当然、自国の象徴の命を奪われかけたという大義名分を振り翳し、ロワール王国も進軍する筈だ。

―結果、コルセルスカ共和国は瞬時に世界の敵として四方を囲まれ……

「ハイドラが居ようと居まいと結局、滅びる運命にあったというわけか……皮肉なものだな?」

「私の安全を確保する為にコルセルスカ共和国が滅びる切欠を作ったに過ぎん。
ハイドラが出現したせいで、計画は全て徒労に消えてしまったがな」

「それで、俺に組する機会を狙って、周囲を嗅ぎ回っていたというわけか」

「半分はな。もう半分は暗殺者としての役目を全うするためだ」

「大国から命を狙われる覚えは無いのだが」

「霧坂涼夜。貴様は上級刻印装甲の適合者が持つ影響力というもの自覚した方が良い。
最強の一角を担う、シルヴァールの適合者が特定の組織に所属せず、冒険者という中立の立場で
この世界の人間の予測を大きく越える独自の判断基準で、世界各地で無軌道に暴れている。
その矛先が自分の首元に差し向けられる事を恐れる者は多い」

―尤もらしい理由ではあるが、実に下らない話だ。

「世界最強を誇ったコルセルスカ王国も、その一つというわけか……情けない話だ」

「前回の一件で霧坂涼夜はロワール王国に恭順の意を示し、いつ爆発するか分からない不発弾から
主の命に従い、確実に全てを焼き尽くす核弾頭に昇格し、ロワール王国はコルセルスカ共和国に代わり
最強の軍事大国になり、他国からの干渉を一時的に抑える……という筋書きだったのだが」

「貴様の魂胆は全て、ハイドラに横取りされたというわけか、一個人の意思で簡単に世界を動かせると思うな」

「ほざけ……」

音速を越え天を切り裂きながら、無益で下らない会話を続けている内に出鱈目な魔力の発生源が視界に映る。
ハイドラはゆっくりとした……足は無いが、ゆっくりとした足取りでロワール本城を目指して、領内を突き進んでいた。
吐く息は猛毒。奴が前進しながら呼吸をする度に、木々や動物が死滅し、大地は腐敗していく。

少々、デカイ図体をしていようと霊薬の数だけグラビトンランサーを撃ち込んでやれば良い。
いくら異常個体の力が凄まじいとは言え、最強の一角を担う三体の刻印装甲の内、二体。
そして、ゴルトゲイザーを初めとするロワール装甲騎士団が居る。

悪い事にはなるまい―そう考えていたのだが……

「全長何mだ? ロワール本城より大きい気がするんだが……」

「何、高さと幅では負けているが、長さに限ればロワール城の方が上だ」

「何もかも奴の方が上なら貴様を置いてでも逃げるぞ」

尚、ロワール本城は長さ六百m前後、幅百三十0m前後、高さ百二十m前後。
それに対するハイドラの中心核の直径は恐らく百五十mくらいか……よく分からんが魔力に違わぬ巨体だ。

「奴の足止めは私が引き受けよう。貴様はロワール城へ向かい、雷帝どもを引き連れて来い」

アディンは淡々と言を発し、身を乗り出す。大草原を越えれば、ロワール城は目と鼻の先だ。
強固な城壁の中には多くの無力な人間達が居る。城壁が強固とは言え、対魔術防御など程度が知れている。
そもそも、城壁如きでは、ハイドラの吐息の流れを阻む事は出来ない。この辺りで進攻を食い止めねばならんが……

「貴様……一人でハイドラの相手をする気か?」

「私とて一人でアレを如何にか出来るなどと思い上がってはいないが、属性の優位は私にある。
それに無駄に時間を食っていると城壁を破られ、有象無象どもが骸を並べる事になる。
この世界の事など知った事では無いが、人が死ぬ様を見て動じない程の冷血でも無い」

「フン……霊薬だ。持っていけ。」

高速移動で使い切った魔力を回復するために霊薬を自身に投与し、アディンにも幾つか投げ渡す。
属性の優位があるのならば、この戦いの鍵は奴が握っている。欠落は絶対に避けねばならん。

