天空の美青年

瞳島眉美という、『美観のマユミ』という通称を持っていながら、しかし、およそ美観ならぬ欠陥しか見当たらない少女に、それでも強いて長所を見出すとするならば、それは超人的な視力に他ならない。
超人的な視力──人を超えた、視力。
単純に視力がいいどころか、物体を見透かし、放射線や赤外線のような常人の可視範囲外の光すら捉える彼女の目は、マサイ族をも超えたそれである。
頭の悪そうな言い方をすると、視力100.0なのだ。
サーヴァントのスキルには『千里眼』というものがあるが、それを彼女に当てはめた場合、ランクは文句なしのA+++となるだろう。
千里眼ならぬ万里眼といってもいいレベルの超視力。
現代を生きるただの人間の身でありながら、そんな規格外の異能を持つ少女──瞳島眉美。
だからこそ彼女は、規格外の存在ばかりが集う、この星座の聖杯戦争へと招かれたのかもしれない。
そして、聖杯戦争の本戦が始まって間もなく眉美が遭遇したサーヴァントが『彼』だったのも、やはり彼女が驚異的な視力を持つが故の運命的な必然だったのだろう。
なにせ、『彼』は宇宙の果てにすら届く『目』を持つ堕天使──ひょっとすれば、ガガーリンと同等、あるいはそれ以上に眉美と相性がいいかもしれない英霊なのだから。

▲▼▲▼▲▼▲

雲ひとつない夜空に散らばる星々が光り輝く光景は、その名に『黄金』を意味する単語を含む大型連休の始まりに相応しいそれである。
しかし、そんな夜空をも超えるほどに眩い輝きを放つ存在が、冬木の町の一角に存在していた。
輝きの正体の名は、アザゼル
既に堕天した身でありながら、白く輝く翼を有する弓兵である──否。
輝きを放っているのは、何も彼の背の翼だけが原因ではない。
月や星々の光を反射する肌は、比喩表現抜きの白い輝きを放っているし、人類の成長を見届けんと期待する瞳は、中にもう一つの夜空が広がっているのではないかと思わされるほどに昏く、そして輝いていた。
つまるところ、アザゼルは『美しさ』の点においても、己の翼に劣らぬほどの輝きを有しているのである。
天の使いに相応しきその美貌──そんなものを目にして平気でいられる者がいるとすれば、『たとえ美形であろうとも男には全く興味がないレズビアンの殺人鬼』か。
あるいは。
『毎日のように五人の美少年に囲まれる生活を送っているので美形への耐性がある根暗な男装少女』──瞳島眉美くらいだろう。
現在アザゼルがいるC-6地点からだいぶ離れたA-6地点に、眉美はいた。
しかし、それほどまでに離れた地点にいながら、彼女はアザゼルの姿を目にしていた。
その視認は、全体像がぼんやりと分かる──程度ではない。
眉美が所属する美少年探偵団の団員の一人に、およそ芸術といえる分野の全てにおいて、天才的な実力を発揮する『美術のソーサク』こと指輪創作という少年がいるが、もし彼女がソーサクほどの画力を有していれば、アザゼルのスケッチを写真と遜色ないクオリティで描きあげることが出来ていただろう。
それほどまでに、眉美の目は遥か遠くに位置するアザゼルの姿を詳細に捉えていた。
顔に浮かべている表情から、十二の翼を構成する羽の一枚一枚に至るまで。
詳しく、細かに、捉えていた。
己が天使に属する者であることを隠そうともしない、自己主張の激しいアザゼルの姿に、探偵団の団員の一人にして、『天使長』のような美しさを持つ少年、『美脚のヒョータ』こと足利飆太を思い出しながら、眉美は己のすぐ近くに控えていたライダー、ガガーリンの方へと振り向く。

