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韓国学の小径
震檀学報 21-40
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韓国
>震檀学報
『震檀学報』40、1975.12
金載元「長沙の前漢墓発掘について:馬王堆一号古墳」
李基白「新羅初期仏教と貴族勢力」
李基東「新羅中古時代血族集団の特質に関する諸問題」
洪承基「高麗時代の工匠」
朴良圭「尊称体言の統辞論的特徴」
金㶅東「陸史李源禄研究」
崔在錫「都市中流アパート地域の近隣関係」
邊太燮「高麗史編纂における客観性の問題:高麗史評価の肯定的視角」
閔賢九「高麗史に反映された名分論の性格」
金烈圭「高麗史世家に現れた「神聖王権」の意識」
「討論速記録」
『震檀学報』39、1975.6
尹武炳「無文土器型式分類試攷」
金理那「慶州掘仏寺址の四面石仏について」
李光麟「徐載弼の『独立新聞』刊行について」
李崇寧「中世国語の「것」の研究」
李相澤「開化期叙事歌辞試攷:生朝感旧歌を中心に」
金烈圭「現実文脈の中の仮面劇」
『震檀学報』38、1974.12
李丙燾「百済七支刀考」
金元龍「伝茂朱出土遼寧式銅剣について」
李龍範「瞻星台存疑」
安輝濬「安堅とその画風:『夢遊桃源図』を中心に」
宋賛植「三南方物紙貢考(下):貢人と生産者との関係を中心に」
金完鎮「音韻変化と音素の分布:唇軽音「ᄫ」の場合」
姜信沆「翻訳老乞大・朴通事の音系」
李承旭「動詞語幹形態素の発達について」
崔信浩「文学理論に現れた「気」について」
李佑成「三国史記の構成と高麗王朝の正統意識」
李龍範「三国史記に見える対外関係記事:特に北方民族について」
李基文「言語資料として見た三国史記」
「討論速記録」
『震檀学報』37、1974.6
許善道「「制勝方略」研究(下):壬辰倭乱直前防衛体制の実相」
宋賛植「三南方物紙貢考(上):貢人と生産者との関係を中心に」
鄭然粲「小学諺解校正庁本の傍点表記:声調の変化とその様相」
蔡壎「星海李益相論」
崔在錫「朝鮮前期の家族形態」
『震檀学報』36、1973.12
閔賢九「月南寺址真覚国師碑の陰記についての一考察」
許善道「「制勝方略」研究(上):壬辰倭乱直前防衛体制の実相」
李崇寧「小学諺解の戊寅本と校正庁本の比較研究」
李基文「18世紀の満州語方言資料」
李秉根「東海岸方言の二重母音について」
閔泳珪「一然の禅仏教:新羅と高麗の九山禅門は南宗ではなく北宗だ」
金烈圭「三国遺事所載神話の一考察:特に誕生主旨を中心に」
李基白「三国遺事の史学史的意義」
「討論速記録」
『震檀学報』35、1973.6
李泰鎮「士林派の留郷所復立運動(下):朝鮮初期性理学定着の社会的背景」
金完鎮「国語語彙摩減の研究」
金㶅東「李相和研究(下)」
車柱環「東坡詞研究」
金泳謨「韓国社会の教育機会についての社会階層的分析」
『震檀学報』34、1972.12
李泰鎮「士林派の留郷所復立運動(上):朝鮮初期性理学定着の社会的背景」
李龍範「李瀷の地動論とその論拠:附:洪大容の宇宙観」
姜信沆「四声通解の音系研究序説」
李翊燮「江陵方言の形態音素論的考察」
李㶅東「李相和研究(上)」
崔在錫「農村の班常関係とその変動過程」
『震檀学報』33、1972.6
李基白「新羅五岳の成立とその意義」
李丙燾「光海朝の遷都論と京内両闕創建について:図讖思想の影響」
李光麟「金玉均の「甲申日記」について」
李鉉淙「湖南学会について」
安秉禧「壬辰乱直前国語史資料に関する二、三の問題について」
李在銑「新小説の叙述構造論試考:李朝小説との対比的観点から」
金泳謨「韓国社会の権力支配層の社会的背景に関する研究」
『震檀学報』32、1969.12
李龍範「処容説話の一考察:唐代イスラム商人と新羅」
李鉉淙「合併後在韓各国居留地撤廃考」
南天祐「石窟庵において忘却されている高度な新羅科学:復元平面・方位・採光の方法及び封土有無の問題を中心に」
李崇寧「「皇極経世書」の李朝後期言語研究への影響」
李基文「中世国語音韻論の諸問題」
鄭然粲「「龍飛御天歌」傍点異動辯」
金允植「韓国新文学における他郷の影響について」
崔在錫「韓国農村家族の役割構造」
『震檀学報』31、1967.12
李基白「高麗史兵志検討」
李鉉淙「旧韓末外国人居留地の種別と性格」
金完龍「丹陽安東里石擴墓報文:附未刊石壞墓三例」
坪井良平「伝上元寺鐘考」
李崇寧「声調体系の崩壊過程の考察:主に成宗時代から16世紀までの文献の声調表記の変遷を中心に」
李基文「蒙学書研究の基本問題」
兪昌均「東国正韻式漢字音の基層についての試論」
李海英、権泰焕、金晋均「家族価値変容に関する一考察:中間都市、利川邑を中心に」
