不気味な静寂が立ちこめていた。
聖杯戦争が開幕であると運営側から通達せずとも、隼鷹と
ラクシュマナの主従は動きを取っている。
何故ならば、彼らはいづれ討伐令のかけられるライダー・
カルキの陰謀を、現時点で知る数少ない立場の存在。
この世界。
即ち、聖杯戦争の舞台とされている『冬木市』の浄化。
最終的に至るだろうカルキの宝具――神代への逆行・世界の移行・善の繁栄・悪の衰退。
結果が最良であれ、結末が最悪たるソレを回避するには、撃ち滅ぼさなければならなかった。
結局のところ、逃亡した隼鷹達をカルキが追跡しなかったのは幸運でもあるが。
何か違和感を覚える。僅かな綻びに似た不穏を醸している。
そうこうしている間に、朝日が昇り、平穏な日常が始まりを告げた。
聖杯戦争が開幕する頃合いは、世間で言うゴールデンウィーク。
観光客やショッピング、レジャー施設等に有象無象に群がる人々の姿は至って平穏に違いない。
だが、何も起きなかった。
サーヴァント同士の交戦により無残に崩落した『わくわくざぶーん』には立ち入り禁止のテープが貼り巡らされる。
廃墟愚か、災害じみた被害を覆い隠すかのようなテープとブルーシート。
まるで蜘蛛の巣を彷彿させる光景に、通りすがりの一般人はスマートフォンで撮影し、SNSに投稿するかもしれない。
けれども、格別何も起きなかった。
そう何も起きないのである。それが『異常』だった。
カルキが確実に、明確に世界の浄化を目論んでおきながらも、それを実行するべくアクションは皆無なのである。
律儀に聖杯戦争の開幕を待ち構えている訳でも。魔術の隠蔽を心がけている訳でも。
カルキに関しては、それを忠実に倣い。聖杯戦争へ挑むだろうか。
「マスター。これだ。最悪の事態に発展するかもしれない」
ラクシュマナが指摘した物は毒々しい紫を放つ塵だ。
隼鷹の手元にあるソレは、偶然はち合わせた『シャドウサーヴァント』の残骸。
『虚影の塵』と称されるものは、令呪に劣るがそれなりの魔力源となる。
隼鷹は顔しかめて、あの時。シャドウサーヴァントに襲撃された時の記憶を蘇らせた。
「アレが複数存在するならば、あの救世主が『塵』を利用する」
「うん?」
成程。これで戦闘を優位に進める。
あの恐ろしい強さで、戦場を圧倒するために……隼鷹が関心したように気味悪い塵を観察した。
一方のラクシュマナの表情は険しい。最も、カルキとの邂逅から彼の様子は、以前と比較するまでもなく荒い。
「『浄化』を実行するべく蜘蛛の巣を張るよう、策を講じるのだろう」
「浄化って、あの、この場所をまっさらにしちまうって――アレ?!」
「完全なる『浄化』でなくとも、酷似的な破壊を齎す宝具の発動を企んでいるに違いない。
最も……現段階において、発動条件は整っていないと見て良い」
「だ。だよな?」
むしろ、そうあって欲しいと悲鳴をあげたくなる隼鷹。
ラクシュマナやカルキの口ぶりから、冬木市もとい『世界』規模の破壊を可能とする宝具の存在は明白だ。
スイッチ一つで発動可能な類ならばとっくの昔にやってる。
必要なものは『動力源』。謂わば『魔力』。
『虚影の塵』とマスター全員に支給される『令呪』、全回復の魔力を以て強力な宝具を発動させる……下準備中。
ならば、阻止しない訳にはいかない。
しかし――以上の素材だけで、災厄宝具の発動条件が整っているかは怪しい。
何らかの魔力源を糧とし、発動を強行する……
水面下の陰謀を阻止しなければならない。
理解しても、恐ろしいほどに手掛かりはなかった。
シャドウサーヴァントとて、倒されれば塵状となり、それが回収されれば痕跡すら残らない。
わくわくざぶーん近辺で発生した戦闘が夢のように思えるほど、穏やかな時間が過ぎる。
最終的に。
時刻は深夜を回りかける頃で、隼鷹とラクシュマナは捜索をし続けていた。
だが、成果はまるで無かった。
一先ず。被害規模が最悪になるだろう新都方面を様子見程度に捜索をし、成果は0だった。
逆に『異常』極まりない。何故こうもあのカルキの存在が希薄と化したのか?