「狂戦士の源か。その気遣いをこの世界の者どもにも出来れば良いのだかな。」

皮肉で返事が返って来る。余計なお世話だ。

「精々、死なないようにする事だな。」

「誰に物を言っている?」

ハイドラの真上でシルヴァールの玉座を開くとアディンは宙に飛び出し、地表に落下しながら指輪を翳す。

≪シェイサイド展開―≫

主の言霊に従い、黒煙を切り裂き、黒の四肢を持つ巨人が常世の世界に滑り落ちる。
開花する花の様に胸部が開き、アディンを飲み込むと黒煙が紫の甲冑となり黒の巨体に装着され
黄金色の双眸が閃光を放ち、右腕から煉獄の化け物の顎門を彷彿とさせる巨大な爪が伸びる。

常闇の刻印装甲、シェイサイドがその身を視覚化させ、左腕で印を結びながら
まるで幾何学模様を描くかのように魔力の残光で、ハイドラを包囲し、言霊を唱える。

<深淵より隠れし者。幾千の猛毒を呷り、災禍の不浄を侵せ! インダクトベイン!>

インダクトベイン―俺と戦った時は千本の短剣を周囲に配置し攻撃対象に自動攻撃するという
子供騙し以下の下らない攻撃だったが、今なら、俺がどれだけ手加減されていたのかが、よく分かる。

シェイサイドが魔力の残光で描いた陣から、闇の呪詛が刻まれた巨大な毒剣が次から次へと吐き落とされ
振り落とした左腕を合図に千本の剣が、ハイドラの頭上から滝の様に降り注がれる。
存在の痕跡すら残らない程の無慈悲で理不尽な攻撃……だが、異常個体が相手なら話は別だ。

天地を揺るがすような、ハイドラのおぞましい絶叫を背に受けながら、ロワール王城へと向かい
シルヴァールから飛び降り、王座へと駆け抜けると―

「漸く、お出ましかね。待ちくたびれて君抜きで総攻撃に出ようかと思っていたところだよ」

間髪入れず、開口一番にラウバルト将軍が人の良さそうの笑みで、皮肉を吐く。
てっきり、滅亡寸前の危機に瀕し、雁首揃えて不景気そうな面をしているのではと思っていたが
まるで余裕その物……寧ろ、俺がこの場に現れるタイミングまで予見していたのような態度だ。

「シェイサイドにハイドラの足止めをさせている。将軍、手を貸せ。上級刻印装甲3体に装甲騎士団。
世界を滅ぼしても尚、有り余る程の戦力だ。生きる意志があるのならば、負ける事はあるまい?」

「やれやれ、傍若無人も此処まで一貫していると感心するね」

「泰然自若と言ってもらいたいな」

皮肉を吐きながら肩を竦める将軍に意趣返しというわけでは無いが、皮肉で返す。

「だとしても、あまり年寄りを扱き使ってくれないでもらいたいね。私は騎士では無く政治家なのだからね。
装飾品としての適合者に戦力的な期待を寄せられても、それに応える事は出来ないし、困るのだがね?」

「だからと言って、大した魔力も持たない冒険者に多くを期待されても困る」

「フッ……飾りの雷帝に無力な狂戦士。それを束ねる無能な指導者。3人合わせて1人前くらいにはなろう?」

謙遜と言うよりは、自虐にも似た皮肉にロワールの無能代表にアランが名乗りをあげる。
だが、悲壮感は欠片も無く、負ける気がしないという顔をしている。俺が加担するのだから当然だがな。

「あら、皆様。口先だけの姫を忘れてもらっては困りますわ」

アランに続いて、イリアが此方へと駆け寄ってくる。軽口を叩く余裕があるのならば問題は無さそうだ。
こいつ等はこの国の飾りだ。飾りが光りを放たずに陰っていては、多くの者に悪影響を与える事になる。
それがどんなに滑稽な事であっても、勝つ気があるのならば、こいつ等には笑っていてもらわねばならない。