文丞珪「韓米両国の農村家族内における議事決定と「アノミア(Anomia)」」
李効再「韓国結婚制度を通じて見た変動の類型」
李丙燾、李崇寧、金載元、李煕昇、趙明基、韓㳓劤、金元龍、全海宗、李海英、黄性模「想白李相佰博士追悼座談会速記録」
『震檀学報』29・30、1966.12
編集部「斗渓李丙燾博士略歴」
金載元「松林寺磚塔」
金元龍「天安市鳳龍洞山上無文土器遺跡:石英岩打製石器紅陶・櫛文土器・無文土器の結合」
尹武炳「韓国青銅短剣の型式分類」
李龍範「高麗時代の偽暦について」
Woo-sung Lee「高麗末期羅州牧居平部曲について:鄭道伝の謫居生活を通じて見た部曲の内部関係」
韓㳓劤「勲官「検校」考:その淵源から起論し鮮初整備過程に終わる」
李載龒「朝鮮初期の土官について」
柳永博「世宗と社会政策:荒政とSozialpolitikの接近可能性の検討」
金斗鍾「壬辰倭乱後の活字印本:実録字と訓練都監字」
李鉉淙「大韓自強会について」
姜晋哲「韓国史の時代区分についての一試論」
閔斗基「中国の伝統的政治像:封建君権論議を通じて」
全海宗「清代韓中朝貢関係綜考」
高柄翊「近世中韓日の鎖国(上)」
李崇寧「詩歌に現れた植物名の語彙論的考察」
姜信沆「李朝初期訳学者に関する考察」
金芳漢「国語の系統研究における諸問題点」
金完鎮「続添洪武正韻について」
俞昌均「「象形而字倣古篆」について」
李杜鉉「韓国民俗誌:鳳山仮面劇」
金載元、尹武炳「[資料紹介]大邱晩村洞出土の銅戈・銅剣」
『震檀学報』28、1965.12
李光麟「アメリカ軍事教官の招聘と練武公院」
李龍範「成釴の蒙古牛貿入と枝三・南草」
金完鎮「原始国語母音論に関係した数三の課題」
兪昌均「東国正韻研究:其二、九十一韻の成立とその背景」
崔在錫「韓国人の家族意識の変容」
『震檀学報』25、1964.12
李丙燾「高句麗の一部遺民に対する唐の抽戸政策」
李基白「新羅執事部の成立」
安啓賢「新羅僧憬興の弥勒浄土往生思想」
韓㳓劤「世宗朝における対仏教施策」
李相佰「「賤者随母」考:良賤交婚出生者の身分帰属問題」
全海宗「承政院攷:『銀台条例』と『六典條例』を通じて見たその任務と職制」
高柄翊「穆麟徳(メレンドルフ)の雇聘とその背景」
閔斗基「『大義覚迷録』について」
金載元「扶餘・慶州・燕岐出土銅製遺物」
金元龍「韓国栽稲起源についての一考察」
李崇寧「敬語法研究」
李基文「『蒙語老乞大』研究」
金東旭「壬辰倭乱前後歌詞研究:特に「俛仰亭歌」について」
『震檀学報』24、1963.12
韓㳓劤「シューフェルト(Shufeldt)提督の韓米修好条約交渉推進縁由について」
姜信沆「燕山君諺文禁圧に対する挿疑:国語学史上に及ぼした影響の有無を中心に」
金完鎮「国語母音体系の新考察」
崔在錫「韓国家族員の範囲」
金元龍「霊岩郡月松里の石器文化:三角形石刀を中心に」
穆麟徳、高柄翊「メレンドルフ(穆麟徳)手記」
『震檀学報』23、1962.12
李惠求「安岳第三号墳壁画の奏楽図」
金東旭「新羅行者念仏と説話」
車柱環「高麗史楽志唐楽考」
李基文「中世国語の特殊語幹交替について」
第1回東洋学シンポジウム
李煕昇、鄭炳昱、金東旭、姜漢永、張德順、車柱環「春香伝の総合的検討」
李相殷、張深鉉、李漢祚、張基槿「中国語の語法と教育」
金允経、李基文、李崇寧、金亨奎、南廣佑、劉昌惇、鄭然粲、李男徳、金允経、金完鎮「15世紀国語の音韻体系」
朴鍾鴻、李萬甲、金成嬉、李相佰「韓国近代化問題(その1)」
李丙燾、全海宗、閔錫泓、高柄翊、李普珩、千寬宇「韓国近代化問題(その2)」
『震檀学報』22、1961.12
韓㳓劤「麗末鮮初巡軍研究:麗初巡検制から起論し鮮初義禁付成立まで及ぶ」
李崇寧「「-샷다」考」
安秉禧「主体謙譲法の接尾辞「-삽-」について」
金任満「契丹の山北・山南経略史:燕雲十六州の割譲の盟約を中心に」
尹武炳「「威恩寺」黄寿永氏の書評を読んで」
『震檀学報』21、1960.12
李基白「高麗軍人考」
金元龍「高句麗古墳壁画の起源についての研究:韓国古代美術に対する中国の影響」
李崇寧「Volitive formへのPrefinal ending「-(O/U)-」の介在について」
1-20
21-40
41-60
61-80
81-100
101-120
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論文
文献
韓国
震檀学報
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最終更新:2014年05月24日 15:25
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