「ライダーさんライダーさん、見てください。めっちゃ綺麗な天使がいますよ」
「見てください、と言われてもだねえ、マスター。宇宙飛行士になり、英霊になっても、わたしは所詮ただの人間。君のように数キロ先まで見渡せる視力を有してはいないのだよ」
「鎧にそういう機能は付いてないんですか? 見たところ、いかにもSFで多機能な近未来って感じですけど」
「付いてないさ。聖杯戦争の為に作られた、攻撃・防御用の鎧だからね。……まあ、『宇宙空間から地球の全てを見た』というエピソードと魔力を用いれば、遠隔視に近い機能をこの鎧──『祖国は聞いている、英雄よ強くあれ(ロゥディナ・スリシット)』 に追加できるかもしれないが、マスターの君に出来ることをするために、わざわざ魔力を消費する必要はないだろう」

それもそうである、と眉美は納得し、天使に視線を戻した。
彼女の視界に、天使の姿に重なるようにして『アーチャー』というクラス名と基本的なステータス情報が、文章の形で表示される。なにも、この現象は眉美の目があまりにも良すぎるがために起きたものではない。
いくら赤外線を視認することで見つめた対象の温度をおおまかに把握できたり、目にした料理の成分を分析できたりする彼女の目にも、流石に見ず知らずの相手のステータスを一目で看破できるような能力は備わっていないのである。
聖杯戦争のマスターには、視認したサーヴァントのクラスや基本的なステータス情報を獲得できる能力が与えられている。彼女は、マスターなら誰でも有しているその能力を使っただけなのだ。
アーチャーのステータスをガガーリンに伝える眉美。
三騎士の内の一つの弓兵であることに加え、神話上の存在である天使の姿をしていることから想像出来ていたが、アーチャーのステータスは高めであった。宝具のランクに至っては規格外を意味するEXである。

「まあそれを言うならライダーさんの宝具もEXランクなんですけどね」
「私の場合は『多数の人間の心象風景の集合体』や『神の園という最上位の神秘の否定』という点が評価不能であるが故のEXランクなのだがね。それとは違い、そのアーチャーの宝具ランクが純粋な強さで規格外だからこそのEXだという可能性はあるだろう──なにせ、天使なのだから」

天使──神秘の最上位とも言える神に仕える者。
それが振るう力は果たしてどのようなものなのだろうか。
そんなことを考えながら、ガガーリンは眉美から受け取った情報を整理した。

──ここまで書けば読者の方もお分かりになると思われるが、現在、眉美はその超視力を活かすべく、視力抑制用の眼鏡を外し、数キロ離れた地点にいる他主従を発見、観察するという全く動かずにする索敵をおこなっていた。今冬木各地で火花を散らしている他主従達も、まさか数キロ離れた場所から自分たちを観察している存在が──しかも、サーヴァントどころか、視力強化の術を扱う魔術師ですらない、只人のマスターがいるなどとは、夢にも思うまい。
眉美の超視力が聖杯戦争のような情報収集がものを言う場においては、非常に重宝すべきものであることは最早言うまでもないことであるが、しかし、視力はあくまで視力。
『使いすぎると、目に疲労がかかる』という当然のリスクがある。
しかも、眉美の場合のそれは、『使い過ぎれば、ちょっと頭がクラクラしてくる』みたいな、生易しいものではない。
よくて近い未来に失明、悪くてすぐに失明──所持する能力に比例した、重すぎるリスクなのだ。
まあ、視力を抑制する眼鏡をかけている今でさえ、目にかかる疲労を少ししか軽減出来てないのだから、彼女がそう遠くない未来に光を失うことは最早決定づけられた事項なのだけれども。
ともあれ。
そういう理由があり、長い間裸眼でいるわけにはいかないので、偵察をさっさと終わらせる為にも、天使のアーチャーから視線を外し、次なる観察対象を探そうとした──しかし。

「え……?」

『信じられないものを見た』とでも言いたげな声を漏らす眉美の姿に、ガガーリンは確かな異変を察知した。
次の瞬間、眉美は青ざめた表情で振り返り、

「ライダーさん! 今すぐここから──」

「逃げて」と叫ぼうとしたが、彼女がそう言うよりも早く、ガガーリンは彼女を片腕で抱き抱え、鎧に備え付けられたジェット噴射装置を起動させ、高速で飛行し、その場から退避していた。
マスターの指示が出るよりも早く起こしたこの的確な行動は、サーヴァントや宇宙飛行士である以前に一人の軍人であった彼だからこそ出来たものである。
ただの人間である眉美が耐えられる範囲内で最速のスピードを出しつつ、ガガーリンは眉美にいったい何を見たのか尋ねようとする。
しかし、彼が口を開くよりも、『超高熱のエネルギーを孕んだ、白い光の帯』が、先ほどまで眉美達が居た地点を消しとばすのが早かった。
何者かが眉美達を狙って放った攻撃であることは疑うべくもない熱線の襲来──これには流石のガガーリンも絶句せざるを得ない。