「将軍は俺と共にシェイサイドと連携。上級刻印装甲3体でハイドラを直接叩く。
アランは装甲騎士団の指揮を頼む。長距離法撃でハイドラの足を止めてくれ。絶対に城壁を抜かせるな。
イリア、お前はこの国の顔で、戦う者達の拠り所になる。何があっても泣くな、嘆くな、毅然としていろ」

「当然ですわ! それに涼夜様が居ますもの。勝利は揺るぎませんもの。嘆きようが御座いませんわ」


「では、これも頼む。カンザス湿地帯で入手した水の刻印装甲だ。手の空いた者と共に適合者を探してくれ。
もしも、恐れる者が居たら、お前が勇気付けてやれ。イリアはこの国の顔だからな、イリアにしか出来ない事だ」

指輪を手渡すとイリアは力強く頷いた。虚勢などでは無く、負ける事など微塵にも考えていないようだ。
態々、負ける事なぞ考えなくても良いがな。どうせ、そんな危惧は無駄になるのだからな。

「我々に命令するとは何処までも不遜な男だね。此処まで徹底していると却って清々しい気分だよ」

「大口を叩いただけの結果は出してやる」

言うべき事は全て言った。今の高揚感と士気を全員が持続出来れば、まず負ける事はあるまい。

―後は往くのみ。

「待て、涼夜。」

「何だ?」

「お前はこの国の騎士では無く、冒険者だ。見返りは何を望む?」

この国がどうなろうと知った事では無い。俺の目の届かぬ所で何人死のうと俺には関係の無い事だ。
だが、俺とて目の届く場所で危機に晒されている人間を看過出来る程、酷薄な人間では無い。

俺は英雄で無ければ、救世主でも無い。偶々、目の届く場所で襲われている奴が居るから戦うだけだ。
だが、報酬を与えてくれるというのであれば、有難く要求させてもらう事にしよう。

「出来れば、王立図書館を自由に使わせてもらいたい」

「良いだろう。では、改めて依頼する。この国……いや、世界を滅亡せしめんとする魔獣ハイドラを討て!」

「委細承知。往くぞ、将軍。」

「やれやれだね。では、死地へ向かうとしようか」

将軍と共に踵を返し、外を目指し城内を駆け抜けていると、ふと一人の少女の顔が頭を過ぎった。

「そう言えば、嘉穂は如何している?」

「あの子なら騎士団の兵舎で待機中だよ。会って行くかね?」

「いや、変わり無いのなら構わない。合流が遅れてシェイサイドが撃破されては敵わんからな」

新たに地球人の仲間が増えた事を伝えておきたいところだが、まずはハイドラを片付けてからだ。
中級以下の刻印装甲は全て後方に回したのだから、彼女に危険が及ぶ事はあるまい……

「では、急ぐとしようかね」

≪ゴルトゲイザー展開≫

将軍の言霊に応じ、落雷が大地を蹂躙し大穴を穿ち、地の底から紫電を纏った蒼き獣が現れた。
俺は中庭に伏せていたシルヴァールに乗り込み、大鷲の様な鉤爪を模した脚でゴルトゲイザーを掴み
空へと舞い上がり城壁を飛び越え、ハイドラの元へと肉迫し、ゴルトゲイザーを蹴り飛ばす。

≪我は神槍、此処に顕現せり―テンベストランサー≫

ハイドラとの距離を一気に詰め、ゴルトゲイザーは額から伸びる直槍の様な角から雷光を放ち
蛇頭の一つを貫き体内に直接、剛雷を流し込むが、大したダメージは通っていない。

「全然、効いていないみたいだけれど、これはどうかね?」

≪閃光より溢れ出でよ―リグ・ヴァジュラ≫

単騎でまともに戦える様な相手では無いという事は将軍も承知の上なのだろう。
ダメージが通らなかった事に対し、何の感慨も持たずにハイドラの皮膚に埋没した額の角から
雷の刃を構築し、内部を焼き貫き食い破る。どうでも良いが詠唱が短くて羨ましい限りだ。