何らかの術を用いて隼鷹達の目から逃れているとしても。
やるせないもどかしさが積み重なる。
彼らが場所を変え、到着したのは深山町の高台だ。
見通しが良く。新都の明かりすら宝石のように輝かしい。
あのように町明かりを宝石に例えて、美しいだの何万カラットに相当すると表現した場所があった気がする。
最悪、戦闘が起きても。ここら一帯は比較的住宅は疎らで、安全な方だろう。
「ここには居ないんじゃね?」
適当な高台で、隼鷹が周囲を見回してから彼方より帰還を果たす偵察機を回収し。
チラリと隣に佇むラクシュマナを伺う。
彼は風に髪を靡かせつつも、どこか一点を眺め沈黙している。
決して、彼はノリが悪ければ。隼鷹と険悪な関係でもなかった。
ただ。カルキの存在が彼の中で、深刻な衝撃を与えたのだ。
隼鷹で例えれば――姉妹艦の飛鷹と瓜二つな存在が、世界を滅ぼそうと凶行する悪夢染みた展開。
彼女はまるで想像が出来なかった。
絶対にありえない事だ。
途方も無い悪意がない限り飛鷹は、そのような所業をしようとも。
いいや……ラクシュマナの場合。最悪が起きてしまった事後なのだ。
例えで登場した飛鷹の死を胸に焼き付けつつ、隼鷹が少しでも気の効いた言葉をかけようとした矢先。
突風が吹きぬける。
土地の構造で、高台に集中する現象なのだろう。
そう隼鷹は受け流そうと慢心するほど、些細な変化。
だが。不自然ではない状況下ながら、ラクシュマナは槍を手元に出現させていた。
隼鷹は、強風に煽られない様に堪え。槍の矛先は上空へと向けられている。
ラクシュマナが構えた。
「マスター、伏せろ!」
刹那。自然現象たる雷が槍の先端より発生し。奇怪なほど精確な軌道を描いて、深夜の上空を走る。
光は音よりも早い。
どこかで耳にした知識通りに、雷光が放出。僅かに遅れて、おどろしい轟音が流れた。
隼鷹も肌身で実感した。暴風の塊が自分たちに襲いかかっているのだと。
色彩や形を視認出来る訳がないが、風が頭上で集束するかのような感覚を理解した。
◇
琴岡みかげは自宅の自室で、ぼんやり漠然と存在し続けていた。
不自然な事じゃないが、聖杯戦争のマスターなのにアクションの一つも起こさない。否、起こせなかった。
彼女は、万国ビックリショー人間じみた非現実的能力や、聖杯戦争に関われる能力を保持していない。
良くも悪くも、普通の一般人でしかなかった。
普通。
みかげは自分が『普通』でないと理解している。
同性の女の子を好きでいる。世間体の基準では『普通』ではない感性・性癖……何故だろう。
魔法が使えたり。戦闘能力があったり。裏社会と関わるような大した人生送っていないのに。
それでも『普通』じゃなくなる事が出来てしまえるのだ、と。
どうしよう。少女は途方に暮れていた。
折角のゴールデンウィークだから、出かけるべき。それこそ『友達』と遊ぶとか……
だが、聖杯戦争に関与する以上。尚更『友達』との接触は避けるべきだった。
二人を巻き込んだら。二人が自分に関わっている以上、最悪の場合。人質にされて――
……考え過ぎじゃない。
馬鹿みたい。魔法とか聖杯とか、ファンタジーに浸り過ぎたせいで、飛躍しちゃってさ……
みかげは大きく溜息をついた。
お守りのように握りしめているのは、愛用のスマホではなく。星座のカード。
コレを手にしたところで、どう変わる事は無い。戒めのつもり。
その時。
自室の窓より「ブウン」と独特な効果音と小さな影が、露骨なまでに認知する。
ビクリ。大げさな反応で飛びあがる少女。
恐る恐る伺うが、それ以上の事は起きない。安堵のひと時が訪れる。
「人工機器が近隣周辺を飛来している」
