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チェンジ・ザ・ワールド☆
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チェンジ・ザ・ワールド☆

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 翌日の昼、比奈は病室で身支度を整えて椅子に座って赤城が来るのを待っていた。

 足も怪我をしているので、普通に歩くのがちょっと難しい。骨に異常がある訳ではなかった為、数日すれば痛みも引くと言われたのだが、昨日の今日では立っているのも痛い。

 仕事に支障が出てしまう事に申し訳なさを感じ、朝から会社に電話をして編集長に何度も謝った。

 怪我は事故だし、比奈の責任ではないのだが、熱があっても会社に出社する比奈にしてみれば悔しいという思いも強かった。取りあえず今日行なう予定だった自分のスケジュールをチェックし、自宅で出来る仕事を整理していると、ノックが鳴った。

「あ、はい!」

 顔を上げると同時に病室に入ってきたのは、赤城と見知らぬ女性だった。

「準備出来た?」

「あ、うん……」

 赤城の後ろからやってきたのは、小柄で可愛らしい女性。すぐに比奈の前にやって来て笑顔で挨拶をする。

「こんにちは、海野さん。私は阿部翔子です。ここの病院でレントゲン技師をしています」

「あ、こんにちは」

 レントゲン技師が一体何故ここにいるのか。比奈は赤城に視線を向ける。

 一瞬赤城は困ったような顔をして、比奈の荷物を持ち上げながら阿部翔子という女性を紹介した。

「彼女、僕の婚約者なんだ……」


 婚約者ーーー


 ズキンッ!!!