「……ぼやいている場合では無かったな」

≪我が手に集いし閃光よ愚者を穿つ刃となりて、その名を示せ! ライボルトスクリーマー!≫

穂先が五つに分かれた巨槍を形成し、五条の雷光を収束させハイドラの中心核を狙うと奴の結界に弾き飛ばされる。
だが、弱点を狙われた事で本能的に結界を全面に集中させてしまった為、他の部位の守りが疎かになっている。

「アディン! 結界を破壊しろ!」

「……漸く、お出ましか。では、本格的に攻めるとしよう」

機会を見計らっていたシェイサイドが、最初から其処に居たと言わんばかりにハイドラの背後に音も無く立ち上がり
左腕で印を結び最も結界が薄くなっている箇所に陣を貼り付け、巨大な爪を振りかぶった。

≪混沌より生まれし楔よ、生を飲み干し万遍の滅びを我が前に示せ! ケイオスファング!≫

シェイサイドの巨爪に幻惑を鋳造した無数の刃が生え揃い、右腕に金色の獣が張り付き、肩から長い尾が伸びる。
闇の存在感を完全に無視した獣を模した刃が結界を引き裂き、風船のように破裂させる。

「攻撃目標ハイドラッ!! 全軍、一斉法撃ィィィ!!」

結界の消滅に合わせてアランが装甲騎士団に号令を出し、ローザンシュレイクを初めとする刻印装甲達が
一糸乱れぬ動きで各自、魔術兵装による術法撃でハイドラの巨体を一斉に蹂躙する。
流石のハイドラもその身を揺るがし、大蛇の頭が其々に咆哮をあげる。
だが、その咆哮は苦悶による悲痛な叫びか? それとも、蝿の様に群がる人間に対する苛立ちか。

考えるまでも無く、後者だ。ハイドラは俺達は振り払うかのように猛毒を纏った七色のブレスを吐き出す。
まるで人間が群がる虫に殺虫剤を振り掛けるかのようにも見える。

対魔術結界すらも融解する程の猛毒。適合者の魔力が視覚化された刻印装甲とて、例外では無い。
魔術干渉能力を持つシェイサイドは姿を消し、ゴルトゲイザーは疾風迅雷の如く安全圏まで逃げ延びる。
俺もシルヴァールを瞬時に天へと舞い昇らせ印を結ぶ。

「全員合わせろ! 最大火力でハイドラを殺し尽くす!」

此方の意図を理解したのかアディンと将軍がハイドラから離れ、其々の最適位置で印を結び
アランは怒声じみた号令を出し、装甲騎士団の攻撃が更に苛烈さを増していく。

「この力で一切合財が無に帰してくれれば楽な話なのだがね」

≪我は森羅万象を貫く蒼古の裁き―ヴィングトール≫

ゴルトゲイザーが地を蹴り、一角獣を彷彿とさせる角で落雷を受け止めると、四足の華奢な足が折り畳まれ
巨人の手足が再構築され全身に纏った紫電が弾け飛び、蒼雷の様な甲冑が装着され一本角を持つ獣から
雷を纏う騎士へと姿を変え、ゴルトゲイザーは外套を翻し、巨大な鎚を構えた。

「無に帰さぬのならば、力尽くで帰すまでだ」

≪宵闇の腐海に浮かびし混沌の使途、我は惨禍。災厄の鎖より逃れる術も無し―ファントムヴォルド!≫


シェイサイドの右腕に張り付いた金色の獣が粉々に砕け散り、破片の一つ一つが黒く巨大な針になり
肩口から飛び出した鎖がガンベルトの様に黒針を繋ぎ止め、シェイサイドの右腕を取り囲むように九本の黒針が浮かび上がる。