独特な耳につく声で語るのは、みかげのサーヴァントだった。
彼女が気付いた時には、実体化し。カーテンの向こう側。月明かりによりシルエットが浮かんでいる。
己の象徴たる黄衣の形状が、影ながらハッキリする。
冒涜的な概念そのものをわざわざ直視する愚行に躊躇し、みかげはそのまま問う。
「あんた、どうしてこう。回りくどい表現する訳?」
「俺は人ではないからな。人特有の砕けた文字列は些か難しい」
言語は通じるのに、それが難しいとはまるで外国人……いいや。遥か遠くの銀河か惑星より飛来したと云うのだから。
人間的に例えれば『宇宙人』そのものなのか。
面倒くさい。みかげは、負の感情を胸に話を続けた。
「飛んでる機械ってドローンでしょ? ラジコンは……今時古過ぎるし」
「それだ。あれはラジコンであろうよ」
「ラジ……はあ?」
ドローンならまだしも――この時代、こんな時間に飛ばす非常識な人間が居るのか、さておき――さっきのがラジコン?
何故か、みかげのサーヴァント・ライダーは酷く関心あるようだ。
みかげ自身、心底どうでもいい。
不安で全く寝付けない、この状況を改善して欲しい。
「主君よ。監視の為、席をはずす」
「目立つ格好してるんだから、自重はしてよね」
「心配には及ばない」
言葉が聞こえた矢先。突拍子もない風が発生し、窓ガラスを激しく振動させた。
あともう少し強ければガラスにヒビが入るのではないかと、疑うほどに。
ライダーの気配が途絶えた事で、みかげの緊張感が解けて行くのを実感する。
(結局……どうしよ)
何もしないで家に居続ける? 本当にそれが安全?
最低限。みかげは、ゴールデンウィーク中に友人達を誘ってはいない。連絡もしてない。
二人から連絡も来ていない……現時点では。
彼女らの誘いを断ったところで、彼女らは新都方面には行かずとも。どこか気晴らしに出かけて……もしかしたら。
不安ばっかりだった。
みかげはもう一度溜息をつき、ベッドの上で体育座りの状態で蹲った。
■
ラジコンめいた隼鷹の偵察機は、一部地域ながら広範囲で確認された。
油断すれば深山町の一部を空襲し、最悪荒野にしてしまえる。
暴挙を行わないのは、隼鷹が悪と対峙する正義であるから。元より隼鷹の精神性が『善』に属するものだから。
されど。
時と場合によって、善意も誤解を受けてしまいかねない。
零式艦戦52型。九九式艦爆。九七式艦攻。
念には念を。
深山町の一角でそれらを観測する一騎のサーヴァント。
既に落ちた夕暮れを溶かしたような色合いの赤を全身で露わにするレッドライダーが居た。
しかし、偵察機の群衆を率いるのが隼鷹であることは既に捕捉済みだ。
彼とて白馬のライダー・カルキから戦線離脱した際。その後の、カルキの動向を警戒して当然。
レッドライダーは、観測によりラジコン並の小型戦闘機を扱うマスター・隼鷹と、彼女のサーヴァント・ラクシュマナ。
彼らとカルキの戦闘を、さほどではないが観測した。
偵察機は文字通りの役割だけを担っており、空襲が如く奇襲目的のフライトじゃない。
まるで、何かを捜索しているような…………
無難にマスターかサーヴァントが候補に挙がるだろうが。
ひょっとすれば、カルキを警戒し。重点的に警戒をしている可能性も考慮される。
レッドライダーのマスターの居るエリア一帯の奇襲が狙いでなければ、現段階で無理にアクションを起こす必要もない。
だが。
隼鷹達の位置を把握するのは損じゃあるまい。
そう、観測の範囲を拡大したところで、レッドライダーは驚愕せざる負えない事態に陥る。
産みの親たる、戦士たる藤丸立香の存在をレッドライダーが無視しないだろう!