「あの天使のアーチャーからの攻撃です……」

良すぎる視力に強烈な光は文字通り目に毒なのだろう、目を細めながら眉美はそう呟いた。

「ほら、わたしって赤外線も見れるから、サーモグラフィーみたいに空間の温度もだいたい分かるんですよね」
「で、あの熱線が放たれる前兆を、温度の急激な上昇という形で視認できたと」
「そういうことですね」

今更ながらに、先程眉美が見たものを確認したガガーリン。
どうして眉美の観察が気づかれたか分からないが、今たしかに言えることがあるとすれば、それは天使のアーチャーが放ったという熱線が、まさか一発で終わるはずがない、ということだけだ。眉美達が避けたと知れば、二発目、三発目を撃ってくるはずである。
ならば、逃走の足を緩めず、飛行を続けるべきである──とガガーリンは考えた。
しかし、彼が進行方向に意識を向けた瞬間、行く手を遮るようにして、一人の男が立っていた──否。
ガガーリンがいるのは空中。ならば、彼の行く先に何かが『立って』いるというのはおかしい。
なので、正確に言えばこうだ──一人の男が浮いていた。
一体の天使が飛んでいた──と。

「……美しき顔貌に輝く翼。成る程、まさに神話で聞くところの天使そのものだな」

まさか、光線に意識を奪われていた僅かな間に、追いつかれるとは思わなかったのだろう。ガガーリンは、天使のアーチャーの飛行スピードに脅威を感じた。
そんな彼の呟きに対し、アーチャーは微笑みを浮かべながら、

「天使? いいえ、私は既に天使であることを辞めた身です」

続けて、

「貴方方の言葉でいうところの『堕天使』と言った方が正しいのでしょうね。己の手で神の寵愛をかなぐり捨てた、不良のようなものと、お思い下さい」

と。
かつて、自身のマスターであるクラリスにしたのと同じ自己紹介をしたのであった。

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いくらこの世の全てを支配下ならぬ視界内に収められるアザゼルであっても、サーヴァントとなった今では、数キロも離れた場所から己を見つめる目に気づくのは困難である。
困難であるが、不可能ではない。
数多を観察する権能を持つ彼だからこそ、逆に自身に向けられた視線には他サーヴァントよりも遥かに敏感だし、何より、数日前にあったとある出来事が、彼の警戒意識を格段に高めていた。
とある狂気の錬金術師が作り上げた非常に小さな自動人形『アポリオン』──それさえなければ、眉美の監視は気づかれなかったかもしれない。
しかし現実に起きたこととして、彼女の視線は感知され、そして彼女とガガーリンは襲撃を受けたのだ。

「不良……」

眉美は、アザゼルの自己紹介にあった『不良』という単語に反応した。
彼女にとって『不良』といえば、指輪学園における巨大派閥のひとつである番長グループのトップにして、美少年探偵団においては『美食のミチル』の異名を持つ美少年、袋井満に他ならないのだが、『風紀』の『ふ』の字も感じさせないほどに不良然とした言動と格好を常としていた(例外があるとすれば、調理中くらいだろう)満に対し、不良を自称した目の前の堕天使はいうと、不良のイメージとは真逆の紳士然としたビジュアルをしていた。
どこをどう見ても似ていない。同じ『不良』でも、こうも違うものなのだろうか。同じ点があるとすれば、どちらも人並みはずれて美しい、くらいだろう。
むしろ、満よりも『美声のナガヒロ』こと咲口長広に似ているのかもしれない──生徒を導き、生徒を守るべく学園側と対立していた『生徒会長』に、よく似ている。

