チェンジ・ザ・ワールド☆
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翔子と別れた後、企画書を作り直していた比奈はすっかり遅くなってしまい、終電を逃してしまった。
歩いて帰れないほどの距離ではない……と、自らに言い聞かせ、とぼとぼと静かになった街を一人歩く。
「あ~あ、どうしてこう要領悪いかなあ」
ぼやいた所で携帯の着信音が鳴り響き、緩慢な動作でバッグから取り出した。
「……え」
電話は赤城からだった。
緊張が走り、比奈は恐る恐る電話に出る。
「もしもし……」
『もしもし、赤城だけどーーー』
なんとなく暗い声音に、比奈は昼に翔子と会った事を思い出す。
「うん、どうしたの?」
『今、大丈夫?』
「え?」
『電話、僕と話しても大丈夫?』
「あ、ああ! うん。全然大丈夫。帰り道だから」
大きな通りとはいえ、やはり人気の少なくなった辺りを見回し比奈は答える。
『今から、会えないかな?』
「今、から? どうして?」
驚いて思わず足を止めた。
携帯を握る手が微かに震えている。
『話しがあるんだ』
「電話じゃ駄目なの?」
『会って話したいんだ……』
赤城の口調は真剣だった。比奈は断れず、思わず頷く。
「別にいいけど……」
『車で行くよ。今どこ?』
それから比奈は現在地を説明し、赤城がやってくるまでの間近くのベンチに腰掛けて色々な事を考えた。
ずっと好きだった赤城と偶然再会し、昔の自分のした事を謝った。
まだ好きだと伝えようと決心した時、赤城の婚約者の存在を知り、諦める事がやっと今日出来たというのにーーー
本当に赤城と会ってもいいのだろうか?
断った方が正解だったのではないか?
あまりに必死に考えていた為に、赤城がクラクションを鳴らすまでまったく周囲の様子に気付かなかった。
車の運転席から降りてきた赤城は、比奈を見た途端道の真ん中で抱きしめた。
「ちょっ、ちょっと赤城君っ!?」
動揺する比奈に、赤城はますます腕に力を込めて動きを封じると、
「ーーー好きだ」
そう、呟くように言った。
何を言っているのか、一瞬理解出来なかった。
「ずっと、ずっと君の事が好きだった……こうやってまた会えるなんて、思ってなかった」
暖かい赤城の体温を感じながら、比奈は一筋涙が頬を伝うのを感じた。
「翔子さんがいるのに、駄目だよ、そんな事言ったら……」
「でも僕が好きなのは君だけだ! 彼女の事は嫌いじゃない。すごく良い子だしーーだけど違うんだ! 僕はずっと後悔してた。どうしてあの時、君に連絡先を聞かなかったんだろう。どうして君を追いかけなかったんだろうって。後悔しても遅かったけど……それでもまたこうして会えた。もう、後悔したくないんだ!」
「赤城君……」
自分も同じ気持ちだった。だが、ほんの少しタイミングが悪かった。
「あの時偶然男に絡まれている君を見つけた時の僕の気持ちが分かるかい? そして君から電話がかかって来た時の気持ちが……一緒に食事をしている間なんて、何を話したか覚えてないくらい緊張してたんだぜ? ーーでも、君の彼氏が迎えに来るんだもんな。びっくりしたよ」
ふと赤城の力が緩み、比奈は赤城の腕から逃れて首を横に振る。
「ち、違うよっ、志波君は高校の時からのお友達で、あの時は本当に偶然会っただけなの!」
「えっ?」
比奈の言葉に、赤城は目を丸くする。
「そんな……じゃあ、僕はーーー」
カクンと首を落としすぐに体を震わせると、赤城は地面に向かって何度も言葉を落とした。
「馬鹿だ……僕は本当に馬鹿だ。君の彼氏だって勝手に思い込んで落ち込んで、翔子のプロポーズを受けてしまった」
そこで比奈は翔子が言っていた言葉の意味を理解した。
赤城が突然結婚を承諾したのは、志波が比奈の彼氏だと勘違いしたからだったのだ。