けれども、この時ばかりはレッドライダーが躊躇する。
どういう事だ? と思考停止した。
確かにレッドライダーは『藤丸立香』を観測したのだが、それは以前の『藤丸立香』でない。
全く別の『藤丸立香』だからである。
何を言っているのやら。非常にややこしいが事実なのだ。
分かりやすく区別すると、以前の『藤丸立香』は少年であり、色欲纏った女性のサーヴァントを従えていた。
今回確認された『藤丸立香』は少女であり、獣の残留を漂わせる黒犬と男性のサーヴァントを従えている。
半周至り、レッドライダーも不思議と冷静に困惑している。
何故ならば。紛れも無くどちらも『藤丸立香』で、それそれが別個人として存在すると証明されたのだから。
「………………………………………………………………くく、そうか」
しばし沈黙をし。レッドライダーは不敵な笑みを浮かべた。
悪戯を思いついた子供のように。
□
深山町方面に居る藤丸立香は、再び発生するであろうサーヴァント同士の戦闘に警戒していた。
実際に現場を確認した少女だからこそ。聖杯戦争の被害を想定し、最低限。無関係の人々を巻き込まないように心掛ける。
そのつもりだ。
魔術礼装を隠すロングコートを羽織り、傍らでは彼女のサーヴァント・アルターエゴが既に実体化している。
魔力を感知されれば格好の的だが、自分が的になれば。
誘導なり対処なり、自ら選択が叶う。一向として構わない。
古き自然が残される深山町の静寂を味わう立香に、ふとアルターエゴが言う。
「マスター。エセルドレーダが見つけたらしい」
エセルドレーダ。
一見、黒犬の形状をしているが以前、立香が対峙したのと同類『獣』の泥より生まれし、
アルターエゴの使い魔的な存在なのだが。無論、立香も完全な信用を抱いてはおらず。
周囲を巡回した黒犬が任務を全うするのだろうかと、住宅街の奥より駆ける獣を見届けていた。
小型犬ほどの体格を保つエセルドレーダが加えるのは――ラジコン?
マニアで流通しそうな、立香も実に精巧なデザインと感じさせる戦闘機。
無論。ラジコンほどの大きさで、幾ら細部に拘りが施されても本物のソレと比較にならない。
ご丁寧に、立香の前で座り込んだエセルドレーダ。
彼女?が咥えるラジコンを、立香がしゃがみ回収する。
ずると立香は「おや」と丁度。操縦席の部分に何か蠢いているのを確認出来た。
引っ張り出してみると……
小人!?
妖精!?
兎に角ソレは小さな少女だった。
涙目を浮かべてプルプル震えている様子からして、恐らくエセルドレーダによる襲撃で怯えているのだろう。
予想外の奇襲だ。
仮にラジコンが上空を飛行し、エセルドレーダが軽く跳躍をしてフリスピーの如く空中キャッチしたら納得せざる負えない。
そんな様子である。
とてもじゃないが危険性高いと思えない小人に、立香が無く。むしろ落ち着かせる為に宥めようと試みる。
アルターエゴの方は、ラジコンに注目していた。
「どうやら『本物』のようだね」
本物?
