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始まりは突然に・No.5

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始まりは突然に











 その後、会社のあちこちを社長に案内してもらっていたのだけれど、さすがにタイムリミットがやってきて社長は昼前には自分の仕事へと消えて行った。


「明日からが楽しみだな」


 そう言い残して。

 社長がいなくなってからは、社長秘書の川島さんという男性が私を案内してくれた。あまりの会社の大きさに見て回るだけで1日経ってしまった。

 1日中歩きまわって疲れてもいたし、緊張で神経も疲弊しているのを感じたけど、同時にムクムクとモチベーションもあがっていた。やっぱり美成堂という会社は素敵だった。あそこにいるだけで、女の子なら誰もがワクワクしてしまうと思う。

 ずっとあの会社にいられるように、努力あるのみ! となったら早速もっと勉強しておこう! と、帰りに私は本屋さんへと立ち寄る事にした。

 だってよく考えたら私の知識って、カレンや雑誌やデパートの美容部員さんからのアドバイスくらいなのよね。もっともっと勉強しないと。

 営業にしろ、写真にしろ、音楽にしろ、何をするにも知識が無ければ役には立たない。それぞれで素人と言われて腹が立ったが正論だ。どの部署にするかはまだ決めかねているけど、取りあえず雑誌を買って損は無いはずだ。

 本屋に到着するとフロアをうろうろとしながら、やっと目当ての美容系雑誌を探しだして、棚から取り上げようと手を伸ばした時だった。


「あ、すいません!」


 横から伸びて来た別の手とぶつかり、慌てて謝罪する。


「いえ、こちらこそ」


 帰って来た声は男性で、声の方へ視線を向けるとスタイルの良い男性が申し訳なさそうに私に向って頭を下げていた。顔をあげた男性と視線がぶつかる―――うわ! イケメンさんだぁ……。今日は何だかイケメンづいてるわ。でもこの人は美成堂の人達とは違って、見るからに優しそう……。男の人なのにこういう雑誌に興味あるのかしら? とか、彼女に頼まれたのかな? なんて、無意識にそんな事を考えていると、そんな心情を読み取ったかのように男性は少しだけ恥ずかしそうに口を開いた。


「あ、実は僕――化粧品メーカーで働いてるんですよ。で、よくこういう雑誌もチェックしてるんです。そっちの趣味の人間じゃないですからね」


 そう悪戯っぽく笑った男性に、私は胸が騒ぐのを感じた。


「い、いえっ、そんなっ」


 思わず両手をパタパタと振って、その場をごまかす。やだ、私ったらあからさまに顔をじっと見たりして……恥ずかしいっ! でも、そっか。お仕事なんだ。心のどこかが、少しだけふっと力を抜く。

 そんな私の様子に安心したかのように、男性は言葉を続けた。


「あの――良かったら色々教えてくれませんか? 今、欲しい化粧品とか。興味のある美容法とか」

「え……」


 男性の突然の申し出に驚きを隠す事すら出来なかった。


「ああっ、すいません! ぶしつけでした! 僕、そういう事を聞ける女性が周りにいなくて……会社の人間に聞いてはどうしても社内びいきの結果になってしまいますし、マーケティングの結果もどうも生の声っていう感じがしなくて」


 一生懸命そう伝える男性の顔は真剣そのもので、内に人柄の良さを感じた。私は自然ににっこりと微笑んでいた。


「いいですよ。私でよければ」

「ほ、本当ですか!? 良かった! あ、申し遅れました! 僕は白波瀬 陽(しらはせ よう)っていいます!」

「私は葉月水那です」


 化粧品業界の中で、こうして熱心に勉強をしている白波瀬さんに、私も良い刺激を受けられそうな気がする。そんな期待に胸を膨らませながら、私は白波瀬さんと互いの連絡先を交換した。その後二人で雑誌を見比べながら、それぞれ目的の雑誌を手にすると、本屋さんの前で別れたのだった。

 うん、なんだかワクワクしてきた! よーっし! 頑張るぞー!











〜〜〜








 「ただいまー」


 家に帰り、色々な事が一度に起こった慌ただしい1日だったなぁ、なんて思い返しながら部屋に入ると、見計らったように携帯が鳴った。この着信音はカレンからだ。躊躇いもなく通話ボタンを押すと、聞きなれた声が耳に届いた。


『やっほー! どうだった? 1日目は?』


 想像していた通りの声に、心が安堵の息をつく。


「カレン~~。もう何か圧倒されちゃったよー」


 今日初めて正直な気持ちを吐露する。圧倒されっぱなしっていうか、圧かけられまくりというか……。


『ははは。そうだよね~。ででで、どこの部署に配属になったの? うちじゃないみたいだけど』

「それが候補が3つあって、自分で選べって……。明日には社長に希望を出さなきゃいけないの」

『へぇー。で、どの部署?』

「営業部と写真部と制作部」

『……また個性的なトコね~』


 カレンでもやっぱりそう思うんだ。そうだよね、皆個性的だったもんね……。

 春日さんや市来さん、明月院さんの顔を思い出しながら、私は勢いよくベッドに突っ伏した。


「あー、もうどうしようっ!」

『頑張るしかないわね。応援してるっ』

「他人事だと思って~~! あ、でも今日イイ事もあったんだ~」

『へぇ~、なによ?』


 帰りに本屋さんで会った白波瀬さんとのやり取りを思い出し、今度は顔がニヤケて来た。


「んふふ。内緒! でもね、すっごい優しくてカッコイイ人だったなぁ~」

『ちょっと! イイ男の情報ならすぐに吐きなさいっ! うちの社の人間!?』

「今日会った美成堂の社員で優しい男の人なんて一人もいなかったわよ!」

『でしょうね……って、じゃあ誰よ!』

「だから内緒~」

『ケチ~! いいわ、今度じっくり聞き出してあげるから』

「あははは」


 何気ない会話だけど、カレンは本当に私の事を心配してくれてるんだな、なんて女同士(?)の友情に熱いものを感じて、顔が自然に和らいでいく。


「ありがとね、カレン」

『ん~? ま、なんかあったらいつでも電話してきなさいよ。会社でもどこでも飛んでってあげるから』

「心強い!」

『腕っぷしも強いし~? なんてね、ははは~。じゃ、また電話するね~』

「うん、おやすみー」


 電話を切ると、色んな事がめまぐるしく起こって昂ぶっていた神経が、すっと落ち着いているのを感じた。カレン効果絶大って感じ。携帯を置いて買ってきたばかりの雑誌に手を伸ばし、どの部署へ行くか真剣に検討を開始する。

 夢じゃないし、ドッキリでもない。私は美成堂の社員として働いて結果を出さなきゃいけないんだ。何でもやるって言った。けど、本当に私に出来る事って何?



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