 比奈は強烈な頭痛を感じた。

 昨日、照明の下敷きになった時とは全く異質の痛み。

「あ、そうなんだ。初めまして。赤城君とは高校の時の知り合いなんです」

 それなのに、比奈は笑顔で翔子と会話をしている。

 頭の中は混乱しているはずなのに、別の自分が冷静にそれに対処している。まるで誰かが自分を操っているかのようだ。

「昨日、一雪さんから海野さんの事を聞いて、今日送って行くと言うんで私もお手伝いをしようと思って」

 一雪さん……

 ただ赤城の名前を彼女が言っただけなのに、比奈はひどく疲れを感じた。

 ほんの少し笑顔が引きつっている感覚がしたが、取りあえず頭を下げる。

「わざわざありがとうございます」

 立ち上がる比奈に手を貸しながら、翔子は可愛らしい顔で笑った。

「それじゃ行きましょうか」













 車の中での会話など、一切覚えていなかった。

 どこの高校出身だとか、大学はどこだとか、他愛無ない話しをしていたはずだ。

 自宅まで送り届けてもらい、丁寧に礼を言って別れた。

 それから比奈は、ずっと自室のベッドの上から動けずにいた。

「ーーーもう何年経ってると思ってるのよ。私の馬鹿。赤城君はカッコいいし、お医者さんなんだもん……婚約者がいたって全然おかしくないじゃない」

 予想はしていても、やはり現実を見るとそのショックは大きいものだ。

 独り言をつぶやきながら、止まらない涙が憎くてたまらなかった。

 二人はとてもお似合いだ。

 赤城との思い出と言えば、くだらない意地の張り合いや言い合いばかり。

 ドラマのような出会いだとか、偶然の再会に心を躍らせていたのも、若かったからなのだろうか。

 もしかしたら、自分が赤城に抱いていた好きだという感情は、偽物かもしれない。

 思春期の頃に体験した珍しい出来事に、恋をしたと錯覚していただけなら、この苦しい気持ちもすぐに和らぐはずだ。

 ごそりと体を横に向けると、床に放り投げていた携帯が鳴り出した。

 画面には志波の名前が表示されていて、比奈は慌てて携帯に出る。

「も、もしもしっ?」

『もしもし、志波だ……どうした? 泣いてるのか?』

 たった一言で、志波は比奈が泣いている事に気付いたらしい。

「だ、大丈夫だよ。それより志波君こそどうしたの? 今日、シーズン最後の試合でしょ?」

 リーグ優勝を早くに決めていた志波のいるチームは、今日がペナントレース最後の試合日だ。時間的にもそろそろ練習が始まる頃で、そんな志波からの電話に比奈は驚いた。

『なんとなく、お前の声が聞きたかった』

 そう言う志波は、比奈が怪我をした事を知らない。言って余計な心配をかけたくなかったし、もし知れば試合そっちのけでやってくるかも知れない。

 だがまるでどこかで見ているようなタイミングで電話をかけてきた志波に、比奈はなんだか嬉しくなった。

 つい先ほどまで止まらなかった涙が、今は止まっている。 

『ーーー今日、必ずホームランを打つ。そして勝つ。クライマックスシリーズも優勝して、完全優勝する。お前に約束する……』

「うん……」

『だから、テレビで応援しててくれ』

「もちろん! 応援してるから。頑張って、志波君」

『ああ……じゃ、また電話する』

「うん」

 電話を切って体勢を立て直すと、比奈はしばらく携帯をながめて気合いを入れた。

「ーーーうん。よしっ! 志波君を応援するぞ!」

 志波の応援をしている間、赤城の事を忘れられる。そう思いながら。













〜〜〜



 比奈の応援の甲斐あってか、志波のチームは見事最終戦も勝ってクライマックスシリーズへと入ることになった。

 まだしばらくは試合が続くため、比奈はそれまでにきちんと心の整理をつけようと決心した。

 いつまでも過去に縛られていてはいけない。

 竜子は自分が身を引く事で前へと進み出した。

 自分も、前へと踏み出す時が来たのだ。

「おい、海野! この企画書は何だ!? これじゃあ主題のコンセプトがクライアントに伝わらないだろうがっ! もう一回作り直せ!! この馬鹿っ!」

「すみませんっ!」

 怪我もすっかり回復し、会社で相変わらず叱られながら書類の訂正をしていると、近くの席の内線を受けた同僚がこちらを向いた。

「海野~。お前に客だってよ」

「え? 客?」

 編集長から突き返された企画書を握りしめ、首を傾げる。

「ロビーで待たせてるってさ」

「あ、うん。あのっ、すみません編集長! すぐに戻ってきます!」

「10分以内に戻って来なかったら、お前の企画ボツにするからな!」

「はいっ!!」

 比奈はダッシュで編集部を飛び出すと、エレベーターで1階のロビーまで降りて行った。

 ロビーはさほど広くないため、エレベーターを降りてすぐにソファが見える。

「あっ……」

 驚く比奈の目に映ったのは、赤城の婚約者である阿部翔子の姿だった。

「阿部さん、どうかされましたか?」

 あの日、突然赤城の婚約者だと紹介された日に比べると随分落ち着いて対応出来た。

 相変わらず自分とは正反対で可愛らしい翔子の姿に、比奈は胸を痛める。

 頭を下げ、翔子はゆっくりと比奈と視線を合わせた。

「急にすみません。どうしても、あなたとお話がしたくて……」

「私と……? あ、取りあえず、座りましょうか」

 そう言って翔子にソファに座るよう促し、脇に設置してある自動販売機でお茶を二つ買うと、比奈は翔子と向かい合うように座った。

 しばらく無言が続き、10分以内に戻れるだろうかと心配し始めた時、翔子が口を開いた。

「あの、私……一雪さんと最近婚約したばかりなんです」

「へえ、そうなんですか」

 そんな話しをされても、どう返事をして良いか分からない。

 取りあえず適当に相づちを打ち、ペットボトルのお茶を飲む。

 どういう訳か、お茶が不味い。

「お付き合いを始めたのは一年ほど前で、父の紹介でした……私の父ははばたき総合病院の理事をしていて、一雪さんの事をとても気に入っているみたいなんです。それで、私と結婚させようとーー」

「お父様が、ですか」

 大病院ではよくある話しだ。赤城はこの翔子と結婚すれば、将来の理事長という事になる。

 出世街道を迷う事無く突き進めるのだし、翔子は誰が見ても可愛らしいのだから断るなどまずあり得ない。

「でも最初はなかなか一雪さんは交際に承諾しなかったんです」

「えっ? どうしてですか?」

「ーーー好きな人がいるから、と言って」

「へえ」

 ドキリとした。

 まさか、その相手は自分ではないのか?

 比奈は翔子の口元をじっと見つめ、次の言葉を待った。

「でも、父と私がしつこく頼んだんです。出世の事とか、色んな餌をちらつかせながら、何度も何度も……それで、あんまりしつこく頼んだんで、一雪さんが折れる形になってお付き合いが始まったんですけど、それでも結婚となると絶対に首を縦に振ってくれませんでした」

 よほどしつこく頼んだのだろう。赤城は優しいから、さすがに理事長に何度も頭を下げられて断る事に良心が傷んだのかもしれない。

「それが、一月ほど前、急に結婚してもいいって言い出して……理由を尋ねたんですけど、教えてくれませんでした」

「そうなんですか……どうしたんでしょうね?」

「……海野さんならご存知かと思ったんですけど、一雪さんから何も聞いてませんか?」

「えっ? 私がですか? いいえ、何も知りませんよ! どうして私なんですか!?」

「だって、一雪さんから最近海野さんのお話を良く聞くから、仲が良いと思って」

 まさかの展開に、比奈は慌てて首を振る。

 どうしてつい一月ほど前に数年振りに偶然再会した自分が、赤城の恋愛事情に精通しているだろうか。

 ーーーえ? 一月ほど前?

 比奈は動きを止め、赤城と再会した時の事を思い出す。

「やっぱり何かご存知ですか?」

「え? いや、知ってはいないんです。ただ……赤城君は優しい人だから、何故結婚をする気になったのかとか、そんな事知らなくてもあなたの事を大切にしてくれますよ」

 考えるのをやめた。

 考えても仕方のない事だし、赤城は自分の幸せを見つけたのだ。

 素直な気持ちで翔子にそう言うと、比奈は立ち上がった。

「お役に立てず、すみません。そろそろ戻らないと、上司がカンカンなんです」

「あっ! 私ったら、すみませんでした。お忙しいのに呼び出したりして」

「いいえ。是非、結婚式には呼んでくださいね。これ、私の名刺です」

 ポケットから名刺を取り出し、翔子に手渡す。

 笑顔で別れを告げ、エレベーターに一人乗り込むと、比奈はくすりと笑った。

 もう、大丈夫。人は忘れる生き物だ。辛い事も時が経てば少しずつ薄らいで行く。

 目を閉じるとまず浮かんで来たのは志波の顔。

 甘えてもいいのだろうか。思い切り、あの大きな腕の中で泣いてもいいのだろうか。










                                続く…







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