「実際にそこの妖精が操縦し、飛行が可能で……攻撃だってしようと思えば出来た筈だよ」
確かに。
小型でパッと見、おもちゃ程度の代物に見えないが、所謂戦闘機……空襲紛いの行為だって。
けれども、驚くほどに深山町は静寂に包まれており、平和に思える。
無差別の襲撃だって、とっくの昔に行われているに違いない。
つまり……攻撃が目的じゃない。
立香は、改めて小人に注目したのだった。
●
ライダー・黄衣の王こと
ハスターが隼鷹の偵察機に興味を持ったのは、当然だろう。
みかげとの会話では『ラジコン』と称したが、アレには小さいながら本物の武装が施された。
最小の戦闘機に違いない。
ハスターは、そのまま偵察機を風に騎乗しながら追跡。結果として隼鷹とラクシュマナを捕捉。
距離を計算する必要性無く、本拠地――即ち、みかげの家から大分離れている。
ならばこそ戦闘を実行して問題はない。例え宝具を発動しても、みかげに支障は来さない。
しかし、隼鷹は?
異形の怪物でありながらも、人間に敬意を抱くハスターは人の形をした存在であれ、隼鷹を巻き込み。
ましてや隼鷹を殺し、勝利する結果は気分の悪い物だった。
故に手傷を負わせない暴風だけを、手始めに発生させる。
回避せず、槍を構える英霊たるラクシュマナを横に。
隼鷹は上空にいるハスターを視認した為か、冒涜的異形から逃れるかの如く走る。
正直。速度はサーヴァントからすれば大したスピードじゃない。
ハスターにとって重要なのは、隼鷹を巻き込まない一点のみであった。
にしても。
挨拶代わりの威力とは言え、ラクシュマナは結果としてハスターの暴風に微動だしない。
逃れる様子もなく。真っ向から立ち向かう姿勢を前提に、槍を握っている。
『紛い物』の怪物とは異なり、本物の英霊の形だ。
ポッカリと深淵が広まるフード下の暗黒と、衣服に酷似される皮膚を揺らし、地上へ降下する相手に。
ラクシュマナは何ら不満も語らない。
「マスターの方は逃れただろうか。人間の安否に関し問答するのは不釣り合いに感じられるかもしれないが、……いや」
ここまで語っておいてハスターは「何でも無い」と付け加える。
回りくどいのは良くないと主君たるみかげに指摘されていた、と思い。
「申し訳ない。紛い物であれ、他の犠牲を必要としない。正当な決闘を申し出に参った」
やっぱり独特な言い回し。つまるところ、普通に聖杯戦争の戦闘を行うべく現れたという事。
沈黙を保っていたラクシュマの口がようやく開かれる。
「成程。ならば――良い。相手となろう」
ラクシュマナはカルキの件で憤りを募らせていたのは、最早説明する必要はないだろう。
現時点で、その感情を胸の内から消失する呆気なさなど在りはしない。
だが、異形の風貌と冒涜的な概念たるハスター。
黄衣の王がカルキですら成しなかった無益な命を搾取・マスターの隼鷹に手をかけなかった『善行』を見せた。
故に十分だった。
例え人ならざる類でも『善行』は可能なのだ、と。
そして、ハスターも何故だか酷く安堵した。
決闘を受けた。即ち、紛いものであれハスターを倒すべき英霊だと認められたようなもの。
自我の核ですら不穏だったハスターに、光が差し込まれたようだった。
○
サーヴァント達の抗争から逃れた隼鷹は、息を整えながら式神に戻した戦闘機を手に。
彼らの姿が目視出来ない事を確認してから溜息つく。
最早、人ですらない異形の怪物を前に、隼鷹は少し取り乱してしまった。
聖杯戦争の予兆を味わったにも関わらず、油断していた訳ではないが。
少なくとも、あの怪物が隼鷹らを攻撃するまでラクシュマナも反応らしいものを見せていない。
優れた索敵能力で自分達を捕捉したのでは?