「海野さん」
名前を呼ばれ、比奈は顔を上げた赤城を見つめる。
「もう、僕の事は何とも思ってない?」
「あ……」
「僕はまた同じ間違いを犯す所だったよ。君に傍にいて欲しいんだ……婚約は解消する。だから、僕とーーー」
「待って!」
言葉を遮り、比奈は赤城の腕を掴んだ。
「前に進もうよ。いつまでもあの頃のままじゃ、駄目なんだよ」
「海野さん?」
「もしここで私が赤城君に返事をしてしまったら、翔子さんはどうなるの? 赤城君の事、すごく好きなんだよ? 今日だって私の会社に訪ねて来たくらいなんだから……それに、ね……私も、たくさんの人を傷付けてきたんだ。だからもう、我が儘なんて言えないよ。高校生の時とは違う、別の後悔をまたしないといけなくなるなんて、辛いもんーーー」
頭の中を竜子や志波、佐伯達の顔がグルグルと回る。
赤城との事で悩んで、傷ついて落ち込んで、何年も引きずってきた所為で多くの人に迷惑をかけてきた。
心を揺らされてはいけない。
「私もね、ずっと赤城君の事が好きだった……だけど、タイミングがずれちゃったね。私の所為だーーーごめんね。それから、ありがとう。私の事を好きでいてくれて、本当に、ありがとう……私も幸せになるから、赤城君も翔子さんと幸せになって! お願い、彼女を悲しませないで欲しいの!」
必死で訴える比奈に、赤城は苦しそうに顔を歪めながら目をつぶった。
「ーーー僕の所為だ。ごめん……僕が、意気地なしだったから、こんな……」
「違うよ。もうやめよう? 私たち、子どもだったんだよ。後悔しても過去には戻れない。苦しくても、辛くても、前に進むしか出来ないんだもん……ねえ、赤城君。ここからが本当のスタートにしよう」
目を開けて比奈と視線を合わせ、赤城は目の前に差し出された比奈の手を握る。
「笑って? 翔子さんに、結婚式は呼んでくださいってお願いしたんだから。だから、笑ってよ」
「……分かったよ。君は意地っ張りだからな。一度言い出したら聞かないって知ってるし……」
「もうっ、また一言多い!」
ぎゅっと握られた赤城の手を握り返し、比奈は笑った。
吊られて赤城も笑顔になる。
そうだ、この笑顔が好きなんだ。
お互いそう思いながら、しばらく握手を交わした。
笑いが治まり、一瞬の沈黙が訪れると、どちらからともなく手を放す。
「一人で帰れる? 送ろうか?」
路肩に止めた車を指す赤城に首を横に振る。
「ううん、大丈夫。運動不足解消の為に歩いて帰る」
「でも、一人じゃ危ないよ。最近物騒だし、怪我も治ったばかりだろ?」
「怪我はもう平気。それに男の人と二人きりで車になんて、危なくて乗れないもん」
「ははっ、それもそうか。僕は君が好きだしね。何されるか分からないもんな」
「もう、どうして一言多いかな…………えっと、じゃあ、また、ね」
ぎこちなく言った「またね」という言葉に、赤城は苦笑する。
「……また会ってくれるの?」
「またっ……友達としてならね」
「海野さんって、本当に酷いなあ。泣けて来る……でも、そういう不器用で真っ直ぐなキミが好きなんだけどね」
「不器用で悪かったですね。私だって自分の駄目さ加減に泣けて来るよ。じゃあね、おやすみっ!」
言い終わると同時に比奈は走り出した。これ以上赤城の前で平静を保てなかったのだ。
走りながら、子どものように涙を流した。
赤城君の馬鹿っ! 馬鹿馬鹿っ!!! 大好きだったのに! 何で? 何でよっ!?
何故こんな事になってしまったのだろう。
自分が落としてしまったたった一枚のチケットから、こんなにも歯車が狂ってしまった。
情けなさと悔しさで、涙は止まらなかった。
続く…
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