「その不良さんにお願いなんだけど、ここは見逃してもらったりできませんかね?」
「無理です」

堕天使は微笑みを崩さず、眉美の要望を即座に却下した。こういうつれない態度をしれっとやってのける所も、実に長広によく似ている。

「マスターである貴方はともかく、貴方が従える鎧のサーヴァントにはここで必ず退場してもらいま……す?」

眉美から、彼女を抱き抱えるガガーリンの顔へと視線を移しながらそう言うアザゼルであったが、その台詞の語尾は何故か疑問形であった。
見ると、先ほどまで微笑百パーセントだった顔には僅かながらに疑問と当惑の感情が混ざっている。
まるで、信じられないものを見たかのようであった。
そして、アザゼルが晒した隙を見逃さないガガーリンではなかった。
眉美を抱き抱えていない方を腕を上げ、指先をアザゼルに向ける。
指先には直径一.五センチほどの穴がそれぞれ開いており、そこから小型のミサイルが次々に、何十本も飛び出した。
何を意外なことがあるだろうか。そもそも、ガガーリンが乗ったロケットとは、ミサイルのような軍事兵器の開発や研究の隠れ蓑であったのだ。ならば、彼が搭乗したロケットに対し全人類が向けた夢と希望の結晶であるこの鎧に、ミサイルが飛び出すギミックが一つや二つ付いていても、不思議ではない。

「──ッ!?」

まるで『ガガーリンがミサイルを発射することを予測出来なかった』かのようなリアクションを見せるアザゼル。
彼は咄嗟に己の羽根を撒き散らし、それらでミサイルを防御する。
着弾──耳を聾するほどの轟音を鳴らしながら、ミサイルは爆ぜた。
ガガーリンの攻撃があっけなく防がれた形になるが、しかし、どうやら彼の目的は攻撃ではなかったらしい──ミサイルが着弾したそばからもうもうと煙が広がり、アザゼルの視界を灰色に染める。煙幕弾だ。

「──無駄なことを」

聞く者に絶対に逃れられぬ危機を確信させるほどに冷ややかな声で、アザゼルはそう呟いた。
いかなる妨害も幻術も隔絶も無視し、全てを見つめる目を持つアザゼルにとって、この程度の煙幕は無色透明も同然である。
現に、彼の『天より俯瞰せし人の業(アンリミテッド・アイズ・エグリゴリ)』 は、一目散に逃げ出しているガガーリン達の姿をしっかり捉えていた。
成る程──マスターを抱えた状態で戦闘になるのは不利だと考えたガガーリンは、闘争ならぬ逃走を選んだわけだ。賢い戦り方である。

「その逃走、相手が私でなければ成功したでしょうね」

つい、と片手を翳すと、それが合図であったかのように、アザゼルの背の十二の翼は全開し、それぞれの中央に眩い光が集中した。アニメやゲームで見るビーム砲の『溜め』みたいなモーションである。
狙う先にあるのはガガーリンと眉美。たとえ煙幕に遮られていようとも、遠隔視の宝具がある限り、堕天の弓兵が彼らを撃ち外すことはありえない。
あとは翳した手の指先を、ピアノを弾くように躍らせれば、それだけで十二条の光線は放たれ、少女と騎兵を消滅させるだろう──しかし。

「…………」

しかし、ここでアザゼルの胸中に迷いが生じた。このまま彼らを撃っていいのだろうか、という迷いが。
なにも、サーヴァントや一般人の少女を殺すことに忌避感を抱いているわけではない。人類を神から自立させるために聖杯を手に入れてみせると決意したその時から、己の手を血で汚す覚悟は出来ている。
では、何故、そんな彼がガガーリン達への攻撃を躊躇ったのかというと、その理由はガガーリンが纏う鎧──宝具『祖国は聞いている、英雄よ強くあれ(ロゥディナ・スリシット)』 にあった。

(あの鎧はいったい……)