「霊薬の残量は充分。一度で死なぬのならば結構……死ぬまで撃ち続けるまでだ」

≪汝、呪われた顕界に踊りし者。その無慈悲な暴を以って、堕落せし愚物に絶望を刻め……グラビトンランサー!!≫

シルヴァールの巨体を覆い隠す程の巨槍を携え―ハイドラの中心核に目掛けて投擲した事を皮切りに
巨塔のような黒針がシェイサイドの右腕から断続的に放たれ、ハイドラの巨体を貫き、全身に黒い血の花を咲かせ
ゴルトゲイザーの鎚からハイドラの巨体さえも覆い尽くす程の巨大な雷光が叩き落され、八つの蛇頭が苦悶のあまり喉を詰まらせる。
城壁から色鮮やかな光筋が次々に放たれ、ハイドラの巨体を穿ち、間髪入れずに重力の結界がハイドラを押し潰す。

様々な属性が一度に一つの攻撃対象に殺到し、ハイドラの咆哮さえも掻き消す程の轟音を伴う魔力爆発が発生する。
アランや生身の連中の鼓膜が破裂していないか少しばかり心配になるが、まあ死にはしないだろう。

爆煙を切り裂きシルヴァール、シェイサイド、ゴルトゲイザーに大蛇が二匹ずつ襲い掛かる。
本来ならばオーバーキルを軽く通り越す程の攻撃だった事もあり、俺達は完全に不意を突かれ回避が遅れてしまった。

大蛇の口腔に集束された魔力が空を塗り潰す程の暗い影を広げ、全周囲から金色の飛礫がシルヴァールに放たれる。
ハイドラの弾幕の層は分厚く避ける術は無い。どうせ避けられないのならば、被弾覚悟で奴の闇を一点突破で切り抜ける。
全身を穿たれるような錯覚にも似た痛みを感じながら闇を切り裂くと、眼前には大地が迫っていた。

「平衡感覚を奪う幻惑付きか……ッ!!」

翼を羽ばたかせ、シルヴァールを無理矢理急停止させ地面への激突を防ぐが、
眼前に浮かび上がった陣をいぶかしむ暇も無く大地の槍に突き上げられ腹部を串刺しにされる。

「クソッ……まるで百舌のはやにえだな!」

悪態を吐いていると、光を遮る黒い影がシルヴァールを覆いつくす。今度は魔術による影響では無い。
大蛇が陽光を遮りながら巨大な口を開き、シルヴァールに喰らい付こうと覆い被さって来る。
つい二日前にもリザードに食われかけたというのに、またこの展開か! しかも、今度は丸呑みか!?

冗談では無い。翼から羽を一枚引き抜き長剣を形成し、シルヴァールの下半身を斬り落とす。
大地の槍から転がり落ちながら、翼を羽ばたかせるとシルヴァールの下半身が大地の槍ごと大蛇に喰われた。

≪化け物が……シルヴァール、再構築を開始しろ≫

失った下半身を再構築し、体勢を立て直すとシェイサイドと、ゴルトゲイザーも失われた部位を再構築している最中だった。
改めて、ハイドラを視界に収めると、大蛇の首が一つ消し飛んだだけで、七つの首は未だ健在。奴の残された命は八つ。

「最大火力でやっと頭一つか……三つは持っていけたと思ったのだがな」

「最大火力って君ね。出し惜しみをして、やられているのでは話にならないよ?
其方の君もそうだけど、上級刻印装甲の力を完全に引き出す事が出来ていないのかね?」

どういう事だ? 確かに俺の適合者としての格は下から数えた方が早いレベルだが、出し惜しみ……?

「天焔の刻印装甲にはヘブンランサー、宵闇の刻印装甲にはメギドクレイモア。
契約属性では無く、支配属性による攻撃では折角の上級でも中級以下の刻印装甲と大差は無いよ」

「そう言われても、契約時に頭の中に流れ込んで来たのは支配属性の攻撃ばかりで契約属性の攻撃など……!?」

将軍の話に気を取られているとハイドラが攻撃を再開する。シェイサイドに二体、ゴルトゲイザーに二体
シルヴァールに三体……俺に攻撃を集中させるとは理不尽且つ、ふざけた展開だな。
こんな展開ばかりでいい加減に慣れたがな。昨日今日で何回死んだかすらも分かりやしない。