ふと、隼鷹はポツリポツリと周囲の情景に外灯が目につく郊外に到着したところで気付く。
飛ばした偵察機の一つが、まだ戻ってきていない。
数をキチンと確認したものの。やはり一つ足りなかったのだ。
深夜とはいえ偵察機が、彼のサーヴァントが自分達を捕捉した原因だったか。
もしかして。他のサーヴァントにも捕捉されているのかも?
カルキの捜索に必要不可欠だったが、現に発生した状況を隼鷹は予測していた。
素直に戦闘を仕掛ける、良くも悪くもハスターのような英霊であれば。聖杯獲得を目的とする隼鷹達にとって問題にならない。
仕方なしとはいえ偵察任務中の機体を一つ失ったのは、聖杯戦争の状況下じゃ割と問題な損失である。
『艦娘』に必要不可欠な燃料等を、この現実世界に忠実な冬木で補えるかは怪しい。
現時点で代用可能な代物を、隼鷹は目につけてすら無いのだから。
異形のサーヴァントに壊されたんだと隼鷹が諦めた時。
獣の唸り声を聞いた。
ウゥゥ、と地の底から響く亡者のような呻きに近い声色に、隼鷹も慌てて周囲を見回す。
獣も、獣の主も。平静に、仰々しさの欠片無く、隼鷹の前に現れている。
遠く。少々季節に似合わないロングコートを靡かせ、ラジコンっぽい大きさの戦闘機を抱え、郊外を駆ける少女が一人。
その傍らには小型犬ほどの黒い犬。
予想外な展開に隼鷹もラクシュマナに念話をしようか悩む。
犬は犬でサーヴァントっぽくはない……のでスルー。問題は少女がマスターか否か。
いや。
そもそも、少女は何故自分のところに現れたのだろう?
偵察機からも一報の一つや二つ無いのも違和感が。
少女が躊躇せず隼鷹に接近すると、本来操縦席に居る妖精が少女の掌に座っていたのだ。
この子を返しに来ました
「えぇ? えっと……アリガトウ」
戦艦金剛っぽいカタコトの口調で返事をしてしまう隼鷹。
妖精と戦闘機をあっさり返却されたのは、意外よりも怪しい。細工とかされているのだろうか。
不穏に感じつつ。隼鷹がそれらを式神に変換する。
少女は、それらが式神に戻ったのに目を見開いたが、話を切り替えた。
ここまでは、さっきの小人が案内してくれました。
驚くほど少女が冷静に説明を始める。
彼女は、どうやら聖杯戦争のマスターである事は間違いなく、隼鷹達に戦闘を仕掛けるのではない。
前提として、聖杯獲得を方針に固めていない。
ならば、狙いは何か?
特異点の解決です
言い方を変えると、この場所――冬木の調査です
一見、調査などと科学者めいた探究心に忠実な空気の読めない行動方針に聞こえてしまう。
聖杯戦争を全うする主従には、不愉快な話だ。
相手次第じゃ、話に聞く耳すら貰えないだろう。
しかし。しかし……だ。
隼鷹の場合は、異なる。別の――それこそ他の聖杯戦争に参加する主従には無縁の、少女が口にしたもの。
―――全ての摂理と真理の外に存在する異物――『特異の点』である
「とくいてん……あー! それ、それ!! 『特異の点』って奴!?」
『特異の点』?
覚えがあり、引っ掛かりがあった単語。
以前、カルキが口にしていた……この世界の事。カルキがここを浄化するに至った点?
隼鷹も、正直ラクシュマナにも、意味を理解出来なかったもの。
まさか少女が知っているというのだろうか!?
少女は困惑気味に言う。
多分、同じ意味だと思います
「じゃあさ! ……どーしよ。何から話せばいっかな」
カルキの件。駄目だろう。前提としてラクシュマナに伝えないのは、しかし彼も戦闘中の筈。
第一。少女を信用するべきなのか?