アザゼルは、武器の作り方の知恵を人間に与えた逸話から、宝具級の武器すらも投影できる宝具『人よ、強く逞しく生きよ(アンリミテッド・リビング・ワークス)』を所持しており、およそ『武器』の分野においては何者にも引けを取らない飛び抜けた知識を有している。
剣に弓矢、槍に鎧と、多岐に渡る武器の情報が、その小さな頭に収まっているアザゼル──そんな彼にとって、対峙した英霊の真名を、その装備から推測することなど、呼吸をするよりも簡単に出来ることなのだ。
だと言うのに──だと言うのに、だ。
先程、眉美を抱えるガガーリンを見た時──正確には、彼が纏っている『鎧』を見た時、アザゼルにはそれが何なのかが全く分からなかった。
その鎧が、なんて名前なのか。
いつのものなのか。
どこのものなのか。
どのような機能があるのか。
所有者の名前はなんなのか。
その全てが、一つも分からなかった。
かの英雄王、ギルガメッシュ以上に、この世全ての武器の祖であるといえるアザゼルが、対峙した武器の情報が分からない──これは信じ難き事態である。
これにはアザゼル本人が一番困惑したし、だからこそ、彼は、ガガーリンのミサイル発射を許してしまうような隙を晒してしまったのであった。

(もしや、神造兵装だったのか?)

アザゼルの知らない武器があるとすれば、それは人の手で作られていない武器──すなわち星が鍛え上げた神造兵装くらいである。
そのため、そんな考えが頭に浮かんだが、即座に否定する。たしかに、あの鎧からは、未知なる何かしらの『力』を感じ取ることが出来たが、しかし、それは神霊や星に類するものではなかった。むしろ、逆に神霊のような存在を打ち砕く力すら感じられた。かつて神に仕えていたアザゼルがそう判断したのだから、間違いない。
彼がガガーリンの鎧の正体を看破できなかったのは当然のことである。
なにせ、その鎧は実際に地球上にあった武器ではなく、ガガーリンの宇宙上での偉業に対し、人々が向けた想念から生み出された、一種の概念礼装なのだから。
武器ではなく、人の想いなのだから。
聖杯戦争用に作られた、オーダーメイドの特注品である。
しかし、そんなことは知りもしないアザゼルは、未知なるガガーリンの宝具を危険視していた──そして、それと同時に有望視もしていた。
天から与えられた知恵から外れた武器を持つ英霊──それは、人類の神からの脱却に、大いに参考になる存在なのではないか?
それが聖杯戦争という試練を乗り越えた先に、人類の可能性の答えが見えるのではないか?
だからこそ、アザゼルはここでガガーリン達を退場させるのを躊躇したのである。

「…………」

暫く経ち、アザゼルは翳した手を下ろした。それと同時に、十二の翼に収束していた高エネルギーの光は無力な粒子に分解され、空気中に霧散していく。
結局、堕天使が宇宙飛行士達を撃ち抜くことはなかった。

「ここは一先ず逃がしてあげましょう──しかし、見逃しはしません」

誰の耳にも届かない呟きを零すアザゼル。

「既に目をつけましたからね──ええ、文字通り『目をつける』です……貴方が聖杯戦争をどう生き抜くのか楽しみにしていますよ、名前も知らない白銀鎧のサーヴァント」

彼を取り囲む煙幕は、既に風に流され消えていた。

「ああ、それと」

と、彼は思い出したかのように続けて語る。

「あのサーヴァントを従えていた眼鏡の少女──視力強化の魔術も、神霊からの加護も、ましてや私のような権能も用いずに、遥か遠くを見つめる『目』を持つ彼女もまた、興味深い存在でしたね。……ふふ、あの主従からは目が離せそうにありません」

いつも通りの微笑みを浮かべたのち、彼は元いた教会方向に向かって飛んで行った。

【A-6/1日目 午前1時半】

【アーチャー(アザゼル)@新約聖書&関連書籍】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:クラリスの護衛
1.グレイの思考を見極める。
2.瞳島眉美&ガガーリンの主従に注目。
[備考]
※セイバー(ジャック・ザ・リッパー)を確認しました。また、彼女のマスターがグレイであることも把握しました。
※バーサーカー(イスカリオテのユダ)を確認しました。
桂言葉サロメの主従を確認しました。
※瞳島眉美&ガガーリンの主従を確認しました。自分にとって未知の宝具を持つガガーリンに特に強い関心を抱きました。