「アラン、攻撃の手を緩めるな。中心核に火力を集中させろ。俺達は奴の頭を叩く!」

口から臓腑を吐き出しそうな程の苦痛に耐えながら立て続けにグラビトンランサーを三本生成し
襲い掛かる大蛇の口腔目掛け投擲し大蛇の首と術から逃れながら、強烈な嘔吐感に耐えながら霊薬を嚥下する。

急激な魔力の増減に精神に負担が掛かりすぎている。だが、次の一手を討つためにも脱落するわけにはいかない。
だが、ハイドラに襲い掛かる重力の結界の悉くが、大蛇の口から放たれる術式の数々によって相殺される。
これだから、異常個体って奴は……人が苦労して生成した魔術兵装を前準備も無く、掻き消すとはふざけた真似を!

それより、ヘブンランサーとやらだ。刻印装甲は契約の際、操作方法や使用出来る魔術兵装の呪文や効果
刻印装甲を運用する上で必要な知識が勝手に頭の中に流れ込んで来るという仕組みになっている。
流れ込んで来た知識の中にヘブンランサーに関する情報は一切、含まれていない。

確かにシルヴァールは天の刻印装甲でありながら、天属性の攻撃手段を持ち合わせていない。
何か特別な発動条件でもあるというのだろうか? 一先ず、目の前の脅威から身を防ぐのが先か。
視界はハイドラの蛇頭で埋まり、空の青が完全に遮られており、何と無く笑えた。

「涼夜様ッ!! 今、お助け致しますわ!!」

この場で聞こえる筈の無い少女の声と共に防壁を展開した二体の刻印装甲がシルヴァールの盾となり
ハイドラの攻撃を塞ぐが拮抗状態も極僅か。割り込んできた二体の刻印装甲の全身に亀裂が走る。
翼に魔力を結合し、俺を庇った二体の刻印装甲を回収しようとするが、新たに現れた刻印装甲が
シルヴァールを掴み、助けに入った刻印装甲を置き去りにして飛び退く。

安全圏に離脱すると同時に二体の刻印装甲は粉々に砕け散り、押し潰されてしまった。
アレでは流石に助からんな……俺一人の為に二人の人間が犠牲になり、怒りが込み上げてきた。

「何のつもりだ、イリア!!」

「ご心配には及びませんわ。涼夜様から預かった3つの指輪は全て、私の制御下にありますわ。」

≪レヴィアザン、ガイオス―展開!≫

イリアの刻印装甲―レイスヴォルグに付き従うかのように先程、俺の助けに入った二体の刻印装甲が視覚化される。

「3体の刻印装甲の同時使役だと!? イリア、お前は……」

「非常時に適合者を探している場合では無いと思いまして……涼夜様、私は戦いの術など何一つとして存じ上げておりませんわ。
ですが、知識として一つだけ存じている事が御座いますの。刻印装甲は魔力を通じ、適合者の想いに従うという事を。
其処に前例や知識は関係ありませんわ。ただ想うだけですもの。」

ただ想うだけ……イリアが何を想い願ったのかは知らないが、現に3体の刻印装甲と契約し、人形師の様に操っている。
本来、一体の刻印装甲に適合者は一人、一人の適合者に契約出来る刻印装甲も一体というのが契約のルールだ。

「適合者とは想いの体現者ですわ。戦って駄目なら想ってみるのも宜しいかと」

「良いだろう……口先だけの姫君。お前の口車に乗ってやる。アディン聞いていたな? しくじるなよ。」

刻印装甲がただの道具では無く、適合者もただパイロットの役割を果たす者では無いとすれば……
想いの体現者、その言葉が指し示す意味―ヘブンランサーの正体を掴む事が出来たかも知れない。

「心外だな? 本来守るべき筈の姫君に守られている男に言われるまでも無い。メギドクレイモア……確かに理解した。」

アディンが霊薬を嚥下したのを確認して同時に想念を組上げながら、ハイドラに肉迫する。
あらゆる結界、幾万の兵、巨大な獣、膨大な魔力―それら全てを塗り潰し、蹂躙する力を

―この乱痴気騒ぎを次の一手で終わりにしてやる。


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