躊躇する隼鷹。
彼女の思案などおかまいなしに、傍らで男が一人。突如として姿を現す。
サーヴァントだと焦る前に、現れた少女のサーヴァントが告げた。
「マスター。それと大和撫子の君。どうやら『僕達の方』がつけられていたようだ」
無駄にギザったらしい異名で隼鷹を呼ぶ胡散臭いサーヴァントに
少女は思わずオウム返しする。
私たちが? でもサーヴァントの気配は
「僕やエセルドレーダの感知範囲外から……ひょっとしたら、僕達と同じで戦闘機の方を捕捉したかもね。
とにかく。二人とも僕の後ろに下がって欲しい」
エセルドレーダと呼ばれる犬やサーヴァントの警戒する方向。
夜の深淵より現れたのは――『あか』。
赤や朱、紅や銅(アカ)に塗りたくられた赫の騎士は、時刻外れの夕暮れより現れし擬人化のよう。
突拍子もないほど派手な容姿を、何かの歴史に刻まれた英霊であれば即座に判るだろうに。
見当が皆無どころか、赤軍服のサーヴァントは猟奇的な笑みを浮かべつつ。
「戦士(藤丸立香)、これもまた『運命』だと受け入れるべきなのさ」
―――?!
何故。
あらゆる状況は奇妙である。しかしながら、少女――藤丸立香が驚愕を露わにする通り。
初対面である筈の。
ましてや、人理修復の過程で巡り会ってすらいない未知のサーヴァントが、どうしてか少女の名を知っていた。
『赤』のサーヴァントの宝具かスキルによる情報だろうか?
この場にいる誰も彼もが赤きサーヴァントに不信を露わにする最中。
相手は堂々と言ってのけた。
「私はお前の味方になると決めた。藤丸立香」
対する立香を含めた全員の反応がイマイチだったからか、少々首を傾げながら赤塗装されたかのようなサーヴァント。
戦争の化身たる――『レッドライダー』が告げる。
「まあ、なんだ。そういう訳だから、これからよろしく頼む」
……ええ?
★
レッドライダーは以前に述べられた通り、藤丸立香とマスター・
光本菜々芽を邂逅させたい想いは確かにある。
が。藤丸立香に同盟を持ちかける――この場合、同盟を組んだ前提での接触をしたも同然。
何故、このような行為に至ったのか?
一つの理由。
それは――『藤丸立香』が『二人』存在していたから。
間違わぬ正真正銘の『藤丸立香』が二人いる。二人と一人じゃ話は大いに変貌するのだ。
ここが特異点だったり、イレギュラーが発生してり、異世界で平行世界で、様々なあれこれが原因で
『藤丸立香』が二人も存在する事は割とどうでも良い。
同一人物が同じ聖杯戦争に参戦する、は格別些細な問題だし。
レッドライダーの観測結果に疑念を覚える事、それが間違いであり。『藤丸立香』を間違う事などあり得ないし。
それぞれの事情も大した事ではなく。性別が異なる点も、少女少年での異なる性別の『藤丸立香』を
既に把握しているレッドライダーにとって、全く異常ではなかった。
偶然にも『藤丸立香』が『二人』も同じ聖杯戦争に居合わせる奇跡が、金輪際ありえなさそうな。
夢のような現実を、レッドライダーがタダで済ます訳にいかない。
レッドライダーは自ら特異点を産み出し、そこに藤丸立香を招こうと目論んでもいいと思った。
つまるところ『藤丸立香』に戦争がしたく。『藤丸立香』の敵としてありたい衝動だ。
逆に『藤丸立香』の『味方』。仲間として在りたくないのかと問われれば否である。
むしろ。処女召喚。
己の『初めて』を『藤丸立香』に捧げたいと最初は願っており。
もう叶わなくなってしまったが――当然。『藤丸立香』をマスターとし、『藤丸立香』の味方に成りたくもあった。
ここまで説明すれば分かるだろう。
レッドライダーの渇望たる願望を『同時』に叶えられる事に!