▲▼▲▼▲▼▲

「あれ? わたしたちとは全然違う方向に飛んでいきましたよ、あのアーチャー」
「まさか煙幕が効果絶大だったとは思えないが……まあ、良い。逃げ切れたことを喜ぼう」

アザゼルが教会方向へと飛んで行ったのを確認した眉美たちは、飛行による逃避行をやめ、着地した。

「それにしても……ふふっ、マスターから聞いてはいたが、実際に見てみると、びっくりするぐらいに美しい天使だったな。アレで聖杯戦争で競う相手じゃなかったら、一日中眺めていたいくらいには芸術的に完成された美があったよ」

逃走が成功し、若干気が緩んだのだろう。ガガーリンは冗談めいた口調でそういった。

「いやいや、ライダーさんも負けず劣らずに綺麗な顔をしていると思いますよ? 霊基再臨が待ち遠しいです」
「霊基再臨ってなんだよ」

そもそもガガーリンの鎧と彼の身にかかっている呪いの性質的に、脱ぐタイプの再臨は無いとは思うが、それはさておき。

「で、これからどうするかね、マスター?」
「うーん──こういう判断は軍人のライダーさんの方が得意だと思うんですけど──とりあえず、一旦家に戻りましょう。知らないことだらけのこの冬木市において、比較的安心できる場所ですから」

ベースキャンプみたいなものですし──と。
眉美はそう提案した。
ガガーリンもそれに賛同する。
アーチャーの脅威が去った今。一旦拠点に戻り、集めた情報を整理する必要があるように思われたからだ。
帰りも飛んでいくのかと思った眉美だが、緊急時でもない限りあのような目立つ移動手段は控えるべきだとガガーリン。
なので、帰りは徒歩になった。
霊体化したガガーリンと共に夜道を歩きながら、眉美は考える──先ほど遭遇したアーチャーのことを。
初っ端から眉美達に殺意の高い攻撃を放ってきたことから、彼が聖杯狙いのサーヴァントであるのは間違いないだろう──つまり、彼、あるいは彼を従えるマスターには聖杯を手に入れる理由が、願いがあるわけだ。

(願い、か……)

一方、眉美達の主従には聖杯を手にしなければならない理由はない。
本来ならば、こんな聖杯戦争に呼ばれるのがおかしい主従なのだ。先ほど他主従を観察するフィールドワークを行なっていたのも、身の回りの安全を守るために、情報を仕入れておこう程度の意味しか持っていない。
これは、何も眉美が願望一つない無欲な人間だからではない。たとえば、良すぎる視力をどうにかしたいとは常々思っているし、小さな願いもあげればキリがないだろう。彼女は欲深い人間なのだ。
では何故、聖杯に託すような願いはないのかというと、ただ単に人を殺してまでして叶えるような願いは美しくないと思っているからである。

(『願いを叶えるために努力するのは美しい。ただし、そのために流すべきなのは血ではなく、光り輝く汗と涙であるべきだと思うよ』──きっと、団長だったらそう言うのかな)

団長──美少年探偵団の美少年たちを束ねるリーダーにして『美学のマナブ』のことを思い出す眉美。
探偵団には、四つの団則がある。
一、美しくあること。
ニ、少年であること。
三、探偵であること。
四、団(チーム)であること。
たとえ見ず知らずの世界に連れてこられたとはいえ、団則の一つである『美しくあること』から外れるような真似は──美しくない行為をするわけにはいかないのだ。

(まあ、団則を守るというならば、『団(チーム)であること』からしてもう守れてないんだけどね。ここにいるのはわたし一人だけだし)

隣で霊体化しているライダーを含めても、団(チーム)ではなく組(ペア)だし。

(『少年であること』は……うーん、まあ元から限りなくアウトに近いグレーだったようなものだったしね)

ちなみに、今現在の眉美のファッションは男側──つまり男装した状態である。
これは普段通りの格好をしていた方が落ち着くからというのもあるが、もう一つ別の理由がある。それは、男装することによって、もしも他主従と遭遇した際に己の性別を誤認させるというものだ。
何ヶ月もやり続けているだけあって、眉美の男装は結構クオリティが高い。服が濡れて下着が透けでもしない限り、どこぞの吸血鬼擬きの青年から女子だと気づかれないくらいである。

(そしてもう一つの団則は『探偵であること』──ん?)