一方は『藤丸立香』の味方であり、もう一方では『藤丸立香』の敵である。
それらを両方味わえる矛盾めいた状況。
ならばこそ。嗚呼――これこそレッドライダーが描く『真の狙い』なのだが――
『藤丸立香』同士の戦争を実現させたい。
どちらも本物の『藤丸立香』なのだ!
二人が敵対し、聖杯戦争を繰り広げた瞬間。どうなってしまうのか。どのような結果へ至るのか。
想像しただけでレッドライダーは居てもたってもいられなかった。
最初に観測した少年の藤丸立香を味方にし、少女の藤丸立香を敵とするのも悪くは無かった。
単純な巡り合わせの問題。
ひょっとしたら、ありえたかもしれない可能性。
しかし、それを定められたのだから『運命』と呼ぶには相応しいのだろう。
まだ。ここに集う者達は、レッドライダーの陰謀に気付いていない。
☆
【B-2 郊外の住宅街/1日目 午前0時】
【藤丸立香(女)@Fate/GrandOrder】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]魔術礼装・カルデア(それを隠すロングコートを着用)
[道具]
[所持金]年相応の所持金
[思考・状況]
基本行動方針:カルデアへの帰還
1. まずはレッドライダーの対処から
2. この冬木市が特異点であるとして調査
3. 隼鷹から事情を聞きたい
[備考]
【アルターエゴ(
アレイスター・クロウリー)@史実(20世紀・イギリス)】
[状態]実体化
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:全人類の根源接続を願う――最優先はマスターを幸せにする事
1. 何故マスターの名前を気安く呼ぶんだ? ストーカーって奴かい?
[備考]
【隼鷹@艦隊これくしょん】
[状態]疲れ(小)
[令呪]残り3画
[虚影の塵]有
[星座のカード]有
[装備]艦載機の装備
[道具]
[所持金]普通に暮らしていける程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
1. 藤丸立香を信用する?
2. カルキの捜索と討伐
[備考]
※新都から深山町に至るまで軽く偵察を行いましたが、ライダー(カルキ)を発見できませんでした。
※藤丸立香(女)の主従を確認しました。
※ライダー(カルキ)が虚影の塵などを利用し、擬似的な浄化を試みるのではと推測しています。
【ライダー(戦争)@世界中全ての戦争の記録/黙示録?】
[状態]魔力消費(微)
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターである菜々芽の護衛
1. 藤丸立香に菜々芽と会って貰いたい
2. 藤丸立香の味方であり、藤丸立香の敵でありたい。
3. 願わくば『藤丸立香』が対峙しあう戦争を起こしたい。
[備考]
※『藤丸立香』が二人いる事を観測しました。異常ではないかと疑念を抱いてはおらず。
むしろ夢みたいな状況で割とどうでも良く思っています。
【ライダー(ハスター)@クトゥルフ神話】
[状態]実体化
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得
1. ランサー(ラクシュマナ)との決闘。
[備考]
【ランサー(ラクシュマナ)@ラーマヤーナ】
[状態]実体化
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の獲得。しかし、現状はカルキの討伐が最優先。
1. ライダー(ハスター)との決闘。
[備考]
※ライダー(カルキ)が虚影の塵などを利用し、擬似的な浄化を試みるのではと推測しています。
【B-3 住宅街/1日目 午前0時】
【琴岡みかげ@ななしのアステリズム】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]年相応の所持金
[思考・状況]
基本行動方針:まだ決めてない
1. 親友が巻き込まれるのが怖い
[備考]
※現時点で白鳥司と鷲尾撫子からゴールデンウィーク中、遊びに誘われていません。
最終更新:2018年02月12日 22:23