探偵──探り、偵う者。
事件を解決する者を指すその言葉に、眉美はある気づきを得る。

『……ライダーさん』

そして、その気づきを伝えるために、己の従者に念話で声をかける。

『どうかしたかね、マスター』
『あのアーチャーの光の攻撃って、狙われたのがわたし達だったから避けられましたけど、他の主従……ましてや、一般人だったらそうもいきませんよね?』
『ああ、そうだな』
『それだけじゃありません。一昨日の事件を例にあげるまでもなく、この町では破壊や、殺人や、失踪が──事件が起きています』

だったら、と眉美は言葉を続ける。
これまで曖昧なままだった聖杯戦争における己のスタンスがようやく固まったことを実感しながら、言葉を、紡ぐ。

『だったら、事件に対するカウンターが──探偵という存在が必要ですよね。今の冬木市で起きてる大小様々な事件──それら全てをひっくるめた『聖杯戦争』という謎を解き明かす存在が』

聖杯という特上の美を持つ謎を、美しく解決する存在が必要である──と、彼女はそう考えたのだ。
眉美の考えを受け、ガガーリンは暫く黙った後、口を開いた。

『……つまり、聖杯戦争で勝ち抜く勝者ではなく、イベントそのものに秘められた謎を解き明かす探偵に、自分がなると──君はそう言いたいのだね?』
『はい!──と力強く言いたいところですけれど、わたし一人じゃとても無理ですよね』
『私が付いていても無理だろうな。なにせ、『参加者たちには戦争をもって潰しあってほしい』という主催側の期待を大いに裏切ることに──イベントの意義そのものを台無しにすることになるのだ、下手をすれば討伐令を出されるかもしれんぞ?』
『ですよね。だからそのためにも、まずは協力してくれる人を探すのはどうでしょう?』

まさか、聖杯に託す願いらしき願いがろくにないのに、冬木に呼ばれた参加者が眉美一人だけであるとは考え難い。きっと、他にも似たような境遇の者は居るはずだ。もしかすれば、もう既に聖杯戦争を解決すべく動き出している者だっているのかも……流石にそれは楽観視が過ぎるかもしれないが。

『そういう人を探してチームを組み、聖杯戦争を解決する……そういうスタンスって、どうですかね?』

みんなで協力して、誰も死なずに万事解決のハッピーエンド。
そんな、夢物語みたいな展開など、常識のある大人なら、考えすらしまい。
しかし眉美は大人ではない──常識になんて目もくれず、美しいものを追い求め、見続けんとする、美少年探偵団の一員である。
だからこそ、彼女が提案したその意見は、彼女が取れる行動の中で、もっとも美的で、もっとも少年的で、もっともチーム的で、そしてもっとも探偵的な意見なのであった。

(続く)


【A-6/1日目 午前1時半】

【瞳島眉美@美少年シリーズ】
[状態]魔力消費(小)、眼球疲労(中)
[令呪]残り3画
[虚影の塵]有(一つ)
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]年相応。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の解決
1.情報の収集。
2.自宅に戻る。
[備考]
※同時刻に目立つ戦闘をしていた主従は大体視認し、外見とステータスを把握しましたました。ただ、途中でアザゼルの乱入があったので、全部見れたわけではないと思います。どれくらい確認できたかは後の書き手さんに任せます。
※A-6から離れたエリアに移動し、自宅に戻って居る途中です。どちら側に飛んでたのかや、自宅の位置は後の書き手さんに任せます。


【ライダー(ガガーリン)@史実】
[状態]霊体化、魔力消費(小)
[装備] 『祖国は聞いている、英雄よ強くあれ(ロゥディナ・スリシット)』
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの護衛
1.マスターの家に戻る。
[備考]
※アーチャー(アザゼル)を確認しました。

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最終更新:2018年07月26日 14:33